無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 またしても1万字超えた。


22話 「―――殺す」

 6回。それだけ勝てば優勝だ。

1学年400人、つまり200のペアが出来る。2回戦で残る人数は100、3回戦で50、4回戦で25、5回戦で13、6回戦で7、準決勝で4、決勝で2。シード権を勝ち取った俺とベアトリーチェは5回戦、6回戦がパスされる。普通は最初の2戦をパスするものだと思うんだが……。

 

 というわけで、先生に抗議。

 

「スマン、それ訂正する前の奴だわ。こっちがモノホン」

 

 大場先生ェ………。

 1、2回戦をパスすることになりました。

 

 という事もありはしたが、何事も無く当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏!」

「任せろ」

 

 ベアトリーチェと交代(スイッチ)して前に出る。『炸薬狙撃銃・絶火』を収納して、大口径ハンドガン『マーゲイ・バリアンス』を両手に展開する。3点バーストのくせにマガジンには6発……つまり二回分しかないという主武器に近いハンドガンだ。しかし、大口径だけあって全弾命中した時のダメージはマーゲイシリーズの中でもトップクラス、弾が少ない面を除けば優秀と言える。

 

 両手合わせて12発、全弾命中すれば量産機のシールドエネルギーを6、7割を削れる。装甲が薄い、もしくは無い場所を狙えば全損だって余裕。

 

 それを残り4割の『ラファール・リヴァイヴ』2機へ向けてブチ込むとどうなるか?

 

『試合終了。森宮・カリーナペア勝利』

 

 当然、俺達の勝ちだ。

 

 ベアトリーチェとハイタッチしてピットに戻った。

 

「次は?」

「うーん、どっちも一般生徒だね。でも1組だから油断はできないかな?」

「なんだそりゃ?」

「専用機がたくさんいるから、1年のどのクラスよりも成績がいいの。知らない?」

「興味が無い」

「言うと思った」

 

 次の選手とすれ違いながら、無駄話に花を咲かせる。次の相手が誰かなんて無駄も良いところ、相手は戦士でも兵隊でも傭兵でも殺し屋でも強化人間でもない、ISだけを少し齧った程度の学生なのだから。油断しているわけではないのであしからず。

 

「しっかし驚いたなぁー」

「何が?」

「だって無傷で勝てたんだもん。一夏はともかく、私までノーダメージだし」

「お前は元々実力があった、それに加えてあの訓練だ。これくらい出来て当然だし、出来なきゃ俺が怒ってたぞ」

「きゃー、こわーい」

「代表候補生だろうと関係ない。専用機と当たるまではこのペースを維持する」

「任せときなさいって。今なら専用機だって落とせるわ」

「その意気だ」

 

 楯無様同様に強気でありながら慎重なベアトリーチェがここまで言うとは……今のお前の発言が俺は驚きだ。

 

「なら、次の次に当たるであろう中国の第3世代はお前に任せるとしようかな」

「ええ!?」

「専用機と戦えるなんてそうそう出来ることじゃない。ヤバそうになったら直ぐに変わってやるから、少し頑張ってみるといい。相手のペアは足止めしておいてやるから。自分の限界を知るのも、大事なことだと俺は思う」

「そこまで言うならやってやるわ。一夏がペアのラファールを倒すよりも先に私が中国の子を墜とす」

「ははっ、期待しているとしよう。ラク出来るのは嬉しいからな」

「………」

「どうした?」

「わ、笑った。一夏が……」

「失礼な。俺だって笑うことぐらいある」

 

 まさかこんなセリフを言う時が俺に来るとはな……。

 

 だが、ベアトリーチェが言いたいこともよくわかる。普段は笑うどころか無表情を貫いているし、感情がぶれたかと思えば不機嫌オーラを撒き散らしている(らしい)。俺が笑う時なんて家族といるか、主といるかのどちらか。

 さっきのは本当に無意識だった。なら、俺はベアトリーチェに対して慣れたのかもしれない。少なくとも、高い好感を持っていることは事実だ。

 

 変わったな。いや、よく変わることが出来たな。

 

 『ラファール・リヴァイヴ』を降りたベアトリーチェと一緒に控室まで歩く。使い回される訓練機は直ぐに教員が整備に取り掛かり、バラバラになった。武装に関しては貸し出されている特別製メモリに移される。ベアトリーチェは大事そうにそれを持ちつつ、開いた手でドリンクを持っていた。こういう時、専用機を持っていて良かったと思う。

 

「失くすなよ」

「一夏じゃないから失くしませーん」

「うぐ……」

 

 この前、ペンを失くして6組まで訪ねたことをまだ言ってくるとは……。4組でしか使わない物が6組にあるはずないのは分かってるんだがな……念のためという言葉があるだろう? こいつバカみたいに笑いやがって……。

 

「それよりも、大丈夫なの?」

「何が?」

「この間、アリーナで思いっきり織斑君とかとやりあったんでしょ? 聞いてるわよ、森宮一夏は織斑秋介に一方的な暴力をふるったって」

「ああ、あれか。向こうが仕掛けてきたって言うのに、いつの間にか俺の方が悪者扱いだ。一方的というなら姉さんの方が酷かったぞ」

「どんな感じだった?」

「一本の矢と大量の剣で15秒KO。アレは酷い場合トラウマになる」

「うへぇ……とにかく、気をつけた方がいいわよ。女子って陰湿だから、みんな大好き織斑君をリンチした見た目厨二男子は虐めの対象にされるかもしれないわ」

「頭の隅に入れておこう」

「もう! 人が心配してるのに!」

「来るなら来い、だ。上級生だろうが教師だろうがな。俺じゃなくてマドカや簪様、ラウラとお前に矛先が向いた時は……晒し物にしてやろうか。フフ」

「そういう笑顔はしなくていいの。でも、私のことも気にかけてくれるんだ」

「こうしてタッグを組んでいるからな、視野には入れるべきだ。それに、お前からすればそうでもないだろうが、俺からすれば貴重な友人だ。気にするなというのが無理」

「そ、そう? 嬉しい……」

 

 頬を染めて、嬉しそうにくねくねと動くベアトリーチェを視界に収めつつ、焦点を試合表に合わせる。

 

1、2回戦をシードでパスしてさっきのが3回戦。4回戦は1組のペアで、次の5回戦が恐らく中国の第3世代機と戦うことになるだろう。次の試合は勝てるので、今考えるのはその次の事だ。

 

 中国代表候補生、凰鈴音。先のクラス代表戦で当たる可能性があったのである程度は調べている。IS『甲龍』は全体的にバランスが整ったパワータイプ、中距離援護もできるため割と優秀。凰鈴音はたったの1年で素人から代表候補生になり専用機を勝ち取ったという天才肌。楯無様にワンサイドゲームされた時点で実力は知れているが、油断して良いわけでもない、ベアトリーチェにとっては強敵なのだ。

 そしてペアを組むのは、ルームメイトのティナ・ハミルトン。学年全体で見ても優秀な成績を残している。母国アメリカから来た1年生の中では最も実力ある生徒だ。代表候補生でもないし、企業所属でもない。更識が裏を洗ってみたが、どこかの特殊部隊に所属しているわけでもない一般人。脅威度は低いが、凰鈴音との連携は注意が必要。

 

《油断はいかんな……》

(いきなり渋い声を出すな)

 

 まあ『夜叉』の言うとおりなんだが。油断はしない、する気も無い、手加減なんてもってのほか。ただ潰す。

 

「AC使っていい?」

「タイミングは任せる。だが、俺としてはその次のマドカ戦か簪様戦までとっておいた方がいいと思う」

「だよねぇ……明らかにあの2人の方が強いもんねー。次の試合はどうする?」

「さっきと同じでいこう。わざわざ手の内をさらしてやることは無い」

「オッケー」

 

 余った時間を有効に使いつつ、その時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋介」

「お、箒か。勝ってるか?」

「何とかな」

 

 近々ルームメイトになる予定の鷹月とペアを組んだ私は何とか3回戦を勝ち残っていた。近接特化で感情的な私と中~遠距離が得意で冷静な鷹月は割といい感じにカバーし合って戦う事が出来ている。といってもどの試合もギリギリだったが。

 

「お前の方はどうだ?」

「まだ余裕はあるな。俺が対応できないところを(スメラギ)さんがヘルプに入ってくれるからさ」

「そうか」

 

 専用機同士で組むことはできない。コレを聞いた時はチャンスだと思った。私と秋介の周りには専用機を持った代表候補生ばかり、次第に仲良くなっていく彼女達を見ていると、幼馴染みという最大のアドバンテージなんて無いようなものだと感じ始めている。事実、凰の存在がそれを証明していた。そこへISの要素が入る。ライバル達には日々差をつけられるばかり。挽回のチャンスが巡って来た。

 

 がしかし、結果として秋介のペアになることはできなかった。この大会で秋介のペアを勝ち取ったのは同じクラスの皇桜花(スメラギ オウカ)という女子。

 

 皇桜花。桜の字が似合うような可愛らしい子で、髪は桃色、腰まである長い髪を桜の髪飾りでサイドテールにしている。身長は平均的な女子そのものだが、体つきは男性の理想そのもの。性格は見た目とは違って大人っぽく、温厚で育ちの良さが窺える。本人は知らないだろうが、一部では“女神”と言われているらしい。そしてありがちなことに、怒ると怖い。

 

 私を始めとして、多くの女子がチャンスと思ったのだ。秋介はてっきり専用機と組むと思っていたのだから。だがペアは傍に居た私ではなく、秋介と関わりの無かった皇だった。脅されたわけでもなく、秋介が選んだわけでもない。いつの間にかペアが決まっていた。

 

「皇との仲はどうだ?」

「そうだな……合わせてくれるって感じだな。どんなに悪い状況でも、俺に合わせてくれるうえに好転させるんだ。すごい人だよ」

「そうか……」

 

 秋介との関係は良好のようだ。勿論、男女としてではなくペアとして。だが、私は今一皇が信用できない。良くも悪くも、裏表が無いように見える。1つと言わず、腹に幾つも黒いものを抱えていそうだ。

 

 秋介のペアという本来ならば私がいるはずだった場所を奪ったことに憤慨したものの、笑顔の裏にあるナニカを垣間見た私は怖くて何も言えなかった。

 

「箒と当たるのは……準決勝か。負けるなよ?」

「当然だ。たとえ専用機だろうと斬ってみせる」

 

 面白いことに、秋介は準決勝まで専用機と当たることは無い。余程の事が無い限り、準決勝まで勝ちあがっていくだろう。私、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒの誰かが秋介と準決勝で戦い、決勝へ進むという形になると予想している。反対側のブロックには凰、更識簪、森宮マドカ、そして森宮一夏。4組の3人はかなりの実力を持っていることは、先日の模擬戦で分かっている。悔しいことに、私は更識簪のシールドエネルギーを1も減らす事はできなかった。そして私だけでなく、全員がかすり傷すら負わせることすらできず負けた時の屈辱と言ったら言葉にできない。残念だが、凰は恐らく勝てないだろう。勝ちあがってくるのは恐らく森宮一夏だ。2度に渡って秋介を嬲ったふざけた男、嬉々として剣を振り回す異常者、秋介の心を砕いた狂人。だが、実力は3機の専用機相手で互角に立ちまわったボーデヴィッヒより何倍もある。どう見ても1学年最強。

 

 あの日から秋介は更に訓練に励んでいるが、森宮一夏の名前を口に出したことは無い。寮の部屋でも、食堂でも。

 

「待ってるぜ」

「それは私の台詞だ」

 

 秋介は、もし決勝に上がったとして、森宮一夏と相対したとして、戦えるのだろうか?

 

 震える右手を隠すようにふるまう秋介を見て、私は不安をぬぐえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題などなく、4回戦を完封した俺とベアトリーチェは5回戦へと駒を進めた。オッズがどうなっているのか気になるが、ここから先は気を引き締めて行くつもりなので頭から追い出した。あとで清水に聞けば教えてくれるだろう。

 

 気を引き締める、とは言ったが少し気合いを入れ直す程度だ。3割の楯無様に一撃も加えられないようなヤツは相手じゃない。ベアトリーチェといい勝負をしてくれることだろう。

 

「もう一度確認しておくぞ。凰鈴音とそのIS『甲龍』の特徴は?」

「燃費の良さ、パワー、見えない砲弾こと『龍砲』、搭乗者の直感とセンス」

「どう対処する?」

「長期戦に持ち込まない、ミドルレンジで戦って近づかれたら流して返す、『龍砲』は視線で弾道を見切る、たかが1年程度のキャリアじゃ私は崩されない」

「狙うは?」

「完☆全☆勝☆利!」

「よし、いくぞ」

「ちょ……突っ込みナシ?」

 

 星は見なかったことにしよう。

 

 ピットのハッチを開けると同時に、眩しい光と大きな歓声が聞こえてくる。ここまでくれば注目度は嫌でも上がるし、この試合はトーナメント初の専用機対決でもあるからだろうな。

 

 先にベアトリーチェのラファールがカタパルトに足を乗せ、アリーナに飛び出していった。更に歓声が大きくなる。

 

《今回はどうします?》

(特に何も。今まで通りでいくさ。変更点は凰鈴音はベアトリーチェが相手をするぐらいかな)

《大丈夫でしょうか?》

(お前も見てたろ? 俺でさえACをマスターするのは1ヶ月以上かかった。戦闘に関しては姉さんよりも秀でている俺がだ。なのにアイツはたったの2週間で自在に操れるようになってる)

《アレは驚きましたねぇ……》

 

 トーナメントのタッグを申し込んだのが月初め、受付が始まって訓練を開始したのが2週間前。しかも放課後にしか時間は無い。アリーナという狭い空間で、更に限られた小さなスペースだけでACをマスターした彼女は凄いの一言に尽きる。ベアトリーチェが階段を1つ昇れればいいと考えていたが、実際は数段ほど一気に駆けのぼった。

 

《ベアトリーチェちゃんなら大丈夫ですかね?》

(俺はそう思っている。技術はベアトリーチェが、ISの性能は凰鈴音が高い。どっこいどっこいってところか)

 

 どっちに転んでもおかしくは無いが、ベアトリーチェにはACがある。少なくとも一方的な試合内容にはならないだろう。

 

「行くぞ」

 

 カタパルトに両足を乗せ、アリーナへと飛び立つ。身体に密着させていた4枚の大型シールドを横と後ろへ回し、ベアトリーチェと並び腕を組む。相手は既に来ていた。

 

「あの時以来ね」

「そうだな。あまり覚えちゃいないが」

「あれだけやっておいて?」

「あれだけ? あの程度の間違いだろう。軽くならす程度でビビるような奴との模擬戦なんて価値は無い」

「ッ! アンタがどれだけ強いか知らないけどね、楽にこの試合終われるとは思わないことね! ISもろともボロボロにしてやるわ!」

 

 2振りの槍を構える凰鈴音。それに合わせて相手のペアもアサルトライフル『レッドバレット』を展開した。対するこちらは無手。別に舐めているわけではなく、開始まで手の内を読まれたくないだけだ。挑発にとってくれれば御の字ぐらいの気持ち。

 

『試合開始!』

 

 気合いの入った開始宣言。同時に真っすぐ2機へ……『甲龍』へと突っ込んだ。

 

「はっ!」

 

 槍を交差させるように振りおろしてきた凰鈴音の両腕を素早く殴る。槍をとり落とす事はしなかったものの、振り切ることはできず痛みに顔をしかめた。そこへガラ空きのボディへ重い一発をくれてやった。

 

「か……はっ」

「ボロボロにしてやると言ったな。精々頑張るといい、お前の相手は――」

 

 顎に掌底を入れて、足を掴み後ろへ投げる。その先には『甲龍』の槍に合わせてショートブレードを2振り展開したベアトリーチェ。

 

「――俺のペアだ」

 

 もう聞こえていないだろうが、一応言っておいた。

 

「さて、しばらく付き合ってもらおうか」

「はは……最悪」

 

 前を向き直して、先に居るティナ・ハミルトンとにらみ合い、互いに銃を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来た来た。

 

 ぎゅっとブレードの柄を握り直す。

 

 無傷……できるといいけど流石に無理がある。確実に一撃を入れて、流し、弾いて避ける。『甲龍』の主武器『双天牙月』はバカにならない威力を秘めている。まともに打ち合えばブレードが耐えきれない。聞けば絶対防御を発動させるほどの威力があるとか無いとか。

 

 ACを使わず、持てる全てを使って専用機を倒して見せる。1人で。見ているであろう本国のお偉いさん方に分からせてやるのだ。私は国家代表に足る実力を持っていると、新型『テンペスタ』にふさわしいのは私だと。

 

 幼い頃の夢を叶えるために、マドカや簪と並ぶ為に、一夏の傍に居る為に、亡くなったお母さんとお父さんとの約束の為に!

 

「勝負!」

 

 私は負けない!

 

「アンタなんて……! 邪魔よ!」

「邪魔してんのよ!」

 

 学園の訓練機で国の最新型に挑むなんて正気とは思えない行動に見える。実際はそうじゃなくて、誰がどう扱うかが問題。別に凰さんが使いこなせていないとか言ってるわけじゃない。ただ、幼い頃からISを学び続けてきた私とでは経験が違い過ぎるというだけ。勝負はISの性能が全てじゃない。武器が全てじゃない。

 

 矢鱈滅多に振り回されているようで、実はしっかりと武器を活かした扱いをしている凰さんの攻撃を苦もなく捌く。それだけでもこのショートブレードじゃ一苦労だけど、やってやれないことはない。

 

「なんで当たらないか分かる?」

「知るか!」

「激情家のくせして冷静なのは凄いと思うけどね――」

 

 右から迫る槍を身体ごと使って逸らし、2振りのショートブレードを上手く絡めて左で持っている槍を落とさせることに成功した。キャッチされる前に蹴り飛ばす。適当な方向ではなく、一夏が戦っている辺りを目掛けて。これで取りには行けない。ペアの子から投げてもらう事が出来たとしても、一夏がそれを拒む。

 

「――型にハマりすぎ、しかも直線的だし」

「やってくれるじゃない……」

 

 これで、単純な手数に於いては私が有利になった。とはいえ『龍砲』はまだ使ってきてないし、まだまだ此方が不利であるのは明白。しかし、ここからが私の腕の見せ所。

 

Inizio(かかってっきなさい)

 

 ブレードを握ったまま、挑発するように右手の人差し指をクイクイと動かす。私的なニュアンスとしては、あなた訓練機にも勝てないの? だ。

 

「何言ってるのか分からないけど、言いたいことは分かるわよ!」

「じゃなきゃ困るわ」

 

 再び激突。

 

 まずやらなきゃいけないことは両肩の非固定武装『龍砲』を壊すこと。射撃能力を奪った後は追い付かれないように動き回って撃ちまくればいい。ただ、そう簡単にはいかないだろうし、そもそもそこに至るまでが難しい。

 

「柄の短い槍でよく堪えるじゃない!」

「代表候補生舐めて貰っちゃ困るわね!」

「私だって代表候補生なんだけど?」

「え、マジ?」

「大マジ。相手のことぐらい調べておきなさいな、常識よ。これだから変に自信を持ったやつって嫌いなのよねー」

 

 やれやれ、と呆れのポーズ。実際に呆れているけど。

 

「ま、そういうのに限って強がるだけのザコだったりしてー。クスクス」

「なんですってぇ! 専用機も無い癖に!」

「人が気にしていることを……! ま、大した腕もキャリアも無いおこぼれで貰ったお子様に何言われても気にしないけど」

「誰が貧乳よ!」

「誰もそんなこと言ってないじゃない。というかそっちに食いつくのね……。でもよく見たらお子様らしい貧相な体系ねー!」

「むっかああぁぁあぁ!! そ、そんなのただの脂肪の塊よ! 太ってるのと同じよ!」

「ふ、太ってる!? あなた女性そのものを否定してるって気付いてる!?」

「何やっても大きくならないならみんな敵よ敵! 女の武器はスタイルだけじゃないんだからね!」

「暴力系女子が何をいってるのやら……」

「専用機もないくせに……」

「あ゛あ゛!」

「何よ!」

 

 ………あれ、なんでこんな話になってるんだろ?

 

 仕切り直しに開いた距離は0、両腕を部分解除して取っ組み合いという名のキャットファイトが始まっていた。地面をゴロゴロ転がったり、頬をつねったり、胸を揉んだり揉まれたり。場所も考えずにね! なんて言うか、醜い争いだったわ……。一夏の方も戦闘を止めてこっちをじーっと見てたし。会場静かになってたし。

 

 そして話は男の事に……。

 

「まな板を胸に貼り付けて何がしたいのかしらね!」

「目障りな重りをぶら下げないでもらえる! 邪魔なんだけど!」

僻み(ひがみ)妬みもそこまで来たら滑稽ね! 一生処女のまま終わるんじゃない?」

「しょっ……!?」」

「初心ねぇ……そんなことで彼に振り向いてもらえるのかしら?」

「うっさいわね! 私にかかれば秋介なんてイチコロよ! アンタは逆に水商売でもしてんじゃないのー?」

「今時私みたいな清純派ヒロインはそうそう居ないってのにねぇ……」

「なーにが清純派よ。あんたみたいなのが一番怪しいのよ」

「私は言葉の代わりに拳がとんで来る方が怖いわ。可哀想ね、織斑君」

「そこの森宮もね。何考えてるか分かんない女に狙われてるんだから」

「あら? 女は秘密をもってこそよ」

 

 それ私の台詞! とか聞こえたような気がしたけど……気のせいね!

 

 最初に比べてかなり話がずれ始めていることに、気付いてはいたものの流れに任せていた。どこかで不意を突いて逆転(シールドエネルギーは私が多いけれど、性能的にいつでもまき返される可能性大。故に勝っているとは思っていない)してやるつもりでいた。だから凰さんの言葉を否定しない。

 

 このあたりで止めておけばよかった、後で私はそう思うことになる。

 

「正直、彼のどこがいいのか……。完璧すぎる男はつまらないわ」

 

 

「森宮一夏はどうなのよ。見た目がイタイだけの暴力“無能”男だし」

 

 

 

 それはあの先輩の目の前で言ってはいけないことの1つを、目の前のバカが言ってしまったから。

 

 瞬間、超至近距離でハイパーセンサーを使わなければ見えないほどの小さな何かがラファールに張り付いた。視界には“制御不能”の文字。

 

(な、何よこれ!?)

 

 声を出す余裕が私の中にあるはずもなく、意志とは反してラファールが勝手に動きだした。

 

 組み伏せていた『甲龍』を投げ飛ばし、一瞬だけ『AC-マルチウェイⅡ』を展開してスラスターを吹かし、ACを収納する。生じた速度と慣性を利用して一気に壁までの距離を詰めて叩きつけた。

 

「っ!?」

 

 何が起きたのか分からないといった顔の凰さんを置いて、ラファールの攻撃は続く。

 

 ショートブレード2振りを『龍砲』に突き刺して抉るように斬り、脚部装甲の足が通ってない場所に突き立てて動けなくした。次に取り出したのはサブマシンガンとガトリングガン。それぞれを片手で持ち一斉射を始める。弾が切れればまた別の銃を、弾が切れるまで撃ち尽くす。

 

「あ……ぐうっ……!」

 

 顔を覆うように両腕を盾にすることなど気にも留めないのか、ただひたすら拡張領域内に入っている銃器を撃ち続けている。視界の武装欄がものすごい勢いで残弾が減っていき、あっという間に“EMPTY(残弾数0)”が表示される。

 

 空になった今の銃を収納して、腰に内蔵していた大型ナイフを取り出して、両腕の手のひらに突き刺す。装甲にヒビが入り、ボロボロの『甲龍』は地面に大の字で磔にされた。

 

 10近くあった全ての銃を撃ち尽くしたラファールが取り出した最後の銃は……。

 

「ぐ、グレネードランチャー……!」

 

 躊躇いも無く、ラファールは引き金を連続で引いた。

 

『試合終了』

 

 私達の勝ちを告げるアナウンスが響いた。

 

 

 

 

 

 

「ベアトリーチェ」

「一夏……」

 

 試合が終わってから直ぐに一夏に呼び止められた。言いたいことは大体分かる。

 

「身体はどこか痛いところは無いか?」

「え、うん……」

「そうか」

「何か、ゴメン。期待してたのに、わけわかんないことになっちゃって」

「謝らなくていいさ、終始流れを握っていたのを見ていればよくわかる。お前は頑張ったよ」

「でも……」

「試合の最後のことを言いたいなら、姉さんに言うといい。1000%聞いちゃくれないだろうけどな」

「は? 森宮先輩?」

 

 いきなり出てきた一夏の姉の名前に驚いた。確かに観客席で見ていたのかもしれないけど、実際は割りこんだりとか問題も無く普通だった。ただ、ラファールが暴走したことを除いて。

 

「姉さんのIS『白紙』についてどこまで知ってる?」

「凄い集中力がいる武装が積まれてるってことと、十字剣を抜かせるなってことぐらい」

「『白紙』唯一の武装『災禍』は、姉さんがイメージした物を具現化させる。剣でもいいし、盾でもいいし、銃でもいい。イメージ次第では何でもできる最強の武装。姉さんはコレを使ってベアトリーチェのラファールをコントロールジャックしたんだ。理由は……まあ分かるだろ?」

「ああ、うん」

 

 誰もが認めるブラコンですから。

 

「でもどうやって?」

「簡単な話だ、ISの制御権を奪う武装をイメージしてラファールに取り付けた」

「あの白い霧みたいなやつ?」

「正確には追加装甲だな。かなり薄っぺらい膜を装甲の上に貼り付けたんだ」

「うわぁ……」

 

 それってもう無敵じゃん……。チートだよ。だって、イメージが出来るなら何でも具現化できるってことでしょ?

 

「その代わり、集中が必要だってことだ。常人だと脳の神経が焼き切れるほどの激痛を伴うらしい」

「うげ、それ大丈夫なの?」

「姉さんのデータって全部計測不能の値を出してるんだ。多分大丈夫」

 

 計測不能って……凄過ぎて色々とわかんない。

 

「とにかく、これも勝ったわけだ。次の準々決勝は簪様と本音様のペアだな、そろそろ気が抜けなくなる」

「アンタ、まだ余裕こいてたの?」

「当たり前だ。お前は違うのか?」

「違います。毎度必死です」

 

 コイツも人間離れしてるなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね、ティナ。負けちゃった」

「私はいいのよ。それより、大丈夫」

「負けた数なんてもう数えてないわ、だから大丈夫」

 

 ここまで勝ちあがってきたが、私達はついさっきの5回戦で負けてしまった。誰も居ない更衣室で謝りあっている。

 

 専用機どうしで戦うのだろうと思っていた私は、ひたすら森宮一夏の戦闘ログや映像を見直し、戦略を立てていた。乗ったばかりの秋介は偶然とはいえ私を倒し、その秋介を訓練機でも専用機でも遊びながら勝つという、ふざけるなと言いたくなるほどの実力を持った相手。勝てる見込みなんて0.00001%も無い。あの時戦った生徒会長と同等か、それ以上の圧力に竦みそうになる。

 

 でも、勝たなくちゃいけない。話題の噂もそうだけど、笑いながら秋介に剣を振りあげたあの男と握手して、正々堂々いざ勝負! なんて私にはできない。綺麗な顔が青くはれ上がるまでぶん殴ってやりたいし、口には出さないけど怯えている秋介と戦わせるわけにはいかない。今度こそ、立ち直れなくなるほどの傷を負ってしまう。

 

 迎えた第5試合ではまさかのペアが相手をするという正気を疑う行為。相手をするに値しない、そう言われた気がした。直ぐにのして2対1の状況を作り出してやると思ったものの、私は結局相手のラファールを抜けるどころか勝つことすらできなかった。

態度が豹変した時に反応できなかった。そう、私は怯えていた。

 

 まるで……

 

「凰鈴音」

「「!?」」

 

 この人が相手だったような感覚が全身から伝わってきた。模擬戦の時の生徒会長なんて比じゃないぐらいの、押しつぶされそうなほどの存在感。宝石のような紅い目は不気味に光り、一歩私に近づく度に死神が鎌を振りあげるような恐怖が襲ってくる。なんでもない体を装っているが、少しでも気を抜けば失禁してしまうぐらい私は怯えていた。

 

 全力で狩りに来る恐竜に食われそうになる兎の気持ちだった。

 

 森宮蒼乃。全IS乗りの憧れの的。今この瞬間に限っては、神様すら殺せそうなほどの殺気と怒りを撒き散らしている。

 

「………なんでしょうか?」

 

 震える声と身体を必死に抑えつけて、声を絞り出す。

 

「今日あの程度で済ませたのは、試合だったから。それに、この後にはマドカや簪、そして勝ちあがってくる1年1組の専用機が来る。一夏はただの遊びで試合をすることを楽しんでいる」

「遊び……」

「そう、遊び。私達姉弟から見ればこんなもの遊び以外の何物でもない。好きなだけ戯れていればいい」

 

 先輩は歩みを止め、右手をゆっくりと持ちあげる。手の中には光が集まり、溢れ、形を成していく。毎日のように見るISの武装展開。

 

「ただし、一夏を侮辱することは許さない。見た目がイタイ? 何も知らない小娘風情が調子に乗るな」

 

その手に握られていたのは十字剣……ではなく、一般的な西洋の剣。刀のように斬り裂く剣ではなく、叩き斬る剣。その事に一瞬だけ安心したものの、身体は更に強張る。生身の人間に向けてISの武器が突きつけられているのだから。普段の優しい雰囲気はどこかへ行ってしまい、殺気を撒き散らすだけのナニカにしか見えない。同じ人間なのか疑問を持つほどに、全てが人間離れしていた。

 

 “十字剣を握らせるな”。森宮蒼乃という人物に対する時の要注意事項の一つ。噂ではあるが、防御型ISの装甲を紙のように斬り裂き、一撃で絶対防御を貫通させ、シールドエネルギーを全損させた武器らしい。自由奔放な面が見られる本人が戒めるほどの力を秘めている。

 

「本当なら今ここで殺している。昔の私なら先の試合中に殺していた」

「……国家代表が、他国の代表候補生を、ですか?」

「専用機が手に入った時点で、国家代表の座に興味も執着も無い」

 

 何考えてんの、この人? 正気?

 

「今回は見逃す。ただ、次は無い。どこへ居ようと、何をしていようと、どんな状況であろうと、もう一度一夏を侮辱すれば――」

 

 ふわっと首に風を感じた。

 

「――殺す」

 

 それだけを言って先輩は去って行った。右手に握っていた剣は既に収納したのか、どこにも見当たらない。

 

 無意識に、風を感じた場所に手を触れる。ねちゃ、とまとわりつくような嫌な感触がした。手を顔の前に持ってくると、触れた指先が赤に染まっていた。

 

 風は剣を振ってできたもので、首の皮がギリギリ繋がる深さで切り裂かれていた。あと数mm深ければ、私は赤い噴水を撒き散らしていたことだろう。

 

「はあっ、はあっ、はあっ………!」

 

 両腕で身体を抱き締め、息を荒くしながらペタンと床に座り込む。ティナの声がぼーっとしか聞こえない。

 

 恐怖のあまり、私はしばらく動けなかった。

 


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