キンキンと頭に響くスピーカー越しの声に顔をしかめつつも、両目はしっかりと新たに現れた機体へ焦点を合わせていた。周囲への注意も怠らない。
ディアブロス・バウ。と、篠ノ之束博士は言った。恐らく味方。蒼乃さんを助けたことや、何より現状では味方である篠ノ之博士側みたいだし。もう一人の世界最強という言葉も気になるけど……あの人がそう言うのならそうなんだろう。織斑千冬と同等ということになる。
機体は……速度型? どこから現れたのかも分からなかったし、何となくだけど、夜叉と似ている気がする。防御型にしては頑丈に見えない。
非常に頼もしいわね。
「形勢逆転ね、更識楯無さん」
「あら? あれが私達の敵とは限らないんじゃない、スコールさん?」
「そうね。でも蜘蛛型ISは墜ちたわ」
「そうなのよねぇ……」
……。
「三号機のアリスとかいう子から聞いたのだけど、前回の学園を襲った目的は、次回以降の布石でしかない、と。どう?」
「本当よ? 一夏の存在には焦ったんじゃない?」
「確かにね」
「それだけ」
「そのノリで今回の目的も教えてくれない?」
「まさか」
「ツレないんじゃなくて?」
「アリスがぽろっと零したことだから教えてあげたのよ。あなた相手に嘘なんてついたところで大した意味にはならないし、むしろ確証を持たせてしまうもの」
「嬲って聞かせてくださいとしか聞こえないわね。ラウラちゃん、アレお願いね」
「む、わかった」
今まで沈黙を保っていたラウラが、かざし続けている腕に力を込めた。
グシャ。
「アルカーディア、か。機体そのものは非常に強固な造りだな。関節部も中々に補強が施してあり、それでいてシールドもしっかりしてある」
空中にAICで磔にされたアルカーディアと、アヴァロンと、シャングリラがキシキシときしむ音を立て始めた。既に一つの正八面体が元のサイズのおよそ五分の一に圧縮されている。バスケットボール大の大きさだったのに、今では野球ボール程度だ。
「主兵装まではそうもいかないらしい」
スコールへ向けていた手のひらをくるりと返し、差し出すかのように上へ向けた。めいっぱいに指を伸ばし、空間を握りつぶす。
間を置かずに、すべてのクリスタルが音も無く鉄クズへ成り果てた。
「AICの発展系ねぇ……ドイツも中々やるじゃない」
「それは何よりだ。是非とも、心ゆくまで堪能するといい」
「スクラップは勘弁ね。残念だけ、ど!!」
「……ふん」
更に圧力を強めるラウラを狙って、アルカーディアの背中から現れたレーザーが襲う。どうやらまだシャングリラを隠していたらしい。
「私のこと忘れていない? その手の攻撃は効かないのよ」
ミステリアス・レイディのヴェールはこの間も張り続けたままだ。ラウラに攻撃など、当然させはしない。周囲には打開できるような物も無ければ、助けに来てくれる亡国機業のメンバーもいない。ただの悪あがきね。
「試してみる? ISだから通じるやり方を」
「何を……!」
迫ってくるはずだったレーザーは、私たちとスコールの丁度中間で全弾がぶつかるように軌道を変えた。
それらは一斉に重なり……爆発した。
「しまっ……!」
「閃光弾もどき!?」
眩さを許容できずに視界が白で染まり、暗転する。ヴェールがある程度減衰してくれたものの、しばらく目を失うのは避けられなかった。
ISだから通じるやり方、ね。生身の人間なら眩しさで一瞬目を閉じるだけで済むそれは、コアの感覚を狂わせるのに十分適していたらしい。目だけじゃなく、サーモセンサーやレーダーまでイカレてる。
「ラウラちゃん!」
私が呼ぶのと同時に左腕に何かが巻きつく感覚。グルグルと何重にも重なる紐の様な何かを掴んでとにかくスコールから距離を取った。あまりやりたくはないけれど、空中で人魚姫を起動させてまでしたのだから十分稼いだだろう。おかげさまで体中が痛い。
針がブレ、安定しなかったメーターが落ち着きを見せ始める。ゆっくりと目を開け、妨害の影響が無くなったことを確認。すぐに周囲を探る。
腕に巻きついていたのは、予想通りレーゲンのワイヤーだった。一メートルも伸ばされていないワイヤーの元には銀髪を左右に降らすラウラ。向こうも回復したようだ。
「げほっげほっ……まったく、関節が外れるかと思ったぞ」
「助かったんだからいいじゃない。外れてないんでしょ」
「あまり軍人に結果論を語るなよ」
「気を付けるわ。気が向いたらね」
私たちの視線の先にスコールが。にやりと笑ってまぁ不気味。
『そんなに慌てて避けるってことは、私の予想は当たりってことでいいかしら?』
通信を繋げてきた。
「想像に任せるわ」
『図星なのね』
「バレたことを隠そうとしても意味がないじゃない。あなたもさっき自分で言ったでしょ?」
『クスクス。そうね』
なぜ人魚姫を使ってまで緊急回避したのか。ズバリ、ラウラのAICがキャンセルされたからだ。まぁそれしか理由ないんだけどね。
先のカラクリはこうなっている。
ラウラがAICを広範囲に展開、そして限定的に慣性をコントロールして圧力をかけた。AICの応用技で、本人はAIPと名付けている。Pはプレッシャーね。もちろんAIC以上の集中力を要する上に守りも疎かになる。レーザーはAIPでは止められないので、私のヴェールで守りを固めた。
しかし、完全に周囲をヴェールで覆うとAIPがヴェール内に発生してしまう。AIC発生機でもあるレーゲンの腕……もっと言えばスコールに向けた掌が向ける先だけは塞ぐことはできなかった。ヴェールで覆っているかのように、光の反射や水をうまく使って見せていただけであって、実は一か所だけ穴があったのだ。
スコールはそこまで察知して、目潰しを仕掛けてきたのだろう。私が見えなかっただけで攻撃を仕掛けてきたかもしれない。もちろん、ラウラの掌目がけて。
強い。やはり彼女は私よりも格上だ。
「シャングリラは大半を潰したはず。私が近接を仕掛ける」
「獲物持ちよ?」
「心得ている」
レーゲンの腕部からエネルギーブレードが迸る。肘から手首にかけて発生機のあるそれは、伸ばした指先よりもさらに十センチほど長いが剣には及ばない。
「乱戦状態で敵のみにAICをかけられるような技術は私にはまだない。ワイヤーではあの剣と盾に斬られるだろう。だから私が前に出る。最悪、私ごとヴェールで包めばAIPで固めるさ」
「………残りのシャングリラは任せて」
「助かる」
できることなら捕らえたい。一夏のことも含めて聞きたいことは山のようにあるのだから。
ランスの柄をぐっと握る。が、それは徒労に終わった。
「スコール。あれは分が悪い」
今までステラカデンテを抱えたディアブロスとかいうISとにらめっこをしていた一夏が口を開いたのだ。それも、自らが不利だと。
「そう。じゃあそろそろ下がりましょう」
更に、目の前で逃げると宣言するスコール。わざわざ右手の装甲を部分解除して指をパチンと鳴らした。
すると、アリーナの地面が一斉に爆発。あたりが一瞬にして煙で包まれる。
「くそ……いつの間に、こんな」
「気を付けてね、秋介」
「センサーは当てになりませんわね、何か仕込まれているようですわ」
近くにいたシャルロット達の声が聞こえてきた。センサー類を見ると確かにセシリアの言うとおりだ。今日は二度目である。いつかのも合わせれば、センサー類をごまかされてばかりな気が……。今度強化しようかしら。
「シャルロットちゃん、セシリアちゃん。織斑君の周りを固めて。どさくさに紛れて白式が狙われるかもしれないから」
「確かに……」
「……そうですわね」
一つ返事で後輩二人が白式を背にポジションを取る。この煙の中でも十分に互いの姿が見えるくらい密集しており、気づかれずに接近ということは無さそうだ。何かあっても二人なら大抵のことに対処できるだろう。
「更識先輩、それなら箒も危ないんじゃ……」
「ええ。そっちには私たちが行くわ。織斑君は自分の安全を優先して」
「……はい」
「ラウラちゃん」
「ああ」
不承不承、彼は頷いた。
踵を返して、医務室に一番近いピットへ向かう。煙はまだ深いが、自分の位置と目的地くらいはわかる。無駄に何度も使ってないのだ。
元々端にいたので、数秒でたどり着けた。しかし、当然のように普段は無い壁がある。
「シャッターはどうする?」
「私がやるわ」
蛇腹剣をコールして、円を描くようにしならせる。ぐるりと大きく一周した剣先が引き抜かれると同時に、くり抜かれたシャッターが倒れこんだ。
中に入って更衣室をスルーして医務室へ。
「な……」
ドアを開けると、煙が廊下に入り込んできた。思わず二人して咽せる。ピットの中に入って正常値に戻った計器類が再び狂い始めたところを見ると、これは……アリーナ内の煙?
「 凰!」
私が考えるよりも早く、ラウラが駆け出した。視線の先にはボロボロになった甲龍の姿が。周囲には砕けた装甲が散らばり、二刀に別れた双天牙月は天井と壁に突き刺さっている。鈴の頬や肩は出血しており、何時ものリボンは無くなっていた。
「何があった!?」
「ラウラ……と、生徒会長ね。いつつ……」
酷くやられたみたいだけど……深刻なものは無さそうね。腕も足もくっついてるし、骨が折れた様子もない。
誰が?
察しはつく。
「亡国機業ね。専用機を持った」
「ありゃ無理。自分だけで手一杯だったわ」
「……なら、篠ノ之と皇はどうした?」
「二人なら大丈夫。最初の狙撃でやられた以上のキズはつけてない」
「そっか……ありがとうね」
「ただ……」
付け加えるように、言葉をつなげる鈴。あまりいい話じゃなさそうだ。それも言いにくいことらしい。
「桜花。いる?」
「……はい」
なら確実に聞ける人間から聞く。
「別とでも言いましょうか……、観客に紛れてここまでの侵入を許してしまいました。避難誘導を装って、紅椿のコアを盗まれてしまいました……」
やはり、そして遅かった。狙いは第四世代のコアだったわけね。
「箒ちゃんは?」
「剥離される際の電流で気絶していますわ。今はベットに」
他人が専用機の展開を解除するのは意外と難しい。絶対防御を発動させコアが温存する全てのエネルギーを使い切らせるか、展開を強制的に解除する装備を用いるしかない。
亡国機業が採った手段は後者で、コアを無理矢理引き剥がすことで展開を解除するという外法の装備だ。特殊な電流かウイルスを流して奪うらしい。かなりの痛みでISが操縦者の意識を落とすくらいはあるそうだ。流石の彼女でも耐え切れるものじゃなかったらしい。
「そこの穴は連中が帰った痕と。誰?」
「それは―――
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
楯無とラウラがピットのシェルターを壊して中に入って行った。それとすれ違うように内壁の一部が爆発を起こす。互いの出方を伺っていた私達の視線は、一斉にその一点に注がれた。
そこから出てきたのは、肉厚で無骨な鎌を振りかざした死神の様な機体。
煙が唯一穴の空いた上部から抜けていくお陰でようやく晴れてきたが、死神は煙の立ちこめる場所へ突っ込んでいった。
このタイミングで現れた未確認の機体。亡国機業か?
「……」
そこのディアブロスとかいう奴のこともあるが、警戒するに越したことはない。ライフルを構え、ビットに神経を通わせる。
数秒後、そいつは私の視界に現れた。私を見つけると、まっすぐこちらへ向かってくる。
「な……!」
いや、向かって来ているんじゃない。追われているんだ。
死神のその後ろ、ぐんぐんと差を詰める……銀の福音に。
なぜここに!?
「挟み撃ちにするぞ、ナターシャ・ファイルス!」
辛うじて覚えていた福音の搭乗者を呼んで、エネルギーを送る。充填されたものから引き金を引いて放ち、偏向射撃で速度を落として福音との差を詰めさせた。
二対の翼が光を帯び始めるのが見えた。後ろから仕掛ける気だ、それに合わせてライフルの出力を上げ、狙いを絞る。トリガーに指をかけーーー
『マドカ避けろ!そいつらは敵だ』
ノイズ混じりのチャネルに従ってスラスターを噴かせた。
コンマ数秒遅れて銀の翼から無数の弾丸が放たれる。合わせてライフルの引き金を引いて、拡散させてとにかく弾幕を張った。
「くっ……」
下へ回避した私を迎え撃つ様に、死神がそこにいた。右手にはあの鎌を、左で脇に抱える様にオータムをぶら下げている。
スコールはついさっき撤退すると言った。負傷者を回収しに来るのは当然だ、わざわざ情報を与える様な事をするはずがない。分かっていたからこそ警戒していたというのに……。
「………」
虚ろな目をした死神の搭乗者と目があう。私を見ている様で見ていないそいつは、何も言わずに真上に上昇していった。
「マドカ!」
「……ラウラ。助かった」
「無事のようだな」
チャネルで注意を飛ばした本人……ラウラがすれ違うように来た。
「楯無はどうした?」
「煙を晴らせるようにしてくると言って何処かへ行ったな。試合用の換気扇を回しに行ったんだろう」
「……そういえばそんなものもあった気がする」
安全の為か、それとも実戦を想定してか、アリーナはコンクリートや鉄などで舗装されず地面のままだ。弾丸が大量に飛び交い、低空飛行やホバリングなどでとにかく土煙が舞いやすい。電磁シールドと観客席で閉鎖されているここでは風が入ることもないのですぐに蔓延してしまう。そのための換気扇だ。そのサイズは家庭の比ではない。
「お前は、あの二機が敵だと知っていたが……」
「後で教える。今は白式を守るのが最優先だ」
……なるほど、最初から第四世代機が目的だったのか。織斑と篠ノ之という素人が使用しているから代表候補生と同程度に見られているが、ブリュンヒルデのように実力のある人間が扱えば現行の機体など軽くねじ伏せられる力がある。渡すわけにはいかないな。
ラウラと共に煙へ突っ込む。換気扇の効果が出てきたのか、嘘のように視界が晴れてきた。
「オルコット!」
「マドカさん、ご無事で」
「当たり前だ。織斑は?」
「すぐ近くにいますわ。シャルロットさんも」
「そうか。助かる」
見慣れた青……オルコットと合流し、織斑も発見できた。連中より早かったらしい。
周囲を警戒しつつ、センサーを睨む。狂っていたそれらは収まる気配を見せはじめてきた。煙も大分晴れてきたので、妨害される事ももうない。
「索敵頼む」
「ええ」
CBFに向けた高速パッケージのサイレント・ゼフィルスはセンサーの機能を落としている。比べて機能を強化したブルー・ティアーズならば私とラウラよりも適任だ。
「な……そんな」
そのオルコットが驚きを見せる。同時に完全に晴れ、驚愕した。
「亡国機業が……いない?」
織斑は無事だ、白式も奪われていない。狙撃でやられた凰、桜花、篠ノ之と楯無を除いた全員がここにいる。ちなみにあの、ディアブロスとかいうやつも。
「逃げられたか……」
ラウラの呟きは、やけに静かなCBF会場に響いた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「ってこと。前回はともかく、今回は負け」
後日、楯無によって集められた一年の専用機メンバーに対して、簡単な報告がなされた。周りはまだ慌ただしいが、聞かないわけにはいかない。
今日は振替休日なので、全員私服だ。学内なのに私服というのがなんとも新鮮だな。
件のCBFだが……開催に合わせてスコールチームは会場近くのホテルを複数予約。会場を中心とした半径十五キロメートル内の適当な場所を取り、潜伏していた。
レース中を狙って襲撃、狙撃によって破壊された電磁シールドの一部から侵入して私達と戦闘する。そして、死神の様な機体と、銀の福音が乱入して撤退した。
しかし疑問が残る。
「負け、というのはなんでしょうか……?」
デュノアが私の気持ちを代弁して楯無へ問いかける。
亡国機業との戦いは勝負や試合の類いじゃない。命のやり取りをする殺し合いだ。勝ちや負けで考えるのは少し違う。敢えて言うのならば、生き残り被害を抑えた私達の勝ちと考えられなくもない。
「世界で二機しか存在しない第四世代機の内、一機を奪われたとなれば、負けと言えるんじゃない?」
「は……?」
耳を疑う。が、自然とラウラが言っていたことを理解できた。既に奪われた後だから織斑を守れと言っていたわけか。
織斑の腕には白式の待機形態が嵌められている。
奪われたのは……。
「……」
篠ノ之の紅椿か。よりにもよって完成されている方とは。
「篠ノ之、誰に奪われた」
「……一人は知っている。銀の福音の、ナターシャという人だった」
「ナターシャさんが!?」
織斑の目が開かれる。ここにいる人間の中で唯一会話したことのあるこいつならではの思うところがあるんだろう。
「見間違いじゃないのか?」
「間違いなく本人よ。アタシと皇もそこにいたからわかる。残念だけど」
「そう、なのか……」
「じゃあもう一人は?」
「そっちなんだけど……」
PCのキーボードを数回叩いて、室内に取り付けられたプロジェクターが起動する。数秒もせずに、ブルースクリーンから一転した。
映っているのは不気味な一機のIS。肩や肘、腰に膝などの関節部からはボロボロの布がはためいており、隙間から剥き出しのフレームが見える。装着した人間の写真も合わせて映され、その少女は車椅子に座って本を読んでいた。
昨日見た死神だ。機体も人間も間違いない。
「オーストラリアの代表だそうよ。名前はレティ・フラン。両足の膝から下を生まれつき持たずに、義足で生活しているらしいわ。本人は嫌っているから車椅子を使っている、と」
「ということは、アレがオーストラリア唯一の専用機《ナイトメア》なのか?」
「そうなるわね。一度だけ、私も話したことがあるし」
「どんな人なんですか?」
「そうねぇ……とにかく無口。何もかも興味がないって感じ。でも優しく子」
「ナターシャさんもそうですけど、なんで亡国機業に……」
「さぁな」
何故、それは現状気にしたところでどうにもならないことだ。兄さんの事だってそう。私は兄さんでもなければフランとかいう代表でもない。事情なんてわかるものか、私は本人じゃないんだからな。
「考えたところで答えが出るわけじゃない、考えるだけ無駄だ」
「半分同意ね。レティ・フランは私で調べておくから、今は置いておきましょう」
キーボードを操作してプロジェクターを切った。
「聞きたいことがあるから、わざわざ休みの日に集まってもらったのよ」
手元にある一枚の紙を眺めながら、楯無は話を進める。
「簪ちゃんと箒ちゃん、篠ノ之博士に何か変わったことは? 自分の傑作を盗まれたとなれば怒りもしそうな気がするけど」
「私は…わからない。電話しても出なかった」
「同じく、です。電話もメールも返事はありませんでした」
「うーん…実況で来てたのに、織斑先生も気づかないうちに姿を消した上に妹と弟子に連絡も無し。織斑君は?」
「えっと…俺も特には」
「そう」
ペン立てからボールペンを抜いて紙に何かを書き込んだ。ペン先をキャップに納め、つまむように持ったペンを揺らしながら続ける。
「じゃあ―――」
「はろはろー。箒ちゃんとしゅーくんいる?」
「姉さん!?」「束さん!?」
ノックも無しにガラリとドアを開けて現れたのは、話題の篠ノ之束だった。
「無事だった?」
「え、ええ。それよりも、後ろの人は……?」
中に入ってきた篠ノ之束に続いて、後ろにもう一人。
身長は同じくらいか。黒髪はたなびくように長く、癖は全く見られず毛先はまっすぐ腰まで届いていた。しっかり出るところは出ており、スタイルはやはり良いようだ。全身を大小のラインが入ったISスーツで身を包み、顔を全て覆う仮面をつけている。
怪しい。その印象は覆せそうにない。
「んふふ……誰だと思う?」
「いや、さっぱりなんですけど」
「だろうねぇ。でも、彼女はしゅーくんのことをよぉく知ってる人なんだよ?」
「え?」
「これもうとってもいい? 真っ暗で見えないんだけど?」
「いいよー」
「その仮面見えないんだ……」
ツッコミをスルーして、怪しい女は右手をゆっくり持ち上げて仮面に手をかけた。左手を後頭部へ持っていき、結んでいた紐をほどくと、すっと仮面を外した。
「なっ……!」
私も含めて、楯無でさえ、誰もが息をのむ。
この女―――
「初めまして、かな? 織斑千春です」
織斑千冬と瓜二つだ。