………ないわー
「一夏」
「あれ? 姉さんだ」
昼休み、購買で買ったパンを食べていると、教室に姉さんが来た。一緒に過ごす事は多々あるが、それは教室ではなく屋上や食堂、中庭などが殆どで、教室に来て中に入ってくるのは珍しい。というのも理由がある。
「あ、森宮先輩だ!」
「えっ? ああーっ、本当だ!」
こんな感じで姉さんは学園でもかなり有名だったりする。入学してまだ2カ月と少ししか経っていない1年生でも、これだけの人数が知っていて尚且つ尊敬している態度をとるあたり、半端じゃない知名度だというのがよくわかる。追っかけや、本人非公認のファンクラブまであるとか……。女子校怖い。
「どうしたの? 姉さんが教室まで来るなんて珍しいね」
「これ、『夜叉』にインストールして」
渡されたのはUSBメモリ。目的はさっぱりだけど、姉さんがやれという事に逆らう意味が無いので、言われた通りにする。といっても、『夜叉』の待機形態は黒い首輪とそれに繋がった逆十字のアクセサリ、端子があるはずない。
「分かった。あとでやっておくよ」
「ダメ、今すぐ」
「でも道具が無いし……」
「? 机から送ればいい」
え? そんなことができるのか?
《できますよ。ほら、机の隅っこに端子あります》
……本当だ。でもこんなの普通使うか? 学園は無駄に設備がいいよな。
言われた通り、メモリを差し込んで起動。ここで凍結されたファイルを開かずにそのまま『夜叉』へ全データを送信。届くと同時に解凍され、自動的にウインドウが開いた。
「これは……」
「倉持から送られて来た後付けのリミッター。コレを使って。そうすれば、授業や放課後でも『夜叉』が使えるようになる」
「うげ……さらに遅くなるのか。もう『夜叉』のアドバンテージ無くなっちゃうんじゃね?」
「その代わり、搭乗時間も伸びるし訓練もできる。我慢して」
「分かってるって、この間みたいな襲撃があってもいいようにって、わざわざ倉持に取り次いでくれたんでしょ? ありがとう、姉さん」
「いい。一夏の為だから」
「そうだ! 今日の放課後、早速模擬戦でもしない?」
「分かった。アリーナを貸し切ってくる!」
「いや、そこまでしなくていいから!」
「むー。SHR終わったら来るから、教室で待ってて」
「うん」
メモリを返して、にっこりとほほ笑む。姉さんは満足そうな顔で教室を出て行った。
視線を入口からモニターに移す。今現在の『夜叉』の稼働率は60%。これでも結構な数のリミッターがかけられている。そこへ今貰った物を追加してみると………うわ、45%にまで下がった。しかも速度関連が酷いな……。ま、使えるだけマシか。これでも十分な速度はある。最高速度は多分『白式』と同じぐらいだな。これでもし、Limit.Lv3開放したらどうなるんだろう……。
「ねえ、森宮君!」
「な、なんだ?」
にらめっこしていると、急に後ろから声をかけられた。顔を上げると周りを囲まれている。
「森宮先輩の弟だったんだね!?」
「ってことはマドカちゃんもそうなるの?」
「すっごいニコニコしてたんだけど、どういう事!? もしかしてお姉ちゃん大好きっ子だったりする?」
「昔はお姉ちゃんと結婚するー! とか言ってたりして……」
「先輩もまんざらじゃなさそうな感じじゃなかった? あんなに優しそうな先輩初めて見たんだけど!」
…………面倒なことになった。
「おら、席につけー。そろそろ授業を始めるぞ」
大場先生ナイス! 助かった……。
「先生、森宮先輩と森宮君ってどんな関係なんですか?」
「あ? そりゃ普通の姉弟だろ。……いや、普通じゃないな。厄介なブラコンとシスコンだな。知ってるか、森宮姉のやつは弟に会えなくなるからって理由で生徒会長にならなかったんだぜ」
「「「「「きゃーーーーーーーーーーっ!!」」」」」
先生はまさかの敵だった。
放課後、姉さんが来るのを待つ。簪様とマドカにも話すと一緒に行くことになった。
「ようやく『夜叉』解禁か。これで兄さんとも模擬戦ができるな」
「うん。一夏は強いから、きっと勉強になる」
「私は驚きですよ。確かに競技用にまでスペックを落としていますけど、それでも結構危ない機体ですから」
「そこなんだけど、なにが危ないの? 速度特化のISとどう違うの?」
以前『夜叉』に関して説明した時は、ただ“はやい”ISとしか言っていなかった。種明かし、というほど隠していたわけでもないが、模擬戦前にちゃんと説明しておこう。最低限のスペックデータの公開はまだまだ先になるだろうし、2人には知ってもらわなければならない。
「もし、相手が認識できる限界を超えた速度で移動できるとしましょう。するとどうなります?」
「……一種のステルス?」
「流石でございます。少しお見せしましょう」
取り出したのは青森産リンゴ。両隣がぎょっとした表情をしているがあえてのスルー。ポケットから出したんじゃなくて、ただ単に拡張領域に入れてただけなんだけど。余談ではあるが、拡張領域内に入れた食べ物は『夜叉』が美味しく頂けたりする。偶に果物関連をあげるようにしている、最近の流行はブドウとか言っていた。
「コレをゆっくりと投げます」
ふわっと山なりにリンゴが飛ぶ。放物線を描いて、廊下に落ちていく。
「投げたリンゴを、認識できない速度で――」
立った状態で両足に力を込める。溜めこんだものを爆発させるように力を開放して、前に飛び出し、リンゴを追い抜いて方向転換。
「――リンゴをキャッチする」
俺からすれば朝飯前なことだ。もっと素早く動けるし、弾丸だって見切れる。それはマドカも同じだし、多分ラウラもできるだろう。それはあの施設にいたのなら誰だってできる事だ。ISが戦闘を仕掛けてきても、生身で戦える自信がある。
でも世間や一般常識ではありえないことであるわけで、当然簪様には俺が何をしたのか全く見えていない。隣にいたのに、いつの間にか投げたリンゴをキャッチしている。丁寧にこちらを向いて。そう見えたことだろう。
「見えました?」
「……全く」
「これが現行のISと『夜叉』の違いです。あらゆるセンサーで捉えることはできず、当然目視できるはずもない。攻撃をすることもできず、常に先手を取られる。たとえ電子戦装備であったとしても、捉えることは不可能でしょう」
「戦う以前の問題だな。流石の私も、見えなければどうしようもない」
「……そういうことかぁ」
「何にせよ、リミッターのかかった今の状態ではそこまでの速度は出せませんけどね。折角実戦仕様に仕上げてもらったというのに……」
姉さんと倉持に文句を言うつもりは無いけど、稼働率45%は流石にきついな。制限かけないといけないのは分かるんだけど、これ『夜叉』って言えるか? いや、『夜叉』なんだけど。
「よかった。そんなのされたら、私絶対に勝てないもん」
「私も無理だな、見えても対処ができない。結局、兄さんとの模擬戦は1度も勝てたことがない」
「……何もできずに終わりそう」
「……お互い頑張ろう」
………。話題、ミスったかな。
「一夏」
「おっ待たせ~♪」
姉さんと楯無様だ、いいタイミングだ。
「簪様、姉さんも来ましたし、行きましょう」
「……うん」
「ほら、マドカも」
「……むぅ」
アンニュイな気分の2人の手を取って歩きだす。何かいいことでもあったのか、憑き物がとれたように上機嫌になってくっついてきた。逆に姉さんと楯無様がちょっと不機嫌になっている。………何が起きた?
例のコスプレ(俺は否定している)ISスーツを着てピットに集まった。大分早めに来たが、既にアリーナでは他の生徒たちが自主練習を始めているので危ない。決めることは今のうちに決めて、外に出るつもりだ。
それにしても……いい眺めだ。うん。姉さんはホントに着痩せするよな、身体のラインがはっきり分かるISスーツを見てるとよく分かる。
《相手は姉弟と主ですよ》
(俺も男だ)
《最近それ多いです。にしても、随分と変わりましたね。記憶力も上がってきてますし、以前に比べてだいぶ自然に振る舞えるようになりましたし》
(ああ。入学する数ヶ月前……マドカが来てから調子が良くなってきたんだ。おかげでテストは大丈夫そうだ)
《アホなところは治してください。何にせよ、普通の人間に近づきつつあるのは良い事でしょう》
(当然だ。必要以上に頼らなくて済む)
《またそういう事を……1人ではできない事なんて星の数だけありますよ》
(分かってるって、だから必要以上にって言ったろ。でもまぁ……)
《?》
(もし、普通と引き換えに化け物並の力を失うなら、俺は普通なんて要らないけどな)
《………》
あら、怒らせちゃったかな? 俺の本心なんだけど。
《ふふっ》
(なんだよ。今のは真面目に言ったんだぞ)
《分かってますって。マスターらしいですね。普通よりも、異常であることを……“無能”であることを望む。でなければ守れないから。あった時と変わらず、全ては主と家族の為に》
(そう生きるって決めたからな、お前との約束もある)
《あぁ、なんてカッコいいんでしょう♪ 人間だったら絶対に惚れてます。いや、今の身体でも惚れてます!》
………扱いに困るなあ、ホント。気遣いとか嬉しいんだけどもう少しどうにかなりませんかね?
「一夏」
「何?」
「えっち」
「ぶふっ!?」
『夜叉』と話していたからぼーっとしていたが、どうやら姉さんを凝視していたらしい。両手で身体を隠すように抱きながら、頬を染めて言う姿はとても可愛らしかった。こう、普段とのギャップというかなんというか。入学してから姉さんが多彩になっていく。
「ね、姉さんには劣るが、私でよければ――」
「こら、楯無様みたいなことを言うな」
「ちょっと!? 私そんなこと言わないわよ!」
「そういえばさっき更衣室で後ろから抱きつかれたんだよなー。アレって――」
「キャーーーー!?」
続きを言おうとした時、後ろから楯無様に抱きつかれて口を塞がれた。真っ赤な顔で必死になっているが、その行動が肯定を表しているとは気付いていない様子。ちょっと抜けてるところが愛嬌。
「むぐむぐ(何をするんですか)」
「い、一夏が変なこと言おうとするからでしょ!」
「もごもご(事実ですから。というかバレてますよ、誰のことなのか)」
「うぐ……」
3人からの視線が……特に簪様からの視線が刺さる。楯無様が俺の後ろに居るから、俺が悪い事をしてしまったようになっている。何もしてないのに。
「そ、それを言うなら一夏だって満更でもなさそうだったじゃない!」
「!?」
なんという切り返し! そして一瞬の隙を突かれてしまった。それは戦闘に於いてもそうだが、こういう時の楯無様に隙を見せること、それすなわち死を意味する。良くて重傷。からかう時の遠慮の無さと本人のハイテンションっぷりは全校生徒の知るところだ。
さっきまでは無かった背中にあるやわらかい感触に、くらっといきそうになる。くそ、イイ笑顔してんだろうな。
「あら? もしかして恥ずかしいの? さっきはおねーさんのおっぱい鷲掴みにしてモミモミしてたのに?」
「「「!?」」」
「だーれもいない更衣室で押し倒された時は流石に覚悟しちゃった♪」
「「「!?!?」」」
なんてことは無い。着替え中に後ろから気配を消して寄ってくる誰かを組み伏せたら楯無様だった、というだけだ。その時偶然手が胸を掴んでいただけなんだ。故意じゃない! ……いや、故意なんだけどそうじゃなくて、他意はない! でもよく考えたら主組み伏せるって懲罰モノだよな。
「ふん、どうせ」
「お姉ちゃんが」
「後ろからにじり寄っただけ」
「何その一体感!? しかも間違ってないし!」
「間違ってないんだ……ふぅん?」
「え、あ、それは……そのぉ」
「オネエチャン?」
「はいっ!」
「ナニカイウコトハ?」
「すみませんでしたーっ!」
俺から離れて綺麗に腰を曲げて謝る楯無様。威厳台無しだよ。
「一夏?」
「はいっ!」
「一夏も気をつけてね。ワカッタ?」
「かしこまりましたーっ!」
教訓、簪様を怒らせてはいけません。俺はまた1つ賢くなった。
《くだらなっ!》
(言うな)
《言いませんよ。それに――》
『夜叉』が言葉を切った。その瞬間、アリーナの方から爆音が腹の底まで響いた。今のは……爆弾か? 訓練用ISが積める爆発系武器でここまで強力なものは無いはずだから、どこかの専用機の仕業か、襲撃か。警報の有無からして前者だろう。
《――そんな暇はなさそうです》
モニターを見ると、煙の中から1機のISが飛び出してきた。黒い装甲に所々にあしらわれた金の装飾、ドイツの第3世代型『シュヴァルツェア・レーゲン』……ラウラだ。遠目でも分かるほど装甲は痛んでおり、ISもラウラも疲れきっている。
……また面倒なことが起きそうだな。
一日の休みは三日の遅れ。
そんな言葉が日本にはあるらしい。なるほどと思う。その言葉に従ったわけではないが、どれだけ簡素であっても毎日の訓練は欠かさない。織斑教官や、一夏に近づくためなら尚更だ。というわけで私はアリーナに来た。ここでやることはただ一つ、ISの訓練である。
更衣室で着替え、ピットに寄らずそのままアリーナへ行く。様々な人間が訓練機で練習をしている。歩行や飛行のような基本から、三次元立体機動のような応用まで。私からすればどれもできて当たり前であるが、軍人と比べるのは酷というもの。出来ないなりに、苦手なりに、必死に頑張る姿と表情は、ISをファッションとしか見做していない女子とは思えない。ここにもそれなりに骨のある奴がいるようだ。
そして、運のいいことにヤツもいた。
「おい」
「ん?」
織斑秋介。教官の大会2連覇を砕いた原因であり、一夏とマドカを侮辱した男。
許すわけにはいかない。
「織斑秋介、私と勝負しろ」
「一緒に特訓……って雰囲気じゃなさそうだな。理由聞いてもいいか?」
「私はお前を許さない」
「よくわからんが、ボーデヴィッヒさんに許されようが許されまいがどうでもいい。俺にはやることがあるから勝負はそれが終わってからってことで」
「ほう? やること?」
「知らないだろうけど、ちょっと前にトーナメントがあったんだよ。ギリギリだけど鈴に勝って、そのまま優勝まで突き進むはずが、森宮って奴に完封された。あいつに勝つまでは……」
「はっ……」
「……んだよ」
聞いているさ。チューニングした『打鉄』に乗った一夏に一撃も与えられず、無人機乱入で中止になったそうじゃないか。
それにしても、一夏に勝つまでは……か。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
これを笑わずして何に笑えと言うのだ?
「うるせぇ! なにが可笑しいってんだよ!」
「勝つ? 誰にだ? 一夏にか? ハハッハハハハハッ! 面白い冗談を言うじゃないか、芸人にでもなったらどうだ?」
「人の目標を
「シャルロット――いや、シャルル・デュノアか。専用機含め優秀だと聞いている。是非とも手合わせ願いたいが……まずはコイツからだ」
横に向けた視線を織斑秋介へと戻す。開いた右手を上へ向け、人差し指をクイクイと動かす。俗に言う「かかってこい」のジェスチャー。
「てめぇ……」
「待ちなさいよ秋介。挑発に乗ってんじゃないわよ」
「ボーデヴィッヒさん、なぜそこまで秋介さんとの勝負にこだわりますの?」
「……いいだろう、教えてやる」
己の罪を知るがいい。それに、話が進まん。
「第2回モンド・グロッソ決勝戦の時、織斑教官を棄権させたからだ」
「それは……」
「ふん、本当に分かっているのか?」
「そのことに関しては、悪かったと思う。姉さんにとても嫌な思いをさせちまった……」
「ハァ……やれやれ、聞いていた通りの男だな。自己中心的で我儘な他称“天才”。いいか、私が言ったのは、“第2回モンド・グロッソ決勝戦の時、織斑教官を棄権させたから”。教官が決勝戦よりもお前が大事だと思ったからあの行動をとった、全ての責任を投げ捨ててな! 教官がそう決めたのなら、
「全ての、責任……」
「そうだ。教官が背負っていたのは何も日本の威信だけではない。大会2連覇という快挙、期待するIS乗りや世界中の人々、他の日本代表や、その下の候補生、踏み台にしてきた他国のライバル達、そして何より決勝戦で戦うはずだった対戦相手の選手! 1人のIS乗りとしてのラウラ・ボーデヴィッヒは殴り倒したくなるほどの気持ちだった! なぜ世界中の期待を裏切ったのかとな!」
「………」
「親のいない私でも、家族の大切さはよくわかる。たった1人の大切な弟が誘拐されたと知った時の教官の気持ちなど、私ごときでは計り知れない。お前を助けに、試合を棄権するのは必然だったと言える。では何故、そうなってしまったのか。分かっているだろう?」
「……ああ」
危機意識の薄さ、自己管理の未徹底、あげればキリが無い。保護しなかった日本政府だって、もっと言えば頼まなかった織斑教官にだって責任の一端はある。全てコイツ1人が悪いわけではないのだ。十分に反省し、その経験を活かし、二度と同じことが起きないように努力する。本人が心からそう決意させるしか、この問題は収まらない。有名人とその関係者は、自衛に関して少し神経質なぐらいが丁度いいのかもしれない。
「そしてもう一つ」
私が最も許せないもの、それは……
「私が教官と同様に尊敬する兄のような人と、唯一無二の大親友を地獄の底へと叩き落としたことだ!」
先程に比べれば非常に個人的で稚拙な問題。だが、私にとっては落ちこぼれを拾ってくださった恩師よりも大事なことだ。生きていられるのも、こうしてISに乗ることができるのも、左目のことも、全て一夏とマドカに会えたからこそ。
聞けば教官には弟と妹がいたそうだ。だが、妹は両親に無理矢理連れられて夜逃げ。弟の方はある日突然行方不明に。
『溝がありはしたものの、不器用ながら精一杯面倒を見て愛した。結局、愛したつもりだったわけだが。だから、謝りたいんだ。そしてやり直したい。今度こそ、全力で2人を愛してあげたい。秋介と一緒にな』
――こんな私を、軟弱者だと笑うか?
――そんなことはありません。教官ほど、思いやりと勇気がある人間はいないでしょう。
――ありがとう。
「織斑秋介ェ! 2人の目の前で、額が割れるまで土下座させてやる! 二度とそんな真似が出来なくなるまで、貴様の全てを叩き潰してやる!」
もう待てない。返答も聞かずに『シュヴァルツェア・レーゲン』と共に駆ける。
流石のあの男も、呆然としているようだ。今のうちに一発殴って、ISもろともプライドまで粉々にしてやる!
「秋介、下がって!」
「今のアンタじゃ、相手がドンだけ弱くても絶対負ける!」
「ここは私達にお任せを! 篠ノ之さん、秋介さんを連れて下がってください!」
「わ、分かった。行くぞ!」
「で、でもよ……」
「でもじゃない! 戦うつもりがあるなら気持ちの整理をつけてからにしろ!」
『打鉄』に乗った篠ノ之束の妹が織斑秋介を連れて下がっていく。それを阻むように立ち塞がる3機のIS。フランスの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』と全てを高い水準でそつなくこなすシャルル・デュノア、中国の『甲龍』とたった1年で代表候補生になり専用機を任された天才肌の凰鈴音、イギリスの『ブルー・ティアーズ』と実力で今の座を勝ち取った努力型の秀才セシリア・オルコット。
どいつもこいつも、“天才”と言われる部類の人間だ。私達のように、全てから拒絶される世界を知らないヤツら。
「邪魔するならば、撃つ!」
「アンタ正気!? 3対1でやろうっての!?」
「当然、これは――」
こんなこと、誰も喜んだりしないだろう。教官はゲンコツだけじゃ済まなさそうだし、一夏とマドカは何をするかすら予想できない。それでも、だ。これは自己満足に過ぎない。師と兄と友人の為の……
「――私の戦いだ!」
ワイヤーブレードを全て飛ばして、3機の動きを制限する。気付かれないように誘導して、しぶとく機を狙う。ばらけて多方向から攻められると勝率がガクンと下がってしまう。そうなる前に決める、チャンスは一度だけ。
待て、待て、まだだぞ………ココだ!
進路を阻み、動きを制限し、パーツに巻きつけ、一ヶ所に集める。
「鈴さん! こっちに来すぎですわ!」
「足にアイツのワイヤーが絡みついてんのよ!」
「鈴、動いて! まとまったらやられる!」
「もう遅い!」
瞬間加速。迎撃の弾幕の嵐を突き進む。直撃しようが構わず突進、『シュヴァルツェア・レーゲン』がボロボロになっていくが構わない。後で整備班に謝っておこう。
AIC発動。
「動けない……なんで!?」
「これがAICっ……厄介な武装ですわね……」
アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称AIC。PICを応用して、慣性を停止させる領域を作りだす。そのまま慣性停止結界とも言う。効果範囲は訓練次第で伸びるらしいが、今の私では前方……というより、手を向けた方向15m~20mが限界だ。こんな狭い範囲にIS3機を取り込むなど殆ど不可能に近い。それでも出来たのは運がいいからか、実力か。私としては後者でありたい。
「消し飛べ!」
動こうとしてもがく3人へ向けて、レールカノンを連射。砲身が焼けて使えなくなるギリギリまで撃ち続けた。
AICとの同時使用で頭が焼けそうになるが、それを耐えてセンサーに目を凝らす。煙が立ち込めているので目は使えない。どの機体にも大ダメージを与えたはずだが、シールドエネルギーを全損させるには至っていないはず。奇襲に警戒しつつ、ステルスモードでゆっくりと離れる。
トン。
「流石にアレで終わったなんて思ってないよね?」
「っ!?」
シャルル・デュノア! まさか後ろに回り込まれていたとは……! 本当に第2世代型なのか!?
「お返しだよ!」
「あぐぁっ!」
背中から走る激痛。銃じゃない、ナイフでもない、鈍器でもない、鋭い痛み。まるで……杭のような。
「パイルバンカーか! あがっ!」
「御名答! もう一つオマケだよ!」
「うああああっ!」
こんどは爆発。どれだけ武器を積んでいるんだこいつは! 火薬庫以外の何物でもないな、まったく!
「くそっ」
煙の中から飛び出して、牽制にレールカノンを一発撃ち込む。煙を散らしながら進むそれは地面に着弾してまたしても煙をまきあげる。すぐ後に、煙の中から爆風を利用して、双刃の槍が回転しながら飛んできた。プラズマ手刀で弾く。
「そっちは囮よ!」
「ならば……」
「背中がガラ空きですわよ!」
「横もね」
「……っ」
八方ならぬ三方塞がり。だが、ISの機動力と錬度からして封殺されている気しかしない。
ここからどうするか……『ブルー・ティアーズ』を落としておきたいところだが、近づかせてくれないだろう。ならば『甲龍』から行きたくても、同じく無理がある。要はシャルル・デュノアだ。残った2人はタッグの相性が悪く、教員にも負けたと聞いている。落とすならコイツからだ。だが、一番厄介で強いのも恐らくシャルル・デュノア。楽には勝たせてくれないらしい。
迫る3機。
まずは真正面の『甲龍』を受け流す。武器を投擲した為素手のようだが、手刀が武器の私と無手で張り合うなど無理がある。ワイヤーを巻きつけて重たいパンチを一発、そのまま後ろに放り投げて『ブルー・ティアーズ』の盾にする。牽制射撃を仕掛けてくる『ラファール。リヴァイヴ・カスタムⅡ』へAIC発動。弾丸を止める。
どの機体も残りシールドエネルギーは3割を切っていると見た。プラズマ手刀で攻撃して近距離でレールカノンを撃てばそれで終わる。まずはシャルル・デュノアから。もう一度瞬間加速をかけて突進した。
これが拙かった。
「隙あり!」「この程度障害にはなりませんことよ!」
「何っ! がぁっ!」
放り投げた『甲龍』の衝撃砲と、元々狙っていた『ブルー・ティアーズ』の射撃を真後ろから受けた。予測軌道コースと姿勢を大きく崩され、整えることのできないまま近づいてくる。視線の先の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は先程撃ちこんできたパイルバンカーを構えている。
色々と考える、抜けだす方法、カウンターを決める方法、軌道修正する方法………無理か。残りは4割。あのタイプは連発が効くからハマったら抜けだせない。そしてそう簡単に逃がしてくれる相手でもない。つまり、負け。
(負ける?
確かに手強い相手だ。だが、勝てない相手ではないはず。教官なら、一夏とマドカなら難なくのしているだろう。ならば私にだってできる。いや、出来なければならない。
思いとは真逆にせまる現実。パイルバンカーが振りあげられ、突きつけられる。
軍人としてはあるまじき行為……私は抜けだせない敗北感から目をつぶってしまった。
そして襲ってくる衝撃。だが、それは背中に受けた鋭いものではなく、包み込むような温かさ。
「3対1とは、随分とえげつないことをやっているな」
「………なっ、お兄ちゃん?」
「おう。………ん? お兄ちゃん?」
シャルル・デュノアを吹き飛ばし、一夏が私を抱きとめていた。
一夏とマドカの存在が、ラウラの千冬依存を薄めていたりいなかったり。良い子になったり無かったり。貪欲に力を求めないラウラは原作よりちょっと弱いかもしれない。それでも1年ではトップクラスなんだけどね。