この作品ではこれ書くの二回目ですね。去年の九月頃に一話を投稿したので、実は一年が経過しております。いやぁ、読んで頂ける事に感謝です。来年には完結しますかねぇ? このペースで自分が思い描く結末までどれだけ時間が掛かることやら。
「虚、二人は来てくれるかしら?」
「来てもらわなければ困ります」
「マドカちゃんはともかく………織斑秋介君ね」
「ええ」
無事、とは言い難いが招待客や一般生徒にけが人はおらず、トラブルが起きることなく今年の学園祭は幕を閉じた。実際にアリーナで何が起きていたのかを知らない生徒からすれば大成功で終わったように見えるが、一部そうではない。
亡国機業の襲撃。
こちら―――更識家では既にその情報を手に入れたからこそ、シンデレラという男一人を確実に登場できる劇を選び、準備を進めてきた。被害を抑え、確実に敵を捕らえるために。
第二形態に移行した白式と彼の実力ならば、倒すまではいかないものの私やマドカちゃんが駆けつけるまでの時間は稼げたはずだった。ログを見ても十分良くやってくれていることが分かる。事実、ギリギリではあったけれど間に合った。
マドカちゃんの足止めをしていた方……アリスといった少女の
三人目が現れなければ。
「楯無、来たぞ」
「いらっしゃい」
相も変わらずノック無しで入ってくるマドカと一緒に織斑秋介は入って来た。同じ場所にいること自体が珍しいのに………。
「偶然そこでばったり会っただけだ」
「何も言ってませんよ」
虚の疑わしい目線を感じてか、マドカは聞かれる前に答えた。
応接用のソファに二人が距離を開けて腰掛ける。タイミング良く虚がお茶を出したところを見計らって、私は話を切り出す事にした。
「何でここに来てもらったのかは、言わなくても分かるわよね、織斑君?」
「昨日の襲撃の件、ですよね」
「そう。私も遅れて駆けつけたんだけど、そこに至るまでの経緯を当事者である二人から聞かせてくれないかしら? 勿論、学園祭が始まる前から情報を整理しつつね」
共有、と書かれた扇子を広げて生徒会長のイスに座る。虚の淹れたお茶に一口つけてから、どこから話そうかと一連の出来事を辿る。
「事の発端は、更識家が所有する部隊の一つが送って来た情報よ。動きが見られる、と。これが大体今から二ヶ月ほど前のこと。だから………“福音事件”の少し前になるのかしら」
夏休み前の臨海学校で起きた謎の暴走事件、銀の福音が起こしたことから単純に“福音事件”と呼ばれるようになった。これは事情を知っている人間の間だけの通称であり、世間には公表されていない。暴走したISが二ヶ国の共同開発軍用機であることもあれば、それを収めたのが学園生徒という国からすれば非常に情けない結果に終わっている。何よりも、直接的な原因は無いものの“一人目の男性操縦者が死亡”した状況を作ったとも考えられるのだ、公表できるわけが無かった。
銀の福音に関してはアレからも探りを入れているが、何の情報も入って来ない。アレだけのことをしでかしたにもかかわらず、“何の情報も無い”のだ。所有者であるナターシャ・ファイルスも同様だ。また何か銀の福音絡みで問題が起きたのだろう。
「次の報告はそれから三週間後のこと。イギリスのBBCが襲撃を受けて、BT三号機が強奪されたわ。完成を待って、マドカちゃんに変わる戦力を補充したということね。ここから、またISを使用した行動を起こすと予想して、ちょうどよく学園祭の季節だったから対策を立てていたのよ」
普段は侵入不可の学園に入れる唯一の機会だ。企業の人間はスカウトに来るし、各国は情報収集の為にスパイも送る。これに乗じてくると狙いをつけるのは容易かった。
「三号機?」
「ああ、織斑君は見ていなかったっけ。セシリアちゃんと、マドカちゃんの機体はイギリスのBBCっていう会社が作製しているの。日本で言うと倉持技研みたいなところね」
「……BTシリーズの三号機、ってことですか」
「そうそう。あ、これイギリスは秘密にしたがっているから絶対に言わないでね」
「え? さ、更識先輩は……?」
「私はいいのよ。だって生徒会長だもの」
「えぇ~?」
うさんくさい物を見る目の視線をスルーして、話を続ける。
「学園に来るとなれば狙いは自然と絞られるわ。貴重な男性操縦者、世界のどこよりも豊富なコアの数、委員会が封印指定した危険な情報………まぁこんなところね。結果的にはどれもハズレだったんだけど」
「仕方が無い。今回、織斑が狙いだった場合の対処はできていたようだが、他の二つについてはどうだったんだ?」
「訓練機のコアに関しては、全部抜いて織斑先生に渡しておいたわ。学園長も了解済み。情報については完全なスタンドアローンでネットワークには接続されていないから情報が漏れないし、場所については私も織斑先生でさえ知らないから手の施しようがなかったの。それだけ秘匿されているってことで、安全且つ目標にはならないと判断したわ」
学園に地下があることや、様々な施設や機器があることは知っているが、その類はまるで見ない。ガセネタの可能性も視野に入れておこう。
「あの、シンデレラは敵を誘いだすための囮みたいなものだったんですか?」
「んー、まぁそうね。何も無ければ純粋に楽しめるし、織斑君が狙いなら何らかの動きがあるでしょう? 実際王冠には発信器の役割もあってね、とれたら電流が流れて取れない仕組みになってるのよ」
「……アレは王冠をとるために皆頑張ってたんですよね?」
「ええ」
「詐欺だ! 詐欺師だ!」
「ありがとう♪」
「褒めてませんよ! てか、勝手に囮にされても困るんですけど!」
「あら? そうしないと死人が出ていたのよ?」
「なっ……」
一度扇子を閉じて、もう一度開く。今度は安全策と書いてみた。
もし、劇もせずにずっと一組で執事まがいのことをし続けていればどうなっていたか? 色々と考えられるかもしれないが、最悪の場合休憩で出歩いているところをいきなりISで襲ってきたかもしれないのだ。或いはクラスに来てまで勝負を仕掛けるかもしれない。
何にせよ、相手の思惑にのって密室の一対一の状況にならなければ痺れを切らして襲いかかるかもしれなかった。
「ということ」
「俺の安全はどうなるんですか? 速攻で動きを縛られて負けた時とか」
「ISの攻撃でも十分は稼げる特殊な装甲板を更衣室の壁や天井、床にまで貼れるようになっているのよ。それだけあれば私かマドカちゃんが駆けつけられるわ」
「はぁ………」
本当は一夏に向かわせて、その予備要員としてマドカちゃんを出すつもりだったんだけどね。
「これが私の筋書きだけど、実際はそうそう上手くいかないものね。襲撃者は三人もいたわけだし」
はぁ、と溜め息をついて背もたれに身体を預ける。五ケタを超えるお値段がするこれはふかふかしていてストレスを感じない。これにマッサージ機能さえあれば文句はないんだけど……。
気持ちを切り替えて、目を伏せがちな二人に問う。
「じゃあ聞いてみようかしら? マドカちゃんからね」
「分かった」
グイッと飲みほしておかわりを貰ったところで口を開いた。
「お前に言われて第三アリーナに行ってみれば強奪された三号機と、私の知らないガキがいた。本人いわく、後釜らしい。操縦技術に関して言えば素人だが、BTコントロールはオルコットよりも高かった。偏向射撃だけでなく拡散射撃まで使っていたぞ」
「へぇ~。マドカちゃんできるの?」
「当たり前だ。追いつめるあと一歩のところで、割りこまれて押し負けた」
「………一夏、ね」
「ああ」
襲撃者は二人まで。それが私と虚、桜花が出した結論だった。コアの数や、それ以上の人員をよこすだけの余裕があるとは思えないし、私達と対等に戦えるだけの実力を持ったとなれば更に候補は減る。現に、二人目の襲撃者であるアリスは素人だった。
計画を大きく狂わせた三人目………森宮一夏。私の愛する従者。
生きていたことは素直に嬉しいが、それを手放しで喜べる状況じゃ無かった。まさか、敵にいるなんてね………。
「攻撃できなかった。何が起きているのか分からなかったんだ。気がつけば動けなくて、三号機は回収されていた」
「ってことは、そのあとに俺の所に来たのか……」
「そうなるわね」
私がアリーナの更衣室に辿りついた時、室内は床に縛りつけられた織斑秋介と傍にいるオータム、私とは正反対の場所の壁をぶち破って来た夜叉と三号機が集まる形になっていた。彼曰く、壁が崩れて夜叉が現れると同時に私が更衣室に入ったらしい。
「それからは何も無く、時間切れだと言い残して去って行った、か」
「連中は何がしたかったんですかね? あの状況なら先輩とあいつらで三対一、俺と白式を奪うのは難しくありませんし、上手くいけば先輩の機体だって奪えた」
「そこよ。私が聞きたいのは」
「布石だ」
「布石? もう一度仕掛けてくる仕込みでもしていったのかしら?」
「そうだ。私達の心にな」
「………そういうことね」
マドカちゃんが言わんとすることを察した。
夜叉……森宮一夏の存在が、今の私達にとってジョーカーだということ。生きていたのに、何故か敵になっているという信じられない現状が、どんな言葉よりも突き刺さって抜けない。私が“楯無”でなければ、きっと以前の簪ちゃんのように泣いていただろう。
私達を傷つける剣であり、攻撃を躊躇わせる盾。ジョーカーと言わずして何と言う?
「絶望に落とす事が目的だと、アリスは言っていた。白式強奪は二の次で、上手くいけばいい程度だともな」
「ひっくり返せば、次があるということでもあります」
「そして一夏も来るわ、必ず」
夜叉を完璧に使いこなした一夏の実力は国家レベルを越えている。私でも勝つことは難しい。太刀打ち出来るのはブリュンヒルデ相当の実力者だけ。織斑先生が専用機を出すか、蒼乃さんしかいない。
確かに絶望的だ。気持ち的にも、戦力的にも。
「次のイベントって何でしょうか? やっぱり狙われるとしたらそこじゃないですか」
「次は………そうねぇ、『キャノンボール・ファスト』かしら」
「なんたそれは?」
「
「レース……」
「興味があるなら過去の映像を見るといいわよ。単純に機動の参考にもなるし、今年は君達一年生にも出番が来るでしょうから」
机の上に積まれた書類の山をひっくり返して目的のものを引っ張り出す。さっきまで作業していたから要らない資料や書類ばかりだ。このあとの全校集会が終わったら整理しよう。
「これこれ。今までは二年生以降じゃないと参加できないんだけど、今年は専用機も多いし特別に専用機だけの試合が組まれることに決まったのよ」
「つまり、選手?」
「これも勉強よ」
私と学園長のサインと印鑑が押されている書類のコピーをひらひらと見せつける。
異例中の異例なんだけど、分からないだろうなぁ。
「話は変わっちゃったけど、聞きたいことは以上よ。朝早くからありがとうね。何か聞きたいことはない?」
すっ、とマドカが手を挙げた。
「楯無としては、兄さんをどう思っている?」
「と言うと?」
「自らの意思で寝返ったのか、それとも何らかの精神操作を受けているのか、もしくはそれ以外の何かがあるのか」
「あなたはどう思うの?」
「愚問だな」
「「寝返るなどあり得ない」」
一夏とマドカちゃんは、誓いを立てている。特に一夏はその決意を糧にして夜叉を起動させたのだ。
薬品系の物であれば身体中のナノマシンが抗体を直ぐに生成して打ち消す。脳波に干渉してくるのならば、意識そのものに刷り込まれた忠誠心が弾き飛ばす。
象を眠らせるだけの睡眠薬でさえ、一夏にはそこまでの効果がないのだ。そこまでさせるものがこの世にあるとは思えない。
………というのは建前。本音はそうあってほしくないという希望で一杯。そして女の勘が確信していた。
それもこれも全て、私たちの願いなんだけどね。根拠や物的証拠があるわけじやない。
「あの―――」
「すみません」
勝手に盛り上がっているところで、織斑君が話を挟もうとしたときに重なって人が入ってきた。シャルル……いえ、シャルロット・デュノア、ね。
「秋介、織斑先生が呼んでるよ? なんか怒ってたけど」
「あっ!? 模擬店の結果報告しなくちゃいけないんだった!」
「あら? それは困るわね……織斑君、そっちを済ませちゃって。じゃなきゃこの後の結果発表できないから」
「りょ、了解です! 失礼します!」
もしかしたら、今日の朝にやるつもりだったのかもしれない。そうだとすれば悪いことをしたかな。別に放課後でも良かったことだし。
バタバタと慌てながら、彼は生徒会室を後にした。
「楯無、邪魔なやつも消えたことだし言っておくことがある」
「夜叉の武装と装甲でしょ?」
更衣室に駆けつけたとき、私は壁をぶち抜いていたISが夜叉だと気づかなかった。
回収されたメットバイザー等のパーツ部分は、やっつけ感満載のツキハギだったのだ。もはや別の機体にしか見えない。
アラクネのヘッドバイザーをそのまま流用し、左腕は八門ガトリングの武器腕となっており、シールドは右側の二枚だけ。寄せ集めのパーツでようやくISとしての体裁を保っているといった様子だった。
「夜叉に使われていたアラクネのバイザーのことだ」
確か………元々はカメラアイの付いたロボットアニメのような外見をしていたけど、昨日は顔が薄く見える透明なヘルメットだったっけ?
「アラクネをアメリカから強奪したあと、あの機体には亡国機業の手で改良が施された。当時はあの機体を扱えるほどの女がいなかったんだ」
「ダウングレードしたの?」
「まさか。機体の能力を最大限引き出すために仕掛けを施したんだ。電磁波、超音波等を発して無理矢理身体を動かさせる機能をな」
「全身装甲の癖に頭だけ脆そうなのはそういうことね」
「そう。機能を搭載させるために削るところを削っている。オータムには必要ないと判断されて外されたが、今の夜叉に使われているのは恐らくそれだ。さっきはああ言ったが、正直に言うとわからない」
これは驚いた。一夏が絡めば何であろうと絶対を疑わないマドカちゃんが自分の言葉を覆したのだ。言い換えるなら、夜叉に取り付けられたアラクネのバイザーはそこまでの力を持っているということの証でもある。
この子は現実を見たと言うよりも、見なければならないのかもしれない。
「なら、次に戦うことがあればバイザーを優先して壊せばいいのね?」
「………そうなるな。それで兄さんが戻ってくるならいいが」
「それでもダメなら、また手を考えましょう」
技術が進歩していれば、バイザーとは別で新たな洗脳技術を搭載させられている可能性もある。その時はその時だ。最悪の場合は夜叉を全破壊するかもしれなくなるが………。
「ついでだ、もう一つ聞かせろ」
「どうぞ」
「なぜ織斑秋介に甘くする? 奴は………奴はっ! 兄さんを!」
「…………」
言いたいことはよく分かる。誘拐されたことも、織斑で不遇な生活を送っていたことも、彼は原因の一端を担っている。それどころか、家族であり実の弟である彼は罪深い。王冠に仕掛けた盗聴機で自分ですら気づいていなかった本心も見えたのだ。女としての私は何万回八つ裂きにしても足りないほど怒り狂っている。
―――でも、
「その通りよ。でも、私は更識楯無。同時に生徒会長でもあるわ」
「奴も学園生だからと言うのか!」
「ええ。私には義務がある。想いだけで、力だけでも生きていけるのなら世の中難しくないでしょう? 果たすべき責任を果たさなければ、彼のような屑になるだけよ」
「それは………っ!」
「あなた達が私達姉妹を守るように、生徒会長としての私は生徒と学園を守らなくちゃいけないの。同じことよ」
「…………すまん」
「気にしない気にしない♪」
バサッと扇子を開く。そこには"最強"の二文字。
「私は更識楯無。ならばそのように振る舞うだけよ」
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楯無から呼び出された二時間後、HRが行われる時間帯ではあるが、全校生徒と教員は講堂へと集まっていた。今から行われるのは昨日の学園祭ランキング発表である。
例年通りであれば、デザートパスをはじめとした学園内で使用できるものだったが今年は次元が違う。
『前置きはこれくらいにして、みんなお待ちかねのランキング結果発表と行きましょうか。まずは部活動ね。これは生徒や来場者が持つ投票権の総数で決まるわ』
楯無の手元に置かれていたトレーから一つの封筒を取り上げて封を切る。折り畳まれていた中身の紙を開いて、その内容を読み上げた。
『部活動ランキング一位は……………生徒会執行部による舞踏劇、シンデレラ!!』
『はああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』
思わず耳を塞ぐほどの大ブーイングの嵐が間髪いれずに巻き起こる。
学園祭は学生主体になって行われる一大イベントだが、その中枢を担っているのは生徒会だ。楯無達が書類を教員へ提出し、招待券を送付し、全ての企画に目を通して安全性を確認したりと仕事は多い。そんな生徒会が一位をとったとなればもう八百長にしか聞こえないな。
部活動に入っていない私達としてはどうでもいいことだ。
『はいはい静かに! 劇の参加条件は生徒会への投票だったんだから、立派な民意よ!』
しーん。
『そんなに落ち込まないで頂戴、織斑君のお仕事は各部へのサポートと決めているから。申請さえすればマネージャーとしてレンタルします』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
や、やかましい!! 静かになったかと思えば一瞬にして沸き立つこの無駄な連帯感は何なんだ!?
『ということで、織斑君は放課後生徒会室まで来るように。さて、次はクラスランキングね』
クラスランキング。その言葉によって再び場が静まり返る。既に諦めていたクラスもあるにはあるが、それはごく少数。殆どが一位を目指して準備から当日終了の一秒まで頑張り続けた。
全ては篠ノ之束の技術を得るために。忘れがちだが、ここにいるのは狭い門をくぐりぬけたエリートばかりだ。誰もが想いや願いがあり、その為に学んでいる。篠ノ之束という箔がつけば、それだけでも随分と近くなるだろう。
『早速発表と行きたいところなんだけど…………その役はゲストにお任せしようかしら。どうぞ、こちらに』
『やあやあ、天才束さんだよー♪』
「な………馬鹿な………」
ありえない。なぜ、なぜここに篠ノ之束がいる!? センサーを通してみても以前の様な人形ではない、まぎれもなく本人だ。教えに来る時ならともかく、発表の為だけに訪れるわけがない……!
『じつはこーっそり学園祭見させてもらったんだけどねぇ、いやぁ~おもしろかった! 私が学生の頃を思い出して楽しかったよ! 甘さ十倍わたがしとか、有名店並のスイーツがうまいのなんの! 流石はIS学園だねっ』
台詞にでてきた模擬店を運営していたクラスがざわざわと喚き立つ。“あの”篠ノ之束の印象に残ったのだ、優勝とは別の意味で興奮もする。しかし甘さ十倍わたがしか………食べたかった。簪に言えば作ってくれるだろうか?
『しっかし驚いたなぁ、みぃんな食べ物ばっかりなんだもん。私が思っていたのとは全然違うんだよね』
ここでふわふわとした雰囲気が一転して、篠ノ之束の鋭い視線によって冷え始める。真面目な表情ではない、にこにこしたままなんだが、何故か動けなくなるほどの圧力が彼女から溢れていた。
『ISはどれだけ科学技術が進歩しても最先端を行く技術の結晶。当然、そのISを学ぶ為の学校なんだから、それらしい展示があるもんだとばっかり思ってたのになぁ。残念残念。別に食べ物やるなって言うんじゃなくって、そういうのがあっても良かったのにねってこと。一年生には難しいだろうから、上級クラスにはちょっと期待してたんだよ?』
楯無から受け取った結果の入った封筒を人差し指と中指で挟んでひらひらと振る。ブーツの足音を響かせながら講堂中央にあるステージをゆっくりと歩く。時にくるくるとバレエの真似をしながら跳んで、回り、楽しそうに踊り、ほんの少しの苛立ちを含めながら言葉を続ける。
『私がクラスランキング一位って指定したのはそういう事を思ってのことだったんだよ。ここに来るのは何も君らの家族だけじゃない、企業の人間や国家に所属する人間だって含まれた。というか、生徒の家系を全て洗えばそういう家の人間が殆どなんだよね。模擬店よりも展示の方に興味を示す人間が大勢いたのさ。一位になるなら、それは数多の展示の中で輝いた優秀なクラスだろうって』
封筒をかざして透かし、中の紙を覗いてから封を切った。取り出した紙を広げてじっくりと読み始める。
『しかし、箱を開けてみればどうだろう? 配布されたパンフレットにはメジャーなものからマイナーなものまで、美味しそうな食べ物系の模擬店ばかり。整備科ですらそうだったよ。技術を磨いてもらうのなら、自分達の今できる限界の力を見せることが礼儀じゃないのかな? 束さんちょーがっかりだよ。がくーん』
はぁ、と溜め息をついてわざとらしくオーバーに肩を落とした。
『だから一年一組には悪いけど、これは無効だね。コスプレは見ていて楽しかったし食べ物もおいしかったけど。もっと料理のおいしいクラスならたくさんあったし、一部のクラスメイトを持ちあげて客足を稼ごうなんて真似をするところに教えることはないね』
そう言うと、篠ノ之束は封筒ごと結果用紙をビリビリと破き始めてぱっと上に放り投げた。白の紙吹雪が彼女にだけ降り注ぐ。
一組の面子はただ唖然としていた。それもそうだ、必死に考えて頑張った結果がアレだ。客足稼ぎとまで言われればああもなる。ただ、口の悪さを篠ノ之束に問うのは違う気もするがな。奴にそんなものを期待する方がどうかしている。
だが、そうなると景品はどうなるのやら。ラウラや桜花を経由して接触するのは無理そうだ。
『というわけで、私が勝手に決めちゃうね♪ あ、別に一位は一年一組でいいよ、例年通りデザートパスでもあげればいいんじゃない?』
ステージ中央に戻った篠ノ之束は懐からタブレットを取り出して、指と視線を動かし始める。数秒ほど待つと動きが止まり、大型モニターの画面が校章からブルースクリーンに変わり、もう一度だけ変わった。
私の隣に座る簪のリアルタイム映像に。
『一年四組更識簪。展示を行った五組のクラスの中で最も完成度の高い作品を一人で組み上げた君には、私の技術をつきっきりで教えてあげようじゃないか』
秋介や箒、千冬のいる一組ではなく、簪個人を自らの意志で優先させた。とんでもない改変がここの束さんには起きておりますねぇ。