無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 今回もごり押ししてます。申し訳ないです。

 それにしてもワンサマの出番が無いなぁ………



6話 「蒼乃姉さん」

「ふぅ……」

 

 溜まっていた書類を片付け、一息つく。俺の秘書を務めている天林から緑茶を貰ってズズズズと音をたてながらゆっくりと呑む。最近はこの一瞬がとても気にいっていた。

 

 17代目楯無襲名式の際に楯無様が曝露した森宮の実態。天林に調べさせたが、ほんの数人(・・・・・)が行っていたらしい。森宮だけでなく、更識本家にまで影響力をもつ者達が、一夏を失踪させ実験道具にする為に色々と手を回していたみたいだ。権力にモノを言わせて家の者には無視するように言い、他の家には「森宮一夏は全く使い物にならない」という情報を流していた。1ヶ月だけ楯無様と簪様につかせていた時の事はよく知られているので、信憑性は高かった。

 情報を流した結果、“森宮”が悪く見られる様になったが、一夏自ら任務に就くのを認めた(認めざるを得なかった)事が影響し、その視線が“一夏”へと向き、全てが彼らの思惑通りに動いていた。

 逃げ出すなら捕まえればいい、死んだのならそれはそれで利用価値がある。生きたまま捕まえられたのなら最高だ。そういう事だ。

 

 幹部会の決定を待たずして、この事を知った俺はこいつらに相応の罰を与えた。これでもかってくらいに酷い奴を。そして俺自身も罰を受けた。

 

 原因は俺が家に居なかったことだろう。任務を他の者に任せて、俺は企業側の責任者の一人として動いていたので、家に帰るのは月に2回程度だった。こまめに情報と一夏の状態に関する報告を受けていたが、それを改竄するのは容易だ。

 帰ったところでやることだらけだった。一夏の為に時間を作ることもできず、ろくに話せなかった。

 

 “もし俺に時間の余裕があれば……”。そう思うようになった俺は、本家に無理を言って出勤の時間を減らしてもらった。以前にまして忙しくなった気もするが、それ以上にゆっくりする時間ができた。肩こりもよくなった気がする。

 

 とはいえ、こうして無理に時間を作っても肝心の一夏は家には居ないが。

 

「もう1年か。時間が経つのは早いな」

「そうですねぇ……楯無様はあっという間にロシア代表になってIS学園に進学。簪様と一夏君は中学3年生で受験シーズン入り」

「で、“あの子”はIS学園で2年生か。日本代表を勝ち取ったというのに生徒会長のイスを蹴っ飛ばすとは……相変わらずのヤンデレブラコンっぷりだな」

「私もその時は驚きましたよ。でもなんで生徒会長にならなかったんでしょうか?」

「去年の夏休みも冬休みも一夏は楯無様の指示で長期任務に出張っていてな。1年会っていないんだよ。多分禁断症状でも起こしてるんじゃないか? 更に生徒会長になってみろ、忙しさとストレスでぶっ壊れる。長期休暇もたいしてもらえないだろうしな」

「要するに“お嬢様”は忙しいのが嫌なんですね。加えて一夏君に会えなくてストレスも溜まっていると」

「そうそう。“あの子”はちょっと自己中心的なところがあるからな」

「ふぅん……お父さんは私の事そんなふうに思ってたの……」

 

 ぴしっ

 

 今のこの場に居るはずのない“娘”の声が後ろから聞こえた。ゆっくりと首を回して後ろを見ると、“娘”は無表情で俺を見下ろしていた。

 

「あ、蒼乃お嬢様……おかえりなさいませ」

「うん。ねえお父さん、許してほしかったら一夏を呼んで。1ヶ月前に送った手紙に書いてたよね、今日から3日間は家に帰るって」

「な、何の話だ? 俺は手紙すら貰ってないぞ?」

「えっと……当主様宛の手紙はこちらでは?」

 

 天林は懐から取り出したのは透明のビニール袋。その中にはシュレッダーにかけられて糸くずのようになった紙が入っていた。

 ………まさか。

 

「見やすいように当主様のデスクに置いていたのですが、他の要らない書類とごちゃまぜになったみたいで、一緒にシュレッダーにかけられてしまったのです。掃除をしていた時に中から切手のようなものが入っていたのでもしかしたらと……」

「………一夏、今は本家に居るのよね?」

「はい。ですが今日は政府御用達の倉持技研まで行かれています。簪お嬢様が日本代表候補生に選ばれて専用機を与えられるので、それに関する話を聞きに。一夏君は簪様の護衛として一緒に」

「そう。お父さん」

「な、なんだ?」

「死刑」

 

 ぐーで殴り飛ばされ俺は意識を失った。

 次に目が覚めたのは真夜中で、庭の木にミノムシのように吊るされていた。

 ………誰か降ろしてくれてもいいだろっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう緊張されなくても大丈夫ですよ。話を聞くだけですから」

「う、ぅん」

「………」

 

 ため息を飲み込む。今日は朝からずっとこんな感じだ。実際にISを動かすわけでもないのに、ずっとキョロキョロしてばかりだ。従者として、主人にはもう少ししっかりしてほしいと思う。楯無様もしかり。俺ができないと分かっていながら色々と押し付ける。悪意は感じないし、ただからかっているだけなのは分かるが、疲れるので止めてほしい。

 

 1年前から本家で生活しているが、俺は色んな意味でこの姉妹に振り回されている。楯無様が全寮制のIS学園に進学してもそれは変わらなかった。

 

 しばらく待合室で人を待ちながら簪様を落ちつかせる。

 それから少し経ってから人が来た。

 

「いやぁ、お待たせしました。私はここの責任者の1人、芝山と言います。本日はどうぞよろしくお願いします」

「は、はい。更識簪です。よろしくお願いします」

「護衛の森宮です」

「では行きましょう。研究所を案内がてらお話します。これからはここによく来ることになるでしょうからね」

 

 芝山さんを先頭に歩きだす。

 

 ここの工場では細かなパーツからISの装甲までの全てを作っているわけではない。ここでは実験的に作られたものや、全く新しいものなど、とにかく最先端のモノが作られているらしい。

 それを地下の実験室で実験したり、各専門部署で計測したりと、様々な方向から研究しているそうだ。

 

 ベルトコンベアーで物が運ばれていく所などなかなか見られるものじゃない。面白い、とまでは言わないが、退屈はしないと思いながら歩いていた。

 簪様はやっぱりガクブルしたままだ。なんとなく、昨日の楯無様との電話を思い出した。

 

『簪ちゃんはどう?』

『あうあう言ってます。本音様が付いてますが、明日が心配です』

『やっぱり? 簪ちゃんアガリ症だもんねー。多分施設見学とかしてる間でもガクブルしてたりするかも』

『私はそのまま重要な話を聞き逃してしまいそうで心配です。私は覚えられませんから』

『もしそうなったら……ていうかそうなるから、頭を撫でるか手を握ってあげたらいいわよ。こうかはばつぐんね』

『はぁ……わかりました。メモしておきます。念のためにボイスレコーダーも用意しておきますが、持ち込めますかね?』

『一般開放されているエリアなら大丈夫。そこから先は多分駄目ね。なんとかして簪ちゃんが聞ける体勢を作ってあげて』

『かしこまりました』

 

 今ここでこの会話を思い出したのは奇跡という他ない。さっきから芝山さんは施設の紹介しか話していないので、専用機の話は奥の方でするのだろう。楯無様の言う事が正しいならボイスレコーダーは持ち込めない。書類を持って帰ったところで理解できないところだってあるだろうが、学園の入試に向けてもう一度倉持技研まで行くというのは時間がもったいない。

 つまり、ここで簪様の緊張を解かねばならない。

 

「ぁぅぁぅ……」

 

 しかし、ここでもし簪様の逆鱗に触れたとしたら?

 まちがいなく俺は死ぬ。社会的にも肉体的にも精神的にも。以前よりも数倍恐ろしい実験の日々が待っていることだろう。

 

「あばばばばば………」

 

 ………はっ! いかん、俺がガクブルしてしまっていた。

 

 と、とにかく、緊張をほぐさなければいけない。俺に良い案が思い付かない以上、楯無様が言った通りの事をするしかない。

 

 ゆっくりやってはいけない。素早く、それでいて傷つけないように優しく頭に手を置いて撫でるのだ。………やるしかないか。

 

 覚悟を決めて手を伸ばそうとした時、警戒範囲にものすごい勢いでこっちに来るよく知っている人間を探知した。俺が知っている人物の中で、建物の中をこの速度で突っ走るのは1人しかいない。

 振り向いたその瞬間、白い何かが俺に飛び込んできて抱きついた。

 

「久しぶり、蒼乃姉さん」

「うん」

 

 森宮の直系、俺の姉、森宮蒼乃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもお姉ちゃんと比べられてた。

 何かあるたびに周りの人たちは「それに比べて……」って言う。私が居るからお姉ちゃんが光って見える、とか言う人もいたくらいだった。

 

 私は自分で見てもお姉ちゃんに凄く劣っていると思ったことはあまりなかったりする。学校のテストの差は10点以内、お姉ちゃんも私も学年1位、料理だってレパートリーは少ないけど同年代の子の何倍も美味しく作れる。

 どれだけ一生懸命頑張っても、学校の先生や友達、クラスメイトが凄いって言ってくれても、更識の人達は絶対に褒めてくれなかった。褒めてくれるのはいつもお姉ちゃんとお父さんお母さんだけ。

 

 色んな事が嫌だった。お姉ちゃんは気にしちゃダメって言うけど、それは無理な話。頑張ることを止めようとした時、一夏に出会った。

 

『よろしくお願いします』

 

 その時の私は一夏の事をよく知らなかった。考えられないような酷い目にあってるのよ、ってお姉ちゃんが言っていたのを聞いただけ。だから白い髪と色の違う目を見た時、ちょっと気持ち悪いって思った。

 

 話しかけても「はい」とか「いいえ」って応えるだけ。何も言わないし、何もしない。そのくせ何もできない。私よりも何もできないくせにクールぶってる男子、それが一夏の印象だった。

 

 その印象が180度ガラリと変わる出来事が起きた。

 

 たいして面白くないヒーローアニメを見ながらボーっとしていた。

 何度もやられて、それでも立ち向かって、最終的には敵を倒す。特撮アニメに言う事じゃないと思うけど、とても単純で絶対にあり得ないことばっかり、それでいて何も考えていないような、苦労も何もないシンプルなところが私は嫌いだ。でもこの時間帯はニュースばっかりだから仕方なく見ていた。

 

 それが終わったらいつも宿題の時間だ。テレビを消して部屋に戻ってプリントを広げる。今は夏休みだから怠けないように毎日朝2時間するようにしていた。

 

『………わかんない』

 

 まったく分からない問題がでてきた。中学生の問題だって解けるのに、まったくと言っていいほど分からない。(あとから分かった事だが、先生がプリントをミスして印刷したらしく、やらなくても良かったらしい。私が聞いていなかっただけ)

 

 ……あまり気は進まないけどお姉ちゃんに聞こう。

 

 私がお姉ちゃんを遠ざけているので、私たち姉妹の仲はあまり良いとは言えない。でも、勉強は大事だし、何としてでも知りたいという欲求が勝ったので、お姉ちゃんを探すことにした。

 

『ここに来る前の事教えて』

 

 家中を探しまわっていると、隣の今からお姉ちゃんの声が聞こえてきた。ふすまをこっそり開けると、お姉ちゃんと一夏が宿題をしていた。

 

 お姉ちゃんもあまり一夏と仲が良い方じゃないのに、どうしてそんなことを話すんだろう?

 

 そう思ったが、私も一夏の過去には興味があったので、黙って聞くことにした。気付かれてないみたいだし、このままじっとしていよう。

 

 そして知ったのは軽い気持ちで盗み聞きしてしまった後悔と、今まで絶対にあり得ないと思っていたような人生。唖然としていた私は時間の流れも忘れて、気がつけば夜になっていた。何も考えたくなかったので、部屋に戻ってそのまま寝ることにした。

 

『おはようございます』

 

 起きるとすぐ横に一夏が正座で私を見ていた。

 

『……なんで、いるの?』

『私は刀奈様と簪様の使用人としてここにいます。刀奈様は体調が優れないらしいので、そっとしておくように言われました』

『そう……』

 

 お姉ちゃんもショックだったんだ、あの話。当たり前だよね、本人からそんな生々しい話を聞かされるんだから。

 私がお姉ちゃんだったらイヤイヤ言いながら泣き叫んでたと思う。

 

『……ねぇ』

『何でしょう?』

『昨日言ってた事って本当なの?』

『刀奈様に話した事でしたら全て本当ですよ。ふすま越しに聞かれていたのでしょう』

『!? ……うん、ごめん』

『お気になさらず。言っておきますが、この髪も目もその実験で変色したもので、生まれた時からではありませんよ』

『え? なんでそのことを……』

『視力や聴力などが異常に発達しているので、なんとなくわかるんです。何を考えているのか。これもクスリ漬けがもたらしたものです』

『……ごめんなさい』

『?』

『あなたの事、気持ち悪いって思ってた。髪とか目とか、話し方とか、無表情なとことか何にも知らないとことか。あなたのせいじゃないのに……』

『大丈夫ですよ。もう慣れました。言われることにも、この身体にも』

『嫌、じゃないの? 慣れるなんて』

『嫌いになれないんですよ、比べることができませんから。慣れるしかないんです。それに、これもいい所はありますよ。さっきみたいに色々と鋭くなってますし、身体も思った以上に速く動きます』

 

 理不尽なことにもめげずに、受け入れ、生きていく。

 それは昨日の朝に見た特撮アニメみたいな、絵に描いたヒーローみたい。私はそのシンプルさがとても嫌いだ。

 

『嫌な方が多いんですけどね』

 

でも、それ以上に悪を倒す正義のヒーローはかっこよくて大好きだ。

 

 お姉ちゃんだけを見ていた私とは違って、一夏は目に見える人全てが壁なんだ。それでも頑張ろうとする姿に、私は憧れて、いつも一夏を目で追うようになってた。

 

この1年で色んなことを知った。

 

 ちょっぴり自分本位なところ。無表情だけど心の中では感情豊かなところ。料理と掃除が得意で家庭的なところ。そして更識が嫌いなこと。

 

 それでも一夏なりに私の事を助けようとしてくれたり、励まそうとしてくれる。そうしなければいけないからっていうのもあるだろうけど、自分じゃない誰かを――お姉ちゃんや私を優先してくれるところ。

 

 きっと私は一夏の事が大好きなんだと思う。ううん、大好き。

 

「あ、蒼乃…さん?」

「ん。久しぶり」

「ホントだよ姉さん。1年ぶりかな」

「1年3ヶ月23日15時間21分11秒ぶり。大きくなったね。髪も目も前より綺麗になった。身体もしっかりしてるし、18歳になるのを待つだけね」

「………なんで?」

「結婚」

「だ、だめっ!」

 

 お姉ちゃんや蒼乃さんには負けない。一夏には私だけのヒーローで居てほしいから。

 

「………」

「………」

「………どうなってるんだ?」

「さぁ……しかし、森宮さんも隅に置けませんねぇ。両手に花ですか」

「?」

 

 私と蒼乃さんの睨みあいは2人を放っておいてしばらく続いた。

 

 




 「sola」という作品を御存知でしょうか? ガンダムオンリーだったトマトしるこをこの世界に引き込み、萌えぶ……オタになるきっかけとなった作品です。自分の考え方もずいぶんと変わりました。
 蒼乃はその作品のヒロインです。主人公の実の姉で2人暮らし。たった1人の家族であり弟の主人公を溺愛しています。もらったプレゼントは全て大切にしておき、ほつれたり壊れたりしていればしっかりと直していく。無口で無表情、全ては弟のために。そんなヤンデレブラコンなお姉さんです。

 せっかくss書いてるんだから、何とか姉さんを出したい。そう思ったので出しました。
 主人公の名字を姉さんに合わせて“森宮”にして、姉さんと同じ舞台で活躍させるためにものすごく若返ってもらったりと。

 というわけで、姉さんにはものすごく頑張ってもらいます。
 姉さんかわいいよ姉さん。

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