神聖ミリシアル帝国 ルーンポリス ルーンポリス魔導学院
笹島は自分が初めてこの建物に呼ばれたときを思い出していた。今いる部屋はあのときよりかなり広いが、多くの聴衆で埋まっていた。演壇に立つ人物を見て、さすがにカルトアルパスの英雄は扱いが違うと考えていた。
「魚雷の破壊力は炸薬の爆発によって産まれます。その正体は高温によって膨張しようとするガスの圧力です」
演壇で鮫島海将補は講演を始めていた。
魚雷について相談を持ちかけられようになると、笹島はその扱いに困るようになった。彼は魚雷の専門家ではないし、どの程度の情報を明かしてよいか判断がつかなかった。そこでルーンポリスに在る日本大使館に相談した。大使館経由で一連の事情を知った日本政府は、技術供与ではなく情報共有という形で魚雷に関する情報を提供することをミリシアル政府に申し出た。ミリシアル側がそれを受け入れたので、その第一弾として鮫島による講演が実現する運びとなった。
「水中での爆発は空中に比べると威力が大きくなります。空中ではガスはすぐに膨張し、圧力は短時間しか維持されません。しかし水は空気よりはるかに重いため、水中ではガスは容易に膨張できず、圧力が長時間維持されるからです」
多くの聴衆はメモを取っている。中には録音用の魔道具らしいものを使っている者もいる。
「船の側面で起きた水中爆発に対する防御でもっとも有効な策は、側面から浸水を防ぐ船内までの距離を離すことです。貴国が試したバルジと呼ばれる追加装甲もそのためのものです。バルジの目的は装甲を強化することではなく、魚雷が爆発する場所を守るべき場所から離すことなのです」
聴衆の一人が挙手した。笹島にはそれがヴィンスだと判った。
「装甲を強化することは、魚雷からの防御の役には立たないのですか?」
「役に立たないというわけでありませんが、やり方を間違えると逆効果になります」
鮫島の返答を聞いて、一部の聴衆からざわめきが起きる。
「それについては順に説明する予定ですので、もう少しおつきあいください」
鮫島がそう告げると、聴衆は静かになった。
「先ほど述べたように、バルジの目的は距離を稼ぐことです。そのためバルジは船の側面に貼り付ける装甲ではなく、側面に膨らみをもたせる構造物なのです」
今度はオズワル学長が手を挙げた。
「学長のオズワルです。どうやら私たちは出発点から間違っていたようですな。提督はバルジは膨らみだと言いましたが、中空なのですか」
「基本的にはそうです。ただ膨大なスペースを有効活用するため、普段は予備の燃料タンクとして利用することが多かったようです」
「タンク? 確か日本の軍艦は油を燃料にしているのでしたな」
「そうです。ミリシアルは魔石でしたか」
「そうですな。航空機には液化した魔石を用いていますが、艦船には固体のままの魔石を利用しています。液化にはコストが掛かりますので」
「なるほど」
「提督は水中爆発が空中爆発より威力が大きくなる理由を理路整然と説明されましたが、バルジが中空になっているのは、擬似的な空中を船の側面に作り出している、という解釈もできるのですかな」
「その通りです。ガスの圧力によってバルジが破られても、そのガスはバルジの広い空間に拡散してしまうので圧力が小さくなり、それ以上の被害の拡大を抑えることができるのです」
学長がメモを取っている傍らで、ヴィンスが再び手を挙げた。
「予備の燃料タンクにしていたのなら、中空ではなく油で満たされていたのではないのですか」
自分のときとは態度がずいぶん違うなと笹島は思ったが、自分とはネームバリューが違うから仕方ないかと思い直した。
「予備ですから常に満タンだったわけではありませんし、油は水より軽いので、それなりに効果はありました」
「そうですか。もし我が国の軍艦にもバルジを設けるのなら、魔石の貯蔵庫に利用できるかもしれませんね」
「いや、それは止めた方がよろしいでしょう」
否定されたヴィンスだけでなく、聴衆のほとんどが意外そうな顔した。
「日本も油の前は石炭を燃料として利用していました。ですがバルジに石炭を入れたら、被害が大きくなったのです」
正確には日本ではなく英国の戦訓なのだが、
「バルジの中に吹き込んだ爆風は、中にあった多数の石炭を吹き飛ばしたのです。その石炭は高速でバルジの中を跳ね回り、船の設備を内側から壊してしまったのです」
その回答を聞いて、聴衆は全員納得した。
「いや、さすがは鮫島提督ですな。たいへん勉強になります」
学長の言葉に鮫島は言葉で応えず微苦笑を浮かべた。彼はミサイルの専門家で、魚雷は専門外なのだ。
「提督は先ほど、装甲を強化するのは逆効果になることもあると言ってましたね」
学長に誘導されて、鮫島は答える。
「装甲は圧力によって凹むが、壊れない程度の硬さがよいのです」
「それは装甲が変形することによって、受けたエネルギーを吸収するということですかな」
「その通りです。それに装甲は一ヵ所が凹むと、それに引っ張られて周囲も凹みます。凹みが広がる速度は水中でガスが膨張する速度より速いので、素早く圧力を拡散して弱める効果があるのです」
ここでヴィンスが再び手を挙げた。
「適度な柔軟性が最善であることは理解しましたが、それだけでは硬すぎるのが逆効果になるとは言えないのではありませんか」
「装甲で吸収できなかったエネルギーは、装甲の接合部分に向かうのです。貴国の軍艦がどのように建造されているのか詳しくは存じませんが、もし継ぎ目があるのなら、装甲は持ちこたえても継ぎ目から破壊が起きるのです」
「もちろん我が国の軍艦にも継ぎ目はあります。現実的な予算と期間で一枚板を加工して巨大な軍艦を建造したり、
学長の言葉を聞いて、わざわざ『現実的』と断ったということは、やろうと思えばできるのだろうかと鮫島は疑った。
「提督の話を聞きますと、バルジは魚雷に対する防御として有効であるように思えますが、先日当校に客員として招いたササジマくんに訊いたところ、魚雷を防ぐ手段はないと答えていました」
鮫島と笹島は互いに相手の顔を見ようとして、二人の視線が一瞬あった。講演前の打ち合わせで、二人には面識があった。
「グラ・バルカスの魚雷なら、バルジは有効な防御策です。ですが日本の魚雷には役に立たないのです」
「それはなぜですかな」
「日本の魚雷は側面ではなく、艦底で爆発するからです」
軽く聴衆がざわめく。普通に考えれば、敵艦の側面に衝突したときに爆発させるのに比べれば、敵艦の真下で爆発させる方が技術的にはかなり難しそうだ。
「艦底で発生した圧力は
「我が国の船にもありますな」
「更に爆発で生じたガスは船を包む気泡になります。船は水によって生じる浮力によって自重を支えていますが、気泡に包まれると浮力が失われ船は自重を支えられなくなり、ダメージを受けた箇所から真っ二つに折れるのです」
聴衆たちはその様子を想像したのか、会場はしんと静まった。
「魚雷の艦底爆発を喰らえば、どんなに巨大な空母や戦艦も一撃で沈むのです」
鮫島の話を聞いて、ヴィンスは冷や汗をかいていた。オズワル学長は日本を敵に回さなかった皇帝の慧眼に感謝していた。
「艦底で爆発させるためには、敵艦の位置を探知して魚雷を正確に誘導する必要があります。その探知や誘導を妨害することが唯一の防御手段になるのです」
「あるいは『撃たれる前に沈めろ』ですか」
学長に自分の台詞を引用されて、笹島は少し気恥ずかしくなった。
「ええ、それが最も確実な方法ですね。潜水艦が相手では、それが最も難しいのですが」
その後の講演の話題は誘導魚雷に移っていった。
最終的にミリシアル軍はバルジの採用を見送った。グラ・バルカスとの戦争は最終局面に差し掛かっていたし、それが終われば陳腐化することが確定しているからだ。