無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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3話 「森宮」

 どこだ? ここ。

 

「ア゛ッ……!」

 

 少し身体を動かしただけで腹のあたりにと左腕に激痛が走る。それも数分経てばなんとか治まってくれた。首だけを動かす分には問題ないようなので、自分の身体を見てみた。

 見えない。

 左腕は掛け布団の上に合ったので見えるが、腹を含め、自分の身体がどうなっているのか見えなかった。腕は三角巾と特殊なサポーターを付けられていたので、多分骨折だろう。

 

 部屋は純和風っぽい感じだ。天井の蛍光灯と、隅にあるディスプレイ、俺の傍にある見慣れない機械以外はだが。

 始めて(・・・)見るタタミという床や、ショウジというスライド式のドアなど、あの部屋では見られないものばかりで新鮮だ。

 

 そのショウジがスッと開いた。

 そこに立っていたのは見慣れない服を着た男。一言で言うならナイスガイ。なんで俺はこんな微妙な使い道をする言葉ばかり覚えてるんだろうな?

 

「お、起きたのか! 大丈夫か? 痛むところは無いか?」

 

 俺と目があった瞬間に駆け寄ってきて、勢いよく俺に話しかけてきた。

 

「左ウでとハラが」

「腹は撃たれたところだ。弾は貫通していた。腕は瓦礫に挟まって折れていたよ。……っていきなりこんなこと話したが大丈夫か?」

「思イだす」

 

 確か……いつも通り実験やらされて、ホールに集められて、そしたら誰かに襲撃されて、迎撃に出て、撃たれた。で、気が付いたら寝ていた、と。

 

「シンだとおモッた」

「正確には死ぬ寸前だった、だな。何とか治療が間に合って、今に至ると言うわけだ。さて、聞きたいことがあるだろう?」

「おっさんダれ? こコドコ?」

「俺は森宮陣。森宮家第16代目当主。んで、ここは俺の家の森宮本家だ。ついでに言っておくが、俺はおっさんなんて言われる歳じゃない」

「ジン?」

「スルーかよ……ああそうだ。俺はお前の父親だ」

「チチオや?」

「ああ、養子にすることにした。あの施設はもう無いし、お前の本当の家族については何も分からなかった。クスリ漬けにされたお前を病院や孤児施設に預けても同じことを繰り返すだけだからな。俺が引き取った。悪いがこれは決まった事だ」

「ベツニ、ドウでもイい」

「そうか。ま、しばらくは動けないだろうからじっとしてる事だ。何かあったら呼んでくれ」

 

 おっさん――もとい、ジンは言うだけ言ってどこかに行った。

 ………暇だ。

 

 思えば暇な時間なんて今までなかった。実験実験実験の毎日。日記に書いてある限りでは、一番最初の頃……つまり、施設に来た頃に書いていたところでも俺は忙しい毎日を送っていたらしい。それからは予想がつくので、考えるまでも無い。

 

 何をしようか? と思ったが何も思い付かない。今まで娯楽についてカケラも考えた事なんてないから、今すぐやれなんて言われてもさっぱりだ。まあ、この身体で出来る事なんてたかがしれてるだろうけど。

 

 でもまあ。あれだ。

 

「ネる」

 

 傷を治そう。

 今気が付いたけど、頭の中にあった違和感が消えてる。すんなりと物を考えられる。依然と声はおかしいけど。さっぱりだ。

 

 

 

 

 

 

 数日後。完治した。

 

「なんであれだけの怪我が数日で完治するんだ? 腹には風穴、腕は骨折だぞ?」

「クスリに感シャ?」

「俺に聞くんじゃない……」

 

 寝ていたらいつの間にか傷は塞がっていて、腕の骨はくっついていた。念のために病院にも行かされたが、問題ないとのこと。医者はどこが悪いのかと首をかしげていた。

 

「もう考えるのもメンドクセェ……。あーっと、これからの話をするぞ、お前が俺の養子になったって話をしたのは覚えてるか?」

「? シラなイ」

「お前なぁ、つい何日か前の事だろうが! 寝ぼけてたわけでもないし、忘れてんじゃねえよ!」

「…………ソウいえばそんあコトアった、きガスる」

「気がするじゃねぇ! したって言ってんだろ! アホ!」

「で?」

「はぁ……それで、森宮の家は“更識家”ってところに仕える家だ。んで、森宮の名前を背負う奴は更識に仕える義務がある。森宮の仕事は護衛と暗殺。俺はお前にその技術を教えないといけない」

 

 護衛、は出来るかどうかさっぱりだけど、殺しならお手の物だ。どんな武器でも扱える自信はある。無手でも余裕で殺せる。毎日やっていた事だから。

 

「!?」

 

 というわけで早速見せてみる。座った体勢から一歩で密着、手刀をジンの首にトン、と当てる。鍛えているならこれがどういう事なのか、分かると思う。

 

「……そういえば、銃で亡国企業と戦っていたな。確認するまでも無かった、スマン」

「アヤまらなクていい」

「腕は分かった。だが、必要なものはまだまだあるぞ。みっちり詰め込んでやる」

 

 詰めた傍から抜けていきそうだ。日記曰く、昔の俺は物覚えが悪かったらしい。クスリ漬けで更に悪化した今、マトモにいきそうにないだろうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うと言っとるだろうが! 何回間違えれば気が済むのだ貴様は!」

「申し訳ありません」

「いい加減聞き飽きたわ!」

 

 また叱られる。これで何度目だろうか? もう数えてない。

 

「なぜ当主はこのような“無能”を養子になどしたのだ……まるで価値が無いではないか。ただの穀潰しだ」

 

 今教えてもらっていたのは戦術論。それも森宮独自のものだとか。おかげで、電流と一緒にインストールされた情報と食い違いがあってしまい理解できない。加えて俺自身の能力の低さも合わさってまったく覚えられない。テストなら赤点以下、0点だ。

 

 これらの知識に加えて一般教養を身につける為、お嬢様方と同じ学校に通わされているが、成績は学年最下位。それに比べてお嬢様方はそろって学年1位。メイドの布仏様の姉妹も学年上位組に入っている。

 

「そんなことで森宮の使命が果たせるものか! 恥さらしめ!」

 

 そして決まってこう言われる。“恥さらし”“無能”“クズ”その他諸々。守るべきお嬢様方より劣っていちゃ意味が無い。“殺し”以外は一般以下。いや、もしかしたらそれすらも劣っているかもしれない。

 

「付き合ってられん。それを全て解いて片付けておけ。罰として屋敷を今日中に掃除しろ。それまで食事および休憩は認めない」

「はい」

「……何故貴様がここに居るのか私には分からん。とっとと放り出してしまえばいいのに。当主は何を考えているのか……」

 

 そんなの俺が聞きたいよ。俺がここに居る意味をさ。

 

 殺しができたって、今の世の中じゃ何の意味も無い。たとえこれらが抜きん出ていたとしても使い道が全くない。というか単純な力が通用する世界じゃない。無くなった。

 

 インフィニット・ストラトス。通称IS。女性にしか扱えないという欠点があるが、現時点において究極の兵器であることに変わりは無い。本来は宇宙開発用のパワード・スーツだったらしいが、今では兵器同然。軍用型まで開発されているぐらいだからな。軍用ISは非公式だがこれでも森宮の末端、それくらいの情報の閲覧は可能だ。

 これの登場、普及によって男性の立場は悪化の一途をたどり、女性の優遇制度なんてものが設けられ、学校を始めとした教育機関であるものがよく見られた。女尊男卑。学校がこんな態度をとるのだから、この風潮が広まり、定着するのは当然だった。そして現在進行中である。

 

 まあISがあろうとなかろうと、俺の立場は家も学校も変わらない。白い髪にオッドアイ、加えて“無能”だからな。

 

 使い古された指南書を見る。

 そこに書かれているのは分かりやすく言えば、こんな時どうする? というもの。答えをノートに書いていくが、確実にこれは間違いだと言われるだろう。俺が合っていたためしがないってのもあるが、さっきも言った通り、インストールされている情報とまったく違う為に、理解ができない。インストールされている情報はもはや遺伝子レベルで染みついているのだ、もはや本能に近い何か。

 ジンが言っていた。俺の脳のキャパシティはクスリと実験によって減少しており、そして余った部分の大半にインストールされた情報を収納している為、必要のない知識が入りこむスキマが存在しないらしい。というわけで、俺にとってこの授業は無駄なことなんだが、特別扱いするわけにはいかないだろうし、誰も納得しないだろう。

 

 てきとうな回答をして、ノートを閉じる。

 ここからが問題だ。このバカでかい屋敷を1人で掃除するのは骨が折れる。無駄なことは考えずにとっとと済ませよう。

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 掃除終了。現在の時刻、午前1時26分。だいたい半日ぐらいかな。前は1日掛けていたからかなり良くなった方だと思う。それでも全然ダメな方なんだけど。

 

「片付け片付けーっと」

 

 用具を詰め込んだ俺専用になりつつあるバケツを持って倉庫へ向かう。趣のある日本家屋には欠かせない縁側を歩く。ギッ、ギッ、と歩くたびに音が鳴りそうだが、そこは俺、足音を殺して歩くのが普通だったので、音は無く、虫の鳴く声だけが響いている。

 

「こんなことはできてもな」

 

 愚痴りながら片付ける。こちらも俺専用になりつつある倉庫の鍵を使って閉める。開かない事を確認してから部屋に戻ろうと、足音を立てずに縁側を歩いている時、話し声に気が付いた。

 この時間に誰かが起きているのは別に不思議じゃない。護衛と暗殺を受け持つ森宮ではむしろ普通……とはいかないまでも、珍しいことじゃない。

 だが、ここで気になるのはそんなことじゃない。場所があれなんだ。

 

 陣の部屋。

 あいつ――じゃなくて、養父はこんな時間に起きていることはあまりない。現役ではあるが、それなりに歳を取っている為、健康的な生活を心がけているらしい。早寝早起き朝ごはんブーム真っ最中。

 その養父がこんな真夜中に誰かと話している。あまり良い話しじゃないだろうし、末端の俺には関係ないだろう。そう思って通り過ぎようとした時、1つの言葉が耳に入った。

 

「一夏がどうした?」

 

 ………別に俺の名前が出たからって気にする必要なんてない。一応養子だし。

 

 そう結論付けて離れようとした。が、身体は動かない。

 

 ……前にもこんなことが無かったか?

 

「今日という今日は申させていただく」

 

 相手は俺のお目付け役らしい。

 

「あのように物覚えの悪い者は見たことが無い。本人にもやる気を感じられないし、屋敷の者を始め、布仏や更識本家の者にまで「森宮は……」と関係のない我々に対してまで小言を言われる始末。屋敷の者は皆、小僧の追放を望んでおります」

「前にも言っただろうが。それは仕方のないことだと。布仏や本家には俺から言っておくから、お前たちは今まで通り、一夏に教えてやってくれ」

「断ります。ご存知ですか? あやつは罰を何とも思っておりませぬ。面倒だから、どうせ理解できないからと、解くように言っておいた問題の解を適当に書いております。これは今日の物です。明らかに関係無い言葉まで出てくる始末。奴に教えることなど何もありません」

「………」

 

 さすがに“麦茶とほうじ茶の味の違い”について書いたのは拙かったか……。やっぱりもっと詳しい内容じゃないとダメなのか? 違うか。

 

「刀奈様も簪様もよくは思ってない様子。あやつもお嬢様方の事を軽んじている傾向がございます。森宮の使命を果たそうとしない者をこの屋敷に置いておくのですか?」

「…………」

 

 森宮の使命は物覚えの悪い俺に養父が直々に何時間も何日もかけて俺に刷り込んだ(・・・・・)事だし。使命に忠実な養父からすれば、この返しはきつい。

 というかなんで養父は俺をかばうんだ? そこからして謎なんだが……。

 

「あ奴めの処分を」

「………」

 

 あれか? こんなときだけ親面してるのか? まあ養父は他の人に比べて優しいところがあるが、多分俺に一番呆れて、イラついているのも養父だ。

 だとしたらこれはこの屋敷にとって、布仏に、更識本家にとって絶好の機会だ。なにせ、俺を追放すれば人体実験の被験者が無償で手に入るんだからな。モルモットに人権なんてあるはずない。好きにし放題だ。

 

 とするとこれは俺にとってピンチな状況になる。何せ衣食住が無くなるんだから。別にここじゃなくてもかまわないし、1人で(狩りをして)生きていける自信はあるが、流石にこいつらから逃げきれるのは不可能だ。

 

 どうする?

 

「……一夏の」

 

 ここでまたボーっと突っ立っておくのか? あの時みたいに?(・・・・・・・)

 

「一夏の処分は……」

 

 それは拙い。どれだけ今の立場が悪くなろうと構わない。クスリ漬けにされない為ならなんだってやってやるさ。

 

 俺は無意識に障子を開けてこう言っていた。

 

「森宮一夏の処分は、全教育課程を修了し、代わりに各方面からの暗殺依頼を回す。でいかかでしょうか当主様」

「「!?」」

 

 ちなみにこれは俺が人生初の“自分の為に”動いた瞬間である。

 

「身に付きもしない事を延々と教えていたところで時間と人員の無駄です。ならば止めてしまえばいい。幸い、私は“殺し”の技術だけはそこそこ持ち合わせております。ならば私に暗殺依頼を回せばよろしいと思いませんか?」

「盗み聞きの上にその態度! 無礼であるぞ小僧! 単に座学を受けたくないだけであろうが!」

「その座学で教えられるものはどれも戦い方ばかり。突き詰めれば“殺し方”です。もともと身についている技術を教えたところで意味はございません。先ほども申し上げました通り、時間と人員の無駄です」

「なんと生意気な! あれは森宮の者が必ず通る道である! 貴様だけ特別扱いするわけにはいかん! たとえどれだけ出来が悪く、“無能”であってもな!」

「森宮の使命はただ1つ、“更識家への忠誠”でしょう? 用はそれさえ果たせばいいのです。加えて、森宮としての義務……私にできる事でしたら暗殺のみになりますが、これも果たせばいいだけ。何も問題はありません」

「貴様ァ!」

「待て」

 

 そこでやっと養父が口を挟む。

 

 理由は知らないが、アンタは俺をここから出す事を渋っている。この提案を呑めば、俺は今まで通り森宮の人間だし、ついでに使命も仕事もこなす。俺としては自分がどうなろうがまた被検体にされなければなにされようが別にどうでもいいから、この案ならお互いの要望を通せる。かなり強引だが。

 

「一夏、人が殺せるか?」

「ここに住む誰よりも私は人を殺しております」

「………わかった。森宮一夏の処分は以下の物とする。全教育課程を修了し、明日より任務に当たれ。当面は先人達のサポートに回ってもらう」

「かしこまりました」

「当主!」

「さあ、部屋に戻れ。もう遅いし、これ以上騒げば誰かが起きる。私も眠たいしな」

「失礼します」

「待たんか!」

 

 お目付け役の制止の言葉を無視して俺は部屋へ戻った。

 

 とりあえず、これで面倒な座学も罰も無くなる。その代わりに任務が入ってくるわけだが、俺からすれば人殺しこそが常識だ。別にどうでもいい。

 

 やったね! 明日からが楽しみだぜ!

 

 

 

 

 

 

 なんて甘い希望を持っていたが、今まで“森宮”に向けられていた小言、悪意、悪戯などが全て“森宮一夏”へと矛先を向けて襲いかかって来た。すれ違いざまに脚を掛けたりボディーブローは当たり前、拳大の石は普通に飛んでくるし、食事にペット用の飯が混ざっていたことだってあった。一番ヤバかったのはわざと俺を狙って銃を撃って来た事だったかな。

 ヒエラルキーで俺が一番底辺なのを良いことに、多種多様な悪意がこれから数年間俺に向かってくるわけだ。正直座学と罰の数百倍キツイ。寝てる時でも気を抜けない、数m先に誰かの気配を感じただけで飛び起きてしまう。今まで以上に閉鎖的になっていって、自傷行為が増えていったのを嫌でも実感する。

 ISとか関係無しで俺の立場は最悪で、いつ、誰が俺を殺しに来てもおかしくない状況だ。常在戦場である。

 

 1年経てば傷が増え、2年経てば心が砕けた。

 数年後、俺は言う事を聞くだけの機械のようになっていた。

 

 そんな折に行われたある行事が俺を変える。

 17代目楯無の襲名式。お嬢様方との再会だ。

 


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