日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第6話『真珠湾迎撃』

 G11四日目のはずの朝。港町カルトアルパスの港湾管理局は多忙を極めていた。

 結局ミリシアルの説得は時間切れで失敗した。内陸国のエモール王国以外は外務大臣護衛艦隊を出撃させ、グラ・バルカス艦隊を迎え撃つことになった。エモール王国は代りに風竜騎士団22騎を参戦させることになった。

 海上自衛隊の第零護衛隊群もその中にいた。

 本国の国家安全保障会議(NSC)が徹夜で議論した結果が、早朝になって命令として送られてきた。

 

○ 内閣は個別的自衛権に基づき、グラ・バルカス帝国への武力行使を容認する

○ 第零護衛隊群は予想されるグラ・バルカス艦隊の攻撃に対し、現行法制度の下で最小の損害で対処せよ

○ なお日本国と同じく宣戦布告を受けた諸国と可能な範囲で協同し、協力国の損害を最小とするよう努力せよ

○ グラ・バルカス艦隊に可能な限りの損害を与え、戦争継続の意志を奪うこと

○ 第零護衛隊群が指令と現行法制度を遵守する限り、結果責任は内閣がとる

 

 これを読んだ第零護衛隊群の幹部たちは呆れた。千円札を一枚渡されて、金塊を買ってこいと言われたようなものだ。

 カルトアルパスで負けたとしても、グラ・バルカスが戦争継続を諦めるわけがない。今回のグラ・バルカスの目的は、明らかにプロパガンダだ。今後の外交を有利にするための一手で、これに失敗したからといって戦争目的を諦めるほどの痛手にはならない。

 また宣戦布告を受けた国と協同しろと言われても、互いに相手のことを知らないのだ。旧世界にいたとき、自衛隊がアメリカ軍との合同演習に明け暮れていたのは、その必要があったからだ。あそこまでやらないと、戦場で有効な連携など取れるわけがない。

(日本は簡単に勝ちすぎたのかもしれん)

 鮫島は腹の中で考えた。最近日本国内では『自衛隊TUEEE』や『日本SUGEE』といった論調が目立つ。国民は戦争に簡単に勝てると思い込んでいるのではないか。そうであってほしくないが、内閣も簡単に勝てると思い込んでいないか。

 ロウリア事件や日パ戦争で人的損害を出さずに勝てたのは、それを実現するのに必要なだけの準備と幸運があったからだ。

 ところが今回はどうだ? 寄せ集めの護衛隊群、半日で作った作戦。しかも敵とのテクノロジーの差は、最大でも70年しかない。戦力差ははっきりしないが、最悪だと空母機動部隊と水上砲戦部隊を同時に相手にすることになる。あと潜水艦もあり得るか。テクノロジーの差を物量でひっくり返されるかもしれない。

 しかも世界連合軍という()()()まで背負わされている。名前だけは凄いが、文明国の戦列艦は戦力にならない。列強でもムーでは歯が立たないだろう。ミリシアルは不確定だが、マグドラ群島で第零式魔導艦隊が負けたのを考えれば当てにはできない。

「部下を靖国には逝かせたくないな」

 鮫島は思わず口に出してしまった。

「同感です」

 艦隊参謀が一言で応じた。鮫島は周囲の様子をうかがったが、部下たちに動揺した気配はない。

 ああ、そうか。防衛装備庁からの出戻りの自分より、部下たちの方が肝が座っているのは当然ではないか。

 そう気づいたら、鮫島は肩の力が抜けた。

「それでは始めるとするか」

 鮫島は部下たちにそう宣言した。

 

 この海戦は国によって呼び方が異なる。

 神聖ミリシアル帝国では『カルトアルパス防衛戦』と呼ばれることになる。同国が防衛側の立場であったことが現れている。

 逆に攻撃側のグラ・バルカス帝国では『白の場合(ケース・ホワイト)』と呼ばれることになる。作戦名がそのまま海戦の名前として使われたのだ。戦争に明け暮れていた同国らしい。

 では日本はというと、政府の公式文書では『港湾都市カルトアルパスにおける海上自衛隊の正当防衛活動』と記される。いかにも役人の作文風で、お国柄を表していると言えなくもないが、多くの日本人はこう呼ぶ──『真珠湾()()』と。

 

 ミリシアルが各国艦隊に配った魔信から、放送が流れる。

『こちらは日本国第零護衛隊群司令、我が隊は「艦隊級対空殲滅魔法」の使用準備を開始する。我が隊の艦が配置に着くため移動するので、注意されたし』

 これを聞いた各国は戸惑う。

「日本はムーと同じ機械文明国で、魔法は使えないと聞いていたが……」

「『艦隊級対空殲滅魔法』って何だ?」

 中でも戸惑ったのは、アガルタ法国だった。

「まさか我が国が研究中の『艦隊級極大閃光魔法』を、日本は既に実用化しているのか?」

「いや、そんなわけがない。きっと似た名前の別の魔法だ」

 

「司令、本当によかったんですか?」

 たしなめる艦隊参謀に、鮫島は飄々(ひょうひょう)と答える。

「方便だよ、方便。魔法文明の連中にイージスシステムを説明して、理解できると思うか」

「まあ、無理だとは思いますが……」

「『十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない』、SF作家で科学評論家のクラークの言葉だ。連中に説明できない技術は全部魔法でいいんだよ」

 その場にいた者たちは納得はできなかったが、反論の言葉も出てこなかった。

『こちらカルトアルパス海軍基地対空監視部、グラ・バルカス帝国と思われる航空機が南西方向から多数カルトアルパスに接近中! 距離70.2NM(ノーティカル・マイル)(約130キロ)、機数200!』

 魔信から通信が流れる。

「おいでなすったか。200ということは、正規空母で3パイってとこか。各艦は?」

「全艦配置に着きました」

〈ひゅうが〉を除く7隻の護衛艦は、世界連合軍を取り巻く輪形陣を敷いていた。

 鮫島は魔信のプレストークスイッチを押す。

「『艦隊級対空殲滅魔法』呪文詠唱開始」

 鮫島は手許にあったCDプレーヤーの再生ボタンを押す。プレーヤーから読経が流れる。

「何ですか、これは?」

「備品庫を漁っていたら出てきた。何故あるのかは俺にも分からん。流すのは賛美歌でも第九でもよかったんだが、この世界には謎通訳があるからな。歌詞付きの曲だと異世界人にどう聞こえるか予測がつかん。日本人の俺たちが聞いても理解できないコレが一番の安牌だと思ったんだ」

〈ひゅうが〉のCICとFICに読経が流れる。そして世界連合軍にも。

「なんだ? これが呪文か?」

「こんな呪文は聞いたことがないぞ!」

 ミリシアルの対空監視部でもお経が流れた。

「なんと遅い詠唱だ。これでは魔法の発動にどれだけ時間がかかることか」

「我が国では機械による高速自動詠唱が当たり前だというのに……やはり魔法後進国だな」

 だが彼らはお経を聞いている暇などなかった。

「第7制空戦闘団、出撃を急がせろ!」

 カルトアルパス海軍航空基地から最新鋭の制空戦闘機〈エルペシオ3〉が次々と離陸する。その数42機。

 戦力比1:5という圧倒的に不利な状況でも、パイロットたちは愛機の性能を信じて立ち向かう。

「頼んだぞ!」

 

〈ひゅうが〉の飛行甲板には一機の航空機が姿を現した。艦載用早期警戒機(AEW)の実験機である。

 艦載用早期警戒機なら航空自衛隊の〈E-2C〉があるが、正規空母での運用を想定した固定翼機で、海上自衛隊の護衛艦では運用できない。イギリス軍は早期警戒ヘリ『シーキング』を開発・運用しているが、日本は輸入していない。

 旧世界では本土に飛来する航空機だけを監視していればよかったが、海外派兵が行われる新世界ではそういうわけにはいかない。

 航空自衛隊が保有している〈E-767〉早期警戒管制機(AWACS)なら長時間の飛行時間と長い航続距離があるので、ロデニウス大陸やフィルアデス大陸の一部ならカバーできた。だがそれより遠方となると、日本国外に本拠地(ベース)が必要になる。それに〈E-767〉は航空自衛隊しか配備していないが、アメリカ製の機体で日本国内では再生産できない。どのみち国産化は避けて通れないのだ。

 要求仕様は以下の通り。

 

○ 現在の護衛艦で運用可能なこと

○ 和製クラウドシューティングと一体運用可能なこと

○ FCS3-Aと同等以上の性能のレーダーを搭載すること

○ 実験機は潰しても惜しくない機体をベースにすること

 

 かなり無茶苦茶な要求仕様だが、軍隊の要求は大概はそういうものだ。

 まず最初の要求で、固定翼機は消えた。回転翼機しか選択肢はない。

 2番目の要求はソフトウェアで解決可能な問題なので、後回しにできる。

 3番目はかなりの難問だった。艦載用の〈FCS3-A〉を航空機に搭載できるまで小型化するのは、困難である。だが日本には多目標を同時に追尾できるアクティブフェイズドアレーレーダーを戦闘機に搭載した実績がある。〈F-2〉戦闘機の〈J/APG-1/2〉である。そこで換装によって取り外された〈J/APG-1〉を改造して、〈FCS3〉に近づけたレーダーを試作した。最終的に〈J/APG-1〉の改良で行くのか、〈FCS3-A〉の小型化で行くのか、方針を決めるための基礎データ採取に使う予定だった。

 最後の要求で、ベースとなる機体は決まった。アメリカ製の掃海ヘリ〈MH-53E〉シー・ドラゴンである。掃海具を牽引するための大型ヘリだが、メーカーが生産中止を決めたため、海上自衛隊も退役を決めた。だがアメリカ海軍はもうしばらく使い続けるので、海自のシー・ドラゴンは補修用部品としてアメリカ海軍に2017年に引き渡される予定だった。

 ところが日本が転移してしまったために実現せず、倉庫で埃を被っていた。これなら使っても誰も文句は言わない。防衛装備庁はシー・ドラゴンから掃海具を取り外し、〈J/APG改〉を取り付けた。この実験機は〈XEH-53E〉サンダー・ドラゴンと名付けられた。『X』は実験機、『E』は電子戦機を表している。

 サンダー・ドラゴンは〈ひゅうが〉を離艦するとそのまま上昇、高度600メートルで旋回運動を始める。早期警戒機(AEW)は全方位をスキャンしなければならない。〈E-2C〉や〈E-767〉はドーム内でレーダーを回転させているが、サンダー・ドラゴンはレーダーを回転できない。そのようなメカニズムを搭載できる余裕は機体にはなかったし、レーダーから放射する電磁波を搭乗員が浴びると健康被害が出る可能性がある。そのためレーダーは機尾に向けて固定されていた。代りに機体が旋回運動をして、全方位をスキャンすることになる。

 サンダー・ドラゴンは1分で1周のペースで旋回運動を続ける。それ以上速いと搭乗員が耐えられないと判断されたからだが、1分でも物凄いストレスが溜まる。あくまで実験機で、実戦で使うことを想定していないのだから、今は搭乗員に我慢してもらうしかない。

 カルトアルパス湾は南はフォーク海峡に繋がっており水平線が広がるが、他の三方は陸地で、艦隊からは陸地の稜線より下はレーダーの覆域に入らない。外洋と比べると三方を目隠しされたようなもので、かなり不利だ。それをカバーするためにサンダー・ドラゴンを稜線よりも高い高度で旋回させるのだ。

〈ひゅうが〉のCICとFICに、サンダー・ドラゴンの索敵情報が伝達される。〈E-767〉のレーダーが1分間に8回転するのと比べれば、イライラさせられるが、レーダーは今のところきちんと動いており、何も見えないよりは遥かにマシである。

 またこの情報は他の護衛艦にも伝達されており、『和製クラウドシューティング』ことX-OS(開発時の名称、後にFBOS(フォボス)──Fleet Battle Operation Systemという名前で正式採用される)も順調に動いていた。

 

「どうやら順調ですな」

 艦隊参謀の言葉にも、鮫島は渋い表情だった。

「しょせんは実験装置だ。いつ不具合が起きてもおかしくない。そろそろミリシアルとグラ・バルカスの空戦が始まるぞ」

 その様子は艦隊のレーダーでも捉えることができた。その様子を見ていた鮫島が、艦隊参謀に確認する。

「ミリシアルの天の浮舟はジェット機だったよな?」

「正確には『魔光呪発式空気圧縮放射エンジン』だそうですが、燃料が違うだけで原理は同じでしょう」

「それにしてはやけに遅くないか?」

「……確かに」

 やがて空戦が始まる。鮫島たちはその様子に釘付けになるが、すぐに諦めと呆れの表情が浮かぶ。

「失敗した実験機ならともかく、レシプロ機より鈍臭いジェット機なんて初めて見たぞ!」

「……比較対象がムーの〈マリン〉しかありませんから、彼らは気がつかなかったんじゃないですか?」

 艦隊参謀も呆れた様子を隠せない。

「普通気がつくだろう。レシプロ機の開発経験があれば」

 鮫島も平凡な人間だった。自分の常識で神聖ミリシアル帝国を判断していたのだ。

「ひょっとしたら、ないのかもしれません」

 そう言われて、鮫島はようやく気がついた。

「彼らはレシプロを飛ばして、いきなりジェット機を開発したのか? 魔法帝国の遺跡とやらには、ジェット機しかなかったのか?」

 艦隊参謀は肩をすくめた。

「今すぐは確認のしようがありません」

 鮫島は溜息をついた。神聖ミリシアル帝国が魔法帝国の遺跡をリバースエンジニアリングしているというのは、自分を凄く見せるための一種の吹かしだと思っていたのだ。一部は本当だとしても、まさかそれだけで文明を発展させられるとは、思っていなかったのだ。

(お荷物がまた一つ増えたか)

 鮫島は心の中で毒づいた。このままだとミリシアルの〈エルペシオ3〉が全滅するのは時間の問題だった。

「友軍を誤射する危険がなくなったら、攻撃を開始する」

 一見まともに聞こえるが、〈エルペシオ3〉が全滅するのを前提とした鮫島の発言に、周囲は少し驚く。

 だが、誰も発言できない。実際、それ以外にできることがないのだ。

『ま……魔力探知レーダーから、第7制空戦闘団の反応が消えました。全機撃墜されたものと思われます』

 魔信からカルトアルパス海軍航空基地隊員の悲痛な叫びが届いた。

 鮫島はすかさずCDプレーヤーを止め、命令を出す。

全兵器使用自由(オール・ウェポンズ・フリー)!」

 各護衛艦の艦長が次々と命令を下す。

「新しい司令はアメリカかぶれの様だな」

〈あたご〉の艦長はそう呟くと、旧海軍以来の伝統的な口調で命令を出す。

「撃ちぃー方始め」

〈あたご〉砲雷長が即座に命令に従う。

「目標群アルファ、〈SM-2〉斉射(サルボー)!」

〈あたご〉のVLSが開口し、次々と〈SM-2〉が発射される。その数12基。周囲から見ていると、〈あたご〉が自爆したかのように見えた。輪形陣の内側にいた連合軍艦隊の兵士たちは大騒ぎになる。

 次に〈きりしま〉からも〈SM-2〉が発射される。それらはあっという間に加速し、グラ・バルカスの航空隊へ向かって行って見えなくなった。後には轟音だけが残された。

 

 エモール王国風竜騎士団長ウージは、ミリシアル航空隊全滅の報を聞き、迎撃のため騎士団に前進を命じようとした。だが相棒の風竜が言うことをきかない。前代未聞の事態にウージは焦った。

「どうした、相棒? なぜ前進しない?」

『駄目だ、アレは……危険だ』

 相棒の風竜が怯えていることに気づき、ウージは愕然とする。

「どうした? あんな飛行機械が恐ろしいのか?」

『違う……恐ろしいのは……下だ』

 次の瞬間、〈あたご〉と〈きりしま〉から〈SM-2〉が打ち上げられた。エモールの風竜騎士たちが驚く中、それらは超音速まで加速し、グラ・バルカス航空隊へと向かっていく。

 間もなく前方の空に黒い花が幾つも咲く。

「……何が起きたのだ?」

『飛行機械が墜とされたのだ。あの光る巨大な矢によって。あれは自ら目標に向かって進路を変えて、確実に目標を射落とす武器だ』

 ウージの頭が一瞬真っ白になる。

「そ、それはまるで伝説の魔法帝国の誘導魔光弾ではないか!」

『その通りだ。同じものだ』

 ウージは絶句した。だがすぐに気を取り直し、このことを先進11ヵ国会議に出席していたモーリアウル外交貴族に、エモール独自の魔信で伝えた。

 

 こうして『真珠湾()()』は始まった。


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