無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 新年明けましておめでとうございます! 

 今年は何年だっけ? ……ま、いいか。後で調べよう。

 2013年は私にとってもだいぶ驚きの年だったと思います。SS投稿に始まり、大学を中心に色々とありましたよ……ほんと。今年もいい年になるように頑張ります。もちろんSSも!



15話 「一夏の笑顔は私だけのもの」

第1アリーナの観戦席。私と蒼乃さんはならんで電光掲示板を見ていた。そこにはこれから行われる決勝戦の組み合わせが表示されている。

 

 森宮一夏 vs 織斑秋介

 

 本人達は全く気付いていないだろうが、これは正真正銘の兄弟対決だ。“天才”の名をほしいままにした弟と、“無能”の烙印を押しつけられた兄の。

 

「まさかこんなに早く戦う事になるなんてね」

「遅かれ早かれこうなることは分かっていた。あとは私たちじゃどうしようもない。何も起きないことを信じるだけ」

「『夜叉』の展開許可は?」

「出していない。自我がある限り、あるいは余程の事が無い限り『打鉄』で戦い続けるように言っておいた」

「あとは一夏次第……か」

 

 話に聞いたように暴れまわるのか、それとも逆に落ちついて対処するのか、両方か、それ以外か。今回ばかりは私も蒼乃さんも予想がつかない。

 

 なんとなく任務帰りの一夏を思い出した。真っ黒のスーツと白い髪を鮮血に染めて、眉一つ動かさずナイフと自動拳銃を持ったあの姿を。話しかけても最低限の反応しか返って来ず、自分から何かをすることは無い。後ろから近付こうものなら首が飛んでもおかしくなかった。

 もし、もしも、何かの手違いであの頃に戻ってしまったら……考えただけでも震えが止まらない。

 

「大丈夫」

「……そうみたいね。心配して損しちゃった」

 

 蒼乃さんの声で顔を上げると、一夏は既にアリーナへと登場しており、織斑君と対面しても変化は無い。今まで以上に真剣な目をしている。

 

「頑張れ♪」

 

 必勝、と書かれた扇子を広げ、一観客として楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《いつかはこうなると思ってましたよ》

「それはそうだろうさ、同じ学園に通って、同じ寮で生活してるんだから。早いか遅いかの違いだろ。初対面が公式試合の決勝戦だなんて思ってなかったけどな」

 

 『打鉄』の部品交換を終え、最終チェックをしながら『夜叉』と話をしていた。集中したいから、と言って簪様とマドカを始めとしたクラスの面々、なぜかクラス同士仲良くなった6組とベアトリーチェには観客席に戻ってもらった。ピットには俺と『夜叉』だけ。

 

 不思議だ。“織斑”と聞くだけで発狂していたのが嘘のように、今の俺は落ちついている。

 

「なんでだろうな?」

《慣れた。というほど色々と起きたわけでもありませんし……》

「わからん」

《いつものことです》

「それもそうだ」

 

 これで済ませていいのか? ……考えないようにしよう。次が勝負なんだ、集中集中。

 

《行きましょうか》

「ああ」

 

 カタパルトに足を乗せ、ピットを飛び出し、今回の相手である『白式』の50mほど前で停止する。

 

 織斑秋介。

 世界最強の姉を持つ“天才”。容姿端麗文武両道の絵に描いたような主人公らしい。すこし我儘なところも見られるが、基本他人の為に動く今の時代では珍しい若者だ。どこをとっても俺とは正反対の人物。俺が魔物ならこいつは勇者。

 

「織斑秋介、よろしく」

「森宮一夏だ」

 

 わざわざ右手を部分解除して握手を求めてきた。こういう細かな行動でも純粋な好意だと感じさせられる。他人を安心させる才能でもあるのかもしれない。

 俺としては受け取るつもりなんて無いので、手のひらを向けてストップの意を示す。

 

「?」

「先に言っておくが、俺はどうやらお前の事が嫌いなようでな。何故かという理由すら分からない。これに関しては心からすまないと思う」

「はぁ……」

「だから言っておく。死ぬなよ」

 

 そう、今の俺は不思議なほどに落ちついている反面、今までになくココロが騒いでいる。ぶっ飛ばせと、見せてやれと! だからこそ、あえて今言った。オープン・チャネルによって会場に来ている全員に聞かれるという代償を払って。もっとも、俺はどれだけ蔑まれようがどうでもいいので代償と呼べるのか謎だが。

 言えるのはここまで。名前を聞いただけで殺したいと思いましたなんて言えないし、シャレにならない。

 

「残念だな、俺は一夏と仲良くしたいと思ってるんだけど。懐かしい名前だしね」

 

 懐かしい名前、ね。これで俺が“織斑”と何らかの関係があることは分かった。これについては後で考えよう。覚えていたら。

 

「俺はそう思う事ができない。男友達はできたことが無いから興味があったんだがな」

 

 互いに近接ブレードをコールする。武器としてのランクは雲泥の差があるものの、勝負を決めるのは武器やISの性能ではない。ISなど使い手が、乗り手が悪ければ何の価値も無いただの鉄屑だ。

 

 それを教えてやる。

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4組に森宮一夏という俺と同じ男性操縦者がいるらしい。

 

 そう“一夏”。小さい頃に行方不明になっていた兄と同じ名前であり、同じ字だ。少し……どころかかなり気になったのでこっそりと見に行ったことがある。膝まで届くような長い白髪、前髪も長いので顔はよく見えなかったが、紅と緑のオッドアイだったと記憶している。

 結論。全くの別人だった。雰囲気とか佇まいとかはなんとなく似ている気がするが、見た目が違いすぎる。失礼かもしれないが、正直日本人じゃないと思ったぐらいだ。何より優秀そうだ。“無能”なあいつとは何から何まで違う。

 

 一夏の奴はトロイし、要領悪いし、不器用だし、バカだった。見ているこっちがイライラするぐらいに。俺は他人に比べて幾らか上手に出来る。自分でもそう思うし、周りの人からもそう言われている。だが、それを差し引いても一夏は酷かった。料理は暗黒物質ギリギリの炭の塊を作ったこともあったし、洗濯物が皺くちゃのままで放置してたから大変なことになってたり、掃除をする為の掃除機をぶっ壊したりと毎日頭が痛かった。

 

 そんなアイツでも、居なくなった時は少し寂しかった。それ以上に今まで一夏に押し付けていた家事をすることになったから、面倒くさいって事の方が俺の中では大きかったから、寂しさなんてすぐに忘れた。居ても居なくても同じような奴って偶にいるだろ? 俺の中では一夏はその程度の奴だったってこと。ひょっとしたらそれより下かもしれない。しかし、姉さんはそうでもなかったようだ。

 

『姉さん、ご飯できたよー』

『………』

『どうしたの?』

『………』

『姉さん!』

『……ん? どうした秋介』

『ご飯できたよってさっきからずっと言ってるよ』

『今日の夕飯はお前が作ったのか?』

『何言ってるのさ。一夏が居ないんだから、俺がやるしかないでしょ』

『あ……そう、だったな』

 

 どこにいてもボーっとしていて、話しかけたら二の句は「一夏」。優しい姉さんの事だ、とてもショックだったんだろう。今では立ち直っているからそうは見えないけど。

 

 一夏が居ないことに次第に慣れていって、気がつけば居ないことが日常になっていた。はっきり言うと、俺はココに来るまで一夏のことを忘れていた。

 

 それを思い出させた一夏に似ているようで似ていない目の前の男。俺はちょっとだけ興味を持った。あたり触りのない挨拶をして、握手の手を出したが拒否された。それだけでも驚きだったが、次に飛び出してきた言葉には一瞬言葉を失った。

 

「死ぬなよ」

 

 ISがとても危険なものだってことは理解している。でもここは学校だし、公式試合だし、絶対防御がある。そんな事態になるはずがない。クールな格好つけ、どうやら彼はそんな性格だったらしい。

 

 お互い最後に一言交わして武器を構える。地面は無いし、竹刀じゃなくて剣ではあるが、慣れ親しんだ剣道の構えを取る。ぴたりと正眼に構え、背筋を伸ばす。気持ち的にこの姿勢が落ちつくし、戦うという感覚を得られるのだ。集中するにはうってつけ。

 対する森宮は右手一本でブレードを持ち、両腕をだらりと下げて左半身を前にしている。程よく力と緊張のこもったその構えからは隙が全く見えない。それだけで俺や箒以上に強いという事が分かる。もしかしたら姉さんと同等かもしれない。それだけの圧力というか……プレッシャー? を感じる。

 

(幸い、アイツは『打鉄』だから性能ではこっちが勝っている。距離を離される前に懐に入って“零落白夜”で一気に決める!)

 

 瞬間加速を使うまでも無い。一瞬で決めてやる。自信を漲らせ、ブザーに合わせて森宮へ向かって加速する。

 

 次の瞬間、俺はアリーナの壁に叩きつけられ、シールドエネルギーの2割を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブザーと同時に織斑は突進してきた。一気に決めるつもりだろう。近接装備のブレード一本しかない『白式』に限って、その戦法は正しく、正攻法だと言える。逆に、最強の攻撃力と最高の機動力を兼ね備えた燃費の悪い機体では、それ以外の戦法を取るとなると勝率はガクンと落ちる。ISに乗り始めてまだ1ヶ月ちょっと、戦いを知らない高校生なら尚更だ。余程の凄腕でない限りは。だからこそ読みやすい。

 

 ブザーが鳴ると同時に瞬間加速を行い、すれ違う瞬間、織斑の頭を鷲掴みにして壁へと放り投げた。叩きつけられた壁は織斑を中心として蜘蛛の巣状にヒビが入り、細かな破片を撒き散らす。ウインドウを見れば、織斑のIS『白式』のシールドエネルギーは2割を失っていた。

 

「うそ……」

「なにあれ……」

「何がおきたってのよ……」

 

 開始1秒も経たずに起きた出来事に会場は騒然としていた。

 

 最新の高機動型第3世代の初速を、量産型がカウンターを決めた。代表候補生を倒したあの織斑秋介に一発かましたのだ。生徒、教員、来賓までもが驚愕だった。ただ、数人の生徒を除いて。

 

『良い一撃』

『初っ端からえげつないことするわね』

『……離されないようにね』

 

 プライベート・チャネルでの応援はいいんでしょうか?

 

《素直に受け取りましょうよ。ほら、来ますよ》

 

 ついさっきまで何が起きたか分からないって顔をしていたが、気持ちを切り替えたようだ。油断と余裕はもう見られない。

 

「何したんだよ……今の」

「接近してきたお前の頭を掴んで放り投げただけだ。どう攻めてくるかなんて分かりきっている」

「そうかい……これからはそう上手くいかねぇぞ!」

 

 両手でブレードを握りなおして、織斑が向かってくる。バカ正直にチャンバラをする気は無いので両手にマシンガンを展開して、一定の距離を保ちつつ弾幕を張る。時に掠りながら、直撃しつつも確実に距離を詰めてくる。

 

「おらよっ!」

「温い」

 

 織斑は瞬間加速で一気に懐に入り込んできた。急停止をして、マシンガンを交差させてブレードが来るのを待つ。大上段から振りおろされたブレードを受け止め、切り裂かれるか否かの所で左に逸らす。

 

「マジかよ!」

 

 そのままマシンガンごと織斑のブレードを捨てた。

 

「くそっ……」

「あのブレードしか武装は無いと聞いている。さて、どうする?」

「なめんなよ。篠ノ之流には徒手空拳だってある」

「それはそれは。だが――」

 

 今度はアサルトライフルとウェポンラックを展開する。ラックに詰め込まれたミサイルが織斑をロックオンし、姿を現す。その数20。

 

「――俺に近づけるか?」

《全弾発射》

 

 その全てが織斑に向かって飛んでいく。

 

「んだよこれ!? 森宮、あれは拳で戦う流れだろ!」

「知らん。そうしたいなら此処まで来てみろ」

「言われなくても!」

 

 アリーナ中をグルグルと回り、ミサイル同士をぶつけて爆発させたり、壁や地面に激突させたりと少しずつ数を減らしていく。上手い、代表候補生に勝つだけのことはある……のか? 相手になった女子を全く知らないので何とも言えない。少なくとも、1年でトップクラスの実力を身につけていることは確かだ。流石“天才”、か。

 

(なるほど……)

 

 狙いはこぼしたブレードか。どさくさにまぎれて拾うつもりらしい。

 

「こんのぉー!」

 

 ブレードを拾い、ついでに俺のマシンガンも拾う織斑。他人の装備は許可なしに使用できないってことぐらい知っているはずだが……。と思ったら、撃つんじゃなくて、ミサイル群に向けて投げた。確かにそれぐらいなら問題ない。よく考えるな。

 

 投げられたマシンガンは先頭のミサイルに見事命中し、全弾巻き込んで爆発した。この時点で織斑のシールドエネルギーは既に5割を切っている。それに比べて俺は無傷。圧倒的だった。

 

 織斑は地面に片膝をつき、ブレードを杖代わりにして身体を支えている。息も大分荒い。そんな奴から少し離れた場所に降り立つ。

 

「そう言えば拳がどうのこうのって言ってたっけな」

「……それが?」

「お望み通り殴ってやることはできないが、思う存分斬り合おうじゃないか」

 

 マシンガンを地面に突き立て、ウェポンラックを外す。ズドン、と大きな音を響かせてそれは落ちる。あまりの重さに20cmほど地面にめり込んだ。空いた右手に、近接ブレードを展開して、軽く握る。

 

 ありえない。そんな目で俺と沈んだ場所を見る。

 

「PICでも相殺できないくらい重くてな。滞空して撃つ分には問題ないが、近接戦闘では邪魔だ」

 

 ついでに『打鉄』の浮遊シールドも外して、ウェポンラックと一緒に突き立てる。

 

「さあ、やろうか」

「……上等だ!」

 

 ホバリング機能があるにもかかわらず、お互い走って距離を詰める。あと4歩で、織斑の間合いに入る。そんな時だった。

 

《マスター!》

(どうし………上か!?)

《緊急回避を!》

(間に合わない!)

 

 気付くのが少し遅かったようで、真上に突如現れた敵から放たれたビームに俺は呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然起きた出来事に誰も反応ができなかった。

 

 アリーナの電磁シールドはISの絶対防御では比べ物にならないほどの強度を誇っている。それを、たったの一射で貫き、威力が衰えることなく一夏に直撃させた。これがもし、何の遮るものもなく直撃したら……ISでもタダでは済まないだろう。

 

 そんな場違いなことを考えていた。

 

「……す」

 

 一夏が……撃たれた。大事な試合の最中に、水を差されただけじゃない。撃たれた。

 

「殺す!」

 

 ISスーツごと『白紙』を緊急展開。見えない相手に向けた怒りと憎しみをイメージに変えて、『災禍』を形にする。

 

 握ったのはシンプルなデザインの十字剣だった。細い刀身は銀に輝き、柄には私と一夏が好きな模様……小さな雪結晶のアクセサリがついている。

 十字剣は私が最も使い慣れた武器。故に、使う事は無い。一夏が無手ではなく銃火器や刀剣を使うように、私もこれを使う事は避けている。別に、握ったら性格が変わってしまうとか、無性に切りたくなるとか、そんなことじゃない。強すぎる力は封印しなければ、誰かを傷つけてしまうもの。現に、一夏の身体には十字剣の傷痕が残っている。

 

 私は自分のことを自由な人間だと思っているし、周りからもよく言われる。やりたいようにやって、嫌いなことはやらない。一夏があーんしてくれなければ人参なんて絶対に食べない。だから縛られることも嫌だ。

 

 それでも私は自分を戒め、枷を作った。それを無意識に解いている。我慢できない性格なのか、それほど許せないのか。どう考えても後者だ。

 

 周りに逃げ惑う後輩たちがいるにもかかわらず、私はその剣を振りあげ――

 

「待って!」

「………」

 

 楯無に止められた。

 

「私だって今すぐにでも犯人をバラバラにしてやりたいわ。でも待って。生徒を避難させることを優先して。どこも隔壁が閉じられて逃げられないの。まずは全員を外へ出してからよ」

「どうでもいい」

「だめ。これは当主としての命令でもあるわ。私達は国家代表で、専用機持ちなのよ」

「………」

「信じましょう」

 

 そんなこと分かってる。私は一夏の姉であると同時に、森宮の長女で、日本の国家代表。もっと上げるなら学園の最上級生で、相応の態度と振る舞いを見せなければならない。ならば、今しなければならないことは避難誘導。でも私は一夏の姉さんで……でも私は国家代表で……でも……でも……

 

「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 私は……!

 

 十字剣を振りおろし、観客席を覆うように展開されている非常時用のシャッターを切り裂いた。それと同時に、全ての入口に『災禍』を飛ばして爆破。人1人が何とか通れる程度の隙間を作った。アリーナを破壊してしまったが、非常時という事で許してもらえるだろう。

 

「早くして」

「……ありがとう」

 

 私は、森宮蒼乃。そう思う事にした。

 

 切り裂いたシャッターの向こうへ飛びだす。が、次はアリーナの電磁シールドが立ちはだかる。

 

「邪魔!」

 

 バチバチッ! とショートした時のような音を十字剣とシールドが立てるが、あまり変化は無い。『白紙』の推力を上げ、全身全霊の力を込めてみる。ほんの少し、目をこらさなければ分からないほどの小さなヒビができただけだ。

 

 シャッターや隔壁何かとは比べ物にならないほど堅い。破壊するには織斑秋介の“零落白夜”のような特殊な兵装や単一仕様能力か、先の高威力の兵器で強引にぶち破るか。ハッキングでもして解除するか。といったところか。

 

 私がとる方法は、勿論威力に物を言わせる方法。

 

「邪魔と――」

 

 両手で握っていた十字剣を右手一本に持ち替え、左手を頭上めいっぱいに伸ばして、手を開く。手のひらが向く先では、小さな丸い塊が出来上がり回転を始めていた。それに巻き込まれるように『災禍』のクリスタルとナノマシンが纏わり、1つの大きなドリルのようなものを形成した。一点突破に特化した形態だ。

 ギュルギュル、と今直ぐにでも壊れそうな音を響かせるドリルを、勢いよく振りおろされた手に従い、小さなヒビ目掛けて突き立てた。

 

「――言った!」

 

 わずか数秒で、電磁シールドはガラスのように砕けた。

 

 アリーナ内に飛び出し、土煙が立ち込める場所まで真っすぐ向かう。対戦相手の織斑は煙のない場所で滞空し、ビームが飛んできた方向を睨んでいる。

 

「一夏!」

 

 返事をして。

 

「一夏ぁ!」

 

 お願いっ!

 

「……さん?」

「!? 一夏!」

 

 微かに聞えた声。『白紙』はそれを拾い、視界に位置情報を送ってくれた。

 

 横たわる『打鉄』の周囲だけ煙を払い、身体を抱き起こす。シールドエネルギーは0。装甲はどこもかしこも舐め溶かされたようにドロドロ。スーツに覆われた場所は分からないが、唯一肌を見せていた顔の一部……頬は大きな火傷をしていた。

 

「う、ああ、ああぁっ……」

 

 無事でよかった。心から、そう思った。優しく、強く、ぎゅっと抱きしめる。

 

「姉さん、どうして、何が……」

「分からない。いきなりアリーナ上空からビームが。あれは……」

「明らかに、俺、を狙ってた。気付くのが……遅すぎ、て、避けられなかった」

「……ごめんなさい。『夜叉』なら、絶対に避けられたはずなのに」

「気にしてないよ。俺は、大丈夫だから。ほら、もう治った」

 

 ゆっくりと身体を離す。『打鉄』はボロボロのままだが、一夏は先程のように辛そうじゃ無くなっている。顔の火傷もさっきよりはマシだ。

 

「良かった……」

「心配かけて、ゴメン」

「いいの。さ、あとは任せて」

 

 そのまま身体を抱き起こして、入ってきたところから保健室まで運ぼうとしたが、手を止められた。そして、待機姿勢をとって『打鉄』を下りてしまった。

 

「ダメ」

「やらせてほしいんだ。どうしても」

「ダメ。怪我してる」

「大丈夫だよ。こんなの怪我の内に入らないって」

「一夏がやる必要なんてない。私がやる」

「それじゃダメなんだ」

 

 『白紙』を解除して、一夏の手を握って止める。私もこの子も頑固だから、きっとどちらかが引かないと終わらない。無論、引く気は無い。無かった(・・・・)というべきか。

 

「これは、俺の試合だから。俺がケリをつける、『夜叉』と一緒に」

「………」

「大丈夫だって! 負けたりなんかしない。『夜叉』も上手く使って見せる」

「………条件」

「何でも」

「怪我しないこと、無事に帰ってくること、膝枕と耳かきから逃げないこと、週に一回のお泊まりを許可すること、私に手料理のお弁当を作ること。他にもいろいろあるけど、とりあえずこれだけ」

「りょ、了解……」

 

 結局私が下がってしまう。その分、うんと良い思いをしてるから別にいいんだけど。長くなるのが嫌なんじゃない。それだけ弟を信じているってこと。

 

「最後にもう一つ。1人でやらせないから」

「……ありがと」

 

 『白紙』をもう一度展開する。目を開ければ、そこに居たのは光沢のない真っ黒な装甲のIS。どの装甲にも小さい刃が2,3あり、触れれば切れるような印象を見るものに与える。一般的な高機動型同様、装甲は薄め、その分特殊な金属を使用しているので防御力は十分にあったり(何気に『白紙』と同じ素材)。防御力と機動力の強化を兼ねた、ブースター内蔵の大型物理シールド4枚が、『夜叉』を守るように浮遊しており、バランスの整った機体に仕上がった。攻撃力は言わずもがな。

 

 全距離対応高機動型IS『夜叉』、『打鉄弐式』同様最後発の第2世代(・・・・)

 

「んじゃ、お先!」

 

 ブースターを噴かせて、夜は飛び出した。

 

《元気ね》

「私の前でだけ、ね」

《それが良いんでしょ》

「勿論。一夏の笑顔は私だけのもの。そうでしょう? シロ」

《私に振らないで、ブラコン》

 

 相棒とともに、一夏を追うように私も飛んだ。

 


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