無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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62話 よくやった

「どういうことだよ、おいっ!」

 

 案の定、彼は怒った。当然と言えば当然。私達は彼に真実を隠していたのだから。

 

 対する当の本人達はと言うと、青ざめていた。簪に至っては手を止め、工具を持つ手が震えている。

 

 聞くところによると、私が編入するよりも前はよく発作を起こしていたらしい。原因は施設に収容される前の過去にあり、それを連想させるキーワードや相手を見ると暴れだしたり気絶したりと大変だった、と。記憶を失っても身体は覚えているという事だろう。

 

 マドカ達は、一夏が暴れ出すかもしれないことを危惧している。

 

 森宮一夏は、織斑一夏である。必然的に、森宮マドカは織斑マドカである事を一夏と弟の織斑は知らないからだ。

 

 そして、織斑が行方不明になった兄と妹を探していた事を、私は知っていた。

 

「どういうことも何も無い。事実だよ」

「ふざけんな信じられるか! 突然消えたと思ったら実は同級生でした? 馬鹿にしやがって!」

「それは本人達に言うといい。私に聞かれても困る」

「この……っ!」

 

 抜刀した白式の神速の踏み込みを無骨な剣で受け止めるBR。だが、勢いまでは受け止めきれず地面に二本の溝を作っていく。強引に鍔迫り合いを押し切った織斑が雪片弐型を振り抜いてBRを吹き飛ばした。

 

「なかなかのパワーだが……」

 

 スラスターを噴射して難なく着地したBRは……腕を組んで仁王立ちした。

 

「こいつ!」

「まだまだ」

「うおっ!?」

 

 それが合図だったかのように、上空から二人を隔てる地点にエネルギー弾が土埃をあげる。爆発のように大きなものではないため、織斑を呑み込んだそれは私のいる場所まで届くことは無かった。

 

 増援? それとも遠隔操作武装か? いや、何にせよ好機だ。

 

 向こうは織斑に集中していて私達に注意していない。データリンクで白式の位置はわかっている。ならばそれを避けて攻撃すれば何かしら当たるはずだ。

 

『織斑、動くなよ!』

 

 念のためにチャネルを飛ばし、レールカノンの砲身を微調整。二連続でトリガー。一秒と待たずに轟音が響いた。

 

「ちょっ、ラウラ!」

「心配するな、当てていない」

「いやそういう問題じゃないでしょ!」

 

 鈴が少しうるさいが無視だ。

 

 私達は数で勝っていても今回不利な点が多い上に敵は強い。量産型が壁を破ってここまで来れば数の差もひっくり返るのだから時間もない。更識は隠し続けた秘密の暴露で頭が追いついていない今、動けるのは私と事情を知らない鈴、ベアトリーチェだけなのだから。

 

 織斑が煙を抜けて戻ってきた。私と並び、左腕の荷電粒子砲を敵へ向ける。

 

「どうだ?」

「いや、当たってない」

「避けたか?」

「一発はハズレ。もう一発は防がれた。別のヤツに」

「何?」

 

 途端、土煙から三本の閃光が私へ向けて放たれた。並んだ白式が零落白夜のシールドを展開して防いでくれる。すれ違うように、レールカノンをもう一度放つ。

 

「き、効いた~」

「助かるよ」

「いいえー」

 

 出てきたのはBRだけじゃなかった。あれは……

 

「サザンクロス!?」

 

 ベアトリーチェの叫び声。BT三号機、サザンクロスが左肩に固定されたシールドを構えて、背後のBRを守っていた。シールドには二つの大きなひび割れた凹み。明らかに私のレールカノンを防いだ痕だ。上空からの一撃はこいつか。

 

「楯無、亡国機業の専用機は教官方が食い止めているはずじゃなかったのか?」

「さっきから連絡取れず、よ。広域の電波障害がかかってるわ」

 

 頭が痛い。敵に侵入されるだけでなくまさか本当に増援だったとは。

 

 状況で考えれば、電磁バリアーを抜けられている時点で甚大な被害が外側の仲間に出ている事になる。教員や残った専用機も例外ではない。無事か心配になってきた……。

 

 というか、そもそもどこから来た? ……そう言えば瞬間移動が出来たとか言っていたな。

 

「二機を抑えるわ。兎にも角にも、状況の確認よ」

「ああ」

「桜花。簪ちゃんをよろしく」

「はい」

「鈴ちゃんとリーチェは警戒しつつ援護。どこからともなく現れるわよ」

「OK」「はい」

 

 ガトリングランスを構えて私よりも数歩前に出る。

 

「先輩」

「私には、真実を話すことは出来ないわ。本人から聞きなさい。終わってからね。でも、アイツが言ったことは、事実よ」

「…はい」

 

 織斑も後ろ髪を引かれる思いだろうが、今だけは振り切った様だ。雪片弐型が刃を二分して刀身が新たに現れる。輝きは先程よりも一際強い。

 

「こ、困ったなー。何機相手にしないといけないんだろ…」

「もう充分よ」

「な…!?」

 

 真後ろからの声。気づいた時にはもう遅く、スラスターを全て撃ち抜かれていた。

 

(まずーーー)

 

 全ての推進剤がいっせいに起爆。私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ!」

 

 ラウラの全身を撃ち抜いたIS……アルカーディアはピタリとレーゲンに張り付いて、シャングリラを以て一瞬でラウラを戦闘不能へ追いやった。

 

 爆発に気づいて振り向いた織斑と楯無は額にシャングリラを突きつけられた上に細身の剣が足元へ突き立てられている。

 

 動けば撃つ。あるいは斬る。そう言っているのだ。

 

 私をニヤニヤと見てくるスコール相手に、私は歯ぎしりすることしか出来ない。

 

 織斑はともかく、楯無まで捕まえるあたりは流石と言えるが全く楽観できる状況ではない。全員が人質を取られたようなものだ。

 

 ライフルとビットを向けるだけで、それ以上は動けなかった。

 

「ははっ、いいザマだな」

「オータム…!」

 

 またしても背後から急に現れた。以前のアラクネとは似て非なる機体を纏って下衆な笑みを浮かべている。以前襲撃してきた時にかなり壊してやったから、改良したのだろう。

 

 やたらゴツいバックパックに、膝まで覆い背部へ伸びるようなスカートは機動性の高さを連想させる。

 

「アラクネ・バシリッサ。ISとBRの技術を重ね合わせたハイブリッドIS。こいつは……第三世代なんて目じゃねぇ、イメージインターフェースなんていらねぇのさ」

「ふん、適性が無いことを正当化したところで意味は無い」

 

 私よりもオータムの方が古株だった事は違いない。当然、サイレント・ゼフィルスもオータムが扱う筈だった……のだが、肝心のBT適性は低かった。対する私は公式の数段上を行く結果を残したことで、私に与えられ、オータムはそのままアラクネを使い続けたという経緯がある。サザンクロスをオータムではなく、アリスとかいう素人が扱っていることも同じ理由だ。

 

 まだ気にしているのか。つまらん奴だな。

 

「言ってな。コイツはお前のビットなんざ蝿見てえなモンだ」

 

 両の袖から柄がポップアップし、握りこんでレーザーブレードの細い刀身が現れる。そのまま右腕のブレードを振りかぶって向かってきた。

 

「くっ」

 

 ゼロ距離でシールドビットを展開。背中に数枚の壁を築いて距離を取ってもう一度マグネタイザーで決めてやる。

 

 振り向かずにビットを射出。

 

 しかし……

 

「がぁっ…!」

「焦ってんな? お前の考えがよぉく分かるぜっ!」

 

 初動を読まれていた私は、装甲が変形して多くのアームによって捕えられた。ビットはアームの内蔵火器で破壊され、身体がミシミシと悲鳴をあげる。

 このアーム、装甲が変形して現れてきた。アラクネ特徴のアームがなくなったのかと思ったが、装甲と兼ねて畳めるように改造したのか。厄介な……どれがアームかわからない。

 

 やばい……右腕部が限界だ、もたない……!

 

 ラウラは気絶。楯無と織斑はスコールに抑えられ、動けば撃つとの脅しに簪も桜花、リーチェに凰まで下手に動けない。ダメ押しにサザンクロスのビットが全員の額を狙っている。

 

 兄さんは……だらりと力なく倒れたままだった。

 

「ぐっ!」

「ははっ! いいザマだな!」

 

 バキン、と右腕の手首から肘までがひしゃげた。力を失ってライフルが手から滑り落ち、砕けた装甲の隙間からはオイルがこぼれ、配線が剥き出しにされる。

 

 無理矢理に引きちぎりられ、生身の腕が露出する。サイレント・ゼフィルスの二の腕だけが残り私の手が見えるというなんとも不格好な様相になってしまった。

 

「悔しくて声も出ねぇか? なんとか言えよぉ、エム」

 

 焦りで埋まっていた頭が一気に沸点を通り越す。兄さんを刺した奴と同僚として働いていた頃の、忌々しい名前は、私にとって消し去りたい過去の一つ。それを……。

 

「……その名で」

 

 あまり褒められない最終手段。ヘッドギアを除く全てのパーツを展開解除。生身同然で空中に投げ出される。落下が始まる前に両手足の反動で方向転換、オータムと向かい合う。

 

 全展開。同時にライフルをコール、槍のように構え左手でグリップを握り目いっぱいの加速と共に突き出す。

 

「呼ぶなぁぁぁぁあああ!」

「う、おおっ!?」

 

 完全に不意を付いた一撃。狙いは心臓。距離は一メートルを切った。

 

(いける!)

 

 そう確信して一層力を込めたその瞬間、真横から衝撃を受けて銃剣の切っ先が逸れる。

 

「なっ!?」

「ちいぃ!」

 

 心臓から逸れ新型アラクネのアームに突き刺さる。

 

(最悪だ…!)

 

 悪足掻きとばかりに引き金を引く。接射による暴発で銃身が悲惨なことになるも、腕一本を奪うことには成功した。が、先程の横槍が今度は私に直接命中し体制を崩してしまう。

 

 努力虚しく、再度新型アラクネのアームで向かい合うように捕えられてしまった。

 

「ったく、暴れんじゃねぇよ。てめぇらの負けだ」

 

 破損したアームをパージしたオータムが心底面倒くさそうにアームの握力を上げる。今度は生の腕を掴まれているので先程のような無茶は効かない。というより二度目があっても通用しないだろう。

 

「助かったぜ、フラン」

「……」

 

 ゆらり、と揺れるようにオータムと並んだのは、銀の福音と共同して紅椿を盗んだ死神のようなIS。不気味な鎌を肩に担いで、左手に銃身の長い無骨なライフルを握っている。

 

 レティ・フラン。邪魔したのはこいつか。

 

「がっ!」

 

 振りかぶった五本目のアームが横薙ぎに腹を打ち付ける。渾身のソレにモロにくらった私は抵抗も出来ずに吹き飛ばされた。

 

「マドカ!」

「ぐっ……た、助かる」

 

 アリーナの荒れた地面に叩きつけられる寸前の所で簪が受け止めてくれた。簪が受け止めた、と言うよりは簪目掛けてオータムが投げた、という方が正しいか。

 

「兄さんは?」

「……まだ」

「そうか…」

「お二人共、今はご自分の心配をされた方がよろしいかと」

 

 すっ、と桜花が空を指さす。簪と揃って指先を見て、絶句した。

 

「な……」

 

 ついさっきまで、何も無かったはずだ。私もそこにいたのだから。それは事実だ。

 

 アリーナ上空は一瞬で量産型BRで埋め尽くされていた。三機の専用機がよく映えるほどに。

 

 やはり、半ば信用していなかったが敵は瞬間移動でも出来るのだろう。バリアの外で仲間が戦っているとか、そういうのは連中にとっては関係ないのだ。制限の有無はさておき、行きたいところへ行けるのだから。

 

 なら、なぜわざわざ回りくどい真似をする? そもそもこれだけの物量と技術はどこから来た? 

 

 亡国機業とはなんだ?

 

「いやぁー、結構時間かかったね。でもよくやってくれた、隊長」

「いえ」

「話は後でね。ディアブロス、そいつら一箇所にまとめてて」

 

 割と最近聞き慣れた声が目の前のBRーー隊長と呼ばれる男との会話が聞こえてきた。そしてBRのドームが一部開いて外から一機のISが入ってくる。

 

 ディアブロス・バウ。いつかの亡国機業との戦闘で現れた謎の多い機体。その実、篠ノ之束の懐刀であり、織斑千冬の姉。

 

「織斑…千春……!!」

 

 そしてディアブロスの肩にはコスプレのような服を着た、タレ目の女が交互に足を揺らしながら座っていた。見間違うはずが、無かった。

 

「篠ノ之束ェ……!」

 

 たったの、ほんの1ミリでも信用した私が馬鹿だった。楯無や簪は知らなくても私だけは知っていたのだ。織斑という奴らの、篠ノ之束の醜さと本質を…。

 

 やっぱりこいつら、クズ野郎だ。

 

 怨嗟のこもった声も篠ノ之束は意に介してないとばかりに涼しげ。ディアブロスもキビキビと動く。ブレードを突きつけて滞空していた専用機達を指示通りに一箇所へと集めていく。淡々とした行動が更に私を苛立たせた。

 

「フラン、念のためにお願いできるかしら?」

「……」

 

 無言で頷いたレティ・フランはふわりと甲龍へと近づき、槍へと手を触れる。

 

「なっ!?」

 

 双天牙月が、消えた。衝撃砲を作る非固定武装も、リーチェのあらゆる武器も、奴のISが触れる度に消えていくのを、本人達の表情や焦る声でわかった。

 

(どうなってんのこれ!)

(アタシが聞きたいわよ!)

 

 そんな焦る二人を見ても何も出来なかった。丸腰で武器を突きつけられる二人に、それを人質にとられ尚且つ銃口を向かられる私達も。

 

 一仕事を終えたナイトメアはスコールの隣まで下がり、ディアブロスは再び肩に篠ノ之束を担いでその動きを止めた。隊長とかいう奴の前に立ち、私たちの正面に位置をとる。

 

「どういう事か、教えていただけますか? 篠ノ之束博士」

 

 楯無が問いかける。対する篠ノ之束は面倒くさそうに応えた。

 

「どういう事も何も、最初からそういうシナリオってことさ。はい、おしまい」

「学園へ来たこともですか?」

「そうだよ」

「私達は騙されていたと?」

「騙してないよ? 君らが勝手に想像してただけじゃん」

「あぁ、そういうわけですか」

 

 心底悔しそうに楯無が顔を顰める。篠ノ之束とのパイプを得た事に喜んでいたものの、信用していいのかどうかについては常に迷っていた様子だったから……余計に悔しいだろう。

 

「もういいかな? 凡愚に構ってる時間はないんだ」

 

 篠ノ之束は私達への興味を失い、視線を隊長へ向けた。

 

「博士、教員部隊は?」

「スコールチームとディアブロスで仕掛けて壊滅状態。全滅とは言わないまでも、追撃する余裕も無いだろうね」

「了解。あとは夜叉とコンテナ、白式の回収を残すのみか」

「そうだね。あとは各支部からの報告を待つだけさ」

「ふむ、丁度いい頃合か。では……」

 

 隊長が足を動かす。篠ノ之束を抱えたディアブロスの真横を通り過ぎ、先頭の楯無とわずか十五メートル地点で両足を止めた。

 

 ライフルとブレードとはまた違った武器を構え、銃口をこちらへ向ける。見慣れたソレによく似たそのライフルは、私が知っている物よりも二回りほど大きい。その火力も倍以上だろう。銃身がぱくりと開き、紫電が迸り薬室が温められていく。

 

 ブレイザーライフル・アグニの改良型、か。あれでは絶対防御も紙同然だろうな。私達を固めたのはその為か。

 

「撃てるかしら? 貴方の目的の一夏は後ろよ」

「撃てるとも。夜叉にはニュード拡散装甲が使われている。無傷とはいかないが、この火力でも即死は無いだろう。生きていれば、そいつは勝手に健全な状態に修復する。それについては、誰よりも知っているだろう?」

「………ッ!」

 

 ギリ、と歯ぎしりする音が聞こえてきそうだ。私も歯痒い。

 

「じゃあな」

 

 あっさりと、引き金は引かれた。

 

「このっ……!」

 

 先に動いたのは織斑。左腕の零落白夜の盾……ではなく、雪片弐型の等身を伸ばすことでアグニ改良型の砲撃を相殺していた。盾ではエネルギー切れの瞬間に真っ先に直撃することを避けての判断だろう。

 

「そら、どうした、その程度か」

「くそが……死ねるかよ……っ」

 

 左の武器腕で柄を握り、右の掌底で柄を押し込み、翼を広げスラスターを全開にしてたったの一機で拮抗していた。戦艦の主砲クラスの砲撃に耐えていると言えば伝わるだろうか。

 

「ぐぉ……っ」

 

 が、燃費劣悪なあの機体ではそう長くは持たない。既に限界が近いはずだ。しかし織斑が下がれば私達は恐らく一瞬で蒸発する。粘っている今、何か打開策を考えなければと思うが、既に詰みの状態で名案が浮かぶなど上手いこと行くはずもなかった。

 

「む、無理……!」

「下がりなさい!」

「ッ!」

 

 声をあげた楯無が白式の襟を掴んで強引に入れ替わる。引き絞った右腕には水を纏ったガトリングランスが握られていた。寸分たがわず、零落白夜が貫いていた一点を躊躇いなく突く。

 

 穂先の水が屈折とナノマシンの臨海稼働で砲撃を拡散していく。消滅せず幾条にも裂かれたニュードは私達の真横を迸ってアリーナを溶かしていった。

 

 人魚姫の推進力で身体を支え、槍を力の限り握る。

 

 ミステリアス・レイディの装甲の大半を担うアクア・ヴェールを全てランスの攻撃力へ変換する諸刃の剣。楯無の奥の手《ミストルテインの槍》。その臨海稼働だ。

 

「お姉ちゃん!」

「大丈夫、任せなさいって!」

 

 簪の叫びに、楯無はにかりと横顔で応えた。

 

「その砲撃、あと何秒持つのかしら!」

「ちっ…」

 

 チキンレースを仕掛けるつもりか。たしかにそれが銃であれば、必ず残弾が切れる瞬間がある。リロードは避けて通れないはずだ。つけいる隙はそこしかない。

 

 数秒間の無言の拮抗の後、砲撃は息を切らした。楯無は、歯を食いしばって耐えてみせた。ランスがまとっていた水は霧散してミステリアス・レイディへ戻ってくることはなく、ランスそのものもヒビ割れがひどく一合打ち合えば崩れるのは誰が見ても明らかだ。

 

 一撃を防いだとはいえ、もはや戦闘不能と言えるダメージレベル換算するならとっくにDだ。

 

「まぁ、よくやった方か?」

 

 それでも、奴を追い込むには至らなかった。アグニ改良型を二丁用意しているなんて、誰が考えるんだ。織斑と楯無が防いでいる間に二丁目の充填を始めていたのか……。

 

「今度は上手く死んでくれよ?」

 

 ショートして煙を上げている一丁目を適当に放り投げ、二丁目が楯無……私達へ向けられる。引き金に掛けられた指が、折り曲がっていく瞬間がやけにスローに見えた。

 

 ガチリ、と引き金が完全に引かれる。銃口の光が一層強くなる。

 

「させるかっ……!」

 

 考える前にはもう脚が動いていた。一歩右脚を踏み出し、再び右脚が地に着いた時はスラスターに火が入っていた。発射に間に合うかは分からない。だが、撃たせるわけにはいかない…!

 

 損傷のない左手を目いっぱい伸ばす。楯無の背中にようやく届くという瞬間に、視界に強大な緑が広がった。

 

 間に合わない。

 

 そう、諦めかけた。

 

「マドカ、よくやった」

 

 ふわり。頭をあたたかい何かが撫でて、黒い塊が私も楯無も置き去りにしてアグニ改良型の砲撃を受け止めた。

 

 


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