日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第13話『過干渉』

イルネティア島近海

 

〈シャマリー〉が浮上するのと同時に、艦長は総員に退艦を命じた。そして艦長が最後に〈シャマリー〉の艦外に出ると、頭上から轟音が降ってきた。

 見上げると、二機の航空機が〈シャマリー〉の上空を旋回している。

「アレにやられたんですな」

 甲板で待っていた副長が声をかけてきた。艦長はグラ・バルカス海軍でも検討段階の航空機による対潜作戦を、まさかミリシアル海軍が実践しているとは思ってもみなかった。

 我に返った艦長が、副長に訊いた。

「大丈夫か?」

「全員の脱出を確認しました」

「分かった……額から出血しているぞ」

「艦長もそうですよ」

 艦長は額で手を拭って確認した。非常電源の赤い照明では気づかなかった(もちろん乗組員の動揺を誘わないよう、意図して赤くしている)。

 

 

〈シャマリー〉を浮上させた〈ジグラント2〉からの報告は、〈アクス〉のみならず〈スケッティア〉も聞いていた。

「小型艦を数隻派遣して、敵潜水艦の乗員の救助と、潜水艦の曳航をさせたまえ」

 レッタルはそう命じてから、理由を付け加えた。

「どちらも我々には貴重な情報源だ。船も人も丁重に扱え」

 そしてレッタルは、もう一つの命令を出した。

 

 

「艦長、お見事です!」

〈スケッティア〉と比べると、〈アクス〉の艦橋はお祭り騒ぎだった。

「手柄は航空隊のものさ」

 ローエンは副長にそう答えた。だがこの回答は、副長には意外だった。ローエンはケチではないが、手柄を他人に譲るほどの博愛主義者ではないのだ。

 ローエンが副長にだけ聞こえるよう、そっと呟く。

「番犬を働かせるためには、餌はケチっちゃいけない」

 それを聞いて副長は複雑な顔をした。多種族国家のミリシアルでは種族差別は禁じられている。だが禁じられたからといって、差別意識が無くなるわけではない。狼の獣人のローエンは、陰で番犬呼ばわりされることが度々あった。それに対してローエンが愉快な思いをしたはずがない。副長はローエンの心の屈折した何かを垣間見たような気がした。

 だが〈スケッティア〉からの通信が、全ての状況をひっくり返した。

『これより艦隊司令部が航空隊の指揮を執る。〈アクス〉は単独で任務を継続せよ』

 今度はローエンは無言だった。だが表情は雄弁だった。

 

 

 レッタルが航空隊の指揮権を取り上げたのには、それなりの合理性があった。艦隊を潜水艦から守るためには、〈アクス〉の指揮で手一杯のローエンより、艦隊司令部が航空隊の指揮を執る方が確かに合理的だ。

 だが誤算が一つあった。潜水艦の運動性能は、水上艦と大きく異なる。ほとんどのミリシアル海軍軍人は、潜水艦について何も知らない。その中でもっとも潜水艦を熟知していたのは、対潜駆逐艦に改造されたマンガン級の獣人の艦長だったのだ。

 初っ端の華々しい戦果が嘘のように、航空隊の爆撃は空振りの連続になった。ローエンがあっさり戦果を挙げたのを見て、参謀たちは勘違いをした。潜水艦の戦術や運動特性を知らない彼らは、見当違いの指示を出し続けた。

 ローエンはというと、その状況を苦々しく思いながらも、潜水艦の一隻を静かに追尾していた。航空隊の爆雷は無限にあるわけではない。再び出番があると信じて、機会を窺っていた。

 その忍耐が報われる時が来た。

〈ジグラント2〉から投下された爆雷が爆発した。だが空振り。〈アクス〉が追尾していた潜水艦は、魚群探知機の画面の中で健在だった。

『こちら42リーダー、爆弾を使い果たした。一旦〈マンティッサ〉に帰投する』

 ウィアットの通信を聞いたローエンは、命令を出した。

「両舷半速、取り舵15度」

 それまで微速前進で追跡していた〈アクス〉は増速した。

 

 

 シータス級潜水艦〈カイトス〉の中で、水測員は聞き耳を立てていた。

「探信音源、右舷後方から接近」

 水測員から詳細を聞いた艦長は、新兵器を試してみることにした。

「取り舵15度。後部発射管、ジャマーを撃て」

 

 

〈スケッティア〉の艦橋が騒がしくなった。〈アクス〉から送られてくる魚群探知機の画面から、追っていた潜水艦の影が消えたのだ。

「〈アクス〉、何があった? 潜水艦が消えたぞ?」

 艦橋にいた参謀の一人が問う。

『原因不明、調査中』

 参謀は更に詳しい報告を求めようとしたが、レッタルがそれを止めた。

「これ以上は現場の妨害になる。彼等に任せたまえ」

 そう言ったレッタルは、航空隊の指揮権を取り上げたことをやや後悔しているようだった。

 

 

〈スケッティア〉に比べれば、〈アクス〉の艦橋は落ち着いていた。

「前方の海面に異状はないか?」

 ローエンが問う。

『異状なし』

 甲板の見張り員から返事が返ってきた。

 問いたげな副長の気分を察したのか、ローエンが語る。

「日本の文献で読んだんだが、発泡剤を使うなどして水中で騒音を出して、ソナーを妨害する兵器がチキューにはあったそうだ」

「チキュー?」

「日本が元いた世界だそうだ」

「それで海面が泡立っていないか、確認させたわけですか?」

「相当浅い水深でないと、やはり確認は無理なようだな」

 ローエンはそう呟いた後、誰も予想しなかった命令を発した。

「ソナーの電源を切れ」

 

 

ムー オタハイト

 

 マイラスは会議室の様子を見まわして、違和感どころではないものを覚えた。

 グラ・バルカス帝国との戦争が始まってから急な招集には慣れていたし、かつては会う機会もなかった多くの知己を得ていた。しかし竜人と会議で同席するのは初体験だ。

(政治家もいるし、これは四ヵ国同盟の会議か)

 マイラスはそう見当をつけたが、議題についてはさっぱり判らなかった。「用があるのなら、そっちから来い」という外交スタイルのエモール王国も、四ヵ国同盟を結んでからはさすがに柔軟さを学んだ。それでも同盟国に大使館を置くことすらせず、軍の連絡将校を介して情報や意見を交換している状態だった。エモール軍の将校が出席する会議は政治的な議題も多く、技術将校の自分が同席する機会はこれまで一度もなかった。

 気になる点はまだある。出席者の中にミリシアル人の姿が見えない。初めて見る顔も少なくはないから、こちらは自分の勘違いかもしれない。だがミリシアル軍の軍服姿が一人もいないのは、やはり違和感でしかない。

 会議が始まって、それらの理由はすぐに明らかになった。

 エモールの連絡将校が静かに、だが力強く宣言した。

「我が軍は、イルネティア島で行われている軍事作戦に、介入を行う」

 マイラスはもちろん、その場にいたほとんどの人間は驚いた。

(イルネティア島奪回作戦への介入だと?!)

 イルネティア島奪回作戦は、旧イルネティア王国の正当な王位継承者であるエイテス王子の要請を受けた神聖ミリシアル帝国が行っている。作戦を遂行する主体はミリシアル軍だ。もちろんこれは対グラ・バルカス帝国戦争の一部だが、四ヵ国同盟内の事前の話し合いによってミリシアル軍が単独で遂行することで決着がついていた。予想以上に苦戦したミリシアル軍が他の同盟国に助けを求めるというのならまだ話は判るが、他の三ヵ国が事前の合意を無視して戦場に押し掛けるというのは問題があり過ぎる。下手をしたら四ヵ国同盟が瓦解しかねない。

 言い出しっぺのエモールの連絡将校が説明を始めた。

「イルネティア島には、我が国が以前から探してた神竜の幼体がいることが判明した。我が軍はこれの保護を最優先に行動する。ついては貴国等の協力を要請する」

 朝田が真っ先に手を挙げた。

「なぜ神聖ミリシアル帝国に協力を求めないのです?」

「求めたが、意見が合わなかった」

 さすがにこれでは言葉が足りないと思ったのか、連絡将校は先を続けた。

「我が国は神竜の保護を最優先にしたいのだが、ミリシアルはイルネティア島の解放を最優先にすると譲らなかった」

 それが普通だろうとマイラスは思った。

「それで決裂したから、我々に手を貸せとおっしゃるのですか?」

 朝田も少し呆れたようだった。

 マイラスは、普通ならこんな無茶振りを言い出した側が説得されるべきだと思ったが、相手はあのエモール王国である。

「我らの竜騎士たちを、空母でイルネティア島まで運んで欲しい。それ以上は求めぬ」

 連絡将校は精一杯の譲歩をしたと言いたげな表情と声色でそう言った。

 一緒に出席していたムーゲの顔をちらりと見たマイラスは、嫌な予感に襲われた。調整能力に優れているとされる人物は、時として現場にとんでもないしわ寄せを押し付けることがある。

「マイラス君、我が国の空母でエモールの竜騎士たちをイルネティア島へ送り届けることはできるのかね?」

 ムーゲの質問にマイラスはびっくりした。というのも、ムーゲはムーのメンバーの中だけで事実確認をしようとしたのではなく、会議室にいる全員に聞こえるようにはっきりと言ったからだ。全員の視線を集めたマイラスは、どう答えてよいか分からず戸惑った。

「正直に話してくれたまえ。この情報は全員が共有する必要がある」

 いきなり手の内を晒していいものだろうか? マイラスは疑問を拭えなかったが、交渉の専門家であるムーゲの指示を無視するわけにはいかなかった。

「我が国の空母で竜騎士を運ぶことは、技術的には可能です。そのための訓練も行っています」

 海上自衛隊が〈いずも〉でそうしたように、ムー海軍もエモールとの連携に備えて、竜騎士による空母への発着艦の訓練をしていた。そのことは訓練に参加していたエモールだけでなく、日本も知っていた。だからマイラスのこの発言は、会議になんの波紋も起こさなかった。

「ですが、空母が無事にイルネティア島に辿り着けるかは、別問題です」

 マイラスがそう続けると、会議室に見えないさざ波が走った。

「日本に確認したい。私が知る最新の情報では、イルネティア島の魔導艦隊は、グラ・バルカスの潜水艦と交戦をしていたようですが」

 マイラスがそう尋ねると、日本側は自衛官と外務官僚が短い会話を交わした後、自衛官が質問に答えた。

「その通りです。ミリシアルの第4魔導艦隊は健闘しており、敵潜水艦一隻を強制浮上させましたが、他の潜水艦の脅威を完全には排除できず、現在も戦闘は続いています」

「もし今の戦闘が終了しても、グラ・バルカスの潜水艦の脅威からは逃れられませんね」

 マイラスがそう応じたことで、全員が彼が言わんとするところを理解した。

 第二次フォーク海峡海戦の衝撃は、全員が覚えていた。世界有数の貿易港であるカルトアルパスが長期間使えなくなったことにより、ミリシアル一国だけでなく、世界中の国々が小さくない経済的なダメージを負った。

 一時は世界経済を麻痺させかけたシータス級潜水艦だが、海上自衛隊の対潜作戦能力には歯が立たず、列強四ヵ国が緊密な連携をとるようになってから、その脅威は鳴りを潜めていた。

 だが今の神聖ミリシアル帝国は、単独でイルネティア島解放作戦を行っている。

 日本抜きではシータス級潜水艦は依然として脅威であることは、その場にいた全員が理解した。だがマイラスがその事実を指摘した意図を、全員が解釈し損ねた。

(ミリシアルはその場にいなかったが)マイラスは同盟参加国がバラバラに行動することの愚を指摘し、そのような態度を諫めたつもりだった。だがエモールと日本は、ムーが遠回しに協力を断ったと解釈した。

 その結果、エモールは要求の矛先を日本に定め、日本がそれに対応する形となり、ムーは独り取り残される格好になった。これはマイラスが危惧した状況そのものだった。

(やはりエモールは簡単に納得しないか)

 日本で交渉の中心にいる朝田の姿を見ながら、マイラスは心の中でぼやいた。朝田はエモール側から幼竜救出を最優先にしなければならない理由を聞き出そうとしていたが、エモール側はそれに正面から答えようとしなかった。理詰めで妥協点を探ろうとする朝田の姿勢は、科学文明国家の外交官としては正しい。だがエモール王国は科学文明国家ではなく、厳密には魔法文明国家とも言い難い部分がある。権威主義が色濃く残っているのだ。共通の利害から同盟関係を結んでいるが、価値観まで共通しているわけではない。

 この状況を打開しようと動いたのは、またしてもムーゲだった。

「マイラス君、我が国にはグラ・バルカスの潜水艦に対抗できる戦力はないのかね?」

 ムーゲが発した質問は、再び全員の注目を集めた。その注目を引き継いだマイラスは、やや重い口を開いた。

「一隻だけですが、あります。日本で改装された〈ラ・カサミ改〉です」

 おそらくムーゲは知ってて質問をしたのだろう。だがこの先のことは知らないに違いない。

「ですが〈ラ・カサミ改〉は先日の『オタハイト防衛戦』で損傷しており、その性能を完全には発揮できません」

 そしてマイラスは、〈ラ・カサミ改〉の損傷について淡々と述べ始めた。


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