ある日のこと―――
俺と幽々子は縁側から庭を眺めながらお茶を飲んでいた。
珍しく妖忌は出かけていて、俺はすることがなくなって暇を持て余していた。
「……暇だな」
「そうねぇ」
「今日は紫来ないのか…」
「あら、私じゃ不満?」
「い、いやそうじゃないけど…」
暇とは言ったけど、こういうのも悪くはないな、とは思う。
こうしていると、生前どれだけ時間に追われていたかがよく分かる。少し勿体ないことをしたと、後悔する。
「ねえ、麟祢」
「ん~?」
「前にもこうして2人で話してた時のこと、覚えてる?」
「……また随分前の話だな、それ」
「あの日まで麟祢、話しかけても答えてくれなかったわねぇ」
「っし、仕方ないだろ!」
幽々子が言っているのは、俺がまだここに来たばかりの時のことだ。その日もちょうど今日と同じように妖忌は出かけていて不在で、俺は縁側に座っていた。
卍卍卍卍
「…………」
あの頃の、というか亡霊になってから、俺は一度も食事を取らなかった。腹は減るが、別にどうって事も無かったし、霊体故に食事は必要がなかった。だけどそんなコトはどうでも良くて。俺はすることもなく、何かをしようと思うわけでもなく、ただ庭を眺める毎日だった。
今思えば、思えばこういう所は生前と余り変わらなかったかもしれない。
生前からずっと一人だったのだから。
「隣、良いかしら?」
「………」
突然後ろから声が聞こえてきて、隣に幽々子が座ってきた。でも俺は無言で前を見ているだけだった。それでも幽々子は話しかけてくるのを止めない。
「ねえ、妖忌が買ってきてくれたお菓子があるの、一緒に食べない?」
「………」
「…貴方、お腹空いてないの?」
「………」
「いつもここにいるけれど、飽きないの?」
「………」
でも、幽々子がどんなに話しかけてきても、言葉どころか何の反応もない、ただいるだけ。それがこの頃の俺だった。この頃の俺には何もかもがどうでも良くて、その目には何も映って無かった。
「ねえ、秋津と言う名字しか聞いてないけど、名前は教えてくれないの?」
「………」
「そう言えば、貴方はどこから来たの?」
「………」
「亡霊って、やっぱり冷たいのね」
「………」
「もぉ~、何か喋ってくれても良いじゃない」
「………」
幽々子は庭に降りて俺の前に立ったが、俺は相変わらずの無反応。
だけど、この時俺は幽々子の拗ねた顔を見て、1つだけ疑問に思った。
―――この人は、どうして俺に構うんだろうか?
―――あの事を、知っているはずなのに。
「……どうして……に、……ん……だよ」
「…え?」
「……どうして、アンタは俺に関わるんだよ……」
「………」
だからこの時、幽々子に訊いたのかも知れない。ここに来た時、紫は俺の秘密を知っていた。幽々子もそれを聞いていた。なのに、こうして話しかけてきた。そんなコトは今まで一度も無かったから、そしてそれを信じたかった。既に壊れたと思っていた俺の心は、まだ辛うじて生きていた。支えが欲しかったのかもしれない。
そんな俺の言葉を聞いて、幽々子は優しく微笑んだ。
「家族だからよ」
「……は?」
「貴方もここで一緒に暮らしてるでしょう。だから家族」
「なんだよ、それ……俺は、『
「関係ないわ。私だって似たようなものだもの」
「……アンタ、が?それってどうゆう……」
「ここには貴方を避ける人はいないってことよ……それとアンタじゃなくて、私は西行寺幽々子よ」
「………」
気がついたら、涙がこぼれていた。気になることはあったけど、それよりも幽々子が言った言葉が、嬉しかった。
「あらあら、泣いてるの?」
「……悪いかよ」
「良いじゃない、誰にだって泣きたくなる事くらいあるわ」
「………麟祢だ」
「え?」
「麟祢だ。俺の名前。家族なんだろ?幽々子」
「ええ、そうよ。これからもよろしくね、麟祢」
この日、俺は始めて心から家族と思える人が出来た。
帰る場所が、自分の本当の居場所が、やっと見つかったのだ。