無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 なんだろう、同じことを繰り返しているような気が……



54話 「会いたい」

 俺は自分の事が周りに比べて凄い奴だと思っている。ガキの頃は何でもやってきたし、そのお陰で一個頭が抜けていた。世界中から秀才の集まるここ、IS学園に於いてもそれはたいして変わらなかった。

 

 一部を除いては。

 

 付け焼刃ではどうあがいてもひっくり返せない経験の差、短い人生の大半をISへ捧げてきた少女達との掛ける思いの差だけは、俺もどうしようもないことを悟った。

 

 たった数ヶ月で高貴な狙撃主よりも射撃が上手くなれるわけがない。

 たった数ヶ月でおてんば娘の知識や情熱を覆せるわけがない。

 たった数ヶ月で貴公子ほど的確な判断が出せるわけがない。

 たった数ヶ月で軍人よりも戦いに秀でるわけがない。

 

 たった数ヶ月で、アイツに勝とうなんておこがましいにも程があった。

 

 そしてそれは、目の前の二人も同じ。俺では想像もつかないほどの局面をくぐりぬけてきたからこそ得られるものを、持っているんだ。

 

 始めからわかってたさ。勝てる道理は無い。

 

 でも、負けていいかと言われるとそうでもない。

 

 勝てない、でも負けたくない。

 

 子供の様だと自分でも思う。でも、これがあの織斑秋介だと思うと面白かった。

 

 とりあえず今は引けないし、簡単には負けられない。自分で放り投げておいて言うのもおかしな話だが、気絶したのか、ピクリとも動かない箒を守らなければ。

 

「雨音、細かいのは全部任せる! 合わせてくれ」

《うむ。気の済むようにすればよいぞ》

 

 相棒の許しを得た俺は……暴れた。

 

「……出力を上げたか」

 

 以前の白式の出力は第三世代型の中でもトップクラスだった。瞬間加速を好んで多用していたのはここに原因がある。

 単純な加速が強すぎて制御できなかったからだ。素早い動きを求めれば求めるほど、速度はどんどん上がっていって俺の制御化を離れていく。姉さんなら難なく乗りこなすのだろうけど、生憎俺はそんなスキルは持ち合わせていない。自分で制御できるギリギリの速度を見極めてリミッターを機体にかけていた。

 

 白式は遠距離武器のない近接バカだ。そんな機体に求められるのは、爆発的な瞬発力と超強力な格闘能力。なのに俺はその瞬発力を未熟な為に自分で封じて戦ってきた。ボクシングの選手が立派に鍛え上げた左腕を斬り落として、格上の選手と試合をするようなものだ。初心者が六割程度の性能しか出せないピーキーな機体で、常に十割の性能を引き出せるベテランに勝てるはずが無い。過去負けっぱなしだったのは必然だった。

 

 本来の力を出せなかった白式には悪いことをした。

 

 だが、今の白式・天音は前の数倍出力が上がっている。以前が猫なら今はチーターやライオンだ。もっと手がつけられなくなった。

 

 ――というわけでもない。依然として鍛えているものの俺の実力はまだ機体に追いついていないのが現状だ。だが、それを補うものを用意すればある程度はマシになる。

 

 それが、白式のコア人格である『雨音』だ。

 

 ISコアには意志があるというのは関係者では常識だが、人格と呼ぶには程遠い。雨音曰く、大半のコアは言われたことを聞くだけの子供、だとか。そのくせ我儘も言うんだから性質が悪かろう? とも言っていたっけ。

 

 分かりやすいのが、ISの成長方法だ。経験という刺激を与えることによって、コアはどんどん成長していく。その過程で良し悪しの判断が出来ないのがネックだろう。普通に動かす分には問題なく経験を得るが、酷く損傷した状態で動かすとその状態での経験も得てしまう。

 人間は怪我をしないように動くことを覚えるが、ISは怪我をした状態で動くことを覚えてしまう。100%の力を出せるのに20%しか出さなくなったり、片腕しか使わなくなったり……百害あって一利なし、だ。

 

 そんなこんなで、意志がある状態と人格が覚醒した状態は別物だ。他の機体じゃ出来ないことも、こいつならできる。

 

「おおおおおお!」

「動きが鈍い……何か仕掛けられたか」

「あらあら、困りましたわ」

 

 雪風が撒き散らした妨害粒子に気づいていながら少しも動じない。初見だからこそ効果のある武器なんだが……。てか、皇さん困ったなんて嘘もいいとこだぜ。

 

 いいさ、気づいたってどうしようもないんだ。時間稼ぎにはなる。

 

 先に狙うのは……。

 

「ほう? 私を倒せるかな?」

「今はそんなつもりねぇよ。見逃してやる」

「強く出たな!」

 

 この二人はプロだ。動けない箒も容赦なく狙うだろう。なら、手数が多くて一度に多方向へ攻撃できる森宮の方が危険。皇さんを放置せず、気を配りながら森宮から仕留める。

 

 そんなことを言っても実際は防戦一方だ。近づかない限りは攻められない。でも近づくわけにはいかない。唯一の射撃武器は禄に練習もしていないのに当たるわけがないし……。

 

 頼りは切り札のコイツだけ、か。

 

 先の展開を考えながら突進したが、現実は俺の想像とは大きく違った。

 

「たまの高みの見物も、悪くないものですわね」

「はぁ……」

 

 よくわからないことを言いながら距離をとる皇さんと、溜息をつきながらその場に残った森宮。下がった皇さんは銃を格納してにこにこと見下ろしているだけで、俺や箒に攻撃してくる気配はない。

 

 圧倒的有利にも関わらず一対一を仕掛けるのか? 甜められてるのだろうが、今は有り難い。集中できる。

 

 それに、終始皇さんが手を出さないのなら俺の勝ち目が見えてくる。雪風の妨害でまともに動けない今なら、森宮相手でも零落白夜を当てやすい。

 

 大上段からの斬り下ろしを、短く持った銃剣の刃とナイフを交差させて綺麗に受け止められる。

 

「……力では敵わないか」

 

 拮抗したのは数秒で、白式が押し勝った。強引に押し切って雪片弐型を振り抜き、弾き飛ばす。

 

 物理刀の雪片弐型とクローモードの雪羅、銃剣とナイフが入り乱れる。白と青が黒と紅を置き去りにしてアリーナ中を駆け回った。直線と曲線を織り交ぜて、弾丸と剣戟を交わして。

 

 それでようやく同等の戦いだ。俺は全力で、相手は動きを阻害されている状態でも五分五分にしか持ち込めないんだから、森宮がどれだけ強いのかよくわかる。恐らく皇さんも同じレベルで、兄の方と三年生の姉の方はもっと高い次元なんだろうな……。

 

《主よ、早速だがエネルギーが危うい》

 

 くそ……そうだった。後先考えずに出力を最大に上げて戦い続けてたらそりゃ直ぐ空っぽにもなる。燃費は以前に増して悪質になっているんだから。

 

 白式が長時間戦うには最小限度の動きだけで済ませなければならないんだが……俺にはまだそんなことは出来ない。しかも、現状動けない味方を守りつつ、格上の相手二人と戦っているんだ。燃費を気にして勝てる相手じゃないことも確か。

 

 設計者の束さんだって言っていた。一を零へ還す白式と、一を百へ膨らませる紅椿は対になる存在であり、同時に運用することが前提だと。つまり、白式を戦わせる為には、紅椿の唯一仕様能力『絢爛舞踏』が欠かせない。

 

 零落白夜は一撃必殺の最強の武器。だが、使いたくてもエネルギーが無ければ発動すら出来ない。

 

 今の様に。

 

「くそ………」

 

 箒の復帰を待つことでしか、今は勝機が見出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この問いは、はたして何度目だろうか? 少なくともつい最近考えたことがあるのは確かだった。あれはたしか………そう、臨海学校で福音を倒しに行く時に言われた。

 

 もっと素直になれ。

 

 姉さんから、紅椿の唯一仕様能力を使いこなすためのレクチャーを受けている最中に言われたことだ。ISはともかくとして、専用機なんて触れたことも無かった私が、いきなり唯一仕様能力を発動させるだなんて不可能なことだった。その時姉さんから、そう言われた。

 

 話の内容は姉妹としての関係を取り戻したいと言うものだったが、あながち間違いじゃない。私が反発していたのは今なら分かるが、我儘な面があったからだ。別れ際の父と母は確かに悲しそうに泣いていたが、「これがあの子の選んだ道なら……」と、この成長を喜ばしく思う一面も見せていた。心の片隅では、私も誇らしく思っていたさ。私の姉は世界一の科学者なんだ、と。本当の気持ちに正直になっていれば喧嘩なんてしなかった。

 

 浮かれるな。

 

 私だけのIS、専用機を手に入れたことが堪らなく嬉しかった私は森宮に釘を刺された。とっさにムキになって言い返したが、その後になって中学時代での苦い思い出が蘇って唇を噛んだ。

 

 私の悪い癖だ。手に入れた力に歓喜してついつい振りかざしたくなる。剣道の実力、最新型のIS。私が持つ物を見せびらかしたくて、この力でねじ伏せたくてたまらない。

 

 だが力は必要だ。どれだけ良い理想をかざしても、将来の夢を語っても、それに伴うだけの力が、実現させるための力が無ければそんなもの紙に書いただけの文字でしかなくなる。つまりは意味を持たない。

 

 この考え方が悪いのか正しいのかは分からない。だが、これだけは何と言われても私は引き下がらないだろう。それでどれだけ後悔したのか分からないから。家族がバラバラになる時も、剣道の試合で負けた時も、自分に負けた時も………。悔しい思いをした数だけ、私は力を欲していた。

 

 現状が最悪だなんて思ってはいない。だが、その分岐点で私に力があればより良い未来が手に入れられたかもしれないと思うと、やっぱり悔しいんだ。

 

 ………やっぱり私は、力が欲しい。欲しいんだよ。

 

《間違っているとは思いません》

 

 ッ! だ、誰だ!?

 

《私もその気持ちを知った上で、貴女様に託したのですから》

 

 どこにいる! 答えろ!

 

《ですが、今の貴女様はそう見えない》

 

 ……なんなんだこの声は。頭の中に響く様に聞こえる。

 

 返事も返って来ないのに、言葉は続いている。

 

 私の声が聞こえていないのか? それとも、私が盗み聞きをしているとでも?

 

《私欲の塊だ。誰かの為に、自らの為に力を欲しているのではない。エゴの為に力を行使している。そのような人間に機体は貸せても、力は預けられない。私の力は、そのような人間には絶対に預けられません。たとえ、篠ノ之束が望んでいてもです》

 

 エゴ……? またその言葉か……。

 

《聞こえているのでしょう? 篠ノ之箒。私からは貴女様の声は聞こえませんが。貴女様の事を言っているのですよ》

 

 ……まぁ、なんとなく察してはいたが。

 

 と言うことは、声の主は紅椿と言うことなのか? ISのコアが口を聞くことも、対話出来ることも初耳だぞ。

 

《私との対話を望むのであれば、精神的に大人になる事ですね。身体的にでもなく、年齢でもなく》

 

 うぐ……。

 

《貴女様にはISを繰る上で最も大切な物の一つが欠落している。それも見つけられないのであれば、貴女様はそれまでだったということ。力は永遠に引き出せぬままでしょう》

《我々はただの機械ではありません。知識として知っている人間は多くとも、理解している者は極々僅かですが》

《対等な関係の人間や友人から、一方的にああしろこうしろと命令されるのは気分が良くないでしょう?》

《我々とて同じこと。パートナーと言うべきISの搭乗者とは対等な存在のはず。個々の事情や関係もあるでしょう。しかし、これはどうです?》

 

《貴女様の扱いはモノだ。私たちはモノではありません》

 

 言い返せない。いろんな意味で言い返せない。とても正論で、何度も色んな人から言われたことだ。明確な私の欠点。

 

 紅椿。お前までもが私をそう呼ぶのか?

 

 ……いや、だからこそなのか。

 

 人間ではどう足掻いたところで人の心は覗けない。長けた能力を持っていても、考えを読むことができても、心の奥深く、誰にも入り込めない深層には辿り着くことは不可能だ。時には自らの心すら知ることもできない。

 

 ISは違う。

 

 搭乗者の最も近しい存在として、唯一無二のパートナーとして、彼女らは我々の色々な物を視る。

 

 記憶。

 想い。

 感情。

 思考。

 経験。

 行動。

 結果。

 

 皮を被っていようが意味などない。誰しもが無防備で、自分ですら気付くことのないナニカを視ている、知る。

 

《自分でよく考えてみなさい。力が欲しいのなら》

 

 それだけ言い残して、声の気配は失せた。まるで一方的な電話だ。言い返せず、言いたいことだけ言われて……。

 

 電波が悪い、というよりは、携帯電話そのものに問題がある。らしい。

 

 釈然としないが、この気持ちが駄目なのだろうな。

 

 言われてみれば良くわかる。知り合いに自分のような人がいたら私でも嫌う。

 

 すぐには無理だ、紅椿よ。何せ今まで言われてきた結果ですらコレなのだ。

 

 だが……

 

 ―――今だけは……!

 

 埋もれた壁に手をついて、機体を起こす。ガラガラと瓦礫を零しながら、紅椿が宙に浮いた。

 

 時間を見ると、大した時間は経っていないようだ。たかが数分。しかし、明らかな差が見て取れる。一見互角の削り合いをしているように見えるが、負っているリスクが違いすぎた。

 

 燃費が極悪な白式が序盤から全力開放した時点で、秋介の負けなんだ。

 

 絢爛舞踏という存在がなければの話だが。

 

「すまない、待たせたな」

「ああ、待ちくたびれた」

 

 ―――お前を想う私のために、

    お前を支えているもののために、

    私は戦おう。

 

 私は不器用だ。それでいて素直じゃない。

 

 だから気づけなかった。私の目的と手段がすれ違ったことに。何のために追い求めたのかを忘れていたよ。

 

 ただ、秋介と一緒に居たかっただけなのにな。

 

「行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ」

「なんだいきなり」

「今更ですわね」

「悪いことか?」

「いいえ」

 

 アリーナ備え付けのシャワールームで汗を流していると、隣のブースから声が聞こえた。返す必要などないが、放っておくとずっと笑い続けるので先に聞く。どうせ後から気になるんだ。

 

 桜花は放っておくほうが怖い。

 

「今日は楽しかった、と」

「そんなことか。私はそうでもなかったがな」

「確かに、実力は全く物足りないものでしたね」

「なんだそれは? つまらないの間違いじゃないのか?」

「私が言いたいのは、この子と一緒に戦えた事を言っているんです。結果や内容ではなく、事実ですよ」

「あぁ、その気持ちは良くわかる」

 

 なんだかんだで、桜花は刻帝を使って戦ったのは今日が初めてだったんだ。持ち前のセンスや、生身の経験を活かしていただけで、搭乗時間は両手で数えられる程度に収まる。

 

 一番最初は、狭い部屋で延々と実験したりで自由に動かせてもらえない。ある意味で、桜花は今日ISに乗ったと言えなくもないだろう。

 

 私もそうだったからな。奪った物とはいえ、サイレント・ゼフィルスに初めて触れた時に感じたあの開放感。今でも鮮明に思い出せる。

 

「彼らがもう少しマシであってくれればと、期待したのですけれども」

「高望みしすぎだぞ。お前にかかれば国家代表すら話にならんだろうが」

「あら? 国家代表とはその程度なのでしょうか?」

「その程度なものか。お前が桁外れなんだ」

「あら? マドカもでしょう?」

「私と兄さんは元から造りが違う」

「くすくす、そうでしたね」

 

 会話を心底楽しむように、桜花はくすくす笑った。

 

 シャンプーのポンプを数回押して、手のひらで泡立ててゆっくり頭を洗う。

 

 目を閉じながら、先程の模擬戦を振り返った。

 

 勝敗はたったの十数分でついた。完封とは言い難いものの、圧勝と呼ぶには相応しい勝利だ。当然といえば当然。キャリアが違う。例え篠ノ之の絢爛舞踏が発動していても、勝利は揺るがない。

 

 進化した白式が戦うところは初めて見たが……以前とはまるで別の機体だと思わされた。

 豊富になった武装と、数倍に跳ね上がった速度。何らかの補助を得ているだろうが、一線を画した機動。そして相変わらずの一撃必殺、零落白夜。

 

 奴はもっと強くなる。ブリュンヒルデが名乗れる程には。

 

 私達には届かないだろうがな!

 

 それよりも気になったのが篠ノ之だ。何が起きたのかはわからないが、一度吹き飛ばされて起きたと思ったら、前に比べて少しマシになった。何が? と言われてもうまくは言えないんだが……はて。

 

 良いことでもあった。とでも表現しようか。せめてそれが私まで飛び火してこないことを祈る。奴にとっての良いことが、私にとっての良いこととは限らないからな。

 

 そうそう、篠ノ之の絢爛舞踏は最後まで発動しなかった。だから速攻で勝負が決まったんだが……本人達は決してそれがマズイとは思っていない様子だった。

 

 ………今日はさっぱりだ。うん。

 

 出しっぱなしのシャワーに頭から突っ込んで、泡を流す。

 

「………もやもやするぞ」

「そうですか?」

「ああ。上手くダシにされた気分だ」

「ギブアンドテイクでしょう? 私達もテスト相手に彼らを選んだのですから」

「それはまぁ、そうなんだが……」

 

 そもそも、私たちがアリーナへ来たのは刻帝が見たかったからであって、新パッケージの具合を試したかったからであって………。たまたまそこに織斑と篠ノ之が居たから桜花が勝負を吹っかけたわけで………。

 

 結果として模擬戦には勝ち、満足のいくデータが得られたのだから不満はないんだが。

 

 なんだろう、この気持ちは。

 

「寂しいのですね」

「何か言ったか?」

「またバストが大きくなりましたねとしか」

「っ!? どこを見ている!!」

「マドカのおっ―――」

「わあああああああああああ!!」

 

 簪相手によくからかったりするネタだが、自分が言われるとどうも落ち着かない。……いや、話題が嫌なんじゃない、相手が桜花だからだ。現に姉さんとは色々と比べたげふんげふん。

 

 勢い余ってシャワーを手に取り桜花に向かって吹きかける。ブースと言っても、型から太ももまでを隠す仕切り版一枚が間にあるだけで、横を向けば隣の顔がよく見えるのだ。本当はこういうことはダメなんだが、桜花相手にはこれでもぬるい。

 

 そう、なぜだろう? こいつはほぼ確実に避ける。

 

「全く、どうして自分が言われるのはダメなんでしょうね? いつぞやの襲撃者には売女などと言いのけたでしょうに」

「お前はよからぬ解釈をする上にいたずらに広めるだろうが!!」

「何のことかさっぱりですわ。兄のために毎日揉んで大きくしようと頑張っているマドカさん」

「桜花あああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 なぜそれを知っている!? 兄さんにも見られたことが無いというのに……!

 

 そこから先は……よく覚えていない。いや、誤魔化したい気持ちが無いわけでもないが本当に覚えていないんだ。聞くところによると私と桜花揃って逆上せていたらしい。目を覚ましたら保健室で並んで氷を脇に挟んでいた。屈辱だ。お互い人間離れした身体をしているにも関わらず、記憶を飛ばすまで風呂場にいるんだから、いったいどれだけの時間何をしていたんだろう?

 

 考えたくもなかった。

 

 ただ、その日の夜に着替えようと服を脱いだら、何かが吸い付いた跡が体中にあったり、服がこすれるだけで反応する程敏感になっていた。ということだけは二人共通の事実で、秘密にした。

 

 でも楽しかったことは確かだ。最近は嫌なことを忘れて楽しんだり笑ったりすることは無かったから余計に。

 

 だから、模擬戦が終わった後のもやもやの正体がなんとなくわかる。

 

 桜花が言っていた通り、寂しさだろう。

 

 兄さんはいない。姉さんとは会えない。簪とも楯無ともぎこちなさがある。本音や虚との会話も減った。リーチェは引き攣った笑顔ばかり。ラウラは一見いつも通りだが、普段ならあり得ないミスが増えた。桜花も今日のように不注意を起こす。

 

 たった一人の人間が消えただけなのに、こんなにも心が寂しくなる。

 

「……会いたい」

 

 ただでさえ大きなベッドをくっつけた兄妹お手製ベッドは、やっぱり広かった。

 





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 ……久しぶりに言った気がするなぁ

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