日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第16話『地獄に仏』

イルネティア島近海

 

〈アクス〉は〈スケッティア〉から見て右舷やや後方にいた。〈スケッティア〉に向かって来る〈リゲル〉隊に向かって、対空砲を撃っていた。〈アクス〉に搭載された対空火器は連装のイクシオン20mm対空魔光砲2基だけで、対潜戦闘と違ってあまり戦力にならなかったが、敵を前にして撃たない理由はない。〈スケッティア〉以外にも数隻の僚艦が射撃に加わり、合計4機の〈リゲル〉を撃墜したが、生き残った〈リゲル〉は魚雷を投下すると上昇して戦場からの離脱を図った。

 僚艦たちは逃げる〈リゲル〉に執拗に射撃を続けたが、ローエンは魚群探知機の画面を食い入るように見つめた。ローエンは投下された魚雷の数と針路を確認していた。〈アクス〉に向かって来る魚雷はない。一方〈スケッティア〉には7~8本の魚雷が向かっている。〈スケッティア〉はすでに回避運動に入っていたが、2本か3本は躱せそうにない。それを確認したローエンは命令を出した。

「取舵15度、両舷全速。第1および第3砲塔に爆雷をセット。起爆深度は5メートル」

 失探(ロスト)した敵潜水艦は発見できていない。艦長はいったい何と戦うつもりなのか? 副長の頭は疑問で一杯だったが、口論(こういう状況でローエンに質問をすると、かなりの高確率で口論になることを副長は経験則で知っていた)をする余裕はないので命令に従った。

 艦型に比べて高出力の主機を搭載している〈アクス〉はあっという間に加速する。

「舵戻せ」

 ローエンの命令で〈アクス〉は旋回を止めて直進に移った。魚群探知機の画面を覗いた副長は、ローエンの意図を悟った。

「魚雷を迎撃するつもりですか?」

「破壊する必要はない。グラ・バルカスの魚雷は無誘導だ。水圧で横から押して針路を変えてやればいい」

「それでもギリギリですな。近すぎて爆雷で〈スケッティア〉を傷つけるかもしれません」

「左舷側だったら出来なかったな。穴を塞いでいる氷を壊すからな」

 確かに魚雷は〈スケッティア〉の右舷から接近している。魚雷の針路を変えるために爆雷を使っても、その衝撃は〈スケッティア〉は右舷で受け止めることになる。だが〈スケッティア〉は魔導機関の出力のほとんどを、左舷装甲の冷却と回避運動に費やしているはずだ。そうでなければ逃げるのに、あんな低速で移動するはずがない。右舷の装甲を強化するために魔素を展開する余裕はないはずだ。副長はそこまで心配したが、ローエンにそれを指摘することはしなかった。2,3本の魚雷が直撃するよりは遥かにマシであることは明白だったからだ。

「〈スケッティア〉にこの事を伝えます」

 副長は代わりにそう言うと、〈スケッティア〉に通信を送った。

 

 通信を受け取った〈スケッティア〉では、最初は軽く騒ぎが起きたが、その後は特に変化はなかった。艦長は右舷に装甲強化の魔素を展開すべきかを考えたが、そのために回避運動を中止するのはむしろ危険だと判断して何もしなかった。レッタルは〈アクス〉から中継されている魚群探知機の画面を見て、〈スケッティア〉より〈アクス〉の方が危険なことに気づいた。〈スケッティア〉から見て右舷やや後方にいた〈アクス〉は、魚雷群の針路に対し直角に逃げようとする〈スケッティア〉を追いかけるような形で接近している。つまり〈アクス〉は、〈スケッティア〉が躱した魚雷の針路を横切ることになるのだ。

 レッタルは最悪の事態を想像して、背筋が寒くなった。旗艦と唯一の対潜駆逐艦が沈むのだ。しかも敵の潜水艦は少なくとも一隻は生き残っている。〈アクス〉を止めるべきか迷ったが、レッタルは止めないことにした。〈アクス〉のローエン艦長の判断を信じてみることにしたのだ。

 

 ローエンは画面と周囲を交互に見ながら命令を出す。

「第1砲塔、右30度、距離1000にセット」

 第1砲塔を改造した爆雷投射機が旋回して右を向く。更に極太で短い砲身が上を向いて仰角がおよそ40度になる。

「第1砲塔、射出!」

 爆雷投射機が爆雷を撃ち出した。多少は離れていても潜水艦を一撃で沈める威力を持たせた爆雷は重く、その初速は遅かった。弧を描いて飛んでいく様子は、スローモーションを見ているかのようだった。だがローエンにはそれを見ている暇はなかった。魚群探知機の画面を見続けながら、次の命令を出す。

「取舵いっぱい、減速するな!」

 面舵と取舵の違いはあるが、〈アクス〉は〈シャマリー〉と戦ったときの魚雷回避運動を繰り返した。艦内の乗組員たちは、今度は右舷に移動した。それでも1発は躱せそうもない。ローエンはもうひとつのリスクを取ることにした。

「舵戻せ。第3砲塔、爆雷を1発投下しろ!」

 第3砲塔は艦の後部にあった。それも爆雷の投射機に改造されていたが、第1砲塔とは違い艦の後方に爆雷を落下させるのが目的だった。敵潜水艦を追い越しながらその頭上に複数の爆雷を投下することを想定したもので、短時間に艦のすぐ後ろに多数の爆雷を落とせるようになっていた。

 爆雷の爆発によって生まれた水圧は、敵潜水艦のみならず〈アクス〉自身をも破壊できる。自爆行為を免れるためには、〈アクス〉は全力で前進して爆雷から遠ざからなければならない。今の〈アクス〉はまさにそうしていたが、爆雷の爆発深度は下限ギリギリの5メートルにセットされており、着水から爆発までほとんど時間がない。第1砲塔で遠方に落とすのであれば問題ないが、第3砲塔で艦のすぐ後ろに落とすのはかなり危険な使い方なのだ。だが自らに迫ってくる魚雷を躱すためには、〈スケッティア〉に対してしたのと同じことをするしかなかった。

 第3砲塔跡から爆雷が垂直に打ち出される。それは風属性の魔素を付与されており、風によって〈アクス〉の後方に流された。そして〈アクス〉後方の海面に着水する。最初に第1砲塔から射出した爆雷が着水するのとほぼ同時だった。

 ほぼ同時に2つの爆雷は爆発し、2本の水柱が立った。

 

 レッタルは〈スケッティア〉の昼戦艦橋から、右舷の水柱を確認した。衝撃はほとんど感じなかった。〈スケッティア〉の損害はほとんど無いだろうと察した。

〈アクス〉からの中継画面に視線を戻したが、画面は消えていた。〈アクス〉からの送信が途絶えていたのだ。

『敵魚雷が本艦から逸れていきます!』

 最上甲板にいる見張員から上がった報告を聞いて、レッタルは再び右舷の海面に目を凝らした。水柱の近くを走っていた白い筋が曲がって、後方へ逸れていくのを確認できた。再び画面に視線を戻したが、画面は消えたままだった。

「〈アクス〉はどうなった?」

 レッタルが質問すると参謀たちは慌ただしくあちこちに電話*1をかけ始めた。そしてすぐに返事が返ってきた。

「本艦の後方やや左舷で停止中。煙などは見えません」

 昼戦艦橋からは完全に死角になる位置だ。沈没したわけではないと知ってホッとしたが、まだ油断はできない。

「〈アクス〉に状況を問い合わせろ」

〈スケッティア〉から〈アクス〉に魔信が飛んだが、すぐには返事は返って来なかった。

 

 

ムー大陸近海

 

 ミネイスは〈ヤムート〉のコクピットから国籍不明機に向かっていく〈F-15J改〉を見送った。ミネイスはこの護衛任務に就くことには消極的だった。護衛任務を軽視していたからではなく、旧レイフォル領との国境付近でのグラ・バルカス軍機との争いの方にやり甲斐を見出していたからだ。だが政治的に重要な任務で実績があるパイロットが必要だと説得され、〈YS-11改〉の護衛任務に就いた。

 説得され納得したはずだが、不明機に向かっていく〈F-15J改〉のパイロットを羨ましく思っている自分に気づいたミネイスは、自分は戦闘狂になったのかと思った。だがそのことに後悔や恐怖といった感情は沸かなかった。少なくとも戦争が続く間は、そんなことに悩む必要はないのだ。

 通信機から新たな命令が伝えられる。

『テストフライトを終了する。ただちにアイナンク空港へ帰投せよ』

「こちらアルファリーダー、了解」

 ミネイスは〈YS-11改〉に合わせて〈ヤムート〉を旋回させた。僚機の〈ヤムート〉がそれに続く。旋回の途中、ややバンクしたコクピットから海面が見えた。二隻の大型船が浮かんでいる。一隻はムー海軍の空母だとすぐ判った。だが随伴している船の正体は判らなかった。ムーの軍艦と日本の軍艦を混ぜたような、不思議な形をしていたのだ。

 

 海上を航行していたのは〈ラ・カサミ改〉だった。空母を護衛してイルネティア島()()へ航行していた。その目的はエモール王国との合同()()だった。

 オタハイトでの四ヵ国同盟の協議(といっても出席しているのは三ヵ国だけだが)は終わっていなかったが、ムーとエモールは水面下で合意していたのだ。

 艦長のミニラルは不安を抱えつつも、それを隠して艦の指揮をとっていた。応急修理をしただけで再び戦場へ、それもグラ・バルカスとミリシアルが死物狂いの殴り合いをしている現場に出向くのだ。場合によってはミリシアルまで敵に回る可能性があるという。エモールの竜騎士たちが迅速に幼竜を確保してくれればいいが、もたついたり失敗すると目も当てられない状況になる。

「間もなく合流の時間です」

 副艦長のシットラスが告げた。それからほとんど時間を置かず、今度は電探士が告げる。

「レーダーに感あり。エモールの竜騎士と思われます」

「今回は時間に正確だな」

 ミニラルが呟くように言うと、シットラスがそれに答えた。

「彼らもそれだけ真剣ということでしょう」

「普段もそうであって欲しいのだがな」

 

 

イルネティア島近海

 

 ウィアットは軽い衝撃を感じた。風防越しに周囲を見回すと、右舷で水柱が上がっていた。一瞬〈マンティッサ〉が被弾したのかと思ったが、それにしては衝撃が小さかった。

 航空魚雷の攻撃を受けたのは〈スケッティア〉だけではなかった。〈マンティッサ〉を含めた大型艦数隻が目標にされた。今の水柱は〈マンティッサ〉を狙った魚雷の信管が誤作動して、〈マンティッサ〉右舷の至近距離で爆発して起きたものだった。〈マンティッサ〉を狙った魚雷は他にもあったが、回避運動の開始が早かったこともあって全て外れた。〈マンティッサ〉は衝撃を受けたものの、胴体に穴が開くことはなかった。崩れた水柱が右舷飛行甲板を叩いただけだが、それが予想外のトラブルを巻き起こした。

 ウィアットの乗機のコクピットの魔信から命令が流れる。

『管制より42リーダーへ。直ちに発艦せよ』

 ウィアットはさすがに驚いた。

「こちら42リーダー、まだ爆弾の換装が終わっていない」

 管制官にとってこの返信は予想外だったらしい。一瞬絶句したが、命令を繰り返した。

『とにかく発艦を急げ。味方の戦闘機が損傷して着艦の順番を待っている』

「右舷に……」

『右舷の滑走路は使えない。飛行甲板全体の魔導回路に障害が発生している』

 ウィアットは風防を開けて右舷胴体を見た。甲板の上を何人もの甲板員が駆け回っている。よく見ると昼夜を問わず発光しているはずの機器類が全てブラックアウトしている。嘘をつかれたと思ったわけではないが、予想外のトラブルが起きたのだとようやく納得した。

 ウィアットは機体の下に潜り込んで換装作業をしていた作業員に声をかけた。

「緊急発艦命令が出た。作業を中止してくれ」

 作業をしていた三人の作業員全員が機体の下から顔を出した。その中のリーダーが口を開く。

「まだ右側しか取り付けてません」

 乗機の〈ジグラント2〉は250キロ爆弾に相当する爆弾を2発搭載できる。しかし1発しか取り付けが終わっていないというのだ。

「構わない。落ちそうな味方が上空で待ってるんだ」

 そう言うと状況を理解した作業員たちは取り付けられなかった爆弾を台車で引っ張って機体から離れた。

「ご武運を」

 機体を離れる際、リーダーはそう声をかけた。ウィアットはそれに敬礼で答えると、風防を閉めた。滑走路を確認するとすでに発艦許可の信号が点灯している。

「こちら42リーダー、発艦する」

 ウィアットは操縦技量を発揮して、左右の重量バランスが崩れた機体を無事に離陸させた。

 

 タウラスは誘導した部下が〈マンティッサ〉に着艦したのを見届けた。部下の〈エルペシオ3’〉は左舷滑走路に降りたものの、接地したときに脚が折れてしまい、胴体着陸になってしまった。だが駆けつけた甲板員たちが消火器で水を浴びせたおかげか、火災は発生せずに部下は無事に脱出できた。

 タウラスが指揮するジャム編隊は3機編成だったが、部下の一人は撃墜されて戦死、もう一人はたった今負傷した。タウラス自身も海面に不時着する経験をしたが、怪我もなく救助され今に至る。

 単機で飛んでいると、やはり単独で飛行している〈ジグラント2〉が目に入った。同時に魔信から傍受した通話が流れた。

『管制より42リーダーへ、上陸部隊の501小隊から支援要請が出ている』

『こちら42リーダー、僚機の発艦を待ち編隊が完成してから向かう』

『それはできない。左舷滑走路は胴体着陸のため閉鎖されている』

『なんだと!……他の空母の飛行隊に頼めないのか?』

『すでに打診したが断られた。どこも手一杯だ』

 冷静に考えればそんな必要はないのだが、タウラスは罪悪感を覚えた。滑走路が使えなくなったのは部下のせいだが、部下が空戦で被弾したのは、自分との連携が上手くいかなかったからだ。そう思ったら魔信に手を伸ばしていた。

「こちらジャムリーダー、よければ42飛行隊に協力する」

 一瞬、間が空いた。さすがに唐突すぎたかとタウラスは思った。

『おい、誰だよ!?』

 42リーダーから戸惑いの声が漏れた。

「今、貴機の右に移動する」

 タウラスは操縦桿を操りながら、そう返信した。

『……〈エルペシオ〉じゃないか。地上支援任務だぞ』

 タウラス機がウィアット機に並ぶと、呆れたような声が返ってきた。

「だが貴機を護衛することはできる」

『生憎だが、こっちは爆弾を1発しか積んでいないんだ。危険と苦労を犯しても、それに見合う戦果は期待できない』

「地上への機銃掃射もできる」

『管制、なんとか言ってくれ』

 42リーダーはとうとう管制官に丸投げした。だがこれは悪手だった。

『管制より42リーダー、501小隊の状況は逼迫している。このまま放置するわけにはいかない』

 ここまで言われてウィアットは観念した。それにかつてジャムリーダーを名乗る〈エルペシオ〉に救われたことを思い出した。

『ジャムリーダーへ。わかった、だが条件がある』

「条件とは?」

『編隊長は俺が務める』

「了解した」

『こちら42リーダー、501小隊の支援へ向かう。小隊への魔信のプリセットを教えられたし』

*1
正確には電話に相当する魔道具。

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