日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第15話『地獄で立ち往生』

第2文明圏西方

 

 トリガーは機上の人になっていた。彼が乗る〈マウン〉は高度1万メートルを飛ぶ。〈マウン〉は操縦室など機体の一部しか気密構造になっていない。乗客を乗せる旅客機ではないから乗り心地は後回しだし、事故が起こったとき内外の気圧差によって機体が大破するリスクを考えれば、試験機の与圧区画は必要最小限にするのは当然である。だが今回のフライトに限っていえば、トリガーは機体全体を気密構造にしなかったことを後悔していた。というのも望んでいなかった乗客が同乗していたのだ。

 トリガーは機械室と呼ばれる部屋にいた。エンジンの状態をモニターするための部屋で、名前通り大小様々な測定機械が置かれている。飛行中はずっとデーターを取り続けるので、機械を操作する人間のために与圧されているのだ。機械室は小さいわけではなかったが、多数の機械のせいで狭く感じた。その狭い空間で彼は陸軍の憲兵と同席していた。言うまでもなく督戦隊である。2機の試験機が途中で引き返したりせず、目的の島に模擬弾をちゃんと落とすように見張っているのだ。

 トリガーはあまりにも気まずい空気をなんとかしようかと思ったが、憲兵たちの醸し出す雰囲気に呑まれて何も言い出せなかった。陸軍のパイロットが同席している操縦室よりはマシだろうと思って我慢を続けた。

 だがトリガーの忍耐は、最悪の形で終わりを告げることになる。

『対空レーダーに感あり。国籍不明の機影2つが高速で接近中!』

 2機の試験機のうち〈マウン〉には試作品の対空レーダーが搭載されていた。そのレーダーに張り付いていた技術者が声を上げた。この情報は僚機の〈グティー〉にも伝えられ、2機の機内にはこれまでとは別種の緊張感が走った。

 試験機の乗組員たちはカルスライン社の社員だ。現在の身分は軍属扱いになっているが、軍人ではない。彼らが浮き足立つ中、憲兵の指揮官が質問を発した。

「目的地に到着するのと不明機と遭遇するのは、どちらが先だ?」

 技術者は質問にすぐに答えられなかった。

「どっちが先だ!」

 今度は強めに訊かれて技術者はようやく答えた。

「わかりません。微妙なところです」

 それを聞いた指揮官は、有無を言わさぬ雰囲気で言った。

「ではこのまま任務を遂行する」

 任務じゃない仕事だ。トリガーはそう思ったが、怖くて声にすることはできなかった。

 

 

ムー大陸近海上空

 

 ムー大陸近海上空を大型機が飛んでいた。ムーで組み立てた〈YS-11改〉のテストフライトである。

 日本は〈YS-11〉のライセンス生産をムーに認める方針を決めていたが、実際にムーにそれができるのかを確認するため、全ての部品を日本からムーに運んで現地企業に組み立て作業を指導した。色々と紆余曲折があったのだが、なんとか機体が完成し、テストフライトまでこぎ着けたのだ。

 実は紆余曲折の原因の半分は日本側にあった。〈YS-11〉は国産旅客機だが、部品の全てが日本製ではなかった。ジュラルミン部材や航空用電子機器など外国製の部品も多数あった。それらは新たに日本国内で開発・製造しなければならなかった。またオリジナルの〈YS-11〉には様々な不満点もあったが、それらの改善も図られた。その結果〈YS-11〉の設計は大幅に見直され、新たに製造される機体は改良型というニュアンスを込めて〈YS-11改〉と名付けられた。

 両国の世論の中には戦時中に民間機の開発・製造など何事かという意見もあったが、現実の要請の前では効果がなかった。第3文明圏では航空機の需要が増しており、短い滑走路でも離着陸できる中型機が必要だったし、日本の航空機メーカーの生産力ではそれを満たすことはできなかった。ムーにしても軍の貨物輸送に輸送機は必要だったし、〈ラ・カオス〉だけでそれを満たすことは困難だった。なにより日本の航空機技術を導入するのに、ライセンス生産は最も手っ取り早い手段だった。今飛んでいる初号機は全部品を輸入したが、少しずつ国産化率を高めていくことで日本との合意はできている。

 飛行しているのは〈YS-11改〉だけではなかった。護衛として〈F-15J改〉と〈ヤムート〉が編隊を組んで一緒に飛んでいた。またその様子を撮影する航空機も同行していた。ムーも日本も、〈YS-11改〉を両国の協力のシンボルとして利用する気満々だったのだ。ムーとしては輸入機の〈ヤムート〉ではなく純国産の航空機を飛ばしたかったが、星型エンジンの航空機ではターボプロップエンジンの〈YS-11改〉に随伴できないというやむを得ない事情があった。

 更に彼らから少し離れた場所を〈E-767改〉が飛んでおり、周囲をレーダーで監視していた。両国政府ともこのテストフライトが無事に終わることを望んでいたが、恐るべき偶然がそれを許さなかった。

〈E-767改〉から護衛編隊に通信が入る。西方約1千キロ、高度1万メートルを2機の所属不明機が時速6百キロで飛行中。目的地は不明だが、イルネティア島に接近する可能性あり。間もなくムー政府から追加の情報が伝えられる。ムーの航空機に該当する機体なし。こちらは予想通りだった。高度といい速度といい、ムーの航空機では無理だからだ。十中八九グラ・バルカスの航空機だが、ミリシアルの可能性もなくもない。

 護衛編隊の〈F-15J改〉に不明機への接近と偵察が命じられるまで、更に10分以上の時間がかかった。護衛任務のために飛んでいた〈F-15J改〉は増槽を装備しておらず、航続距離が足りなかった。アイナンク空港に待機していた〈KC-767〉空中給油機の発進準備に時間がかかったのだ。

 

 

イルネティア島近海 〈スケッティア〉昼戦艦橋

 

 レッタル・カウランの胃痛は頭にまで飛び火していた。自分の判断が間違っていたとは思っていなかったが、目の前の現実は深刻だった。

〈スケッティア〉は沈没を免れた。だがそれだけだった。敵潜水艦の攻撃は止んだが、左舷装甲の冷却は続いていた。氷が破孔の栓になって浸水を防いでいるので、冷却を止めると氷が溶けて浸水が始まるからだ。

 そこで氷が溶けても浸水しないように装甲の穴を塞ぐ修復を試みたのだが、作業にあたった乗組員たちが相次いで凍傷になるという事故が起きた。

 今すぐに装甲の修理をするのは諦めて、浸水しても対応できるように排水能力を強化する方針に切り替えたが、これも容易ではなかった。〈スケッティア〉は艦体傾斜を復元できるよう右舷/左舷に独立した注排水機構を備えていたが、左舷に破孔が四つもあるので、左舷の排水能力をフル稼働しても間に合わないことが判明した。そこで両舷の注水タンクを接続して左舷に浸水した水を右舷に回し、右舷の排水機構も利用して排水を行う方針を決めた。だがこの方針はすぐに暗礁に乗り上げることになった。両舷のタンクの接続には既設のパイプを使うつもりだったが、このパイプの径が細く、右舷タンクへの水の移動が間に合わないことが判明したのだ。

 普通ならこの時点で自力での修理を諦め、艦をドッグへ回航して修理することを考えるのだが、第4魔導艦隊は本土から遠征しており、自国のドッグは最寄りでも1万キロも離れている。最も現実的な選択肢は同盟国のムーのドッグだが、その場合でも〈スケッティア〉は戦線を離脱せざるをえない。ここで問題になるのが〈スケッティア〉が艦隊旗艦だということだ。同型艦の〈エアトゥース〉が健在だったら将旗をすぐに移すこともできたが、〈エアトゥース〉は既に海底に沈んでいる。ゴールド級戦艦の〈セイドリック〉と〈ガラハン〉は生き残っていたが、どちらも損傷しており不安がある。だが巡洋艦以下の艦艇では艦隊指揮のための要員と設備を収納するスペースが足りない。主席参謀は「空母は艦隊旗艦と交換できない」と言ったが、今はそれすら真剣に検討せざるをえない。

 だが〈スケッティア〉を艦隊旗艦として使い続けるわけにはいかない。横っ腹に穴が四つも空いていて、大量の魔石を燃やして氷で穴を塞ぎ続けないと沈んでしまうような危ない艦に、最も重要な役割を任せるなど論外だ。そしていつまでも決断を遅らせるわけにいかない。

「艦隊将旗を〈セイドリック〉に移す」

 レッタルは〈スケッティア〉の艦橋でスタッフ一同に宣言した。参謀たちは何も言わなかった。どの艦に旗艦を移すかを議論して時間を浪費するより、すぐに新しい艦隊司令部を立ち上げる方が重要だからだ。艦長も何も言わなかった。言いたいことは山ほどあるだろうが〈スケッティア〉に旗艦が務まらないのは明らかだし、やはり時間を浪費するわけにはいかなかった。

 だが時間が貴重であることをわきまえていたのは彼らだけではなかった。

「対空レーダーに感、敵航空機とおぼしき飛行物が多数接近中!」

 その報告を聞いたレッタルは、胃痛を再発した。それでも職務を遂行する。

「全艦対空戦闘用意。各空母は戦闘機の発艦を急げ」

 だがレッタルの苦悩はこれだけではなかった。命令を発した直後に主席参謀がレッタルに訊いたのだ。

「エイテス王子をどうしますか?」

 エイテス王子のことをすっかり失念していたレッタルは虚を突かれた。

 

 死んでいいという意味ではないが、軍人は死ぬことも想定されている。それはレッタルでさえ例外ではない。だがエイテス王子はそうではない。エイテス王子が死んだら、ミリシアルはイルネティア島を攻撃する大義名分を失う。王子を守れなかったことで外交上の対面も著しく傷つく。チェスに例えるならエイテス王子はキングで、レッタルたち軍人はその他の駒なのだ。他の駒を失ってもゲームは続くが、キングを失ったら負けが決まる。

 それゆえエイテス王子と伴のビーリー卿は、最も安全と思われた旗艦に乗っていた。だがその旗艦〈スケッティア〉は将旗を移さなければならないほど深刻な状況だ。艦隊司令部の要員と機材を〈セイドリック〉に移動する暇は今はない。〈スケッティア〉がこの敵襲を耐え抜くことを期待して指揮を取り続けるしかない。だがエイテス王子とビーリー卿をそれに付き合わせる理由はないのだ。

 レッタルは胃痛に加えて頭痛も併発した。痛む頭をフル回転させて考える。どの艦に乗せるのが一番安全だ? それとも島に上陸させるか? 本人たちもそれを望んでいたじゃないか。少なくとも島は沈没する心配はない。

 レッタルが上陸案に傾きかけたとき、さらなる凶報が彼を襲った。

「上陸部隊のダグラス司令より通信。敵陸上部隊が航空機を伴って大規模反撃を開始。航空機及び艦砲による支援を求む」

 レッタルは顔を(しか)めた。これで上陸案はなくなった。2隻のゴールド級戦艦もなしだ。彼女たちは上陸部隊支援のために、島に接近させなければならない。当然敵の攻撃にさらされる。一番無難なのは空母か。だがさっきは空母が狙われたから、〈スケッティア〉を盾にしたらこうなった。

 レッタルは戦闘状態を理由に問題を先送りすることにした。

「いつでも退艦できるよう、王子には伝えてくれ」

 

 

イルネティア島地上

 

 上空では戦闘機同士による制空戦が繰り広げられている。バーニーはカムフラージュした掩体壕からその様子を見ていた。

 グラ・バルカス軍が大規模な制空戦を仕掛けてくるのは久しぶりだ。どうやら損傷した航空機の修理が終わったらしい。敵が休んでいる間に掩体壕を上空から発見されないよう念入りにカムフラージュしたが、万全かどうかは判らない。

 だが頭上をいつまでも気にしているわけにはいかなくなった。

『1号車から全小隊へ、前方に敵影。敵が来るぞ!』

 バーニーは〈ハイマクス〉のカメラを上から前に向け直した。〈ハウンド〉を先頭にグラ・バルカスの地上部隊が前進してくる。バーニーが乗る〈ハイマクス〉2号車を含め、第501対戦車小隊は攻撃準備に入った。

 

 501小隊は待ち伏せ攻撃専門だった。小隊が保有する対戦車兵器は〈ハイマクス〉と日本から輸入した84ミリ無反動砲である。無反動砲は歩兵の武器であり、戦車砲より射程距離が短い。無反動砲を持った歩兵は、いかに敵戦車に気づかれずに接近できるかで勝敗が決まる。もっとも勝率が高い戦術は、隠れて敵戦車の接近を待つ待ち伏せ攻撃なのだ。

 待ち伏せ攻撃に偏重したのはそれが最も戦果を上げたのが最大の理由だが、他の部隊が遭遇戦で大きな損害を出したのも大きい。特に通常型の魔導兵〈マクスタ〉は、〈ハウンド〉相手には相性がかなり悪かった。車高の高さと射程距離の短さ、そして装甲防御力の不足が致命的で、先制攻撃を受けて一方的に撃破されるケースが目立つ。501小隊の〈ハイマクス〉3号車も、敵を発見する前に不意打ちを食らって撃破された。3号車を撃破した〈ハウンド〉は空中機動を駆使したバーニーの2号車によって撃破されたので、遭遇戦でも〈ハイマクス〉は対戦車兵器として有用であることは証明されたのだが、不意打ちで一両が撃破されたのと引き換えだったので、司令部としては遭遇戦で積極的に使おうという気にはならなかった。

 こうして501小隊は待ち伏せ攻撃専門になったわけだが、これが上陸部隊全体の戦術に影響を及ぼした。積極的な攻勢を採れなくなったのだ。戦車を保有していなかったミリシアル陸軍は実戦で対戦車戦術を確認する他なく、慎重にならざるをえない事情はあった。だが初戦の敵前上陸のトラウマのせいか損害を出すことを極端に恐れるあまり、消極的になり過ぎて戦場で主導権を手放す結果となってしまった。ある程度の損害は許容して短期決戦を挑んでいれば、戦況は大きく変わっていたかもしれない。

 

『命令するまで発砲するな』

 ハンリから念を押す命令が伝わる。敵をある程度こちらの陣地に引きずり込んでから、その車列を分断して前半分を包囲してタコ殴りにする戦術だ。追撃なしの待ち伏せ攻撃オンリーで戦果を最大にしようとしたら、必然的にそうなるだろうとバーニーは納得した。

 だがハンリの策は味方によってぶち壊された。比較的前方にあった掩体壕に隠れていた歩兵が、発砲命令を待たずに接近してきた〈ハウンド〉に無反動砲を撃ったのだ。バーニーは舌打ちしたものの、顔も名前も知らない歩兵に同情した。魔導兵に乗っている自分と比べれば裸同然の歩兵が、戦車に猛スピードで迫られたら、恐怖に駆られるのも仕方ない。

 グラ・バルカス陸軍の反応は素早かった。隊列を組んでいた戦車たちは散開して砲撃を躱しつつ、発砲によって位置を暴露した掩体壕に対して榴弾で反撃を加える。他の掩体壕からも砲撃が始まるが、すでに回避運動を始めていた戦車には思うように当たらない。敵を陣地に引き込んで包囲しようというハンリの思惑は完全に外れて、最前線正面での殴り合いが始まってしまった。敵に大損害を与えるのは諦めて、敵を追い返すことを目標にするしかないだろう。バーニーはそう判断すると、1号車で指揮をとっているハンリに通信を送った。

「こちら2号車、支援のために前進する」

 合計5両の〈ハウンド〉を撃破したバーニーは、501小隊のみならず上陸部隊全体からアンチタンクエースとして一目置かれる存在になっていた。それをハンリが個人的にどう思っているかは定かでないが、指揮官といえどバーニーの意見は無視できない。周囲もバーニーもそう思っていた。だから返信を聞いたときは、それを受信した全員が軽く驚いた。

『駄目だ、まだ動くな』

 バーニーは思わず反論した。

「何故です? このままだと味方が戦車に轢かれてすり潰されますよ!」

『海軍に航空支援を要請した。もうすぐ味方の攻撃機が来るはずだ。それまでタコツボに籠もって我慢しろ』

 バーニーは短時間カメラを空に向けた。先程まで繰り広げられていた空戦は終わっていた。だがどちらが制空権を取ったのかは判らない。バーニーはカメラを前に戻すと、ハンリに返信した。

「了解」

 バーニーは不安を抱えながら掩体壕に籠もった。

 

 

空母〈マンティッサ〉飛行甲板

 

 ウィアットは空母〈マンティッサ〉の左舷飛行甲板で待ちぼうけを喰わされていた。爆雷を使い果たして帰艦して、再び爆雷を装備して発艦に備えていたら、空母が魚雷攻撃を喰らいそうになって回避運動を開始した。空母が風上に向かって30ノット以上で直進してくれないと、乗機の〈ジグラント2〉は対気速度が足りずに発艦できない。魚雷は旗艦の〈スケッティア〉が盾になってくれたおかげで回避できたが、今度は敵の航空機が襲撃してきたせいで、制空戦闘機の〈エルペシオ3’〉の発艦が優先された。〈エルペシオ3’〉たちが右舷飛行甲板から発艦する間、空中衝突を避けるためにウィアットの乗機は左舷飛行甲板で待たされたのだ(〈マンティッサ〉は双胴空母である)。このまま出番がないかと思ったら、地上でも戦闘が始まったので、爆雷を通常爆弾に換装して出撃することになった。今は飛行甲板で作業員たちが爆弾の付替えを行っている。

 ウィアットは魔信をオンにして情報を収集していた。友軍の戦闘機乗りたちは健闘はしているようだが、制空権の奪取には至っていない。また制空権を取れない状況で爆撃をするのかと、ウィアットは出撃前から鬱が入り始めた。彼は既に部下を3人も失っていたのだ。

 魔信が鬱を促進しかねない通信を傍受した。

『敵攻撃機約30機、低空より艦隊に接近中、方位20,距離1200!』

 制空権を取るどころか、どうやら防空網を突破をされたようだ。ウィアットは急に体が動くのを感じた。正確には乗っている空母が舵を切ったのだ。どうやら回避運動を始めたらしい。同時に機外で大きな音と人の怒号がした。ウィアットは風防を開けて作業中だった作業員の一人に声をかけた。

「どうした?」

「すみません。換装中の爆弾を落としてしまい……」

 ウィアットの顔色が変わったのを見た作業員は、あわてて付け加えた。

「信管はまだつけていませんでしたから、爆発はしませんから安心してください。ただ艦が舵を切っている間は、作業はできません」

「わかった。怪我はないか? 気をつけてくれ」

 ウィアットはそう言うと返事を待たず、風防を閉めた。そして加速する鬱との戦いを始めた。

 

 

旗艦〈スケッティア〉昼戦艦橋

 

『敵攻撃機約30機、低空より艦隊に接近中、方位20,距離1200!』

 報告を聞いた艦長は即座に命令を下す。

「対空戦闘開始。機関半速」

 戦艦は目立つ存在だ。ほぼ間違いなく狙われる。艦長は回避運動を命じたが、魔導機関の出力の一部を左舷装甲の冷却のために使っているので、全速は出せない。今はそうではないが、もし主砲を撃つとなると微速しか出せないだろう。ミリシアルの魔導戦艦の砲は、必要なエネルギーの供給を全て魔導機関に頼っているからだ。火薬を使った火砲であれば、砲弾を打ち出すエネルギーは装薬を燃やすことによって得る。艦の機関とは無関係に撃てるが、魔導砲はそうではない。例外的にミリシアル陸軍の自走砲では魔石を装薬とした砲弾を使用しているが、これは大出力の魔導機関を車載できるほどコンパクトに作れないから苦肉の策でそうしているに過ぎない。

 主機に魔力が注がれて〈スケッティア〉は動き出したが、その速度は10ノットにも満たない。破孔は氷で栓をしたが完全に塞がったわけでなく、少量だが浸水は続いている。それはポンプで排水しているが完全に水を抜くことができず、バランスを取るため右舷にも同程度の水を注水していることもあり、喫水線は通常よりも高くなっている。また破孔自体がかなりの水中抵抗を生んでいる。そのため舵が中央でも艦は左に向かってしまうが、操舵手が軽く面舵を当てて補正している。

 右舷のアクタイオン25mm連装魔光砲が射撃を開始する。曳光弾と見紛う魔光弾がシャワーのように〈リゲル〉艦上攻撃機の編隊に浴びせられる。編隊はその前から他の艦からの対空射撃を浴びていたが、編隊は崩れず、それで落とされる〈リゲル〉はほとんどなかった。

 レッタルはその様子を黙って見ていた。艦の指揮権は艦長にある。ついさっきはそれに口を出したが、その結果を考えればこれ以上の口出しはできない。それに将兵は自分の命令に従い、既に敵と戦っている。なにか状況に変化がない限り出すべき命令もない。戦況を見守っていたレッタルは、敵の〈リゲル〉隊の練度の高さに感心していた。あれほどの射撃を浴びても統制が崩れない。カルトアルパスでは鮫島も同じように感心していたが、両者の立場はかなり違った。鮫島はどうやったら〈リゲル〉を効率的に叩き落とせるかを考えていたが、レッタルは自分と乗艦が生き残れるかを心配する立場なのだ。

 レッタルが見守る中、〈リゲル〉隊は上昇・離脱を始めた。魚雷を投下し終わったのだ。〈スケッティア〉はわずかに舵を左に切り、魚雷の進路に対しほぼ直角の進路をとった。最短距離で魚雷を躱すためだが、その速度はじれったくなるほど遅く感じる。レッタルには立ち往生しているように感じられた。

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