日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第7話『グラ・バルカス帝国海軍航空隊の栄光と挫折』

 グラ・バルカス帝国海軍航空隊の〈アンタレス〉艦上戦闘機はミリシアルの〈エルペシオ3〉制空戦闘機を一方的に駆逐した。

 その姿は塗装を塗り替えたら、零式艦上戦闘機五二型と区別がつかない(性能は零戦二一型に近い)。

 後続は〈シリウス〉爆撃機で、こちらも塗装を塗り替えたら九九式艦上爆撃機にそっくり(現在では、性能は九九艦爆と彗星の中間と考えられている)。

 そして最後に控えているのは〈リゲル〉雷撃機、これはもちろん九七式艦上攻撃機にそっくり(前方に固定機銃がある他は、性能もほぼ同じ)。

 彼らが目指すはカルトアルパス湾に浮かぶ世界連合軍の艦隊。これを迎え撃つは海上自衛隊第零護衛隊群。

 まさに旧世界の真珠湾攻撃を、攻守を入れ換えた再現劇。ゆえに日本人はこの海戦を『真珠湾迎撃』と呼ぶ。

 では確認しよう。彼ら──グラ・バルカス帝国海軍航空隊の栄光と挫折を。

 

「マグドラ群島で戦ったのよりは、少しマシという程度か」

〈アンタレス〉の飛行隊長は確認するように呟く。彼の隷下の僚機は既に編隊を組み直し、彼の両側に5機ずつ並ぶ。

 既に他の飛行隊も編隊を組み直し、彼の隊に続く。

 彼は次の敵について考える。

 空母を持参していたのは、ムーと日本だ(彼は竜母を最初から度外視していた)。ムーの航空機はレイフォル地区上空を飛んでいるときに見かけることがある。複葉機で、確か〈マリン〉とかいう名前だ。だが複葉機が緊急出撃(スクランブル)で上がってくる姿は笑える。祖父さんの世代に飛んでいたような飛行機が、ムーでは最新だというのだ。ムーの爺さんが息を切らしながらヨタヨタと上昇してくる姿は、哀愁さえ感じる。レイフォル地区を飛んでいたときは、挑発は許されたが交戦は禁じられていた。だが今度は遠慮なく叩き落とせる。ムー爺さん、アンタは悪くない。悪いのは降伏しない国の政治家だ。あの世で恨むのなら、俺たちではなく自分たちの指導者を恨め。

 そんなことを考えていた彼の態度は、驕りと言われても仕方ない。そしてその報いをすぐに受けることになる。

 彼は前方に『何か』を発見した。このとき彼は二つの判断ミスを犯した。

 ひとつは、それが現実より遥かに遠くにあると思ってしまったのだ。彼は自分が発見したものを、有人機かワイバーンだと思ってしまった。そうであれば胴体部分の直径は1.5メートル以上あるはずだ。

 もうひとつは、それの移動速度を現実より遥かに小さく見積もったことだ。彼が知っている有人機は、もっとも遅いワイバーンだと時速約230キロ、自分が乗る〈アンタレス〉だと時速約550キロ。それの移動速度もその間に収まると考えたのだ。

 だが彼が発見したものは〈SM-2〉艦対空ミサイルで、その直径は34センチ、最終速度はマッハ3超(時速3670キロ以上)。

 彼はそれに接近して正体を確認しようとしたが、彼が考えていたような時間的余裕はなかったのだ。

 同じ飛行隊のパイロットたちも自分の正面の『何か』に気づいた。だが隊長機が回避機動をとらないので、自らは判断せず、隊長の判断に従ってしまった。

 その結果は残酷なものだった。彼ら11機は〈あたご〉が発射した〈SM-2〉の餌食になった。彼らは自分たちに何が起こったのかさえ、理解できなかった。唯一の慰めは、全員が即死したことだ。激痛に苛まれながら、操縦不能な機体に閉じ込められ、地面に激突する過程を目撃するという恐怖に満ちた体験をせずに済んだのだ。

 彼らに比べれば、後続の編隊には時間的余裕があった。隊長は先頭の編隊が撃墜されたことに気づくや、『何か』を回避すべく機動を始めた。それと同時に部下たちに指示を出した。

回避(ブレイク)──』

 だが彼にはそれ以上のことはできなかった。〈あたご〉の12発目のミサイルが、彼を撃墜(ブロークン)してしまったのだ。

 残された部下たちは、一斉に回避機動を開始する。何か得体のしれない脅威から逃れるために。彼らの中には自分に接近する〈きりしま〉の〈SM-2〉に気づく者もいたし、そうでない者もいた。だが結果は全員に平等に降り掛かった。全員が〈SM-2〉の必中界(ノーエスケープゾーン)に入っていたのだ。

 僅かな時間差を置いて、〈SM-2〉の近接信管が次々と作動する。その度に蒼空に黒い花が咲く。そこから舞い落ちるは鉄の破片と血の飛沫。かつて〈エルペシオ3〉を相手に黒い花を咲かせていた者たちが、今度は自らが黒い花の中で散る。だが墓標たる黒い花も、やがて風によって消される。かつての空の強者たちの存在の証拠は、カルトアルパス近海に降った鉄と血の雨の残滓だけになる。

 この光景に詩情や浪漫を感じる者がいるとすれば、それはこの海戦と無関係な者だろう。少なくとも当事者にとって、これは控えめに言っても『クソッタレ』な現実だ。

 

 グラ・バルカス艦隊も異変に気づいた。レーダーに映っていた友軍機が次々と消失(ロスト)する。

 艦隊の航空隊の司令部は状況を把握するために、航空機の無線に耳を澄ます。聞こえてきたのは、『○○○がやられた!』とか『ちくしょうちくしょう!』といった言葉……ではなかった。彼らが聞いたのは、『PAN PAN PAN!』と味方に緊急事態を報せる符丁だった。

 グラ・バルカス帝国は近代国家であり、その軍隊の練度は中世のロウリア王国や近世のパーパルディア皇国とは一線を画していた。アデムが仕官を申し出たときに外3の職員に嘲笑されたように、グラ・バルカス帝国のパイロットの練度は竜騎士より一段も二段も高かった。

 彼らは空中で無駄なことは考えなかった。出撃前に立てた死亡フラグを見事に死神に回収された仲間のことなど、きれいさっぱり忘れていた。死者を悼むのは生者の特権だ。戦死した仲間の追悼は戦いが終わった後でも出来ることで、戦っている最中にするのは自分も追悼される側に回ることを意味する。だから彼らは自分とまだ生きている後続の仲間を優先する。

 司令部が状況報告を求めると、『CODE U UNIFORM!』と最短の伝達手段である符丁で返事が返ってくる。『未知の敵(アンノウン)に攻撃を受けている』、そこまでは分かるが問題はその中身だ。

未知の敵(アンノウン)とは何か、詳細に報告せよ』

 この命令を受信して、パイロットたちは機械的思考をやめて、人間らしい言語活動を再開する。

『アンタレスが何かに狙われている』

 報告を返したのは〈シリウス〉隊のパイロットだった。彼らは職業的本能に従って、〈アンタレス〉隊の戦闘(と呼べるかは怪しいが)高度を回避すべく急上昇を開始していた。同時に〈シリウス〉隊より後方にいた〈リゲル〉隊は急降下を開始していた。

『何かとは何か、報告せよ』

『目視するのは困難。小さくて恐ろしく速い。アンタレスの数倍の速度が出ている。そいつがアンタレスに肉薄すると爆散する』

 ぞくり、そんな擬音が聞こえてきそうな空気が司令部を支配する。敵は自分たちと同じ近接信管を使っている。その事実は司令部の敵に対する認識を一変させる。敵は蛮族などではない。自分たちと対等の立場だ。

 その間に〈アンタレス〉隊は全滅していた。だが味方の認識を一変させたので、彼らの死は無駄ではなかった──戦死したパイロットたちが、それで納得できるかは怪しいが。

 

「撃ち方止め」

 CICとFICにいた全員が鮫島を見る。

「司令、『全兵器使用自由(オール・ウェポンズ・フリー)』のはずでは?」

 艦隊参謀が確認する。『全兵器使用自由(オール・ウェポンズ・フリー)』は「戦闘が終了するまで全ての武器を自由に使用してよい」という意味だ。

「勢いでつい言ってしまった」

 鮫島はバツが悪そうに頭をかくが、それで周囲が許すはずがない。鮫島は開き直る。

「戦闘機は全部叩き落した。〈SM-2〉がもったいない。後は主砲と短距離SAM(タンサム)でいい」

 それでも納得しない周囲に、鮫島は説明する。

「俺たちには味方がいるだろ。ムーの〈マリン〉とか、エモールの風竜とか、ニグラートのワイバーンとか。あの零戦モドキが彼らに格闘戦(ドッグファイト)を挑んだらどうなる?」

 それで周囲は鮫島の意図を理解した。最悪のシナリオを脱したら、急に中距離SAM(チュウサム)がもったいなくなったのだろう。なんとも世知辛い話だが、SAM不足問題対策で防衛装備庁に出向して、次期SAMの開発を担当している本人にとっては、それは正当な危機感かもしれない。

 

〈アンタレス〉隊が全滅したら、敵の攻撃がとたんに止んだ。果してそれは喜ぶべきか、悲しむべきか。〈シリウス〉隊と〈リゲル〉隊は、判断に迷いながらも進撃する。

 あのまま敵の攻撃が続いたら、そのまま空母に逃げかえるという選択肢もあったのだが、攻撃が止んだら進撃するしかない。誘い込まれている気もするが、〈アンタレス〉を殲滅できたのなら、自分たちもそのまま殲滅できたはずだ。むしろ接近を許すのはリスクしかない。

(ひょっとして、弾切れか故障か?)

 パイロット全員がその可能性を考えたが、「そんな都合のいい話があるだろうか?」と全員が疑った。

 そうしているうちに、〈シリウス〉隊の視界に湾内に浮かぶ敵艦隊が見えてきた。大規模な輪形陣を敷いているようだ。

 不意に友軍機が黒い花に包まれる。それも幾つも。あっという間に1個編隊が全滅する。

『高角砲の攻撃だ。回避(ブレイク)回避(ブレイク)!』

(くそっ、相手を見て撃ち分けていただけか!)

 

〈あきづき〉のCICで艦長は状況を見つめていた。

「さすがに主砲だけでは討ち漏らしかねんな。できれば〈CIWS(シウス)〉の世話にはなりたくない」

 副長が気を回す。

発展型シースパロー(ESSM)を使いますか?」

短SAM(タンサム)は使っていいと言ったんだ。さすがにそれは翻さんだろう」

 砲雷長が即座に従う。

「〈ESSM〉斉射(サルボー)

〈あきづき〉のVLSから、1セル当たり4発の〈ESSM〉が発射される。

 

〈リゲル〉隊は海面すれすれの低空を飛行していた。フォーク海峡西側の岬を回り込んで、フォーク海峡を北上して連合軍艦隊を目指す予定だった。

『高角砲の攻撃だ。回避(ブレイク)回避(ブレイク)!』

 無線通信で〈リゲル〉隊のパイロットたちが〈シリウス〉隊の異変に気づく。

 次々と空中に咲く黒い花。その中で鉄と血の雨に変わる友軍機。それは驚くべき勢いで増えていく。あっという間に1個編隊が全滅する。

 残りの編隊は必死で回避を試みるが、それは虚しくも死のダンスに変わる。次々と黒い花が空に咲く。それは回避機動をコマ撮りしたかのような模様を描く。死のダンスのステップのテキストだ。

 さらにカルトアルパス湾から幾つもの輝点が昇るのが見える。実際のミサイルはアニメの演出のように判り易いスモークを曳いたりはしない。逆に目立たないように工夫している。だが初期加速段階のロケット(ジェットの場合もある)エンジンの噴射炎は比較的見易い。それが幾つも大空に昇りながら見えなくなり、次の瞬間、思いがけないほど遠くで次々と爆発し始める。それが〈シリウス〉隊の最期の姿だった。

〈リゲル〉隊のパイロットたちの頭に疑問がわく。

(撃ち分けていなかったのか?)

 

「なんとも面倒な手間をかけましたな」

〈あきづき〉の副長の言葉を、艦長は考えてみる。

「〈SM-2〉が枯れたら、イージス艦は使えなくなるのは事実だ」

「〈ESSM(シースパロー)〉が枯れたら、我々が困ります」

『それはご心配なく』

〈あきづき〉のCICにいた乗組員たちはびっくりした。

『〈FCS3〉は自前ですから、次期SAMで対応できます──搭載弾数は減りますが』

〈ひゅうが〉にいる鮫島が、〈あきづき〉の会話に割り込んできたのだ。交戦中に司令がローカルな会話に参戦してきたのだから当然驚くし、「司令がそれでいいのか」とも思う──自分たちも無駄口を叩いていたのだから、大きな声では言えないが。

『ご安心を。ちゃんと敵雷撃隊の位置は把握していますから』

 

「敵さん、練度が高いな」

 鮫島は〈リゲル〉隊の動きを、目で追いながら分析していた。

「海峡を北上するのを止めて、陸上を飛ぶつもりだ。こっちもレーダーを使っているのに気づいたみたいだな。陸地を利用して見つからないように接近するつもりだ」

 艦隊参謀は何を言おうか迷ったが、鮫島に付き合うことにした。

「ですが実験機には気づいていないみたいですな」

「いや、そうとは限らない。こちらのレーダーにルックダウン能力があるとは、予想していないのかもしれない」

 

〈リゲル〉隊は大隊長の判断で侵攻ルートを変更した。

『敵は対空射撃をレーダー照準で行っていると思われる』

 大隊長はまず結論を伝える。

『あの正確無比な射撃は、そうでなければ説明できない。我が国でも研究中のものを、敵は既に実用化している。信じ難いが、受け入れるしかない。そこで陸地を遮蔽物として利用し、敵に接近する。最後の稜線を越えたら、既に敵艦隊は魚雷の射程内だ。海面に到着次第、魚雷を投下せよ』

 小隊長パッシムは敵艦隊上空の航空機に気づいた。艦隊の上空には直掩の複葉機やワイバーンが飛んでいる。その中に一機だけ異質な機体を発見する。

(まさか……観測機か?)

 パッシムは、まさかに備えて報告する。

「敵艦隊上空に観測機らしき機影あり」

『大丈夫だ。()()()()()()()()()()()()()()()()。地上を超低空で飛行すれば発見される恐れはない』

 もちろん()()()()()()()()()()()のだが、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 ときどき「彼らは常識が通用しない相手と戦っていることを理解していなかった」と(けな)す人がいるが、それは後知恵である。常識を完全に否定したら、何を拠り所に判断すればよいというのか。本能が常識より当てになるという根拠はないのだ。

〈リゲル〉隊は海岸線を越え、高度10メートル以下の超低空を飛ぶ。海面と違って陸には地形がある。地形の凹凸に対応しながら超低空を飛行するのは難しい。魚雷を一斉に投下するため横一列で並んでいた〈リゲル〉隊は、自然と縦一列に変って行く。飛び易い地形は限られるし、信頼できる小隊長の後ろを飛ぶ方が楽だ。

『間もなく最後の稜線を越える。突撃──』

 大隊長機が黒煙に包まれる。後続の小隊機も。さらに2個小隊が瞬く間に撃墜される。

 パッシムはその光景に衝撃を受ける。自分の先任全員が撃墜されたのだ。ああ、くそっ、自分は平凡な小隊長だというのに!

「第4小隊長が指揮を執る。偶数番小隊は右、機数番小隊は左へ旋回、稜線を越えるな。こっちの進路が読まれている!」

 残存する〈リゲル〉隊のパイロットたちは、鈍重な機体を必死の操縦技術でなんとか墜落させずに転舵させる。

 

「やはり敵は恐ろしく練度が高いな」

 平凡な小隊長の指揮を見た鮫島の感想に、今度は艦隊参謀も同意する。

「稜線越しに艦隊を半包囲して、縦になった隊列を横列に組み直すつもりですな」

「こんな戦術、事前に訓練どころか検討すらしていないだろう。とっさにこれだけの手を打てるとは」

「空自の〈F-2〉パイロットの意見を聞いてみたいですね」

「止めとけ。100メートルのランナーに、マラソンのコメントを求めてどうする?」

 

 パッシムの機体は〈リゲル〉隊の最右翼にいた。彼の位置では全機の位置は判り難い。パッシムは経過時間から、全小隊が隊列を横に組み直すに十分と思われるタイミングを測った。

「全機稜線を越えろ。突撃!」

 パッシムの命令に従って全機が旋回、ほぼ同時に稜線を越える。

 

「目標群チャーリー、12機ロックオン。あとは懐に飛び込まれました」

 砲雷長の報告に、〈あきづき〉の艦長は冷静に応じる。

「〈ESSM(シースパロー)〉斉射。あとは個艦防衛(CIWS)に任せるしかない」

 

 パッシムは僚機たちと同時に稜線を越えた。敵艦隊に肉薄するが、再び〈あきづき〉のVLSの発射シーンを目撃する。

 今度は近距離なので、ミサイルがはっきり見えた。垂直に発射されたそれらが、軌道を自ら変更して、僚機たちに襲いかかる一部始終をはっきりと見た。

「まただ!」

 グラ・バルカス側に、ようやく無駄な通信が産まれた。

『何があった? 報告しろ』

 パッシムは言葉選びに困った。何しろ彼はミサイルを知らなかったのだから。

「無人機だ。敵は小型高速の無人機を誘導して、味方に突っ込ませている!」

 パッシムの報告は間違っていない。『ミサイル』という概念を使わずに表現するとしたら、かなりよくできていると言えるだろう。

 パッシムはさらに先任将校としての義務を果たす。

「各自の判断で敵に攻撃しろ」

 そして機長としての義務を果たそうとする。後ろの席にいる同僚に指示を出す。

「魚雷投下」

「何言ってる? まだ陸上だぞ」

「魚雷を捨てろ。俺たちはあの観測機を殺る。あいつのレーダーにはルックダウン能力があるに違いない。敵の目を潰さない限り、味方は勝てないんだ!」

 パッシム機は雷撃機としてはあるまじきことに、魚雷を捨てると急上昇を開始した。

 各護衛艦の20ミリ機関砲(CIWS)は、自らに向かってくる目標を自動的に選んで攻撃した。だからパッシム機への対応は後回しになってしまった。

 

 この様子を〈ひゅうが〉の艦隊司令施設(FIC)で監視していた鮫島は、すかさずサンダー・ドラゴンに指示を出した。

「TANGO1(サンダー・ドラゴンのコールサイン)上昇してかわせ」

 今度は魔信のプレストークスイッチを押しながら話す。

「迎撃はムーの航空隊に任せろ。ムーならやってくれる」

 どのようにしてムーのパイロットたちに話が伝わったかは分からないが、上空で待機していた〈マリン〉が、次々と急降下を開始してパッシム機に向かっていく。そしてすれ違いざまに機銃を浴びせる。

 パッシムも負けじと前方機銃で応戦、回転機銃の銃手も離脱を計るマリンに追い撃ちを浴びせる。その結果、各々が1機ずつの〈マリン〉に命中弾を与えたが、それが限界だった。何機もの〈マリン〉に銃弾を浴びせられたパッシム機はエンジンが停止、失速して海面に落ちた。そして第一次攻撃で唯一「日本側に冷や汗をかかせた例」になった。他の〈リゲル〉雷撃機は既に全滅しており、第一次攻撃最後の撃墜例(スコア)はムー航空隊が手にすることになった。

 

 鮫島は魔信のプレストークスイッチを再び押した。

「敵機の殲滅を確認。ムー航空隊の支援に感謝する」

 それを聞いた連合軍艦隊の将兵は大いに沸いた。

 中には「ルーンアローさえ届けば我が国だって……」などと、あり得ない仮定での自慢話をする光景もたくさん見られた。

 だがアガルタ法国は例外だった。アガルタ法国の魔法船では、一人の大魔導師が何かをぶつぶつと呟いていた。彼は一大国家プロジェクトであった『艦隊級極大閃光魔法』開発の責任者だった。彼は自らの人生の集大成として、この仕事に取り組んでいた。

 だが日本の『艦隊級対空殲滅魔法』の威力は、想定していた『艦隊級極大閃光魔法』のそれを圧倒的に上回るものだった。『艦隊級極大閃光魔法』は完成する前に時代後れになってしまったのだ。

 アガルタ法国の者にとって、これ以上の衝撃はなかった。大魔導師に掛ける言葉を持つ者はいなかった。

 その大魔導師が急に杖を持ったまま、両手を上に振りかざした。実は今まで彼は、耳コピーで覚えたお経を唱えていたのだ。

「おぉるふぇぽんずふりぃぃーっ!」

 大魔導師は大声で空に叫んだ。同乗していた者たちは、ひょっとして何かが起こるのかと期待したが、何も起こらなかった。

 大魔導師は両腕と一緒に肩を落とした。

「ワシには分からん……」

 やはり誰も彼に声を掛けることが出来なかった。

 

 こうして『真珠湾迎撃』は海上自衛隊のワンサイドゲームで終わった。

 だがカルトアルパスの海戦はこれで終わったわけではないのだ。


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