日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第7話『暁の巨人(タイタン)

 ドイバ基地では一睡もできなかった夜が明けようとしていた。昨日は日没で時間切れになったが、敵は基地を占領しに来るはずだ。それに備えるため、徹夜で基地の修繕と海岸線への地雷の敷設を行った。それらの作業は暗闇で行われた。灯りを付けたら艦砲射撃の標的にされかねない。夜明け間近にはドイバ基地の将兵は極度の緊張と疲労で、全員がへとへとになっていた。まるでそのタイミングを計ったかのように、無慈悲なモーニングコールがやってきた。

 

 一睡もできなかったのは、ミリシアル側も同じだった。艦隊旗艦〈スケッティア〉の艦橋で、レッタルは何杯目か分からない紅茶を飲み干した。すでに艦載機の発艦は終わっており、着弾観測機がドイバ基地上空に着き次第、艦砲射撃を行う手筈になっている。

 上陸用舟艇も輸送艦から降ろしており、洋上で兵士たちの乗り込みが始まっている。まるで首都ルーンポリスの朝の通勤ラッシュだ……本当にそうだったら、どれだけ良かったことか。彼らのうち何人かは今日中に死ぬのだ。

 レッタルの胃が痛む。たぶん紅茶のせいだけではないだろう。自分の中にこのような感性が残っていたことに少々驚きながら、レッタルは面会人と最後の挨拶を交わした。

「ご武運を」

「提督もご壮健で」

 夜戦部隊を率いていたギュンナーが戦死したばかりだけに、この返事は単なる儀礼の範囲を越えていた。

 ミリシアル陸軍イルネティア島派遣部隊司令官ダグラスは答礼を返すと、舟艇へと向かった。

 ちょうどダグラスが艦橋から出ていったタイミングで、通信士が新たな報告をあげた。

「航空隊から報告、ドイバ基地上空で敵戦闘機隊と交戦中。爆撃は危険なれど着弾観測はいけるとのことです」

 レッタルは頷くと命令を出した。

「砲撃開始」

〈スケッティア〉と〈セイドリック〉、〈ガラハン〉の主砲塔が旋回し、砲身の仰角を調整する。そして青い光と砲弾を明けきらぬ夜空に撃ち出す。本来ならそこに加わる筈の〈エアトゥース〉の姿は無い。〈セイドリック〉、〈ガラハン〉ともに修理が必要な状態だが、その作業を中断して艦砲射撃を優先させている。

 

 海岸線の橋頭堡では、グラ・バルカス兵が塹壕の底に身を伏せて、艦砲の爆風が通り過ぎるのを待っていた。爆風は塹壕の上を通り過ぎたが、その度に土砂を運んでくる。永遠にも思える時間が流れ、自分が土砂で生き埋めになるのではないかと思い始めたとき、ようやく艦砲射撃が止んだ。

 兵士たちが恐る恐る顔をあげてみると、東の水平線に昇り始めた太陽を背景に、幾つもの黒点が目に映った。その黒点の正体が海岸に向かってくる舟艇であることに気付いた指揮官が命令を怒鳴る。

「敵襲! 直ちに迎撃態勢をとれ!」

 その命令にはじかれた兵士たちは手近にあった装備を確認し、それらを構えて海岸線に向けた。

 やがて砂浜に乗り上げることを想定した浅喫水の舟艇が、次々と海岸に押し寄せた。防衛側は、敵の第一陣が砂浜に上陸したところで砲兵の支援付きで攻撃し、敵が自分たちが籠る塹壕に辿り着く前に殲滅する作戦だった。

 舟艇から次々と兵士たちが降りる。だが兵士たちに交じって異様な影が舟艇から起き上がった。

「ゴーレムだ!」

 兵士たちの間から言葉が漏れる。身長5メートルほどの巨体が起き上がると、銃のようなものを構え、隊列を整えた。

 それは正確にはゴーレムではなかった。ミリシアル陸軍が魔導兵と呼んでいる兵器だった。ルーツはゴーレムだったが、近代兵器として通用するよう、様々な改良が施されていた。中でも大きなものは二つだった。

 

・操者を保護するために、操者が中に乗れるようになっている

・魔力が低い者でも操れるよう、魔導機関が内蔵されている

 

 魔導兵は型落ちの対空魔光砲を再利用した銃を構えた。横一列になって砂浜を内陸へ向かって進んでくる。

 不意に1両の足元で爆発が起きる。対人地雷を踏んだのだ。魔導兵たちは一斉に歩みを止め、魔光砲を振り回して周囲を警戒する。だが何の変化もない。地雷を踏んだ魔導兵も全くダメージを受けていない。魔導兵たちは再び歩き出す。その様子を見ていたミリシアルの生身の兵士たちが、魔導兵の足跡の上を歩いてついていく。さらに数回の爆発が起き、その度に同じ光景が繰り返される。そうしているうちに、ミリシアルの兵士たちは地雷に慣れてしまった。

 再び爆発が起きる。だが今度は様子が違った。地雷を踏んだ魔導兵の足首から下が爆発で粉砕されたのだ。踏んだのは対戦車地雷だった。ミリシアル陸軍が戦車を保有しているという情報は無かったが、グラ・バルカス陸軍は念のため少数だが対戦車兵器を用意していた。

 足首を失った魔導兵が後ろへ転倒する。その煽りを喰らって、数人の兵士が下敷きになった。その様子を見ていたグラ・バルカスの指揮官は有線電話を使って、砲兵の支援を要請した。下敷きになった仲間を救助しようとしている兵士たちの頭上に、無慈悲に砲弾が雨の如く降ってくる。

「攻撃開始!」

 敵を殲滅する好機に、グラ・バルカスの指揮官は攻撃を命じる。塹壕に隠れていた兵士たちが一斉に上半身を塹壕から出して、手持ちの武器で射撃を加える。ミリシアル側からも反撃が返ってくるが、その勢いは弱い。

 魔導兵は歩兵掃討兵器として進化してきた。そのためミリシアル陸軍の一般的な歩兵用の武器は一通り防げるだけの装甲防御は持っていた。そしてそれは、グラ・バルカス陸軍の装備に対しても有効だった。生き残った魔導兵は味方の歩兵の盾となり、魔光砲で橋頭堡に反撃を加えた。魔光砲は第一世代のイクシオン20mm対空魔光砲で、射撃時に砲口に魔法陣が発生する派手なものだった。これは敵に対する威圧効果と、味方の歩兵のために囮になることを考えて、あえて目立つようにしていた。もちろん隠密性が重要な作戦では、魔法陣が発生しない第二世代が使用される。20mmの魔光弾は軽装甲をも貫く威力があるが、塹壕にいる相手を直接殺傷するには分が悪い。だが毎分350発の速度で弾をばら撒くことによって、敵の行動を封じることができる。

 こうして魔導兵が稼いだ時間で歩兵は態勢を立て直そうとしたが、周囲を見回して彼らは愕然とした。砂浜の足跡は、砲弾の爆風できれいに掃除されていたのだ。彼らは地雷原の中で立ち往生している自分自身に気付いた。

 

 洋上で上陸部隊の苦戦の報を聞いたダグラスは、即座に側近に命じた。

「航空隊に対地支援を要請しろ」

「ですが敵基地上空は依然として制空権争いが続いており、爆撃機の突入は危険だと……」

「では海軍に艦砲射撃を頼め」

「艦砲では威力があり過ぎて、味方にも損害が出かねません」

 ダグラスは部下の物分かりの悪さにイライラしつつも、我慢強く命令を続けた。

「狙うのは海岸の橋頭堡じゃない!」

 

 グラ・バルカス側は、(全体としては劣勢だが)策がはまってイケイケ状態だった。魔導兵は砲兵支援で潰し、裸になった歩兵を撃つ。これなら敵を殲滅できる、そう誰もが思い始めたとき、状況をひっくり返す言葉が響いた。

「ミリシアルの青い虹だ!」

 水平線付近から青い航跡が立ち昇っている。グラ・バルカス兵たちはとっさに塹壕の底へ身を伏せた。だがいくら待っても砲弾が落ちてこない。恐る恐る顔をあげてみると、青い航跡は自分たちの頭上を通過して行った。指揮官を初めとする一部の者たちは、敵の真意を悟った。艦砲は自分たちではなく、味方の砲兵陣地を狙ったのだ。

 その推察を裏付けるかのように、これまで経験した中で一番大きな爆音と振動が、塹壕いっぱいに響いてきた。

 

『敵砲兵陣地に命中! 弾薬庫に誘爆を起こした模様』

 着弾観測機の報告に、〈スケッティア〉の艦橋は軽く沸いた。

「これで上陸部隊は救われましたね」

 若い参謀が声をあげた。だがレッタルは首を横に振った。

「まだだ。敵は増援として新たな砲兵を呼ぶはずだ」

 レッタルの言葉の意味が分からずキョトンとしている若い参謀に、主席参謀が助け舟を出した。

「〈エアトゥース〉を沈めた砲兵ですか」

 レッタルは頷いた。

「敵は強引にでも艦隊戦を挑んでくるだろう。我々をドイバ沖から引き剥がすためにな」

「閣下、どうなさいますか?」

 若い参謀が訊く。

「ウム……航空隊に頑張ってもらうしかないだろう」

 

 グラ・バルカスの砲兵陣地が潰れたことで、海岸線の戦況にも変化が現れた。上陸部隊の第二陣が増援として送られてきたのだ。

 増援部隊は上陸すると、盾を持った魔導兵を繰り出してきた。魔導兵は盾を砂浜に敷いて、第一陣が後退できる道を造った(地雷が何度か爆発したが、盾を跳ね上げるだけに終わった)。

 魔導兵の配備を決めたとき、ミリシアル陸軍は対魔導兵用の兵器の研究も始めた。その結果、陸戦兵器では魔導兵には魔導兵を当てるのがもっともよいという結論に至った。そこでミリシアル陸軍は、魔導兵用の白兵戦装備まで開発していた。盾もその一つである。鉄に魔石を混ぜた合金製で、至近距離でなければ20mm魔光弾も防げる防御力を有していた。

 増援部隊は負傷者を後方に送ると、更なる増援を呼んだ。

 

 ミリシアル海軍のウィアット飛行士は、〈ジグラント2〉に乗ったまま、艦隊周辺を周回して待機していた。〈エルペシオ3’〉が制空権を確保次第、敵基地を攻撃する手筈だったが、戦況は一進一退を続けているようで、空に上がった状態で待たされ続けている。いい加減待ちくたびれたところで、魔信が鳴った。

「こちら42飛行隊」

『42飛行隊、お待たせした、出番だ』

「制空権がとれたのか?」

『……まだだ』

 ウィアットが抗議の声をあげる前に、管制官が先を続けた。

『上陸部隊が地雷原で立ち往生している。ちょっと地面を耕して、敵橋頭堡までの道を造ってくれ』

「そんな雑な方法じゃ、地雷を除去しきれないぞ。探知機で避ければいいだろう」

『グラ公の地雷は魔力を使っていないから、探知機に引っ掛からないそうだ』

 ウィアットは神を呪いたくなった。

『上陸部隊が全滅したら、作戦そのものが失敗する』

「……了解、最善を尽くす」

 そこまで言われれば、行くしかない。「逝く」にならないことを祈りながら。ウィアットは魔信を切り替える。

「42リーダーより42各機へ。聞いての通りだ。神を信じているものは祈ってくれ」

 第42飛行隊はシースキミングで上陸地点へと向かった。


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