無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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26話 あの織斑千冬でさえ不可能と言わせたことを……

 ペアそっちのけでいきなり始まったこの試合、先手を奪ったのは明らかに桜花だったが、初撃を与えたのは意外なことに織斑だった。

 

 “戦略級”の名にふさわしい動きと先読みを見せる桜花は俺の攻撃を躱すし、俺だって避ける。ただ、お互いにISという枷をはめた状態で満足に動くことは出来ない為、今までになく必死に避け、隙あらば武器を交えた。追って追われてをひたすら繰り返すが、いまだに俺と桜花のシールドエネルギーは1も削れていない。何合も交え、百に近い弾丸が飛び交っているにもかかわらず、非固定武装にかすりすらしていないのだ。機体の性能差と実力を得意の先読みと戦略で埋める桜花と、少しずつギアを上げていく俺の戦いは膠着していた。

 

 

 

 

 

 変わり映えしない展開から自然ともう片方のペア同士の試合に注目が逸れる。

 

 織斑の専用機『白式』は『雪片弐型』一本による近接戦闘オンリーに対して、私の『ラファール・リヴァイヴ』には銃火器がたっぷりと積まれている。かの天才、篠ノ之束が設計を手掛けただけあって、『白式』の性能(射撃関連を除いた)は全体的に見ても第三世代型ではトップクラスに位置する。性能差はどうやっても覆せないので、搭乗者としての技量と経験、戦法で何とかするしかない。皇桜花のように、ね。

 ここで、織斑に遠距離武器が無いことがヤツにとって不利に働く(というより、いつだって不利と言えるかもしれない)。そして、私が遠距離武器を持っていること、ACを持っていることがこちらにとって有利に働く。大概のことは技量で勝っているのでカバーできる。何より、近接能力に並ぶ『白式』最大の武器の一つ、速度はACによって奪ったのだ。五分五分なんてものじゃない、圧倒的と言って差し支えないほど有利な状況。

 

 だからこそ、織斑が無傷で(・・・)接近し、掠りとはいえ私に一撃を与えたことは意外と同時に驚きだった。この事をより深く理解していた専用機組、代表候補生達はとても呆けた顔をしていたに違いない。

 

 『雪片弐型』がかすめた肩の装甲をさすりながら、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 

「そうじゃなくちゃ困るよね。向こうほどじゃないけど、それなりの試合はしないと見てる人にも悪いし、決勝って感じしないし、何より得られるモノがない」

「勤勉なんだな。意外だ」

「その言葉そっくり返す。ちゃんと対策してきてたんだからさ」

「当たり前だろ。俺の戦いは如何にして近づくか。無鉄砲に突っ込んでちゃ誰にも勝てねぇよ」

「発想が面白いよね。突きでフルオートの銃弾を弾く(・・・・・・・・・・・・・・)なんて、そうそう考えないし上手くいかないと思うんだけど?」

「直撃する弾丸だけ弾いてるだけだ、そこまで難しくないぜ? やってみたらどうだ?」

「別にいいけど、ラファールじゃちょっと無理かなー。システムも武装もキビシイ」

 

 織斑が接近するのをただで見過ごすわけにはいかない。比喩ではなく文字通り一撃必殺の“零落白夜”はどんなISであろうと恐怖だ。なんせあのブリュンヒルデが用いた単一仕様能力。操縦者が違っても、単一仕様能力としてなら全世界がその威力を知っている。勿論、私も。目の前にすれば嫌でも分かってしまう、アレは異質だと。当然サブマシンガンで迎撃した。

 

 鉛玉の雨の中を恐れることなく、織斑は突っ込んでくる。あろうことか、突きのみで銃弾を防ぎ接近してきたのだ。おかげで先手を打たれてしまった。あんな対処の仕方は完全に私の想像の外でしょ。

 

 織斑秋介は紛れもなく天才だ。だが特異であるが為に埋もれている。周囲の代表候補生達に、同じ男性操縦者に、最強の称号を持つ姉に。しかし決して弱くない、むしろ強い。

 

 発想といい、それを実現させる実力といい、根性はまさに強者だ。

 

「まぁどれだけ凄くても、私には届かない―――追いつけやしない」

 

 だからなんだっての、負けてやるつもりなんてカケラも無い。

 

 AC展開、SPゲージチャージ完了。次にブースターを吹かせば私は風になる。テンペスタじゃなくてラファールなのが本当に残念だなぁ……。

 

「AC……だっけか? 鈴の試合は凄かったな。いいぜ、来いよ。そのスピード勝負乗った」

「へぇ。これの最高速度知ってて言ってるのかな? 勝負仕掛けたつもりは無いんだけど、そっちがその気ならいいよ」

 

 イタリアの代表候補生は常に競い合っている。個人が得意としていることは別々の分野で在りながら、国が定めたメチャクチャな基準をクリアするべく自分を磨いて、他者を踏み台にして国家代表になる為に努力を怠らない。それでいて皆が仲良しで、和気藹々としている雰囲気が好きだ。

 国が定めた基準だが、ここで挙げていってもキリがない。そもそも不必要に公開していいものでもない。ただし、どれだけ自分達の得意分野があっても、苦手なものに顔をしかめても、私達の意識に深く根付く一つの概念がある。

 

 “速さ”。

 

 世界最高速を叩きだしたイギリスの『テンペスタ』シリーズは、私達の誇りであり、目指すべき場所、そして憧れだ。追随を許さず、視界に映ることを許さず、被弾を許さない。故に、実力に関係なく速度に対する執着心は世界一と言える。

 

 勿論、私だってそうだ。だからこそ、私は一夏と『夜叉』に魅せられたのだから。

 

「その台詞がどれだけ愚かな事か、教えてアゲル!!」

 

 

 

 

 

 

 同じヨーロッパ出身のセシリアとシャルルに色々とアドバイスを聞いていた。口をそろえて出てきた言葉は「「速い」」。

 

「速い?」

「秋介さんは、『テンペスタ』をご存じで?」

「えーっと……イタリアの専用機だっけ? 速度特化の」

「そのとおりですわ。彼らイタリアの代表候補生……というより、イタリアのISに関わる方々は“速さ”にこだわりを持っていますの」

「こだわり?」

「『テンペスタ』シリーズは、世界最高速なんだよ。ただ速度を叩きだす為のマシンよりも速い。その気になれば初期型でもマッハを越えるって話さ。黎明期の第一世代でそれだけの事を成し遂げたんだ、それは誇りにもなるよね」

「イタリアのIS操縦者や研究者にとって“速さ”は特別なんだな……日本がISにも刀を使ったり、侍みたいな装甲をしていることもそうなのかな?」

「どうだろうね? でも、これで国によって特色が見られる事がわかったんじゃないかな?」

「近接寄りの日本、安定性の中国、遠距離のイギリス、汎用性のフランス、特殊技術のドイツ、そして速度のイタリア。他にも色々とあるんですけど、今の秋介さんには必要ないでしょう」

「だな」

 

 たとえ学園配備の量産機とはいえど、侮っては負ける。相手は――ベアトリーチェ・カリーナには日が浅い俺から見ても無駄な動きが見られない。ただ動きが速いだけじゃなくて、思考や判断も“はやい”んだ。

 迷えば、考えれば、それだけの時間を与えてしまう。とっさにやってみたとはいえ、掠りでも一撃を入れられたのは大きい。

 

 ただ、ちょっぴり刺激し過ぎてしまったのか、ここでアレを出してきた。鈴の試合で一瞬だけ見せた追加ブースターだ。これも聞いてみるととんでもないものだった。

 

「ACっていうのか、あの四角いブースターみたいなの」

「正しくはアサルト・チャージャーだけどね。しかもAC自体はブースターじゃないんだ」

「あれは何度でも使い回せる、速度倍増の増槽と思っていただいて構いませんわ」

「…………んん?」

「あー、えーっとね………。普通はコアからエネルギーを貰ってブースターを使うよね?」

「ああ」

「ACは、コアからエネルギーを供給せずに、AC自身がエネルギーを送り出す装置なんだ」

「………だから出力が段違いだし、コア――ISのエネルギーを消費せずに済む?」

「そう! すごく画期的かつエコロジーで強力な武装なんだ。使いきったACのチャージもISからエネルギーを貰わずに空気中の物質で補える」

「それメチャクチャすげえな……でも、なんで皆使わないんだ? というかソレ自体をISに装着すればいいのに」

「ハイスペックにはハイリスクが付き物だよ。秋介の“零落白夜”みたいにね。これは実際に使ったことのあるセシリアに聞いてみた方がいいかも」

「え、使ったことあるのか?」

「あまり思い出したくはありませんけど……。まずはコスト、こんなに便利なものを幾つも量産できるほど、どこの国も潤ってはいませんし、技術もありません。次に容量、今はどうなっているか知りませんが、私が使用した頃は拡張領域を大幅に陣取る厄介者でしたわ。ACを入れるぐらいならBT兵器が4つほど装備した方が実戦的でしょう。そして、何よりもその“殺人的な加速”でしょうか」

「そんなに速いのか?」

「当時はまだISに触れて間もない頃でしたから、私は使用して10秒も耐えられませんでした。今なら使いこなすとは言わないまでも、耐えられないなんて醜態は晒しませんわよ?」

「ゲェ!」

「幾つか用途に分かれた種類が生産されたと聞いていますが、どれも瞬間加速より数倍の速度を常時維持するというものです。想像できますか? 切り札とされる高等技術が遅く見えるほどの速さ……殺人的といっても過言ではありませんし、比喩でもありません。事実、『テンペスタ』にACを装着した際の最高速度を計測する実験が行われ、搭乗者は亡くなっています」

「その実験が、さっき言ってたやつか……」

「それに、イタリアの代表候補生の実力は他国と比べて突出しているんだ。専用機とかそういう要素を抜きにして、同じ条件で戦ったらたとえ僕ら代表候補生でも勝てるかどうか……少なくとも、秋介よりは強いよ」

「すげぇよな、ホント。ラファールで鈴に勝ったんだから」

「全くですわ」

 

 つまり、ただでさえ俺は色々と負けている。武装のバリエーションも目立つし、実力、経験は特に差が大きいと思う。勝っている要素なんて『白式』と『零落白夜』ぐらいだ。

 かといって、はいそうですかと負けるわけにもいかない。今までだってそうだった。初めて『白式』に乗った時のセシリア戦、クラス対抗の鈴、一夏戦、模擬戦、ラウラ・ボーデヴィッヒと箒戦、完敗した時だってあるが勝ちを掴んだのはいつだってピンチからの切り返しだった。得意な勉強とIS戦は違う。どれだけ頑張っても届きそうにない奴が世界には五万といる、こんな狭い学校でへこたれる暇は無い。

 

 強い? 上等!

 

「避けれるもんなら避けてみなさい!」

「来い!」

 

 一瞬しか見れなかったが、鈴との試合の時、こいつは完璧に使いこなしていたように見えた。準々決勝、準決勝では使ってなかったようだから、このACは切り札のはず。ここさえ上手くやり過ごせれば俺にも勝機が巡ってくる、そこまでなんとか『零落白夜』が使えるだけのシールドエネルギーを残せばいい。

 

 ベアトリーチェ・カリーナがサブマシンガンを放り投げて展開したのは二振りのショートブレード。過度な装飾も無く、凝った機能があるわけでもない。訓練機用にチューンされたシンプルな武装だ。それだけあって触れる機会は多いため、扱いには慣れてるだろう。

 

 来た。距離を真っすぐ詰めたと思ったら、直角に曲がってグルグルと動きまわりだした。離れたと思ったら直ぐ近くにいて、防ごうと『雪片弐型』を軌道上に割り込ませても、カバーできない場所を上手く切り裂いて通り抜けていく。綺麗なヒット&アウェイだ。

 

(褒めてる場合かよ……)

 

 あれこそが俺が目指すスタイルなんだよなー。現役の姉さんもそうだったっけ。

 

(集中集中……よし)

 

 “盗む”ぞ、俺。

 

 まずはよく視る。この際少しずつ削られるダメージは無視だ。一撃さえ入れられればいいんだからな。ハイパーセンサーも使え。

 

………ここか?

 

「よし!」

「へぇ……?」

 

 殆ど勘に近かったが、予想的中。捉える事が出来た。加速に負けそうになるが、気合いで鍔迫り合いを維持する。これは結構なチャンスなんだ。

 

 ベアトリーチェ・カリーナはACを使いこなしている。完璧かどうかは見えない俺には区別がつかないが、少なくとも攻撃のタイミングを見切ることはできた。

 ロックオンのない『白式』じゃ普通の軌道でもACを使われると全く見えない。それが曲線でも直線でも関係なく、瞬時加速の何倍も速い。だからこそ、コントロールは瞬時加速の何倍も集中が必要なはず。広いようで狭いアリーナなら尚のこと。

 見切ることのできたタネはそこにある。ズバリ、“減速”。考えればわかる単純な事だが、めちゃくちゃ大変だったぜ。

 

「で、ここからどうするのかな?」

「勿論、斬る!」

「させるか!」

 

 十字の形で『雪片弐型』と火花をちらすショートブレードを弾こうと力を込めた瞬間、逆に俺が押された。ACの加速で押し切る気か。

 

 なら!

 

(流す!)

 

抵抗の力を抜いて筋肉を弛緩させ、ゆったりと身体をリラックスさせる。イメージは流水。逸らすように、逸れるように横へ滑り込んだ。超速で真横を通り過ぎるラファールが起こす風に流されないよう力を入れ直して踏ん張る。

 

いつ通り過ぎるか、今どこにいるのかなんてわからない。だから直ぐに行動を起こした。

 

「おおおおおお!!」

 

 瞬間加速。後を追うように加速し、同時に『零落白夜』で斬りつける! 既に遠くへと去ってしまったが、まだ追える距離だ。『白式』ならまだ捉えられる。

 

 背中を追う俺を、わざわざ顔を横に向けて視線を合わせてきたベアトリーチェ・カリーナは急停止、反転で俺と向き合うように向きを変えた。

 

 再びぶつかる視線、それは必死な顔をしているであろう俺と違って、ヤツはにやりと口角を釣り上げた。嫌な予感が体中を駆けめぐる。

 

(届くか……? いや、届く! というかやられる!)

「ラアアァァァァ!!」

 

 『零落白夜』発動。勘に従って大きく振り抜いた。

 

 

 

 そしてわずか1秒後、目の前にいたはずのベアトリーチェ・カリーナは最初からそこに居なかったかのように姿を消し、『白式』の左脚と左腕が宙を舞っていた。

 

 

 

 な………

 

「何が……なんで」

 

 今のは必中まではいかなくとも、斬れることは確実と言っていい間合いだった。だと言うのに手ごたえは無し。ISの認識を越えた速度で脇をすり抜けて、脚と腕を斬り飛ばした……のか?

 

 ISの姿勢制御の要、PICは主に脚部に集中している。片足を失くした今では浮くだけでも精一杯だ。フラフラと危なげな浮遊で支え、言葉を待つ。因みに、斬られたのは『白式』の脚であって、俺の生身の足まで斬られたわけではない。

 

「まあ想像通りじゃないかな?」

「………ACを展開した状態で瞬間加速」

「そそ。めっちゃ速かったでしょ?」

「いくらISだからって言っても、身体が壊れるかもしれないんだぞ?」

「問題ないね。耐G訓練は基本中の基本。イタリアの話、知ってるんでしょ?」

 

 ………ここまでとは思ってなかったけどな。

 

 絶望的じゃないか……。満足に動けず、刀も触れない。

 

「そういえばケンドー経験者なんだっけ? 聞いたんだけど、左って結構大事らしいね。左足で地面蹴って、左腕で竹刀を振るんでしょ?」

 

 だからこそ、絶望的なんだよ。

 

 さて、どうするか………。

 

 

 

 

 

 

 ふふーんとそれが当然みたいな雰囲気出してるけど、実は結構キツイ。耐G訓練は嘘じゃないけど、それでも叫びたくなるくらい身体が軋んだ。流石にコレを連発しろっていうのは無理だわ。

 

 AC装着の瞬時加速―――閃光加速(フラッシュ・イグニッション)と言われる高等技術はまだ私には扱いきれないかな。

 

 ここで差を開けたのは大きい。口にした通り、先程のような動きはもうできないだろうし、なにより力を込めて刀を触れないはず。ただ、流石に私も無傷では済まなかった。視界に映る機体状況……ACのSPゲージ残量は僅か18%。5分もない。そして武装欄の真上、勝敗を決めるシールドエネルギーは32しか残っていない。

 

 避けた。左腕と左脚を斬り飛ばせた、はずだった。でも、閃光加速をした瞬間迫ったのは真っ青な私を狩る光。『零落白夜』は私の直ぐ目の前まで迫っていた。軋む身体をひねってなんとか直撃を避け、掠りで抑えられたものの、ほぼ無傷だったシールドエネルギーはもう一割残っていない。

 

 明らかに剣の間合いじゃない。以前見たことのある『零落白夜』はあそこまで長く(・・)なかった。考えられるとすればただ一つ。形を変えた(・・・・・)、ということ。ビーム――BT兵器・光学兵器の近接武器はスイッチが入ると一定の形状を保つように制御される。1mと設定されれば1mしか形成されない。この設定を変えられるのは技術者だけで、たとえ知識と技術をもった操縦者がいても、戦闘中では変更できるほどの余裕は全くない。

 

 単一仕様能力の形状変化。こんなの……聞いたことがない。恐らく、いや確実に世界初の偉業だ。あの織斑千冬ですら(・・・・・・・)不可能と言わせた事を……。

 

 流石、と言うべきかしら? きっとどれほどのことか、織斑は気付いてないんでしょうけど。

 

 あと一撃で終わる私と、一撃入れられるかの織斑。ここで射撃武器を使えば簡単に済むんだろうけど、そんなつまらない決着は望んじゃいない。

 

「………」

「………」

 

 無言で構え、音も声も無く合図を交わす。残りエネルギーを全て使いきるつもりでスラスターを全開にして突撃する。

 

 その前に、轟音が響いて、アリーナは揺れた。

 


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