無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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お寺の師匠さんも走るほどあわただしい季節ですねぇ。
別にお坊さんじゃありませんけど、私はパンクしそうなくらいバタバタしてます。
と、いうわけでもう一回更新できたらいいかなー?


49話 「ソラに憧れたあの頃のままさ」

「よかったな! 簪!」

「本当よ! おめでとう更識さん!」「クラス全員じゃないのは残念だけど……」「でも一組よりは篠ノ之博士の印象はいいはずだよ!」「連中に一泡吹かせてやったわけね」「さぁっすが更識! やることが違うねぇ!」

 

 楯無ですら想像出来なかった結末を迎えた学園祭ランキング。生徒会に関してはほぼ出来レースの様なものだったが、まさかクラスランキングで別クラスの個人を表彰するとは思わなかった。らしいと言えばらしいんだが、流石に申し訳ない。織斑はどうでもいいが、ラウラと桜花は慣れない服で接客していたし………。

 

 しかし、当初の目的であった篠ノ之束に接触する理由の確保は達成した。私は簪を護る守護者なのだから、ぴったり貼り付いて行動することは当然だ。簪からも同行を許してもらえるようにお願いすることになっている。

 

 まぁ多分大丈夫だ。ムカつくが、奴とは多少の付き合いがあるしな。

 

 教室に戻る間も、戻ってからもずっと四組はお祭り騒ぎだった。どうしてクラス皆が………と愚痴る奴は一人もおらず、簪へ心からの言葉を掛けている。企画の中心となったマシンを一人で組んだことを言っているんだろう。

 クラス単位での表彰でないことを悔やむ気持ちは皆ある。一人だけ選ばれた簪を恨むことも間違いではないはずだ。それでも素直に「おめでとう」といえる彼女たちがクラスメイトであることが嬉しい。

 

「ねえ、いつからなの?」

「今から来るように言われてるから………」

「そっか。頑張れ!」

 

 講堂にて解散し、各クラスに戻った後は通常通り授業があるが、簪だけは篠ノ之束に呼び出された為にこれから向こうが指定した場所へ移動する。相手や状況だけに、私の同行も特別に許されているので授業ブッチだ。

 

 いつまでも教室にいては授業の邪魔だ。簪を促して場所を変える。

 

 落ち着いて話せる場所ということで売店前のラウンジまで移動した。普段ならもう少し賑わっているところだが、今日に限っては人一人おらず静かだ。ブーツの音がカツカツとよく響く。

 

 ジュースを買って近くのテーブルに腰を降ろして話を切り出した。

 

「篠ノ之束が場所を指定するんだな?」

「そう言われた。取り合えず動けるように待てって」

「そうか………」

 

 恐らく今もどこかでこちらの動きを見張っているに違いない。こんな学園のど真ん中で仕掛けてくるとは考えたくないが、常識の範疇に収まる相手じゃないんだ。それもまたあり得ると思っておこう。

 

 私達二人は奴からすれば格好のエサのようなものだ。

 

 簪の打鉄弐式は不思議な完成をしており、どこからかその情報を掴んだ奴は手を出そうと仕掛けてきた。間一髪、兄さんが間に入ったからよかったものの、今回はいない。

 私はと言えば少なからず関係がある。織斑の血が確かに流れてはいるがそれを公表してはいないために、極端なことを言えば私を殺しても織斑千冬が深く咎めることはなく、楽に実験材料が手に入るわけだ。世界から見ても強大な更識の力も、篠ノ之束に届くとは思えない。

 

 興味を引く対象としては十分にあり、少々目障りな存在に映っているはずだ。

 

「やあ、おまたせー」

「「ッ!?」」

 

 そんな予測すらも知らないとばかりに、この女は突然現れた。

 

 三人掛けの丸いテーブルの空いた椅子にいつのまにか座って私のコーヒーを飲んでいた。こいつ………。

 

「お、おはようございます」

「おはよー。うんうん、挨拶は大事だよね」

「………」

「そんなにカリカリしないでよー。何かしようってわけじゃないんだし」

「臨海学校で何をしたのか、私は忘れていない」

「森宮一夏の情報が知りたくないのかな?」

「「!?」」

 

 ……見透かされている? いや、知っていたのか?

 

 何にせよ、図星を突かれて驚いてしまっために誤魔化しはもう効かない。そもそもコイツに過程を問うこと自体が意味のないことだ。聞いて答えるとは思えないし、知りたくもない。

 

「ふふ、素直なことも大事だね」

「……素直になれば、教えてくれますか?」

「そうでなくても教えてあげるよ」

「は?」

「だから言ったじゃん。何かしようってわけじゃないって。むしろ君らの益になることを無償で提供しようとしているんだよ?」

「無償? 何をバカなことを……」

「そこは嘘なんだけどね!」

 

 ぐ……ムカツク奴め。これだから信用できないんだ。そのくせ真実が混ざっている。

 

「ちゃんと話してあげるから、場所を変えようか。五月蠅い連中もいることだし」

「……そうだな。それでいいな、簪」

「ん」

 

 ざわり、と壁や柱の向こうで気配がざわめくのがわかる。どこぞのスパイどもが耳を澄ませていたんだろう。仕掛けてこなければ無視するつもりだったが、どうやら天才様は盗み聞きする連中がひどく気に入らないようだ。それでいて動く様子もない。

 

 肌でビリビリと感じる圧迫感が『次は無い』と無言で語っている。

 

 席を立った篠ノ之束に従うように私と簪も後を追う。堂々と授業中の教室棟を通って外に出て、島の外延部に沿いながらモノレールの駅がある方向とは真逆の山の中へ入った。

 

「おい、どこまで歩くつもりだ」

「私のラボさ」

「ラボ?」

「そ」

 

 それっきりまた黙ってしまった。簪と顔を合わせて見るがさっぱりわからない。こんなところにラボがあることもそうだが、学園の敷地内に構えていることもまた謎だ。

 

(待つしかないか)

 

 癖で高圧的な態度になりがちな私だが、立場で言えば圧倒的に不利だ。

 まず、呼ばれたのは簪であって私ではない。そしてその簪ですら教えてもらうという体で呼ばれている。気分一つ変わって帰れと言われれば帰らなくてはならない。どんな意味であっても、篠ノ之束と張り合えるのは不可能だ。

 

 何としても情報が欲しい。その為には癪ではあるが言うとおりにするしかない、か。

 

 そこから更に数分歩いたところでようやく篠ノ之束は歩みを止めた。

 

 少し開けた場所で、砂利や人間大の石がごろごろとそこかしこに転がっている。隙間からは雑草が生え、石を蹴り返してみれば苔でびっしりと埋め尽くされていた。長い間人が訪れていないのだろう。

 視線を上げれば、この広場の中心に堂々と立つ樹齢千年を超えるであろう大木。ここが開けているのはこの大木の根が張っているからか。幹には大きな縄――注連縄が巻かれている。

 

「御神木?」

「みたい、だな。ここは学園を建てる前は無人島だと聞いていたんだが……」

「そりゃ大嘘。植物が勝手に縄を編んでグルグル巻くわけないじゃん。それに、今まで来る途中だって人の手が入っていたところは幾らでもあったんだよ?」

 

 ……言われてみればそうだ。学園生は立ち入りを深く禁じられており、破った場合は織斑千冬から手痛い折檻が待っているほどだと聞く。そもそもこんな山奥に用は無いのだから生徒も教員も来ないはず。なのに、石を切って積まれた階段や、風化して文字も読めなくなった看板がなぜ存在するのだろうか?

 

「………間引かれた?」

「簪?」

「なるほどねぇ。勘のいい子は好きだよ」

「何だと?」

「なぁーんでもない! さぁ、ようこそ! 私のラボへ!」

 

 さっきのはなんだとか、どこにもないじゃないかとか、色々と言いたかったが、その前に篠ノ之束はパチンと指で音を鳴らし、その瞬間地面が一瞬だけ揺れた。

 

「地震か!?」

「ち、違う! 弐式からの反応は無かったよ!」

 

 ISは本来宇宙航行と惑星探査の為に作製されただけあって、気候や地質に対するセンサーが多くとりつけられている。時代は軍用化の風潮に染まりつつあるため外す国が増えてきているが、どうやら打鉄弐式はそのままの様だ。恐らく、日本は四つのプレートが重なる場所にあり地震大国と呼ばれているからだろう。次世代量産型のテストモデルならではとも言えるが。

 

 つまり、人工的な揺れ。連続して揺れない事が何よりの証拠だ。

 

 そしてもう一度大きな揺れが一瞬だけ起きる。今度のは震度六ぐらいあったんじゃないだろうか? 地面から弾かれたように身体が宙に浮いた。殆ど反射的に両手両足を使って体勢を整える。簪は揺れが来るのを分かっていた為に、タイミングを合わせてジャンプしていた。

 

 文句を言ってやろうかと顔を上げると、御神木が割れていた。

 

「な……」

 

 より具体的に言えば、近未来的なエレベーターのように幹の部分が開いていた。見た目は年季を感じさせる大木が、文字通り開けば機械だったと。

 

「とりあえず、お茶しない?」

 

 してやったりといった顔の篠ノ之束は、くいっとカップを傾ける仕草を見せた。

 

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 某お掃除ロボットのような円形がお茶を運んで来ては戻って、また現れてはお菓子を持ってきて戻って行った。現行の科学力ではあんなものは作れないはずだが……流石と言うべきだろうか。

 

 エレベーターに乗って地下に降りると、ちょっと豪華な一軒家といった内装の部屋が待っていた。テレビの電波は普通に届くし、電気も来ている。携帯に至っては圏外になるどころか自室よりも電波の入りが良い。この空間だけ数年先の未来にタイムスリップしたような感覚だ。

 

「お待たせ」

 

 ふかふかのソファに簪と並んで待っていると、数冊の本を両手で抱えてきた篠ノ之束が現れた。どすん、と重たい音を響かせて机に置く。

 

「あー重かった。とりあえずそれ分かるまで読んで」

「は?」

「私の技術を教えてあげるって言ったじゃん。ただ、その前に最低限理解してもらわないと困ることが幾つもあるわけ。だからそれ読んでってこと」

 

 手をぷらぷらと振りながら気だるそうに話す篠ノ之束を余所に、置かれた本の山から一冊手に取って開いてみる。

 

「…………おえ」

 

 吐きそうになったのでそっと閉じて簪に渡した。技術畑でもない私には縁があっても理解できそうにない。

 

「あ、読んだことある」

「へぇ?」

「タイトルは確か………『机上理論の電脳世界』。私、この本を書いた人のファンなの」

「凄いのか? その………」

「筆者は『美空椿』。そんなに有名な人じゃないけど、この人の作品はとても凄い。無名だけど、科学者としての力量は世界でもトップクラスのはずだよ」

「そ、そうか」

 

 アニメやゲーム、兄さん絡み以外でこんなに生き生きとした簪を見るのは珍しいし久しぶりだ、こと工学に関しては毒舌になりがちな簪がここまで言うのだから、相当な人物なんだろう。

 

「で、なんでこの本があるんだ? かの篠ノ之束も一目置くほどの科学者なのか? まさか貴様が書いたわけではないだろうな?」

「うん、私が書いたよ。美空椿はペンネーム」

「………」

 

 開いた口が塞がらないというのはこの事だ。冗談半分て言ったことがまさか的を射ているとは………。

 コアの製造を拒否している時点で自らの技術を晒す気が無いのは明らかなのに、わざわざ本という形にして販売するなんて想像できるか。

 

 やはり、よくわからない。

 

「………ぁ」

「簪?」

「握手してください! あとサインも!!」

「………わぁお」

 

 しかし、簪にとってはどうてもいいようだ。いつかついて行ったどーじんしとかいう薄い本の即売会を上回る気迫で篠ノ之束に迫っている。

 満面の笑みで祈りを捧げるように両手を握り、身体を乗り出して机を飛び越え目の前で正座した。

 

「な、何さ。束さんはそういうの好きじゃないんだけど?」

「美空椿が出した本は全て初版で買いました! 一字一句本の内容を覚えてますし、理解もしているつもりです!」

「そ、そうなの? いや、でもねぇ」

「特に感動したのは二冊目の『火器管制』と三冊目の『技と操』で、あれを読んだから代表候補生になろうって思ったんです!」

「え、えぇー。そんなこと書いたっけなぁ……。因みに読んでどう思った?」

「発想ですよ! 当時は第二世代型が漸く発表されたというのに、内容は第四世代相当のものなんですから!」

「あ、わかっちゃう? 」

「分からないのが理解できません!」

「だよねぇーーー!!」

 

 ………流石の天才も、簪の全開モードには逆らえなかったようだ。褒めちぎられて有頂天のようだし、意外と純粋な好意には弱いのかもしれないな。

 だがまぁ、仲が悪いよりはずっといい。相手が相手だが、簪にはああやって素直に議論を交わせる相手は今まで一人もいなかった。研究所は男ばかりで近づき辛いし、楯無は整備や工学系に明るくない。私も初歩的なところは齧っているが簪達本職にはついていけるほど理解はできなかった。楯無曰く、向き不向きがはっきり分かれる分野だとか。

 

「でねでね――――」

「ゴホン! そろそろいいか?」

「あっ………うん………」

「ちぇ~」

 

 更にヒートアップしそうな雰囲気だったので止められるうちに止めておいた。二人には申し訳ないが、続きは先に済ませることを済ませてからにしてもらおう。許可を貰ったとはいえ授業を抜け出して来ているわけだし、だらだらと過ごすつもりはない。

 簪は顔を真っ赤にして俯き、篠ノ之束はぶーぶーとタコの様な口にして文句を垂れ流している。

 脱線したが掴みは好調。少なくとも簪の評価は高いな。

 

「で、本を読ませるのか?」

「やっぱりいいや。さっきのでどれだけの知識と技術があるのかは大体わかったしね。将来有望な子で助かる助かる。次からは早速色々と教えてあげようじゃないのさ」

「よ、よろしくお願いします……」

「よろしくお願いされましょう」

 

 こちらこそ。いえいえこちらこそ。取引先の会社員とお辞儀合戦するように頭を交互に下げる様子を横から見るのは実に珍妙な気持ちだ……。

 

「なら私から聞きたいことが―――――」

「君達の目的は二つ。一つ、“篠ノ之束と接触し好感を得、パイプを作ること”。二つ、“森宮一夏の情報を手に入れること”だよね?」

「……そうだ。偶然ではあるが、一つ目の目的は達成したと思っている」

「聞きたいのは二つ目でしょう? いいよ」

 

 すっと立ち上がった後に、ポケットから取り出したリモコンを操作する。風景を映し出していたスクリーンの画面が切り替わり、兄さんと夜叉の情報がずらりと並んだ。

 

「私が彼に興味を持ったのは、ISに乗っているからって言うのもあるんだけど、夜叉と呼ばれている機体のコアに理由があるんだ。あれは“ナンバー”っていう特殊なコアでね、私が心血を注いで作った十個の内の一つさ。その内001と002の二つは最初期に作製したから“プロトコア”って呼んでるよ」

「ナンバー、か」

「あの………最初は一夏が織斑一夏だってこと、気付いていなかったんですね?」

「うん。見た目が変わってビックリした」

「………それを見て何も思うことはないのか?」

「あるよ。吐きすぎて喉が痛くなったし、数日はロクなもの食べられなかった」

 

 ………意外だ。てっきり「それが?」といった軽い返しを想像していただけに。昔のこいつは兄さんを嫌っていたし、今でも有象無象には興味を示さない。むしろそんな連中よりも嫌われていたと記憶しているんだが。

 

「ふん、流石の篠ノ之束も人体実験には面食らったということか」

「そうだね。当時の私はまだ高校卒業したばかりで若かったもんだよ」

 

 罪悪感もなく、自覚も無ければ首をもぐ勢いで顔を殴ってやるつもりだったんだがな。篠ノ之束なりに、成長したということか。

 

「謝罪と贖罪の遺志はあるってことで、今は流してもらえないかな?」

「……遮ってすまない。続きを」

「………二つのプロトコアの内一つは行方がわかってたんだけど、二個目―――夜叉のコアは全く足取りが掴めなかったんだ。ネットワークから切り離されてたんだよ。それがある日いきなり反応が表れたもんだから大騒ぎさ。それから私は、彼のことを探るためにログやネットワークを介して、少しずつ情報を集めて、彼を追うことにした」

 

 夜叉を手に入れてからの事はある程度把握されているというわけか。失踪から施設に入って森宮で暮らしていた期間も探りは入れられていると見るべきだな。

 

「学園や臨海学校先で無人機をけしかけたのはお前か?」

「どちらもNOさ。あれは亡国機業の仕業だよ。詳しく話そうか?」

「お願いします」

 

 ピッとスイッチを何度か押すと、パソコンのデスクトップのような画面に切り替わり、幾つもあるフォルダの中から一つを選んで動画が再生された。

 内容はクラス代表のトーナメント決勝戦。懐かしいな、まだ半年しか経ってないのか。

 

「仮称『ゴーレム』。知っての通り無人機だね。随分とチャチなもんだけど、凡人共にしては中々マトモな出来上がりかな。使用されていたISコアはあおにゃんがこっそり奪って会社に持っていったっぽいよ」

「あおにゃん?」

「……もしかして、蒼乃さんじゃない?」

 

 あおにゃん。

 ………ぷっ、似合わない! 可愛いけど全然似合わなさすぎる! 顔を真っ赤にしているところまで想像できるが姉さんの雰囲気には欠片も似合わないだろ!

 

「マドカ、笑いすぎ………」

「いや、だって、あおにゃんって………はははっ!」

「もう……すみません、続きを」

「ほいほい。ガワの方だけど、ちーちゃんが回収してこの学園のどこかにあると思うよ。アレ自体には特に目立つ物があるわけじゃないから、いくら調べても成果は無いだろうけどね」

「そこだ。無人機がなぜ存在する? 既存のISと大きな違いは見られず、それで在りながら人間からの電気信号を必要としない。矛盾していないか?」

「全然。考えようはいくらでもあるじゃないか」

 

 ポチポチとスイッチを押すと、画面が切り替わり動画ではなく記号がずらずらと並ぶ画面に変わった。

 

「いつも思っていたんだけど、君ら人間は定義を勘違いしているよ。“ISコアを搭載したマルチフォームスーツ”じゃなくて“ISコアを搭載し、人間が装着するバトルスーツ”ってね。無人だからこそできることはたくさんあるのに、君らは危険物としか見ていない」

「しかしだな……現実に連中は攻撃してきたんだぞ?」

「そんなの私の知ったことじゃないよ。それをどう扱うのかはいつもその人間次第さ。リモートによる遠隔操作もあれば、AIを搭載した無人機型もある。これら全て私自身がそう発展するように改良の余地を残していたんだ」

「な、なんでですか? 制御を誤れば危険なのに……」

「確かに。でも、何度も言うようだけど、ISは兵器として作ったわけじゃないからね? 宇宙開発が本来の目的だってことを前提に考えてみてよ」

 

 リモコンが操作され、画面が再び切り替わる。映し出されたのは文字の羅列ではなく、よく見慣れた数枚の写真だった。

 海、山、空、谷、洞窟………そして宇宙、月。

 

「絶対防御って言っても、100%命の安全を保証するものじゃない。零落白夜の様に超威力を秘めた武器や単一仕様能力なら人間の身体を絶対防御ごと真っ二つにできるし、そうでなくとも貫通されれば生身の体に傷がつく。まぁ、絶対防御が突破された時点で人間死ぬんだけど」

「なるほどな。人間が装着したISでは行動しづらい場所を開拓する為か」

「正解」

 

 絶対防御の話でピンときた。

 超高速の移動でもISならばGをある程度は消せるし、戦車の砲弾やイージス艦のミサイルだって屁でもない。搭乗者の安全を確保してくれる機能だが、名前と反して絶対ではない。エネルギーが無くなれば発動しなくなるし、絶対防御で打ち消せなければそのまま攻撃が身体へ通ってくる。

 

 今スクリーンに映っている場所はいいヒントだ。

 

 深海は水圧によってあらゆるものをひしゃげさせる。

 火山から吹きだすマグマは海ですら燃やし尽くす。

 乱気流は制御を奪い、大気は隕石ですら燃える。

 断崖絶壁から抜け出す術は無いに等しく、助けも無い。

 極低温の暗闇は体温を急激に奪い、凍えさせる。

 真空空間でどう足掻いても人間が生きることは不可能。

 

 そうなると考えられる、或いは分かっている場所に誰が行く? 誰が送りだす?

 そんな時の為の無人型だろう。人的被害を最小限に抑え、安全性を最大限確保できる。災害時の救助にも上手く活用できるだろうし、戦闘用という分類から外れれば思っていたよりも使い道が多い。

 

「なるほどな。では、臨海学校のあの群れはどうだ? アレだけのコアは生産されていないはずだ」

「アレはISじゃないよ。ISの技術が応用されているのは確かだけど、コアに相当するパーツもなければ、ISの様に便利な機能も安全性も無い純粋な兵器」

 

 非常に見覚えのあるマシンがでかでかと映し出される。シンプルなデザインの一つ目だ。

 

「調べた結果、この機体は『クーガー』っていう名前だって事がわかった。他にもいくつか種類があるみたいだけど分かんない。ただ、“コイツら”が作っているこの人型マシンのことを全部ひっくるめて『ブラスト・ランナー』………通称ブラストって言うことは分かってる」

「組織の名前は?」

「さあ?」

「さあ? って………」

「連中の名前なんてどうでもいいんだよ。仕掛けてくるなら返り討ちにすればいいだけじゃん」

「そう、なる………のか?」

「……たぶん」

 

 もう何も言うまい。別の話だ。

 

「……お前は、銀の福音が再暴走する前に兄さんと接触したな?」

「うん」

「知っている限り、その時の状況を教えてほしい」

「ほいさ。ぽちっとな」

 

 テレビの電源ボタンを押すような気軽さでスイッチを押すと、ブラストのスペックがずらりと並んでいたスクリーンは先とは別の動画を流し始めた。

 

 アレは……夜叉?

 

「録画していたのか?」

「福音を捕まえるついでに無人機捕まえてって頼んだのさ。篠ノ之束から、森宮家へ。ちゃんと対価も払っているよ」

「……そうか」

 

 勝手な我儘や脅迫まがいの事をしていたと思っていたが違うのか。……ここ数年、何があったのかは知らないが篠ノ之束は以前とは全く別人になっている気がする。凡人に何かをお願いする、謝る、教える、協力するなんてことは絶対にする奴じゃ無かった。こっちは気楽だし、簡単に話が進んで助かるんだが、以前の奴を知っている者からすれば違和感が半端じゃないぞ。

 

 ブラスト単体の性能はそれほど高くはないようだ。一対二十と物量で勝っているにもかかわらず、圧倒しているのは夜叉。だが、いつの間にかどんどん数は増えていき、桁が一つ二つと上がっていく。じっと見ていて気付くのが遅れたが、画面は無人機で埋め尽くされており夜叉は全く見えない。撃墜された無人機の爆発で、そこに夜叉がいるとようやく気付けるほどだ。

 

 シールドを剥がされ、徐々にダメージが蓄積されつつある中でも怯むことなく数を減らしていく様は正に神話で名高い鬼神そのもの。魔剣が振られる度に三機が両断され、妖刀が閃けば微塵になり、両の手で貫かれる。疲れと焦りは見えるが、少しの衰えも見せずただひたすらに敵を屠り続けていた。

 

「一夏……」

「この時は……多分二千機ぐらいここにいたんじゃないかな?」

「二千……だと? それだけの戦力が一体どこに?」

「さぁね。それは実際に見ていた彼じゃなくちゃ分からないよ」

「……お前でも分からないのか?」

「突然現れては、突然消えた。それだけさ」

 

 織斑も言っていたが、空間移動の技術も持っているということか。厄介な。

 

「あっ……消えた」

「ここでカメラが流れ弾に当たって壊されたんだよ。だから私が知っているあの日の戦闘はここまで。悪いね」

「……いえ、ありがとうございます」

 

 ブツンという音と共にブルースクリーンに切り替わってしまい、簪は残念そうにうつむいた。

 

 しかし、アレも大切な情報だ。少なくとも亡国機業が関わっていることは分かったし、アレだけの無人機を所有している事も分かったんだ。戦力差には涙が出るが、知ることができたのは幸運だろう。これからの見通しが立てやすくなる。

 

「さて、他にはあるかな? 今なら答えてあげなくもないけど」

「………あの、いいですか?」

「ほい」

「博士の目的は、何ですか?」

「科学者の目的なんて研究しかないじゃないか」

「それは嘘」

「……簪?」

 

 ああ、いつもの予言めいたやつか。今回はどちらかと言えば直感に近いな。初対面同然の相手にここまですっぱりと言えるのは、それだけ美空椿=篠ノ之束という存在が簪の中で大きいからだろう。

 

「人間としての、女性としての、篠ノ之束の、目的が、あるはず、です」

「……どうしたのこの子?」

「あとで教えてやるから、今は正直に答えろ。それがお前の為になる」

 

 ぶつりぶつりと言葉を区切りながら、はっきりと簪は口にする。一種のトランス状態だと私は解釈しているが、詳しいことは兄さんや楯無しか知らない。こうしている間にも意識はあり、本人いわく「ひどくクリアでよく見える」そうだ。

 

 少しだけいぶかしむ様子を見せるが、聞きいれるつもりか、表情を正してこう答えた。

 

「今も昔もそこだけは変わらないよ。ソラに憧れたあの頃のままさ」


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