無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 というわけで、今までの投稿した話数全てにサブタイふっております。

 キリよく行きたかったので、長めとなっております



40話 「ねえ、どこ?」

 

「わああっ!」

 

 大げさな被りをふって、俺は飛び起きた。

 

 そして思考が停止する。

 

「は?」

 

 ………落ちついて思い出そう。クールになれ、織斑秋介。

 

 俺は突然旅館から飛び出して行った夜叉を追いかけて太平洋に出た。追いついたころには終わっており、捕まえた無人機と福音が森宮の腕の中で伸びており、福音を受け取って帰っていた。その途中で無人機の増援に囲まれ、最優先で福音を旅館まで運ぶ為に森宮が時間を稼いで俺だけ先に戻っていた。そこで、何者かに襲われて気絶した……はず。

 

 ならば、無人島もしくは海中などにいるはずだが………はて、なぜ大草原のど真ん中で昼寝をしていたのだろうか? そもそもこんな場所が地球にあるのか?

 

 状況が呑み込めない。

 

 だが、吹き付ける風や心地良い日差しと気温に心が弾む。ごろんと寝転がれば、草のにおいに包まれてまどろんできた。

 

 こんなにぐっすりと寝れそうなのは初めてかもしれない。自然もバカに出来ないな……。

 

「…………い」

 

 ぐぅ………。

 

「おい」

「zzz」

「起きろ、織斑秋介」

「………ん、んぅ……」

 

 誰なんだ、折角いい気持だったのに。

 

 そう思って、声の主を視界に入れる。俺のすぐ傍に立っており、寝転がる俺をじーっと見降ろしていた。

 

 黒くて長い髪をした、白い服の少女だ。目つきはどこか鋭く、姉さんを連想させる。多分小学校四年生ぐらい。歳の割にずさんな言葉遣いと自信を持った女の子らしくない台詞は、ますます姉を思わせる。

 ばさばさと服がはためき、スカートがめくれて見えそうで見えない。

 

 いや、見たいわけじゃないよ。男だから気になるだけだ。

 

 そう思っていると、より一層強い風が吹いて、ばさりとスカートがめくれ上がる。そこには身につけた真っ白な服同様に、まっしろな…………無い!?

 

「ちょ、おい………!」

「む?」

「む? じゃねえ! パンツぐらい穿け!」

「なんだ、欲情したのか? こんな幼い子供相手に盛んなことだな。ロリコンめ」

「違う! 常識を諭しているんだ!」

「……まぁそういうことにしておいてやろう。話が進まん」

 

 くそ、何なんだこの子は。このからかい方といい、やっぱり千冬姉さんに似ている。それにこの空間もどこかおかしい。少なくとも、現実じゃないのは確かだ。

 

「お前は強くなりたいか?」

「え?」

「強くなりたいか、と聞いている」

「あ、ああ。そうだな」

「何故だ?」

「何故? ………うーん、目的があるからかな。それに、強くありたいってのは男としての願望みたいなもんだ」

「目的と男しての矜持か」

「矜持、そういう言い方もあるのか。よく難しい言葉を知ってるな」

「では目的とはなんだ?」

「スルーかよ。で、目的だったっけ。分かりやすく言えば、人探しのためかな」

「一筋縄じゃいかないから。ブリュンヒルデの弟ともなれば、いろいろと苦労するんだ。誘拐されたりしたし………。自分を護る為にも、自分を通す為にも、人探しの為にも、力が必要なんだと俺は思う」

「では何故人を探す。それはお前が忌み嫌う兄と妹ではないのか?」

「そ、それは……!? なんで知ってるんだ?」

「答えろ」

 

 目の前の少女は、本当に何者なんだ? この口ぶりじゃ、俺の過去も知ってるようだし。

 

 答えたくはないし、そもそもそこは踏み込まれたくない領域だ。ただ、この少女から感じる雰囲気のようなものは、黙秘は認めないと感じる。加えて俺自身がどこかで話さなければならないと強制感を感じていた。

 

「こ、後悔だと思う」

「後悔するようなことをしてきたのか?」

「昔は結構我儘だったし、君が言うように俺は兄貴と妹が嫌いだったんだ」

「嫌いな人物を、時間を削って力を得てまでして探そうというのか?」

「今はどうだろう……少なくとも嫌いじゃない、と思う。ただ、酷いことをしてきたことを謝りたいんだ。許されないとしても、俺はそうしなくちゃいけない」

「ふむ……それで?」

「それでって……まあ、いいけどさ。もともと兄貴はぶっちゃけて言えば出来が悪かった。手際は悪いし、勉強もできないし、運動も苦手で、特に記憶は悲惨だったよ。姉さんはあんなに凄いのに、まるで泥を塗るような事ばかりしてきたあいつは嫌いだったんだ。精一杯頑張っているのに気付かないふりして、バカにしてた。努力している俺がバカをやってるみたいに思えて嫌だったんだ。それに肩入れする妹も好きになれなかった」

「なるほど。要するに“自分が気に入らなかっただけ”か」

「………まぁ、そういうことかな」

 

 ざっくりと斬り裂かれるが、それは実に的を射た表現だ。的確すぎて声も出ない。

 

 結局のところ、俺は二人が気に入らないだけだった。いつも姉さんにかまってもらってて、気遣ってもらっているのが堪らなくムカついた。嫉妬と言い変えられるかな。実に子供臭い。

 

 それで済めば単なる癇癪で済ませれた。だが、そうもいかなくなる。二人とも姿をくらました上に、一夏に至っては誘拐したという電話までかかってきた。酷く落ち込んだ姉さんを見ていたら、俺も少しずつ寂しさを覚えた。

 

 それがもっと浮き彫りになるのは束さんがISを発表し、その実用性が認められた“白騎士事件”後だ。重要人保護プログラムによって、篠ノ之家は散り散りになった。若さを忘れず元気なご両親は歳を忘れて涙を流し、箒もまた仲の良かった友人や俺の様な幼馴染みと別れることに最後まで抵抗していた。

 

「嫌だ!」と最後まで泣き叫んでいた箒を見て何故か二人を思い出した。生き別れた家族、もう二度と会えるかどうかも分からないと聞けば、感情が湧きあがる。

 

 とても寂しかった。

 

 子供の癇癪なんて一過性だ。時間も経ち、落ち着きを得て、姉さんの為にと我慢を知った俺はとにかく寂しくなった。

 

 仲良く暮らしていたわけじゃない。むしろ嫌っていた。そして行方も知れず、何者かに攫われ、何処にいるのか……生きているのかすらも分からない。最後までつっけんどんに接したことを激しく後悔した。

 

「今更だって、分かってるさ。決して許されることでもない。支えなくちゃいけない立場の俺が、誰よりも貶していた。多分、裁かれるべきなんだ」

「やり直したいのか?」

「……分からん。そのあとどうしたいのか、見当がつかない。ただゴメンって言いたいだけなんだ。でも、もし許されるのなら……」

「ん?」

「今度こそ、俺は家族として支えたい。姉さんを悲しませたくないし、これ以上誰にも傷ついて欲しくない」

「その為に、か」

「おう」

 

 少女は少し俯いて、そのまま固まってしまった。

 

 ただ考えているのだろう。何を思ってあんな質問をしたのか、なぜ知っているのか、何者なのか。見当もつかない。だが、それはきっと意味のあることで、俺には必要なことに違いない。……違うな、意味あることに変えなければならないんだ。

 

 自分がとった行動が、口にした言葉が未来ではどうなるのか、誰も分からない。だが、俺の行った行為はその当時誰が見ても十分に罪と言えるものだ。最後まで気付くことなく、俺は無為に時間を過ごしてきた。

 

 機会があるのならば、今度こそ不意にしたりしない。間違えたりしない。護るんだ。その為に……正しい選択を選び続けるために俺は学び続けてきたんだ。

 

「なら、目を覚まさなければな」

「……相変わらず言っていることが分からないな」

「言葉通りだ。覚悟は受け取った、あとはお前次第だ。さぁ目を開けろ。そこにお前が欲しがる力がある」

「だから、何を言って――」

 

 呆れて諭す中で、俺の意識は急に途絶えた。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 次第に沈んだ意識が浮かんでいく。身体を起こし、目を開こうとしたところで異変に気がついた。体中に痛みがはしり、気だるいを越えて苦痛を感じている。

 

 どうやら、今度こそ現実らしい。

 

 目を閉じても脳に直接送られる外部の映像を見れば、確かに俺を撃ち落とした機体が浮いている。左肩の派手な薔薇のマーク、間違いない。

 

 あれはきっと本物に違いない。マークのペイントまでされているんだから。装甲に大した差が無いため、ぱっと見て分かる目印が必要だったのだろう。

 

(今度こそ……!)

 

 気合いを入れて、立ち上がろうとするところへ聞いたことのある声が響いた。

 

「止まって」

 

 その声で動きかけた身体をピタリと止める。

 

「プライベート・チャネルを使って。あなたは私と違って顔が隠れていないでしょう?」

『顔……もしかして、銀の福音の?』

「ええ。ナターシャ・ファイルスよ。とりあえず、何がどうなっているのか教えてくれないかしら? これだけ負傷している事もきっちりね」

『………分かった』

 

 自己紹介を簡単に済ませて、現状に至るまでの経緯を簡潔に話す。

 

「そう……ごめんなさい。私のせいで」

『謝らなくちゃいけないのは、こんなことを仕組んだ連中だと思います。だから、別の言葉をお願いします。俺以外の人達にも』

「……ありがとう」

 

 ほんの数ミリだけ、脳に映る銀の福音が頭を下に動かした。ナターシャさんなりの今できる感謝の気持ちだろう。

 

『さて、どうします?』

「君の言う通りなら、あの機体は足止めしている森宮君を待っているのでしょうね。彼はどれぐらいの敵を相手にしているの?」

『俺が確認しているだけで二十はいました。データリンクによれば………百!? そんな……』

「なら、結構な数と一人で対峙しているわけね。………応援は呼べないの?」

『なるべく誰にも気付かれたくないんです。心配かけたくないし、森宮もそう言っていましたから……。それに、皆もう眠っている時間なんで』

「ダメ元でもいいわ、誰か応えてくれないか試して」

『はい』

 

 今旅館にいて、連絡がつくのはやはり専用機を持っている面子。

 箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ。四組の更識さんと、森宮の妹のマドカ。六組のベアトリーチェさん。この八人だ。

 

 誰か一人だけでも起きていれば、その人に事情を説明して皆が助けに来てくれる可能性が増える。それと同時に姉さん達にバレるかもしれないわけだが……命が掛かっているこの状況で後を考える余裕はない。

 

 一人一人に確認をとる暇はない。一斉に八人に対してプライベート・チャネルを発信した。

 

 そこへ待ち望んだ返事が返ってくる。

 

『……なんだ?』

 

 相手は森宮マドカだった。

 同じクラスの更識さんの護衛を森宮が勤めていると聞いた。その場を離れた今、その役目は妹に任せていたに違いない。彼女が起きているのは必然だった。

 

『俺も森宮も、かなりピンチな状況なんだ。みんなを起こして、手を貸してほしい』

『お前はともかく兄さんが? そんなバカなことがあるか』

『レーダーでも衛星でもいい、アイツが置かれている状況をその目で確かめてみろ!』

『ふん……………っ、これは!? おい、どうなっている!?』

『見たまんまだよ。流石のあいつもこれじゃ無理だ』

『くそ………何がどうなっているんだ!』

 

 ナターシャさんにした説明を、昨日の朝に行われた作戦を除いてもう一度話す。

 

『……要するに、今正体不明の敵に襲われて、兄さんもお前も身動きがとれない』

『ああ。すまないが皆を起こして、直で森宮の助けに行くチームと、俺と福音を回収してくれるチームを組んでほしい』

『厚かましい奴め。だが、貴様の言うとおりだな。分かった、全員叩き起こす。教員の連中に気付かれなければそれでいいのだろう?』

『頼んだ』

 

 そこで通信が切れる。森宮マドカは確実に森宮の元へといくだろう。福音が脱走した揚句行動不能に陥っている現状を理解できれば、こっちにも人をよこしてくれるはず。あとは気付かれないことを祈るだけだ。

 

「待ちましょう」

 

 ナターシャさんのその言葉に、返事も返さずただ静かに待つことにした。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 ただじっとする。それだけのことだが、これが意外と難しい。無理な体勢をしていれば身体を痛めるし、身じろぎすら許されない現状ではかなりの苦痛だ。眠ることもできず、常に気を張り詰めなければならない。

 

 心身ともに我慢を求められる。先の負傷もここにきて痛みが増し、危険な状態へとなりつつあった。

 

 かろうじて残っているエネルギーと、全損したシールドエネルギー。これでは何もできないし、気付かれれば今度こそ最後だ。打開策は無いものかと考えるが、やはり待つ事しかできない。

 

 連絡が取れてから、まだ数分しか経過していなかった。

 

『ねえ、織斑君』

『はい?』

 

 ヘルメット越しの生の声ではなく、頭の中に響く。気遣いなのか、それとも自身の緊張を紛らわすためなのか。

 

『なぜあの機体はここで待っているのかしら?』

『待ち伏せではないのでしょうか?』

『君から聞いた限りでは、あの機体の目的は森宮君と戦うこと。ここで待つよりも、自分から向かう方が達成しやすいんじゃない?』

『あいつ――薔薇なりに考えがあるのでは? ここには白式と福音が動けないわけだし。もしくは、あの程度倒せなければ戦う価値無し、みたいな理由だったり』

『前者の方がそれらしいわね』

『それがどうかしたんですか……?』

『いやねぇ……根拠なんて無いから勘なんだけどね、全く別の理由なんじゃないかなーって』

 

 まったく、別の理由……? 他に何があるんだろうか?

 

 ヘッドギアが送る外の情報を整理して、今一度薔薇を見る。

 

 俺達を攻撃してきた無人機となんら変わりのない機体と、全く別物に思わせるカラーリングと、名乗った名と同じ薔薇のマークが左肩に。

 

 頭からつま先まで全身を装甲に覆われているため、中に人がいるのか、男なのか女なのかも読み取れない。視線の先もまた不明だ。

 

 ………だめだ、分からない。でも、不安だけが広がるこの感覚は何なんだ?

 

 ぼんやりと映る薔薇を拡大して捉える。

 

 目が合った。

 

『ッ!?』

 

 いや、実際に目が合うはずはない。身体は撃墜されたその姿勢のままで、目も閉じている。アイツがこっちをじっと見ているだけだ。俺が見ているなんて気付いていない。

 

 ………まて、何故見る?

 

 見張るというのならここまで降りてきて張りこめばいい。隠れられるし、森宮が来れば姿を現すなり、奇襲をかけるなりすればいい。空中で少しも動かず、ただ俺達を見つめる意味が分からない。見張るにしろ、待つにしろ、中途半端だ。

 

 こうしている間も、俺達を見続けて視線をはずすこともしない。恐らく森宮が来るであろう方角をちらりと見ることもだ。

 IS同様に全天周の視界を持つなら話はまた変わるだろうけど、それでも一点を集中して見続けるのは人間にとってかなり辛い。無人機ならば同じく別だろう。

 

 違う。そうじゃない。奴は――

 

「ナターシャさん!」

「な、何を……!?」

「ほう?」

 

 直後、俺達が寝転がっていた地面が抉られる。俺を撃ち落としたあの銃だろう。

 

 ――奴は、俺達が狸寝入りを決め込んでいることを知っていたんだ。

 

 何故なのかは知らない。どこかでミスをして、気付かれたのかもしれない。何らかの直感に従っただけかもしれない。そもそも、本当に俺達を見張っていただけかもしれない。

 

 だが、実際は俺達を攻撃してきた。それが全部だ。

 

「やはり、ままならないか。丁度お前たちが墜ちてから五分が経過している。気付かなければ止めを刺してやったんだが……まだやれそうだな」

「くそ……」

 

 避けたまでは良い。だが、この後が問題だ。

 エネルギーは枯渇しており、零落白夜も維持できない。逃げようにもやはりエネルギーが足りない。みんなが来る前に倒されてしまうのは目に見える。

 

 戦うにしても逃げるにしても、まずはエネルギーが必要だ。ISを展開しなければいいだけの話だが、あれだけの連射力と威力のある銃を、狭い無人島を生身で駆けまわっていたところでいい的にしかならない。

 

 どうする……!?

 

「来なさい!」

「え、あ、はい!」

 

 ナターシャさんが行く先は……空、ではなく海。……海中か!

 

 ISには皮膜装甲にシールドエネルギーなどの、電磁的なバリアーを常時展開している。これのおかげで、精密機器の塊であるISでも水中で行動が可能だ。耐水処理が施された物や水中モデルは別格だが、量産機を含めた全てのISはとりあえず機能停止に陥ることはない。

 あの機体はどうだろう? 水中まで追ってくるのだろうか?

 

 答えはNOだった。

 

 水の中で目を開けても痛くなく、はっきりと見えるというのも不思議な感覚だ。新鮮さがあるが、そんなものを味わうよりも一先ずの安全を確保できたことにほっと一息つく。

 

 機体の全てと言っても過言ではない翼を失った福音だが、ISとしての機能を失ったわけではないので、ナターシャさんもまた無事だ。

 

「……どうします? 今はいいかもしれませんが、待ち切れずに攻撃してくるかもしれませんよ……?」

「……この子には、まだエネルギーが残っているわ。いえ、残っていると言うよりも、展開が解除されないために、私の安全を保つために補給したと言うべきね。移動で消費した分を除いても、九割は残ってる」

「機体同士でエネルギーの譲渡が可能なんですか?」

「理論的にはね。ただ、成功した試しは極少ない。繊細な操作が必要になるし、そもそもコア同士の相性が立ちはだかる。でも、武装も無く機動力も無い私が戦うよりも、君の零落白夜に掛ける方が生存率が高いわ」

「それが、最も可能性のある、と?」

「私が思いつく中ではね。どう?」

「………それで行きましょう。必ず皆が来るまで持たせます」

「ふふっ、いいわ。そうでなくちゃ。行くわよ」

 

 ヘルメットタイプのバイザー越しでも分かるほど、ナターシャさんはくつくつと笑っていた。アメリカ代表なんだっけ……なんだか砕けた人だな。

 

 ゆるりと右腕を俺へと向けて胸に押し当てる。トン、と優しく触れたその手は装甲越しでも分かるほど暖かい。……いや、装甲が熱を持ち始めている? これがエネルギーの譲渡?

 

「手順は様々よ。要は対象のコアへエネルギーを送れればいいのだから、形は関係無いわ。成功しやすいものを選ぶのだけど……今は海中だし、これでいく」

「はい。お願いします!」

「アドバイスになるかは分からないけれど、体験談は話しておこうかしら。受け入れること。拒まないこと。手を取り合うように、それを自分の一部だと信じなさい。操縦者が拒めば、深い場所で繋がっているコアは絶対に受け入れてくれないわ」

「……よし。いつでもどうぞ」

「なら、お言葉に甘えて」

 

 間を置かずに送られる暖かい何か。視界のメーターが徐々に変化を表し始め、少しずつではあるが数値が満タンに向けて近づきつつある。成功、か。後はどれだけ補充できるか。

 

 受け入れる、か。俺は自分が突っ走る方が多いから、誰かに合わせたりっていうのは経験が無いんだよな。どうすればいいのやら。この暖かさに身をゆだねればいいのかな?

 

 気持ちが良いな。水の中にいるはずなのにちっとも寒くない。……姉さんに抱きしめられているみたいだ。

 

 目を閉じて力を抜けば、もっとたくさん味わえるだろうか。

 

《阿呆》

 

 ん? この声はどこかで聞いたことがあるような……。

 

《目を開けろと言っただろうが。閉じてどうする》

「いや、開けてるけど……」

「どうしたの?」

「な、なんでも!?」

「集中してね、失敗すれば何が起きるのか分からないのよ」

「はい!」

 

 くそ、怒られちまった。

 

《もう一度だけ言うぞ。“目を開けろ”、それが全てに繋がる》

(目を………開ける)

 

 言われるがままに目を開ける、のではなく逆に目を閉じた。今度は怒られる事は無かった。つまり、物理的に目を開くわけではない。もっと別のナニカなんだ。

 

(これ、か?)

 

 ガチン。何かが外れる音がした。

 

 ギギギとこすれる音がする。

 

 カチャリ。一つ目(・・・)の鍵が外れる。

 

《分かっているではないか。さあ行くぞ、皆を待たせるな。私に新しい空を拝ませてくれ》

「……ああ、そうだな」

「またそうやって……………ッ!? これは、光りが……!」

《名を呼ぶがいい。それが始まりだ》

「おう。行くぞ――いや、行こうぜ『雨音(アマネ)』」

第二形態移行(セカンドシフト)……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「私はいい加減に痺れを切らしてもいいのではないだろうかね?」

 

 飛び起きた白式と銀の福音が海に飛び込んで数分、動きは見られなかった。逃げられないのは理解しているはず。何かを企んでいるのも間違いない。

 

 はて……何を仕掛けてくれるのやら。ウォームアップぐらいにはなってくれなければ困る。

 

 森宮と戦う以前に、初陣(・・)なのだから。

 

「む?」

 

 カメラアイが見える世界が、視界に広がる。そのど真ん中に、視界を遮らない程度に大きく注意を促す文字が現れた。

 

 Warning!!

 

 レーダーの座標は、白式と銀の福音が飛び込んだポイントを示している。

 

「ふむ、ままならぬか。やはりこうでなくては」

 

 その場所だけ海面が白くなり、海面のすぐ下で何かが強烈な光を放っているのが分かる。その下にはISが……何ということはない。

 

「第二形態移行か……早速この目で見られるとは運がいい」

 

 光りの球がゆっくりと海面から顔を出し、そのまま宙へ浮かびあがる。私と同じ高度まで浮上すると、それはピタリと止まって一層強い輝きを見せる。

 

 頂点から罅がはいり、それが下へと縦に亀裂が走り、それを繋ぐように横にも目が入る。

 

 パキ、と音がして一部が砕け中から何かが現れる。

 

 それは翼だった。純白に煌めく、大きな大きな白い翼。継ぎ目からはキラキラと輝く銀色の粒子が吹きだされ、翼の輝きを増している。まるで雪のようだ。

 

 一対の翼がばさりと羽ばたくと、それを皮切りに残った球体は全て弾けた。卵から孵る雛のように、それは姿を現す。

 

 翼の間に挟まれた非固定スラスターは、存在感を翼に譲るどころか更に主張を強め、大型化していた。倍以上の速度を叩きだすだろう。

 左腕は名残などなく、全く別物へと形を変えている。何倍も太く厚くなり、指にあたるマニピュレーターは鋭さを増した。以前には無かった新しい機能が追加されたに違いない。

 全体的に大型になり、それでいて面影を残し、見る者に更なる圧力を加えるその姿は、誰がどう見ても“天使”そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『白式・天音(テンイン)』。それが新しい白式の名前だった。

 

 エネルギー補充どころの話じゃない。まさか進化するとは思わなかった。

 

 詳細は分からないが、どうやら色々と便利になったらしい。武装欄に雪片弐型以外のものが追加されているだけでも十分な強化だ。

 

 目立つのは左腕と背中の翼。左腕についてはよく分からないが、背中の翼はどう見ても福音のものと酷似している。福音からエネルギーと一緒にアイデアでも貰ったんだろう。

 

 大きな変化と言えば、急に喋り出すこの子だ。

 

《左腕は『雪羅』。近接用のクロー、近~中距離武装の荷電粒子砲、そして零落白夜のエネルギーシールドという三つの機能を搭載した多機能武装腕だ》

「ってことは、白式に遠距離武器が追加されたってことか」

《火力はあるが、乱発できるものでもないし、スタイルを変える必要はないぞ。零落白夜が最強であることは変わりない》

「おう」

《背中の翼は『雪風』。莫大な推進力と繊細な軌道制御を両立させている。大型化したスラスターも含めて倍以上の速度を出せるようになったが、それを含めても繊細な飛行を可能としている。他にも機能があるのだが……今は気にするな》

「帰ってからの楽しみって事だな」

《言うではないか》

 

 とりあえず、全体的に大幅な強化がされているって事でいいのか。余程なじゃじゃ馬に違いない。

 

「行くぞ!」

 

 雪片弐型を右手で握りしめて、薔薇へ向けて加速する。

 

「くおっ……!」

 

 振りかぶって斬りかかる……はずだったが、それよりも速く間合いに入ってしまったので、とっさに攻撃を雪羅のクローで繰り出す。指先から関節まで、カシャンという音で装甲が開いて5本全てがエネルギーに包まれる。

 

 使い方がよく分からないのでとりあえず熊のように平手で叩くように振った。敵本体へ掠める程度だったが、散々痛い目を見せてきた銃を斬る。中々の強度を持っていただろうに、あっさりとコマ切れにしてしまうコイツは、白式らしさ溢れる攻撃力を持っていたようだ。

 

「……中々に良い機体だな」

「俺には勿体ないくらいさ」

「卑下するな。それを形作ったのは間違いなくお前なのだよ」

「コアとの絆ってやつか」

「いかにも。さあ、もっと見せてくれ」

 

 元々零落白夜という最強の武器を持っているし、それは第二形態へと進化を果たした今でも健在だ。むしろ、加速力を得た今では以前よりも攻撃力を増していると言ってもいい。副産物に思えた雪羅は予想以上の力を秘めていた。

 

 薔薇は、怖気づくどころか喜んでいる。

 

「やはり、こうでなくてはな。世の中ままならない事ばかりではないか」

「?」

「織斑秋介よ、お前はそうでなくてはならないのだよ」

「なくては、ならない?」

「いずれ分かる」

 

 背中に背負ったもう一つの武器を手にしようとした薔薇が、そう口にしながらガッシリト柄を握る。だが、いつまで経っても抜く気配が感じられない。誰かと通信をしているように見えた。

 

 だが、気を抜いているわけでもない。近づく素振りを見せれば迷わず抜いて打ち合う事になるだろう。そして隙を見せれば向こうから攻めてくる。

 

 油断できない。機体の性能では明らかに俺が有利だ。だが、これでようやく五分になった気が離れないのは……森宮に通じる特殊な強さを感じるからかもしれない。

 

 じりじりとにらみ合う。

 

「すまないが……」

 

 薔薇は柄から手を離してしまった。

 

「時間切れだ」

 

 突如その機体が光りに包まれる。さっきの第二形態移行とは違った毛色のものだ。

 

「また会おう。できればその時は森宮一夏と戦えることを祈るが」

「待て!」

 

 逃げる! 直感で理解した俺は零落白夜を発動、同時に瞬間加速をかけてまで距離を詰めた。

 

「………消えた?」

 

 だが、捉えることはできなかった。どんな技術を使ったのかさっぱりだが、薔薇は消えてしまった。テレポートみたいだ。レーダーにも反応はないし、望遠機能を使っても見える範囲にはそれらしい機影は無かった。

 

 ……助かったという事にしよう。戦闘でエネルギーを減らすわけじゃ無くなったんだし、ナターシャさんも無事なんだ。

 

 

 

 無人島に降りてナターシャさんと合流。俺達を迎えに来てくれた箒、セシリア、シャル、鈴が来てくれたのはそれから数分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 織斑から送られた情報と、私自身が得た情報を照らし合わせて、兄さんがいると思われる場所まで超特急で来た。

 

 超高速を誇るリーチェのステラカデンテに、無理矢理私とラウラ、簪の三機を牽引してもらう形で旅館から遠く離れたここに到着した。織斑から連絡の入った時間から現在時刻を差し引いて、移動に掛けたのはわずか十分。最初の福音撃破作戦にかけた移動時間の僅か三分の一という驚くべきタイムだ。

 

 オルコット、篠ノ之のどちらかに運んでもらう案も出たが、リーチェがそれを拒否。三機という荷重を受けても尚ブルー・ティアーズと紅椿よりも速く移動できると宣言した。現実にそれが起きたのだから、ステラカデンテの性能には舌を巻く思いだ。

 

 負傷した兄さんを庇いながら、少しずつ後退し殲滅する。

 ラウラのレールカノンで纏めて撃ち落とし、簪の山嵐で面制圧、撃ち漏らしは私のビットとライフルで各個撃破という手順で確実に数を減らす方針だ。

 

 そのはずだった。

 

「ねえ、どこ?」

 

 その場にあるのは、海面を埋め尽くすほどの鉄の残骸。同じパーツがそこら一帯に散らばっており、どれだけの数がここに集まっていたのか、戦いの壮絶さを見せつけられた。

 

 だが、そこには敵がいない。

 

 そして、黒いISもいない。

 

「ねえ、マドカ?」

「ん?」

「一夏、いないね」

「ああ、何処まで敵を追い詰めてしまったのやら」

「そっか。敵を追いかけてるんだ」

「それはそうだろう。これだけの数が落とされているんだ。もっとたくさんいるに違いない、放ってはおけないさ」

「そうだよね。あは、何考えてたんだろ……」

「奇遇だな、私もだ」

「「はははははっ」」

 

 簪と共に乾いた笑いを上げる。

 

 そうだ、兄さんが………兄さんが墜ちるなんてありえない。姉さん相手に負けることはあっても、墜ちる事は無かったんだ。

 

 ありえない。

 

 あんなこと(・・・・・)は一回きりしか起きないものじゃないか。

 

 バカなものだな、私も簪も。

 

「マドカ、簪………」

 

 リーチェ、なぜそんな心配そうな声を出すのだ? こんなことをしている場合ではないだろう? 兄さんを追わなくちゃ。さぁ、もうひとっ飛び頼む。

 

「う…………うぅ……」

 

 ………やめろ。止めないか。

 

「うっ…………くぅ…………あぁ……」

「止めろ!」

 

 そんな顔をするな。泣くな。まるで、まるで兄さんがいなくなったような、そんな顔をするんじゃない!!

 

「だって、こんな……こん、な……」

「やめろ……止めてくれ……頼む」

 

 お前が認めてしまったら、私は、私達は………!

 

「………っ!?」

「ラウラ?」

 

 既に眼帯を外していたラウラが、ISを動かして海面のとある場所に移動した。何かを見つけたらしい。

 

 ザブン、ザブン、ザブン、三回何かを引き上げる音が聞こえた。それを月明かりに照らし、何であるかを理解したラウラは、ただ胸に抱え、うずくまって泣き始めてしまった。傍によって、覗き見る。

 

「………それは、なんだ?」

「こ、これは…………うぅ……」

「ラウラ、見せて」

 

 泣きじゃくるラウラを諭すように促す。カタカタと震える腕で音を鳴らしながら、両腕で抱きしめるものの正体が露わになった。

 

「夜叉の、シールドと……左腕、そ、それと……うああぁぁ……」

「それと……っ、なんだ!」

「……メットバイザーだ! 腕も! バイザーも! 空っぽで! 内側に■がベッタリと染みついている! 見ろ! そこらじゅうに夜叉の装甲が砕けてバラバラになっているだろうが!」

「………はは、冗談が、得意、になったな。よく見ろ、あれは……あれは……………あれはぁっ!!」

 

 視界が滲む。夜中でよく見えるラウラの左目すら、ぼやけてよく見えなかった。

 

 リーチェはすすり泣くばかりだ。声を張り上げるラウラも覇気がない、ただ喚くばかり。簪に至っては拒絶の姿勢で拒んでいた。

 

 私だってそうだ。認めるわけには、いかない。

 

 でも………でも………っ!

 

「……やめて、もう、聞きたくないの。見たく、ないっ…」

「見ろ! 目を開けろ! 聞け!」

「嫌だ。ヤダ………ヤダヤダヤダ!! 嫌! 嫌なの! 嫌ァ!!」

「認めるんだ……………あれも、これも………」

「止めて………! もう嫌なのぉ!!」

「夜叉の、一夏の亡骸だ!」

「嫌あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 全部、現実………なんだ。

 

「………嘘だ」

 

 壊れた様に、簪は同じ言葉を繰り返し叫ぶ。

 

 毅然とした態度はなりを潜め、ラウラは駄々をこねる。

 

 いつもニコニコと笑うリーチェは、見たことも無いほど暗く、悲しみに染まっていた。

 

「嘘だあああああああああ!!」

 

 私は―――

 

「わあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 私はあと何度兄さんを失えばいいのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けたその朝。

 

 森宮一夏は、織斑千冬の口より死亡したと告げられた。

 





・白式・天音 《ビャクシキ・テンイン》
 白式のコアとのシンクロと、銀の福音からのエネルギー譲渡をキーに第二形態へと進化した白式。
 とってもつよい。

 見た目は原作通りの第二形態『白式・雪羅』により複雑化した福音の翼をくっつけたような感じです。

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