無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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63話 シナリオ

 バチン、と勢いよく全身に電流が流れた。緊急浮上してきた意識と、全身の痛みから自分が強打して気絶していたことを理解。すぐさま状況確認。

 

 夜叉。

 

 《はい。アリーナはスコールチームとカスタムタイプのセイバーによって包囲。現在はアグニ改良型の砲撃で危険な状態です。織斑秋介の零落白夜と楯無様の必死の防御で一射はしのぎましたが、どちらもシールドエネルギーは底をつき、楯無様に至ってはオーバーヒートで全機能停止。プランD、いわゆるピンチです》

「そうか……なら、ここからは俺達の出番ってことだな」

 《はい》

「えっ?」

 

 コンテナを壁に預けて、傷が付かないようにシールドで壁と挟む。ボロボロだが無いよりはマシだ。傍で庇う様に並んでいた簪様と桜花の間をするりと抜けた。

 

 《簪様、アラクネのメットを外してくださったんですよ》

(後でしっかり詫びと礼を言わないとな)

 

 そのまま一直線に駆ける。織斑を横目に、マドカの頭を撫で、主人の前に立つ。

 

「いち―――」

「失せろ」

 

 踵を立てて地面をガリガリと削って停止した瞬間に、超高密度のニュードが押し寄せてきた。間一髪というところで二射に間に合った俺は残ったシールドに全体重を預けて受けとめる。残った推進剤を全て使いきるつもりでブースターを噴かす。夜叉本体の加速性能はそこまで高くないが、だからといって使わないわけにはいかない。

 

 だがそれも数秒と持たずに終わりを告げる。

 

 《推進剤ゼロ、エネルギーも残りわずかです》

「シールドは?」

 《もって十秒。それ以上は融解します。どうしますか?》

 

 やはり無理があるか……。二人がかりでようやくしのぎ切ったと言うことはそれだけ照射時間が長かったってことだろう。だったらおんぼろの盾一枚なんてタカが知れている。

 

 本番はここからだ。

 

「痛覚切っとけよ」

 《やっぱりそうなるんですかねぇ……》

 

 次を考えている内に最後のシールドが解けていく。

 

「逃げて!」

「兄さん!」

 

 後ろから呼ぶ声が聞こえるが、今は返す余裕もない。逃げるなんて論外だ。守るべきものを守らずに自分だけ逃げるなんざ森宮失格。姉さんに笑われてしまう。それ以上に、自分の帰る場所が無くなってしまう。そんなことになるなら自分から死ぬね。

 

「ま、そんなつもりはサラサラ無いけどなっ!」

 

 シールドを構えていた左腕を伸ばす。右手は二の腕をしっかりと握りしめて固定し、左手を開いてシールド代わりにニュードを防ぐ。

 

 夜叉の装備は試験的に新物質ニュードを用いた物が多い。それに合わせて装甲にも対ニュード性を持たせるのは必然と言えた。薄いが硬い特性装甲はシールド程じゃないが、他のISよりは防いでくれる。

 

 《感覚ないのに身体が解けていくのって凄い怖いんですけど!》

「やかましい!」

 

 気を逸らした傍から左手がどろりと少しずつ液体化を始めた。いや、気を抜いたからってわけじゃないだろうけど。左手を固定していた右手も盾に回す。両手で防ぐと、少し安定した。

 

「きゃっ!」

「うお!」

 

 突如、背後から悲鳴。拡散したニュードが楯無様と織斑を掠めていったようだ。二人はもうエネルギー切れでマトモに動くこともできない状態、掠るだけでも十分に危険だ。近くに横たわるラウラも同じだろう。わりと織斑はどうでもいいが、楯無様はそうもいかない。

 

 被害を出すわけにはいかない。これ以上は特に。

 

「ぐっ」

 

 一歩。二歩。三歩。歩幅は僅か、しかし確実にカスタムタイプのセイバーと距離を縮めていく。どうせ同じ時間防ぐのなら敵に近いほうが動きやすいし、途切れた瞬間直ぐに距離を詰められる。下がるよりはメリットがあるはずだ。せめてアグニだけでも破壊しなければ。

 

(まずい……)

 

 左腕が先に限界を迎えそうだ。先にコイツだけで防いでいたらそうもなるか。かろうじて指らしきものが五本生えている事が分かる程度で、もはや手とは言えないほどぐにゃぐにゃになってしまった。舐め融かされた液体でまた装甲が融けていく。

 

 ………。痛いだろうが、これしかない。

 

 照射を受ける面を両の手のひらから左腕部の装甲一点に切り替え、右腕はアグニ破壊の為に温存する。そのまま歩を進めた。

 

 融ける。ただでさえ脆くなっていた左腕はすこしも持ってくれなかった。もう限界だった。

 

「ああああああああああああ!!」

 《マスター!?》

 

 だから俺の左手で受けた。常人と違って改造を受けている俺なら一瞬で炭化することは無いし、ニュードの毒性にも耐性がある。加えて尋常じゃない再生力。火事の屋内に飛びこんで燃えながら一時間近く救助活動した時も、時折炭化することはあったが直ぐに手足が生えたのでいけるはず。アレは火じゃないが全身やられるわけでもないので、おそらく耐えきれる。

 

 いや、死んでも耐える。

 

 じゅうじゅうと焼け、焦げていくのが良く分かる。久しぶりに嗅ぐ人の肉が焦げていくニオイ、ボロボロと崩れていく腕、そして次がら次へと正常に戻ろうとする身体。まるで拷問だ。苦しいなんてものじゃない。

 

 《マスター腕が、腕が焦げてます!》

「いいからセンサーしっかり張れ!」

 《は、はい!》

 

 自分にも言い聞かせるように激励する。気が飛びそうになるのを舌を噛んで引き留め、脚に力を込め、また一歩踏み出す。

 

 ふっ、と身体が前のめりになる感覚。わずか数ミリ程度の差だが、それだけで十分わかった。

 

 エネルギー切れだ。

 

「ふっ!」

「ちっ……!」

 

 大きく一歩を踏み、脚部がめり込むほどの力を込めて前に跳ぶ。地道に進んだおかげで最初よりも大分近い。形がかろうじて残っている右腕を振りかぶって、アグニ改良型の銃身を半ばから粉砕した。セイバーはエネルギーが切れた時点でアグニから手を離して下がっており、こちらへ電磁加速砲を向けている。間髪いれずに放たれた弾丸を、右腕を犠牲にすることで防いだ。

 

「ぐ……」

 

 堪らず膝をつく。脚部はさておき、左腕は焦げて肩から先が無い。右腕は欠損こそないものの装甲は先程の弾丸で破壊されてしまった。

 

「一夏様あああああああああああああぁぁぁ!!」

 

 この声は…桜花か。いや、桜花以外も同じような様子だ。声を失って口を手で覆い、あるいは両手で頭を抱えて目を見開く様な。

 

 だが、こいつはそういう様子も楽しんでいるらしい。待ってはくれなさそうだ。

 

「最後の悪足掻きといったところか。ははは、まったく、自分の方から来てくれるとは」

 

 ゆったりとした歩みで俺に近づき、地面を睨む俺の視界にBRの脚部が移る。根性焼きをくらった様な痛みに、右腕で左肩を抑えながら見上げる。額から角の様な装甲を伸ばし、赤い一つ目が俺を見下していた。顔は見えないが笑っているに違いない。

 

「博士、準備の方は?」

「………今終わったよ。いつでも行ける」

「そうか。なら早速始めてくれ。亡国機業の計画を」

「おっけー」

 

 篠ノ之束がキーボードをガガガガとおよそ見えない速度で入力し、ぴたりとひときわ大きいキーで人差し指を止めた。エンターキーのようなものか。

 

「んじゃ、亡国機業のみなさん。ビックなプロジェクトを始めようじゃないか」

 

 その一言を言うと、やさしくそのキーを押した。あまり変化は無いが、きっと何かが始まって、どこかで連中が動き出しているだろう。

 

「スコールチーム、制圧開始ー。ちゃっちゃと片付けて」

 

 その言葉に、仲間達が反応する。

 

「みんな逃げなさい! ここは私がなんとかするわ!」

「そんなお姉ちゃん無理だよ! 私はエネルギーにも余裕があるから私がやる!」

「一夏様一夏様一夏様一夏様」

「じゃあベアトリーチェ、アンタとアタシも足止めね」

「オッケー。マドカ、ラウラと先輩よろしく」

「……すまん、いくぞ」

「ちょっとマドカ!?」

「ごねるな楯無!」

「……アイツはいいのかよ」

「兄さんなら問題ない」

 

 武装の大半は潰されたか、フランのナイトメアが無力化しているはず。それでもまだエネルギーが残っている面々だけで時間を稼ぐ様だ。一部は完全にイカレているが……。マドカと楯無様が何とか壁を破壊して退路を確保するまで、俺も時間を稼ぐしかない。PICは生きてても、推進剤が空っぽ。せめて地上のコイツだけは俺が抑えねば。

 

 身体に鞭を打って何とか立ち上がる。

 

「了解博士。フランはコンテナの確保、それ以外は無力化させなさい」

「……」

 

 死神の様なISがゆらりと動いて滑るように、滑らかにバリケードの真正面に降り立つ。じゃき、と大きな鎌を展開し、仁王立ち。スコールの合図を待つ体勢をとった。

 

 顔を向けずに周囲の状況を把握しつつ、力を込めて立ち上がる。左肩がぼこぼこと音を立てながら膨らんできているので総時間もかからずに左腕は戻るだろう。問題はそのあとだ。

 

「制圧開始」

 

 スコールの一声で、亡国企業は動きだした。

 

「……は?」

 

 全力で、空を覆う無人機達を駆り始めるスコールチーム。フランは動かず、篠ノ之束は白と黒のISの肩に乗ってただディスプレイを眺めていた。まるで周囲の出来事は知っているかのように。突然の行動に、マドカ達もついて行けて無かった。

 

「………束博士、これはいったいどういうことか?」

「んー? どういうことって?」

 

 心底興味はありませんと言った様子。実際どうでもいいのだろう。

 

「スコール達は、なぜ、BRを破壊している?」

「なぜもなにも自分で言ったんじゃないか。亡国機業の計画を始めてくれ、と。録音だってしてるよ?」

「ふざけるなよ。これは我らが悲願の―――」

「我ら? あーごっめーん、亡国機業は私が頂いちゃった!」

 

 テヘぺろ! とわざとらしい効果音をつけて挑発する篠ノ之束。セイバーは驚いているのか声も出ない。

 

「どう、いう、ことだ?」

 

 にやり、と悪い顔をした篠ノ之束はISの肩から飛び下りて、眼鏡をかけて指さし棒をふりふりと揺らしながら歩きだした。

 

「私が君達とコンタクトをとったのはおよそ一年前。私は設備と資金が、君たちは私の技術が。双方の利害が一致したからこそ私達は協力することにした。量産したクーガーとシュライクに、君のセイバーと薔薇とか言う奴のヤクシャ。まぁ、他にも色々とBR造ってあげたし、もう充分じゃないかなーって」

「なん、だと?」

「だって君らの技術は全部頂いたからね、宇宙人さん」

「っ!? 貴様!」

「亡国機業。WW2から存在するとされる武装組織。その規模や戦力はテロリストなどという温いものではなく、一国家に相当するとも言われている。そりゃそうだよね、まったく技術体系の違う武装を使われちゃあ警戒せざるを得ない。君らの技術は非常に面白かったよ、凡人の割にはね」

「愚弄するか!!」

「境遇については同情しないこともないけど、手を出すなら話は別なんだよ。私はのびのびと好きなだけ研究が出来ればそれでいいんだ、家族や身内が無事ならそれで良いんだ。目下はISの発展と宇宙開発だけど、私が大切にしているモノ全てを脅かそうとするもんだから、そりゃ君らが悪い」

 

 ばき、と音を立てて指さし棒が折れる。ポロリと落ちた先端部分はくるりと一回転して、人差し指が空を指すように地面に立った。

 

「だから君らの地球侵略計画は邪魔なんだ。全力で潰させてもらう」

 

 そう言い着る頃には、篠ノ之束は俺の真横に立っていた。左腕も元通りだ。

 

「よく我慢したね、ここから先は我慢も遠慮もいらないよ。蹴散らしちゃって、いっくん(・・・・)

「了解です束さん(・・・)

 

 セイバーを睨む。俺の目と鼻の先にいたはずの奴は、束さんに詰め寄ったり、ショックであとずさったりとで少々の距離が生まれていた。

 

「夜叉」

「はい」

 

 いつの間にか、右手には夜叉が。展開は解かれており、専用のISスーツで俺は立っていた。

 

 身体は黒一色に白のフリルをあしらったゴスロリ服に包み、艶のある黒い髪を背中までたらす少女。大きく損傷していたからか、その服はボロボロで肌も斬った跡やあざが見られる。だが、筋を伸ばし瞳を閉じて少しだけこうべを垂れ、従者とは違う凛々しさは大和撫子を連想させる。

 

 俺が抱いていた、いつかの夜叉のイメージそのものが、隣に立っていた。

 

「やれるか?」

「はいっ!」

 

 そっと差し出した手に、夜叉がそっと手を乗せる。ぱっと全身が青白く光った夜叉は待機形態を装着していた首に集まったかと思うと、そこから全身に光が広がり身体を包みこんでいく。

 

 ゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと瞼を開く。

 

 ―――第二形態移行完了しました。

 

 そう、無機質な文字が出迎えてくれた。

 

「ばかな……セカンドシフト……!」

「さて、どうする? 大人しく捕まるなら考えてやらんこともない。アンタにはこれっぽっちとはいえ世話になったからな。簪様からは世話になった分はしっかり返せと言いつけられているもんでね」

「バカげたことを……!」

 

 スラスターを吹かして更に距離をとったセイバーは電磁加速砲を構えて俺に照準を定める。ロックオンされたことを示すアラートが鳴った。

 

「そうかい、なら―――」

「―――一夏を傷つける者は許さない」

「―――一応私の弟でもあるしね。束の敵である以上は逃がさないけど」

「……だ、そうだ」

 

 見慣れた鍔のない白木柄の刀が飛来して電磁加速砲に突きささり、ならばと抜いたライフルが手首ごと弾き飛ばされた。

 

 姉さん(蒼乃)姉さん(千春)だ。

 

「……知っているか、貴様を誘拐したのも売り飛ばしたのも、一家がバラバラになった原因が全て亡国機業にあることを! 貴様は知っているのか織斑(・・)一夏ァ!」

 

 織斑。

 

 今でも少し身構えてしまう名前だ。だが。

 

「知ってるよ。ちゃんと思い出したからな」

 

 恐れることは、無い。

 

「それから一つだけ言っとく」

 

 もう迷うことも、無い。

 

「織斑一夏なんて知らねぇ、俺は森宮一夏! 更識の剣であり盾! 森宮一夏だ!」

 

 少々小型化しつつ倍に増えた八枚のシールド全てに火を入れ、バーニアを噴かし、一息で懐に潜り込む。右腕を目いっぱい引き絞って、顔面に渾身のストレートをブチ込んだ。

 

 メットの破片を撒きながら吹き飛んだセイバーは壁に叩きつけられ、大の字にめり込んでぴくりとも動かなくなった。

 

「お前が何をどう思おうが知らないし興味もないけど、私がさっき言った通りだってことだよ。どういう事も何も、最初からそういうシナリオってことさ」

 


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