「……」
目を閉じて呼吸を落ち着ける。そして神経を集中して、避け…―――
「あ痛っ!?」
―――…られず、俺は妖忌のデコピンを食らった。
「まだまだじゃな。持てる力全てを生かし切れなければ、1人前とは言えん」
「はい、先生」
もう分かっているとは思うが、今俺は稽古中だ。生きていた頃、良くも悪くも普通で平凡な学生だった俺がただ一つ熱中したこと。それは、いわゆるイタい時期に水滸伝にハマり、古武術にのめり込んでしまったことだ。それも痛々しい程に。
習いに行く金の余裕など無かったせいで、動画を見ての見取り稽古だったが、元々身体能力は悪くなかったので、そこそこ強かったと自負している。朝妖忌が言っていたのは中華拳法の鍛錬のことだ。
因みに、妖忌は剣術の達人で、専門外とは言わないが、拳法は余り詳しくないらしい。じゃあ俺が今何を教わっているのかというと、霊体特有のすり抜けを戦闘に応用することだ。
ついでに言うと、妖忌は半人半霊、要するに某百鬼夜行の二代目総大将のように人の部分と幽霊の部分を使い分けが出来るのだ。便利そうで羨ましい。
「なんかこう、避けようとすると出来ないんだよなー」
「生きていたときの感覚で避けようとするからじゃろうな。そこの所は慣れが必要だろう」
「慣れ、ですか…」
西行寺家に来てから、俺は亡霊らしく物体をすり抜けられるようになった。とは言っても普通に触ることも出来るので、そこら辺は無意識にやっているんだろう。だが、戦闘中にこれを使って避けようとすると、なぜか出来ないのだ。これの練習が最近の俺の日課になっていた。
「貴方よく飽きないわね?」
「っ!?……なんだ紫か」
突然声がして、驚いて声の主を振り返れば、そこにいたのは顔見知りの少女だった。長い金髪を分けて赤いリボンで結んでいるこの少女(見た目)の名は
「…貴方今失礼なコト考えなかったかしら?」
「気のせいだろ」
俺の心を読んだのか、ジト目を向けてくる紫を適当にあしらう。
「で、今日は何しに来たんだよ?」
「何しにって、お昼食べに来ただけよ?」
「……暇人かよ」
「あら、良いじゃない。賑やかになるんだから」
「作ってるの誰だと思ってんの?ねえ?」
「それこそ貴方だけじゃないでしょうが」
紫と軽口を叩きながら居間に行くと、先に戻っていた妖忌がお茶を飲んでいた。
「成る程、先程の気配は紫殿じゃったか」
「ええ、お邪魔していますわ」
「……」
「何かしら?」
「いや、別に…」
紫と妖忌のやり取りを見て無言になっていると、当の紫に訊かれた。
前から思っていたがこの大妖怪、名前と外見と喋り方が一致してないような。見た目金髪美少女の外国人なのに、名前普通に和名だし。普通にフランクな感じの性格っぽいのに、喋り方は深窓のお嬢様のようで。たまに違和感を感じるな。後紫が言っているだけで何故か胡散臭く感じる。
因みに言うと、従者がいる時点で分かるとは思うが、幽々子は歴としたお嬢様だ。
最も、幽々子のお父さんは既に亡くなっていて天涯孤独の身。なので、余り意味は無いのだが。
「あら紫、来てたの」
「ええついさっきね」
「これからお昼なのよ、ちょうど良かったわね」
突っ立っていると後ろから幽々子が現れて、紫と話し始めた。妖忌は2人にお茶を入れているようなので、必然的に俺が昼飯を作ることになる。
「じゃあ飯作ってくるから、ちょっと待ってて」
「私の分もお願いね」
「分かってるっての」
さりげなく要求して来た紫に適当に返しながら、献立を考えてみる。
まあ、所詮期待なんてされてないだろうから適当に作るけども。
卍卍卍卍
「お待たせ」
「あら、見たことない料理ねぇ」
「味噌汁は普通じゃな」
「まあいいですわ、食べましょう」
「「「「いただきます」」」」
結局いい物が思いつかなかったので、野菜炒めを作った。そして照り焼き。まあこの料理知ってるの俺だけだからこの反応は予想してた。後は口に合うかだけどな。
「どう?」
「麟祢、これ凄く美味しいわ~」
「そうか?ならよかった」
まあそこまで悪くはなかったようだ。誉められると普通に嬉しい。
生前は学生寮で独り暮らしだったから、そもそも誰かと一緒に食べること自体無かった。今思えば大分寂しい生活してたな。
「「「ごちそうさま」」」
「お粗末さまでした」
死んでからこんな楽しい思いが出来るなんて考えてなかったけど、それもこれも皆のおかげだ。せめてご飯くらいでしか、返すモノが無いのが残念だが。
「今までに無い料理でしたわね。味も独特でしたわ」
紫には、もう二度と飯を作らない。絶対。何が起きても。
「え!?ちょっと感想を言っただけじゃない!どうしてそうなるのよ!?」
「さっきのはどう考えても、不味かったって言い回しじゃねーか!」
「理不尽ですわ!」
「あらあら、麟祢、あんまりいじめると紫が可愛そうよ~」
「いじめてない!」
紫が涙目になっているのは、きっと気のせいだろう。
そして、口の上では俺を窘める幽々子だが、思いっきり笑みを隠せていない。むしろ隠す気がないのではないかと俺は思った。