お待たせしました25話! かなりぐだってますが……
シャーッというカーテンが開く音で私は目を覚ました。
「ん? すまん、起こしてしまったか」
「教官……」
「ここでは織斑先生だ。……まぁ今ぐらいは許してやろう」
「はぁ……」
教官はこういうことには厳しいのだが……珍しいこともあるものだ。ドイツで教官を務めていたころに比べて良い意味で柔らかくなったような気がする。それでいて衰えてはいない。
やはりこの人は凄い。
「試合はどうだった?」
「それは織斑秋介のことですか?」
「皇の事もだ。2人と戦った感想を是非とも聞かせてほしい。因みに篠ノ之は皇を気味が悪いと言っていた」
「なるほど……分からなくもないです。私と似たような雰囲気を感じました」
「だろうな。更識の関係者と聞いている」
簪や一夏の関係者……裏の人間か。どうりで私がぞっとするわけだ。篠ノ之では相手にならないのも当然だな。“越界の瞳”を使った私に追随する身体能力と読みは本物だった。
「織斑はどうだ?」
「以前の模擬戦よりは確実に上手くなっていました。機体に助けられているとはいえ、既に一年生の中では上位に食い込む腕前と見ます」
「ほう? お前が褒めるか」
「その程度の分別はつけられるつもりです」
「そうか」
珍しいことに、教官は私の感想に対して何も言わなかった。厳しいことで知られるというのに、褒めたことに異論を唱えなかったのだから。
以外に感じたものの、それ以上は考えなかった。本題は別にあるはずだ。
「何か話があって来られたのでは?」
「……日を改めるつもりだったが、その様子なら大丈夫そうだな。
「モンド・グロッソ総合優勝者のデータをトレースして再現するシステム……」
「私か
呆れた、と教官は隠す事もせず、溜め息をつきながらパイプイスに座って私の方を向いた。
「あの時は――」
あの時は……そう、突然声が聞こえた。暗くて、黒い声が。何十人もの人間が同時に別々のことを喋っているように聞こえて、何を言っているのかはわからなかった。声は次第に大きくなっていって……まるで、まるで私を呑み込もうとしているかのようだった。自分を保つことに必死で、気がつけばベッドの上で寝ていた。
……これくらいか。
「ふむ……」
「すみません」
「いや、気にするな。無事で何よりだ。ほら、コレをやろう」
教官がポケットから出したのは見慣れたアメ玉だった。ドイツではいつもコレを貰っていた。餌付けではない、教官なりの飴と鞭らしい。
「あ、ありがとうございます」
「さて、私はそろそろ行くぞ。もうすぐ決勝戦が始まるのでな。気になるのならそこのモニターは使っていいぞ」
お礼を言う前にさっさと教官は保健室を出て行った。
「………」
することも無いし、決勝戦は気になるのでモニターをつけた。映っているのは織斑・皇ペアだけで一夏の方はまだ居ない。
「……うむ、こうしてはおれんな。やはりこういうのは間近で見なければ」
貰ったアメ玉を口に放り込んでモニターの電源を切り、ベッドから飛び降りて保健室を出た。
「モニターを使っても良いぞ」と言われただけで「保健室から出るな」とは言われていないからな。
「………」
「………」
さて、どうしたものか。
「ねえ一夏」
「なんだ?」
「皇さん、だっけ? ものすごーく一夏見てるよ」
「そうだな」
予想していた通り、アリーナに出ると桜花がじっとこっちを見てきた。そんな予想はできれば外れてほしかったが。
「何か言ってあげなよ。期待に満ち溢れた目をしてるよ」
「………そうだな」
「さっきからそればっかだね」
「………そうだな」
「嫌いなの?」
「ちょっとな」
「どうみてもちょっとじゃないわよね?」
「………」
「スルーですか」
俺にだって苦手なものくらいある。かといっていつまでも子供みたいに顔をそむけるわけにもいかない。
意を決して正面を向く。
落ち着きと若干の怯えが見え隠れする織斑と、今までの試合で一度も動かなかった無表情を崩している皇を視界に捉えた。
因縁が絡みに絡まった試合だな……簡単に終わりそうにない気がする。
「ご無沙汰しております、一夏様」
「去年の夏以来か」
「正確には10カ月7日9時間21分33秒ぶりです」
「そ、そうか……相変わらず正確だな……」
「当たり前です! 一夏様との思い出は原子レベルで私の中に刻まれていますもの」
「はは……」
「うわぁ……」
これが皇桜花を苦手とする理由だ。
好意、依存を通り越した崇拝、執着。皇桜花という人間は嫌いではないし、珍しく昔から俺を対等に扱ってくれる事もあって好意的ですらある。
ただ、ある一件を境に桜花の態度はガラリと変わってしまった。桜花の中の俺は“偶に会う友達”から“揺るぐことのない絶対の存在”にランクアップ(?)してしまった。それが好意100%だから無下にするわけにもいかないし、当時の桜花や周囲の環境を思い出すとむしろ眼が離せないというのが困りものだ。
眉を引くつかせながら引いているベアトリーチェに近づいて耳打ちする。
「まぁ、そういうことだ」
「あれは凄いなぁ……まさか森宮先輩以上のツワモノがいたとはね」
「どうしてそこで姉さんの名前が出てくる?」
「あ、やっぱ自覚ないんだ……何でもないよ」
なにか聞こえた気もするが歓声のせいでよく聞こえなかった。言い直さないってことは大したことじゃないだろうから忘れることにする。
そこで桜花に話を振られた。
「時に――」
「ん?」
「一夏様は覚えておいでですか?」
覚えて……何かの話か? もしくは約束……?
《ほら、あれじゃありませんか? 勝負して勝ったら……っていう》
………………。
(俺は何も思い出していない。いいな?)
《言うと思いました》
「スマン、覚えていない」
「ええ、分かっていますわ。ここ最近は調子が良いと聞いていますが、流石に数年前を思い出せるとは私も思ってはおりません。思い出してください、というのも酷なことでしょう」
だったら聞くんじゃない。
「しかし、思い出していただかなければ私としても困ってしまいます。何せ――」
(どうせ碌なことじゃないんだろうな。桜花の事だから単なる思い込みも十分あり得そうだ……)
「――更識が揺れるかもしれないほどの事ですから」
「………何?」
適当なことを言っているんだろう? 面倒なだけだろう? 曲解しているだけだろう? そういう事を考える傍ら、この言葉を聞き流す事はできなかった。森宮の末席とはいえ、現更識当主の護衛なのだ。これがもし暗殺、誘拐の類だった場合、たとえ桜花であっても相応の対処をする必要がある。
「だってそうでしょう? 私達は更識最強の矛である“鴉”と、世界の裏を知り尽くしている皇の“
“鴉”というのは俺の事。どこに居ても目立つ白髪を隠すために、脛まで隠す黒一色のミリタリーコートを仕事の時に着ている。俺が出る時はほぼ夜だ。迷彩柄とか、建物に合わせた物を仕立てるより、真っ黒の方が汎用性が高い。なにより気に入っている。
そのコートを着て仕事を続けた結果、自然と“鴉”呼ばわりされる羽目に。噂によれば死体から武器を漁る姿が烏のように見えるとか。それは鷹だという突っ込みは当然のように無視された。
“戦略級”は桜花のこと。名前や可愛らしい容姿、何より女性にとっては非常に不名誉な二つ名だが、本人は事実だから気にしないと言っている。“戦略級”の由来は桜花の家、皇にある。
御三家はどの家もハイレベルな水準の教育を施される。本音様もああ見えてかなりデキル方だ(そうでなければ現当主妹の傍付きなど務まらない)。それでいて、各家には特色……専門分野がある。
諜報・潜入の布仏、暗殺・護衛の森宮、情報・戦略の皇。言葉通りだ。
桜花の「世界の裏を知り尽くしている」というのは事実で、最有力次期当主候補の名に恥じない情報収集力、権限は他家の当主、更識のものすら凌駕している。更識という組織を桜花ほど熟知している者は居ないと言っても過言ではない。
だが、それだけではない。むしろここからと言える。
皇家の“戦略”という言葉は、桜花に限ってもう一つの意味を含む。
“戦略級”。
ISが主力になりつつあるとはいえ、未だに恐怖の対象である核兵器に冠される名を桜花は持った。
世界に名を轟かせる更識家。その更識が
確かにそんなことが起きれば更識が揺れる。俺が主を、家族を裏切るなどあり得ないが。
続く桜花の言葉を構えて待つ。その唇から紡がれた言葉は――
「だって勝負の結果次第では私が森宮に籍を入れるかもしれないんですからね! あぁ、こんなに大勢の前で言ってしまいましたわ……♪」
私欲全開桃色オンリーの予想通りな回答だった。
『………………………』
観客はいきなりの爆弾発言に沈黙し、
「「うわぁ……」」
お互いのペアは精一杯の遠慮を含んだリアクションをとり、
「殺す」
「二度と息が出来ない身体にしてやる」
「まって蒼乃さん!」
「ま、マドカも……」
荒れ狂う姉と妹に、それを必死に止める主。
「ここでやるんじゃなくて、場所を選ばなくちゃ。TPOって言うじゃない?」
「外堀を埋めてじっくりと確実に弱らせて、生まれてきたことを後悔して最後にはゴメンナサイしか言えなくなるまで嬲る方がずっといい」
ひ、必死に、止めている?
《誰よりも
(字が違う! いや、あってるのか? ……とにかくそのルビはおかしい)
《メタいですね》
(うるさい)
色々と突っ込みどころが多すぎるだろ! なんで俺がこんなことを……
「えど、皇さん……だっけ。どうしてさっきの話からそこに行きつくの?」
早速復帰したベアトリーチェが質問で返す。そう、それは当然の疑問だ。更識の部外者から見れば。関係者でも理解に苦しむが。
ただし、俺は分かっている。その手の質問が桜花にとっては意味を成さない事を。
「うふふ、嫉妬しているのね。そんなあなたには特別に教えてあげます。あの日、絶望に染まった私に一夏様はこう言いました。強くなれ、と。それはつまり強くなったら相手をしてやるということに他ならないのです! 相手をしてやる……つまり嫁に貰ってやるってことなんですよ! キャー!」
『…………………』
………今回ばかりは俺も驚いたけどな。幾らなんでも曲解し過ぎだろ……。しかも結婚て。
「というわけで、勝たせていただきます!」
「どういうわけだ!?」
「私が勝ったら嫁に参ります!」
「色々とおかしいだろ!?」
『……試合開始』
「はぁ!?」
突っ込みは無視され、説明もなく、やる気のない開始宣言によって火蓋が切られた。
グダグダすぎんだろ……。
一夏の不意を突く形で決勝戦が始まった。ただ流されるように見ていれば、言いたいことを言って勝負を仕掛けたけに見えるが、彼女を知っている人間はこれ――爆弾発言すらも策だと知っている。
皇桜花は戦う前から戦っている。
まぁ、そんな小手先は一夏に通用しないけど。
「なぁ、姉さん。アイツは一体誰なんだ? 兄さんを知ってるみたいだ」
「更識御三家、皇家の次期当主候補」
「それだけ?」
「同年代の子供はそうそういないの。だから繋がりが少なからずある。一夏も私も毛嫌いされるから殆どの子は知らないけど、皇桜花は特殊だから知っている」
「特殊………ああ、確かに」
マドカは素早く察したみたい。あれだけうるさかったら誰だって分かるから不思議じゃないか。
「ただ、実力は本物」
「……そう、聞いています。でも、本当なんでしょうか?」
「結構できるみたいだけど、ただのIS操縦が上手い奴にしか見えない」
「2人がそう思うのは当然」
マドカに加えて簪を混ぜて皇桜花について語る。私も彼女が戦うのを見るのは初めてだから聞いた話しかできないけど。……いや、よく知っている人が近くに居たわね。
「楯無」
「桜花ちゃんのことですか? 報告書越しにしか知らないことでよければ。結構キツイ話も混じるかもしれませんよ?」
「構わない」
「はーいはいはい」
開いた扇子を閉じてポケットから端末(携帯電話とは別の物)を取り出す楯無。少し待つと私の……私達3人の端末が軽く振動した。一斉送信で送られて来たファイルを開く。
「私達の代はどの家もちょっと特殊な子供が生まれているみたい。具体的に言うなら私、虚、蒼乃さん、そして桜花ちゃんの4人。他人より少しできるだけの私達は色々と苦労したけど、最終的には今みたいに落ちついたわ。けど、桜花ちゃんは違ったのよ」
楯無の話を聞きつつ、関連しそうな項目を選んで開く。そのフォルダは皇桜花の生まれてから今日までの出来事が逐一書かれていた。
「……なんて、悲しい」
「そうね、簪ちゃんの言うとおり。でもね、御三家、皇家としてはとても正しいことなの」
要訳するならこう。
更識の情報源かつ電波塔として非常に重要な役割を担っている皇家としては、他家のように才能を開花させる事を恐れた。理由としては2つ。理解の及ぶ範囲から外れる……手綱を握れない事があってはならないから。もう1つは桜花の性格が問題だった。物心ついた時からであろう、はっきりと分かるほど桜花は異端すぎた。
「皇として正しくある為に、色々と躾けられたみたい。一夏やマドカみたいな事じゃないわよ? 精々一般家庭よりちょっと厳しいぐらいで、殴る蹴るの暴行は無かったって。結果は大失敗、より性格がねじ曲がった。何度か会った事あるけど、ひねくれ者とかそんなレベルじゃ無かったわ……誰かに優しくしてるなんて信じられないくらいにね」
「………そう」
「それを、兄さんが変えた?」
「って事になってるみたい。報告書では急に人が変わった、としか書かれて無かった。別の人格に切り替わったようだってね。これ以上のことは私でも分からないわ。一夏に聞くのが一番じゃない?」
「……終わったら聞く」
どこでそんな変態を引っかけたのか、教えてもらわないと。追い払う方法も一緒に教えてあげなくちゃ……。
まだまだ姉さんが見てあげないとダメね。
「ふふっ」
「? 蒼乃さん?」
「何でもないわ」
戸惑いながらも、きっと真面目に聞いてくれる弟の姿を想像すると笑みがこぼれた。楯無にも、簪にも、マドカにすら見せたことのない私だけの一夏はとても可愛いのだ。
《……蒼乃》
(何)
《お楽しみの所悪いけど、お客さん》
(そう……)
お楽しみ、の部分を強調して『シロ』が伝えてくる。その通りなので否定しないし、返す言葉は別にある。
(数は)
《そこまでは。ただ、複数いる》
(十分)
そこまで考えたところでアリーナで爆発が起きる。否、またしても電磁シールドを突破して現れた愚か者がいるのだ。
(一夏を傷つけるものは許さない)
緊急時に作動するシャッターが下りる前に『白紙』を展開してアリーナへ出た。
「またこの展開~!? 学園は何してるのよー!」
お前が言うな、と言いたくなる生徒会長の叫びを背に。