無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 活動報告にも書いたんですけれど、時数を増やすか否かで悩んでいます。一話のボリューム増やしたらもっと濃い内容ができそうなものでして……

 基本私は七千字なんですが、まだまだ字数を伸ばす余裕がありますが。

 ご意見あればお伺いしたく思います。できれば活動報告かメッセージで。

 ちなみに今回は一万一千字です。


56話 一線級の雛

 キャノンボール・ファストとは?

 

 ものすごく簡単に言ってしまえば妨害アリのF1のようなもの、だ。実際にはF1のような速度ではないし、三次元的な軌道であり、ドンパチ戦争をするような銃や剣の応酬なんだけど……まぁ、簡単に言ったらってことで。

 

 正式なルールとしては、『決められた回数周回し、最終的に一位だった者を勝者とする。国際規定に準ずる程度の妨害は許可する』というもの。

 

 アラスカ条約による国際規定は、主にISの帰属権や、起動する際の留意点などが殆どであり、戦闘行為に関しては全くと言って良い程定められていない。それもそのはず、ISはもともと宇宙開発のために篠ノ之束が作成したマルチフォーム・スーツであってバトルスーツじゃない。武装は宇宙に漂う惑星や隕石の欠片やゴミを排除するためのモノであって、けっして国家や人間に、ましてやISに向けるものではない。

 

 つまり、何でもOK! ってことだ。

 

 制限が無い以上、激しい争いが繰り広げられる。毎度の国際大会ではド肝を抜くような戦法やパッケージを持ちあって、観客を盛り上げてくれる戦いが魅力の一つだろう。というかそこしかない。競艇や競馬のように賭けをして楽しむ要素もないのに、世界中の人間が釘付けになどなるものか。

 

 さて。

 

 今現在の試合運びはっと……トップを独走するのは、案の定イタリアのテンペスタ。それを追いかけるのはロケットエンジンという荒業を見せるドイツ。ご相伴に預かるようにBT二号機とフランスの新型。そこから少し離れて小競り合いを見せる白式と紅椿とBT一号機。後ろで前方を追い抜く機会を伺うように中国と日本の二機。

 最後尾グループが巻き返してトップに躍り出るのは相当に苦労するだろうが、まだ不可能ではない距離だ。それは同時に先頭集団も理解しているので、このままさらに引き離そうと、そして前に出ようと躍起になる。

 

 始まってから数分と経たない現状だが、なかなかに楽しめる。

 

 雲一つない快晴の上空およそ二万メートルから、俺はほぼ真下にあるIS学園恒例行事の一つ、キャノンボール・ファストを観戦していた。

 

 急激なカーブを要される第一の関門ともいえるポイントで、ドイツはロケットエンジンを切り離し、ワイヤーで破壊。取りついていた二機を爆発で大きく吹き飛ばして大きな差をつけた。彼女が狙うのはあと一機のみ。巻き込まれた二機はそのまま体勢を立て直す前に後続の機体全てに抜かれ、一気に最下位へ転落。

 

 ふむふむ、面白いな。実力者があっという間に。

 

『失礼。そろそろ時間だから準備してね』

「ああ、分かっている」

『観戦でもしてた?』

「そうだな。ここは何もないから暇だ」

『敵情をうかがっていたとでも言えばいいのよ』

「だから観戦していたんだ」

『状況に応じて言葉を変えなさいな』

「我々の間には不要だろう? 少なくとも、実働隊は」

『くすくす。そうね』

「俺の好きに始めていいんだろう?」

『勿論。そのかわり、時間は気にしてね』

「ああ。任せてくれ、スコール」

『ええ。任せているわ、一夏』

 

 チャネルの通信を切って、武装を呼び出す。今回の為だけに用意された超高高度狙撃銃だ。輸送機から受け取った装備一式をPICによって制御下に置いて浮かせ、狙撃の体勢に入る。地上と水平になるように身体を傾け、スコープを覗いて狙撃モードに切り替えた。直結した付属パーツの情報や視界がそのまま表示される。

 

 ピントを合わせると、いつの間にやら後続から突出したBT一号機と日本の候補生がアップで映る。何があったのかはさておき、あれだけの集団を切り抜けるとは、なかなか評価できるな。

 

 今度はランダムに配置された大小様々な障害物が設置されたポイントだ。流石のイタリアはまるで先に何があるのか把握しているかのようにするすると通り抜けていく。が、他はそうもいかない。それまで好調だったドイツも減速せざるを得ない状況だ。

 そこで追い上げを見せたのは、驚くことに中国だった。

 

「お先ーーー!」

「なっ!? なんだその出鱈目な軌道は!?」

「ふっふーん。特訓の成果ってやつよ」

 

 決められた線路の上を走る列車のように、時に滑らかに、時には角度をつけて、イタリアとは違った軌道を見せつつ追い抜いて行く。まるで原理は分からないが、入学する前にはなかった技術だ。成長が見て取れる。

 

 射撃による反動相殺するために、シールド内臓のスラスターに火を入れる。発砲と同時に一瞬だけ、衝撃を相殺する程度に吹かして第二射、第三射と続けて撃つ為にだ。要求される技術は相当なレベルだが、俺には朝飯前だ。

 

 まずは先頭のイタリア。それから……いや、同時に撃ち抜こう。

 

 このライフルはエネルギー兵器だ。ならば、偏向射撃による制御が出来る。

 

 ためらいなく引き金を引いてすぐに、その場でぐるぐるとまわり続けるようにコントロール。すると、ドーナツ状になったエネルギー弾はいつの間にか球体に変わった。これでもコントロールする手は止めていないが、恐らくこうなる方が一番楽に停止させられる。

 

 同じように機体の数だけ球体を用意した後、倍率を下げて会場全体が見えるように調節。それぞれに狙いを定めて、俺はコントロールを手放した。球体が一本の光と姿を戻して、地上へと吸い込まれていく。

 

 行く末を見守るため……ではなく、その勢いに乗じて奇襲をかけるために狙撃銃諸々をパージ。PICの制御を無くしたパーツはこれまた地球へと吸い込まれていった。下で回収班がスタンバイしているので、気にせず会場へと降りていく。

 

 一切の制限を解放し、代わりに首輪代わりとしてかけられたリミッターの中であっても、ビームに追いつくのはそう難しいことじゃない……と言いたいがそうもいかないようだ。それはそれで構わないが。

 

 降下中も会場からは目を離さない。

 

 そろそろ着弾する頃だ。一心不乱に前とゴールを目指している学園生が上空など気にすることなどないので、狙われているなど欠片も思わずに飛び続けている。

 

 そこではっとした表情で上を向いたのが二人。BT一号機と、夏に仕上がった日本の新型。

 

「もう遅い」

 

 俺が呟くと同時に、アリーナには着弾の煙と爆発による煙で一部が覆われた。

 

「ちっ。すまない、避けられた」

『あら? 外したの?』

「いや、気づかれた。命中は確認しているが、大したダメージにはなっていないな」

『だそうよ』

『まぁいいじゃね? 当たったんならよ』

『私たちなら狙撃すらできないわ。気にするほどでもないと思うけど』

『一夏でもミスするんだー。驚きだね』

『アタシはなんだってかまわねぇぜ。戦えるんならな』

『らしいわ』

「ふん」

 

 擁護されようがされまいがかまわない。どちらにせよ、気づかれておきながら痛手を与えるほどの結果にならなかったことは変わらないのだ。

 

 煙が晴れていく。

 

 損傷が見られたのは、中国の片側のユニットが消滅、紅椿が推進系を殆どやられており肩を借りている状態、日本の候補生を庇って被弾した新型の方はあっという間にボロボロだった。確実にこの三機は止められたようだ。逆に他はほぼ無傷に近い。

 

 残った機体は、白式、BT1、新型ラファール、ドイツ、BT2、日本、イタリアの計七機。

 

 変わってこちらは四機。さて、時間内に片づけられるかどうか……。

 

「仕掛ける」

 

 誰かの返答もなく、俺はアリーナの上空で減速し、連中を見下ろした。

 

「そんな……一夏?」

 

 呆然とした表情で俺を見上げるイタリア候補生。一人だけ絶望したような表情で俺を見ていた。まるで、知らされていなかったかのような……。

 

 先日の学園祭で顔を合わせたのは白式とBT2と、生徒会長の三人だけ。そこから他の専用機へ話があったものだとてっきり思っていたが、どうやら違うらしい。よく見れば他にも唖然とした表情の人間がいた。

 

 俺には全くそちらの事情は関係ないがな。

 

 改造して、左腕に装備された二丁のヴルカンの銃口を向ける。ニュードタイプのガトリングであるこいつには、銃身が焼付く心配もなく、空撃ちして銃身を回す必要もない。トリガーをためらいなく引く。

 

 ―――前に、四枚のシールドで四方をカバーした。直後に巨人の手が夜叉を握りつぶそうと掌を閉じる。

 

 この程度……!

 

 一瞬だけシールドのブースターを吹かして空間を確保。右手に魔剣(ティアダウナー)をコールして一閃、ナノマシンが綻びを見せたその隙間から脱出した。

 

 攻撃を仕掛けてきた奴は会場のコース内にいる専用機じゃない。特等席とも呼べる観客席の最前列……電磁シールドを紙のように引き裂いて、その姿を現した。

 

「一夏……」

 

 森宮蒼乃。現日本代表。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 一夏が狙撃を外したという報告が入ってきたその瞬間から、私たちの作戦はスタートした。

 

 私、スコール・ミューゼルは待機していたホテルの屋上から機体を展開して会場へ。私たちの中で顔が割れているオータムは私と同行させ、もう一人正体が知れていたアリスは、会場を中心として私が待機していたホテルとは反対側にあるホテルから。つい最近私の部隊へ編入された新入り二人は後方支援として、ちょっとしたお使いを頼んでいる。

 

 夜叉から送られてきた詳細なデータを元に、敵の損傷具合を確認。既に初撃で負傷した数名はピットへと下がっており、迎え撃つ体制を整えている。観客の避難はすでに始まっているが、専用機たちはアリーナの外へ出てくる気配はない。

 

 既に姿を見せた一夏へ襲い掛からないのは、市街地戦になってしまう可能性があるからだ。観客が避難を完了させるまでは非常に危険だが、それ以上にアリーナの外には大勢の一般市民が生活をしている。被害を拡大させないためのは、ここで食い止めるしかない。

 

 と、考えているだろう。

 

 私たちの狙いはもっと別のモノなんだけれどね。勝手に勘違いしてもらっておこう。観客の命なんてどうでもいいし、市街地がどれだけの被害を被ろうが知ったことか。

 

 だが、後々面倒なことにもなりかねないので極力避けるようにと全員に伝えてある。私たちの都合で、被害が大きくなるのは困るのだ。

 

 自然とお互いの利害は一致する。

 

 しかしわざわざ避難が完了するまで待ってやるほどの時間はない。遠慮なく仕掛けさせてもらう。

 

「スコール、どう攻める?」

「侵入は一夏が空けた穴からよ。向こうはすでに交戦しているから、合流せずに中に入りましょう。それからは手筈の通りに」

「分かった」

 

 私の専用機『アルカーディア』にしがみつくように八本の足を絡ませるアラクネが、少し力を緩めた。それだけでオータムの意図を察した私は速度を上げる。他の第三世代型に比べて速度が出る機体ではないが、少なくとも第二世代のアラクネよりは速い。

 

 加速し、少しの上昇の後に急降下。真下を睨む一夏の真横を素通りして更に加速。一番近くにいたIS……エム、もとい森宮マドカのBT二号機へ文字通りアラクネを叩きつける。

 

「オータム……亡国機業か!」

「久しぶりじゃねえか、この裏切り者がァ!」

 

 アレには好きにやらせた方がいい仕事をしてくれる。熱くなって目的を忘れていなければそれでいい。

 

 さて、

 

「さ、かかっていらっしゃい」

 

 私は私のやることをやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 以前の初出撃で実戦とはどんなものなのか、敵とは何なのか、目的を果たすためにはどうすればいいのか、等々様々なことを学んだ私ではあったけれど、とりあえず思ったのは「これって本当に私!?」という感想だった。

 

「私あんなにキヒキヒ笑ったりしないよぅ!」

「新兵は気が動転する、なんて珍しい話じゃねぇよ。あんまり気にすんな」

「そうね。私としてはあのままでも面白いから全然気にしなげふんげふん……戦場では熱くなったら負けよ。どんなハプニングが起きても、気をしっかり保てるように鍛錬なさい」

「いま面白いとか言った!? 言ったでしょ!?」

「そうカリカリすんなよ。ほら、飴やるぞ」

「食べるー!!」

 

 ……嫌なところまで思い出してしまった。削除削除。

 

 とにかく! ないすばでーなれでぃーであるこの私、アリス・セブンはまだまだだったということが突きつけられた初陣だったというのが、私の感想だった。

 

 自分のBT適正に胡坐をかいていたんだ。操縦技術が拙いことは自覚がある。それでもこの偏向射撃さえあれば敵なんていないと……あ、学園生程度なら、ってことよ? 一夏やスコール、あと憎たらしけどオータムも超一流のIS乗りだし。

 

 それがあの結果。私が後釜としてISを任される原因となった元亡国機業が一人、エムは私とは次元の違う強さを持っていた。それこそ、スコールやオータムと肩を並べるほど。

 

 必然的な負けだと、私は彼女の顔を見た瞬間に直感した。その感の通り、私はコテンパンにのされるわけだけど。

 

 一夏はこう言っていた。

 

「一つに秀でるのも悪いことではないだろうな。だが、それだけで勝てるほど戦いは甘くはない。今回はいい例だったと思うぞ、アリス」

「そうなの?」

「BT適正は、おそらく二号機の搭乗者を除けばピカイチだ。だが、偏向射撃だけでは勝てなかっただろう? 練度だけじゃない、経験や基礎的な技術すらないのに勝てるものか。物事は土台からしっかり築かなければ実を結ばない」

「分かりやすく教えてよ……」

「お前は歩けないのに走るからこけたんだ」

「わぉ」

 

 つまり段階を踏めばいいってことでしょ。

 

 だから帰ってからは基礎練習に徹した。展開速度から磨きをかけて、少しでも効率のいい動きを身に着けるために過去の映像やログを漁って勉強している。

 

 ISはおいそれと使えるものじゃないから、組織内で模擬戦をするのも楽じゃない。だから今回の戦闘はいい物差しになってくれるはずだ。なにせ、相手はあのエムだけじゃないんだから色々な経験が得られることだろう。たぶん。

 

 メンバー曰く、日ごろの努力が実を結ぶ瞬間は何とも言えない心地よさが生まれるらしい。

 

「サザンクロス!」

 

 機体を展開して待機していたホテルの窓を突き破ってから一直線、会場のアリーナへ向けて飛翔する。事態は通信で把握していたので、一夏だけではなくスコールたちの状況も即座に理解、同様に電磁シールドの穴から侵入する。

 

 オータムはエムにかかりきり。悪い意味ではなく、敵の最高戦力の一つである森宮マドカを抑えている。更にいうなれば、一夏は世界最強に近いと名高い森宮蒼乃と一騎打ち。スコールの頭の中では、残している二人とやらを出すつもりはないので、実質残された機体を私とスコールだけで相手をし、目的を達成しなければならない。

 

「来たよ、スコール!」

「いいタイミングね、アリス」

 

 サザンクロスの主兵装であるバトルライフル『サザンクロス』を展開してスコールと肩を並べる。隣のスコールは菱形の浮遊シールド『アヴァロン』の一つから六本のブレードを取り出して、内一本を右手に持ち、残りの五本を機体の周囲へ滞空させた。

 

「あれは……サザンクロス!」

「セシリア、何か知ってるの?」

「……BT三号機、ですわ」

「ラウラ、隣のド派手の機体は?」

「……聞いたことはない。が、搭乗者は知っている」

「あら、嬉しいわね。ドイツのベイビー」

「お前が私のことを知っていたとしても別に嬉しくとも何ともない。亡国機業のスコール・ミューゼル。いや、初代アメリカ代表」

「それは私も同意見ね」

 

 ……初めて知った。スコールってアメリカ出身なんだ。

 

「数は……一人当たり三人ってところかしら」

「えぇーやだー。一人貰ってよスコール」

「……アリス、私は上司であなたは部下。言うことを聞きなさい」

「ぶーぶー、私知ってる。それぱわはらって奴だ!」

「どうしてそんな言葉ばかり覚えるのかしらね……」

 

 随分と高いノルマに腰が砕けそう……。

 

 そこへ私とスコールをまとめて狙うように、真下から銃弾の雨が。既に察知していたので余裕を持って回避する。

 

「何をしてるの! 早く捕まえるのよ!」

 

 ロシア代表の更識楯無だ。銃弾の正体はランスに内蔵されたガトリングだったらしい。

 

 彼女の登場によりはっと意識を取り戻した六機は自らの役割を果たす位置へと移動した。隊列を組んだともいえる。BT一号機と日本の打鉄弐式が最後列へ、最前列では白式が刀を構えテンペスタがライフルを握りしめ、その間にドイツの少佐と新型ラファールが銃口をこちらへと向けてきた。更識楯無は最前列へと加わる。

 

「スコール、一人あげるね」

「アリス、いい的が増えてよかったじゃない」

「「………」」

 

 森宮蒼乃に次ぐ厄介な増援に手を焼く未来がはっきりと見えた瞬間だった。

 

「仕掛けるわよ!」

 

 火蓋を切ったのはテンペスタ。両手で構える大きなライフルの銃口にエネルギーが収束していくと思ったら既に発砲されていた。直感にしたがってはじけるように横へステップを踏む。

 

 銃口の直径からは考えられない程の大きなエネルギー。余裕をもって回避してもじわりと熱を感じるということは、相当の威力だ。

 

 前列の二人がタイミングを合わせたように同時に加速し、スコールには更識楯無とテンペスタが、私には織斑秋介が迫ってくる。

 

「懐に入りさえすれば……!」

 

 どうやら零落白夜で一気に決めたいらしい。機体の性能や特徴をとらえるなら正しい選択だ。

 

 でも残念だねぇ。懐に入れば勝てる、だなんて考えはどこからきているのやら。一号機と二号機が射撃を得意としているから? BTシリーズ特有の偏向射撃を軸に戦うと思ったから?

 

 雪片弐型が右から私を切り裂こうと高速で振るわれる。

 

「なっ!」

 

 私はその刃を、左肩に装着された大型シールド内部から片手にすっぽりと収まる筒を振り抜いて防いだ。

 

 具体的に言うなら、その筒から発したエネルギーの刀身が、だ。

 

「エネルギーブレード!? どこのガンダムだよ!?」

「それを言うならIS自体がロボットアニメみたいなもんだよ!」

 

 左手にBTマシンガンをコールして鍔迫り合う白式へ向けて掃射。素早く離れた白式へ向けてBTマシンガンを打ち続け、背部の推進ユニットに接続された三つの銃口をもつ二基のBTビット『トリニティ・ランス』を斉射、六本のビームが白式を襲う。

 

「やべ……っ!」

「秋介!」

 

 私と織斑の直線状に割って入った新型ラファールのデュノアが大型のシールドでBTマシンガンの弾を防いでいく。

 

 それならこうだ。

 

「曲がった!?」

「気を付けて、偏向射撃だよ!」

 

 事前の情報通り博識な彼女はその事象に驚かなかった。つまらないと思う気持ちを片隅に、速度もコースも違う光が襲い掛かる。

 

 白式と新型ラファールの左右に狙いを定め、四本のエネルギーが牙のように迫ってくる。デュノアは両方ともシールドで防ぎ、織斑は当然のように雪片弐型で斬り払う。

 

 そこが狙い目。

 

 隙を狙って残った二本を二機の上下から挟むようにコース変更。ただし、今度はこれだけでは終わらせない。

 

拡散(スプレッド)!」

 

 偏向射撃の上位テクニックの一つ、偏光屈折曲拡散射撃(スプレッド・ショット)。要約、散らばる。

 

 シャワーのように広がった上下のビームはあっという間に広がって逃げ場を奪う。例えるなら、サンドイッチやハンバーガーだ。一発のダメージは格段に下がるが、心理的には大きなダメージを与えられる。

 

 初手は貰った!

 

「んなぁっ!?」

 

 ―――はずだった。

 

 今度は私が驚く羽目に。それも、よりによって敵の偏向射撃の技術に。

 

「助かったよ、セシリア」

「間一髪でしたわ」

「にしてもすごかったな、お皿みたいだった」

「そこは盾って言おうよ……」

「もっと褒めてくださってもいいのですよ? まぁ、このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズにかかればこの程度造作もないのですけれど」

 

 私の拡散は確かにうまくいった。そこまでの誘導も悪くなかったはず。それを目の前の一号機に乗るオルコットが、私も知らない偏向射撃で全弾を防いだ。

 

 織斑とデュノアが言ったように、平皿や盾のように薄く円形の膜のようなものが現れて拡散の全弾をことごとく防いできたんだ。

 

「誰にも見せたことのない、恐らくマドカさんですら知らない、私だけの偏向射撃。敢えて名づけるとすれば……そうですわね、偏光屈折曲円陣射撃(シールド・ショット)でしょうか?」

「シールド……」

 

 そう聞いて直感した。恐らくは拡散の更に応用に近い技術だ。拡散は一本のビームをいくつものビームへと枝分かれさせるものなら、円陣はベクトルの向きを全周囲に向けて分割せず均等にして一本を一枚へと変えたんだ。

 

 一度偏向射撃を習得してしまえば後はイメージの問題だ。想像を働かせていかに創意工夫を凝らすか、BTシステム搭載ISのパイロットにはずっとついて回る課題でもある。

 

 下手くそだと聞いていたけど、そうでもない。それもそうだ、エム以上にオルコットの方がBTとの付き合いは長いんだから。

 

「我がイギリスの機体とコア、必ず取り返して見せますわ」

「セシリア、援護よろしくね」

「背中は任せた!」

「ええ、ええ!! このセシリア・オルコット、任されましてよ!」

 

 気持ちを削ぐはずが削がれてしまった。それどころか、相手に勢いをつけさせてしまったところもあるような無いような……。

 

 これくらいが丁度いいかな?

 

「へし折り甲斐があるってもんじゃない?」

 

 ぺろりと乾いた唇を舌で湿らせて、強くBTサーベルの柄を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 アリスの方に行ったのは三機。BT一号機、新型ラファール……たしかラファール・セ・フィニ。そして、白式・天音。

 

 つまり、私へと向かってきているのはミステリアス・レイディ、シュヴァルツェア・レーゲン、打鉄弐式、テンペスタ・ステラカデンテの四機。相変わらず、エムはオータムが足止めしている。

 

 襲撃する上で最も警戒していたのは森宮蒼乃だ。たとえ専用機を含めた現在の学園生全員が彼女一人に勝負を挑んでも、いとも容易く払いのけるに違いない。機体の性能も合わさり、まさしく無敵の一言がふさわしいだろう。私や織斑千冬、篠ノ之束、弟の森宮一夏と同じ次元にある。その他の生物では、およそ同じ空気を吸う事すら叶わない。

 

 だからこそ一夏に先制させ、姿を現すように指示しておいたのだ。そうすれば必ず森宮蒼乃は一夏の前に現れる。確信があった。そして現実になっている。

 

 次点に警戒すべきは妹の森宮マドカ、ロシアの更識楯無。この二人は国家代表クラスに位置づけできる。それも、かなり上位にだ。

 

 一対一ならともかく、他の専用機達と混ざってしまえば、数で劣る私達の敗色は濃厚だ。

 

 だから、オータムをエム一人にあてた。実力に圧倒的な差があるアリスでは相手にならない。私が行ってもよかったのだけど、室外のためにアラクネの足を使った独特な戦法がとれないので、多数を相手にできないオータムをつけたのだ。決してエムの相手が面倒だったからではない、決して……。

 

 私のアルカーディアはもとより、アリスのサザンクロスも大勢を単機で撃墜できるほどの力を持っている。役割分担としては、これが最適だろう。

 

 アヴァロンから引き抜いた細身のブレードを右手に握り、残りをコントロールしたままで、新たな武装をコールする。アルカーディアは世に出る第三世代と比較すると速度では劣るために、急接近された場合距離をとることが難しい。ブレードは迎撃のための武装であって、攻撃の軸となる武装は別にある。

 

「ふふっ、どういたぶってあげようかしら」

「……早速来たわね」

「あなたがいるのでは、あまり手加減できそうにないもの」

 

 学園生の中で唯一、私と戦った事のある更識楯無だけが言葉を返してきた。

 

「あれは……宝石?」

「『シャングリラ』よ。ビットと違って癖が強いから、慣れるまではとにかく回避!」

「は、はい!」

 

 宝石と言う表現もあながち間違いではない。シャングリラは正八面体の青いクリスタルなのだから。

 

 四基のシャングリラを機体正面に出現させる。パチン、と指で音を鳴らすと同時に、クリスタルの六つの頂点からレーザーが発射され、まっすぐ学園の機体へと向かっていく。

 

「フン、この程度……」

「避けなさい! 軌道を変えてくるわよ!」

「何……? こ、これはっ」

 

 更識楯無の一喝で反射的に急上昇で距離を取ったドイツ軍人は、忠告の言葉が正しかったことを理解し、回避機動に入った。他の三機も同様である。

 

 シャングリラが放つレーザーは、そのほとんどがホーミングレーザーであり避けることが大変難しい。何らかの物体に接触するまでは目標を追い続ける。

 

 シールドや、その代わりになるものがあればまだいい。だが、それを持たず、織斑秋介のように斬り払うこともできなければ避けることは不可能に近くなる。

 

 さぁ、どうするのか見せて頂戴。

 

「三人とも私の後ろに! アクアヴェールで………」

 

 シャングリラのホーミングレーザーは、偏向射撃のように自分の意思で軌道を変えることはできない。ただ最短距離を進むだけだ。そのことを理解しているのはやはり更識楯無だけ。彼女は自らの盾で相殺しようと、全員を自分の背後へと下がらせた。

 

 そこで入れ替わるように前に出る機体が。

 

 更識簪。彼女の妹だ。

 

「簪ちゃん!? 何をする気!?」

「私に……任せて。撃ちますっ!」

 

 姉の心配を余所に、打鉄弐式の特徴的なユニットから一発のミサイルがホーミングレーザー目掛けて飛び出した。

 

 打鉄弐式の大きな特徴は、多弾頭ミサイルの『山嵐』と、マルチロックオン・システムを組み合わせた面による飽和攻撃。にも関わらずこんな使い方をするということは………。

 

 ミサイルはすぐに分解し、八発へと数を増やす……ことはなくその場で爆発した。少量の火薬が詰まっていただけで目くらましにもならない。

 

 一見すれば無意味な行為。しかし結果としてシャングリラのホーミングレーザーをすべて拡散させた。

 

「レーザーが消えた? ……いや、散ったってこと?」

「うん。ビームチャフ」

「あらあら。弾種が幾つかはあると聞いていたけど、そんなものも持ってるのね。どう、私達のところにこない? 一夏もいるわよ?」

「絶っっっっ対イヤ! でも、一夏は取り返す!」

「残念」

 

 現状のIS武装はまだまだ実弾系統が主流だ。というのも、開発したところで機体数の八割を占める量産機では使えないからである。撃てないわけではないが、あっという間にエネルギー切れを起こすのでは、撃てないのとなんら変わらない。光学兵器を積まない専用機もあるのだから、それは当然と言える。

 

 つまり、エネルギー兵器を使えるのは、一般的に"エネルギー兵器使用を前提とした専用機"だけ。

 

 その武器を作るには金がかかる。そして作るからには売らなければならない。

 

 売る、ということは、使ってもらうということだ。

 

 無駄に作ることで特をする企業など存在しない。そして、ほんの一握りの専用機のために光学兵器を開発するという博打をうつ企業もまた極わずか。

 

 要するに、エネルギー兵器はまだまだ浸透していない。

 

 でありながら、既にエネルギー兵器への対策装備を独自に開発し、装備している。メーカーが作成していないものを、また作り出した。

 

 彼女はまたしても、各企業を出し抜いたわけだ。流石は束博士の弟子。是非とも私達の仲間になってほしい人材なんだけれど……。

 

 ただの学生じゃない、どれも一線級の雛達。

 

 知らずと心が踊った。


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