ムー オタハイト
「〈ラ・カサミ改〉はオタハイト沖の海戦でスクリューを損傷しました」
マイラスは感情を込めぬよう、意識して淡々と話した。
「現在は我が国で製作したスクリューを取り付けて応急修理をしたのですが、残念なことに新しいスクリューは雑音が大きく、航行中は艦首ソナーが使えません。曳航式のソナーなら使えますが、その場合は速力が10ノット以下に制限されます。先の海戦では曳航ソナーを使用中に戦闘状態に突入し、ソナーを海洋投棄せざるを得ませんでした。現在、〈ラ・カサミ改〉が保有している曳航ソナーは1基のみです」
その場にいた全員の表情が険しくなる。だがマイラスは淡々と先を続けた。
「〈ラ・カサミ改〉が潜水艦を攻撃するための武器は短魚雷です。短魚雷を発射する発射管は6門ありましたが、そのうちの3門も戦闘で損傷し、まだ修理が終わっていません」
索敵が大幅に制限されたうえ、火力も半減。ここまで聞いただけで期待が萎える。
「その他にも
「修理は当然行うのだろう。終わるのはいつ頃かね?」
ムーゲが一縷の望みを託すかのような質問をする。
「新しいスクリューや魚雷発射管など修理に必要な新装備は、日本から我が国に輸送している途中です。最短でも二ヵ月はかかります」
ここまで言えばムーゲも諦めるだろう。マイラスはそう期待した。
「どうだろう。ここで一旦休憩にしては。私は本国と確認したい事が幾つかあるのだが」
ムーゲは休憩を提案し、各国はそれを受け入れた。マイラスはムーゲがまだ諦めていないのを察した。
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ カルスライン社
トリガーの神経性胃炎は治るどころか悪化していた。爆弾倉の改造が完了したことをジークスに報告したところ、ジークスから新たな指示を出された。
「本土から5千キロも離れているぞ!」
ジークスからは、実際に爆撃機を飛ばして爆弾のモックアップを投下するテストを行うよう命じられた。そこまでは予想していた。だがトリガーがモックアップを投下するよう指定された場所を地図で確認すると、そこは本土から遠く離れた第2文明圏の島だったのだ。しかも高度1万メートルという前例のない高高度から爆撃だった。さすがに精密爆撃は求められなかったが、必ず島に落下させることという条件は付けられた。
「これはテストではない。もはや演習だな」
技術屋のトリガーも、さすがにジークスの魂胆に気づいた。自分たちはなし崩しに実戦に参加させられるのだ。
東征艦隊旗艦〈バルサー〉昼戦艦橋
通信室に籠もっていたシエリアを、艦橋の要員たちは興味津々で迎え入れた。もっとも司令官と艦長以外はシエリアを露骨に見たりはしなかったが。
「シエリア殿、長い時間通信室に居ましたな」
アルカイド提督が声をかけた。
「長文だったので、暗号の復号に手間取りました」シエリアはそう答えると、逆にアルカイドに話しかけた。「提督と艦長にお話しすることがあります」
「拝聴しましょう」
アルカイドはそう答えた。ラクスタルもシエリアの方に向き直る。
「四ヵ国同盟を交渉のテーブルに着かせるための策を伝えられました」
ラクスタルは蛇足だと自覚しつつも確認した。
「軍人である自分たちに話してもよいのですか」
「はい。艦隊の協力なしに停戦交渉は実現しません」
アルカイドもラクスタルも、自分たちが厄介な任務を背負わされているらしいことを、改めて認識した。
「まず日本に関しては、艦隊は特に何もしません。陸軍の方が動くそうです」
アルカイドもラクスタルも複雑な心境になった。日本の艦隊の相手をしなくていいというのは朗報だが、陸軍になにかをできるとは思えなかったからだ。陸軍がしくじれば、自分たちの努力も水泡に帰す。二人の空気を察したのか、シエリアは先を続けた。
「(ムー)大陸で
それを聞いたアルカイドはある事実を思い出した。
「大陸の部隊を動かすのでないとすると本土から? そんな航続距離を持った爆撃機は無かったはず……まさかGM計画か? あれは計画が壮大過ぎて頓挫したと聞いたが」
「おっしゃる通り、GM計画は実機どころか設計も完成していません。しかし基礎的な技術研究は続けられていたそうです。そのための試験機なら、本土から第2文明圏までの往復はなんとかできるそうです」
「航続距離が長いというだけでは、日本に対してインパクトがあるとは思えん。日本どころかミリシアルも、我が国の本土を空襲することができるのだぞ」
ラクスタルの疑問にシエリアは答えた。
「重要なのは爆撃機ではなく、爆弾です。日本には禁忌とされている爆弾があるそうです」
二人は『禁忌の爆弾』の意味がわからなかった。沈黙によって、話の続きを促す。
「ムー経由で入手した日本の書籍を調べた結果わかったのですが、日本は転移前の世界の最後の戦争で敗戦したのです」
この事実は二人には意外だった。表情には出さないものの軽く驚いた二人に対し、シエリアは淡々と話を続けた。
「その戦争で日本に降伏を決断させたのは、2発の爆弾だったのです。その爆弾で日本は20万人の犠牲者を出したそうです」
今度の話は二人にとって、意外どころか信じ難かった。
「1発で10万人だと!?」
アルカイドの言葉にシエリアは困った表情を浮かべた。
「私も見たわけではありませんが、日本の複数の書籍にそう書かれているそうです。この点を日本が他国に偽る理由はないと思います」
「そうですな。逆に隠すというのなら、ありそうな話ですが」
ラクスタルの言葉でシエリアは話を続けようとしたが、アルカイドが口を開くのが先立った。
「だが我が国にはそのような爆弾はないぞ」そう言ってから、アルカイドはついさっきを思い出して、急いで付け加えた。「少なくとも自分は知らされていない」
「確かにありません。ですが爆弾のおおよその外形と寸法は書籍から判明しました」
ここまで聞いて、二人は真相を悟った。
「日本にハッタリをかますつもりか。正直に言って、上手くいくとは思えない」
ラクスタルの渋い表情は、シエリアにも伝染した。
「こちらも正直に言いますと、日本に対しては他に打つ手がないのです」
「日本以外の国についてはどうするつもりだ?」
アルカイドも渋い表情をしていたが、話の先を促した。
「ムーは条件次第で講和は可能だと思います」
「条件とは?」
その条件は二人とも推測できたが、アルカイドが確認した。
「第2文明圏からの完全撤退です」
この答えは二人の予想通りだった。
「それだとほとんどの植民地を放棄することになる。我が国は立ち行かなくなるぞ」
ラクスタルの疑問に、シエリアは答えた。
「交換条件として、自衛のための最低限の軍備と通商条約の締結を認めさせます」
今度は二人の理解は追いつかなかった。それを察したわけではなかったが、シエリアは説明する。
「我が国は軍事力ではなく、経済力による繁栄を目指すことになります。これは日本が敗戦から立ち直り、現在の繁栄を手に入れた方法なのだそうです」
この説明も二人は理解できなかったが、シエリアをそれ以上追求することは止めた。シエリアの表情から、彼女も理解できていないことを察したのだ。たとえ理不尽であっても本国の命令通りに動くしかない。それはこの場にいる全員が同じなのだ。
「ここまで聞いた話だと、我が艦隊がすべきことは特に無さそうだが?」
アルカイドの疑問に、シエリアはため息をつきそうになったが我慢した。
「上手く行けばそうなるかもしれません。ですが過度な期待は禁物かと」
アルカイドは苛立ちが表情に出た。
「具体的に、我が艦隊は何を期待されているのだ?」
「イルネティア島の固守です。ミリシアルの継戦の意志を挫くには、今のところそれしか手がありません」
「現在はレイフォル地区の戦力から抽出した艦隊で対応していたはずだな」
ラクスタルの確認の質問に、シエリアはうなずいた。
「敵陸軍の上陸を許しましたが、ドイバ基地はまだ持ちこたえているそうです」
イルネティア島近海
〈アクス〉の副長はローエンの対応を訝しんでいた。彼はローエンに付き合わされて、日本の対潜水艦戦術を学んでいたのだ。潜水艦の最大のアドバンテージは、姿を目視されないという点だ。水上艦は、敵の潜水艦をまず発見しなければ話にならない。そのためには自分の位置を暴露することを恐れず、探信音を打ちまくるべし。これが水上艦の鉄則のはずだった。だがローエンはソナーの電源を切ってしまい、未だに復旧させていない。
「艦長、ソナーを使わないんですか?」
ローエンの様子をうかがいながら、副長が訊いた。
「必要になったらな」
副長はそれは何時かは訊かなかった。ローエンが答えないであろうことは、今までの付き合いからわかったからだ。
魔信から声が響く。
『こちら42リーダー、爆弾の再装備完了。指示を請う』
それを聞いたローエンはすかさず命令を出した。
「取舵15度、両舷全速。ソナー再起動」
乗組員が命令を復唱し、艦が直ちに反応した。だが一度電源を落とした魚群探知機が起動するには少し時間がかかった。頻繁に電源をオンオフするような使い方は想定されていないのだ。
副長はローエンの意図を理解した。彼は艦隊司令部の横槍に腹を立てていたのだ。だがこれは、一歩間違えれば抗命罪に問われかねない行為だ。
魚群探知機が起動して画面が表示される。それを確認したローエンは魔信のマイクを手に取り、プレストークボタンを押した。
「こちら〈アクス〉、ソナーの修理完了。これより敵潜水艦を追撃する」
その言い草は通用しないのではないか。副長はそう思いながら魚群探知機の画面を覗いた。〈アクス〉の前方に潜水艦らしいエコーが映っている。いったいローエンはどうやって敵潜水艦の位置を推定できたのか? 疑問はあるがそれを本人に問うている暇はない。代わりに副長は別件の確認をした。
「第1砲塔は爆雷を準備しますか? それともマーカーにしますか?」
「マーカーを頼む」
シータス級潜水艦〈カイトス〉の艦内は緊張に包まれた。
「後方から探信音、音源が急速に接近中」
水測員の報告が艦長に届く。それが艦長にジレンマをもたらした。〈カイトス〉は大型艦(彼らは知らなかったが、それは狙っていた補給艦ではなく空母〈マンティッサ〉だった)に狙いをつけ、魚雷を装填している最中だった。必中の距離から放たれた魚雷は、大型艦を確実に沈めるはずだった。
「音源に追いつかれるまでの時間は?」
「4分強です」
それを聞いて艦長は決断した。
「魚雷装填急げ。発射後に急速潜航する」
ローエンは画面のエコーを睨みながら命令を出した。
「第2砲塔射出用意。方位0度、距離3千」
〈アクス〉の第2砲塔は対潜迫撃砲に改造されていた。
「第2砲塔、射出しろ」
ローエンは敵潜水艦の未来位置を予測して、小型爆雷の散布を命じた。
魚雷の装填と発射管への注水を終えた〈カイトス〉は、〈マンティッサ〉へ向けて魚雷を発射した。その直後に水測員の声が響いた。
「直上に着水音多数、おそらく爆雷です!」
「敵艦に追いつかれたのか?」
「いいえ、探信音の音源は3千メートル後方です」
グラ・バルカス海軍は対潜迫撃砲を知らない。敵艦が頭上にいない限り爆雷攻撃を受けないと思いこんでいた彼らは混乱した。だが艦長はいち早く立ち直り、部下に命令を出す。
「ダウントリム最大、機関全速」
命令を聞いた乗組員は直ちに従う。手の開いている乗組員は艦首方向へ移動し、重心移動によってダウントリムを手助けする。艦長は最大深度まで潜って爆雷を躱すつもりだった。爆雷の信管は深度設定で起爆すると考えたのだ。だが対潜迫撃砲の爆雷は小型であるゆえ、直撃しないと効果がない。つまり直撃でしか起爆しないのだ。
海面に立て続けに幾つもの水柱が立つ。複数の爆雷が連続して爆発したのだ。だが神聖ミリシアル帝国海軍第4魔導艦隊には、勝利の美酒を味わう余裕はなかった。
「海中爆発でソナーが効きませんな」
画面を覗いた副長がぼやく。ぼやくのには理由があった。その直前、魚群探知機は〈カイトス〉が放った魚雷を捉えていたのだ。
「42飛行隊、〈マンティッサ〉に魚雷が向かっている。航跡が見えるはずだ。爆撃できないか?」
空母の危機とあって、さすがにローエンも焦っていた。
『こちら42リーダー、無理だ。現在発艦作業中』
返信したウィアットはもっと焦っていた。彼と乗機はまだ〈マンティッサ〉に乗っているのだ。
この危機的状況で動いたのは、艦隊司令官のレッタル・カウランだった。彼は旗艦〈スケッティア〉の艦長に話しかけた。
「艦長、この艦の指揮権を譲ってもらえないか?」
「それはできませんが、ご命令なら承ります」
返事を聞いたレッタルは、とんでもない命令を出した。
「本艦をもって、〈マンティッサ〉を護る盾とせよ」
真っ先に反応したのは艦長ではなく主席参謀だった。
「空母は貴重ですが、艦隊旗艦とは交換できません」
「交換するつもりはない。本艦には対魚雷防御のための新装備があるではないか」
レッタルの言う通り、〈スケッティア〉には魚雷攻撃に備えた新装備があった。ミリシアル海軍は日本から輸入した文献で、地球の兵器を研究していた。そこで魚雷に備えた
主席参謀は新装備のテストが不十分な点を挙げて反対しようとしたが、艦長が先に部下に命令を出した。
「面舵いっぱい、両舷半速。左舷装甲に魔素展開。属性比率は水100」
艦長の操艦は明らかに〈スケッティア〉を魚雷の射線上に割り込ませることを意図したものだった。またミリシアル海軍の魔導艦は魔素を展開することによって装甲を強化する機構を備えていたが、〈スケッティア〉の機構は改造されていた。展開する魔素の属性をある程度柔軟に変更できるようになっていたのだ。
〈スケッティア〉は位置を変えながら、左舷装甲の温度を急速に下げていった。その表面温度は氷点下に下がっていたが、海水には不純物が多く含まれていたうえに流れもあったので、装甲表面にはまだ変化はなかった。
「推進停止、魔素展開に全力を注げ」
魚雷の射線上に割り込んだ〈スケッティア〉は、魔導機関の全出力を魔素展開に注いだ。左舷装甲の表面温度が急速に低下し、装甲表面に氷が付着し始めた。ミリシアル海軍の魔導艦の設計を担当したルーンポリス魔導学院の魔導技師たちは金属でバルジを作るのではなく、艦の周囲の海水を凍らせた氷でバルジを作ることを思いついたのだ。それなら必要に応じて戦場で作ることができる。もちろん日本人の技術者が聞けば即座に却下するようなアイディアだが、魚雷もバルジも文献でしか知らなかった魔導技師たちは、大真面目にこのアイディアを実現すべく努力したのだ。
〈スケッティア〉の左舷船腹に4本の水柱が立った。高い位置にある昼戦艦橋が激しく揺さぶられる。中の乗組員の一部は転倒した。なんとか転倒せずに踏ん張った艦長は、大きな揺れが収まったところで怒鳴るように命令を発した。
「損害を報告しろ!」そして艦体が左に傾斜していることに気づいて、追加の命令を出す。「右舷注水!」
レッタルも転倒を免れていた。彼は転倒した主席参謀に手を差し伸べていた。
「大丈夫か」
「自分は大丈夫ですが、艦の方は心配ですな」
参謀の心配はもっともだった。〈スケッティア〉は轟沈していてもおかしくない状況だったのだ。だが〈スケッティア〉は沈まなかった。その原因はやはり魔法のバルジにあった。と言っても魔法のバルジが期待通りの働きをしたわけではない。海水を急速に冷却して作った氷は機械的にかなり脆く、その厚さも期待値よりかなり薄かった。そのため装甲に張り付いた氷は呆気なく粉々になってしまった。だが魚雷の炸薬の爆発のエネルギーを多少はロスさせることができた。
〈スケッティア〉が沈まなかった直接の理由は、浸水の量が少なかったことだった。魚雷によって〈スケッティア〉の船腹には4つの破孔が空いたが、そこに海水と一緒に氷の破片が流れ込んだのだ。粉々になったといっても元々が大きかったので、氷の破片もそれなりの大きさがあった。それが破孔の一部を塞いで海水の勢いを削いだ。また被雷後も冷却を続けていたため氷が成長し、浸水を防ぐ栓の役割を果たしたのだ。
想定外の作用で魔法のバルジは〈スケッティア〉を守ったが、〈スケッティア〉が被ったダメージは小さくなかった。だが最大のダメージは、三隻目のシータス級を失探したことだった。潜水艦温存戦略に従って三隻目のシータス級潜水艦は姿を隠したのだが、このとき潜水艦を殲滅できなかったことが後に大きな悲劇を招くことになる。