無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 短め


29話 「負けた」

 夏が来た。またしても、この季節が。

 

「あっつーい」

「リーチェ、それは夏だから……」

「簪の言うとおりだ。夏だから暑くて当たり前だろう」

「ぶぅ。紫外線とか、その他諸々は乙女の天敵なのよ!」

「私は……外に出ないから」

「クーラーばかりだと、身体に悪いわよ」

「大丈夫……扇風機派」

「どんな派閥よ……一夏、簪が外に出たがって無いわよ。従者として主の健康管理もしなくちゃいけないんじゃない?」

「そんなの兄さんには言うだけ無駄だ」

「なんで?」

 

 そう、俺こと森宮一“夏”は……

 

「兄さん、夏が苦手だから」

 

 夏が嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、来週から一年生は課外授業だ。タイムスケジュールは配ったしおりの通りだから、必要なものがあるなら今のうちに買っておけよ。売店に無いものは休日に揃えるか通販で取り寄せるように」

 

 ひさしいぶりの大場先生登場。

 

 帰りのSHRで発表されたのは来週末に行われる課外授業についてだった。年間行事予定表にしっかりと書かれているし、部活動に所属しているなら先輩から色々と聞かされている為驚きは無いが、その分楽しい話を聞かされているので騒ぎようが半端じゃない。

 

「ということは……海か!」

 

 妹のはしゃぎようも凄かった。

 

 二泊三日で旅館を貸し切るそうだ。初日はバスの移動で、到着してからは自由時間になっているらしい。ここが一番楽しいとか。水着を着て海で遊びまくるのが毎年恒例なんだそうだ。浜辺でビーチボール、砂遊び、遠泳は……どうだろうか? とにかく、一年生が楽しみにしていることに変わりは無い。二日目と三日目で実習を行い、三日目の夜に学園へ戻る、と。

 

 ちょっとした例外を除いて。

 

「うあー、熱そうね……」

 

 清水のようなインドアはどちらかと言えば休日をゆったり思うように過ごしたいだろうから、外泊は苦手だろう。学校の様に完璧な設備は存在しないはずだから、彼女の様なタイプには退屈な三日間になる。

 

《よりによって海ですって! マスター! ぷっくくく……!》

 

 そして俺。もしくは俺の様な夏が苦手な奴にとっては地獄。三途の川を渡って天使とやらとこんにちはするかもしれないぐらいには苦痛。

 俺の場合、熱いのはまだ分かる。何が嫌いなのかというと……日光と海だ。

 実は肌が弱かったりする。身体の作りからして人間とは違ったりする場所もありはするが、肌に関しては人間よりも弱かった。妙に白い肌もそういうこと。直ぐに日焼けして火傷しそうなのが嫌いだ。

 そして海が……というよりも身体を水に浸かるという事自体が苦手で、海に行けば必ずと行っていいほど沖へ放り投げられるのでひどく困る。泳げないわけじゃない。ただ嫌いなだけだ。泳ぐくらいなら海面を走るね。

 

 ひっそりとやり抜くつもりだが、IS学園でそれは不可能そうなので諦めている。まだ先の話であるにもかかわらず、とても憂鬱です。

 

「来年はから無いのが救いだなー」

「まったくだ」

「……森宮君、この三日間は仲良くできそうだね」

「……清水、どうやら俺とお前は同士のようだな」

 

 日ごろから盗撮して稼いでいる怪しい奴だが、今回ばかりは頼もしい味方になってくれそうだ。

 

「簪、水着を買いに行こう!」

「うん……日曜に行こうね。リーチェも誘う?」

「予定が合えばいいが……」

 

 元気だなぁ……そう言えば去年もこの時期に水着を買っていたような……。どうして毎年毎年新しいものを買いたがるんだろう? 洋服みたいに何度も着るわけじゃあないし、使い回せばいいのに。

 

「休み時間になったら、4組に行こ?」

「分かった。というわけで兄さん、日曜はお出掛けだ!」

「………えぇ?」

 

 俺、行くの? いや、放っておけないから行くけどさ。

 

 水着選びを手伝ってとか、ちょっとした荷物持ちなら別に良いが、お財布担当は勘弁な。この前の駅前スイーツの比じゃないくらい高そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻る。

 

 ベアトリーチェ……リーチェは親しい友人にそう呼ばせているらしく、俺達もそう呼ぶように言われた。日曜日は空いていたらしく、誰かを誘って自分も買いに行こうとしていたので快く受けてくれた。

 

 学園は無人島を開拓して作られた為、本島から離れている。繋ぐのはモノレールと物資運搬用の港のみ。学生が買い物の為だけに船を使えるはずも無いので、当然モノレールを使用して本島へ来た。

 

 時刻は午前十時を過ぎたころ。そろそろ熱くなり始める。

 

 案の定、文句を垂れるヤツはいたというわけだ。

 

「え!? 一夏って夏嫌いなの? 名前に夏の字入っているのに?」

「悪いか?」

「イーエ。意外だっただけ」

「ふん」

 

 ニヤニヤしながら言ってもムカツクだけなんだが……。

 

「で。どこへ向かっているんだ?」

「直ぐそこに、大きなショッピングモールがあるの。学園の生徒が買い物するとなったら、殆どはココで済ませられるくらい大きい場所」

「私も来たことがあるぞ。すっっごく大きいんだ」

「学園行きのモノレール乗り場と直結しているから、交通の面でも便利なのよ」

「なるほどな」

 

 それは確かに。売店に売られている物は限られてくるから、どうしても外出して買い物をする場面が出てくる。洋服だったり、お気に入りのシャンプーとか、香水とか、好みが分かれる物はどうしようもないし、ゲーム、漫画、CDなどの娯楽関係全般は少しも入荷しない。

 そんな時の最寄りの巨大ショッピングセンターか。確かに便利だし、頻繁に利用したくなる気持ちも分かる。

 

「ここはそんなに大きいのか?」

「まーね。そこのゲート通ればわかるよ」

 

 ということでゲートをくぐる。

 

「なるほどな……確かに」

《これは大きいですね……》

 

 見わたす限りの人、人、人。首を上に向ければ上の階へ上がる為のエスカレーターがそこかしこに掛けられていて、それがずーっと上の最上階まで続いている。どうやら建物の中央は吹き抜けで、エスカレーターが掛けられているようだ。探せばエレベーターもどこかにあるはず。

 筒の様な構造で、円の淵にあたる部分に店がずらりと並んでいた。見える場所だけじゃなく、奥にもまだまだ店があるようだ。買い物袋を下げたIS学園の生徒がちらほらと見られる。

 

 案内板には飲食店から始まって、何から何まで記されている。ここのウリは“ここにない物はない”らしい。

 

「んで、どこへ行くんだ。水着店だけでもそれなりにあるみたいだぞ」

「私のお勧めで良ければ案内するよ?」

「ほう、では私はリーチェのセンスを信じる事にしよう」

「私も、いいよ」

「こっちこっち」

 

 三人はリーチェを先頭にして人ごみの中へ割って入って行った。見失わないようについて行く。女性が多めな為に白い目で見られがちだが、気にしても仕方が無いので全て無視だ。今日は簪様の護衛も兼ねているから、目を離すわけにはいかない。

 

「そういえば……」

「どうした?」

「ラウラは?」

「ああ、織斑先生を尾行するとか言っていましたよ」

「「「………」」」

 

 相変わらずな奴だよな。

 

 店の場所は三階のエスカレーターのすぐ近くにある有名な場所だった。本社がイタリアにある世界的に有名な企業でCMも流している……らしい。テレビは見ないし、服には興味が無いのでまったく知らない。

 

 ただの洋服店だが、季節に合わせて取り扱っている商品が夏物や水着ばかりとなっている。言うまでも無く99.99%が女性物で0.01%が男性物の割合で、当然客も女性ばかり。男なんて付き添いぐらいで、どれも面倒くさそうだ。俺もその一人なわけだが。

 

「さて、どうするんだ?」

「そうだね……各々気に入った水着を持ってきて一夏に見てもらう、とか」

「いいなそれ!」

「……やる」

「それじゃあ10分で! 一夏、アンタはココを動いちゃ駄目よ」

「んん? わ、わかった」

 

 なぜか俺の意見を全く無視して話が進んでいった。………何をしろと?

 

 優劣をつければいいのか? それとも褒めればいいのか?

 

《思ったことを素直に言えばいいんですよ》

 

 ………そうか。

 

《今絶対にこいつ適当言ってるなとか思ったでしょう?》

 

 否定はしないぞ。

 

《嘘じゃありませんからね。かわいいとか綺麗とか言えば大丈夫ですよ》

 

 世辞を言えばいいんだな?

 

《それが素直に言えってことです》

 

 は?

 

《流石に私ほどではありませんが、彼女達は十分に可愛いです。保護欲を掻き立てる小動物系、無邪気で活発な妹系、女子力全開な相棒系。若干簪ちゃんとマドカちゃんがキャラ被りしているように見えますが、上手くジャンルがばらけておりとてもバランスが整っています。これだけの年頃の女子三人を前にすれば自然と褒め言葉が出てくるでしょう》

 

 そういうものなのか……。

 

《想像してみればいいじゃないですか》

 

 ふむ。

 

 ………。

 

 …………………。

 

「素晴らしい」

「ホント……?」

「やっぱり私が一番だな」

「なーに言ってるのよ。私でしょ」

「………お?」

 

 いつの間にか三人とも戻ってきていて、片手には水着が握られている。オレンジのビキニ、黒のビキニ、水色のビキニ。………女子は肌を見せたがらない人が多いと聞いているし、少なくとも簪様はその部類だと思っていたが……どうやら女子はビキニが好きらしい。

 

「一夏……」

「兄さん!」

「一夏!」

「「「誰が一番可愛いの!」」」

《あー、なんて予想通りでベタな展開なんでしょう……》

 

 な、何……夜叉の奴め、この展開が予想できていたなら教えてくれたっていいものを……。くそ、愚痴っても仕方が無い。なんとかこの状況を脱出しなければ。

 

 以前、まだ入学する前に簪様がゲームをしていたところを見た。それはロールプレイングとかシューティングとかとは全く違って、文を読むだけのゲームだった。楯無様に聞いてみたところ、どうやら“恋愛シュミレーション”というジャンルらしい。男性がやるものはギャルゲーで女性がやるものを乙女ゲーという区分までついているそうだ。

 この状況はその乙女ゲーとやらに似ている。選択肢が現れて、どのキャラクターの好感度を上げるか選べるという状況に。

 

 難しい……。主を選ぶべきか、妹を選ぶべきか、初の友人を選ぶべきか………。誰を選んでも同じ結末しか見えないんだが……!?

 

 ……無難な選択を選ぼう、そうしよう。

 

「ぜ、全員可愛いと思い、ます。ハイ」

「「「………」」」

 

 だ、ダメか?

 

「可愛い……ふふっ」

「まあ当然だな!」

「そう言うと思ってたわよ」

 

 約一名を除いた二人が、全員のところを自分の名前に置き換えて妄想していた。その点、リーチェはものすごく大人だった。

 

「私が可愛いってね!」

 

 前言撤回。そうでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の洋服店で騒ぎまくって追い出されるんじゃないかと思っていたが、そうはならずに無事買い物を済ませる事が出来た。他にも欲しいものがあるからと、専門店をグルグルと歩きまわっている内に日が暮れて、気が付けば建物を一周していた。まったく疲れた様子が見られないあたり、女子は買い物好きが多いと確信した。

 

 十分満足したようで、モノレール乗り場へ向かって歩いている時のことだった。

 

「あ、一夏さん」

「ん? ああ、こより。久しぶり」

「はい!」

 

 知り合いに会った。

 

 石月こより、小学二年生。まだまだランドセルが新しい。折り紙が大好きで、黒のロングヘアーが良く似合う。歳の割にとても礼儀正しくて誰にでも優しい良い子だ。

 

 そして姉さんの友達。

 

「随分と大きくなったね。病気は良くなった?」

「おかげ様で元気いっぱいです!」

「姉さんは?」

「後ろですよ」

 

 その瞬間にぞわっとした寒気が全身を巡った。ゆっくりと、振り向けばそこには無表情で俺を見下す姉さんが。これは……怒っている。

 

「一夏」

「え、えっと……」

「あの子達の買い物には付き合って、私は放っておくの?」

「いや、来週の課外授業のための買い物だったから」

 

 水着を買いにいきましたなんて言えない。

 

「私に聞けば何が必要なのかもわかるでしょう?」

「……それもそうだ」

 

 一度行ったことのある人に聞けば一発で分かる。しおりに書かれて無くてもあればよかったなーとか、そんな物があるはずだ。

 ……おい、なぜ姉さんの後ろに居る三人は俯いているんだ? マドカ、お前は分かりや過ぎるぞ。絶対に分かっていて言わなかったな。

 

「い、今から行く?」

「こより」

「行ってらっしゃいませ、蒼乃さん、一夏さん。寮の規則は守ってくださいね。こよりは大丈夫です!」

「大丈夫。外出届は出してきた」

「流石です!」

 

 引き攣った笑顔の簪様とリーチェ、悔しそうなマドカ、満面の笑顔で手を振るこよりに見送られて、俺と姉さんは引き返す事になった。

 

 また、一周するのか……。

 

「ねえ」

「何?」

「二人っきりでお出掛けなんて、何時以来かしら?」

「うーん……数年は無かったかも」

「………そう」

 

 腕に抱き付いて、頭を俺の肩に乗せた姉さんはにっこりと笑ってとても嬉しそうだ。

 

 言われてみればそうだ。姉さんと一緒に居る事はあっても、外出なんて全くなかった。望月へ行くときも、昼食の時も、誰かがいた。部屋に居ても誰かがいる。姉さんと二人きりという状況事態とても久しぶりだ。

 

「どこに行く?」

「そうね……一夏の服でも見ましょうか」

「俺の?」

「私服なんてないでしょ?」

「まぁ、そうだけどさ。いいの?」

「いいの」

「じゃあ終わったら姉さんの服を見ようか」

「そうね、そうしましょう。似合うのを選んで」

「勿論」

 

 そう思えば疲れなんて無くなる。きっとさっきよりも楽しめるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けた」

「ああ」

「完敗、ね」

「? 何にでしょう?」

 


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