日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

55 / 62
第11話『孤狼の艦長』

イルネティア島近海 海中

 

 シータス級潜水艦〈シャマリー〉の艦内は、疲労感が漂っていた。

〈シャマリー〉は対日通商破壊戦の敗北を生き残り、『第二次フォーク海峡海戦』で武勲を挙げた、歴戦の艦である。その乗組員たちは否応なき歴戦のベテランだ。だがその練度の高さ故、酷使されていた。

〈シャマリー〉は現在はイルネティア防衛戦に駆り出されていた。この作戦は大変気を使う必要があった。というのもムー大陸には自衛隊の派遣部隊が駐屯していたからだ。

 グラ・バルカス海軍潜水艦部隊には、日本に対する拭い難いトラウマが植え付けられていた。対日通商破壊作戦の失敗の衝撃は極めて大きかったのだ。『スーパーハンマーⅡ作戦』で派遣艦隊を全て潰された海軍は、日本の人工衛星の存在を確信した。そのため潜水艦は日中は海中に潜み、移動は夜間のみ無灯火で行うことが義務付けられた(グラ・バルカスの潜水艦は「いざというとき海中にも潜れる水上艦」でしかない)。第三文明圏で痛い目に遭った潜水艦隊はそれを忠実に守ったが、乗組員たちには疲労とストレスが溜まるばかりだった。

 そのような厳しい制限が課されたため、〈シャマリー〉の作戦発起点への到着は、予定よりかなり遅れた。作戦発起点に到着すると、潜望鏡深度でアンテナを出し、派遣艦隊司令部と通信を行った。

 電文を読んだ艦長は複雑な表情をした。それを見た副長が訊いた。

「艦長、良い報せですか、悪い報せですか?」

「両方だ。どっちから聞きたい?」

「そう言われると、どちらも悪い報せにしか聞こえませんが」

「では訂正しよう。ちょっと良い報せと、かなり悪い報せだ」

「……艦長にお任せします」

「悪い報せだが、作戦に参加するシータス級が5隻から3隻に減った。2隻は未だ作戦発起点に到着せず、行方不明だそうだ」

「戦力4割減ですか……我々もあまり人のことは言えませんが」

「良い報せだが、標的が空母から補給艦に変更になった。敵は空母ほどの厳重な警戒はしていないだろう」

 艦橋にいた乗組員から無言の疑問の声が挙がる。それを察した艦長が先を続ける。

「たとえ全ての敵空母を沈めることができたとしても、潜水艦隊(われわれ)が全滅することを、司令部は望んでいない。我々は生き残って当海域に止まり、敵艦隊を脅かし続けることを司令部は望んでいる」

 それを聞いた一同は、全員複雑な表情になった。確かに自分たちも死を望んでいない。だが離脱を許されず海中に潜み続けるというのは、これまで以上の苦労が続くことを意味する。これは単に死期が延長される代わりに苦難が死ぬまで続くだけではないか? そう思うのも無理はなかった。

「敵はいずれ増援を送ってくる。これを阻止する手段は残しておきたい。最悪でも敵に手段が残っていると思わせておきたいのだ。そうすれば敵は増援を送っても、容易に島へは近づけなくなる」

「司令部は持久戦に持ち込む気ですか? 確かに後背地との距離を考えれば、レイフォル州から補給を受けられるこちらが有利ですが」

「そうじゃない」

 艦長は副長の言葉を否定した。

「レイフォル州からの補給は期待できない。本国からの補給が途絶えているし、ムーが地上からの反攻を準備している。レイフォル州からこれ以上の戦力や物資を引き抜くことはできんそうだ」

「なら海上戦力だけでも」

「日本艦隊がムー国内の停泊地を出港したそうだ。ムー陸軍と呼応しての動きだろう。海をがら空きにしたら、レイフォリアの二の舞がレイフォル全州で繰り返される」

「それでは、時間稼ぎをする意味が分かりません!」

 自分の言葉を否定されまくった副長が気色ばんで言った。艦長は困ったような表情を浮かべ、電文を再確認した。

「……俺にも信じられん話だが、外務省が日本との単独講和を試みるそうだ」

 

グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ カルスライン社

 

 アーリ・トリガーは残業続きで疲れていた。だがカルスライン社が特別なブラック企業というわけではない。今のラグナはどこもかしこもブラックなのだ。

 トリガーを悩ませていたのは、爆撃機に搭載する新型爆弾だった。ジークスの命令で届けられた新型爆弾のモックアップは、既存の爆弾より大きく、爆弾倉を改造しなければならなかった。しかも新型爆弾は貴重品らしく、大量生産ができないので、実戦での失敗は許されない。

 トリガーは癒されることがない胃痛を抱えて、爆撃機の改造に取り組んだ。

 

イルネティア島近海

 

 神聖ミリシアル帝国第4魔導艦隊所属、マンガン級魔導艦〈アクス〉は、輪形陣の一番外側で停船していた。マンガン級は排水量3000トン前後の軍艦で、沿岸警備隊に配するには大き過ぎ、艦隊主力に使うには小さ過ぎる艦だった。コスト面で主力艦が使えない場面で用いられる補助艦艇だった。

 グラ・バルカス帝国海軍であれば大型艦も沈められる魚雷という武器があるが、ミリシアル海軍にはそのような武器が無く、マンガン級では戦艦を沈められない。そのためミリシアル海軍でのマンガン級の地位は、グラ・バルカス海軍の駆逐艦や軽巡洋艦よりも低かった。

〈アクス〉の艦橋の外で艦長のローエンは、周囲の海を観察していた。そのような光景は珍しくないが、〈アクス〉の場合は事情が違った。ローエンは狼の獣人なのだ。

 神聖ミリシアル帝国は、エルフによる実質的な支配が固まっているが、多民族・多種族国家である。エルフ以外の種族にも市民権が認められており、軍隊にもエルフでない将兵が大勢いる(階級が高くなるほどエルフの比率が高くなるが)。もちろん獣人も例外ではないが、そのほとんどは陸軍に所属している。獣人の最大の特徴である高い身体能力は、歩兵戦闘でその真価を最も発揮するからだ。もちろん軍艦勤務でも大きな体と強い力、俊敏さはプラスの要素ではあるが、決定的な要素ではない。海軍では軍艦をうまく操れる軍人がよい軍人の条件であり、力仕事だけで操れるほど軍艦は単純なものではないからだ。ほとんどの獣人は、出世の見込みと生存率が最も高い陸軍を選ぶ。海軍を選んだローエンは、獣人の中ではかなりの変わり者だ。

「艦長、発雷機が直りました。魚群探知機が使えます」

 副長が艦橋から声をかけた。

音響探知機(ソナー)と言え」

 ローエンはそう答えると、艦橋に戻った。

 

〈アクス〉は日本から輸入した魚群探知機を装備した実験艦だった。だが海上自衛隊の〈あすか〉の様な装備試験専用の艦ではなく、たまたま定期整備のためにドック入りしていたので、テストベッドとして選ばれたに過ぎない艦だった。また〈アクス〉は魔導艦隊ではなく、地方艦隊所属の多目的艦だった。もともと実験艦を実戦に参加させるつもりはなかったから、魔導艦隊から艦を割かなかったのは当然といえよう。

 その実験艦が第4魔導艦隊の一員として実戦に参加しているのは、やはり『第二次フォーク海峡海戦』のトラウマがなせる業であった。日本が人工衛星で潜水艦を監視しているといっても、ミリシアル海軍の潜水艦に対する恐怖は完全には拭えなかった。ミリシアル海軍はルーンポリス魔導学院を説得して、実験段階の対潜兵器を供出させた。

 

「電源起こせ」

 ローエンが命じると、魔導通話機を通して、機関室にいる機関員が復唱した。

「電源起こします」

 日本の真似をして、雷力ロータリー式魔導機関を改造して作った発電機(ミリシアル海軍は発雷機と呼んでいた)に魔力が注入された。起動した発雷機からの電力供給が安定すると、魚群探知機が起動した。

「ソナー起動成功」

 今度は艦橋にいた水測員が報告する。

探索(スキャン)開始」

探索(スキャン)開始します」

 魚群探知機の画面を見つめていた担当員が、つばを飲み込んでから報告した。

「海中に未知の物体あり。大きさからみて、グラ・バルカス海軍のシータス級潜水艦と思われる!」

 

 驚いたのは海上だけではなかった。

「海面より連続して探信音、おそらく発見されました!」

 水測員の報告に、〈シャマリー〉の全乗組員が驚いた。

「馬鹿な! ミリシアルは対潜装備を持っていない筈だぞ?」

 副長が疑問の声をあげるが、艦長は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

「おそらく日本から供与されたんだろう。想定しておくべきだった。探信音の音源の位置は?」

 水測員の報告を聞いた艦長は、直ちに針路と深度を命じた。いったんソナーの探知外に出るつもりだった。

 更なる報告を水測員がする。

「直上海面に着水音。敵爆雷です!」

 

 マンガン級には3基の127mm連装砲塔があったが、〈アクス〉のそれは爆雷投射機に換装されていた。実験艦なので試作した3種類の投射機が、ひとつずつ載せられていた。最も前方にある単装の投射機が旋回し、爆雷を射出した。爆雷はミスリル級の主砲弾に近い大きさと質量があった。だがその爆雷投射機は、ミスリル級の主砲塔とは全く似ていなかった。それは単装と三連装という違いに止まらない。投射機の砲身は短くて、その肉厚は薄かった。ミスリル級の主砲の最大射程距離が30000mを越えているのに対し、投射機は爆雷を最大でも1000mまでしか飛ばさないからだった。また投射機に装甲はない。投射機を覆っている金属板は、塩害対策のカバーでしかなかった。

 一発目を射出した投射機は、旋回しながら二発目を射出した。その間隔は30秒ほどもあった。

「二発目も外れました」

 ローエンはその事実を、水測員の報告と、自分の目で確認した。艦橋の中央には、魚群探知機の画面を拡大したものを映しているディスプレイが設置されていた。魚群探知機から映像出力を引き出しているわけではない。魚群探知機の画面を、魔導回路で動作するカメラで撮影しているのだ。

「やはり単発じゃ当たらんか」ローエンが呟くように先を続けた。「しかも発射速度が遅い」

 砲弾と違って爆雷は遅い。空中を飛んでいるときはまだしも、水中を沈んでいくときは特に遅い。しかも標的を直接目視して撃つわけではない。魚群探知機の映像を見て、おおまかな位置だけで、敵の未来位置を予測しなければならないのだ。

 にもかかわらずその投射機を使ったのは、それでしか爆雷が届かなかったせいだ。他の2基の投射機を使うには、〈アクス〉が移動して敵潜水艦に接近しなければならない。

「両舷全速、面舵いっぱい」

 そう命じたローエンは、帽子をあみだに被り直した。それはローエンの機嫌がよいサインだった。

 

「敵爆雷、本艦後方の10mほど上で爆発」

 水測員の報告に、艦内の乗組員は小さく安堵した。

「見当違いの所で爆発か。敵は磁気信管を使っていないようだな」

「一発ずつ落としてくるとは……敵は爆雷の使い方を知らないようです」

 艦長の発言に続いて、副長が意見を述べた。

装備(ハード)は日本から輸入できても、運用(ソフト)は簡単には真似できないか」

 艦長がぼやくように答える。

「探信音の音源が移動を開始。本艦に接近してきます!」

 水測員の報告を聞いて、全員の視線が艦長に集まった。

「音源は一つか?」

「今のところ、一つです」

「宜しい」

 艦長は水測員にそう答えると、落ち着き払って方針を乗組員に伝えた。

「本艦は敵駆逐艦を引き付けて、当海域から離脱する。作戦遂行は2隻の僚艦に委ねる」

 それを聞いた者たちはほっとした。早期に戦場から離脱できれば生き残れる確率は高くなるし、敵駆逐艦を引き受けたということで大義名分も立つ。戦力維持という上の方針とも合致するから咎められる怖れもない(他の2艦から恨みを買うかもしれないが)。後は敵駆逐艦に粘着されるのが問題だが、あの練度では容易に振り切れるだろう。逆に撃沈できれば、今後は大手を振って行動できる。

 それが捕らぬ狸の皮算用であることを自覚しつつも、〈シャマリー〉の乗組員たちは楽観的になった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。