無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 長いです。
 そして後半かなりごり押しです。本当に申し訳ないです。

 今週はまったく時間が無いので今日中に仕上げたくて、かなり無茶しました。



5話 襲名式2

「ほらほら、もっと食べなさいよ。美味しいわよ~」

「え、ええ。頂きます……」

「一夏…具合悪い?」

「い、いえ。そういうわけでは……」

 

 気まずい、非常に……。一生食べられないであろう豪華な食事の味も分からないぐらいに、簪様に見破られるほどポーカーフェイスが崩れるくらいに。

 

 式の後の宴に楯無様のワガママ(?)でなぜか招待された俺。いや、出席する義務があるから出なくちゃいけないんだけど、こういう行事や集会があっても俺は毎度のごとくサボっていたから落ちつかない。周囲からの視線はどうでもいいが、俺1人が居ることによって今一盛り上がらないこの雰囲気が落ちつかない。そんなことを気にも留めずに美味しそうに食べるお嬢様方が隣に居るもんだから更に落ちつかない。誰かと一緒に食事をした事なんて数える程度しかないから更に更に落ちつかない。

 

 この状況をなんとかしなくてはいけないと思う。俺がとっととここを出て家に帰れば済む事だ。済むことなんだが……。

 

「お、お嬢様。やはり私はだだ」

「あらぁ~? 言う事聞けない子にはO☆SHI☆O☆KIよ~?」

「ひぃっ……くすぐり怖い……」

 

 というわけで帰して貰えない。

 くすぐりはどうでもいい。効かないから。だが、お嬢様の言う事には逆らえない。どんな状況であれ、お嬢様の“言う事”“お願い”“命令”に“呪い”が反応する。モノによっては“呟き”にすら反応する。

 

 お嬢様方は良い人間だと思っている、俺の存在に対してあまり否定的ではないみたいだし(世間体があるからというものも考えられるが)。だから、“呪い”とは関係なく言う事を聞くのはやぶさかではないと思いつつある。が、それにも限度というものがある。

 俺の中の出来たばかりのボーダーラインは早速意味を成さなくなってしまった。

 

「もしかして嫌いな食べ物とかあったりするの?」

「そういうわけでは……あまり食べることのないものばかりなので、尻込みしてしまうと言いますか……」

「……魚の煮付け、食べないの?」

「ええ、任務から帰って食事を取るので、あまり手が込んだものは作れませんから、食べる機会が無いんです」

 

 カラスが食い散らかしたような余りものじゃ足りないからな。野菜の皮とか粗大ごみ一歩手前の食材を使ってもなんとか腹が膨れるくらい。味には目をつぶる事にしている。火を通しても腐りかけばかりだが、弄られた身体は問題ないらしい。クスリ漬けの身体は意外なところで役に立つ。

 この料理の味が分からないのは、残飯以下の料理で舌が狂っているからかもしれない。

 

「へぇ~、自炊するんだー。食べてみたいわ~」

「じ、時間があれば……」

 

 あれは自炊とは言えません、なんて言えない。なんせ“呟き”だからな。

 

「やっぱり…具合悪い?」

「無問題です。大丈夫ですから」

 

 だからそんな目で見ないでくださいっ! 穢れた心には眩しすぎます!

 

「じゃあ……はい、これ」

「…………」

「あーん」

「………………………」

「ぅぅ……いや?」

「イタダキマス」

「美味しい?」

「ハイ」

「良かった……」

 

 味なんて分かりません。

 寿命が5年は縮まった気がする……。

 

「良かったわね簪ちゃん。自慢の料理褒めてもらって」

「うん」

 

 手作りだとっ!? ……美味しいって言っといてよかった。

 

「一夏、あーん」

「…………イタダキマス」

「美味しい?」

「ハイ。オイシイデス」

 

 寿命が更に10年は縮んだな。

 

「一夏……これも」

「こっちもいってみましょうか~♪」

 

 俺、明日、死ぬかも。

 

 

 

 

 

 

 今一盛り上がりに欠ける雰囲気の中、俺はお嬢様方からひたすら「あーん」をやらされ続けて、数十分。久しぶりに腹一杯になるまで食べた俺と、満足しきったお嬢様方、更にきっつい視線を飛ばしてくる大人達がいた。

 

 というかなんでこんなことに……。味見なら他の人にやらせれば良いじゃないですか……。胃が食べ物とストレスでマッハだ……。何言ってんだろ?

 

「もうお腹いっぱいなの? 男の子なんだからもうちょっと食べないと駄目よ~」

「お水…いる?」

 

 水はいりますありがとうございます。だからそんな目で見ないでください。浄化されてしまいます簪様。

 

「食べてすぐに寝ると牛になっちゃうわよ?」

「寝ませんよ…」

「ホントに~? じゃあ、寝ないようにお喋りしましょう」

「かしこまりました。寝ませんが」

「丁度簪ちゃんが聞きたいことがあるんだって、ね?」

「うん」

 

 楯無様の“お願い”だ。簪様の方を向く。

 

「一夏は私達と会わなくなってからどう過ごしてきたの? 一夏、詳しく教えて(・・・・・・)

『!?』

 

 教えて、と言った簪様の眼は先程までの可愛らしい物とは全く違う。内側から震えるほどの意志を感じる。

 そして、森宮家の奴らから緊張と焦りを感じる。

 

 そしてこの発言だ。

 

 俺の事は悪い意味でよく知られている。しかし、森宮の人間以外は“物覚えの悪いバカ”とかその辺の認識だと聞いている。つまり、奴隷と家畜を混ぜ合わせたような今の暮らしも、中学生でありながら任務についていることを誰も知らないのだ。

 

 学生でありながら任務をこなし、人権があるのかと言えるほどの貧しい暮らし。隊暗部用暗部である更識では表向きも重視しているが、俺には表が存在しない。この本家の方針に逆らっている事がバレれば森宮はただでは済まない。

 

 “お願い”付きの迎撃不可能の爆弾が森宮へ投下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

「あら、どうしたの?」

 

 息苦しいし邪魔だろうから、そういって式を退室した妹が駆けよって来た。

 

「一夏が…来てる…!」

「え? 一夏が?」

 

 森宮一夏。本性は織斑で、あの織斑千冬の実の弟。誘拐された後に人体実験を行っていた施設に売られた。そこから先は思い出したくも無い。そして私達が救出し、森宮家の養子になった。

 

 その話を聞いた時、ただ可哀想だと思った。小学生のころだったけど人体実験なんて絶対に良いことじゃないという事だけは分かった。でも、もうそんなことは無いんだし、きっと楽しく過ごしてるんだろうなって勝手に想像してた。

 

 でも、現実は全く違う。彼は人じゃなかった。

 

 小学2年生の頃の夏休み。一夏が1ヶ月の間だけ、本家で過ごしていた事がある。多分当の本人はもう覚えていないだろうけど。歳が近いからという理由で従者にするとお父さんと陣さんが決めたらしい。

 

『森宮一夏です』

 

 前が見えるのかと言いたくなるほど伸びた白い髪、後ろは腰より長くて地面につきそうだ。両目が違う色をしていて、肌は病気なんじゃないかってほど白い。声に抑揚は無くて、顔から感情は読み取れない。そして腕には切り傷に刺し傷、蚯蚓腫れ、大量の注射の後。

 

 私は驚いた。それ以上に怖かった。同じ子供なのか? それ以前に人間なのか? 普通じゃない、異常なんだ。そう思って私から彼に近寄らなかった。

 

 偶に何かを頼む時があった。でも、何もできない。すぐに忘れるし、簡単なことでもできない。一生かけても出来ないんじゃないかって思うくらいに、彼は何もできなかった。次期更識当主として育てられた私は様々な事を求められてきた。何度やっても出来ない事なんてありえない、数回やればある程度の事は出来るようになるものだ、現に私がそうだった。という変なエリート意識を持っていた。そんなこともあってか、私は何もできない、何も知らない彼が嫌いだった。

 

 ある日を境に、そんな一夏への認識が変わる。その日は普通の日で、一緒に宿題をしていた時だった。1日のノルマを終えて一息ついていた時、彼のプリントをちらっと見た。教科は国語。一夏は記述も記号問題も全て飛ばして、漢字を解いていた。

 

 おかしい。

 一緒に始めた時と同じページを1時間ほど経っても解いているのだ。しかも殆どの問題を飛ばしていながら、唯一解いている漢字も穴だらけで終わっていない。

 

『ねえ』

『何でしょうか』

 

 一夏は鉛筆を置いて、姿勢を正して私の方を向く。

 

『どうしてそこやってるの? それ1ページ目でしょ?』

『分からないからです』

『分からないの? どれも簡単な問題じゃない。同じ意味の文章を探して、記号に丸をつけるだけ。漢字は毎日見るようなものばっかりよ?』

『お嬢様から見ればとても簡単に思えるでしょうが、私にとってはとても難しい問題です。問題の意図を理解したところで、文章を理解できません。記号も同じく、選択肢は複数あることが分かりますが、区別がつきません。毎日見るような一般的な漢字でも、実際に見るまで思い出せません』

『あなたって見た目に反して本当にバカよね』

『バカ、という言葉はよく知りませんが、家では“無能”と呼ばれています』

 

 無能って……バカよりよっぽど酷いわね。

 家族からそんなこと言われるのって、かなり辛いわよね。簪ちゃんにちょっと嫌われただけですごくつらかったから、なんとなくわかる気がする。きっと私よりも心が痛いんだろうな……。

 

 この時、私は森宮一夏という人物に興味を持った。自分からは絶対に話さないから、単に彼との会話が存外楽しかったのかもしれない。或いは、普通じゃないって思っていたのに、どこか人間っぽさを感じたからかもしれない。

 

『ねえ、あなたのこともっと聞かせてほしいな』

『覚えている範囲でよろしければ』

『そうねえ……じゃあ、ここに来る前のこと教えて』

 

 私は人生で1番の後悔をすることになる。聞かなければよかった、と。

 私は人生で最大の感謝をすることになる。聞いて良かった、って。

 

『午前7時にクスリによって起床。10分後に栄養剤をチューブから投与され、待機。

 午前8時より実験開始。数時間にわたって情報を流されます。情報とは、は戦闘に関する技能や知識の事で、これを脳や身体に染みつかせる為に同時に電流を流していました。詳しい原理は知りません』

『……………て』

『ある時を境に情報を読み取れなくなりました。科学者曰く、脳の許容量が限界に達していたそうです。記憶の部分を削ることでこの問題を解消したとか。同じような事が何度も起こるたびに、脳の一部の機能を消去、もしくは上書きされていきました』

『…………めて』

『そうやって情報を付け足されていくのですが、その部位は本来の用途とは違った事を行うわけですから、あまり進行状況は良いとは言えず、今までの倍以上の時間電流を流され続けました』

『………やめて』

『日記を見直していくと、だんだんと最初に比べて大分寂しくなっていきまして。それを見て初めて自分が色々なものをなくしてることに気がつきました。髪も目も色が変わっていることにも、感情が無くなって何も感じなくなってたことにも、記憶が無くなっていたことにも。まぁ、本当の家族からもあまり良いように思われていなかったらしいので、記憶なんてどうでもいいんですが』

『………もうやめてよ』

『話がずれましたね。電流を流した後は、送られて来た情報がしっかりと定着しているかどうかを確認する為のテストがあります。同じように実験されている子供たちと殺し合って、生き残って初めて実験が終了します。テストは週に1回ほどでしたね。電流は毎日何ですが。それで―――』

『もうやめてぇっ!! 聞きたくないっ!!』

 

 私は目を塞いで、両手で耳を閉じて、その場にうずくまった。

それから先の事はあんまり覚えていない。気が付いたら布団の中で泣いていた。なんて事を聞いてしまったんだろうって、すごく後悔した。私だったら絶対に耐えられない。電流が~のあたりからもう聞きたくなかった。

 

 そして不謹慎だけどちょっぴり感謝した。自分がどれだけ恵まれているのか、それを思い知らされた。家族がいて、友達がいて、家があって、あったかいご飯があって、やりたいことができる。一夏からすれば、私のような生活はありえないんだろう。でも、世間ではこれが普通、差はあれどある程度の自由は約束されているのに、こんなことって、無いよ。

 

 宿題が出来ないのも、覚えが悪いのも、知らないことだらけなのも、感情が無いのも、見た目が普通じゃないことも、全部彼のせいじゃない。人体実験の被験者という事を知っていれば、誰だって思い付くような当たり前のことにようやく気が付いた。

 

(どんな顔して会えばいいのよ……)

 

 次の日、なんと彼は謝って来た。その表情や態度はやっぱり事務的で、感情の類は見られない。きっと昨日の私なら無視するかイラついてた。でも知ってしまった今は違う。

 

『いいのよ。私が悪かったんだから』

 

 それからは一夏と仲良くするようになった。勉強も教えてあげたし、それ以外でも知らない事をたくさん教えてあげた。相変わらず何も覚えられないみたいだけど、色んな事を教えた。お父さんは事情を知ってたから一夏に優しかったけど、ほかの人が酷く嫌ってしまい、森宮へ帰ることになった。

 

『刀奈様』

『んー?』

『ありがとうございました』

 

 帰り際の一言。ただのお礼の言葉だけど、私はすごく驚いていた。

 本当によーーーーく見なければ分からなかったけど、一夏は笑ってくれた。

 

 勝手な思い込みかもしれないけど、いつも気を張ってばかりでばかりの一夏が私の事を認めてくれた気がした。

 この日の事を覚えてはいないだろうけど、私は絶対に忘れたりしない。

 

 私の恋はその時から始まったんだから。

 

 だから、あれからずっと苦しみ続けている彼を見過ごす事なんてできない。

 

「丁度簪ちゃんが聞きたいことがあるんだって、ね?」

「うん」

 

 私は知ってる。一夏がどういう生活をしてるのかも、放課後に任務に行っているのも、本当は料理ができないことも、この家が嫌いなことも。

 専属メイドの虚ちゃんと本音ちゃんに調べてもらった。随分と詳しくて引くくらいだったけど、おかげでそれが分かった。

 

 環境や人の気持ちをすぐに変えることはできないけれど、少しでも一夏にとって良くなるようにすることはできるはず。

 

 好きな男の為に女が頑張るのは当然でしょ?

 

「一夏は私達と会わなくなってからどう過ごしてきたの? 一夏、詳しく教えて(・・・・・・)

『!?』

 

 簪ちゃんと決めた通りに進める。

 

「……平日は午前7時に起床して学校に、放課後はそのまま任務へ。現場で着替えて、それを終えてから帰宅。すぐに食事を摂って、風呂に入って勉強、午前3時に就寝です。休日は午前の内に勉強をして、午後から深夜まで任務をタイムスケジュールは殆ど同じですね」

「辛く…ないの?」

「もう慣れましたから」

「でも……ダメだよ。ちゃんとした暮らししないと」

「いえ、これは自分で―――」

「あら? それは聞き逃せないわね。中学生にそこまでのハードワークをさせるのはあんまり良くないのでは陣さん? 私でも2時間前後なんだけど?」

「仰るとおりです……」

「余裕を持たせてあげてください。森宮の任務の半分以上(・・・・)を子供に任せるのは誰の目から見ても異常です」

「かしこまりました……」

 

 森宮の任務は“暗殺と護衛”が主になる。今の時代に暗殺なんて殆どないから、“護衛”が主な任務だ。虚ちゃん達が調べた事が本当なら、一夏は依頼の半分以上を任務をこなしている。ろくな睡眠時間も食事も無く、義務に追われる毎日に余裕なんてあるはずがない。それでありながら仕事をこなす一夏は流石としか言いようがないと思う。

これで一夏の事が少しは認められたはず。彼への誹謗中傷は少なくなると思う。“森宮”を見る目が少し厳しくなるけれど、そこは仕方が無い。

 

やりきった感じの簪ちゃんと何が何だかって顔の一夏を見ながら、これが一夏に対する認識が良くなるように祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、良くなった。予想以上に。簪ちゃんと小躍りするくらいに。

 

 古くから更識に仕える家の当主が集まる集会が翌日に開かれ、森宮陣への罰と、森宮一夏の生活の改善が決まった。

 陣さんに関しては詳しく知らされなかった。いくら当主といっても楯無を継いだばかりで中学生だ。その辺りを考慮されて、罰が決まったとしか聞いていない。

 一夏はというと、任務の数が激減したとか。1割にも満たないらしく、ここ最近の森宮の家は忙しい。ブラコンの一夏のお姉さんから感謝の言葉がズラリと並んだ手紙が届いた。これだけでは終わらず、お姉さんと同じ次期当主候補へと名を連ねた。さらに私にとって嬉しいことが。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくね、一夏」

 

 更識本家使用人として、本家で暮らす事になったのだ。優秀さ(戦闘に関して)と、森宮で何らかの仕返しなどを警戒しての措置らしい。勿論大賛成だったので即実行してもらった。

 

「ふふふ、ビシバシいくわよ~」

「ええ。昔のように(・・・・・)お願いしますね」

「!? ええ!」

 

 覚えていてくれた。それだけの事がとても嬉しかった。

 


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