「麟祢、朝よ、起きて」
「……ん~」
俺こと
「おはよう、麟祢」
「ああ、おはよう幽々子」
言ってから、眠気の覚めない俺があくびをすると、着物のよく似合う美少女――西行寺幽々子は、俺の横に座ったままふふっと笑った。何か良いことでもあったのだろうか?
「……なんかあったの?」
「さあ、どうかしら」
気になったので訊いてみたが、幽々子ははぐらかしてばかりで答えてはくれなかった。俺は首をかしげながら居間に向かう。食卓にはもう朝食が用意されていて、幽々子が先に来て待っていた。
俺も自分の場所に座ろうとして、一人いない事に気付いた。この屋敷、西行寺家の富士見の屋敷には、主の幽々子と居候の俺の他に、従者が一人住んでいる。普段の食事は俺やその従者が作っている。今日はその従者が作ったはずだが、彼の姿はなかった。
「あら、妖忌なら庭にいるわよ」
「わかった。呼んでくる」
俺が不思議に思っていたのが顔に出ていたのか、幽々子が教えてくれた。恐らく待っていても来ないので、俺は彼を呼びに庭に向かった。
庭で鍛錬中の彼――半人半霊の魂魄妖忌を見つけると、妖忌も俺が来たことに気付いたらしい。刀を収め、こちらに来た。
「おはようございます、妖忌先生」
「今日は遅かったのだな、麟祢」
「すいません、寝坊しました」
「疲れていたのだろう。気にするな」
俺の挨拶に帰ってきた言葉だが、俺も普段は朝早く起きて鍛錬しているので、今日は寝坊
したことが珍しいだけだ。ここに来てからというもの、俺は朝起きるのも含めて色々と頑張っているのだ。
俺は妖忌に持ってきたタオル(?)を渡して、片付けを手伝う。
「……まあ、生きてた頃は朝早くからどころかそもそも鍛錬なんてしませんでしたからね」
「なら、今日は休んだらどうだ?始めてまだ1ヶ月、無理は禁物だからな」
「んーそれでも少しやっておきますよ。妖忌先生」
「そうか」
そうして二人で居間に向かう。会話の中でさらっと流れたが、俺は既に死んでいる。別に某千八百年の歴史を持つ最強の暗殺拳を食らったわけではなく、正真正銘霊体だけの存在、元人間の亡霊だ。死因は他殺、ようは殺されただけ。
それも、割と普通の殺人事件だ。
そこに事件性は有っても、テレビのようなサスペンスやドラマなんて物は微塵も無かった。
大体、今どき殺人事件なんて流行らない上に大した話題でもない。
そんな事を考えながら居間に戻ってくると、幽々子がムスッとした顔で睨んできた。
「もう、呼びに行くだけなのに遅すぎよ」
「悪かったって、後でなんかするから」
「あら、何をして貰おうかしら…」
「今から考えるのかよ…」
呼びに行くだけだったが、結構時間が掛かっていたようで、幽々子は待ちくたびれたようだった。拗ねる幽々子をなだめて、皆で食卓を囲む。
「「「いただきます」」」
普段は主の幽々子と庭師兼護衛の妖忌、そして居候の俺の3人で、後は偶にふらっとやって来る友人も加わって。少し賑やかで、平和で、穏やかな、どこにでもある至って普通の生活。これが、ここ1ヶ月で当たり前になった俺の新しい日常だ。
そして、ずっと欲しかったものでもある。
「幽々子、肉ばっかメインで食べるなよ…」
「え~良いじゃない。おいしいのだから」
「褒めれば何でも許されると思ってるなら、それは違うからな?」
「そんな事無いわよ~」
「…妖忌先生、先生からも何か言ってください」
「……幽々子様らしくて、良いではないか」
「間を開けて言われても説得力が無いですよ、先生……」
訂正。少しどころか普通に賑やかだ。
よくよく考えなくとも、普通の生活と言うよりも、微妙にずれた生活と言った方が良いのは一目瞭然だ。理由は簡単、何故ならここには人間が幽々子しかいないし、そもそも俺が生きていた時代とは、生活の様式やら水準やらが大きく違うのだ。
慣れるまでにかなり苦労した。それでも、今はこれが俺にとっての当たり前だと言える。
「だから、ちゃんとご飯食えよ!」
何で俺が突っ込み役に回っているのかは、全くもって分からないけど。
横を見ると、妖忌が苦笑いを浮かべていた。解せぬ。