私は普段から※(時間経過)と〓(視点変更)を場面切り替えの際に改行と合わせて使っていますが、今回は新しく=(挿入)というものを使って見ました。
本文
=(一回目)
本文
=(二回目)
という構成になっており、二回目から下の文が、一回目に挿入される形になります。挿入分に関しては読まなくとも今後の流れには支障ありません。
ただ、少々大人な文になってますので、察した方や少し読んで見たくない等思われた方は素直にお戻りください。個人的に書きたくて、必要と思って書いたのです。挿入文について「書かない方がいい」「いらない」といった異論反論は受け付けませんのでご了承の上で読んでいただけると幸いです。
十分。それだけあれば無数に見えたBRも全て地に落ちた。アリーナの外にはきっとガレキの山が出来上がっているに違いない。それだけドタバタした戦闘でもアリーナの中にネジ一個の破片も飛んでこないところが、スコールチームの実力を物語っていた。
セイバーは墜ちた、視線の先で壁をベッドにしてだらしなくのびている。つまり、学園側の勝利だ。
「いっつつ……」
素手でニュード防ぐって思っていたより痛いな、二回目が無いことを祈ろう。夜叉も痛覚を切っていなかったらどうなっていたことか。
セカンドシフトによってより洗練された装甲越しに、まだ痛む腕をさする。
「一夏!」
「姉さんひさしーーー」
「腕は大丈夫? 指先まで動く? 肩も回る? しびれは? 火傷のあとなんて残ってない?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だって!」
瞬間加速で寄ってきた姉さんがぺたぺたと主に左腕に触りながら、全身くまなくボディチェックしてきた。この過保護っぷりは昔を思い出すレベルだ。近い柔らかいいい匂いの三拍子は今も変わらずドキドキする。
「俺は大丈夫だってば。身体は頑丈なんだしさ。それよりーーー」
「……まぁ、いいけど。大事にしないと、怒る」
「うん、ありがとう」
汗をかきながら慌てる姉さんを落ち着かせて踵を返す。向かう先は、膝をついてぽかんと口を開ける主君だ。
歩きつつ展開を解除。全身装甲の夜叉が光に変わって首元に集まり待機形態へと姿を変えた。黒いチョーカーに逆十字。デザインはそう大差なさそうだ。
楯無様の前で止まり、両膝を地につけ座り握り拳を膝に乗せる。十五度頭を垂れ、顔を伏せた。
「……一夏、そういう作戦だった。そういう事ね」
「はい」
それ以上は何も言えなかった。お嬢様の言う通りそういう作戦だったのだ。なら何を言う必要があるだろうか? たとえどんな理由があったとしても、たとえどんな事情を抱えていたとしても、護るべき存在を離れるどころか傷つけたのだ。従者として最低である。今すぐ死ねと言われてもおかしくないと思った。
正直怖い。俺を育て守ってくれた世界がいつか消えるかもしれないことが、まやかしかもしれない事が、自らの弱さが引き起こすのではないか、誰かの実験材料になってしまうのか……また、一人ぼっちになってしまうのか。思い出したその瞬間に、頭にこびりついた腫瘍がさらに重くのしかかる。心の中で大丈夫、主も姉さんも桜花もそんな事はしないはずだと強く信じても、拭えないままだった。だからこそ夏のBR戦では墜ちかけている。
―――だが。
「っ……」
「私の為と言うならこの一発で許してあげる」
「ありがとうございます」
一層深く、額が地につくほど頭を下げる。顔を上げるように言われ従うと、そっと、強く、楯無様に抱きしめられた。
「馬鹿! どれだけ苦しかったと思ってるの!?」
「す、スミマセン!」
予想だにしなかった大声に反射で身体が硬直する。あまり真面目な事で声を大にする人ではないだけに不意をつかれた。顔をボロボロのスーツに押し付けるように隠して、泣いている。
「一夏、これは命令です」
「は、はい」
「二度と、こんな事はしないで。私に相談も報告も無しに行動する事は許しません」
「……はい」
元よりそのつもりは無いが、仕方ない、か。なにせ”命令”なのだから。昔はともかく、今はとても"呪い"なんて思えないな。
「一夏!」
「兄さん!」
両サイドからの突進にさすがの強化された身体も軽い悲鳴を上げる。右からは簪様が、左からはマドカが。前に左右にそう締め付けられると苦しいんですが…。贅沢な悩みか。
「いっ……!」
「事情はきっちりと話してもらうから」
「それまでの埋め合わせも」
両側から同時にわき腹をつねられた痛みに耐えながら、なんとか苦笑いで返す。
こんなことやっといて言うのもなんだが、もっと、こう、あれだ、感動的な再開とかになってもいいんじゃないだろうか。え? 事情の説明をしろ? 先に言え? おっしゃるとおりです。
「にゃはは、さすがのスーパーいっくんでもそう囲まれると堪えるみたいだね」
「あはは……」
「博士……」
俺に許された最後の
更識。
スコールチーム。
代表候補生。
そして、織斑。
「篠ノ乃束博士。聞かせていただけます、私の配下を使ってまで何をしたのか。先日から今までとは間逆の行動をとってきたことへの説明を含めて」
「いいよ、いっくんとあおにゃんを借りた分くらいはしゃべってあげるよ。明日」
「明日?」
「今からしてもいいけど、このままじゃあキツイでしょ? 休む時間くらいあげるって。積もる話もあるだろうし、私は私で忙しいんだ」
じゃ、と一言だけ残してディアブロスにしっかりとホールドされてどこかへ飛んでいった。あっちは……立ち入り禁止区域だったはず。ラボに帰ったか。
「お嬢様、教員部隊と連絡がつきました」
「そう、織斑先生はなんて?」
「明日みっちり聞くから、そのためにも今はしっかり休め。だそうですよ。事後処理はあちらでやってくれるみたいですわ」
「それはありがたいわ……」
スコールチームと姉さんを除いた全員が満身創痍ときている。織斑はエネルギー切れだが、簪様合わせて無傷に近い。凰とリーチェの損傷は軽い部類で、フランのナイトメアが奪った武装も元に戻ったし問題視するほどじゃないだろう。桜花も大差ないか。
問題は他だ。ラウラはスラスターを全損、爆発の影響で全体的に損傷がひどい。楯無様のミステリアス・レイディはオーバーヒート状態で使い物にならないのが現状ときた。俺もセカンドシフトがなければ不味かった。
状況把握も大事だが、今求められているのは休息に違いない。
「ところで桜花、貴女驚かないのね。あんなに一夏一夏言っているのに」
「あぁ。私、知っていましたので」
「「はぁ!?」」
主が姉妹そろって素っ頓狂な声を出すところなんて始めてみたぞ。特に簪様は。何より視線が怖い。ウチは対暗部といっても一般的にはヤーさんみたいなもんだろうという認識はあったんだが……こうしてみていると二人とも主人なんだよなぁ。
それよりも、そんな視線をなんでもないようにスルーしてる桜花にはびびったが。
「さ、あちらの部隊と合流しませんこと?」
―――そんなことは考える必要のないことだった。ずっと前から、俺が拾われて、忠誠を誓ってから、ずっとずっと家族だったんだから。
※※※※※※※※※
午後九時。
「だぁーーー疲れた!」
数ヶ月ぶりの学園に、数ヶ月ぶりの自室、そして高級ホテル真っ青のふかふかベッドにダイブ。あーー、やっぱ天国だわここ。どんだけ劣悪な環境でも生活できる自身はあるが、やっぱりいい暮らしはしたいもんだ。味を占めると特に。実家に比べりゃどこだって天国か。
この数ヶ月間、本当に疲れた。撃墜寸前のギリギリの戦闘に始まり、まさかの主を騙し裏切る作戦に加担せざるを得ず(しかも姉さんが一枚噛んでいる)、自分の腹に風穴開けた女とその仲間と混じって連携とか死ぬかと思ったわ。精神が。
しかしまぁ、終わってしまえばあっという間だ。喉もと過ぎればってやつか。悩んだりする暇がなかったこともあるんだろうけど。
身体を起こしてストレッチしながら部屋を見る。俺が合宿前に整理したときと比べて少々散らかっているが許容範囲内、内装も大差なし。ベッドもシングル二つくっつけたなっちゃってキングのまま。俺の私物についてはノータッチか。妹は帰ってくると信じていたのか、それとも整理がつかなかっただけなのか。元々帰ってくるつもりだったからうれしいことだが、できれば前者であってほしい。
マドカは……そういや戻ってきてないのか。姉さんのおかげで俺だけ先に部屋に返してもらったから、まだかかるかな。
「ふぅ」
再びベッドに身体を沈める。
ひとまずの区切りはついた。これからどうなるのかはまだ分からないが、今までかそれ以上に苦しい戦場があるに違いない。なにせ相手は空の上から降ってくると束さんが言っている。地球上の連中の拠点は今日を境にほとんどが制圧されているだろうが、本拠地はまだまだ余力を残しているはずだから……大変だろうな。
まだしばらくは束さんの言っていた準備期間とやらで休めそうだが、あまり期待しないほうがよさそうだ。セカンドシフトした夜叉の完熟に、更識とスコールチームの仲介、コンテナの積み荷、学園生活やら両目やらとやることは山積みなんだから。
《大変でしたね》
「そうだな。大丈夫か?」
《ええ、愛のセカンドシフトのおかげで元気いっぱいですよ》
「それはよかったよ。にしても、今回は悪かった。かなり無茶させちまった」
《いいんですよ。私は大丈夫ですから》
にこりと微笑む夜叉が目に浮かぶ。
「そういやお前、なんか実体化してなかったか? 人の姿で」
《そうですね》
「どういう原理だよ。あんまり深く考えなかったけど、よく考えたらすごいことなんじゃないか?」
《割と》
「割と、って」
《理論の話であればありえない話ではないですから。確率はお察しですけど。ひとえに私たちの絆が成せる業ってことで》
「そういうもんか」
ISには無限の可能性がある。想像もつかないような進化を遂げる自意識を持つパートナーだ。だったらこういうこともあり得るんだろうな。
ヘッドギアを部分展開。現状のステータス確認。
全身の装甲はより洗練され、全身から伸びるブレードエッジは強度を増し、全体的には小型化した。四枚だったブースターとミサイルを内蔵したシールドも一回り小さくなったが、枚数は倍の八枚に増えたことで全体的な防御力と機動力が上昇。機体の小型化と装甲の再構築により速度に関しては第一次形態と比較して八十%増した。当然、シールド内側の武装固定用のアームも健在である。
全身のエッジ下部に内蔵されたリミッター機能は排除されることなくそのまま残った。たった一回だけ、しかも第一段階のリミッター解除しか使っていないが負担はかなりのものだった。できれば使いたくはないが……何があるか分からないのが戦場。この機能は最後の切り札と考えよう。
武装は変わらず如月製の武装がほとんどでニュード武器も健在。ただ、破損した左腕に直接取り付けたガトリングなんかはもちろん取っ払った。
デメリットとしては、やはり防御力。シールドが増えたことで柔軟なカバーが可能となっても、特殊な装甲を使っているとはいえ夜叉本体の装甲はそう強力ではない。それは無人機戦でも思い知ったことだ。コンセプトの全部避けるってところを尖らせた形になる、のか。まぁスタイルが変わらないのならそれでいい。早くなるならむしろ歓迎だ。
《チェックですか?》
「迷惑かけた分はしっかり働いて返さないとな」
《もう、そんなことを言う人たちじゃないですよ? コンテナだってあるんですし》
「それはそれ。単純に俺は剣であり盾だ」
しばらくアイセンサーと指を使って変更点を見つけては確認、比較する作業を続けた。それが終わったのはベッドにダイブしてから十五分後のこと。まだマドカが帰ってくる気配はない。先に風呂に入って寝てもいいんだが、久しぶりの兄妹の時間なんだから一緒に寝たい。正確には妹分に餓えている。
暇になったので部屋を漁る事にした。漁るって言っても泥棒まがいのことじゃない、単純にぐるっと一つ一つをじっくり干渉しながら暇をつぶすだけだ。
俺の私物……といってもいくつかの本にもらい物を飾っているだけだが、これは変化なし。引き出しの中身も同じだった。
マドカのテリトリーは……おっ、ぬいぐるみか。ねこのなんともいえないもふもふした感触は癒しだな。なによりかわいい。他にもウサギとか、一個だけライオンとか実にらしいものもあるが概ね年頃の少女って感じで安心した。しかし、しかしだ妹よ。浴室に干してあったあのセクシーな下着はまだ早いって兄さんは思うんだ。
《うわぁ……》
夜叉が引くってなかなかだと思うぞ、うん。いや、何か言うつもりはないんだけどな。好きなもの着ていいんだけどな。
ほんの少し、妹の未来を想像しつつ、腰を下ろして悩む俺であった。
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翌日、俺の部屋から何だかんだで集まった姉さん、マドカ、簪様に楯無様を含めた五人がぞろぞろと出てきた。揃って腰をさすりながらだった事と、女性陣が妙にツヤツヤで元気だったことからラウラから「おつかれ」と声をかけられ、桜花からは「次は私も」と迫られる朝を迎えたのであった。
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そのときタイミングよくピンポンとチャイムがなった。こんな日のこの時間に来客? マドカを訪ねてきたのか?
「はい。あいにくマドカは――」
「私」
「姉さん」
お客は姉さんだった。いろいろと追われていたみたいだけど、それが終わって寄ったってところかな。玄関に立ちっぱなしってのも何だし、話もあるだろうから部屋へ招いた。後ろ手に鍵を閉めてベッドに並んで腰掛ける。
「………」
「………」
どうやら特に目的があって寄ったわけではないらしい。なので俺から話題を振ることにした。
「姉さん、あの時はありがとう」
「?」
「ほら、無人機に囲まれていた時」
「……いい。当然のことだから」
ちょっとほほを染めてぷいっと顔を背ける姉さん。かわいい。うん、変わってなさそうだ。
あの時。
俺は急所をもらうすんでのところで駆けつけた姉さんに助けてもらった。
『一夏ッ!!』
白紙のナノマシンが作り出した壁が砲撃を防ぎ、その内側で俺は骨が折れそうなほど強く姉さんに抱きしめられた。
『良かった、間にあった……!』
あのときの姉さんの表情といったら、忘れられそうにない。心のそこから安堵した聖母のような顔を。
そしてそこに現れたのが、ナイトメアを駆るフランだった。まったく別の方向から、俺がいる海域めがけて全速力で飛んできたんだ。二人はあらかじめ示し合わせたように迎撃に移り、俺も含めた三機で瞬く間に全無人機を破壊した。
その後、姉さんとフランに黙ってついていった先が束さんの移動型ラボで、そこでまぁ作戦に加えられたわけだが……。
「それよりも、本当に身体は大丈夫?」
「うん。ありがとう、心配してくれて」
「良かった」
両手を顔の前で合わせてにっこり微笑む。ああ、いつもの姉さんだ。
やっと、日常に帰ってこれたんだ。
「一夏、よくがんばってくれた。とてもつらかっただろうけど」
「俺なら大丈夫だよ、更識のため、自分のため、姉さんとマドカのためだ」
「そう、そうね」
「姉さん?」
何か歯切れが悪い。先ほどとは一転して少し表情が曇る。
「一夏。一夏は自分でちゃんと気づけた。自分がどういう存在なのか、どう思われていたのか、どうあるべきだったのか。そして過去も乗り越えてここにいる」
「うん」
きっと姉さんは気づいていた。俺が自分でも気づいていなかった、心の奥底で捨てられるかもしれないと恐れていたことを。俺が織斑だったことも含めて、知った上で俺が成長できると信じて。持ち前の無能っぷりから期待にこたえられるのはまぁ遅かったんだろうけど。
俺は答えを出した。
「だったらこれからは自分も大事にしなくちゃダメ」
「分かってるよ。特攻とか捨て身とかそんなことしないって」
「分かってない。だったらあの時自分の身体を盾にしたりしない」
「あれは……仕方ないというか……」
「分かってない」
「いや――」
「分かってない」
「ハイ、スミマセン」
まっすぐに俺の目を見て、両手で俺の右手をそっと包む。真っ赤な双眸が、俺を貫く。
「約束できる?」
「……うん」
「間があった」
「するよ、約束する。無茶はしない」
「なら―――」
血よりも赤い紅は、とても美しくて、魅力的で、吸い込まれそうなくらい透き通っていた。
姉さんは左手で襟のネクタイを解いて、三つ目までのボタンを外し、右手で俺の右手をそっと意外と大きいふくらみにそっと導いて――
「ちょ、姉さ」
俺の抗議の声は左手を頬に添えられ瑞々しい唇で塞がれる。あまりにもびっくりしすぎて身体が跳ね、力んでやわらかい胸をしっかりと揉んでしまい、塞いできた唇から甘い声が漏れた。本能に逆らえず視線を下げれば、そこには人形のような白い肌、白のレースをあしらった黒の下着、右手の指を温めてくれる豊かな膨らみ。
「――誓って」
その一言で、長年踏み越えまいと強固にしてきた姉弟という鉄の理性がぷつんと切れた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「つか、れた……」
今日は本当にもう、疲れた。
いきなりここに向けて大部隊が押し寄せてくるし、迎撃にろくな準備も出来ずに出撃、兄さんにスコールにオータムにと次から次へと専用機が現れて、親玉が出てきたと思ったら全部篠ノ之束の手のひらの上で、しかも兄さんはともかく姉さんや桜花までそちら側ってなんなんだ。
よく分からないうちに兄さんは戻ってきたし誰も死んでいないから良かったものの……何がどうなってるのやら。
全ては明日、か。
はぁ。
「いやいや、ため息なんかついている場合か。今日から…今日から! 念願の兄さんとの蜜月がまた始まるんじゃないか!!」
そうだそうだ! 忘れてはならない! あれほど待ち望んだ兄さんとの生活が再開するのだ。お茶をいれて、ご飯も作って…ケーキもいいな。あとは……まぁ、二人で色々とできるんだ。
過ぎた時間は、より密な時間を過ごして埋めていこう。
よし。とガッツポーズで気合を入れる。意を新たに、大股で素早く歩き少しでも早く部屋に帰ろうと急いだ。
兄さんが先に帰っているのは分かっている。今日も含めて暫くは姉さんや楯無達も来るだろうが、仕方の無いことだと割り切って、いずれ来る二人きりの時間を謳歌しようじゃないか。
ドアの前で立ち止まり、深呼吸。
「よし!」
ドアノブを握ってまわ……らない。
それはそうだ、鍵くらいかけるか。
慌てずにポケットから鍵を取り出して……ん?
「ない?」
おかしい。何時もならスカートの左ポケットに入れているはずなんだが。念のために右も、上着の胸ポケットも探るがやはり無い。
………。
「あっ!」
緊急招集で慌てて出てきたから鍵を持って出てこなったのかもしれない。なんてまぁ不用心な事を……。
仕方ない、兄さんに開けてもらおう。
ノックを数回。ドアに耳を当てるが、人が動く気配を感じない。ならばとインターフォンを押すと、ドアの向こう側からドタバタと音が聞こえてきた。
「マドカ?」
「あれ? 姉さん?」
予想してなかったわけじゃないけど予想外だ。いるかもしれないとは思っていたが、まさかシャワーを浴びていた真っ最中だなんて分かるか。ろくに髪も身体も拭かずに水滴がポタポタと落ちているのが証拠だろう。
でもまぁそんなに珍しい訳でもない。前はそれなりに泊まってきたし、シャワーも勝手知ったるなんとやらだ。寮長ガン無視してた。
……それにしても、何か臭う。
「姉さん、何か臭わない?」
「そう?」
「うん。部屋からもそうだけど……姉さんからも臭う」
「うっ」
「兄さんも帰ってきたし、綺麗にしておいた方が……」
「そ、そうね」
珍しく慌てながら返事をする姉さん。私もこんなこといっておいてだが、鍵を忘れた自分が言えたことじゃないな。
「そうだ。姉さん、私も一緒にシャワーを浴びたい」
「え?」
ふと思い返せば、夏の事件以降姉さんが私の目の前に現れたのはCBFの時と、今日の二回しかなかったと記憶している。あっても三回。姉さんが近くにいる事はわかっていてもコミュニケーションをとることはついぞ無かった。
兄さんが帰ってきたなら姉さんも普段通りの生活に戻るはず。だったら姉さんとの時間の隙間も埋めていきたい。
「ダメかな」
「そういうわけじゃ、な…い……!」
困ったような様子で前を隠すタオルをぎゅっと握って小さくなっていく姉さん。歯切れが悪くなってどんどん声が小さくなったかと思うと、いきなりビクンと震えて、立つことが困難なレベルで脚が震え始めた。
「姉さん大丈夫!?」
「だ、だいじょう、ぶ……あっ」
もう一度身体が震える。崩れ落ちそうになる姉さんの両肩を支えてなんとか立たせた。いや、座らせた方がいいか?
一旦座ろう。そう言おうとして焦点を姉さんの足元に向けると、見たことの無いものを私の薬物で強化された目が捉えた。
内股になった姉さんの太股に、白と赤が混ざった液体がどろりと垂れてきていた。ピンク色かと思ったがそういう訳では無い。何か違う。混ざっているんだが、混ざってない。
こう、つつーっと、そこそこの速さで膝へ向かっている。途端、違和感を感じていた臭いが強くなった。
………まさか。
「姉さん? どうか、した………」
どうやら早速、濃密な時間を過ごすことになりそうだ。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
午後十時を過ぎた頃合。本来ならとっくに寮の門限は過ぎているが、今日の出来事からして織斑先生はまだ会議中とのこと。職員がゴタゴタしている中警備員に頭を下げながら堂々と門限を破って帰ってきた。
向かうは一夏とマドカがいるであろう部屋。やっと一夏が戻ってきてくれたのだから、話さないと損だ。お姉ちゃんもマドカも、同じことを考えてるだろうけど、寂しかったんだから心の隙間を埋めてほしい。というか一夏の仕事は先ずそれだ。
ガチャリとドアを開ける。
「いち―――」
目の前の光景に全身が硬直した。衝撃のあまり脳が理解を拒もうとしているが、それが事実なのは疑いようのない事なので次第に咀嚼され……顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
「わ、わわ…」
金縛りが解けるや否や両手で顔を覆って目を閉じる。回れ右。全速力で部屋を飛び出そうと身体を前傾して右足を踏み出した。
「きゃ!」
「まぁ待て簪」
「ま、マドカ…」
さっきベッドに腰掛けていたのになんで私の前にいるのとか、目がいつもよりおかしいとか、せめて服を着てほしいとかは頭の隅に置いて振り切ろうとしても力が強すぎてまったく抜け出せない。一夏程じゃなくても、マドカだって立派に(?)強化人間なのだからとうぜん何だけどそこまで頭が回らなかった。
「見られたからには仕方が無い」
「え、え、え?」
「さぁ来い」
「ええっ!?」
「キッチンベイビーだ」
「わけがわからないよ!?」
結局私は力に叶わずズルズルと引きずり込まれていくのであった。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
職員室のスライドドアを音を立てないように閉めたところでやっと一息つけた。機体の拡張領域に隠しておいた缶コーヒーを取り出してプルタブを傾ける。プシッ、と音を立てた口から香るブラックの香りに癒されながら味わう。チープな癖していい味してるわ。
たくさん喋って渇いて仕方がなかった喉にはいい潤いだ。
腕時計は午後十一時を指している。部屋についてシャワーを浴びたらもう寝る時間だ。明日も早いし、あまりゆっくりする時間は無さそうだ。
《大変そうだね、御主人》
「まあねー。流石の私も疲れたわ」
周囲に誰もいないので、霧耶の問いかけに声で返す。
「まぁ、肩の荷が幾つも下りたと思えば当然なんだろうけど」
《この後の楽しみあればこそ》
「そうそう♪」
周りの殆どが同じ事考えてるから、独占とはいかないのが残念なところだ。しかしこれ以上はバチが当たるというもの。時間は折を見て作ってしまえばいいのだから。今は素直に喜ぶべき。
「さぁて、まずはマッサージでもしてもらおうかしら」
私の読み通りなら、ワガママ大会にでもなっている事だろう。お茶にコーヒーを用意してとにかくおしゃべりとスキンシップをしているに違いない。そろそろお開きになってもいい頃合だが、今までを考えればきっと盛り上がっている最中だ。
戦闘以外はてんでダメに見えた一夏だが、奉仕という一点について言えば光るものを感じた。苦笑を浮かべつつ喜んでいる姿ご目に浮かぶようだ。
「いっちかー。おまたせー!」
「あっ、お姉ちゃん。蒼乃さんの言う通りホントに来た」
「か、簪ちゃん?」
部屋に入ると出迎えたのは意外や意外、妹だった。しかもダボダボの男性物のワイシャツに袖を通しただけの姿という普段なら絶対にありえないスタイル。しかも想い人のいる前で。
様子のおかしい妹から少し視線をそらせば、だいたい同じような服装の蒼乃さんとマドカ。奥には幸せそうな顔をしつつ疲れてますといった表情の一夏。
「お姉ちゃんはナニがいい?」
確かに楽しみな時間ではあったけど、少々趣向を凝らしたマッサージを受けることになりそうだと直感した瞬間であった。