紅がぐるぐるとアリーナを縦横無尽に飛び回っている。それを追い立てるように、時に先回りをしながら白が付け回していた。
誰がどう見ても追いかけっ子だ。鬼ごっこでもいい。武器の類は使わずに、純粋な機体速度と技量だけで競っている。小学生の頃に世話になる遊びも、ISによる三次元機動が加わると文字通り次元が違うな。
機体はともかく、中身がまだまだだが。
当の本人達は遊んでいるつもりは全く無い。至って真面目にトレーニングしているつもりなのだ。
紅椿にまだまだ振り回されがちな篠ノ之は慣れるために。新しく装備が追加され、性能に変化も見られた白式の特性を把握するために。
紅椿の展開装甲は白式に比べて汎用性が桁違いで、何にでも転用できる。これを活かせば直角の機動や、滑らかな曲線の動きもできるようになるんだが……先は長そうだ。
白式は大型化したスラスターに加えて、銀の福音を模した翼が生まれた。そのものが推進機であり、従来では不可能だった繊細な動きも可能にした。できるようになる頃には、並のエースでは太刀打ちできないほど成長しているだろうな。
何にせよ数年先の話だ。現状では精々機体に振り回されるルーキーといったところか。
連中なりに懸命に訓練しているようだし、わざわざ割りこんで喧嘩するつもりも無い。その労力も無駄だ。
場所を変えるか。
「御機嫌よう」
「わぁっ!?」
「あら? マドカさんもそんな声を上げるのですね。脅かすのが癖になりそうですわ」
ため息交じりに踵を返すと、数センチの空間を挟んだ向かいに桜花の顔ががががが。視界いっぱいに広がった端正な顔がにやりと歪む様は背筋が凍った。
やはり気になるのは限定待機形態の左目。以前の奇妙な催眠だかなんだか分からない現象は軽いトラウマになりかけている。
「桜花、どうしてここに?」
「先日お話した私の『刻帝』。気にはなりませんか?」
「………一戦どうだ?」
「勿論ですとも」
人体に移植された人体に影響を及ぼすIS。その本来の姿は一体どのようなものなのやら。気になるに決まっている。
人差し指と親指をぴんと伸ばして銃の形にした右手を突きつける。一つ返事で答えを返した桜花は、桔梗と忍冬を思わせるように、両手を銃の様に指を伸ばして私を狙う……と思いきや、その人差し指の向く先は、私の肩を通り越して更に向こうへ。
織斑と篠ノ之?
「ただし、相手はあの二人で」
「なんでまた……」
「愚かにも、一夏様に噛みつく馬鹿二人の実力が気になりまして。ええ。ええ。特に、足を引っ張った織斑は八つ裂きにするだけでは気が済みそうにないんですよ。それに、あの二機は篠ノ之束博士が手掛けた新型なのでしょう? 純粋に機体の性能が気にもなりますし……」
「刻帝のエサにでもするつもりか?」
「エサ………いいですわね、エサ。糧にでもなってもらいましょうか」
ぞくぞくと湧き上がる……愉悦感とでも呼ぼうか。黒く純粋な気持ちが桜花の中に広がるのが手に取るように分かる。今のコイツは、あの二人を虐めたくてたまらないんだろう。何かとかこつけてコイツは人をいたぶろうとするからな……私も一度餌食になったが、あれは悲惨だった。
「ちょっと協力してくださいません? 左目のこの子も疼いてますし……」
「まぁ、私も新パッケージの練習相手が欲しかったところだ。断りはしない」
「ありがとうございます。そう言う事にしておいてあげますね」
……私も色々と思うところはあるが、流石にお前の様にはけ口にしようとまでは思わないぞ? 昔の私なら何をしたものか分かったものじゃないがな。
「では」
「ん? ……おい!」
何のためらいも無く、桜花は桔梗で織斑を撃った。さっきからこっちを警戒していた様で、発砲と同時に上手く身体をずらして避けて見せた。
「あらら、避けられてしまいましたわ……」
「……なんか用か?」
「こっちの変態に聞いてやれ」
「変態だなんて……酷いです、マドカさん。でも一夏様がそう望むなら……あぁ」
「……皇さんってそんな人だったっけ?」
「秋介、あれが皇の本当の姿だ」
「そ、そうか……」
何やら少々のショックを受けているようだな。まったく、これだから男は……。どうせ桜花の振りまく気品やら清楚感につられたクチだろう?
「織斑さん、篠ノ之さん。私達と二対二の模擬戦をしません?」
「模擬戦?」
「ええ。私達とあなた方、双方にメリットがあると思うのですけれど……」
「秋介、聞く必要などない。いきなり撃ってくるような連中だ」
考える織斑に対して、やはりと言うか、篠ノ之は難色を示している。私達が絡んでくるとほぼ無条件に否定、拒絶の意志を見せてくるが……こいつ、やっぱり相当中身が幼いな。
私達は言ってしまえば自分から手の内を見せると言っているのだ。自分達が見せる物などもう見せてしまっているのだから、失うもの無く利益を得られるというのに……。
まぁ、来たばかりの頃に色々とあったからな。気持ちも分からなくない。というよりも、こうなるのは必然か。
「いや、やろう。でもその前にエネルギー補給をさせてほしい」
「ええ、勿論」
「……秋介」
「箒、行こう」
二十分で支度を済ませる。それだけを言うと織斑は篠ノ之を連れて入って来たであろうピットへ戻って行った。随分とふてくされた様子だったな、篠ノ之は。
「さて」
「?」
邪魔にならないように隅へ下がる途中、桜花はヘッドギアにあたる部分だけを部分展開して目を閉じていた。まるで何かを聞いているかのような……。
「盗み聞きでもしているのか?」
「ええ。織斑さん達の会話、気になりません?」
「なんとなく予想はつく」
いつの頃をだったか……織斑が少し変わったと兄さんが言っていたのは。アレ以来驕るような事は減ったと本音からも聞いたし、最近では普通以上に高青年しているらしい。今の篠ノ之を見ていると、昔の自分を見ているようでむずかゆいんだろう。
「うふふ……面白いですわぁ」
「趣味が悪い」
こっそり刻帝と感覚を繋いで、聴覚を共有する。
『こんな模擬戦に意味があるのか?』
『それは自分で見つけるもんだろ? 設定した目標に近づく為にさ。少なくとも、俺の目標には役立つ』
『だからと言って……』
『選り好みできるような状況じゃないことぐらい分かるだろ。俺は強くなりたい、お前も同じだろ? だったらこれはいいチャンスじゃないか。悔しいけどあの二人は俺達よりもずっと強い。頼んでも模擬戦の相手をしてくれないような連中だぜ? 同レベルの仲間と競うのも悪くないけどさ、一番の近道は格上と勝負することだって思う』
『……そうだな。師や先達に仰いでこそだった』
………。
「くっくっく……」
「面白いでしょう?」
「ああ、面白い」
ああは言っているが、心の中では不満だろうな。まるで駄々をこねる子供の様だ。あれが高校生なのだから面白い。でも嫌われたくないから、利益があることも分かっているから不服ながらもその場では従う。後は知らんが……。
そのへんの近所のクソガキどもより達が悪い。自覚が無いどころか、そんな自分が正しいとすら思っているんだろう。
「悪い趣味はこの辺にしておけ。そろそろ聞かせてもらおうか、刻帝の性能」
「ふぅ……仕方ありませんね。続きはまた今度」
「止めろ」
*********
今日が祝日だった事もあって、アリーナを使用しているのは私達だけだった。貸切で模擬戦なんて中々出来ない良い体験だ。相手が相手だが、無駄にしないようにな。
合図のカウントダウンがゼロを表示し、模擬戦が始まった。
白式と紅椿はどちらも近接戦タイプだ。取ってつけたような遠距離武器しか持たない白式は特に前に出てくるだろう。紅椿が後ろからフォローしつつ、ラインを上げてくるはずだ。
対する私達……サイレント・ゼフィルスと刻帝は中距離~遠距離を得意とする。白式とは正反対に、申し訳程度の近接武器しかない。足並みをそろえて適切な距離を保ちつつ撃つ。
恐らくこれが妥当な作戦だろう。事実、織斑達は予想通りに動いてきた。それはそうするしかないから、なんだが……私達は違う。そこまで限定的な装備でもなければ、経験が浅いわけでもない。
私と桜花は、足並みを揃えて
「!?」
一見すれば自殺行為だ。零落白夜の範囲に飛びこむというのだから。こと近接戦となれば、白式は大きく化ける。
「意表を突こうったってそうは……いかない!」
「返り討ちにしてやるぞ!」
瞬時に切り替え、迎え撃つ体勢に入った織斑と篠ノ之。私はそれを捉えると、高度を上げつつ後ろへと下がった。星を砕く者で二人を狙えるように構え、トリガーに指をかける。ロックオン警報を鳴らさない為に敢えてシステムには任せない。
「桜花!」
「はいはい」
にぃと口角が上がったことが遠目に見え、機体の様子が一気に変わった。突然全ての装甲と、関節部分や装甲の継ぎ目が怪しく光り、瞬きをすると収まっていた。
見た目に変化は見られない。が、機体の計器類が異常な数値を示しており、なお上昇していることから、何かが起きているのは事実だ。その事実は私の眼では捉える事が出来ない。
移動を止め、その場で滞空する。
「……成程、これは確かに怖い。桜花らしい装備だ」
構えを崩さず、視線だけを敵から外して機体のエネルギーに注目する。まだ模擬戦が始まってから数分しか経過しておらず、誰一人として一度も攻撃をくらってはいない。だが、確かに機体のエネルギーはいつもに比べて消耗しており、シールドエネルギーも数発掠っただけのような微妙な減りを見せている。
刻帝最大の武器、『時喰み』と呼ぶそうだ。桜花は上品にお食事とも言う。周囲のエネルギーを持つ物体や機械から無差別にエネルギーを奪い取り、好きに還元出来る。戦略もクソもあったもんじゃない、暴力と言っていいシステム。刻一刻と時間を奪い自分のモノへとする様は確かに時間を食べているようにも見える。
今現在、刻帝とは約五十メートル離れているが、それでも捕食の範囲から抜け出せていない。コイツはかなり厄介だな。いやらしい癖して範囲が広い。ほぼ中心にいる機体はあっという間にゼロになるんじゃないか?
「離れるぞ!」
「分かっているが……くそ、機体が重たい!」
エネルギーを奪うと言うこのシステムの詳しい仕組みまでは私は聞いていない。同じ組織に帰属するもの同士だが、生憎と私の相棒はイギリスから借りているだけだからな。ただエネルギーを奪うだけでなく動きを阻害しているあたり……対象の神経系か循環系に干渉してるのかもな。狂わせる為に動きを鈍らせる役割も持っているそうだ。
この時喰み、中心に近ければ近いほど影響を受ける。見ている限り、私はまだ身軽に動けるしエネルギーの減りも酷くないが……あの二機、明らかに遅い。撃ってくれと言っているようなものだ。
近づけば近づくほど、敗北が文字通り迫ってくる。それが刻帝の力、か。敵にはまわしたくないものだな。
「うふ」
それをあざ笑う様に。
「うふふうふあはははっ」
桜花はゆっくりとにじり寄る。
「きひひひっひっひひゃあああはははははははっはははははははははははははははははっ!!」
桔梗を握る右手をゆっくり持ちあげ、銃口を突き付けるその姿は姉さんと同等の恐怖を振りまいていた。
「くそ……箒! 絢爛舞踏だ!」
「!? そ、そうか!」
成程、考える。
紅椿が持つ、範囲内の機体のエネルギーを無限に回復させる唯一仕様能力“絢爛舞踏”。実際に発動した瞬間をこの目で見たのは、銀の福音を撃破する前の一回だけだが、確かに篠ノ之は使って見せた。機体が金色に輝き始め、その周囲を不可視のエネルギーが包み込むように広がっていくシーンが幻想的だったことをよく覚えている。
桜花の時喰みが奪うモノなら、篠ノ之の絢爛舞踏は生みだすモノだ。一方的に搾取されることに変わりは無いが、捕食を上回るペースでエネルギーを生み出す事が出来れば、絢爛舞踏の及ぶ範囲内は中和されるかもしれない。
零落白夜と違って、絢爛舞踏は何らかのエネルギーを消費することは無い為、理論的には半永久的にエネルギーの供給が可能になる。出来るかどうかは別だが、常に絢爛舞踏を発動した状態での持久戦もいけるだろう。
桜花が桔梗の引き金を引いた。
撃ちだされた弾丸は真っすぐに篠ノ之へと飛んで……間に入った雪片弐型によって真っ二つに斬り裂かれた。相変わらずイカレた男だ。可視のエネルギー弾じゃなくて火薬によって発砲する実弾なんだぞ? 速度は段違いだというのに。
「行くぞ……紅椿……!」
もっと遊びましょう? 桜花がそう言っているように見える。もっと早く撃てるのに、忍冬を使えばいいのに、敢えて桔梗だけで、間隔を大きく置いて引き金を引き続けていた。
織斑が自分の影に篠ノ之を庇い、篠ノ之は集中する為に刀を抜いて構えをとり、目を閉じた。
………。
「箒、早く!」
「な、なぜだ……発動しない……」
「んなっ……」
「どうした……どうしてしまったんだ、紅椿!?」
正しくメンテナンスをし続ける限り、機体の性能が変わることは無い。唯一仕様能力なんて例外も含めて、コアが変わらなければ何も変わりはしないはずだ。発動する条件も、コアが望んだ答えも。
なのにうまくいかない。なら答えは一つだけだ。
「どうしたんです、篠ノ之さん? はやく見せてくださいよ。この空間、中和できるんでしょう? 紅椿の絢爛舞踏なら」
「言われずとも……っ!」
「そんなムキになって……それでは上手くいきませんよ?」
「うるさいぞ!」
「うふふ、集中できないから出来ないなんて言い出すんですか? 面白いですねぇ。でも、今のあなたがどれだけ集中できる環境にあって、どれだけ時間を費やしても無理でしょうね。ええ。断言しますわ」
「何を………喧しいぞ……!」
牙を向いて威嚇してくる篠ノ之を涼しげに見つめ、桜花は断言する。
「今のあなたは非常に愚かです。どうしようもなく、救いようも無い程に、愚か!」
機体に問題が無いなら、問題があるのは搭乗者の方だ。唯一仕様能力ともなれば尚更、搭乗者の気持ちが絡んでくる。
何が発動のキーになったのかは私達の知るところではない。それだけは流石に個人個人の間隔や思いによって、千差万別だからだ。ただ確実なのは、コアが認めるほどの曇りのない真実がそこにあるか、だ。
あの日、何を想ってどうコアが答えたのかは、何度も言うが私には分からない。だが、今の篠ノ之は誰が見ても分かるほど、我儘になっている。嫌だイヤダど駄々を捏ねるだけで、そこに彼女なりの信念など感じない。いや、あるのだろう。だがそれは曲解の末にあるもので、そんな紛いモノにコアが応えてくれるものか。
ある意味で、必然と言えた。
「馬鹿にして……っ!」
「………箒、離れるぞ」
「だが、どうやって? 絢爛舞踏は……」
「絢爛舞踏がダメなら、零落白夜を使うだけだろ」
ぎぎぎと軋みながら、左の腕で紅椿の腕を握った白式は、雪片弐型を強く握りしめて装甲を開いた。直後に発光した刀身は色を変えて、零落白夜が発動したことを教えてくれる。
力いっぱい振り抜くと、何かをえぐり取るように、空間が切り裂かれた。目論見が上手くいったようで、捕食を中和したその瞬間に全速で移動して圏外へと飛び出る。
零落白夜が反応したということは、捕食の正体はエネルギーということか。おそらく、怪しく光った一瞬の内に自機の周囲へエネルギーで作ったエリアを広げていたんだろう。そしてそのエリアに入ったら、喰らう。まぁ、見えない以上距離を測ることも対策を練ることも出来ないんだが。あんな荒技が出来るのは白式と紅椿だけだ。
「すまない、助かった秋介。次こそは――」
「箒」
「……なんだ?」
「いい加減気持ち切り替えろよ」
「っ………!」
おお、言う様になったな。
「俺はお前じゃないから、何を思って、何を考えて、何をして、何をしたいのか、何が目的なのか、どうしたいのか、その先に何を求めているのか、分からない。俺やクラスの皆、森宮兄妹をどう思っているのかとかもな。でもなんとなく嫌なことがあったのぐらいは分かる。箒は恥ずかしい時も嫌な時も木刀抜くからどうしたいのかわかんねぇんだよ」
「うぐ………」
「でも今のお前は間違っている。それは紅椿が証明した通りだ。少なくとも、紅椿はお前に協力したいとは思っていない。だから絢爛舞踏も発動しない」
「………」
「自分以外は他人だ。幼馴染みとか、クラスメイトとか、友達とか、家族であってもそれは変わらないことだろ。自分の心は自分のものだし、誰かが覗くことなんで出来やしない。だから他人が怖いし、興味もわく。もっと知りたいって思えるし仲良くなりたいとも思えるんだって俺は思う。箒は知ろうとする前の段階でレッテル貼って積まん無い意地はるから喧嘩ばっかりなんだ」
「わ、私は喧嘩なぞしたこと無い!」
「引っ越すまで、いったい俺が何回割って入ったと思ってるんだよ……」
「あれは……だな、その………うん」
互いの姉が親友だったこともあって、この二人は結構古い付き合いの様だ。もしも篠ノ之が幼少のころからこんな感じで突っかかる性格だったら、織斑の気苦労は計り知れないな……。溜まったストレスのはけ口が兄さんと私だったのかもしれないと思うと、やはりコイツは許しがたい。
「それ自体が良いことじゃないって、一体
「いつに……だと? それでは、まるで私が最初からそうだったような言い方ではないか!?」
「そうなんだよ。自分で勝手にアイツは駄目な奴だ、敵だって思いこんで近づかないし、好意で話しかけてくれた女の子も、道場に通っていた仲間の遊びも突っぱねてさ。誘いも断って、自分から輪に入ろうとすることもしない。でも楽しそうに遊んでいる周りを見て羨ましそうに見てるんだ。正直、今の箒は性質の悪いガキだぜ」
「な、秋介………」
「一回自分を振り返って、本当に自分がしたかったことを思い出してみろよ。そうすれば紅椿も応えてくれるはずさ。時間は稼ぐ」
「お前、何をする気―――!?」
篠ノ之の問いかけも無視して、紅椿を壁側へ放り投げた白式はこちらへゆっくりと近づいてきた。
「悪いな。しばらく二体一で頼むぜ」
「あら? 別に私達は構いませんけど……器用な真似はできませんわよ?」
「奇遇だな。俺もそういうのは得意じゃ無い方なんだ」
私の俯瞰する先の二人は大層熱くなっている。獲物を握る力が三割増しになったようだ。もうお前たちでやっていろよと言いたいところだが、私も混ぜてもらわなければ困る。
わざと避けるようにロックオンして白式を攻撃。刻帝と距離を取ったところで、合図を送って前に出た。握り拳の状態から人差し指と中指をピンと伸ばして縦に一回振る。更識では“役割交代”の意味がある。前に出ていた桜花に変わって私が、控えていた私に変わって桜花が入れ替わる。
溜め息を吐いてやれやれといったジェスチャーを見せた桜花だったが、私に合わせてくれるようだ。まるで私が来ることを分かっていたように、時喰みをカットしていた。
「次はお前か……!」
「いいや、私達だ」
「うお!」
真正面からライフルで射撃。避けたところを桜花が狙う。私と桜花が交互に、時にビットを使って同時に多方向からの十字砲火……オールレンジ攻撃だ。
最初は良かったものの、やはり十分もすれば息切れが激しくなり掠りが増え始めた。肩、脚、特に第二形態になってから追加された翼はいい的だ。聞いたようなしなやかな動きは無く、機械らしくカチカチとぎこちない。
「どうした? こんなものか?」
「言ってろ!」
「ふん」
戯言だな。くだらない―――
《自己診断開始》
………? 戦闘中に一体何を……。
パシュッ
「なっ!?」
一瞬の内だったが、理解は追いついている。
自己診断は普段私が眠っている間や、起動する事が無い授業中にするように設定している。自分の部屋を掃除する時も、仕事や用事が無い時にするものと言えば分かりやすいか。定期のモノが緊急で起動したとするなら、恐らく何らかの見過ごせない異常がでた。それは恐らく、織斑の仕業。
それと同時にライフルを支えていた左手の指関節が発行したと思ったら力が抜けて照準がずれた。無関係じゃないはずだ。自己診断を急がせるか。
「桜花、時間を稼いでくれ!」
「やらせない、まかせた雨音!」
《任されたぞ!》
「今の、声は?」
「あら、面白いですね。まさかあなたが……」
聞きなれない女の声が聞こえたかと思うと、白式の翼が輝きを増して………大きくなった。いや、広がったという表現の方が正しいかもしれない。見たところ、翼の形からして雪片弐型や紅椿と同様の展開装甲で作られているようだ。だったらあのぎこちない動きも理解できる。これが本当の姿なんだ。
「さて……どれだけ持つかな」
その姿だけは、まるで天使のようだった。