………多分
「何故ここに?」
「聞かなくても分かるんじゃないですか? 私は更識の関係者ですから」
「ああ……」
俺は突然現れた天林秘書に、何故ここに居るのか、どうやって入って来たのか、等々、色々と聞いていた。
この人は俺が森宮に拾われる前、姉さんが生まれるずっと前から当主様の秘書として働いてきたらしい。その実態は世界でもトップクラスの腕前の持ち主らしい。だが、現役時代に受けた怪我と、更識の次世代育成の為に一線を退いて、秘書になったそうだ。俺が気付けなかった事が、この人の技術力の高さ、踏んできた場数を物語っている。
いつからこの世界に足を踏み入れたのか知らないが、年齢は40前後と思われる。が、その外見はどう見ても20代前半。無理に若作りしていない、でも綺麗! ということで更識の女性陣から多大な信頼を受けている。らしい。
「任務ですか」
「ええ。知りたいですか?」
「どうでもいいです」
「あ……そうなの……」
うわ、すっごいしゅんとしちゃったよ。俺悪いことしちゃったかな?
(お嬢様方の護衛とか、その辺りだろ)
《でしたら去年からここに居ることになります。ですが、こちらに勤めているなんて話は聞いていません。恐らく今年からでしょう。で、今年と言えば男性操縦者ですよね?》
(まさか……俺か?)
《後は1組の彼ですね。まぁ、マスターの為だと思いますけどね》
(無い無い。森宮が俺の為に何かするとか絶対にあり得ない。アイツが保健室に来た時、色々とデータ貰うんだろうさ)
《………マスターがそう言うのならそれでいいです》
含みのある言い方だな? ……どうでもいいか。本人がそう言ってるんだからな。
「何故保険医を?」
「私が実習なんてしたら皆ここ辞めちゃいますよ?」
「………資格は?」
「あるに決まってるじゃないですか~」
天林秘書は上品に笑いながら、カーテンを閉めていく。
「体調を崩されたんでしょう? ゆっくり休まれてください。基本私はここに居ますので、何かあったら保健室までどうぞ。その為に潜りこんだんですから。色々と用意してますよ~。コーヒーとかお茶とかお菓子とか……勿論これもね」
カチャ、と聞きなれた音が聞こえた。……拳銃か。確かに、何かあった時は頼りにしてよさそうだ。
………本当に? この人、いつもニコニコしてるから良い印象があるが、他の奴らみたいに俺を後ろから撃つんじゃないのか? 確実に俺を殺す為に送られて来たんじゃないのか? もしかしたら今の音は俺に照準を合わせているんじゃないのか?
《大丈夫ですよ。今男性操縦者を殺す事に何のメリットもありません。だから何も気にせず、眠ってください》
本当に、いいのか?
《何かあれば起こして差し上げます。ほら、もうお疲れなんですから、ね?》
ああ、確かに。すげぇ………眠い。
《お休みなさい。愛しのマイ・マスター》
うん……おやすみ……。
私の目の前ではISによる模擬戦が行われている。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットVS2番目の男性操縦者、織斑秋介。オルコットはBT適性の高さからイギリスより専用機を与えられ、秋介はデータ収集の為委員会から専用機を与えられた。とはいっても、まだ初期状態なんだが。それでも未だに被弾していないのは流石と言うべきだろう。
「織斑君凄いですね~。ISに2回しか乗ったとは思えない動きです……昔からあんな感じなんですか?」
「……そうだな。1度言えば全てを理解し、2度目には完璧にこなす。織斑はそういう奴だ」
「ほえ~。やっぱり“天才”なんですね~」
「秋介……」
感心する山田先生に、心配そうな篠ノ之。対照的な反応に年季を感じるな。私は全く別の事を考えているが。
“天才”。その言葉を聞くたびに家族を思い出す。“無能”と呼ばれ石を投げられ続けた弟と、私にそっくりの“天才”だった妹を。
まだ一夏と秋介が小さかった頃、父と母がまだ居た頃の事だ。その日、束の家に泊まる事になっていた私は家を留守にしていた。とても嫌な予感がしていたにもかかわらず、私は無視して束が作った発明品で遊んでいた。
家から私の携帯にずっと電話が鳴っていた事にも気付かずに……。
その結果、次の日の朝、一夏から掛かってきた電話で両親とマドカが居なくなったことを知った。
その時のことはよく覚えている。一夏がたった一度だけ叫んだからだ。
『父さんと母さんとマドカが居ない』
「落ちつけ、どこかに出かけただけかもしれないだろう?」
『は? 何言ってるの?』
「い、一夏?」
いつもと違う雰囲気に私は戸惑った。事務的な返事じゃない、感情がこもった返事だ。それも“怒り”という今まで一度も一夏が見せなかったモノだった。
『もしかしてふざけてるの?』
「そんなことはないぞ。ただ、私はただの勘違いかもしれないだろう、と――」
『今は朝の4時だよ。姉さんも父さんも、母さんだって起きてないこの時間に、マドカが自分で起きられるわけないじゃん。俺が起きてるのは俺だからだよ。なのに3人とも居ない、書き置きも見当たらないし、何よりお金も通帳も貴重品も何も無い。ただのお出かけにここまでするの? しないよね。どう考えても夜逃げだよね。そこまで分かったから姉さんに電話をかけたんだよ。いつも言ってるじゃないか、すぐに決めつけないでよく考えてよく調べろって。秋介を起こさないように1時間かけて家中を探しまわった。それなのに、どこかに出かけただけ? 勘違いかもしれない? ふざけるな!!』
「っ!?」
『姉さんいつもそうだよ、俺とマドカには無頓着な癖に、父さんと母さんにはいつもニコニコしてて、秋介ばっかり可愛がってる。秋介が転んだらおぶったりするのに、俺が転んだ時は大丈夫って聞いてくれることすら無い。マドカが指を切った時は無視してたよね。毎年の誕生日の日なんて早く終われってばかりに嫌そうな顔してさ。姉さんは俺とマドカの事なんてどうでもいいんでしょ。むしろ居なくなって嬉しいって思ってるんじゃない?』
「……………」
戸惑うなんてものじゃない。何周か回って驚きだった。
秋介はとにかく手がかかる子なので、何があっても文句を言わず、我慢する2人には日ごろから感謝している。2人に時間を割いて何かしてあげたい、そう思う事はあっても現実はそれを許してはくれなかった。
いつも何を考えているのかわからなかったが、まさかそんなことを思っていたなんて……。時に私よりも大人びたところが見えていたので安心していたのだが、やっぱりまだ子供なんだな……。
『黙るって事はそうなんだね』
「っ!? ち、違う! 私はそんなことを思って――」
『言い訳でもするの? 見苦しいったらないね』
「一夏、私は―――」
『昔言ってたよね、家族とは無条件で愛し合い支え合う存在だ、って。でも姉さんはどうかな? 俺らの事考えてくれてた?』
「当たり前だ! 私の弟と妹だぞ!」
『俺はそう思わない。マドカだってきっとそうだ。俺達の為だけに何かしてくれた? 叱られるときに庇ってくれたことだって無い、勉強を教えてくれたことすらない。愛なんてこれっぽっちも感じないし、支えられてるって感じたことも無い。だから俺は姉さんが――』
いったい何時からだろう、一夏があんなことを考え始めたのは。……きっと最初からだろうな。
両親が居なくなったため、親戚からの援助金やアルバイトで何とかやりくりを始めた私は、当然家に居ることが少なくなった。おかげで秋介は自分で何でもできるようになり、“天才”という才能を開花させた、そう人から呼ばれるようになった。その代わり、一夏は目に見えて酷くなっていった。元々下2人に色々と持っていかれたのか、あまりデキる子じゃ無かったが、何時しか“無能”と呼ばれるほどになってしまった。関係を修復するなど夢のまた夢、溝は深くなるばかりだった。
何とかしたかった。だから私なりに色々と試してみた。話しかけたり、家事を手伝ったり、遊んだり……。だが、どれも上手くいかない。他人行儀な話し方から言外に「こっちくんな」と言われたような気になってしまうのだ。結果、私は何もできなかった。
束から何度も「捨てちゃいなよ」と言われたことがある。束だけじゃない、会う人皆がそう言う。私はそのたびに怒ってこう言う。
「確かに一夏はお前の言うように“無能”なのかもしれない。だが、あいつは私以上に大人だ。冷めているんじゃない、誰よりも冷静だ。物事を落ちついて様々な視点から見ることができる人間はそうそういない。それは時に、どんな才能よりも武器になる。そして一夏はそれを活かせる。あの子は誰よりも良いものを持ってるのさ」
だが、努力空しく、一夏は消えた。どこへ行ったのか誰にもわからない。警察に捜索願を出しても、束に頼んでも、見つかることは無かった。そしてそれは今も変わらない。私個人の人脈を使って探してもらっているが、それっぽい人を見かけたという話すら舞い込んでこない。
死んだ、なんてことは絶対に考えない。必ず探し出して見せる。今度こそ………
「織斑先生?」
「………何か?」
「いえ、なんだか思いつめていたように見えたので……」
「考えごとです、お気になさらず」
「はぁ……」
いかんな、山田先生に心配されてしまった。しっかりしなければ……代表時代からの後輩だから何を考えているのかばれてしまう。天然の割に鋭いからな……。
試合の方はまだ時間がかかりそうだ。秋介をみていたら色々と思いだしてしまったな……。気分を変えよう。
席についてインスタントコーヒーを飲む。いつもなら山田先生に淹れてもらうのだが、邪魔するわけにもいかないから、あらかじめ持ってきておいたものだ。昔はお茶ばかりだったが、今ではこちらばかり飲むようになった。これも一夏とマドカが居なくなった影響だろうか? ……流石にこじつけが過ぎるか。
そこでふと思い出した。
「山田先生」
「はーい」
「先程電話で倒れていた生徒を介抱していたと言っていましたが……」
「そうなんです! 角を曲がったら森宮君が倒れていたので保健室まで運んだんですよ。すごく驚きました……それにしてもカッコよかったです~。私もああいう人に出会いたいですねぇ~」
「森宮君? ……確かもう1人の男性操縦者、でしたか」
「はい……って織斑先生知らないんですか?」
「ええ」
頷いて、山田先生に近づく。ここからは生徒の篠ノ之に聞かせられない事だ。もっとも、秋介が心配で周りの音なんて聞えちゃいないだろうがな。
「なぜか私の所には彼の情報が入って来ない。
「……普通に考えて
「ああ、森宮の妹なのか……確かに私は嫌われているようだからな。近づけるな、と圧力をかけてきそうだ」
理由は知らないが、昔から私は3年生の森宮蒼乃という生徒に嫌われている。まだ私が日本代表だった頃からずっとだ。真耶と同様に代表候補生だった森宮は、初対面の時に唾を吐いてきそうなほど睨んできたな……。
森宮蒼乃、他称“天才”。つまり本物の“天才”だ。史上最年少(ISができてからまだ10年ほどしか経っていないが)で代表候補に選ばれ、これまた史上最年少で国家代表に選ばれた少女。名家更識に仕える森宮家出身の為、非常に戦闘技術が高い。加えて本人のスペックも高いので生身最強と言われているほどだ。恐らく私と対等だろう。
しかし性格に難有り、とされている。稀に自己中心的なところが見られるのだ。そしてそれらが気にならないほどのブラコンらしい。生徒会長の椅子を蹴ったのも「弟に会えないから」だそうだ。
基本的に優しく、人受けは良いので老若男女問わず人気者である。
ただし、
その弟か。……気になるな。
部屋にある情報端末を篠ノ之に見えないように操作して、生徒の情報を閲覧する。教員のみがアクセス、閲覧できるフォルダを開いて“森宮”で検索。引っかかったのは3。そのプロフィールを開こうとした手が一瞬止まる。
“森宮一夏”。
そしてその下には
“森宮マドカ”
………いや、それは無いだろう。同じ名前の人間なんて五万といるだろう。偶然だ。
震えそうになる手を抑えてフォルダを開く、そこには………
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名前:森宮一夏 モリミヤイチカ
性別:男
身長:177cm 体重:64.2kg
国籍:日本
親族:父、姉、妹
専用機:純日本製全距離対応高機動型第2世代IS『夜叉』 倉持技研 作
備考
○3年生の森宮蒼乃の弟。同じクラスの森宮マドカは妹。シスコン。
○姉同様倉持製の専用機を使用する。彼は日本の代表候補ではなく、倉持技研所属である。
○幼い頃から精神的障害を持っている。特に記憶、演算が上手くいかない様子。精神に過度な負担をかけないように注意が必要。座学の成績評価に関してはこの点をよく踏まえてつけること。 轡木
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名前:森宮マドカ
性別:女
身長:159cm 体重:47kg B:89 W:56 H:89
国籍:日本
親族:父、姉、兄
専用機:イギリス製中距離対応射撃型第3世代IS『サイレント・ゼフィルス』 BBC 作
備考
○織斑先生と瓜二つだが、間違えないように。髪の色が違う。
○3年生の森宮蒼乃の妹。同じクラスの森宮一夏は兄。ブラコン。
○生まれも国籍も日本であるが、専用機はイギリス製。倉持技研とBBCが技術提携し、その証として当機が彼女に与えられた。彼女は倉持技研所属のテスターである。
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………偶然にしては出来過ぎていないだろうか? 髪と目は確かに別人だが、名前と私そっくりだというところが気になる。だが、他にも色々と載っているが不審な点は無い。更識、森宮という家は特殊ではあるが、その点に目をつぶれば普通の学生だ。親との仲はあまり良いとは言えないようだが、姉弟間は非常に良好であることが窺える。うらやましいくらいに。
私の勘はもう黒で良いじゃないか、と言っているが確証も無しに決めつけるのは拙い。立場的にも世間体にも。
「織斑君!」「秋介!」
2人の悲鳴が管制室に響いた。顔を上げるとオルコットの『ブルー・ティアーズ』と爆発によってできた煙しか見えない。
「ミサイルか」
「はい。オルコットさんの『ブルー・ティアーズ』はBT試験機と聞いていたので、てっきりBT兵器のみかと思ってました。まさかミサイルを隠し持ってるなんて……」
「先生! すぐに中止を!」
「篠ノ之、これはISの模擬戦だぞ。銃弾やミサイルが命中するなど当たり前だろうが」
「で、ですが……」
「よく見ろ、アレにダメージは無い。機体に救われたな」
強化ガラスと電磁シールドの向こう側では煙の中で眩い光りを放つ白式の姿があった。
そして――
「その程度なのね……つまらない」
「「「!?」」」
ここにはいるはずのない人物、森宮蒼乃が私の後ろに立っていた。
電磁ロックを外して管制室に入る。ここの自動ドアは元々あまり音がしないので、少し設定を弄ってゆっくり開くようにすれば時間はかかるが、音も無く開ける事ができた。ヒールが響かせる甲高い音を出さないようにゆっくり歩いて、織斑千冬の後ろに立ち、モニターを眺めていた。
金髪の方はマドカの姉妹機らしい。残念かな、機体の性能を30%ほどしか引き出せていない。偏向射撃ができない時点でたかが知れている。私だってできると言うのに……。同タイプのマドカと、あのISが可哀想に思えるくらいだ。ミサイルをギリギリまで隠し持っていたのは良かったけど。
そしてもう片方のいかにも初期設定という雰囲気のIS。白を基調とした大きなスラスター二基が目立つ。
織斑秋介。一夏の弟。
ビットの射撃を必死に避ける真剣な表情は似てなくもない。身長は一夏よりも低いが、体つきがしっかりしている。見た目からして文武両道という印象をうける。爽やかそうな感じもする。一夏よりずっと人に好かれやすいだろう。
だが、その動きは一夏とは大違いだ。人を本気で殴ったことも無いような人の動き。一手先すら読もうとしない。周りが見えないから自分に向かってくる攻撃しか見えていない。ブレードは握っているだけ。走ってばかりで飛ぼうとしない。360度見渡せるというのに首を振ってばかりでそれを上手く利用していない。
試験は受けていないそうなので今日初めて乗ったのだろう。そう見れば確かに上手な部類に入る。まず30分間一度も被弾しないのはほぼ不可能と言っていい。流石“天才”と言ったところか。
それでも一夏には届かない。
贔屓目に見ている、そう言われればそうだ。事前に情報をインストールされていたというのもある。だが、それを差し引いても一夏には及ばない。これは私、森宮蒼乃の確信だ。
だから正直な気持ちを口に出してしまった。
「その程度なのね……つまらない」
こっそり見て帰るつもりだったのだけど……仕方ない、少しお話していきましょう。
「森宮、どうやって入った」
「こっそり」
「な、何をしに来られたんですか?」
「模擬戦を見て帰るだけのつもりだった」
そんな疑いの目で見られても困る。本当の事なのに……。
「あ。真耶さん」
「な、何です、か?」
「
「え、ああ、そ、そんなこと無いですよ……私は先生ですから!」
なんだか嬉しそうな真耶さんを放っておいて、千冬さんにカマをかけてみる。この人の事だ、一夏とマドカのことは既に知っているだろうから。
「………森宮」
「………」
カマをかけるどころかヒントをあげちゃったみたい……。別にいいけど、一夏は私のモノだから。マドカも気に入らないところはあるけど、私の妹。2人は誰にも渡しはしない。特に、
「織斑千冬、これは警告。分かっているだろうから何にとは言わない。必要以上に近づくな」
「何?」
「本当は同じ空気すら吸わせたくない。でも貴女は先輩だし、感謝しているし、先生。だからとても妥協した」
「だから、必要以上に近づくな。と?」
「そう。これは貴女の為でもある」
「私の為だと?」
名前を聞いただけで発狂しそうになっているのだから、面と向かって会えばどうなるか分からない。もし――
「もし、これを破った場合、貴女はただの肉塊に成り果て、私達が背負う業の一つになる。それが嫌なら……家族を大切にしたいなら、近づかないこと」
「…………」
「それだけ」
千冬さんの顔も見ずに私は管制室を後にする。自動ドアの設定を元に戻して、外に出た。
真っ暗な海の中をぷかぷかと浮いている感覚だ。全身を程良い冷たさの上質なゼリーに包まれているようで気持ちがいい。
…………なんだか、すごく懐かしい夢を見た気がする。
《きっと昔の記憶ですよ》
声がする方を向くと、キラキラと光る長くて綺麗な黒髪の女性が俺と同じように浮いていた。すらっとした身体と艶のある黒髪からなんとなく大和撫子という言葉が思い浮かんだ。例によって意味は分からないが。響きからして日本関係なんだろう。でもこの女性が着ているのはレースやフリルばっかりの黒いドレスだ。印象と服はミスマッチなんだけど、この人はこれが良いって気分になるのは謎だ。
《これは結構気にっているので、そう言っていただけると嬉しいです》
――お前、『夜叉』か?
《肯定。私は貴方の相棒ですよ。精神レベルで同調しているので私のもう一つの姿を見ているというわけです》
――綺麗だな
《私は美少女だって前に言ったじゃないですか~》
真っ赤に染まった頬に両手を添えながらくねくね動き出した。そういう動きもかわいく見えるから不思議だ。………きっとコイツだからだろうな。
《それは置いといて、です》
物を横にどける動きをして、真剣な顔を作った。
《昔の事は忘れてください。マスターが見るべきものは“今”です。精神状態とか、そういうのを抜きにして》
――どうしてなんだ?
《過去とは非常に大事なものです。これまでの過去――歴史を振り返って成長していく、それが人間です。しかし、それは時として枷にもなります》
――そうなのか?
《生みの親が現れて、すまなかった、これからは一緒に暮らそう、とか言い出したらどうします? それを言われたらどう思いますか?》
――分からない。でも、ふざけるな! って叫ぶと思う。それから色々と言いまくって、殴りまくるだろうな。俺とマドカを売っておきながら何してたんだよ! って感じで。ああ、色々考えてたらムカついてきた。多分俺は許さないんじゃないかな?
《蒼乃さんとマドカちゃんが現れたら? 楯無さんと簪ちゃんが居たら?》
――嬉しい。昔はよくわからなかったけどさ、今はなんとなくわかるんだ。自分は嫌われていないって。それでさ、俺は4人に会えるのが楽しみなんだって、こんな俺と一緒に居て笑ってくれる人が居るんだなって、そういうのが思えるようになった、と思う。なんか言葉変だな……
《そんなことありませんよ♪ 喜ばしい限りです。つまりはそういう事なんですよ》
――どういう事だよ……
《捨てた家族か、拾った家族か。捨てた、そう一方的に決めつけるのは良くないと思いますが、この場では比較しやすく捨てたと言いました》
――てことは、だ。捨てた家族が現れても、俺は拾った家族を選ぶのか?
《決めるのはマスターですよ》
――じゃあ拾った家族を――更識と森宮を選ぶんだろうな、俺は
《どちらを選ぼうと私はついて行きますから安心してくださいね♪》
――そいつは助かる
《クスクス。さぁ、そろそろ起きましょうか。家族がお待ちですよ》
――ん、そうか。わかった
起きよう。そう思った瞬間、俺は身体を置いて意識だけが海から浮上していった。
《でもマスターは優しいですから、きっと拾った方も捨てた方も選ぶんでしょうね……》
「おはよう、一夏」
「おはよう姉さん……って今夕暮れじゃん」
「起きた時にとりあえずおはようって言えば大丈夫」
「そうなの?」
「そう」
「そうなのか……」
ちょっとしたカルチャーショックだ。
「兄さん、具合はどう?」
「頭痛は治まったよ。心配かけてゴメンな」
「そんなこと無い! 兄さんが無事ならそれで良いんだ」
「ありがとう。俺もマドカが居たら嬉しいよ」
ぽふ、と頭を撫でる。目を細めてんーってする仕草が猫みたいで可愛いな。
「ごめんなさい、私のせいで……。クラスのみんなには私から言っておいたから……」
「簪様の……誰のせいでもありませんよ。お気遣い、ありがとうございます」
「そんな……」
「悩まないでください。別の理由で頭が痛くなりそうです」
「じゃあ、止める」
「そうしてください」
にぱーっと笑ってください。私はそれだけで十分です。
「はい、これ。私のお手製だから結構効くわよ~」
「マドカ、これをトイレに流してきてくれ」
「ちょっと!? 今回はちゃんとした栄養ドリンクなのよ!」
「冗談です」
「はぁ……あなた、最近私の扱いが雑過ぎない? これでも主なんだけど……」
「そんなことはありませんよ。全てをそつなくこなされる楯無様のお姿に毎回憧れております」
「え、そ、そう?」
「勿論でございます。私には到底できない事を平然とやってのける。いやはや、私もああなりたいものです――」
「じゃあいっぱい色々なものを見て練習しないとね。わ、私の隣に居ればそういう機会はたくさんあるから良かったら――」
「具体的には水着1枚で私の部屋に突貫してきて、簪様とマドカの目の前で堂々とハニートラップを仕掛けてきたり」
「副会長に………え?」
「シャワーを浴びている最中に裸ワイシャツで入ってきたり」
「え、いや、ちょ……」
「私が起きていることを知っていながら全裸でベッドに潜り込んできたりとかですかね」
「そ、それは、そのぉ……」
溜めこむばかりの男子の精神を極限まですり減らしてくれたお礼ですよ! まったく……こっちの身にもなってほしいものですな。
それに、露骨すぎるんですよ。嫌いじゃありませんが、応えるわけにはいかない私には本当に地獄なんですって。
「ちょ、ちょっとしたドッキリのつもりだったのよ! ほら、私そういうの好きだし!」
「水着」「ワイシャツ」「全裸」
「うぐっ!?」
「お茶の中にその気にさせる薬が入っていたこともありましたね」
「火に油を注がないでぇーー!」
「「楯無」」「お姉ちゃん」
「はひっ!」
「「「死刑」」」
「いぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
保健室の叫び声は校舎中に響き渡ったとか何とか。
とりあえずノータッチで。
一番悩んだのがプロフィールの部分でした。多分1時間ぐらい。
平均身長と体重とスリーサイズと………自分の欲望がにじみでてますね……。マドカは千冬さんの妹だからきっとすごいグラマーなお姉さんになるんだろうなぁ……。