やっとできた……
逃げる。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
サーペント二丁を振り回し、肩越しにオンブラのガトリングを叩き込む。翼に格納した可変式狙撃銃とラーヴァが銃口を覗かせ、後方の的を的確に射抜く。
私が到着した時は既にバリアは破られた後で、大量のBRが雪崩れ込んでいた。連中の先頭までみんなを連れたまま加速し、追い抜いたところで散開。背後にアリーナが見える程入り込まれた現地点が、絶対の防衛ラインだ。
再度張られたバリアのお陰で今のところ敵が増える様子が無いのが幸いかな。トンデモな数だけど終わりが見えるという希望が残っているから。
まぁ多分、みんなそれよりも……
「きひひっ。私のオカズにされたくなかったら死ぬ気でブチ殺していってくださいね? あぁ、一夏様以外を口に含みたく無いのでやっぱり愛犬のジャーキー代わりにして差し上げますから」
(うわぁ……)
桜花か怖くて仕方がなかったり、する。ジャーキーって、私達はおつまみですかそうですか……。
……冗談? はさておき、桜花のお陰で私達が戦えているのは事実。打鉄で一夏を圧倒した実力と、全て手のひらの上にあると感じさせる作戦。カリスマはさておき指揮はバツグンだった。
そんな彼女でも攻めあぐねている要素が一つだけ。
「出たな薔薇野郎!」
「ほう? 少しはマシになったようだな……!」
敵の指揮官らしき機体の登場と、軽く挑発された織斑君か勢いよく突っかかっていった事だ。
彼の機体の燃費はそれはもう劣悪な物で、とても長期戦になるのが見えている現状で敵指揮官に充てるようなタイプじゃないのだ。これがお姉さんの織斑先生であれば速攻斬り伏せるだろうから違うのだけど、彼はそうじゃない。
加えて、彼の雪風がばら撒く……妨害粒子? は電脳に頼る無人機相手には相性が良いから倒れられるとかなり困る。このままではガス欠で穴が空くわなんたらなんたらで最悪の事態が目に見えてきている。
「凰さん、何とか彼を止めて貰えません?」
「止めるよりあの薔薇野郎? ぶっ飛ばした方が早いわよ」
「仰る通りなんですけれども、止めて、頂きたいんですのよ」
今度はより強調した。文字だけ見ればお願いに見えるが、表情や雰囲気は有無を言わせない。指揮官らしく、やれと言っているのだ。
「……あんたの事だから、考えあっての事ってしとくわ。あんまり期待しないで欲しいんだけど」
「ありがとうございます。今度、ご一緒にお茶でもしましょう」
「ふぅん。いいわね」
「彼の奢りで」
「せこっ!?」
さりげなく織斑君を巻き込んで桜花は少し下がった。煮え切らない様子の凰さんはため息一つで切り替えて前に出る。
「秋介、下がりなさい」
「鈴。こいつには借りが……」
「さ、が、れ! エネルギー切れで困るのはアタシなのよ!」
「ら、ラジャー」
引きつった表情で返して、彼は入れ替わるように少し下がった。
「補給に戻った方がいいよ。隙間は何とかしておくから」
「あぁ、ありがとう。すぐに戻る」
そのまま踵を返して背後にあるアリーナへと消えていった。アリーナ自体にもバリアは張られているので、一度展開を解いて搬入口から入り、再展開してから補給装置まで飛ぶ。これで四往復目かな。
残りエネルギーを使って撒き散らされた雪風の粒子によって、ビクビク震えているところを私と桜花で次々と射抜いていく。凰さんは変わって指揮官らしき薔薇野郎と倒さない程度に切り結んでいる。
桜花が何を考えているのかはさっぱり分からないけど、彼女が考えていることを凰さんは何となく察しているらしい。
「ふん!」
「やあっ!」
ブレードと二振りの槍が鍔迫り合い時に火花を散らす。両者の間で見えない駆け引きが行われ、押して弾いて数合打ち合うと今度は射撃戦に。隙を見て懐に潜り込んでは打ち合う、これを繰り返していた。
こう言えば簡潔だが、繰り広げられている軌道はそんなに優しいものじゃない。
薔薇野郎はAC……しかもマルチウェイタイプを用い、凰さんは衝撃砲を応用した技術で独特な軌道を描いて食らいついている。
「甘いな」
そこで凰さんの動きを読み切った薔薇野郎は急停止をかける。両手で電磁加速砲を構えて引き金を引いた。
裏をかかれた彼女は青ざめた表情でその瞬間を眺め……不敵な笑みを浮かべた。
「そっちこそね」
態勢を立て直した甲龍はBRと真向かいになり、槍を握っていない左手を向けた。
「AIC発動! なんちて」
そう叫ぶや否や、叩き込まれるはずだった電磁加速砲の大口径弾丸はピタリと空間に貼り付けた。
「ほうほう。それも衝撃砲とやらの応用か?」
「まあね。ネタは明かさないけど」
「つれない奴め」
「そんな女いるわけないでしょ」
電磁加速砲を背負い、ブレードを構えた薔薇野郎が再び加速する。
「よくやるなぁ……」
「そうだな」
「ッ!?」
尋常じゃない力を背中に感じて、声に気付いた時は肺の息が無理矢理吐き出された後だった。刹那、視界が黒に染まるも直ぐにハイパーセンサーで復帰し姿勢制御。しかし間に合わず眼下にあったアリーナへと墜落した。流れ弾でバリアが脆くなっていたのか、接触した衝撃で割れ、中のグラウンドにクレーターを作ってしまった。
「くぅ……いったぁ」
「だ、大丈夫か?」
「なんとか。補給は?」
「もうちょい……」
「おっけー」
「おやめ下さい一夏様!」
「……そうだ、一夏!」
「は?」
さっきの声は確かに一夏だった、間違いない。 直ぐにスラスターを噴かせて空へ躍り出る。
「一夏」
「……」
夜叉はボロボロだった。
以前見たときに残っていた二枚のシールドはヒビが入り、欠けている。全身の装甲も同じく、ところによっては肌やスーツが見え隠れし、流れた血が光沢のない装甲を染めている所もあった。メットは割れ、白髪が少しだけたなびいている。
不思議なことに、ダメージレベルがDを通り越してE判定の損傷でも、背負った棺桶のような長方形のコンテナには傷一つ付いていなかった。中身が気になるが、それよりもここまでのダメージを与えた誰かに恐怖を覚えた。
「来たか!」
「あっ、ちょ!」
少し離れたところで切り結んでいた薔薇野郎が凰さんを振り切って一夏へと向かっていく。今までとは打って変わって嬉々とした声だ。電磁加速砲の銃口を夜叉へ向け、ブレードを肩に担いで迫る。
「久しぶりだな!!」
「……誰だお前」
撃ちだされた弾丸を苦も無く避け、上段から振り下ろされたブレードを、剣先が折れたジリオスで受け止める。
「む、忘れたのか? まぁそれも仕方ないか。当時の貴様は我々から見ても壊れていたからな」
「……あぁ、お前も施設にいたのか」
「そういうことだ、A-1」
「懐かしい様な、腹立たしい様な名前なことだな。そう呼ぶのは止めてもらおうか」
強引に拮抗を崩し、推力に任せて夜叉が押し切った。手首を返して電磁加速砲の銃身を切り裂き、返す刃で薔薇野郎のブレードを叩き落とす。
「貴様ァ!」
BRの膝が夜叉の腹にめり込み、メットの口があるあたりが血で濁る。流れるように右腕を引き絞り貫手を繰り出すも、持ち直した一夏は身体をずらして左手と脇で捕まえた。
「この……」
「邪魔だ!」
ジリオスを背面のシールドに預け、貫手を返す。尖った指がBRの装甲を食い破り腹部に突き刺さる。抉るように熊手で手を抜き、傷口をピンポイントで蹴りつけ、されるがままに薔薇野郎は地面へ叩きつけられた。
「ぐ…」
装甲の隙間から血が零れているのが遠目でも分かる。瞬時でボロボロになったBRを中心にオイルとまじった血だまりがじわりじわりと広がっていく。
強い。あれだけの傷を負ってもこの強さ。
周囲のBRなんて彼にとっては屁でもない。きっと、次は私たちを狙う。敵だとは思いたくないけれど、問答無用で蹴られたこともある。CBFの一戦もあるし…。倒すにしろ捉えるにしろ、現状は敵として対処しなければならない。
「勝てるかな……」
自分たちが学園を……人の命を守る最後の盾であるのだから倒れるわけにはいかないことは分かっている。でも、どれだけイメージしても、そんな未来が見えない。かといって引けるか、と言われても無理だ。専用機を託された義務が、使命がある。
残弾とエネルギー……よし。
『桜花、どうするの?』
『やるしかないでしょう。BRは指揮を失って固まった今が最良です』
『秋介は?』
『待って体勢を整えられては機を逃しかねません』
BRが動き出して攻撃してくる前が、桜花の考えるベストなのかもしれない。なら私はそれに従おう。どうせ、私も凰さんも、彼女以上の作戦が寝れるわけじゃないんだし。
『お二人で連携を取って動いてください。私は機体の性質上それが難しいので、後方で援護に回ります。前後を入れ替わる様でしたら、二人とも下がって下さい。まずは私が前に出てなんとか勢いを削ぎます』
『大丈夫、それ?』
『無問題です』
それきりだ、と無言で吐いて桜花は単身突撃した。桔梗を杖のように握り、忍冬の銃身下部のナイフを構え、《補食》を展開する。
夜叉はというと、私の方を一瞥して桜花に向き合い、真正面からジリオスで迎え撃った。
「一夏なら刻帝の機能をしってるんじゃ……わざと?」
「桜花が専用機受け取ったのって、夏の事件以降でしょ。多分、知らないわ」
「そう、なのかな……」
それはわかっているんだけども…釈然としない。一夏なら、亡国機業なら何らかの手段を使って知っているんじゃなかろうかと思ってしまう。考え過ぎかな、上手くいっているならいいのかな…。
視線の先のドッグファイトに変化が現れる。一夏が距離を詰めて力任せに桜花の体勢を崩した。
「しまっ」
万歳の状態で仰け反った無防備な桜花の腹に見事なボディーブロー。海老反りからくの字に身体が曲がる。
「桜花!」
飛び出した私たちを一瞬だけ視界に納め、夜叉のシールドが九十度回転し一発のミサイルを撃ちだした。反射的にガトリングで迎撃する。
瞬間、視界が真っ白に塗りつぶされた。
閃光弾!? しかも前のと違う!? ……でも!
「オンブラ!」
「ちっ」
継続してガトリングを斉射。照準はAIに任せてとにかく下がった。
ジリジリと目が焼けるような感覚が薄れていく。そろそろ視界も元に戻りそうだ。うっすらと目を開ける。
取り戻した視界には、ジリオスを握る一夏の姿。仕切り直しだ。
『大丈夫?』
『なんとか』
鳳さんのチャネルに桜花が苦しそうに返す。なんとかで済ませていい一撃には見えなかったんだけど。
『貫手でBRの合金を貫くのですから、些細な攻撃と思いましょうか。でないと、お先真っ暗ですわよ?』
『まぁ確かに』
『で、どうするの?』
『……』
一夏への警戒を怠らず、桜花の話に耳を傾ける。数秒間の沈黙を破って、作戦を語り始めた。
『三機、味方がこちらへ来ています。かなりの速度で。まずはそれまで持ちこたえる。合流次第、包囲して徹底した中距離戦闘で削る。絶対に近接へ持ち込んではいけません。間合いに入られることも同じです。全力で距離を取り、お互いの援護をしましょう』
まぁ、確かにそれが無難よね。というよりも、それしか攻略法を思いつかない。
『秋介は?』
『悪い。エネルギー供給系がイカレてるみたいで結構時間かかる。往復しすぎた』
『了解しました。ゆっくりで結構ですので、満タンでお願いしますわ。連絡が無い限りは、そのままで』
『わかった』
交信終了を合図に、私は引き金を引いた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「抜かれた!」
絶望的な知らせだ。ダリルが一夏に抜かれた、と。黒い星は狭まりつつある電磁バリアの穴をくぐり抜け、得意の爆発的な加速であっという間に点になった。
「待て!」
「行かせん!」
振り切らせまいと続こうとしたオータムを、マドカのライフルが道を塞ぐ。
アンバランスな三つ巴は、拮抗した学園と亡国機業のぶつかり合いへと様相を変える。
私達はどちらも通すわけには行かない。だが、一夏は捕まえたい。
スコール達亡国機業は、一夏を捕えたがっている。私達とは元々敵対であり、BRを送り込んだことからも分かることだ。
一夏は……わからない。が、亡国機業から逃げているし、私達にも銃を向けてくる。
状況は一夏の1人勝ちのようなものだった。逃がしたい訳じゃないけど、連中を通すわけにも行かない。私たちも追うことは出来なかった。
気持ちとしては追いたい。しかし、精鋭ぞろいの敵を前に、自分一人がいかに重要な戦力なのかを考えるとそうもいかない。いつもの様に、求められるリーダーとしての自分を貫いた。
が、良い意味で裏切られる事になる。
「追え更識!」
大場先生が一部の教員を率いて増援に駆け付けてくれたのだ。教師陣の防衛ラインから直線で駆けつけた三機と、潜水して私達と亡国機業を分断した三機の計六機。
注意がされた一瞬を見逃す私ではない。すぐさま反転して、閉じかけたバリアをスカートの端を掠めながら突破した。
「簪!」
続けて潜り抜けたマドカがシールドビットを飛ばして円を作り一瞬だけ修復を妨げる。さらに狭くなったその輪を、部分解除して身体を細くする事で簪はするりと抜けた。その後、ビットを解除した事で穴は完全に塞がった。
大火力で大穴を開けた一夏は既にこちら側。一応は分断されたことになる。あれだけのパワーを持った機体や武装はそうそう無いのだから。むしろあんなものがポイポイあってたまるもんですか。
『人魚姫』起動。負担は大きいがそんなことを考えている暇はなかった。二人を掴み最大加速で一気に後を追う。
そして現在に至る。
数任せの徹底的な中距離戦闘の末、一夏を追い詰めることになんとか成功した。と言ってもエネルギー切れまでひたすらジャミングと牽制を続けただけだが。
補給を終えた織斑を加えた全員が、一定の距離をとってアリーナの壁に背を預ける一夏を囲んでいる。
対する一夏はというと、背負っていたコンテナを両腕で護るように抱え、項垂れてーーー気絶していた。白髪が割れたメットから零れ、風で揺れている。ぴくりとも動かない。死んではいないが、暫くは動けないのはまず確かだ。
「取り敢えず…メットを剥ぎ取りましょうか」
「これが暗示を掛けている…んだっけ?」
「可能性だな」
「どっちでも構いませんわ」
桜花が一人歩を進め、一夏の前で片膝をついてメットを剥がそうと力を込める。が、どうやら取れないらしい。
「固定されてますわね。専用の工具が必要かもしれませんわ」
「工具、ねぇ。簪ちゃん、ない?」
「……うん、これなら、手持ちで何とかなるかも。でも時間がかかる」
「お願いしますわ。では、それまでの間は皆さんで守りを固めるということで」
必然的に関係の深い私とマドカ、桜花がそばに張り付くように立ち、距離を置いてリーチェとラウラが、その他はアリーナ上空で全方位に目を光らせる配置に着いた。
「向こうはどうだろうな」
「それって、先生達のこと?」
「ああ」
ラウラが腕を組みながら海の方角を見やる。リーチェはライフルを肩に担いで、視線を追った。
「あまり心配はしてないけどなぁ、私は。向こうで頑張ってるみんなもいるし」
「私だってそう思いたい。だが、連中の実力と機体性能は楽観視出来るものではないだろう? たとえ教官がどれだけ強かろうと、カスタムタイプの量産機では限界がある。教員全てが同じだけの実力を持っているわけでもない。数の差もまたそうだ」
「……バリアは破られるって?」
「私はそう思っている」
冷静に現状分析に務める。ラウラの言い分は尤もだ。私も同意見だし。
「いつ敵が現れるかわからん、警戒を怠るなよ。聞けば、連中は転送装置も持っているようだしな」
「素晴らしい。流石は大佐殿でありますなぁ」
その言葉を待っていたかのように、そのBRは現れた。堂々と、アリーナのど真ん中に。ラウラとリーチェの目の前に。
「ッ!?」
「腕も確かだ」
直後にBRがライフルの引き金を引く。かろうじてAICの展開が間に合ったラウラは見えない壁を張り、弾丸を防ぐ。落ち着いた男性を思わせる声は冷静なままだ。
「やれ!」
AICを一瞬だけ解除--静止した弾丸が慣性を取り戻す前に再び展開した--して、リーチェがエネルギーライフルのトリガーを引いた。
しかし、BRに届くまであと数センチというところで、エネルギー弾が拡散した。一瞬だけ黄色い膜が現れ防いだのが微かに見えた。センサー類はバリアと判断している。
おそらくは、ニュード技術を用いてISのシールドエネルギーを真似てみたのだろう。実際そうだとすれば、BRはISと同等のポテンシャルを秘めた純粋な兵器となるわけだが……まったく笑えない。
コアというブラックボックスに頼りきりなISとは違い、BRはISを参考に純粋にハイレベルな科学で作り上げられている。ニュードという有害物質を動力源としているが、製作者は十分にニュードに対して理解があるはずだ。
ニュード兵器の破壊力はよく知っている。電磁バリアに穴を開けたアグニ、ISのシールドエネルギーを一振りで全損させるティアダウナー……。
「待ちたまえよ。私は話をしに来ただけなんだ」
「貴様から仕掛けておいて何を言うか」
「先手を許しては話も出来ない」
「無断でこちらに上がり込んでよくも言えたものだ」
ラウラの威圧も問答も対して気にしていない様子。あれでは暖簾に腕押しだ。本人も理解しているのか、相手にされてないというのに涼しげである。
このまま任せてもいい所だが、生憎と時間が無い。馬鹿げた威力の武器を出されても困る。すり合わせるように指示を出して、簪の作業時間を稼がせる。
「…で、何の用だ」
「なんてことはない、
「は?」
………は?
「お、おい。今、なんて言った?」
「
な、なんで……。
なぜそのことを、知っている?