無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 別に作っていたIS作品の設定を流用しました。新機体登場です。


45話 「ぴんぽーん」

 学園のクラスは全部合わせて三十ある。単純計算で、一学年十クラスだ。二年生になるとコース選択や、整備科専門への転科も可能になるので、一クラスが等しく分配されて九クラスになったり、或いはあまりにも多すぎて十一クラスになったりなど、必ず十クラスになるわけじゃあない。今年はたまたま、二年生が十一で、三年生が九だったため、キリよく三十だっただけだ。

 

 当然ではあるが、企画する模擬店や展示が重ならないように調整されている。同じ模擬店は、IS学園では見られないのだ。

 

 これに加えて、部活動も入る。全クラスに体育部会と文化部会、さらには教員が出店するものも合わせれば、模擬店の数は六十に及ぼうとしていた。

 

 普通科高校では決してありえない模擬店数から、IS学園の学園祭は一種のテーマパークか何かの様だとも世間では囁かれているらしい。

 

 その中で、ベター且つ需要のある模擬店企画を行えるクラスは運がいいのは例年のこと。学園ならではのものに足を運ぶ人も多いが、やはり好みが分かれるだけに、安定した収入と票を獲得できるのは、夏祭りでも見かけるような模擬店ばかりだった。

 

 焼きそば、たこ焼き、はし巻き、焼き鳥、かき氷、射的、ジュース、金魚すくい、ヨーヨー釣り、リンゴ飴、その他etc………。

 

 しかし、流石に今年ばかりは運が悪かった。

 

 片や、世界で二番目のIS男性操縦者と、多くの有名人兼美少女代表候補生が集うコスプレ喫茶店。一年一組。

 

 片や、今は居なくとも世界初のIS男性操縦者が在籍し、尚且つ世界を越えた技術を持っていながら気軽に立ち寄れるアクセサリー製作。一年四組。

 

 一組は男子の旨みを最大限に活かし、さらにダメ押しで見目麗しい専用機持ち達を含めた全てのスタッフがコスプレで着飾るという、至福の一時を提供する喫茶店。世界は広くとも、これだけのISと実力者が揃う店などそうそうない。恐らく、一組が持つ最大のアドバンテージを前面に押し出した、最も相応しい企画。

 

 四組には次世代を担う技術者として名が広まりつつある簪を中心に、彼女の最大の特技を惜しみなく一つの機械につぎ込んだ。未だ世界が成しえないことをたかが高校生が成し遂げたのだ、その発明が何であろうと人は興味を持たずに居られないだろう。事実、かなりの高性能な仕上がりに、スカウトに来る者が後を絶たない。加えて、簪と私の姉は現役の国家代表ということもあり、知名度なら一組の連中に負けていないはず。

 

 クラスで必死に客を捌く私達は知りもしない事だったが、学園祭クラスランキングは、開催からわずか一時間で大差がついていた。

 

 一組対四組。

 

 とてつもなく長いデッドヒートの幕開けだ。

 

 事前に作成しておいたシフトの間隔を縮め、回転効率を上げてようやく回せるという明らかに学園祭のレベルを超えた戦いが、教室棟の一階で繰り広げられているのであった。

 

 合間を見ては変わってもらって他クラスや部活動を冷やかし、校内を駆け回る。忙しい事ばかりでゆっくりする時間などありはしなかった。それでも、満足できる、充実した時間だったと思う。

 

 楽しかった。

 

 それで、終わっていれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

 改造された教室内の狭い厨房スペース、その隅っこが俺達の休憩室だ。イスが二、三個置いてあるだけだが、あるのとないのでは大違いだ。基本的に立ちっぱなし、トレーに物を乗せっぱなし、客の接待で大忙し。ただのパイプイスにこれだけ感動したのは初めてだ……。

 

《ひっぱりだこだな、主》

(うれしくねぇよ、雨音)

 

 意志を解せるようになった相棒としばし会話を楽しむ。

 

 学園に入ってからまた身体を鍛え始めたはずなのに、午前目一杯働いただけでもうクタクタだ。やっぱり筋トレやスポーツはバイトと全く違う。

 

 こっそり冷蔵庫の中に忍ばせていた水筒を取り出して喉を潤す。ああ、ウマい。

 

「織斑君ーー!」

「はーい!」

 

 今休憩時間に入ったばっかりだぜ……?

 

 厨房を覗いてきたのはクラスメイトの相川さんだった。彼女が着ているのは実に一般的なメイド服だ。………太ももが半分も見えていることを除けば、だが。

 

「五番テーブル、直行!」

「休憩入ったばっかりなんだけど……ダメ?」

「ダメ♪ いってらっしゃーい」

 

 ひらひらとトレーを振りながら、相川さんはフロアの方へと去って行った。どこかのテーブルに料理を運ぶんだろう。

 

 やれやれ、男ってだけでこんなに忙しいのか。今の時代、珍しくはないんだろうけど。

 

 もう一口だけ水を飲んで、水筒を見つからないように冷蔵庫へと戻しておく。すれ違うクラスメイトにお疲れ様と声をかけながら、言われた通りに五番テーブルへと足を向けた。

 

「お待たせいたしました」

「あら、それなりに様になっているわね」

「あ、えっと……生徒会長の……」

「更識よ、更識楯無。好きに呼んでくれていいわ」

「じゃあ、更識先輩で」

「そう。とりあえず、座ってくれる?」

「はい」

 

 そっと向かいにあるイスを勧められたので座る。今着ている執事服は動きづらい上に変な座り方をしてしまうとシワがついてしまう。細心の注意を払って、腰を下ろした。

 

「ここへ来たのは俺に話があるからですか?」

「ええ。ちょっと手伝ってほしいことがあるのよ」

「はぁ……でも、御覧の通り忙しいですし……」

「別に今直ぐになんて言わないわ。今から……そうね、三時間後の午後四時頃になったらある程度はお客さんが引くと思うから、その時に第一アリーナまで来てくれない?」

「アリーナ?」

 

 今日一日のプログラムは前日に配られていたので、一通り目を通している。だが、こんな時間にアリーナを使うようなこともなければ、IS実習の様な見世物も無かったはず。

 

「劇をやるのよ、プログラムにだってちゃんと書いているわ」

「劇?」

「そう。『灰かぶり姫(シンデレラ)』って知ってるでしょ?」

「かぼちゃの馬車とか、ガラスの靴とかいうアレですか?」

「そう。生徒会はあれを企画として行うのよ。織斑君にはそれのお手伝いをしてほしいの。三人しかいないから大変なのよ……」

「な、何故に俺が?」

「だって部活動に入ってないんでしょ?」

「え、ええ」

「じゃあお願いね♪ あ、因みに織斑先生と山田先生には許可を貰ってるから」

「んなっ!?」

 

 確かに部活動には入ってない。でも、なぜそれだけで俺が他人の手伝いをしなければならないのだろうか? しかも先生から既に許可を貰っている=行かなければならないということ。

 

 ……というか、生徒会が企画? 公正に判断を下すのは生徒会じゃないのか?

 

 という旨を伝える。

 

「なら順番に答えていきましょうか。まずは、織斑君になぜ手伝ってもらわなければならないのか。因みになんでだと思う?」

「……それって、男だから、ですか?」

「うん」

「マジかよ……」

「言ったでしょ、シンデレラをやるって。他の登場人物は全員女子でも通じるけれど、王子様の役だけは男子じゃなきゃ務まらないじゃない」

「ええー? 劇なら王子の役が女子でもいいじゃないですか。両性的な容姿の人ぐらい、探せば居るでしょうし、更識先輩が頼めばOKしてくれると思いますよ」

「あのねぇ、君が居るのに女の子に男装させるつもり? 誰だって綺麗なドレス着たいって思ってるのよ?」

「うぐ………」

 

 ウエディングドレスは女性にとって一生物の思い出になると同時に憧れだという話は俺でも知っている。シンデレラということは、十中八九舞踏会のシーンがあるはずだ。ウエディングドレスを着るのかは分からないし、モブキャラであろうがなかろうが、とても綺麗なドレスを着るに違いない。女子にとってはまたとない機会だろう。

 

「次。これは言わなくても分かるんじゃない?」

「部活動対抗のランキングも同時に行っているため、でしょう。何故俺なのかは、さっき言われた通りですね」

「ええ。そこで思ったんじゃない? 生徒会がなぜ企画をするのか? って」

「はい。俺はてっきり審判側だと……」

「確かに、そういうふうに見られてもおかしくはないわね。色々な行事の運営には大抵関わっているし、生徒にしてはちょっと大きすぎる権限も与えられる。特殊な部活動なの」

「ぶ、部活動? 生徒会がですか?」

「生徒手帳にも、学校案内のパンフレットにもちゃーんと載ってるわよ。生徒会は略称で、正しくは生徒会執行“部”。きちんとした部活動よ」

「そ、そうだったんですか………」

 

 何処に行っても生徒会としか聞かないし、漫画だってそうだ。部活動とは別の組織で、先生達のお手伝いポジだとばっかり……。

 

「納得してもらえた?」

「まぁ、理屈は」

「そうよねぇ。前もって言えれば良かったんだけれど、そうもいかなくてねぇ」

「……で、四時に第一アリーナでいいんですか?」

「あら? 来てくれるの?」

「行くしかないじゃないですか。外堀を埋めてから来ておいて白々しい」

「あはっ♪」

 

 手に持った扇子を広げてムカツク笑みを浮かべる先輩は噂に違わぬ人たらしだった。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 休憩時間の大半を先輩とのお話に費やして、残り後半の仕事をただ無心にとにかく頑張った。どうやら大分前から俺に手伝わせるつもりだったようで、四時には間に合うようにシフトが組まれていた。教えてくれてもいいじゃないかと言うと、逆になんで知らなかったのと不思議な顔で返されてしまった。それもそうだな………。

 

 途中にもう一時間だけ休憩をくれたことに感謝しつつ、みんなと一緒に学園祭を回ってみた。知りもしなかった部活動の人と知り合ったり、エンカウントした閻魔大王に出席簿アタックをくらい、業者の人にしつこいぐらい付きまとわれて、買い食いしてはクラスの皆に持ちかえったりと、それなりに楽しめた。

 

 今からはまた別のお仕事だ。手伝いって言われたけど、手伝いで終わる気がしない。なにせ、更識先輩はあの森宮が振り回されて困り果てるほどの人。楽に済むはずがない。

 

 正直に言えば憂鬱だ。先生の許可を貰っていると言われなければ拒否していた。

 

 言わずもがな、森宮の件がある。

 

 俺が居たからアイツは足止めに徹しなければならなくなり、結果的に墜とされてしまった。もし俺が居なければ、アイツは俺の知らない方法で無人機を振り切っていたかもしれないし、薔薇相手にも難なく勝てていたかもしれない。

 

 戦うのは森宮が旅館に戻って来た後、迎撃に出るだけで十分だったはずだ。

 

 学園に戻ってから、一度だけ顔を合わせたことがある。直接会ったのはその時が初めてだったけど、顔と名前だけは知っていたから少し話した。

 

 謝った済むことじゃないかもしれない。それでも、頭を下げるのが筋だ。

 

『勘違いしているようだけど、君がやったことはむしろ褒められることだよ。旅館を抜けだしたことは悪いかもしれないけれど、しっかりと銀の福音を捕まえてきた。それは評価されることだから』

 

 それは俺がさっき言われた言葉どおりのこと。“理屈”は分かる、でも“気持ち”はそう言っていないんだ。終始後輩を褒める先輩の態度だったし、自分を晒すような人じゃないのは俺でも分かるから、何を思っていたのかは知りようがない。

 

 想像だけれど、何かが許せないんじゃないだろうか? それが先輩自身なのか、それとも、俺なのか……。

 

 考えごとをしながら歩いていると、いつの間にかいつも利用しているピットに足を踏み入れていた。

 

………気持ちを切り替えよう。無人のピットに入ってそのままアリーナの中に入る。

 

「うお……すげぇ」

 

 いつもなら少々草の生い茂った地面が広がっているが、今日は人工物が中央にそびえ立っていた。城だ。大きな城。もしかしなくても、セットなんだろうか? あれじゃあわざわざ講堂で劇をやっていた八組が可哀想だ。

 

『来てくれてありがとうね、織斑君』

 

 ぼーっとセットを眺めていると放送が入った。先輩だ。

 

『とりあえず真っすぐ進んで、目の前にあるドアを開けてくれない』

「はい」

 

 言われた通りに歩を進める。ハリボテかと思っていたが、どうやら違うようだ。堅い感触があるし、色を塗ったレンガかコンクリだろう。やることの規模が違い過ぎるだろ……これで部活動だなんて言われちゃ堪ったもんじゃない。

 

 ドアもハリボテじゃなかった。ノブは回ったし、中の部屋も綺麗に片付いている。

 

 これは………メイク室?

 

『そこにある服の中で好きなの選んでいいわよ』

「好きなのって言われても……どれもこれも恥ずかしい奴ばっかりだな」

『だってそれ漫画やアニメのコスプレ衣装だもの』

「ええー。それってシンデレラって言っていいんですか?」

『いいのよ、学園祭だから』

 

 変なところでいい加減だなおい。

 

 まあいいや、適当に着れそうなやつを着よう。変にカッコつける必要もないし、メインはシンデレラなんだ。俺が目立っては意味が無い。

 

 この中では一番マシに見えるコイツにしよう。青と白を基調としたベターな西洋の王子様をイメージさせる感じ。黒いマントとか、真っ赤なタキシードとか、着てられるか。というかそんなものを着る王子様は居ない。

 

『あら、地味なのにしたわね』

「十分派手でしょうが!」

『まったくもってつまらな………げふんげふん、劇によくに合うと思うわ』

「隠せてませんよ?」

 

 わざとだ、絶対にわざとやってる。今頃扇子広げて笑ってるに違いない。

 

「それで、これから俺はどうすればいいんですか?」

『そうねぇ………とりあえずセットに上がっててくれない? 開けたテラスがあるでしょ? そこにも同じような部屋があるから、そこに入って合図するまで待機ってことで』

「わかりました」

 

 スポットライトが照らされた場所は確かに特徴が合致している。薄暗い中で階段を慎重に昇りながら、見つけた部屋の中に滑りこむ。

 

 ……今度は楽屋か? 弁当にお茶にお菓子とくつろぎセットが揃っている。

 

 変なところに力を入れるなぁ、ほんと。

 

 それからしばらく待つこと三十分。外が騒がしくなり始めた。アリーナの観客席に人が入り始めているんだろう。

 

『じゃ、そろそろ準備してもらおうかな? 大丈夫?』

「ええ。お腹いっぱいです」

『良かった。後悔しないようにね♪』

「は?」

『外は真っ暗になってるから気をつけてね。テラスの真中で立っててくれればいいから』

「あ、ちょ、ちょっと先輩!」

『んー?』

「俺台本とか全体の流れとか何も知らないんですけど!?」

『あーだいじょぶだいじょぶ。ナレーションに合わせてくれればいいから』

「ええ!?」

 

 じゃーねー、と言ってフェードアウトしていくアナウンスを聞きながら俺は諦めた。無理だ、誰もあの人には勝てっこないんだ……。

 

「なぁ、雨音」

《なんだ?》

「俺、何しに来たんだっけ?」

《知らん》

 

 やっぱ来なきゃよかったかもと思いながら、俺は音を立てないようにドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで挑みはしたものの、アクセサリーは需要があるのだろうか?

 

 そう思っていた数時間前の私を殴りたい。何なんだこの行列は!! 休む暇がないではないか!

 

「妖子、お前何をした?」

「なーんにも。ただちょっと口が滑っただけよ」

 

 コイツに関してはそれじゃ済まないことばかりだろうに。よくやったと言いたいが、この忙しさは予想外だ。

 

 尋常じゃない熱を発する機械の冷却に、説明と整列、聞けば簡単だがかなり難しい。客の殆どは若い男女で、好きにアクセサリーが作れる上に、本物そっくりに複数作ってくれると言うと、カップルの食いつきが予想以上にデカかった。

 

 それはいい。実にほほえましいことだ。

 

 問題は残りのほんの僅かな人種………科学者達にある。

 

 当然のように企業の娘が在学しているため、両親が技術者だったり科学者だったりする生徒は割と多い。そんなことで、学園祭に来ていた連中は簪の発明に興味を示したわけだ。当然、発明品や近代の情勢には詳しい。最先端技術を生み出したとなれば、職業病の塊である奴らが食いつくのは当然だった。

 

「どうだい! 是非教えてくれないか!」

「ウチでバイトしてみない?」

 

 こんな感じでいつまでたっても離れないのだ。私の怪力や、一緒にいた娘さんに手伝ってもらって引きはがしていくが、噂をどこかで聞きつけたのか、また別の奴らが集ってくる。割合はどんどん増えるばかりで、いつの間にか私の仕事は整列ではなく、簪のボディーガードという本来の職務をこなすことに。対応……迎撃できるのが私しかいない以上は、やるしかなかった。

 

 波が引いたところで、簪と共に休憩する。ドリンクを飲んで、今朝作って来たチョコレートを食べて和んでいた。

 

「まさかこんなことになるとはな……」

「うん、疲れた……」

「しかし、おかげで話が広まっている。これからももっと増えるぞ」

「頑張らないと、ね?」

「ああ」

 

 互いに笑みを浮かべて今日を乗り切ろうと決意を新たにする。コイントスのように親指でチョコを弾いて、口の中に放りいれる。うん、甘い。

 

「できるか?」

「余裕」

 

 ふっ、と自信満々な簪は私と同じように親指ではじいてチョコを口に放りいれた。

 

 実はこれ、兄さんがよくやっていたりする。教えてもらわずとも簡単にできたが、どうやら簪もできるようだ。くそ、無理だと思ったんだがな。

 

「なら―――」

『マドカ』

「―――なんだ?」

 

 いいところで楯無から通信が入った。真面目な内容だな、仕事か。

 

『第三アリーナに向かって。鼠が紛れ込んだわ』

「ヌルイ警備だな」

『私に言わないでよ。更識の手を払った学園側に言ってほしいわ』

「だから言っているだろう? 生徒会長殿」

『ああもう、面倒な子ね。はいはいすいませんでした』

 

 む、折れるのか。余程深刻な事態と見る。いつもなら乗っかってくるんだが、どうやら今回は冗談抜きで危機的な状況の様だ。

 

『悪いけれど、今すぐ向かって。簪ちゃんの護衛は虚を回すわ。手が開いていたら桜花ちゃんも寄越す』

「わかった、すぐに行く。………というわけだ、簪。スマンがあとを頼む」

「……マドカ。気をつけてね。もし、マドカまで居なくなったら……」

「なぁに、心配するな。たとえブリュンヒルデが相手だろうと勝ってみせるさ」

 

 不安げな簪をなだめて、クラスメイトに詫びをいれて教室から飛び出した。途中ですれ違った桜花に目で伝え、振り返らずに先を急ぐ。

 

 校舎は賑わっているが、アリーナを含めたISに関わる場所は全て立ち入り禁止だ。唯一許可が出ているのは、生徒会による劇の時間だけ。それもわずか一時間だ。立ち入ってはいけない場所に入れば問答無用で拘束するとはっきり伝えてあるはず。つまり、誘っているわけだ。見ず知らずの大馬鹿者がな。

 

 茂みに隠れて、誰も見ていないことを確認してから足に力を込める。年相応のすらっとした程よく筋肉の付いたようにみえる身体だが、中身は普通の人間のそれとは違う。兄さんほど影響をうけたわけではないが、私も十分に化け物と言えるレベルにある。

 

 両手両足で地面を蹴りつけて加速、人の身体では到底出せない速度で学園内を駆け、あっという間に目的の第三アリーナに到着する。歩けば十分、走って六分の道のりを僅か数十秒で走りきった。

 

 迷うことなくアリーナの中へ。ピットを経由してアリーナの中へ飛び出した。地面を少々削りながら、何なく着地。辺りを見回す。

 

 いた。堂々とど真ん中に立っている。

 

「おや、ようやくお出ましですかぁ~? 早かったですねぇ~」

「お前、日本語の使い方が違うぞ」

「こりゃ失礼しました。まだ勉強を始めたばかりなもので」

「ふん。貴様、何者だ?」

「お初お目にかかります。私は『アリス』、あなたの後釜ですよ、エム先輩♪ それともぉ、織斑マドカ先輩って呼んだ方がいいですかぁ?」

「……亡国機業か」

「ぴんぽーん」

 

 やたらとムカツク口調の金髪外人――アリスは、自らが亡国機業所属であることを告げた。エムという私が使っていたコードネームを、何より私の昔の名前を知っていることがそれを証明している。

 

 気に入らん。

 

「目的は何だ? などとは聞かん。織斑秋介の白式が狙いだろう」

「もっちろんです。私は足止めですよ、人使い荒いですよねぇ~」

「そうだな、クソみたいな連中だ」

 

 男も女も関係無い、今の社会に不満を抱えている連中が集まったのが亡国機業だ。幾つかの派閥があるので一概には言えないが、大体は力任せな脳筋の集まりだった。私が居たスコールが率いる部隊は珍しい方だったんだろう。違いは非常に顕著で、犯罪者のくせして情に熱く義理を重んじるスコールに対して、よく衝突していた男幹部は真逆の性質だった。というよりも、亡国機業そのものがそういう性質だ。スコールは異端の一人として煙たがられていた。

 

 大概の男どもは猿のように盛ってばかりのゴミだ。まだ中学生相当の年齢だった私を襲ってきた奴もいた。当然返り討ちにしてやったが。

 

 だが、皆が皆強いわけじゃない。社会的には法で有利な立ち位置にある女性だが、物理的な力関係で言えば男性の方がはるかに強いままなんだ。私のように改造されたか、複数の相手と渡り合えるだけの実力があるか、ISを持つかしなければ、女性は弱い。

 

亡国機業は言ってしまえば犯罪者集団だ。テロや殺人なんて当たり前、人を殺したんだぜなんて言っても自慢の種にもなりはしない。むしろそんなことを言う奴は酒を不味くするだけだと言われてシメられていた。

 

 そんな連中に法なんてあるものか。チームとしての規律さえ守ればあとは何でもやり放題だ。同じチームや余所のチームのひ弱そうな女性を狙ってはレイプしたりなんて毎日のように起きていた。そのたびに殴り合いが起きるし、またそれが原因で争いが起きる。

 

 本当に、クソみたいな連中だ。

 

「さて、目的も聞かせてもらったことだし、終いにするか。私は急いで戻らなければならんのでな」

「それを見逃すと私が怒られちゃうんで、止めてもらえます? 怖いですよねぇ、スコールさん」

 

 奴の身体が発光しているのを見て、瞬時にサイレント・ゼフィルスを展開。星を砕く者(スター・ブレイカー)を両手に呼び出す。

 

 展開が収まったその姿は蒼かった。全身の装甲は蒼く、時折見せる黄色や黒、白、赤色がよく目立つ。実に見覚えのある装甲とフォルムだ。

 

 ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルスそっくりな、蒼い機体。

 

 間違いない、BT三号機。

 

「『サザンクロス』。またイギリスさんから頂いてきました。テヘ♪」

「……はぁ」

 

 あの国は何がしたいのだろうか? 盗んだ事のある私が言うのもおかしな話だが、アホだ。コアを亡国機業に提供しているだけなんじゃないか? 困るな、相棒の帰属先がそんな国なのは。

 

 一号機、二号機とは明らかにコンセプトの異なる機体だ。スラスターの数は多く、大型と小型があり細かな機動をするに違いない。BTシリーズ共通の武器であるビットも仕様が変わっているし、なにより、大型のライフルではなく、BT系統のアサルトライフルを既に握っていることではっきりと区別がついている。

 

 近接特化のBT機。それがサザンクロスか。

 

 元々は三機の同時運用を考えられて設計されたとも聞いたし、間違いではないはずだ。

 

 完全に後ろに下がって支援、狙撃する一号機。矢面に立ってとにかく蹴散らす三号機。間に入って後ろへの攻撃を防ぎ、どちらのフォローにも入れるようにオールラウンドな設計と武装を持った二号機。

 

 BT計画と呼ばれるイギリスのIS開発プランだ。恐らく、未だに公開されていないサザンクロスが、亡国機業の強奪によって世に広まることだろう。イギリス人の心中を察するよ。

 

「オータムさんが仕上げるまで、付き合ってくださいねぇ。せーんぱい♪」

「やかましい、誰が先輩だ。私はもう亡国機業のエムではない、森宮マドカだ」

 

 ライフルビットとシールドビットを切り離し、攻撃態勢に入る。星を砕く者を両手で握って構え、銃口をサザンクロスへ突きつけた。

 

「股のユルイ売女どもと一緒にするな、クズが」

 




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