日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第12話『孤狼と群狼』

 ウィアット飛行士は空母〈マンティッサ〉の格納庫で、〈ジグラント2〉のコクピットの中で発艦前の最終チェックを行っていた。

 現在の兵装は新型爆弾(実は爆雷)6発。だが周囲に敵艦の姿は見えない。幸い空にも敵の姿がない。ならば地上を爆撃するのだろうか?

『管制より42リーダー、出撃準備宜し?』

「こちら42リーダー、準備よし。目標を指示されたし」

『空中で指示する。発艦せよ』

「了解。42飛行隊は発艦後、空中で指示を受ける」

 機体に取り付いていた整備員が離れ、誘導員がやってくる。誘導に従い、格納庫から飛行甲板へ出る。滑走路に埋め込まれた魔石の信号に従い、機体を加速、発艦する。僚機が続いて発艦し、空中で編隊を組む。機数は8、再編成によって42飛行隊は定数に戻っていたが、新参の3機のパイロットの技量について、ウィアットはまだ知らない。過酷な航空消耗戦を生き残ったのだから、それなりの技量を期待したいが、パイロットの生存確率は技量だけでは決まらないことを、ウィアットはここ数日で嫌というほど知っていた。

「42リーダーより〈マンティッサ〉管制、目標を指示されたし」

『こちら管制、目標は敵潜水艦』

「潜水艦だって?」

『海中に潜んでいる敵の船だ』

「それは知っている。だが見えない敵をどうやって爆撃するんだ?」

『実験艦〈アクス〉には水中の敵を探知できる新兵器が積んである。〈アクス〉の指示に従え。魔信のプリセットは……』

 ウィアットは指示通りに魔信を設定して、〈アクス〉にコンタクトをとった。

「こちら42飛行隊、実験艦〈アクス〉応答せよ」

『こちら〈アクス〉、戦隊(チーム)へようこそ』

「チームだって?」

『対潜作戦チームだ。さすがに〈アクス〉一隻では厳しいからな』

 ウィアットは、また面倒な任務を押し付けられたらしいと悟った。

「敵潜水艦はどこにいる?」

『本艦が追跡中だ』

「了解。先回りして爆撃する」

『ちょっと待て。編隊は何機だ?』

「8機」

『こっちに来るのは2機だけにしてくれ』

 ウィアットは一瞬戸惑った。

『敵潜水艦は1隻とは限らない。艦隊上空は空けないでくれ』

 ウィアットは誰を行かせるかで、また一瞬悩んだ。彼は信頼できる部下二人を選んだ。

「2番機と3番機、行ってくれ。残りは1番機(おれ)と艦隊上空で待機」

 

 

 42飛行隊との交信を終えたローエンに、副長が質問をした。

「艦長、追跡中の敵潜水艦は、飛行隊に任せるのですか」

「そいつは相手の出方次第だ。他の潜水艦が動き出したら、そうせざるを得んな」

「いますかね?」

「たぶんいる。日本の文献は俺も読んだが、潜水艦がその威力を最大限に発揮できるのは、集団戦術だ。フォーク海峡はそれでやられた」

「では他の潜水艦が動き出すまで、追跡を続けますか?」

 副長にそう言われて、ローエンは白けた表情になった。

「できればその前に沈める。ちょっと接近ルートを変えるぞ。日本の情報では、後ろに魚雷を撃てるやつもいるらしいからな」

〈アクス〉は針路を少し修正して、〈シャマリー〉に接近した。

 

 

〈シャマリー〉の中で耳を澄ませていた水測員は報告した。

「探信音源、接近してきます。3分以内に追いつかれます」

 

 艦長を始め乗組員たちは考えた。3分以内に次の行動を起こさなければならないと。

 というのも、駆逐艦は前方へ爆雷を投射できないと彼らは信じていたからだ。爆雷の威力は水圧で伝わる。爆雷が直撃しなくても、十分な水圧が伝われば、艦は損傷する。爆雷は徹甲弾の様な点を攻撃する兵器ではなく、面(球)を攻撃する兵器なのだ。先ほど〈アクス〉が放った爆雷は、直撃しなくても爆発した。この事実は彼らの推測を裏付ける証拠であった。

 そして船は直角に曲がれる乗り物ではない。駆逐艦は運動性能が高い軍艦であるが、それは他の船と比較しての話である。駆逐艦といえど前方に爆雷を投射すれば、自分の爆雷で損傷するのは確実だ。

 だから敵駆逐艦は、こちらに追いつくまでは爆雷を使えない。それまでの3分間は安全だ。

 グラ・バルカスの技術水準では、この推測は正しい。だが今の敵は、これまでの常識で計れない相手だった。

 と言っても〈アクス〉が直角に曲がれるわけではない。ミリシアルは日本によってもたらされた地球の歴史を学んでいたのだ。地球ではこの問題は既に克服されていた。ヘッジホッグと呼ばれる対潜迫撃砲がそれである。これは多数の小型の爆雷を面に散布するというもので、個々の爆雷は潜水艦に直撃しなければ爆発しない。直撃ならば多量の炸薬は必要なく、その危害半径は極めて小さく抑えられる。前方に投射しても駆逐艦自身が損傷する危険は小さいし、外れた場合は不発になるので、ソナーを継続して使うことができる。実によく出来た対潜兵器だった(誘導魚雷が登場するまでは)。

〈アクス〉は艦中央前方の第2砲塔跡に、ヘッジホッグを見習って作った独自の迫撃砲を装備していた。一方、艦前方の第1砲塔跡の爆雷投射機は、ルーンポリス魔導学院で考案された独自のものだった。爆雷を十分遠距離まで飛ばせば、自艦が巻き込まれる心配はないという考えで設計されたものだった。

 

 艦長が考えをまとめる前に、水測員が報告を続けた。

「艦長、ひとつ気になるんですが」

「言ってみろ」

「敵は探信音(ピン)を打ちっ放しです」

 水測員は間を置かず先を続けた。今は一刻を争う状況なのだ。

「それも手動とは思えない正確な間隔です。敵は機械で自動的に探信音を打ってます。探信音を止めて(ソナーを)聴く気がないようです」

 そこまで言ったところで、艦長が察した。

「敵の水測員は、反響音(エコー)を拾うことしかできないのか?」

「自分たちの任務は、熟練するのに年単位の時間が必要です」

 そこから艦長の決断は早かった。

「後部魚雷発射管、全て魚雷を装填し、注水せよ」

 艦長の意図は明らかだった。もし敵の水測員の耳が馬鹿なら、魚雷を発射するまで敵は気づかないはずだ。敵の反応を見れば推測が当たっているか判断できるし、当たっていれば敵を沈めるチャンスになる。もし外れていても、時間的な余裕はまだある。

「5番から8番、発射準備よし」

 どうやら推測は当たっていたらしい。艦長は命じた。

「5番から8番、魚雷発射!」

 

 

「敵潜水艦から何か分離、こっちに向かってきます。魚雷です! 数は2,いや4!」

 ローエンの決断も早かった。

「面舵いっぱい、減速はするな!」

〈アクス〉は最大速度で右旋回を始めた。艦体が著しく右へ傾斜する。右舷舷側が海面すれすれまで沈む。減速しなければ転覆する危険があるほどだ。艦内の乗組員たちが一斉に左舷へ移動する。多少なりとも重心を左に移動して、転覆を防ぐためだ。グラ・バルカス海軍どころかミリシアル海軍も驚くような操艦によって、〈アクス〉は全ての魚雷を躱した。

 ローエンは魚雷を躱したことを確認すると、砲術長に怒鳴った。

「第2砲塔は届くか!?」

〈アクス〉の砲塔は全て撤去され、爆雷投射機に置き換えられている。だが乗組員たちは習慣で、爆雷投射機を砲塔と呼んでいた。ローエンは対潜迫撃砲で〈シャマリー〉を攻撃できるか確認したのだ。

「届きません!」

 乗組員たちはローエンが潜水艦の追撃を続けるものと思った。だが水測員の新たな報告が状況を一変させた。

「海中に新たな移動物体が二つ、おそらく新手の敵潜水艦です!」

「位置は?」

「我が艦隊を挟んでの反対側です!」

 ローエンの決断はまたも早かった。

「第1砲塔、マーカーを撃て」

 ローエンは艦橋中央のディスプレイを見ながら、方位と距離を伝えた。

『第1砲塔、マーカーを射出します』

 長距離用の爆雷射出機が旋回し、砲身から筒を撃ち出した。筒はAPFSDS弾のように空中で分解し、中から矢のような飛翔体が現れた。飛翔体は高速で移動し、〈シャマリー〉を追い越すと海面に落ちた。間もなく落下点から赤いスモークが立ち昇る。

 ローエンは魔信のチャンネルを42飛行隊に切り替えた。

「〈アクス〉より飛行隊へ。赤いスモークの周辺を1分後に爆撃してくれ。別の潜水艦2隻が艦隊の反対側に現れた。本艦はそちらに向かう」

『こちら42リーダー。スモークの位置に敵がいるのか?』

「1分後の敵の未来位置を予測した。100%の保証はできない」

『了解。第1分隊は赤いスモークを1分後に爆撃せよ。本隊は新たな敵に対応する』

 

 

 艦隊旗艦〈スケッティア〉の艦橋では、〈アクス〉の魚群探知機の画面と通信内容を全てモニターしていた。

 レッタルは胃の痛みに耐えながら、戦況を見つめていた。

「閣下、新たな敵に備えて、艦隊を動かしますか?」

 主席参謀が問う。

「〈アクス〉に確認してくれ。艦隊を動かすとソナーに影響が出るか」

 レッタルの指示により、〈アクス〉に魔信が飛ぶ。

「〈アクス〉より返信。『影響はあれど微弱なり。本艦の行動に影響なし』」

 レッタルは通信士の報告に頷くと、主席参謀に指示を出した。

「艦隊を現陣形のまま、北へ移動させる」

 主席参謀は目を丸くした。

「輪形陣を解かずに平行移動するのですか?」

「地方隊のマンガン級があれほど見事な操艦を見せたのだ。正規魔導艦隊の矜持を見せてみろ」

 参謀たちも艦長たちも難問だと思った。輪形陣を敷いて航行することは珍しくないが、あれは航行しながら陣形を整えるのだ。運動性能が違う約30隻の軍艦が一斉に動き出して陣形を維持するなど、普通に考えれば無理である。

 だが艦長たちは命令に従った。命令通りには行かなかったが、最善を尽くした。上官ではなく、今の状況がそれを要求していることを理解していたのだ。

 

 

「敵駆逐艦、そのまま反転して引き返します」

 水測員の報告を聞いて、〈シャマリー〉の艦長は意外そうな顔をした。

「もっと粘るかと思っていたが……」

「やはり日本抜きでは、それほど恐れる必要がないのでは?」

 副長が油断とも楽観ともとれる発言をした。付き合いの長い艦長は、これが自分を立てるための発言であることに気づいた。自分が叱られる役をするから、艦内の空気を引き締める発言をしろ。そういう意味の発言だ。

「逃げるふりをして、こちらを罠に誘うつもりかもしれん」

「では予定通り離脱しますか?」

手ぶら(ぼうず)ではそうもいくまい。もう一度あの駆逐艦を釣るぞ。回頭180度」

〈シャマリー〉は水上艦よりはるかに小さい旋回半径でターンした。彼女にとって不幸だったのは、そのターンの中心が赤いスモークに極めて近かったことだ。

「直上に着水音多数! 前方と後方にも着水音! 爆雷です!!」

 水測員の報告は悲鳴に近かった。それをかき消さんとばかりに、艦長が怒号を飛ばす。

「ダウントリム最大、取り舵いっぱい!」

〈シャマリー〉の前部タンクに海水が流れ込む。同時に艦内の乗組員が前方へ移動する。〈アクス〉と違ってこれは珍しい光景ではない。潜水艦では重心移動のために、手すきの乗組員が移動するのは当たり前なのだ。

〈ジグラント2〉から投下された爆雷は直撃しなかった。だが合計12発の爆発による水中衝撃波は、〈シャマリー〉を逃さなかった。〈シャマリー〉の艦体が大きく揺さぶられ、艦内が真っ暗になった。

「非常用電源!」

 艦長が怒鳴ると、艦内が真っ赤な光で照らされた。同時に回復した艦内通信から報告が流れた。

「こちら電源室。浸水によりバッテリーからガス発生!」

 白色光による照明だったら、全乗組員の顔が真っ青になったのが分かっただろう。密閉空間である潜水艦では、空気の汚染ほど恐ろしいものはない。

「全隔壁閉鎖、緊急浮上!」

〈シャマリー〉は全タンクを排水して、海面へと浮上を始めた。

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