日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第17話『火と煙と魔光弾』

イルネティア島

 

 バーニーは一瞬だが自分の目を疑った。〈ハウンド〉ではない新しい戦車を目撃したのだ。それは〈ハウンド〉より小型で、砲塔から戦車砲ではなく何か細い棒が突き出していた。詳しい日本人が見たら、その車体は旧日本陸軍の〈九五式軽戦車 ハ号〉にそっくりだと気づいただろう。

 その新型車両は榴弾で一部が崩れた掩体壕に接近すると、砲塔から火炎を噴射して壕の中を炙り始めた。たまらずに中にいた兵士が壕から飛び出す。火だるまになっている兵士も少なくない。グラ・バルカスの戦車たちは逃げ惑う兵士たちに容赦なく機銃弾を浴びせる。集団で逃げる兵士に榴弾を撃つ〈ハウンド〉もいた。

 地球では、戦車は塹壕による防御陣地を突破するための兵器として発明され進化した。ユグドでもそれは同じで、グラ・バルカス陸軍は塹壕戦用の兵器や戦術を用意していた。501小隊は空からの攻撃を最大限に警戒して防御陣地を築いたが、ハ号モドキの火炎戦車という想像もしなかった兵器によって、あれほど念入りに築いて堅牢と思われた陣地をズタズタに引き裂かれた。パーパルディア皇国がリントヴルムを使役していたことは知っていたが、ミリシアル陸軍はそれを蛮族の戦術と蔑み、火炎放射攻撃の有用性を全く研究していなかった。

 冷静に考えてみれば、火だるまになって戦車に追い回され銃撃されて死ぬのと、乗っていた戦車の装甲板を貫通されて弾薬に誘爆して爆死するのと、どっちが残酷な殺され方かと訊かれて答えられる人間などほとんどいないだろう。だが目の前で繰り広げられている光景で、バーニーの怒りは沸騰した。

「こちら2号車、支援する!」

『こちら1号車、2号車は出るな。命令に従え』

「味方を見殺しにするのか!?」

『航空支援を待つんだ』

「それはいつ来るんだよ?」

『現在確認中だ』

 ふざけるな、という言葉をバーニーは辛うじて呑み込んだ。実はそれはバーニー一人ではなかった。だが不幸中の幸いか、誰かが暴発する前に魔信から続きが流れた。

『海軍が直ぐに攻撃機を1機回してくれるそうだ』

 バーニーの怒りのバロメーターは更に上がった。あまり幸いではなかったようだ。

 魔信から別の声が流れる。

『こちら海軍第42飛行隊、501小隊応答せよ』

 たった一機で何が飛行隊だ。バーニーはそう思ったが、ハンリは冷静に応答した。

『こちら501小隊指揮車、敵の攻撃に晒されている。早く来てくれ』

『そちらの位置は?』

 ハンリは陸軍で使われている支援砲撃要請用の座標を読み上げたが、途中で遮られた。

『それじゃわからん。空から見てわかるランドマークはないのか?』

 ハンリは沈黙してしまった。501小隊が受け持っている戦線は開けた土地にあり、近くに目立つ地形や建造物はない。陸軍と海軍の連携の悪さと、ハンリの機転の利かなさに呆れつつ、バーニーは助け舟を出した。

「こちら501小隊2号車、敵は火炎放射器を使っています。火を目印にしてください」

 バーニーは名案のつもりだったが、その自信は呆気なく打ち砕かれた。

『火事ならそこいらじゅうで起きているぞ』

 バーニーは自分の迂闊さを呪った。自分たちだけが敵から特別扱いを受けている筈がないのだ。

『2号車、勝手に通信に割り込むな』

 ハンリに怒られた。だがバーニーはそれで凹むどころか、逆に怒りを増した。そっちこそ、この非常時にくだらない通信を送るな。そのとき新しいアイディアを思いついた。なぜこれを最初に思いつかなかったのだろう?

「発煙筒を炊きます。それならどうですか?」

『色を教えてくれ』

 ミリシアルの発煙筒は魔石を利用しており、周期的に色が変わる。色の組み合わせにより多数の種類を作れるため、各部隊に固有の色(の組み合わせ)が最低一つは割り当てられている。バーニーが答えようとしたが、その前にハンリが発言した。

『こっちの位置がばれるじゃないか!』

 これを聞いたとき、バーニーはフラッシュバックのように島に上陸したときの会話を思い出した。

 

『後方で安全なセカンドライフが送れると思っていたのに……予定が狂っちまった』

 

 これはドリストイのセリフだが、ハンリも同類なのだとバーニーは思った。

 バーニーは熱心な愛国者というわけではない。〈ハイマクス〉の開発に参加したのも好きで志願したわけではない。ルーンズヴァレッタ魔導学院の学生だった*1バーニーは、必修科目の追試に落ちたので担当教授のコルカナに追々試を頼みに行ったら、単位と引き換えに〈ハイマクス〉の開発に誘われたのだ。そういう学生は何人かいたが、魔導兵の操縦の素質があったのはバーニーだけだった。

 だからドリストイのセリフを聞いたときはなんとも思わなかったが、幾度かの実戦を経験しているうちにバーニーの心境に変化が生まれていた。実はハンリはこのときのバーニーが思っていたほど利己的な人間ではないのだが、そんなことはこのときのバーニーには知る由もない。

「ハンリさんには頼みません、自分がやります。それなら文句はないでしょう!」

 小隊の内ゲバに発展しかねない状況だが、42リーダーからの魔信がそれを一時中断した。

『早く決めてくれ。こっちも敵の戦闘機に追い回されてるんだ』

 それでバーニーの腹は決まった。

「自分がやります、いいですね。色は赤白橙青、以上」

 バーニーは発煙筒の色(の組み合わせ)を伝えると、魔導兵の右腕を操って背嚢(バックパック)*2の側面に取り付けられていた発煙筒を手に取った。

『こちら42飛行隊、赤白橙青のスモークを待つ』

「復唱を確認しました。ご武運を」

 42リーダーからの返信はなかった。それどころではないのだろう。バーニーは発煙筒の魔石に点火すると、発煙筒をハンリの1号車が隠れている掩体壕に向かって投げた。そして四色のスモークが立ち昇る。

「2号車から1号車へ。すみません。発煙筒を投げたら、風に流されてそっちへ行っちゃいました」

 直ぐに1号車が掩体壕から、空中機動で文字通り飛び出す。バーニーも2号車を空中に飛ばした。自分は味方を盾にして隠れたりしない。そういう気負いは年相応だった。

 

 少し時間を遡る。

 タウラスとウィアットの編隊は比較的高い高度からイルネティア島に接近した。それは〈エルペシオ3’〉を〈ジグラント2〉の速度に合わせて飛ばしていたタウラスにとって有り難い話だが、こんな高度から爆弾を正確に落とせるのかと心配になった。

「高度を低く取った方が敵に発見されにくいぞ」

『敵味方が入り乱れている。戦場を俯瞰しないと見当違いのところに爆弾を落とす』

 その返信の後、ウィアットは地上部隊との交信を始めた。その間タウラスは周囲を警戒していたが、自分たちより高い位置に機影を発見した。シルエットから〈アンタレス〉と判断、しかも下降しながらこちらに向かって旋回を始めている。

「左上空から敵機が接近中」

『任せていいか?』

「もちろん」

 タウラスはスロットルを全開にして機体を加速させ、編隊を解いた。

 

 ケーニッヒは〈アンタレス〉で単独で飛行していた。

 グラ・バルカス軍は戦闘機は2機1組で行動させる方針を採っていた。これを提言したのは、いち早く〈エルペシオ3’〉と交戦したケーニッヒだった。ケーニッヒも最初は海軍のパイロットとペアを組んでいたのだが、相棒は最初の出撃で帰らぬ人となった。その後は海軍の航空隊が積極的な攻勢を控えていたので、ケーニッヒも出番がなかった。損傷した機体の修理がほぼ済んで数が揃ったので、グラ・バルカス軍は久々に大規模な攻勢に出て海軍航空隊も大規模出撃したのだが、ケーニッヒとペアを組めるパイロットは()()()()いなかった。

 だがケーニッヒは薄々気づいていた。自分が疫病神扱いされていることに。彼はドイバ基地の陸軍航空隊の唯一の生き残りであり、彼が最初に着艦した空母〈サダルバリ〉は被弾して沈没処分される羽目になった。そして彼とペアを組んだパイロットは最初の出撃で戦死した。

 海軍のパイロットの中で、ケーニッヒの技量に疑問を持つ者はほとんどいなかった。彼は空母への着艦を完璧にこなし、イルネティア島の戦闘で合計4機の敵機を撃墜していた。だが(げん)を担ぎたがるパイロットたちは彼を敬遠した。一方ケーニッヒはそれを非難する気にはならなかった。立場が逆なら彼もそうしていたことは、容易に想像できたからだ。

 空母で特別な扱いを受けたわけではなかったが、居心地が悪かったケーニッヒは単独での出撃を志願した。海軍の航空隊司令は引き止めたが、それは形式的なポーズだった。

 ケーニッヒはエースの称号を得るための最後の獲物を探していて、自分よりやや低い高度を飛んでいる2機の編隊を見つけた。不思議なことに戦闘機と攻撃機の編隊だった。攻撃機に合わせて低速で飛んでいる2機はいいカモに見えた。ケーニッヒは乗機を下降旋回させて、敵編隊の後ろに回り込もうとした。

 だが敵戦闘機はこちらに気づいたようだ。ケーニッヒの〈アンタレス〉が高速かつ大半径で左旋回していたのに対し、敵戦闘機は低速から急加速・急上昇しながら短半径の右旋回でこちらに機首を向けようとしていた。その機動を見てケーニッヒは強敵だと直感した。機首を相手に向け終わるのは敵機が先だろう。距離と相対速度を考えれば、敵機が射撃をしても命中する確率は高くないが、ゼロではない。だが右旋回に切り替えて離脱を図ろうとすれば後ろを取られることになる。現在速度と加速性能を考えれば短時間で振り切れるが、被弾する確率はかえって高くなる。ケーニッヒは先制攻撃を受けることを覚悟して、左下降旋回を続けた。

 

 タウラスは敵パイロットの技量を測りかねていた。こちらが旋回合戦で内側を取ったのに、敵機は旋回運動を変えない。タウラスとしては敵が慌てて右旋回に切り替えてくれるのを期待したのだ。敵のパイロットは先制攻撃を受ける可能性に気づかない莫迦か、それとも右旋回で後ろを取られることを嫌う切れ者か。悩んでも結論など出ない。タウラスは先制攻撃の機会を活かすことに集中した。

 タウラスはトリガーを引いた。光る魔光弾が吸い込まれるように敵機に向かっていく。だがそれ以上の変化がない。普通は後ろを取られたり銃撃を浴びたら、逃れようとして焦ってバタつくものだ。だが敵機はこちらの射線を見切ったかのようにほとんど動かない。元々命中率が高い射撃ではなかったが、ここまで動じないと逆にこちらが冷や汗をかく。シチュエーションは違うが、タウラスは初めて撃墜されたときを思い出した。必中のつもりで撃った魔光弾を難なく躱され、血が昇った頭で深追いしたら左捻り込みで自機まで躱されて、逆に尾翼を撃たれて海に不時着するはめになった。あの時と同じパイロットかは判らないが、会敵したときに感じるヒリヒリする感触が似ている。敵は間違いなくエースクラスのパイロットだ。

〈アンタレス〉は旋回の途中で下降から上昇に転じ、旋回半径を短くして〈エルペシオ3’〉より内側へ入り込もうとした。シザース合戦は悪手と分かっていたものの、クラウスは右旋回を続けて機首を〈アンタレス〉に向け続け、射撃を続けた。だが魔光弾を当てることは出来ず、両機はすれ違った。途中から〈アンタレス〉にも射撃の機会があったにもかかわらず、〈アンタレス〉は撃ってこなかった。クラウスはそのことを訝しく思っていたが、すれ違ってから敵の意図に気づいた。敵は自分ではなくウィアット機を狙っているのだ。

「42リーダー、敵を打ち漏らした。急降下で逃げろ!」

 クラウスは怒鳴るようにしてウィアットに警告を出すと、左旋回に切り替え、操縦桿を引いて更に機首を上げた。右旋回を続けても敵機に追いつけない。だから訓練はしていたものの、実戦では一度も試していない機動を選んだ。〈エルペシオ3’〉は左急上昇旋回からインメルマンターンをして、最短時間で針路を反転した。

 

 ウィアットは501小隊との交信を終えると、戦場にスモークが立ち昇っていないか目を凝らした。炎の動きから風が強くないのは分かる。これならプースカフェ・カクテルのように、きれいに色分けされたスモークが見えそうだ。

『42リーダー、敵を打ち漏らした。急降下で逃げろ!』

 ウィアットはとっさに忠告に従った。爆弾を1発しか搭載していないアンバランスな機体を御して、急降下に移る。後ろを振り返ると、上空に機影が見えた。まだ距離があるからすぐに射撃を受けることはなさそうだが、追いつかれるのは時間の問題だ。その前にタウラスがなんとかしてくれることを祈るしかない。

 振り返って前を見ると、探していた四色のスモークが目に入った。ウィアットは針路を修正した。

 

 ケーニッヒは〈エルペシオ3’〉を後ろに置き去りにして、〈ジグラント2〉を追いかけた。エースの称号が特に欲しいわけではないが、落とすなら戦闘機より攻撃機の方が楽で安全だ。それに軍の目標は島の防衛であり(敵に言わせれば自分たちの方が侵略者らしい)、最後に勝敗を決するのは地上戦力になる。つまり戦闘機を落とされるより、地上支援を行う攻撃機を落とされる方が敵のダメージが大きい。

〈ジグラント2〉は緩く右に旋回しながら急降下に移った。ケーニッヒの〈アンタレス〉から距離を取ろうという意図が見えるが、速度も高度も〈アンタレス〉が上だ。最善手だが悪あがきにすぎない。ケーニッヒは〈ジグラント2〉を追って〈アンタレス〉を降下させた。確実に距離を詰め、〈ジグラント2〉を照準に収めた。そして引き金を引く寸前、目の前を光弾が走った。ケーニッヒは反射的に〈アンタレス〉を左上昇旋回させた。〈アンタレス〉がいた場所を光弾が立て続けに通過する。それが飛んできた方向を振り向くと、自機を追って急降下してくる〈エルペシオ3’〉の機影が見えた。

(馬鹿な! なぜ追いつかれた?)

 ケーニッヒは疑問を頭から追い払って、戦闘に専念しようとした。そのまま左上昇旋回を続け、敵機が追いかけてきたら左捻り込みを仕掛けるつもりだった。だが〈エルペシオ3’〉は右に旋回し、両機はいったん距離を取った。

 その後も両機は空戦を続けたが、決着はつかなかった。

*1
正確には休学扱いなので、今でも現役の学生である。

*2
魔光呪発式空気圧縮放射エンジンを覆うカバーが背嚢のように見える。

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