無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 そろそろ詰まってきたかも……

 ほっぽちゃんに会えた喜びを噛みしめながら書きました。



35話 まだ終わりじゃない

「衛星とのリンクどうだ?」

「………確立、目標は予想進路通りに移動中」

「随伴する機体は確認できず。目標周辺に反応ありませんわ」

 

 学園が所有する特殊な衛星から送られる目標の位置情報、天候等を含んだデータが、情報処理に長けたイギリス製の二機へ送られ、報告を受け取る。マドカが繋いだリンクはメンバー全員へと繋がり、夜叉へも情報が流れこんだ。

 超高速で飛行を続ける目標は、確かに旅館の司令部で見た予測線をたどるように移動を続けていた。

 

 接敵まであと八分。

 

「あと八分だ、準備と確認怠るなよ。特に織斑と篠ノ之。作戦の核はお前達だからな」

「お、おう」

「……ああ」

「織斑には俺が、篠ノ之にはマドカがべったりと張り付く。気にせず自分の仕事をやれ。オルコットとリーチェはとにかく引きつけてくれ、穴があれば突っ込ませる」

 

 各々の返事を聞きながら、頭の中では簪様の“嫌な予感”についてずっと考えを巡らせていた。

 

 起こりうる限りのケースを想像する。

 

 織斑、篠ノ之どちらかが、或いは両方が大破して作戦続行不可能になること。互いに直援を貼り付けているために、殆ど起きることはないだろう。だが、もし実現すれば作戦失敗を意味している。可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではない。

 

 これをゼロからイチへと近づける要因はなんだろうか?

 

 一つは目標『銀の福音』が、俺達の知らない何らかの機能や装備を所持していて使用してきた場合。リミッター解除、広範囲殲滅兵器『銀の鐘(シルバー・ベル)』以外の強力な兵器を持っていたりと、俺達の処理限界を超えるようなものがあれば、十分に考えられる。

 一つは排除されているであろう不確定要素。砕いて言えば、戦闘領域に侵入してきた船や飛行機だ。警告はされているし、組合等の組織に所属していればここへ入ってくることはありえない。自然と、密漁船のような無許可、法を犯すような連中を指す。助ける義理はないし死んでも文句は言えないが、ここにいる面子には立てるべき面がある。無視はできない為に、そこから何らかの綻びが生まれるかもしれない。

 

 そして俺が最も懸念している事。それは、この事件を起した人物からの妨害だ。

 

 国家の最高機密に触れる軍事ISを暴走させる腕前と、その組織力。間違いなくISを所持しているだろうし、狙いがIS学園にある専用機の情報や男性操縦者関連であることも想像がつく。亡国機業からの倉持技研襲撃や、入学してからの無人機襲撃などは記憶に新しい。事あるごとに妨害を受けている以上、今回も無いとは言いきれなかった。むしろあると思って挑むべきかもしれない。

 

「これは俺の勝手な妄想だが、今回も妨害があると思っている」

「例の無人機か?」

「かもしれないし、そうでないかもしれない。だが、狙ったように襲撃をかけたり、わざわざ臨海学校先近くの海域を素通りすることを考慮すれば、俺達が目的だと考えるのは難しくないだろう?」

「まあ、確かに」

「兄さん、具体的にどのあたりが目的なのかな?」

「織斑、どう思う?」

「お、俺かよ……。まぁ、普通に考えるなら俺と森宮のデータとか、専用機のデータとか?」

「そうだな。加えて、お前と篠ノ之は人質としての価値もある。解釈を拡大させれば、それはここにいる全員に言えることだろう。無論、俺も含まれる。情報がどこからか漏れいてれば、紅椿を狙っている事も考慮するべきか」

「姉さんが手掛けた最新型か……篠ノ之束の名がもたらす影響力を考えれば、確かにありえる」

「新型という意味でなら、私のステラカデンテだってそれなりの価値があるだろうね。テンペスタシリーズの最新型で、あのACを複数搭載してるんだから」

「上げればキリがないな……」

 

 連中からすれば、学園は間違いなく宝箱だ。伝説の海図で秘境に隠された世界最高峰の宝が一ヶ所に集まっているようなもの。全てが等価値ではないものの、そのどれもが希少価値があるために絞り込むのは非常に難しい。

 

「今更戻るわけにもいかないし、注意するしかないよ」

「……そうだな。索敵を怠らず、衛星とのリンクは切らないように」

 

 リーチェが言ったことは正しく、委員会からの正式な作戦を放棄するわけにもいかず、また憶測を出ないことで色々と考えても仕方がない。やるべきことをやって、最大限気をつけるしかないのだ。

 攻めの姿勢を取らない限り、先手を取ることはできない。学園が現状維持、警備強化に努める限りは後手に回らざるを得ないだろう。こればかりはどうしようもなかった。

 

 今できるのは、被害を最小限に抑え作戦を成功させることだけだ。

 

 接敵まであと三分。

 

「森宮、あの島はどうだ?」

「島?」

「お前が言う条件には一致すると思うが」

「……あれか」

 

 篠ノ之が珍しく声をかけてきたと思えば、内容は紅椿の待機場所だった。気持ちの切り替えはついたようで、いつもの凛とした雰囲気が戻ってきている。浮かれた様子も無い。

 

 ……流石と言うべきか。これなら問題は無さそうだ。

 

 目視で確認できる島は一つだけだった。岩肌の面積が濃い中で、ある程度の樹木がある為隠れるにはもってこいだ。ISの展開を解除しなくても問題ない。

 

 夜叉のセンサーをフル稼働させて索敵範囲を広げる。半径の中に島を捉えたところで解析を行い、問題がないことを確認してから指示を出した。

 

「篠ノ之、マドカはあの島で待機。合図があればその時は頼むぞ」

「分かった」

「了解。行くぞ」

「ああ」

 

 マドカは不機嫌そうな表情のまま、オンブラの固定を外して飛び下り機体を傾けて降下。白式を下ろした紅椿がそれに続いた。足場を失った織斑は、開いたステラカデンテの背中に移る。

 

 それを見届けた後、速度を保ちつつさらに前進。

 

 望遠倍率を上げ、各々が前方を警戒している中で、俺が見た者は銀色の翼だった。

 

「目標を視認した。データリンク、送る」

「……これが、銀の福音」

全身装甲(フルスキン)……シールドエネルギーを抜けても固い装甲がお出迎えですわね」

「実戦仕様は伊達じゃなさそうだ」

「それを言うなら夜叉も実戦仕様なんだが」

「それもそうだ。あれだけの武装に全身装甲ときたらもう怖い怖い。味方で良かった」

「頼りにしてるぜ」

「今回は盾になってやるが、本来は俺の役割じゃないからな?」

 

 盾があるからという理由だけで採用されてはたまらない。こう言うのは向いている奴に任せればいいんだ。今回が特別なだけだ……と思いたいね。

 

「仕掛けるぞ。リーチェ、オルコット、先行して注意を引いてくれ」

「OK」

「了解です」

 

 雑談をささっと切り上げ、状況に入る。

 

 予定通り、俺と織斑は息をひそめて静かに待つ。上空で肉眼とセンサーを用いながら戦局を見て、俺が合図を出す手筈になっている。

 

 織斑を下ろしたステラカデンテは急降下をして海面で直角に進路を変え、追うようにグングン高度を下げるブルー・ティアーズと挟撃するようだ。安定した性能を誇るサブマシンガンと、高火力のエネルギーライフルが上と下から銀の福音を挟みこむ。

 

「なっ……!」

「外した!? この距離で私が……!」

 

 はずだったが、銀の福音は直前で察知し回避。お互いの弾に当たらないように射線を調整しながら、常に挟撃できる位置をとりつつ、複雑な三次元軌道を描く。円の様な曲線の様なそれは、放がれる銀の鐘のエネルギー弾の間を縫うようにブーストの炎を残す。

 

 追いかけっこが一瞬にして苛烈なドッグファイトへと変貌を遂げる。あたり一帯は銀の福音が放つエネルギー弾と、リーチェがばら撒くヴァイパーの弾で弾幕の嵐だ。

 

 カタログスペック通りの性能を発揮する福音は驚くほどにすばしっこく、それでいて一発一発が高火力を秘めている銀の鐘は想像以上に厄介な武装だった。これ以外に武装がないことを訝しがっていたが、合点がいった。

 単独で亜音速飛行を可能にしつつこれだけの対IS戦闘を行えるのなら、他の武装は必要ない。圧倒的速度で翻弄し振り切り、かすり傷も無視できないほどの威力を持つ広範囲兵装で蹂躙する。

 

 小細工を弄せず、スペックで圧倒する。中々に王道を感じる戦闘スタイルだが、故にやりづらいだろう。

 

 作戦にあたって選ばれたのは速度に特化した機体ばかりだ。その他は二の次で、防御がどうしても薄くなる。追いつくためにと考えてだったが、戦闘に関しては悪手だった。現状、弾幕の濃さに二人とも特性を活かせず回避で手いっぱいになり、的になるばかりで隙を作るどころではない。

 

「オルコットさん、ビット使えないの!?」

「無茶を言わないでくださいませんこと!? ビットの推進力を全て費やしてようやくこの速度を保てるのです! 飛ばしたところでこの弾幕では落とされてしまいます!」

「弱ったなぁ……どうしようか?」

「私に振られても困ります……」

 

 ……仕方がない。

 

「織斑、合図をしたら突っ込んで来い」

「それは分かるけど……お前はどうするんだ?」

「俺も加勢する。あのままでは押し切られてしまいそうだからな。動きを止める、なるべく安全に攻撃できるような状況を作るから、ここを動くんじゃないぞ」

「OK」

「よし。………俺がそっちに行く、合わせろ」

「了解!」

「助かります!」

 

 PICを切って、頭を下にして重力に身を任せる。俺が落下する軌道を読んだリーチェが言葉通り合わせてくれた。

 振り切ろうと必死な様子を演じるリーチェを追って、銀の福音がさらに加速する。

 

 ジャストだ。

 

 持ち前の高速を活かして頭上を過ぎ去ったステラカデンテの白い風を感じた瞬間に目を開く。目の前には上下逆さまに移る銀の福音が。スラスターを吹かして平衡感覚を取り戻して直接銀の福音へ取りつく。PICを切ったままなので、機体分の重さがのしかかっていることだろう。実際、速度が目に見えて落ちている上にフラフラと不安定な飛行になり始めている。

 

 振り落とす、という工程を無視して銀の鐘を接射しようと翼が動き出す。同時に両腕でがっちりと掴まれて逃げることが困難な状態へ。だが、銃口にエネルギーが集束していくのを見ながら、俺がとる行動は武装の展開。

 俺を包み込むように広がる翼を、レーザーや大口径の弾丸が叩く。高速で動きつつあるものの、ロックオンまでして攻撃しようとしているこの瞬間はただの的同然だ。

 

 絶対防御が発動することはなかったが、大きくシールドエネルギーを削り、装甲自体へダメージを与えた。へこみやヒビ割れ、破損し内部機関が丸見えになったところもある。リーチェはヴァイパーを両手で握りながらもガトリングを用いた計四門の砲が火を噴いて装甲を剥がし、オルコットが大口径且つ高火力なロングスナイパーライフルで正確にリーチェがつけた傷を広げていく。

 

 堪らず攻撃を中断して引きはがそうとした一瞬の動作の間にスラスターを最大噴射、するりと腕を抜けだして既に展開していたティアダウナーで左の翼を斬り、その場で一回転して両足を福音の背中へ押し付け翼を左手で握り、スラスターの噴射と両足のバネで強引にもう片方の右の翼を引きちぎる。

 そのままの勢いで距離をとり、援護してくれていた二人と合流。しばし観察する。

 

「これが、“学園最強”ですか……勝てる気がしませんわ」

「誰だそんなことを言ったのは」

「教員を始め、全学年で囁かれていますわよ。三年の日本代表森宮蒼乃、二年のロシア代表更識楯無、一年の男性操縦者森宮一夏、学園最強はこの三人と。模擬戦も公式戦も見させていただきましたが、まさか実戦でここまでできるとは……。箒さんや秋介さんへ色々と言うだけの実力、確かに拝見させていただきました」

「偉そうに……」

「秘密ですわよ? 実は他の方や先生方からお目付け役を押し付けられましたの」

「そうか。心中察するぞ、命がけの実戦で面倒な役割をやらされるのは面倒且つ邪魔でしかない」

「……以外ですわね。もっと冷たい人かと思っていました」

「前言撤回、程よく危険にさらされてしまえ。それだけ喋れるなら十分だろう」

 

 殆ど初めてオルコットと会話をするが、噂で聞くような驕った台詞や態度は出てこなかった。根は紳士……じゃなくて淑女なのだろう。実力や度胸も中々のものだ。

 

 こうして無駄話をしている間にも、何も怠らない。

 PICと脚部スラスターだけで浮遊する姿は数分前までの俊敏さはカケラもなく、視界を埋め尽くすほどのエネルギー弾を放つことも出来なくなった。ただのスリムなISだ。

 

 これ以上何らかの武装があるのなら使ってくるだろうし、無ければ向かってくることはない。更に強力なものを持っていたとしても、翼を失った以上高速仕様のこちらに追いつくことも攻撃することもできないだろう。

 

 恐らく、奴がとる行動は……逃げることだ。

 

「反転した……!」

「オルコット、妨害しろ。俺が右から捕まえるkら、リーチェは左を頼む。織斑、そろそろ出番が来るぞ」

「分かりましたわ」

「うん」

「お、おう!」

 

 予想通りに動きだした福音は、俺達に背を向けて出せるだけの速度を出した。そこへオルコットの狙撃。あえて直撃させずに、至近距離を掠めるように外している。回避のために速度を若干落としたところへ、リーチェが追い抜いて前へ飛び出して武器も持たずに突進する。今の瞬間加速は夜叉でも出せるかどうかというレベルで、モロにくらった福音は怯むどころか進行方向の正反対へ押し返された。

 

「いったぁーーい!!」

 

 当然、リーチェにも同等の衝撃が襲うわけだが今回はナイスな選択だった。

 

 受けとめると同時に羽交い締めにして拘束する。翼も無く特に起伏のない背部装甲は邪魔にならず、動きを止めるために一役買ってくれた。

 

 更にダメ押しのスタン弾をリーチェが撃つ。オンブラの左翼に格納された『52式可変狙撃銃』の弾種はどうやら豊富な様だ。サポート前提だけのことはある。限定されたコア数の中で、援護を前提とした機体など開発がされないために、オンブラは割と画期的で貴重な兵装かもしれない。

 ともかく、スタン弾により電気信号系を狂わされた福音はネジが切れた人形のように力が抜けた。無抵抗化には成功しているが、意識は残っているし、スタン効果が切れればまた逃げ出そうとするだろう。

 

「織斑!」

「おう! “零落白夜”起動!」

 

 はるか上空で待機していた織斑が元気よく返事を返す。昼間でもよく見えるほど煌めく雪片弐型の輝きは美しく、狂気的だ。

 第三世代型屈指の速力を活かして、急降下しつつ剣を構える。

 

 斬られる際に巻き込まれては堪ったものではない。奴が振り抜くタイミングを読み、程よいところで福音を上へと放り投げる。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 無抵抗なまま、銀の福音は白式が振り抜く一閃のもとに伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だった。見事な手際だ」

「いえ、連携あればです」

 

 旅館の司令部へ戻ってきたのは十二時四十五分。移動を除けば、おおよそ一時間にも及ぶ作戦だ。実際に戦闘を行った俺達や、近くの無人島に身をひそめていたマドカと篠ノ之、旅館で待機していた専用機メンバーと教員は、どっと息を吐いて肩の力を抜いた。

 

 各々安心した様子で緊張を解いており、今回ばかりは素直に織斑先生が褒め、苦労を労ってくれたこともあって明るい雰囲気で包まれている。

 無事を喜んだ山田先生は泣きだしてしまい、同じく泣いて喜んだ簪様はしばらく俺とマドカに抱きついて離れようとしなかった。

 

「良かった……」

「簪は大げさだな。この程度で私達が負傷するものか」

「戦ったのは俺なんだがな」

「うぐ……に、兄さんの戦果は私の戦果でもあるのだ!」

「おいおい……まあいいが」

「戦果なんていいから!」

「わ、分かったから泣くのを止めてくれ……こういうのは苦手だ」

 

 くすぐったいと表情で訴えるも、伏せって泣くばかりの簪様はしばらく聞いてはくれなかった。

 

 ただ、それすらも喜ばしいことだ。それだけ俺達姉弟が大切にされているという事の証明でもある。滅多にない出来事に、マドカと共に幸せを噛みしめた。

 

 

 

 

 

 夕飯が済み、月が水平線に浮かび始めた頃、ようやく作戦終了となり警戒態勢が解除された。今から野外授業を行うわけにもいかず、学校としては大金を使ってただの旅行をやっただけで終わりという実りのない臨海学校で終わりとなる。三日目は朝から帰り支度で忙しいので、実習の時間は設けられていない。延長などもっての外だ。

 

 高い意識を持って入学してきた生徒達だが、そこはやはり若者。授業と言う言葉には嫌なイメージがべったりと塗りたくられている。逆に、旅行や遊び等の娯楽には目を輝かせて喜ぶ。

 残念がる声も多くあったが、久しぶりに海で遊べたと大層喜んでこの臨海学校は二日目の夜を迎え、終えようとしていた。

 

 終えようと、していた。

 

《マスター》

「ん?」

 

 今は一人だ。男湯にゆったりと使っている。織斑は今頃姉のマッサージに両腕を痛めながらヒイヒイ言っているだろう。

身につけているのは首につけた待機状態の夜叉だけ。首輪から垂れるチェーンの先、きらりと月明かりで光る逆十字から、声が響いた。

 

 いつもはプライベート・チャネルを応用した方法で話しかけてくるのだが、夜叉も開放的な気分に浸っているのだろう。久しぶりに、自分の聴覚越しに夜叉の声を聞いた。

 

《これで銀の福音関連の事件は終わりでしょうか?》

「さあな。ひとまずは撃破して、パイロットと待機状態の福音は先生に預けてきた。委員会も電子書類を受け取って作戦終了と言ってきたし、一応の片はついたことになる」

《それは分かっているんですけど……》

「まあ不安も分かる。今回はあっさりとし過ぎた」

《今までの二回の襲撃と比べれば、規模は大きくなったように感じますけど……ああ、もう、なんて言えばいいのか……》

「騒がせただけ、とも言えるな」

《そう……ですね。マスターの言うとおり、あっさりとしていますし、あれこれと考えた割にはすぐに終わりました》

 

 今回は学園内の出来事ではなく、国家の最重要機密が関わるような大事件だった。だが、やったことと言えば暴走した機体の撃破および捕獲。学校や生徒から見れば危険極まりないものだが、俺と夜叉からすればごく普通の作戦でしかなかった。

 

 そう、あっけなかった。簪様が「嫌な予感がする……」と言っていたにもかかわらず、大した問題も起きずに夜まで時間が流れ、終わりを迎えている。

 

《ここから何かある、そう考えていいのでは?》

「ありえなくはないが……既に銀の福音はこちらにあるし、武装も破壊した上にシールドエネルギーも空だ。再暴走するとは考えられない。あるとすれば無人機の奇襲か?」

《無人で起動して抜けだされる可能性もあります》

「パイロットから剥がしているのにか?」

《コアへ直接干渉すれば可能でしょう。現に、それを可能とする人物がいます》

「……篠ノ之束博士か」

 

 生みの親なら、確かに全てのコアを把握しているのは不思議ではない。あれだけの情報力と科学力を持っているのなら当然とすら思えてくる。

 

 仮に彼女が仕組んだとしよう。何が目的で、何のメリットがあるのか。

 

 紅椿が絡んでいることはまず間違いないはずだ。このタイミング、そしてわざわざ大切に思っている(シロウト)を戦場へ出すことも引っかかる。

 

 ……紅椿の実戦テスト? もしくは何らかの布石だった? これから起きることこそが目的なのか?

 

 ……わからない。

 

《勿論、博士が無関係の可能性だってあるわけですが》

「そうなると浮き彫りになるのが無人機を使って襲ってきた連中、あるいは亡国機業か」

《同一と見てもいいのでしょうか?》

「ISを既に所有しているからな、その線もある。背後が不透明だから余計に怪しいな」

《……ここで考えても分かりませんね》

「以前言ったかもしれないが、現状では後手に回るしかないんだよ。攻めようにも相手が見えない。規模やスポンサーまで分かってからでないと、動くのは難しいな。更識がここまで手こずっている事を考えても、かなりのやり手だ。今までのように甘くはない」

《やられてばかりは嫌いなんですがね……》

「皇も動いている。今は待つしかないだろう。この後に何か起きるとしてもな」

 

 ふぅ、と息を吐いて露天風呂の中に突き刺さっている大岩に頭を乗せて月を見上げた。程よい気温に、これまた程よい熱さの温泉は疲れた身体と心を癒してくれる。学校では大浴場が使えないままで、部屋に備え付けのシャワーばかりで物足りないと感じていたので、この臨海学校で露天風呂が使えると聞いた時は柄になく喜んだ。本家でもこの風呂の時間だけは和んでいたっけ。

 

 身体中にある無数の傷痕が、少し疼く。

 

 まだ終わりじゃない。

 

 これからだ。

 

 そう言われている気がした。

 

 上等だ、やってやろうじゃないか。たとえどれだけ手を汚す事になっても、護ってみせる。

 


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