ではごゆっくりどうぞ〜。
幽々子にプレゼントを贈った日から数日。珍しく妖忌が鍛錬をせずにどこかへ出かけた。様子からして散歩ではないらしい。
「あれ、先生は?」
「里に行くって、今出てったわ」
「へえ珍しいな、こんな早くから外出か」
「そうね~。誰かと違って、夕方くらいには帰ってくるそうよ~」
「うっ……」
まだあの時のことを根に持っていたのか、幽々子はそう言って俺にジト目を向けてくる。俺はつい目をそらしてしまったが、幽々子はすぐに笑顔に戻って冗談よ、と言った。
「からかわないでくれよ、焦ったじゃないか」
「ごめんなさいねぇ、つい面白くって」
「…勘弁してくれ」
「ふふっ、じゃあ私達も出かけてみましょ?」
あまりにも退屈だからか、幽々子がそう言ってくる。気晴らしにはなるかと思い、俺も行くことにした。里の方に来たとき、子供が遊んでいるのが目に入った。
まったりしていて、平和を実感できる。やけにゆっくりできるのは時計がないからか、はたまた俺が死んでいるからか。どっちでも構わないし、のんびりできるのは別段悪いことでもない。
そんなくだらないことを考えているうちに、ふと気になったことを思い出した俺は、幽々子に問いかけた。
「なあ幽々子、一つ訊いても良いか?」
「何かしら?」
「幽々子のお父さんってどんな人だったのかって、気になってな」
「そう言えば、麟祢には話してなかったわねぇ」
前に言ったかもしれないが、幽々子の父親は既にいない。少し離れたところにある大きな桜の木、西行妖の下で死に、遺体はそこの埋葬されたらしい。だが、俺が知っているのはそれだけで、彼がどう言う人生を送ったのかまでは聞いていなかった。
「私のお父様は、有名な歌人だったの」
「……」
「それとお父様は、桜が大好きでね。よく歌に詠んでいたわ。それで死ぬときは桜の下でって言って…」
最初はいつも通りにしていた幽々子も、ここだけはトーンが落ちていた。当然だ。親の死を一番悲しんだであろう幽々子に言わせているんだから。
無意識からか、罪悪感によるものか、俺は思わず幽々子の手を握っていた。悲しみは分かち合えば良い、だから俺にも支えさせて欲しい。
俺の意図が伝わったのか、幽々子はゆっくりと続けた。
「『願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ』……これはね、『どうか桜の花の下で、お釈迦様の命日に死にたいものだ』って言う意味よ……その歌を聞いたとき、今からそんな話をしてって、皆で笑いあっていたのに……本当に、その歌の通りになったの」
幽々子が話し終わってから、沈黙が降りていた。
俺はなんて声をかければ良いのか分からず、結局謝る言葉しか出てこなかった。
こんな気分になるなら、訊かなかった方が幽々子には良かっただろう。
「……思い出させるような話振って、ごめんな」
だが、幽々子は俺を責めるようなことは言わず、静かに首を振った。
握ったままの手を、握り返しながらいつものように微笑んで見せた。
「良いのよ、今は麟祢がいてくれるでしょう?」
「ああ、俺は幽々子をおいて消えたりはしないさ」
「約束よ?」
「約束する。絶対に守るってな」
そう約束して、俺は話題を変えることにした。折角里にまで来たのだから、暗い気分のままでは勿体ないだろう。市にでも誘ってみようと、幽々子に声をかける。
「幽々子、市行ってみないか?」
「あら~、それは良いわね。妖忌に何か買っていきましょう」
「そうだな、先生に貰ってばかりじゃ悪いしな」
「早く行きましょう」
卍卍卍卍
「何でこうなった…」
数時間後、俺は一人で幽々子を捜していた。
市に来てから色々と物色して回っていた俺達だったが、突然幽々子が俺を置いて行ってしまったのだ。待ってるように言われたのでその通りにしていたのだが、いっこうに帰って来ないので、捜すことにしたのだ。
「迷子になったって、いやなるか普通?」
確かに市は広い、だがこれだけ捜せば普通は見つかるはずだ。にもかかわらず、幽々子の姿は一向に見つからない。段々と焦っているのが自分でも分かる。
幽々子を一人で行かせるんじゃなかった、と俺は今更ながら後悔した。
今思えば、幽々子がそれなりの家の娘であることは、一目瞭然だった。身なりのいい女の子が、護衛も連れず一人でいればどうなるか、想像に難くない。市はそれなりに治安が良い。だからこそ油断していた。それなりであっても、絶対では無い。そんな簡単な事も忘れていたなど、平和ぼけも良いところだ。
「ははっ、しっかし楽な仕事だったな!」
「そうだな。一人でうろついてる女を攫うだけで、こんなに金が貰えるんだからよ」
「しっかし、攫ってどうする気だったんだろうな?」
「そりゃあお前、売るに決まってんだろ。人攫いだぜ」
「だったら俺らが買うってのはどうだ?折角良いモンを見た後なんだからよ」
擦れ違った人間の内、何人かの集団から、そんな言葉が聞こえた。
こいつらが言っているのは、幽々子の事で間違いないだろう。
俺はすぐに引き返して、その集団を追う。人数は3人、全員普通の人間。見たところ持っている武器は下げている太刀くらいか。
「おい、お前ら」
俺はそいつらに声をかけた。場所を選んでいる暇は無い。
「あん?なんだお前、白装束なんざ縁起悪いな」
「人を捜しているんだが…今の話を聞かせて貰えないか?」
足を止めて振り返ったそいつらは、俺の格好を見てそう言った。死んでいるのだから白い服と言うよりは、色が落ちた、の方が正確か。とにもかくにも俺は服も髪も白い。
その言葉を軽く無視して続けた俺の台詞を聞き、男達は表情を変えた。
嘲笑うような、実に腹の立つ笑みだ。
「ああ、お前つれか。残念だがもう手遅れだぜ」
「早ければもう売りに出されてんじゃねえか?」
「教えるわけには、いかねえなあ。何なら俺らが遊んだ後にでも返してやろうか?」
「………そうか」
どうやら喋るつもりは無いらしい。仕方がない。時間が勿体ない。人の通る往来で事を起こすと問題だが、コレはもう仕方がないと思う。下衆に言葉は必要ない。
「じゃあ、吐いて貰うか。……なあ?」
「あ?何言ってんだ?」
男達は、俺の言葉を笑おうとして、固まった。それもそのはず、さっきまで
「お前、何モン」
「五月蝿い」
3人の内、二人が刀を抜いた。そして首が消えた。抜いた瞬間に首を吹き飛ばしたことで、少し遅れて血が噴き出した。
俺がやった事は単純明快、『人の悪意を操り具現化する程度の能力』を使って
「……さぁて、教えてくれるよな?」
卍卍卍卍
「間に合えっ…」
下衆野郎から引き渡した場所とその相手が行っていた場所を聞き出し、俺は再び走りだした。用済みとなった奴は必死に命乞いをしていたようだが、きっちり殺しておいた。
仲間が死んで寂しいだろ?と言って串刺しにしてやった。そいつは死ぬ瞬間まで俺に悪意を向けてくれたので、その点は感謝している。悪意は俺の糧になるのだから。
「間に合って、くれよ………!」
次第に俺は里中から悪意を集めていた。端から見れば、どす黒い奔流が屋根の上を迸っているように見えただろう。見た目も異形のそれである。走り回っていては埒が明かないと思った俺は、屋根を蹴って飛翔した。
「…空けた場所の桜の木……アレか!」
上空から地上を見下ろすと、一ヶ所だけ大きな桜がある所が目についた。恐らくそこで間違いない。俺はそこに向かって一直線に突っ込んで行き、轟音と共に着地する。
「幽々子っ!」
着地と共に悪意を霧散させて、俺は幽々子を見つけた。どうやら間に合ったらしい。木の前には、幽々子の他に一人の男がいた。
「ようやくか…遅かったな麟祢」
「……お前」