日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第8話『常識と非常識』

 100メートル走者(ランナー)は24時間マラソンを走っている最中だった。

TOPAZSQ(トパーズ・スコードロン)、こちらゴハン。現在座標を伝える……』

〈F-2B〉戦闘機の後席で、長谷部三曹が測位した座標を読み上げている。『TOPAZ』は本作戦で第8航空団/第6飛行隊に割り当てられたコールサイン、『ゴハン』は長谷部三曹のTACネームだ。測位した座標を伝えるのは長谷部三曹の役目になったので(御空が嫌がった)、TACネームを付けることになった。

 最初は長谷部三曹は、TACネームを名乗るなど恐れ多いと遠慮していたのだが、御空に「アナウンサーなら気象予報士の仕事だろう」とか「こんな機会は二度とないぞ」と言われると、あっさり乗り気になった。『ゴハン』というTACネームは本人の希望で、誰も反対しなかったのでそのまま通った。御空も「女も『ドラゴンボール』を読むのか」と思った程度だった。

『TOPAZ』は単体で使われることはない。飛行隊全体を指す場合は『TOPAZSQ』、特定の機体を指す場合は機体番号を付けて『TOPAZ1』などと呼ぶ。

 なおコールサインは作戦ごとに変わる。

 旧世界のルールで、航空無線は英語が公用語になっている。コールサインが英単語になっているのも、それに準じた結果だ。新世界では謎通訳が働くが、様々な理由で公用語が使われ続けている。

 ゴハンは最初、英語で交信しようとしたが、あまりにも発音が下手なので、日本語で話すように命じられた。パイロットたちだって身内の会話は日本語とTACネームで済ませている。英語とコールサインを使うのは、外部とやりとりをするときだ。

 友軍機から次々と返事が返ってくる。その全てがINSの正常を報せるものだ。そのほとんどが『TOPAZ』だったが、一機だけ例外がいた。

『こちらECHO1(エコーワン)、INSに異状なし』

『ECHO1』は〈F-2〉戦闘機隊の後方を飛行している〈E-767改〉早期警戒指揮機(AWAQS)(Airbone Warning And headQuarters System)のコールサインだ。

 

 空自の海外派遣部隊の指揮を、戦域航空管制官をトップとする独立司令部に任せることは比較的すんなり決まった。組織上の問題は解決したが、その装備をどうするかが大問題になった。独立した組織である以上、必要な装備も独自に用意する必要がある。

 まずは司令部をどこに置くかが問題になった。組織としての司令部を維持するための恒常的な基地は、国内の基地か駐屯地に間借りすればいい。だが野戦指揮を執る際の司令部は、現地に置く必要がある。だが派遣が決まらない限り、派遣先も決まらないのだ。紛争が予想される地域全てに予め基地を造るというのは、どう考えても馬鹿げている。

 そうなると派遣が決まるか決まりそうなときに造るしかないが、空自にはそのような能力はない。エジェイの滑走路のように、陸自の施設科部隊に造ってもらうしかない。だが他組織との調整には手間と時間がかかる。ましてや相手は『動脈硬化』と揶揄されるほど意思決定が遅い陸自だ(その代わり決まると仕事は早い)。航空幕僚たちは、これ以外の選択肢を探した。

 彼らが目をつけたのが〈E-767〉早期警戒管制機(AWACS)だった。〈E-767〉は空自の装備であり、他組織との調整は必要ない。また早期警戒管制機は空飛ぶレーダーサイトであり、戦域の情報が集まる。それらを他部隊に伝えるため、リッチな通信能力もある。司令部に必要な設備の大半が既に揃っているのだ。

 ベースとなったのは〈B-767〉旅客機で、巡航速度は遷音速、最長飛行時間は約12時間とカタログ性能も申し分ない。機内スペースには余裕があり、交代要員が乗り組むことができ、乗組員が仮眠をとったり軽食を摂るスペースまで用意されている。居住性は空自の機体の中では、政府専用機に次ぐ良さだ。ここに司令部要員が乗り込むスペースと、追加の設備を載せるスペースを確保するのは難しくない。

 強いて問題点を挙げればランニングコストだが、早期警戒管制機は現代の戦場では必需品だ。そのコストは必要経費として計上済みだから問題にならないと、航空幕僚たちは考えた。

 ところが問題になったのだ。

〈E-767〉改修計画案がまとまったとき、防衛省は根回しのために財務省に計画案を見せた。これを見た若手の財務官僚が、ランニングコストに目を止めたのだ。こんな無駄遣いは認められないと、計画案を自分のところで止めてしまったのだ。

 そうこうしているうちに、『ニシノミヤコの悲劇』が起きてしまい、自衛隊は否応なく『フェン王国の戦い』をやらざるを得なくなった。このとき空自の司令部は日本国内に置かれた。作戦は無事に成功したものの、距離が障害となって空自の作戦指揮には色々な齟齬が生じた。

 次の作戦地域はアルタラス島である。ここまでくると距離の問題は致命傷になりかねない。空自はシオス王国のゴーマ空軍基地に白羽の矢を立てて、外務省経由で基地の建設をシオス王国に打診した。外務省も『ニシノミヤコの悲劇』の汚名返上のために頑張ったが、外国の政府は陸自以上に手強い交渉相手だった。

 そこに救いの手を差し延べたのが海自だった。海自はドック入りする筈だった〈ひゅうが〉のスケジュールを延期して、臨時基地として貸し出すという提案を空自にした。〈ひゅうが〉は艦隊旗艦として運用することも想定した護衛艦である。空自とは設備が違うが、それなりのレーダーと通信装置を備えていた。しかも何日間も出航したまま航海を続けられる。空自にとっては、〈ひゅうが〉は文字通りの助け船になった。

 日パ戦争が終結するまで、〈ひゅうが〉はアルタラス島周辺を遊弋して、空自の移動司令部としての役割を果たした。

 だが海自の支援はそれだけに停まらなかった。他の省庁では考えられない離れ業まで披露した。〈ひゅうが〉の運用にかかった費用の計算書──いわば〈ひゅうが〉のレンタル料金の請求書を、空自ではなく防衛大臣の頭越しに財務省に送りつけたのだ。

 これを受け取った財務省の高官は、防衛大臣に事情を訊ねた。寝耳に水の防衛大臣は海上幕僚長と航空幕僚長を呼び出し、説明を求めた。海上幕僚長は「事務手続き上のミス」としたうえで、〈ひゅうが〉を空自にレンタルした経緯を話した。

 若手財務官僚は斜め上からの呼び出し(職階は高官の方が上だが、所属部署が違うので、二人は上司と部下という関係ではない)に戸惑いながらも出頭した。そして事情を聞かされて、顔色が青くなった。若手官僚は自分のデスクで止めていた書類を、大慌てで高官に提出した。

 結局この若手が罰せられることはなかったが、改修計画案は「費用対効果の面から見ても適切」という意見が付けられ、財務大臣のデスクに回された。

 一方、海自は海上幕僚長をはじめとする制服組のトップ三人が、組織の長として責任をとる形で給与の一部自主返納を申し出て、防衛大臣に了承された。だがレンタル料金を財務省に請求した実務担当者は罰せられなかったばかりか、名前も公表されなかった。『ミス』を誰が()()したのかは見え見えだったが、制服組が責任をとったことで、防衛大臣の立つ瀬はかろうじて守られた。

 もっとも海自は、同情やボランティア精神で空自を助けたわけではない。そうせざるを得ない事情があったのだ。それは〈BP-3C〉爆撃機の存在である。

〈BP-3C〉の原型は〈P-3C〉対潜哨戒機であり、海自の装備である。その搭乗員は海上自衛官なのだ。それは機体が〈BP-3C〉に改装されても同じだった。

 空自の戦闘機が露払いと援護をするという前提で、海自は〈BP-3C〉の実戦投入に賛成した。ところが空自が戦闘機を動かせなくなると、賛成したときの前提条件が変わってしまう。最悪の場合、〈BP-3C〉は空自の支援なしで敵地上空に突っ込むことになりかねない。海自から見れば、これは許されない裏切り行為であり、〈BP-3C〉に乗り組む仲間を守るためには、この程度のことを躊躇うはずなどなかった。

 こうして予定より大幅に遅れたものの、〈E-767〉改修計画は実施され、3日前にロールアウトした初号機が、さっそく初の実戦任務に就いたという次第である。御空がルバイル空港で見たのは〈E-767改〉だった。改装の多くは機体内部だったので、外見上の〈E-767〉と〈E-767改〉の違いは、空中給油受油装置の有無だけだった。

 

 御空は、それなら天測係も〈E-767改〉に乗せればいいのにと言ったが、軍用機の〈E-767改〉には旅客機のような窓はなかった。むしろ空中戦に備えて全方位を見渡せる戦闘機のコクピットの方が、天測に向いていた。そう言われればそうなのだが、命の危険が及ぶ場所に非戦闘員を乗せることに、御空が納得できないのも当然ではある。

「非戦闘員だって? 長谷部三曹も立派な航空自衛官だ」

「でも空港勤務の女性(WAF)ですよ」

「それがどうした? 今日(こんにち)ではそういうのを性差別(セクハラ)と言うんだ」

 サンゾーとの間でそうした不毛なやり取りをした挙げ句、御空の方が折れた。

(こんな作戦は二度とゴメンだが、もし次にやるときは全機を〈F-2B〉にして、後席には気象予報士ではなく交代要員のパイロットを乗せるべきだ)

 御空は疲れが見え始めた頭でそう考えたが、同時にそれが困難であることも気づいていた。

〈F-2B〉は訓練用の機体で、もともと配備数が少ない。自分の第6飛行隊と同じ飛行団の第8飛行隊を合わせても、おそらく10機はないだろう。北部航空方面隊は貸してくれるだろうか? 航空幕僚本部の命令があればそうするだろうが、そうでない限りは難しい。彼らは1個飛行隊しか〈F-2〉を持っていないのだ。

 横田の航空戦術教導団はどうだろうか? 彼らは多数の〈F-2B〉を持っている……だが、北部航空方面隊より借りるのは難しいだろう。一時的でも〈F-2B〉が不足すれば、訓練スケジュールに支障をきたす。陸自や海自から「金銭感覚が麻痺している」と思われている空自も、基本的には吝嗇(ケチ)だ。パイロットたちから『棺桶』とまで蔑まれた〈F-1〉戦闘機ですら、改修を重ねて耐用年数ギリギリまで使い続けた(これは〈F-15J〉や〈F-2〉の配備が遅れたせいでもあるが)。

〈F-2〉は2050年代に耐用年数を迎えるが、それまで使い続けるだろう。当然訓練用の〈F-2B〉もそれまでは必要だ。

 東日本大震災では松島基地が被災し、18機の〈F-2B〉が津波に流されて破損した。このとき防衛省は〈F-2〉の調達を既に終了しており、国内にも海外にも〈F-2〉の生産ラインは残っていなかった。そこで防衛省は特別予算を計上し,壊れた〈F-2B〉の無事な部品とストックしていた補修部品をかき集めて、何とか6機の〈F-2B〉を造った。それでも12機が失われ、〈F-2B〉は慢性的な不足状態に陥っているのだ。

(やはりこんな作戦は、これっきりにすべきだな)

 御空が疲れた頭でようやく正しい結論を導いたところで、後席から声を掛けられた。

「ゴクウさん、質問してもいいですか?」

「取り敢えず言ってみろ。聞かなきゃ、いいとも悪いとも判断できない」

「……ドラゴンキラーって呼ばれるの、嫌なんですか?」

 最初にそう言われたとき、態度に出てしまったらしい。御空は頭を掻きたくなったが、ヘルメットがあるので当然できない。

「好き嫌いの問題じゃないんだよ」

「じゃあ、どういう問題ですか?」

「……まあ、同じ空自の人間だし、話してもいいか」

 

 戦後新たに創設された航空自衛隊は、転移するまで実戦を経験したことがなかった。だが転移後に実戦を経験したことによって、パイロットたちから新たな要望が出された。自分が乗る機体に、撃墜マークを付けたいというものだった。

 旧世界の他国の軍隊では珍しくない習慣だったが、実戦を経験していない空自には縁がなかった習慣だ。〈F-15J改〉パイロットたちはもちろんワイバーンの、〈F-2〉パイロットたちからはワイバーンに加えて軍艦のマークを付けたいという希望が出た。

 パイロットは全員幹部(士官)とはいえ、現場からこうした声があげられるのは、空自が三自衛隊の中で最もリベラルな空気を持っている証拠だろう。

 これはパイロットたちの士気に関わると思った幕僚が、航空幕僚会議で話題に取り上げたことがあった。このときの航空幕僚長の反応は、予想外のものだった。

「トカゲや木造船が自慢になるのか」

 現場のパイロットたちが聞いたら、「そりゃないだろう」と思うだろう。その場にいた幕僚の中には、それに近い感想を持った者もいたが、その直後に航空幕僚長が提示した報告書を見たら、全員が納得した。

 それは航空戦術教導団から出された報告書で、実戦を経験したパイロットは逆に技量が落ちているという、警告に近い内容だった。奇しくもこれから戦う敵と同じ問題に、空自も悩んでいたという次第である。

 そうした理由で、撃墜マークの話は消えた。機付たちは喜んだが、パイロットたちは落胆の色を隠せなかった。それでも訓練で教導団の教官に撃墜され、「君たちの派遣先はTDLかね? それともUSJか? 〈F-2〉の実機を使ったアトラクションはさぞかし楽しかっただろう」と嫌味を言われても、返す言葉がないのだった。

 

「それはちょっと酷くないですか?」

「しょうがないのさ。訓練じゃなくて実戦だったら、死んでいたんだから。確かに幕内力士が序ノ口に勝った程度で喜んでいたんじゃ、横綱・大関に叱られるよな」

 御空の腕時計のアラームが鳴る。御空は現在時刻を確認すると、太股に貼り付けたニーパッドに書かれたスケジュールを見る。空中給油の時間だ。燃料計を見ると外部タンクは既に空になっており、機内タンクも4分の1以下になっている。

TOPAZ1(トパーズワン)よりKIRO1(キロワン)へ。おっぱいの時間だ。よろしく頼む」

『こちらKIRO1。TOPAZSQは集合してくれ。これが終わったらアルファベースに引き返さんといかん。空中給油機がガス欠で墜落なんてみっともないからな。さっさと済まそう』

 空中給油のため〈KC-767〉空中給油機が後方から前へ出てくる。同時に〈F-2A〉戦闘機たちが集まってくる。〈KC-767〉の護衛と、給油を受けるために。

 

 

「なんで今まで……」

 鮫島は途中で言葉を飲み込んだ。サンダー・ドラゴンはデータ採りのための実験機だ。試作品の〈J/APG改〉に問題があるのは当たり前だ。

〈F-2〉戦闘機の〈J/APG-1〉は、世界初の戦闘機用アクティブフェイズドアレーレーダーだった。だが世界初だけあって、トラブルが多発した。〈F-2〉戦闘機の配備が始まった後までトラブルが発生した。問題が解決して〈F-2〉戦闘機が緊急発進(スクランブル)できるようになるまで、配備から3年もかかった。

 ベースとなったレーダーがそれだけ困難だったのだから、それを改造した〈J/APG改〉に問題が発生しない方がおかしい。理屈としては分かるのだが、実戦でトラブルに遭ってみると、恨みの一つも言いたくなる。

 試作品のレーダーは艦影を映していた。その大きさから明らかに〈グレードアトラスター〉だと分かる。

 もちろん何もないところから〈グレードアトラスター〉が沸いて出るわけがない。以前からそれは存在していたはずだが、レーダーは今まで捕捉できなかったのだ。そして今、〈グレードアトラスター〉はフォーク海峡へ向かっている。明らかに海峡を封鎖するのが目的だ。

 レーダーに映った艦影は〈グレードアトラスター〉だけではなかった。〈グレードアトラスター〉を先頭にして、3隻の駆逐艦が単縦陣で〈グレードアトラスター〉の後ろを付いてくる。

「敵は我々を湾内に封じ込めるつもりのようですな」

 艦隊参謀の言葉に、鮫島は頷く。

「攻撃の主力は航空隊だったんだろうが、海峡を封鎖する前に全滅させてしまったな。さて、敵さんはどうするつもりかな? 第二次攻撃隊を出すかな?」

「正規空母3パイ分の航空機を10分で失ったのです。敵が空母を何パイ連れているのか知りませんが、第二次攻撃隊を出すのはリスクが高すぎて出来ないでしょう」

「だが航空機はまだあるだろう。艦隊の直掩機は出していたはずだ。正規ではなく護衛かもしれんが、それを載せていた空母もあるはずだ。その気になれば、第二次攻撃隊を出せると考えておいた方がいい。でもまあ、俺が敵将だったら、やはり怖くて航空隊は出さないな。となると水上艦による砲雷戦か、潜水艦による雷撃だな。狭い湾内に潜水艦を侵入させるとは思えないが……潜水艦は見つかっていないんだな?」

〈ひゅうが〉のCICの水測員が答える。

「潜水艦の存在は確認できていません。海底に着底してじっとしていれば、気づかなかった可能性はありますが」

「耳をすませていてくれ。一番怖いのは魚雷だからな」

 

 ブレンダスは不機嫌だった。最後に麾下のムー航空隊が敵の爆撃機を撃墜したが、迎撃した〈マリン〉二機が被弾した。一機は海面に不時着し、もう一機は不時着は免れたものの、空母に緊急着艦した。不時着した機体の乗員は無事に救助されたこと、日本の司令から感謝の言葉を貰ったことは、彼にはどうでもよいことだった。

 彼が欲しかったのは客観的な戦果(すうじ)、それも申し分のない成果だった。鈍重な爆撃機(それでも複葉機の〈マリン〉と互角に戦える運動性能はあったが)相手に1対2という戦績(スコア)は、彼の経歴に泥を塗るものだった(と彼は考えていた)。

 そしてグラ・バルカスの航空隊が全滅し、〈グレードアトラスター〉が現れたことは、ブレンダスに新たな決断をもたらした。

「航空隊を全機着艦させろ。爆装に換装しろ」

 いつの間にかブレンダスの相談役になってしまった〈ラ・カサミ〉艦長のミニラルは、異論を唱えた。

「全機ですか? 艦隊直掩がいなくなってしまいますが」

「エモール王国の風竜騎士や、ニグラート連合のワイバーンがいるだろう」

 一騎当千の風竜はまだしも、ニグラート連合のワイバーンが戦力になるはずがない。ミニラルはブレンダスに再考を促す。

「しかし我が〈マリン〉は戦果をあげています──」

「日本のお情けのおかげでな」

 その一言でミニラルは察した。ブレンダスは日本のおこぼれに預かるような勝利では満足できないのだ。自分の手で挙げた戦果でなければ、納得できないのだ。

「そもそも対空は日本に任せておけばいい。日本の対空戦闘力は、技術士官の報告書通りに強力だ」

 さすがに日本の実力を過小評価するほど、ブレンダスは愚かではなかった。そうなると、消去法で戦闘目標は決まってしまう。ブレンダスは単艦でレイフォルを滅ぼした伝説の戦艦を、自らの戦歴(キャリア)を飾るモニュメントにするつもりなのだ。

 

「まさか航空隊が10分で全滅するとはな」

〈グレードアトラスター〉の昼戦艦橋で、艦長のラクスタルは呟いた。

 マグドラ群島で第零式魔導艦隊を葬った帝国海軍東方艦隊の機動部隊は、損害を補充して『白の場合(ケース・ホワイト)』に臨んだ。

 世界最強といわれる神聖ミリシアル帝国の最強の艦隊を破ったのだから、それ以下の有象無象の寄せ集めの艦隊なら鎧袖一触だと思われたのだが……とんでもないイレギュラーが居たらしい。

(やはり日本か?)

 ラクスタルはカルトアルパス港で見た各国の艦隊を思い出す。ムーと日本以外の艦隊は、近代以前の戦列艦だ。魔法のおかげか、旧世界(ユグド)の歴史上の戦列艦より強力なものもあったが、実際に戦ってみて相手になるような艦はなかった。

 ムーの軍艦とはまだ戦ったことはないが、グラ・バルカスと比べれば技術水準は50年は遅れている。同じ機械文明の軍隊だから、その実力はかなり正確に予測できる。

 それらと違って、予測しづらいのが日本だった。護衛空母1、重巡2、軽巡5の8隻の艦隊。だがその装備となると、さっぱり分からない。

 巡洋艦の主砲はおそらく5インチ砲。砲身は長く60口径以上はありそうだから、意外と威力はあるかもしれない。軽巡クラスなら妥当かもしれないが、重巡クラスには少々物足りない。だが最も解せないのが、主砲が一門だけという点だ。

 艦砲は簡単に当たるものではない。何度か撃って着弾点を観測して、照準を修正してやっと当たるものだ。ある程度の弾数をばら撒かないと効果がない。グラ・バルカスでは、三連装砲塔三基による九門がベストとされている。それより少ないと当たらないし、それより増やすために艦型を大きくするのなら、より大口径の砲を積んだ方がよい。

 それ以外の武装といえば、対空用と思われる機銃らしき物が二門あるだけだ。高角砲や対空機銃は、主砲以上に当たらない。近接信管が登場する前は、千発撃って四、五発しか当たらなかった。

 艦砲にせよ機銃にせよ、数が少な過ぎて役に立つとは思えない。相手が正規軍ではなく海賊なら話は別だが、砲艦外交の現場に沿岸警備隊を派遣するような馬鹿はいないだろう。

(何か我々が知らない武器を持っていると考えるべきか)

 ラクスタルは副長を呼んで、二人で全滅した航空隊の通信記録を調べ直した。どの程度正確かは不明だが、幾つかの情報が明らかになる。

 

○ 敵はルックダウン可能なレーダーを搭載した観測機を飛ばして、戦場の情報を収集している

○ 敵は航空機に対するレーダー照準射撃を行っている

○ 敵は小型高速の無人機を目標の航空機に飛ばして、近接信管を作動させて撃墜している

 

 普通だったら一笑に付すような内容だ。だが200機の航空隊が10分で全滅した以上、そういうわけにも行かない。

 まず敵艦隊上空を目視で観察させたところ、一機の大型の回転翼機が、高速で旋回しているのが見つかった。回転翼機はグラ・バルカス帝国でも研究中で、実用化はまだ先の話である。しかもその回転翼機は、陸軍の爆撃機並みの大きさがあるという。

 ラクスタルはグラ・バルカスで実験中の回転翼機を見学したことがあった。水上偵察機(ゲタバキ)の代替になるかもしれないという話だった。だがそれは機体の大部分をエンジンと燃料タンクが占めており、搭乗員は一人か二人乗るのが精一杯というものだった。エンジン出力の限界で、それ以上の大型化は困難だと聞いた。

 ところが今、敵艦隊上空を飛んでいる回転翼機は、陸軍の爆撃機並みの大きさがある。敵(おそらく日本)がこの分野では、帝国より進んだ技術を持っているのは明らかだ。

 しかも帝国では、夜間爆撃機にレーダーの搭載を始めたばかりだ。まだどの程度の御利益があるのかは不明だが、日本も航空機にレーダーを搭載することを考えたとしても、不思議ではない。だがどうやってルックダウンを可能にしたのかは、見当もつかない。

 航空機に対するレーダー射撃は、グラ・バルカスでも研究しているものの、実用化の目途は立っていない。多数の航空機を同時に追尾するとなるとレーダー施設は膨大なものになり、それだけで戦艦一隻を埋めつくすという試算が出されている。また高速で飛行する航空機に対空砲弾を撃っても、砲弾が到着するまでに相手は移動してしまう。それを見越した偏差射撃は、機械はまだまだ熟練した砲手に遠く及ばないのが実情だ。

 それなら命中率を上げるために、自力で軌道を変更できる無人機に炸薬と近接信管を積んで、敵に接近させるというアプローチは理解できる。どうやって無人機を攻撃目標に誘導しているのかは謎だが。

「航空機の速度の理論的限界は、どの程度だったかな?」

 ラクスタルの問いに、副長は即座に答える。

「音速の0.85から0.9倍と言われています。音速の壁がありますから」

 グラ・バルカスでも音速の壁は知られていた。だが副長が言ったのは、プロペラ機の限界だった。プロペラ機は機体よりも先にプロペラが音速の壁にぶつかるので、超音速は出せない。

 もちろんグラ・バルカスはプロペラ機以外の航空機も知っていた。だが彼らが知っているジェット機は、プロペラ機よりも遅いのだ。まさかジェット機が音速の壁を突破できるとは、ジェット機の開発経験がない彼らには想像もできなかった。

 彼らの主力戦闘機である〈アンタレス〉は音速の半分程度の速度しか出せない。それならプロペラ機にはまだまだ改良の余地がある。旧世界(ユグド)で戦争に明け暮れていた第八帝国は、すぐに役立つ研究には力を入れて、役に立つかどうか分からない基礎研究を疎かにする傾向があった。

「パイロットの報告では、敵の無人機は〈アンタレス〉の数倍の速度だと言っていたようだが」

「目視での感想です。無批判に信用は出来ません」

 これはラクスタルも同じ考えだったので、反論はしなかった。

 ラクスタルは更に自分の常識で判断する。

「日本の空母は護衛空母ではなく、攻撃空母かもしれんな。あの飛行甲板は多数の有人機を運用するには狭いが、軽量の無人機を発艦させるには十分だろう」

 ラクスタルたちは無人機と聞いたとき、それをプロペラ機だと思い込んでしまったのだ。

 更に日本の軍艦のマストには、例外なくレーダーが取り付けてある。合計しても戦艦一隻を埋めつくす規模には至らないが、回転翼機を見る限り、(少なくとも部分的には)日本はグラ・バルカスより進んだ技術を持っているのだ。

 ラクスタルは日本の技術について考えるのを止めた。彼は用兵家であって、技術者ではないのだ。場当たり的だが、相手の対応を見て、臨機応変に対処するしかない。

「これ以上議論しても始まらん。陛下から与えられた任務を果たすことにしよう」

 ラクスタルは双眼鏡を手にした。〈グレードアトラスター〉は既にフォーク海峡の中央に到達している。高い昼戦艦橋からなら、カルトアルパス湾の奥まで見える。

「日本の軍艦が輪形陣を敷いて、他国の艦隊を守っているな。やはり航空隊を全滅させたのは、日本と見て間違いないだろう。輪形陣の中には空母3隻と多数の戦列艦が密集している。しかも空母2隻は艦載機を爆装に転換中だ。敵艦隊との距離は?」

 前檣楼の上(マスト・トップ)にある15メートル測距儀が動く。水上レーダーもあるが、まだ新しい装備だ。現場の軍人は新兵器より、実績のある兵器を好む癖がある。

『41000メートルです』

 報告を聞いたラクスタルは、命令を下す。

「第一および第二主砲塔射撃用意。弾種は対空砲弾。攻撃目標は第一砲塔は敵艦隊輪形陣中央。第二砲塔は敵観測機を含む直掩機群」

「火を点けたら、さぞかしよく燃えるでしょうな」

 ラクスタルの意図を察した副長が、同意を示す。

 このときラクスタルは、艦橋に普段いない客がいることを思い出した。ラクスタルはシエリアの方を向く。

「シエリア殿、この作戦の目的はプロパガンダでしたな」

 味方の航空隊が全滅したと聞いたシエリアはやや青い顔をしていたが、しっかりとした様子で頷く。

「その通りだ。列強の威信を地に落すことで、弱小国を戦わずに降らせるのが目的だ」

「それなら質はともかく、まずは数で敵に大ダメージを与えなければいけませんな」

 

〈グレードアトラスター〉の様子は〈ひゅうが〉でも観測していた。

(測距儀が動いた! 主砲を撃つつもりか?)

 鮫島の予想は的中した。〈グレードアトラスター〉の前方の二つの主砲塔が動き始めたのだ。鮫島は即座にラクスタルの意図を見抜いた。

「拙いぞ、対空戦闘用意!」

 だが鮫島の周囲の人間は、ピンと来ていなかった。

「相手は戦艦ですよ」

 たしなめようとする艦隊参謀に、鮫島はイライラ感を覚える。

「戦艦じゃなくて、その主砲弾だ。大和級の46センチ砲の最大射程距離は42000メートル、我々は既にやつの射程距離に入っているんだ」

「最大射程で撃っても、まず当たらないと思いますが」

「大和級には三式弾といって、榴散弾があった。その危害半径は500メートル、そして俺たちは輪形陣を敷いて動けない。直撃弾は出ないだろうが、500メートル以内に着弾しただけで味方に大損害が出るぞ」

 ここまで言われて、周囲もようやく危機感を共有した。

「〈グレードアトラスター〉発砲、弾数6!」

〈ひゅうが〉のCICのレーダー員が報告する。各艦のCICにいた乗組員たちは、ディスプレイで着弾位置を確認する。全てが世界連合軍に危害を加えうる位置に着弾する。

「全部叩き落とせ!」

 鮫島の命令に答えるべく、〈あきづき〉の艦長が命令を下す。

シースパロー(ESSM)斉射」

〈あきづき〉のVLSから再び〈ESSM〉が発射される。

 その直後だった。

「しまった!」

 鮫島が叫んだ。


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