日本国召喚・異聞録   作:無虚無虚

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第9話『グレードアトラスター炎上』

 鮫島の声に全員が驚いた。

「どうかされましたか?」

 艦隊参謀が一同を代表して訊く。

「46センチ砲を仰角45度で撃ったとき、到達高度は21000メートルになる。短SAMじゃ届かん」

 一同はほっとすると同時に、少々呆れた。

「では〈SM-3〉で迎撃しますか?」

 艦隊参謀の質問には、確認と同時に皮肉が込められていた。

「冗談じゃない。そんなもったいないことができるか!」

 鮫島の答えは、全員の予想通りだった。

 弾道ミサイルを大気圏外で迎撃するために造られた〈SM-3〉なら、高度21000メートルの成層圏なら余裕で届く。そのキネティック弾頭は直撃による運動エネルギーで目標を破壊するので、(当たれば)九一式徹甲弾すら破壊できる。

 だが〈SM-3〉を発射できるのはこんごう型4隻のみであり、〈SM-3〉は各艦に9発ずつしか購入されなかった。しかも各艦は一回ずつ試射を行っているので(〈みょうこう〉だけは失敗した)、その備蓄は各艦8発、計32発しかない。

〈SM-3〉のブロックⅡA型の開発は日本も参加していたが、その担当は第二、第三段であり、アメリカのみが担当していた第一段はブラックボックスの壁に阻まれ、未だに国産化できていない。つまり〈SM-3〉の備蓄は32発のままであり、ICBMの保有が確実視されている魔法帝国との戦いまで、無駄遣いは許されない状況だった。

「だいたい〈SM-3〉で大気圏内の目標を照準できるわけないだろう」

「そうでした」

 しれっと答える艦隊参謀に、鮫島はいらつく。〈SM-3〉は大気圏外での迎撃のために作られたミサイルで、大気圏内の目標には照準できない。要するに、鮫島は艦隊参謀にからかわれたのだ。その理由には、大いに心当たりがある。

「砲弾の高度が落ちてきたところで、短SAMで再迎撃しろ」

 徹甲弾ではない三式弾なら、近接信管によってばら撒かれた相対速度マッハ4以上の金属破片でも誘爆が期待できる。

〈あきづき〉は改めて〈ESSM〉6発を発射した。発射から15秒後、〈ESSM〉は〈グレードアトラスター〉の砲弾全てを迎撃した。

 

 派手な火炎が空中で咲いた。

「主砲弾爆発……弾着20秒前です」

 砲術長(ホチ)の報告を聞いたラクスタルは、問い質した。

「信管のセットを間違えたのか?」

〈グレードアトラスター〉のレーダーでは、41000メートル先のミサイルを捉えることができなかったのだ。

「そんなはずは……いえ、そうかもしれません」

「もう一度撃て」

 ラクスタルは部下の練度を知っていたし、信頼もしていた。だからこそ、確認せずにはいられなかった。

 

 第零護衛隊群でも動きがあった。

「発司令、宛〈あきづき〉。〈ASM-2X〉の発射準備をせよ」

 鮫島の命令に〈あきづき〉の艦長は戸惑った。

『相手は戦艦ですが?』

「AAMじゃない、〈ASM-2X〉だ。〈グレードアトラスター〉を仮想敵とした試作ミサイルだ。〈あきづき〉には4発積んである。詳しい話は乗艦している装備庁の技官に聞いてくれ──いや、技官にヘリ格納庫での発射装置への取り付けを任せろ。進んで喜んでやるような連中ばかりだ。発射シーケンスは〈SSM-1B〉と同じだ」

 第零護衛隊群の一同は、どう反応してよいか戸惑った。そんな秘密兵器があるとは、聞いていなかったのだ。

「俺は趣味で〈グレードアトラスター〉の写真を撮影したんじゃない。〈ASM-2X〉の設計思想が間違ってないか、確認するために写真を撮ったんだ。復唱はどうした?」

『〈あきづき〉は〈ASM-2X〉の発射準備を行います』

〈あきづき〉の艦長は半ば気押されて復唱する。

「他の艦は対艦戦闘開始。敵はまた撃ってくるぞ。一方的に撃たれてやる義理なんかない。SSMが10発くらい当たったところで敵はびくともしないだろうが、20発、30発となればボディブローがじわじわと効いて来るはずだ。ただし、優先順位は駆逐艦が先だ。敵が酸素魚雷を持っていたら、この距離でも届くぞ」

 マグドラ群島での海戦では、グラ・バルカスの駆逐艦が放った魚雷は、ディーゼル推進特有の白い航跡を曳いていた。だが日本の情報収集衛星の可視光線カメラは、それを撮影できるほどの性能はない。

 鮫島は一気に命令をまくし立ててから、続きを心の中で呟いた。

(くそっ、最初からこうしてりゃよかったんだ)

 その呟きを肯定するかのように、〈ひゅうが〉のレーダー員が報告する。

「〈グレードアトラスター〉発砲、弾数6」

 だがその声には、最初の時ほどの焦りはなかった。

 

 再び派手過ぎる花火が空中に咲く。

「主砲弾爆発、やはり弾着20秒前です」

 ラクスタルは背筋に冷や汗が流れるのを感じたが、かろうじて態度には出さずに我慢した。

「副長、信じられるか?」

「はあ?」

 間の抜けた返事が返ってくる。どうやら状況が非常識過ぎて、理解できていないらしい。

「敵は航空機どころか、本艦の主砲弾も撃墜できるんだ」

 一拍置いてから、〈グレードアトラスター〉の昼戦艦橋が形容し難い冷気に包まれる。

 第八帝国では、戦艦の砲撃を無効化する手段は二つしかないと考えられていた。回避運動で躱すか、重装甲で耐えるかだ。だが日本は第三の方法を持ち出した。超音速で飛翔する砲弾を、空中で破壊するという方法だ。

 いかに強力な砲弾でも、敵艦に届かなければ意味がない。それは戦艦乗りの鉄砲屋にとって、悪夢以外の何者でもない。

 このときラクスタルには二つの選択肢があった。このまま敵の能力を試すか、いったん退いて友軍艦隊と合流するか。珍しいことに、彼は迷っていた。〈グレードアトラスター〉個艦の安全を考えれば、ここは退いて友軍と合流すべきである。だがそれは海峡封鎖を諦めることを意味する。どうやら恐るべき能力を持つ日本艦隊に、フリーハンドを与えかねない。それが友軍艦隊にとって、どんなリスクをもたらすか、予測できない。

 結局、ラクスタルは海軍軍人精神に基づいて行動を決定した。「見敵必戦は海軍の習い」、すなわち自分の安全を確保する最も確実な方法は、先に敵を沈めることである。ならば敵を攻撃する機会を絶対に逃すな。

「両舷全速前進。このまま砲撃を行いつつ、単縦陣で突撃する」

 冷蔵庫並みに冷えていた昼戦艦橋が、冷凍庫並みになる。

「艦長、お待ちください。それは無謀です。ここはいったん退いて、海軍東方艦隊と合流すべきです」

 副長は歴戦の名艦長にも物怖じせず、異論を唱える。だがラクスタルはそれを不愉快に思わない。むしろ頼もしく思う。

「本艦が離脱すれば、日本艦隊は他国の艦隊を置き去りにして、単独で追撃してくるだろう。カルトアルパス湾に敵艦隊を封じ込めるという、作戦案が破綻する」

「既に破綻しています。航空隊の4分の3が何ら戦果を上げられないまま、全滅したのです。破綻した作戦に拘るべきではありません」

「では日本艦隊をフリーハンドにしてもいいのか? 今は世界連合軍の他国の艦隊を守って、日本艦隊の行動は著しく制約されている。その制約から解き放たれた彼らが、本気で猛威を振るったら、果たして東方艦隊とて無事ですむかな?」

「だからといって、本艦が損害担当を演じる義理が……」

「本艦こそが、最適任なのだ!」

 珍しくラクスタルが大声を出す。

「最大の艦砲を備えるゆえ、最大の防御力を誇る我が艦こそが、日本艦隊の攻撃に、最も耐えうるのだ」

 戦艦とは大艦巨砲主義の産物である。戦艦を倒せるのは、より強力な戦艦だけである。それゆえ最も強力な戦艦を保有しなければならない。大雑把だが、これが大艦巨砲主義だ。

 つまり戦艦の仮想敵は戦艦なのだ。敵の戦艦と戦って、自分が沈められる前に(必ずしも自分が無傷である必要はない)敵を沈める能力が、戦艦には要求される。

 それゆえ仮想敵となる戦艦は、設計時で最も強力な戦艦──すなわち自分自身になるのだ。どの戦艦も自分の主砲で撃たれても、(一発では)沈まないような防御力を備えている。

 グラ・バルカスで最大の主砲を備える〈グレードアトラスター〉こそ、グラ・バルカスで最も不死身(タフ)な艦なのだ。

「自分も勝算のない賭けをするつもりはない」

 ラクスタルは話を続ける。

「敵の巡洋艦の主砲は、長砲身の5インチ砲で1門のみ。合計でも7門だ。敵艦隊との距離は41000メートル、27ノットなら50分で到着できる。これに耐えられれば、敵の輪形陣の中に殴り込みをかけて、零距離での水平射撃での撃ち合いに持ち込める。いくら日本艦隊とはいえ、水平射撃の46センチの至近弾を撃墜はできまい」

 周囲は唖然とした。命中率による限界があるとはいえ、遠距離で敵を沈めるのが戦艦の基本戦法である。逆に接近戦は避ける。小型艦でも可能な魚雷による攻撃は、砲弾より怖いからだ。

「ですが敵が魚雷を──」

「敵輪形陣の中に入ってしまえば、敵は迂闊に魚雷を使えなくなる。外したら確実に同士討ちになるからな」

 普段は沈着冷静なラクスタルとは思えない、なんとも乱暴な議論だ。だが彼がそう言えば、実現しそうな気がしてしまう。彼はそういう種類の艦長だった。

「艦長がそこまで仰るのなら、最善を尽くします」

 今まで反論を口にしていた副長が、一転して賛成する。

「すまんな。ここは命を預けてくれ。シエリア殿、念のため重要防御区画(バイタルパート)へ避難していただきたい」

 シエリアは黙って頷くしかなかった。彼女には理解できなかったが、ラクスタルの部下たちも海軍軍人だったのだ。自分の命より乗艦の命の方を選ぶ、艦長が退艦を命じるまでは。そういう精神の持ち主たちだ。それは必ずしも不合理ではない。自分一人が助かろうとしても、乗艦が沈めば果てしない海原を漂流するしかない。海軍の軍艦とはそういう危険な職場であり、海軍軍人とは斯くも過酷な職業なのだ。

 

「敵単縦陣、27ノットで突っ込んできます」

 ディスプレイを目で見ながら、報告を耳で聞いた鮫島は、最も恐れていた事態になったために、不機嫌を隠せなかった。

 第零護衛隊群の輪形陣の遥か手前で〈グレードアトラスター〉を戦闘不能にすることはできる。だが〈グレードアトラスター〉が撃ち続ける砲弾を一発でも撃ち漏らせば、味方に甚大な損害が出兼ねない。

(なんであんな連中まで面倒を見なきゃならんのだ? 全てを得ようとする者は全てを失うというのは、歴史の教訓だというのに)

『発〈あきづき〉、宛司令。〈ASM-2X〉の発射準備ができました』

「〈グレードアトラスター〉が転舵するまで待て。まだ試作品だ。正面からだと命中率が悪い」

 

 ラクスタルは第三射を命じようとしたが、第零護衛隊群が放ったカウンターパンチが先に〈グレードアトラスター〉を襲った。〈グレードアトラスター〉の主砲は初速がマッハ2.8、最大射程の終速でもマッハ1.3はある。それに比べれば対艦ミサイル(SSM-1B)の巡航速度はマッハ0.9しかない。だが砲弾と違って終端誘導をレーダーで行う〈SSM-1B〉は、確実にその刃を〈グレードアトラスター〉と僚艦に向けてきた。

 異変に真っ先に気づいたのは、〈グレードアトラスター〉の水上レーダーではなく、甲板見張り員だった。水上レーダーは敵艦を発見、測位するために造られた。だが海面すれすれ(シースキミング)で飛行する〈SSM-1B〉は、海面反射のせいでレーダーで捉えるのが難しかった(もちろんそうなることを期待して、〈SSM-1B〉はシースキミングで飛行するのだ)。

『前方より高速で何か接近!』

 昼戦艦橋のスピーカーが響く。旧日本海軍の大和級は、艦内電話と伝声管の二通りの通信手段が用意されていたが、電子装備は旧日本海軍より進んでいた〈グレードアトラスター〉には、伝声管はない。伝声管は浸水の経路と成り得るからだ。

 ラクスタルはマイクを取って、より詳細な報告を求めようとしたが、間に合わなかった。昼戦艦橋を含む前檣楼に衝撃と爆発音が走った。だがどちらも深刻なものではなかった。〈SSM-1B〉は前檣楼基部の司令塔に命中し、爆発した。司令塔は重要防御区画(バイタルパート)を守る重装甲の一部であり、旧世界の軍艦を想定した榴弾の弾頭では、僅かな痕を残すのが関の山だった。

「損害を報告しろ」

『司令塔に被弾、損傷なし』

「重巡の主砲並みの威力はありましたな」

 副長の言葉にラクスタルは答えようとしたが、その直前で再びスピーカーが響いた。

『こちら後部射撃指揮所。友軍駆逐艦3隻炎上、急速に沈降しつつあり!』

 予想外の被害に、昼戦艦橋にいた全員が、一瞬絶句した。

 

 帝国で最も高い命中率を叩きだす砲術士フラグストンは、つい最近昇進した。本人は砲術長(ホチ)になれると思ったのだが、実際は副砲術長だった。砲術長(ホチ)なら艦橋の主砲射撃指揮所で、前方の統制射撃を指揮できる。第一、第二主砲塔と前部副砲塔が管轄だ。

 一方、副砲術長は後楼で後方の統制射撃を指揮する。第三主砲塔と後部副砲を管轄する。だが素人でも想像がつくと思うが、後ろは前より圧倒的に出番が少ない。閑職なのだ。

 そのときフラグストンは照準用望遠鏡を振り回していた。照準用望遠鏡は後楼上の10メートル測距儀と連動しており、フラグストンが望遠鏡の向きを変えるとモーターが測距儀を動かす。無駄に見えるが咎める者はいない。後部射撃指揮所のボスはフラグストンなのだ。

「全く……戦闘中だというのに、見えるのは味方ばかりか。これじゃ敵を撃てん」

 フラグストンは〈グレードアトラスター〉に付いてくる駆逐艦を見ていた。もちろん撃つわけにはいかないが、望遠鏡と測距儀の扱いに慣れるのには役立つ。

『前方より高速で何か接近!』

 スピーカーから流れた音声に反応して、フラグストンは望遠鏡で前を見ようとした。もちろんそれは出来ず、左舷60度ぐらいのところまでしか望遠鏡は動かなかった。

 だがそれで十分だった。

「なんだ、ありゃ?」

 望遠鏡の視界に〈SSM-1B〉が入った。だが高速で移動するそれは、あっという間に視界から出てしまった。フラグストンが慌てて望遠鏡を後方へ回して追いかけると、それらは次々と左旋回して、駆逐艦たちの左舷に命中、大爆発を起こした。

 装甲らしい装甲を持たない駆逐艦は、ひとたまりもなく上部構造物が吹き飛び、弾薬庫に誘爆、更に大きな爆炎をあげる。完全に艦体が折れて、急速に海面下に沈んでゆく。

(あれじゃ艦長は真っ先に死んで、退艦命令も出せなかっただろうな。ほとんど助からんだろう)

 かなりの場数を踏んでいるフラグストンは、条件反射で感情を麻痺させて考えた。それでも驚きを禁じ得なかった。3隻の駆逐艦全てが轟沈しつつあるのだ。(あり得ない例えだが)自分がここから主砲と副砲を使って駆逐艦を射撃しても、あれほど鮮やかに全滅させることは不可能だ。

 フラグストンは職業的条件付けで、マイクを手に取った。

「こちら後部射撃指揮所。友軍駆逐艦3隻炎上、急速に沈降しつつあり!」

 

 ラクスタルは報告が信じられなかった。

 

「なぜ友軍艦が炎上した?」

『おそらく敵の攻撃です。本艦の左舷を何かが通過し、左旋回して次々と駆逐艦の左舷に衝突、爆発しました』

「何かとは何だ? 無人機か?」

『……有人機ではありませんが、飛行機ではありません。プロペラが付いておらず、海面すれすれを飛翔していました』

 ラクスタルは自分の無能を呪った。時速550キロで三次元機動する〈アンタレス〉艦上戦闘機を撃墜できるのなら、高速でも30ノット(時速約56キロ)程度で二次元機動しかできない(戦闘機と比べれば)巨大な軍艦を狙えないわけがない。技術者でなくても、対艦用の兵器の存在を予測できたはずだ。

 だがラクスタルは戦闘続行を決断する。

「怯むな。撃て!」

〈グレードアトラスター〉の前部主砲塔群は、艦長の海軍精神を載せた砲弾を放った。

 

「〈グレードアトラスター〉発砲、弾数6──6発とも軌道が違います!」

〈ひゅうが〉のCICのディスプレイに、着弾位置がプロットされる。

「散布界が拡がりましたな」

 鮫島は更に不機嫌になった。

「砲塔の旋回角度と砲身の仰角をわずかにずらして、わざと散布界を拡げたんだ。敵の艦長は突撃バカだが頭がいい。難易度を上げて、こっちの迎撃能力を試すつもりだ。砲弾一発にSAM一発じゃ割に合わん。危険なやつだけ撃ち落とせ。SSMを撃ち続けろ」

 

 日本の護衛艦から次々と〈SSM-1B〉が発射される。それを見ていたウージは、相棒の風竜に問う。

「あれも誘導魔光弾なのか?」

『ウム、海面すれすれを飛んで、敵艦に命中している。アレも光の反射を利用している。小さい船は一撃で沈んだが、あの巨大な船にはあまり効いていないようだ』

「そうか」

 ウージは密かにエモール独自の魔信で、これらの情報をモーリアウルに伝える。

 

『前方に敵無人機4。全機本艦に接近!』

〈グレードアトラスター〉の昼戦艦橋のスピーカーから、甲板見張り員の叫びが響く。

「射撃管制、レーダーでは捉えられんのか?」

『無理です。海面で反射するノイズに紛れてしまいます!』

「対空射撃開始。砲術長(ホチ)、主砲による迎撃は間に合うか?」

「弾薬庫から揚弾中です」

 砲弾は専用のエレベーターを使って、弾薬庫から砲塔へ運び上げる。〈グレードアトラスター〉の対空砲弾は、まだエレベーターで運んでいる最中だ。当然間に合うわけがない。

 ラクスタルは昼戦艦橋から肉眼でSSMの姿を捉える。

(くそっ)

「総員衝撃に備えろ!」

 第二波の初弾は、第一波とよく似た位置に着弾した。だが結果はかなり違った。第一波より少し上、司令塔の直上にある夜戦艦橋に命中した。〈SSM-1B〉の炸薬は夜戦艦橋の窓ガラスを粉砕し、ミサイルの破片と高温のガスと一緒に夜戦艦橋の中にばら撒いた。

 現在は昼間なので、夜戦艦橋には操舵員を含めた最少人数の要員しかいなかった。それが〈グレードアトラスター〉にとって唯一の救いだった。

 だが〈グレードアトラスター〉を襲ったのは、一発だけではなかった。

 二発目と三発目は左旋回して、〈グレードアトラスター〉の左舷を襲った。二発目は艦中央の喫水線直上に命中したが、そこは重要防御区画(バイタルパート)で410ミリ厚の装甲で守られていたため、SSMの炸薬による焦げ跡を作っただけだった。

 だが三発目はそれよりかなり手前で左旋回を始めたので、艦首部分左舷に命中。そこは薄い装甲しかなく、SSMの破壊力を完全に防ぐことはできなかった。喫水線付近に破孔ができた。その破孔から艦内に浸水する。だが浸水した区画は限定的で、艦の浮力は大して奪われなかったが、浸水によって船速は24ノットに低下した。

 四発目は逆に右旋回して、〈グレードアトラスター〉の右舷を襲う。上部構造物に命中し、幾つかの高角砲と対空機銃をスクラップにする。もちろんその砲座や機銃座にいた要員も。彼らもミリシアルの第零式魔導艦隊の要員と同じように、直撃コースに乗った爆弾を見分ける方法を教わっていたが、マッハ0.9で旋回するミサイルは避けようがなかったのだ。

 だが〈グレードアトラスター〉は戦闘力を失っていなかった。戦艦はなかなか沈まない船であって、壊れない船ではないのだ。壊れることを前提として、いかに戦闘力を失わずに戦い続けるか。それが戦艦の宿命だ。もちろん壊れる対象には乗組員も含まれる。まことに海軍軍人とは過酷な職業だ。

〈グレードアトラスター〉は戦艦の宿命を全うすべく、主砲を撃った。

 

〈ひゅうが〉のCICと艦隊司令施設(FIC)の空気は少し弛緩していたのかもしれない。〈グレードアトラスター〉が再び砲撃してきたとき、機械的にSAMによる迎撃を行った。だから迎撃を免れた砲弾が2発現れたときは、全員が驚愕して、即座に対応できなかった。

 2発の砲弾は海面に着弾すると、とてつもなく高い水柱を作った。それによって海面が大きく揺れる。近くにいた戦列艦の何隻かは、危うく転覆しかけた。

「くそっ、徹甲弾を混ぜていやがった。こっちの迎撃能力を丸裸にするつもりだな」

 鮫島は悪態をつくと、即座に対策を打ち出した。

「発司令、宛各艦長。大和級の九一式徹甲弾は、水中でも直進する。水中で命中したら、喫水線下に大穴が開いて轟沈するぞ。至近に着弾する場合は、艦長の判断で回避運動を行え」

「他国には警告しないのですか?」

 そう質問した艦隊参謀を、鮫島は侮蔑の混じった視線で見た。

「訓練もしていない戦列艦に盆踊り(回避運動のこと)ができるか? パニックを煽るような真似ができるか!」

 

 このあと、砲弾とミサイルによる殴り合いは20分も続いた。

 連合軍側はかろうじて損害を出していなかったが、〈グレードアトラスター〉はかなりの損害を被っていた。夜戦艦橋に加え、前檣楼の対空/水上レーダー、対空兵装の3分の1、浮力の5分の1、そして乗組員の6分の1を失っていた。速力も22ノットに落ちていた。

 だが主砲と副砲は健在であり、重要防御区画(バイタルパート)には浸水していなかった。つまり〈グレードアトラスター〉は、ほとんど戦闘力を失っていなかった。

 ラクスタルは昼戦艦橋の窓から監視をする。報告を上げていた甲板見張り員は既に戦死していた。夜戦艦橋にいた操舵員も戦死したため、今は昼戦艦橋で航海長が舵輪を握っていた。多くの乗組員は火災や浸水の現場で、応急処置に追われている。司令部要員だろうと使える者は使わざるを得ない状況だ。

 ラクスタルは後悔し始めていた。

(やはり無謀だったか?)

 確かに〈グレードアトラスター〉は戦闘力を失っていない。だが戦果も挙げていない。速力は落ちており、輪形陣への殴り込みに要する時間は増えていく。更に〈グレードアトラスター〉はダメージを負うことになる。

(無理に戦果を追わず、日本艦隊について得られた情報を持ち帰ることを優先すべきか?)

 その判断を下すため、ラクスタルは次の砲撃でSSMを迎撃できるか試すつもりだった。

 これまでの経験則で、日本の無人機が海面すれすれを飛行することは分かっている。なら主砲3門による対空砲弾の水平射撃で迎撃できるかもしれない。そうなれば後は弾数が多い方が勝つはずだ。

 ラクスタルは海上を飛行する〈SSM-1B〉を発見する。

「正面敵機4、撃て!」

 第二砲塔が発砲する(最上甲板が艦首付近で反り返っているため、第一砲塔は水平射撃ができない)。3発の対空砲弾の近接信管が4発の〈SSM-1B〉と交差する直前で作動する。

 だが圧倒的な破壊力を誇る爆炎から、2発の〈SSM-1B〉が飛び出す。SSMの速度が、近接信管の設計者が想定した敵機の速度を大きく越えていたため、拡大する爆炎が追いつけなかったのだ。

 生き残ったSSMはいずれも前檣楼の正面に命中、その衝撃に前檣楼が悲鳴をあげる。今まで誰も聞いたことがない、金属が軋む嫌な音が前檣楼内に大きく響く。

 だが第零護衛隊群が放った〈SSM-1B〉はそれだけではなかった。更に2発が左旋回して左舷から接近する。

 1発は軽くホップしたあと艦首最上甲板に落下、木製の甲板を易々と突き破り、兵員室に飛び込む。そこには大勢の重傷者が運び込まれていた。だが〈SSM-1B〉の信管が作動したことにより、生き残った者たちも全員鬼籍に送られた。その爆発による炎と爆風は、艦首付近に犠牲者の焼死体の破片と灰をばら撒いた。

 残りの1発はこれまで損害が少なかった艦尾付近に命中し、水上機を発艦させるための左舷側のカタパルトとクレーンを吹き飛ばした。

(これまでか)

 ラクスタルは遂に撤退を決断した。

「取り舵いっぱい。本艦はカルトアルパス湾から脱出する。これまで得られた戦訓を後日に活かすため、本日の戦闘情報を持ち帰ることを優先する」

「作戦目標を諦めてよいのですな」

 副長は「諦めるな」とは言わなかった。もはやそれは無理だと彼にも分かっていた。

「『命を預けてくれ』などと偉そうなことを言ってすまん。多くの部下を死なせてしまった。だがせめて犬死はさせん」

 

 さすがにこの距離になると、世界連合軍からも〈グレードアトラスター〉が見えるようになっていた。命中弾が出る度に世界連合軍の将兵は沸いていた。だが何発食らっても沈まないので、だんだんそれは下火になっていった。

 だから〈グレードアトラスター〉が取り舵で転舵を始めたときも、反応は一様でなかった。〈グレードアトラスター〉が逃げ始めたと思って喜んだ国もあれば、全力射撃のために後部砲塔を自分たちに向けたと思って不安になった国もあった。

 

『発〈あきづき〉、宛司令。〈ASM-2X〉の使用許可を求む』

「許可する」

〈あきづき〉のヘリポートに置かれていた発射装置から、4発の〈ASM-2X〉は無事に発射された。

 

〈グレードアトラスター〉が取り舵で転舵を始めたことで、後部砲塔でも敵を狙えるようになりつつあった。後楼のフラグストンは照準望遠鏡を右舷60度に向けて、敵が視界に入るのを待っていた。

 だが彼が発見したのは敵艦ではなく、〈ASM-2X〉だった。第三砲塔は対空砲弾の装填がまだ終わっていない。彼はマイクを手に取った。

「敵無人機、右舷から接近!」

 命令を待たず、生き残った右舷の対空兵装が火を噴く。だが当たらない。4発のうち3発は1キロ手前で上昇を開始、そのうちの1発はそのまま前檣楼トップ下の昼戦艦橋を直撃した。

 2発は前後の副砲塔に向かい、命中直前で急降下し、副砲塔の天蓋を直撃した。旋回速度を上げるため、副砲塔は軽量化されており、その天蓋は薄い装甲しかなかった。〈ASM-2X〉はその天蓋を突き破り、副砲塔内部で遅延信管が作動、炸薬が爆発した。その爆発の熱と衝撃は砲弾用のエレベーターを逆流し、弾薬庫に届いた。

 最後の1発はそのまま喫水線付近に命中したが、410ミリの装甲を抜くことはできなかった。

 

 連合軍艦隊から、これまでで最大の歓声があがった。

〈グレードアトラスター〉の2基の副砲塔は爆発で完全に吹き飛び、副砲塔があった場所から特大の炎があがった。

 連合軍の多くの将兵は、轟沈を期待した。だが〈グレードアトラスター〉はまだ水上に浮いていた。

 ミサイルの攻撃は、ついに〈グレードアトラスター〉の重要防御区画(バイタルパート)に届いたのだ。

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