無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 どうも、トマトしるこです。
 一夏君の扱いがちょっとひどくなる予定です。お気をつけください。



第一章
1話 「”無能”」


「ただいま」

 

 学校が終わって家に帰る。礼儀らしいのでいつも言っている事だけど、誰かが返してくれたことは1度もない。

靴を綺麗にそろえて上がり、部屋にランドセルを置いてリビングへ向かう。食材を確認して夕食に足りない物をメモしてポケットに入れて、今度は手洗い場に行って、洗濯機を回して外に出た。もう慣れたので5分とかからない。

 

 向かうはスーパー――じゃなくて商店街。こっちの方が安いし新鮮だ。ただし、それは新鮮な物を売ってくれればの話だけど。

 

「いらっしゃい! ――ってお前かよ。とっとと選びな」

「これ2つ」

「まいど」

「………いらっしゃい」

「それ3つ」

「ふん……」

「お、秋介ちゃん――じゃなくてアンタかい。紛らわしいんだよ」

「すいません。それ1つ」

「ほらよっと。さっさと行っちまいな。アンタが居ると商売にならないんだよ」

「はい」

 

 今日は珍しく何も無く食材ゲット。形が悪く、状態も良いとは言えないものばかりだけど、売ってくれただけまだマシだ。今日は運がいい日かもしれない。

 

 見ての通りというか、俺は御近所の人や商店街の人、学校の児童や先生などから好かれていない。もはや嫌われている。何かした覚えは無いが、よく言われるのが「姉の面汚し」「弟に劣るクズ」「なんで同じ血を引いているのか分からない」「救いようのないゴミ」等々。

 事実なので言い返せないまま過ごしていたが、いつの間にか慣れてしまった。おかげで面倒なことに対する直感レーダーなるものが鍛えられ、色々と避けられるようになった。このレーダー意外と頼りになるので重宝している。

 

 さっそくレーダーが捕らえたようだ。本能に従って2歩ほど大股で歩く。すると俺がいた場所を握りこぶし程の石が通り過ぎて行った。当たれば堪ったもんじゃない。こっちはまだ小学生だっていうのにこんなことをしてくる人はザラにいる。

 いつ何が起こるか分からない、寝ている時でもお構いなしなのでレーダーは常に全開なのだ。マジで便利だよこいつ。

 

「ちっ……死ねばいいのに」

 

 この声はさっきの八百屋さんかな。前回八百屋さんが仕掛けてきたのは1週間前だったから随分ストレスがたまってたんだろうね。

 

 商店街を抜けて誰も通らない河川敷を歩いて帰る。やっぱり今日は良い日だ。思わず鼻歌歌っちゃうね。歌なんて小学校で習うような奴しかしらないけど。

 

 ~~~♪

 

 ボチャン!

 

 上を向きながら歩いていたので、大きな水たまりに気付かずに脚を突っ込んでしまった。………前言撤回。今日もいつも通り厄日だ。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 本日2度目のただいま、ちょっと声大きめです。靴が2人分あるってことは姉さんも秋介も帰ってきてるってことなんだろうけど、やっぱり返事は帰ってこない。玄関から入ってすぐのリビングに2人とも居るのにね。いつも通りだ。

 

 水たまりに突っ込んだ方の靴下――もういいや、どっちも洗濯かごに放り込んで、台所へ直行。踏み台を持ってきて野菜を洗い、包丁で皮を剥く。

 

「ん? なんだ一夏、帰ってきていたのか。お帰り」

「………ただいま」

 

 水の音で気付いた千冬姉さんに挨拶を返して、皮剥きに戻る。手元が狂うからあんまり話しかけないで、的な雰囲気を出す。読み取った姉さんはリビングに戻っていった。

 

 時刻は5時58分。いつもより大分遅れている。仕方ない、速く作れる料理に変えるか。カレーでいいか。僕が食べるわけじゃないし。

 

「一夏ー、ごはんまだー?」

「……あと15分から20分」

「ええー! いつもなら食べてる時間じゃないかー!」

「……今日は居残り授業の日だったんだ」

「はぁ、だからいつも勉強しなよって言ってるじゃないか。他人に迷惑かけるなっていっつも千冬姉さん言ってるだろー」

「……そうだな」

「そんなこと言ってさ、結局何でも平均以下じゃん。努力しなよ努力。これじゃどっちが兄かわかんないよね」

「……そうだな」

 

 ホントだよ。まったく。

 

 

 

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

 洗濯物の皺を伸ばしながら干していく内に2人は食べ終わる。幸い、2人とも台所まで持っていって水につけてくれるので、中断して洗い物をする必要はない。

 

「一夏、私は部屋に居る。何かあったら直ぐに言えよ」

「はい」

「………」

 

 何が気に入らないのか、俺が返事する度に姉さんは睨む。昔は怖かったがもう慣れた。ちなみにレーダーは反応してくれない。流石のこいつも、殆ど人間辞めてる姉さんには勝てないらしい。

 

 姉さんが階段を上がる音を聞きながら洗濯物を干していく。今からの時間外には干せないので自分の部屋まで持っていくようにしている。朝起きれば大体乾いてるし、直ぐに畳めるから便利だ。まあ、他に干せる場所が無いだけなんだけどね。

 

 2階の部屋まで運んで、夕食を食べようとリビングへ戻る途中、電話が鳴った。すぐ近くだったので俺が取る。

 

「はい、織斑です」

『んー誰かな? あまり聞き慣れない声だけど、しゅーくんのお友達?』

「一夏です」

『ん、んー? あーーあいつかぁ! 束さんお前に電話かけたつもり無いんだけど? とっととちーちゃんに代わってくれない? ああ、返事はしなくていいよ。腐った声聞きたくないし』

 

 今日は随分と緩い毒舌だなあ。やっぱり今日は良い日なのかもしれない。

 2階に上がって姉さんの部屋のドアを3回ノックする。

 

「どうした?」

「束さんからお電話です」

「……わかった」

 

 またしても睨まれてしまった。

 

「束か。何だ?」

『……………』

 

 さて、俺もご飯を食べるとしようか。

 2日前と昨日の残り物を冷蔵庫から出して、レンジで温める。リビングで食べればテレビを見ている秋介にまた何を言われるか分からないので、台所で食べるようにしている。

 しゃもじを濡らしてご飯をよそうつもりだったが止めた。ちょうど2人分残っていたので明日に回そう。今日はパンだ。冷凍庫から食パンをだして、トースターで温める。

 

「ねえ一夏ー、さっきからうるさいんだけどー」

「……あと1分」

「はいはい、わかりましたー」

 

 さすがにトースターはうるさかったか……。音はレンジと同じくらいなんだけど何が違うんだろうか? まあいいや。はやく食べよう。この後もやることはたくさんあるんだ。

 

「いただきます」

 

 5分後。

 

「ご馳走様でした」

 

 お茶も飲まずに食器洗い開始、食器洗い機を束さんが姉さんにプレゼントしたらしく、台所に置いてあるが、使い方がさっぱりなので放置。自分で洗っている。色々なところでケチる俺だが、これだけは洗剤バリバリ使いまくっている。衛生面だけはしっかりしないとね。家族になにかあってからじゃ遅い。

 

 次は風呂。洗剤ぶちまけてバス、床、壁までしっかり磨いて洗い流し、お湯を溜めて、冷めないように上からシートをかぶせる。

 ついでに自分の髪を洗うのを忘れない。身体はあとでタオルを使えばいい。

 

「秋介。風呂が沸いたら入っていいよ」

「わかった」

 

 言う事は言ったしやることはやった、あとは自分の時間だ。時計を見るといつの間にか10時を過ぎていた。今日寝るのは2時過ぎになりそうだ。

 

 部屋に入ってドアを閉める。代わりに窓を開けて換気をする。

 ランドセルから中身を全部出して机の隅にまとめておく。ここで重要なのがドンと置かないこと。結構重いので静かに置かないとうるさいのだ。

 

「今日の宿題はーっと」

 

 クリアファイルからプリントを出して鉛筆を持ってうなり始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふう、終わったー」

 

 宿題から始めて、次は今日の授業の復習で、その次が明日の予習、で、最後に今までの総復習。時計を見れば3時を過ぎていた。

 

「あらら、1時間オーバーだ」

 

 眠たいのを必死に我慢して、1階に下りる。

 勉強が終わった後に、戸締りチェックをして、トイレに行って始めて1日が終わる。前はこんなことはやっていなかったが、ある日夜中に起きて用を足した後に、玄関が開きっぱなしだったことに気がついて慌てて閉めたのだ。それ以来ずっと行っている。

 

 広くない家をぐるっと回って部屋に入ろうとした時、話し声が聞えた。多分姉さんだ。相手は束さんだろう。まあ俺には関係ない、眠いし、寝よう。

 

「一夏か?」

 

 その言葉に脚が止まる。話題は俺?

 

「まあそうだな」

 

 止めろと勘が言っているし、レーダーはビンビンだ。それでも脚が動かなかった。

 

 この時俺は無理矢理にでも部屋に戻るべきだった。この一言を聞かなければ、俺の人生が変わるあの日が来ても、まだ希望を持てていたかもしれない。

 

 

 

「確かにお前の言うとおりだよ。一夏は“無能”だ」

 

 

 

 俺はそこから先の事を覚えていない。気がつけば布団で朝を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の居残り授業はいつもの2倍長かった。これもう法律違反なんじゃねってくらい。と言うのも俺がボーっとしていたからなんだけど。理由は言わずもがな、昨日の姉さんの一言である。

 

『確かにお前の言うとおりだよ。一夏は“無能”だ』

 

 そんなの昔っからわかってる。どれだけ悪口陰口を言われ続けてきたことか。姉さんが俺に期待して無いことも、どうでもいいことも、邪魔な奴だって思われてることも知ってる。だから秋介だけを可愛がる。いや、これはさすがに卑屈すぎたかも。

 

 でも姉さんが俺のことを良く思っていないのははっきりした。

 だからと言ってこれからの生活が変わるわけでもない。俺1人では1週間も生きていけないし、姉さんが俺に優しくしてくれるわけでもない。

 結局何も変わらない、やることやるだけの毎日だ。変わったのは俺。心の奥の奥の奥の方にあった希望というカケラが消え去っただけだ。それだけのこと。些細な変化だ。

 

 日はすでに沈んでいる。いまから商店街に行っても開いてないだろうし、今日は売ってくれないだろう。スーパー決定。無駄な出費だ……。

 

 というか今から家に帰るんだから買い物も糞もない。家に残っている物で作るしか無いじゃん。流石に今の時間を小学生が1人で歩いているのはマズイ。というわけでとっとと帰ろう。

 

 いつもは近道を通っているが、今日はもう暗いので街灯がついている所を通って帰ることにした。

 

「確かこっちだったはず。うん、この道あんまり通らないからさっぱりわからん」

 

 方角的にはあってるはず。俺はバカだが方向音痴じゃあない、と信じたい。

 かすかな記憶を頼りに角を曲がる。

 

 ガスッ!!

 

 その瞬間、俺は頭に強い衝撃を受けて気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろガキ」

「ぐッ!」

 

 誰かに頭を蹴られて目を覚ました。ってまた頭かよ。

 目を開ければどこかの倉庫っぽいところだ。外が暗いのでまだそんなに時間はたってたいはず。他には俺の頭を蹴り飛ばしたと思われる男の他に、2人の男と1人の女がいた。

 

「どこだよココ……」

「どっかの倉庫だって言っておくぜ。で、もっと大事な事を聞かなくていいのかい?」

「あんたら誰だよ、誘拐か?」

「おう、誘拐犯だ。ナマで見れて嬉しいだろ? もっと喜べよ」

「おーすげー、誘拐犯だー」

「………なんだよこのガキ。気味が悪い」

 

 経験は無いけど、いつかこうなるんじゃないかって思ってたからな。なんとなく。姉さんは最強女子高生だし、その友人の束さんは天才女子高生だし。

 

「で、身代金でも要求すんの? 止めた方がいいよ。そもそも金にならないから」

「誰がんなことするかよ、お前は依頼人に売り飛ばす」

「で、なんで金にならないんだよ?」

「血は繋がっていても俺は家族じゃない。家族と思われていない」

 

 自分でこんなことを言っているが、何も感じなかった。この感じは“諦め”だ。俺はもう全部諦めているんだ。それが分かった。

 

「へえ、あのブラコン織斑千冬がねえ」

「それは俺の弟の方だ。俺じゃない」

「天才秋介か。できる方を可愛がるのは当然だな」

「てわけで俺は姉さんに対してなんの価値もない、金を要求しても無駄だぞ」

「さっきも言っただろうが、依頼人に売り飛ばす。お前はあいつの弟だからな。かなりの高値で売れたぜ。てっきり邪魔が入るかと思えばすんなりといった。今回は楽だったな」

「確かになあ。小学生1人をこんな時間にうろつかせるってのに驚いたぜ。正気じゃねえ」

 

 いや、正気じゃないのは姉さんじゃなくて先生だって。

 

「で、俺を幾らで売るの?」

「おう、気分がいいから教えてやる。4000万だ。山分けして1人1000万だな。ありがとよ、お前のおかげでこれからしばらく働かなくて済むぜ」

「そう………良かった」

「……はぁ?」

 

 良かった。俺はこの時本気でそう思っていた。

 世界が認める天才2人に価値無しの烙印を押された俺が、4000万で売られた。人身売買がどうこうとかまったく思わなかった。この4人の誘拐犯の生活が楽になるんだ、とかなり場違いなことで頭がいっぱいで、奇妙な達成感があった。

 

「俺を売って、あんたらの暮らしが楽になる。そう思ったんだよ」

「お前………馬鹿か?」

「当たり前の事言うんだな。俺は“無能”だぜ」

「………」

 

 言葉を失っているようだ。そりゃそうだ、ガキが何言ってんだよって感じだ。俺でも思う。

 

 ガガガガガ、という音と共に、倉庫の中が明るくなっていく。誰か――きっと依頼人――が入り口を開けていた。そして、近づいてくる。帽子を深くかぶり、サングラスをかけているので顔はよく見えない。

 

「約束の金だ、織斑一夏をよこせ」

「………おう。そら、いけよガキ」

「はいはい。じゃあねおじさん達、よい暮らしを」

 

 ドラマでよくあるあの薬を嗅がされて、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、一夏の奴どこいったんだよ。泊まるなら泊まるって連絡ぐらいしろっての。相手の親に電話させるとか、恥ずかしいったら無いよ。ねえ、千冬姉さん」

「………」

「姉さん?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 一夏は10時を過ぎても帰って来ず、先程クラスメイトの母親が泊まっていくと連絡が入ったばかりだ。

 

 今日の家事は2人で手分けしてやろうとしたが、私がやると余計にややこしくなると秋介が言ったので、秋介が1人でやった。

 手際も順序も一夏に比べて断然良く、素早い。食事も一夏より美味しい。だが、私には一味足りない気がしてならない。

 

 いつになく不安だ。

 一夏は物心ついた頃から私に対して余所余所しかった。大きくなるにつれて他人行儀になっていき、歳不相応な言葉遣いと態度、そして悪い意味での歳不相応な学力と記憶力、運動能力。

 

 比べて秋介は何でもこなした。見ただけで理解し、工夫を加える。まさに天才だった。一夏の才能を全て秋介が持っていったかのように。

 

 そして比べられる。私と、秋介と。

 

 そこからはさらに酷くなっていった。身体のどこかに痣はあるし、元気は無くなっていき、笑う事も泣くことも無くなった。何かを言えば「はい」と答えるだけで会話すら成り立たない。上手く言っても敬語で話されのらりくらり。

 1度嫌がらせを受けている場面に遭遇して、子供達を怒った事がある。次の日の一夏は頭から血を流して帰って来た。

 

 私が何かを言えば一夏はさらに傷ついていく、何もしなくても苦しんでいく。私は何もできないでいた。

 

「お風呂沸いたよー」

「……ああ、先に入っても良いか?」

「もちろんだよ」

「すまない」

 

 私は寝る寸前まで、この不安を消すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから一夏が帰ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 




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