無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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おひさしぶりです、トマトしるこです。

長い期間があったにもかかわらず、前話を読んでいただき、更には感想を送ってくださった皆様に感謝の気持ちが止まらない次第です。ちゃんと読んでくださる人がいるんだなぁとうれしかったです。頑張ります。

思った通りの展開とは違っていくかもしれませんし、つまらないと思わせてしまうかもしれませんが、是非最後までお付き合いいただければ幸いです。



話を進めつつ、今までの振り返りの様な中身のつもり


67話 結論

この学園は最新技術の塊である。たとえば教室。耐震耐火強度は銀行の金庫室と比較しても勝るほど高く、ISに用いられる技術が惜しみなくつぎ込まれている。これに机が人数分あり、教卓や黒板(というなの電光板)があり、その他諸々すべてが最新鋭。

それもそのはず。学徒達は世界中のエリートの中のエリート。次世代の地球を担っていく卵たちなのだから。設備やら仕組みやら、妥協は一切ない。

 

そんなことなので、彼女らを守るための設備にも妥協は無い。むしろ機密保持の方が金が掛かっている。学園がテロリスト共に制圧されたとなれば、物量さえ整っていればそいつらが新しい世界の王になれるくらいには、ヤバいものが詰まってる。

 

まぁ、何が言いたいかと言うと、そんな奴らをしょっ引く部屋もあるよってこと。監視カメラも盗聴器も隣の部屋からじつは丸見えなんてこともない、物理的にシャットアウトされた、ひそひそ話にもってこいな部屋とか身体にお問い合わせする部屋とか。

 

今日はそんな一室を借りて集まっている。

 

誰が?

 

旧姓含めた織斑一家だ。

 

が。

 

「……」

 

部屋に入ってから席についての五分間。誰ひとりとして口にしない。別に喋ったら負けのゲームでもあるまいし、さっさと始めてほしいもんだ。はっきりとさせたい気持ちはあるが、俺としては縁を切ってるつもりなのでコイツらの家族事情なんてどうでもいいんだが?

 

背中を押された手前、きっちりカタをつけて帰るつもりだけどさ。

 

ただし、口火は切らない。着席早々に身を乗り出しかけたマドカを制止してじっと座らせている。

 

俺達はコイツらに捨てられた側だ。無能は織斑に要らないと言われた。かと思えば素性を知った途端に手のひら返しだ、バカにするにも程がある。ふざけんな。

 

話がしたい、という申し出を受けてやっているに過ぎない。

 

だから待つ。

 

 

 

 

 

 

更に五分ほど経過して、ようやく織斑は口を開いた。

 

「話が、したい」

 

「腹を割って、全部振り返って」

 

「昔、自分がどう思ってたのかとか、それから色々あって、考え変わって、今どうしたいのか。俺達がどうすればいいのか」

 

「考えてもわからなかったんだ、だから知りたい。聞かせてほしい、俺達の為に」

 

まぁそう来るだろうと思っていた。ここで聞かせろだとか話がしたいだけで終わるようなら帰れたんだが。

 

俺達がどう生きてきたのかなんて想像がつくわけがない。熱線を片手で受け続けて高速で修復してく身体なんてどうやっても得られないのだから。人間離れした強靭な肉体と、同じく人間離れした奇病並の学力は普通じゃない。なにより専用機のこともある。

 

普通の想像力と経験程度じゃあ俺達は測れない。

 

ところで大人二人は何も干渉しないのか? 見てるばかりで口を開く素振りがないが……。任せたつもりか? 面倒なことにならなくて助かるが。

 

「で? 最終的にどうしたい?」

「復縁、離縁、不干渉の三択のどれかに落ち着くかと思ってる」

「そうか」

「どうだ?」

「好きにしろ」

 

でもどうしたいのか分からない、と。互いに話しながら着地点を見出すつもりか。

 

いいさ、聞くだけ聞いてやるよ。

 

すぅ、はぁ、と一度深呼吸して、織斑はゆっくりと語り始めた。

 

「正直、あんまり一夏のことは好きじゃ無かった。何回同じこと言っても理解した様子が無かったし、姉さんや周りの大人達に迷惑ばっかりかけてて。自分ができてた分だけ、兄が不出来なのがムカついてた。学校の点数だって、家事だって、なんでもかんでも。一番嫌いだったのが、一夏の不出来のせいで俺と姉さんまで同じ扱いを受けることだった。でも、そんな奴らを片っ端から見返すのが楽しかった。だいたいそんな毎日だったさ。

 一夏が消えてからもたいして変わらなかった。居ても居なくても良かったんだろうな。でも姉さんはそうじゃなくて、無理して元気作って、夜は寂しそうだったんだ。だからなんとなく俺も寂しくなってた。

 そんな考えが変わったのが、幼馴染み二人の転校でさ。

 白騎士事件が起きて箒は名前も変わって家族ともバラバラになって、束さんをどうすればいいのかわかんないまま憎んでた。頭の良い姉が好きで誇りで、でもそれが原因で無理矢理引き裂かれて、とうの本人は行方眩ませてったから余計むしゃくしゃしたんだろうな。

 鈴は両親が喧嘩続きで離婚して、国に帰ってったんだけど、最後まで離婚するのが分からないって言ってた。好きだから結婚して、二人で店持って、子供だってつくったはずなのにって。自分が信じてた家族が何なのか分からないって。

 二人とも、少しも納得してないまま家族と離れ離れになったんだなって気付いたら、ウチはどうだろうって。一夏はどうだったのかなって。

 少なくとも、箒と鈴は家族が好きなままだった。自分が嫌な目にあっても、理不尽に揉まれても、嫌いになったり憎んだりしても、心の奥底では好きな気持ちがずっと残ってた。

 それが家族なんだって、初めて知った。姉さんはずっと正しくて、自分がずっと間違っていたままだった」

 

一旦そこで区切りをつけ、悩むように机に肘をついて額を覆い、続けた。

 

「どうでもいいって気持ちが、一気に申し訳なさと自分の醜さに腹が立った。姉さんの顔に泥を塗ってたのは自分だって思うと吐き気が止まらなくて、ちょっと病んでたよ。

 そこでやっと姉さんとお互い頭突きつけて話し合って、気持ちを切り替えられたんだ。それが入学する一年前で、それからは姉さんと地道に情報が無いか調べて今に至るってとこか。結局何も進まないままだったけど、偶然にもISの適性があるって分かったからここに来た。興味があったからってのもあるし、情報が集めやすいだろうと思って。

 そっからは、多分知っての通りだ」

「そうか」

 

なんとなく分かった。

 

家族に対する考え方が、周囲の影響で変わったってことだろう。聞いている限り、姉に対しては一定の好感があったようだが、それも一般で言う家族愛とはまた違った様子。元々ズレた性格だったか。

 

憎いけれど好きだ、喧嘩してもやっぱり愛してる。友人や愛人では決して言い表せない矛盾した感情は、やはり家族愛という表現がぴったりだ。流石……いや、姉と違って両親という存在を知らないからか? 親代わりの姉は誰が見ても分かる不器用だし。

 

時間はかかったが、家族とは何かを学んだ上で織斑一夏を探しだしたわけか。

 

というかそもそも……いや、これは後でいい。

 

「先生方はいいんですか?」

「ああ……いや、あとで聞かせてほしいことがある。それだけでいいんだが」

「構いません」

 

時間にして三十分。座りっぱなしだった俺は腰掛けたまま背伸びをして身体をほぐし、話す体制を整え、記憶を掘り起こしていく。

 

「さて、思い出したと言っても、殆ど覚えちゃいないんだ。めちゃくちゃなことを言ったり、理解できない事を言うかもしれないが、聞くと言った手前最後まで聞けよ。およそ人とは思えない、狂った人生をな。これは、アンタらの罪だ。

 

 暗い道を歩いてた。日が沈んで、街灯しか明りのない道だった。暗いのが怖くて急いで家に帰っていた気がする。その途中で殴られて気を失った俺は、縄で縛られて船に載せられてた。誘拐だった。傑作だったのが、織斑秋介を狙った犯行だったことだっけなぁ。

 それから数年間は地獄の様な監禁生活だった。投薬と、解剖と、調教の毎日だ。何かの施設で、毎日誰かが死んでいった。出来だけが全て、ランクと番号で管理されて、出来なきゃ出来るまで繰り返させられ、罰を受けて薬を盛られて、出来るようにされていくんだ。記憶も奪われて、身体の機能も根こそぎ削られて、自分が自分で無くなっていくんだぜ? 日記だって残ってる。最初は助けてだの逃げたいだの覚えたての漢字を使って書いてるんだけどな、どんどん字のバランスが崩れていくんだ。アルファベット混じりになって、ミミズの様な殴り書きに。でも不思議と読めるんだよこれが。どういう意図でその文字が書かれたのか、瞬時に読みとれないと、困るだろ? 色々とさ。

 ああぁ。嫌なモンを思い出してきた。長く生きてる側になって来たころ、電気椅子でしばらく生活する羽目になった。知ってるだろ、人の身体を動かしてるのは電気信号だってことぐらいは。だからか知らないけど、情報を乗せた電気をビリビリと送られ続けるんだ。身体の動かし方、銃の組み立て方、人体の構造、急所、ナイフの研ぎ方、そしてISの乗り方。確か調べた結果分かったのは、男性でも操縦できるようになる為の実験施設って線が濃厚だと。

 

 んで、ある日その施設をある組織が破壊しに来た。その組織が潰した後、虫の息だった俺を拾ったのが更識家。俺は更識傘下の森宮に引き取られて、育てられてきた。更識の次代を担う当主護衛として、だ。投薬と実験のせいで覚えはクソだったが、体捌きだけは大人顔負けだったからな。便利な身体もあったことだし、生きるために犬になった。元々ネズミみたいな扱いだったから、むしろ喜んで受け入れたさ。わけのわからんゼリーを食わされることもないし、怪しい色のドリンクやカプセルも無い。冷飯もクズ野菜も、薄い布団に畳と障子。天国で暮らしてるような気分だったさ。間違いなく最高だったぜ。

 

 でもな、実際はちっとも変わっちゃいなかった。いや、薬が無いだけまだましだったけどさ。生きるためさ、与えられた仕事はきっちりやって来たが、クソみたいな仕事は本当にクソだ。敵は勿論殺しにかかってくるし、味方もおよそ味方とは言えない連中ばっかでな、隙あらば背中から切りかかってくるんだ。俺は邪魔な奴だが、投薬漬けの身体には興味津津でなんとかして俺を捕まえたがってたみたいでよ、まぁ大変なんだこれが。切りかかるって言っても一応は味方だから、そいつら殺しちまうと他の生き残りがしょっ引かれちまう。かといって全滅となると、生きて帰ってもお払い箱確定だからよ、殺さず逃げきり仕事はこなす。それでも森宮に帰れば殴られ蹴られ、格好のサンドバックだ。流石の強化人間も限界が近かった。だから権力を持ってるだけの養父も秘書も、楯無様も簪様も嫌いだった。

 そんな俺を救ってくださったのが、その楯無様と簪様。変わらず支えてくれていた、家の中で唯一の家族だった蒼乃姉さん。養父が決めただけの俺を気に入ってくださっただけじゃなく、待遇改善と称して一斉内部告発、老害達を残らず処罰したのさ。お二人は人ですらなかった俺に“普通”を与えてくださった、そして“家族”だと迎え入れてくれた。記憶が戻った今でもはっきり言える、あの時初めて、俺は人の心を知ったんだ。暖かいって感覚に初めて包まれた。森宮に拾われた時とはまた違って、嬉しかった。俺にとって、お二人はまさしく主だ。

 姉さんはいつも優しかった。初めて会った時はそっけなかったけど、少しずつ俺を気にかけてくれるようになって、勉強も常識も怒らず優しく、覚えの悪い俺に何度も教えてくれたっけ。ちゃんと上手く出来たら褒めてくれて、御褒美代わりにまた新しいことを教えてくれた。でも駄目なことをしたらちゃんと叱ってくれて、真っすぐ生きろって本当の弟の様に扱ってくれたし、立場の弱かった俺を守り続けてくれた、愛してくれたんだ。

 楯無様と簪様と、姉さんのお陰で、俺は人として生きていられた。生きていいんだって思えた。

 

 それからは護衛と仕事、通わせてもらった学校と三足草鞋。もう一度、日常が劇的に変わったのは入学前のある時期に、専用機を見つけたあたりからか。亡国機業に襲撃されて、腹に風穴が開いて流石に死ぬかと思ったが、相棒が助けてくれた。夜叉は良いパートナーだぜ、バカな部分をカバーしてくれる。お陰で学力も多少は良くなったし、簪様と一緒に学園に来ることが出来た。憧れとはまた違う、でも俺を認めてくれる文字通りの相棒が出来た。それから数日後にはマドカとも再会できたし、小躍りするぐらい普通の毎日を過ごせたよ。

 

 そんでもって入学して……そうだな、またでっかい出来事と言えば、臨海学校か。アレはお前も関わってたから覚えてるだろ? セカンドシフトしてたしな。

 お前を逃がして群れ相手に戦ってたんだが、恥ずかしい話、今一集中できなかった。入学前に与えられた、望んでいたはずの“普通”が不安で仕方が無かった。楽しい思い出も、次第に良くなっていく身体も、順調過ぎた故に、実は幻で、手のひらで踊らされているんじゃないかってさ。分かるだろ? 順調過ぎて不安になる気持ちが。だから死にかけた。正直終わったと思った。そこで助けてくれたのが束さんと、姉さんと、オーストラリアのフラン……死神みたいな機体がいたろ? 彼女達だ。記憶もそこで取り戻した。

 

 それから今に至る、ってとこか。大分端折ったが」

 

疲れた。かなり喋りとおした。約十年分の出来事をこれだけに纏めたらああもなる。畳み掛けた様な文章量だがホントに端折ってコレなので仕方が無い。ほら、無能だから苦手なんだ、国語が。

 

だがその甲斐あって青ざめた顔を見れたのは実に気分が良い。宣言した通り、およそ人とは言えない人生は楽しんでもらえた様子だ。俯いて肩を震わせている姿には心が躍る。

 

「私だってそうだ。兄さんと同じように投薬され、実験を受け、施設崩壊にまぎれて逃げおおせても毎日が死と隣り合わせだった。亡国機業というテロ組織に身を墜として、殺しも盗みもやってきた。私達は血の滲む苦労の果てに、望み続けたごく普通の、当たり前の暮らしを享受しているつもりだ。貴様らの家族ごっこなど知らん」

「家族ごっこ? 俺と姉さんがおままごとだってのか!?」

「そうだ。あぁ、聞いている限りから推測しているだけだからな、間違っていたらスマン」

 

マドカが肩肘を机に乗せて身を乗り出し攻める。止める理由は無い。

 

「お前が周囲の影響を受けて、家族とは何かを認識し直して反省したのは本当のことだろう。だからこそこうやって話し合う場を設けているのだからな。だが、お前が病むほどに悔いたこととソレは全くの別問題だ」

「何を言ってやがる、俺は――」

「お前は自分が正しく常識を理解できていなかったこと、自分が間違っていたことに対して悲観していただけだ。織斑千冬を悲しませたこと、家族関係にヒビを入れたことに対しては依然として何も思ってはいない」

 

先程、織斑はこう言った。

 

「姉さんはずっと正しくて、自分がずっと間違っていたままだった」と。

 

価値観とは人それぞれ違う。家族だって友人だって愛人だって、どこかしら似ていても全く同じではない。織斑千冬の家族に対する考え方や気持ちは、織斑秋介の考え方と気持ちは別物である。

 

織斑千冬については本人が何も語らないので推測しようがないが、彼については先程語った通りだ。両親不在という大きな原因があるにせよ、家族に対する価値観はどうやら希薄な様子だった。よく分からない、というのが当時の本音だろう。

 

よく分からないままながらも本人は成長し、そのまま問題に直面し、結論を出すしかなかった。

 

周囲が当たり前のように持つ家族に対する感情を自分は持ち得なかった。天才の自分だけが理解していない、凡人の誰もが理解している常識を。

 

それを恥と言う。場合によっては屈辱。

 

やたら持ちあげられ、そこそこプライドもあったコイツには耐えられない衝撃だった。

 

それだけのことだ。

 

「常日頃から憎いと思い続けてきたが、こんなものか。可哀想な奴」

「ふざ、けんな……俺は…」

 

妹よ、心をへし折りに来たのではないぞ。しかし、言い返せずに思考を深めるのは心当たりがある証拠か、それとも考えもしていなかっただけに衝撃が大きかっただけか。

 

ともあれ、決まりだな。コイツは特別強くも何ともなかった、言い返しもできない、天才の皮を貼った出来る凡人程度の男。

 

こんなのに狂わされたと思うと頭にも来るが仕方が無い。なにせこちらは無能ときてるからな。それに、過ぎたことだ。

 

「これで終いだな。アンタらとは分かりあう気は無い、復縁もない、離縁と不干渉一択だ。じゃあな」

「待ってくれ、聞きたいことが一つだけある。どうか時間を割いてくれないか?」

 

椅子を引いて経った俺を制止したのは今まで沈黙していた織斑千冬。

 

数秒ほど互いの目を見つめあい、腰を落とした。まだスッキリしないのなら話し合うべきだし、何より彼女は最初から聞きたいことがあると申告していたのだ。約束には応える。

 

「一つだけ、疑問があった。答えるのが難しいと言うなら沈黙でもいい。聞かせてもらえるだろうか」

「どーぞ。最初に約束したからな、腹割って話すんだろ。丁度今俺も聞きたいことが出来た」

「束をどうやって許した?」

「……あぁ、そこ」

「そこだ。あらかじめ言うが、なぜ私達を許せないのか? 等と言うつもりは無い。どうすれば許してくれるとも聞かない。束に対して私が何か思うこともない。純粋な興味本位の質問だ」

 

篠ノ之束が全ての原因……とはいかないまでも、一端を担う程度には関わっている。

 

誘拐されたのはISを男性でも使えるようにするための実験体が必要だったからだ。織斑秋介は彼女の身近な人間で気に入られているし、評判も良いものだったが故に標的にされた。実際は俺が攫われたわけだが……。言いかえれば、ISさえなければ家族間は冷えていたかもしれないが誘拐されることは無かったのだ。加えて、篠ノ之束は俺を凡人とみなして取りあうことは無かった。間違ってもいっくんなんてフレンドリーに呼ばれる間柄じゃない。

 

親友として今も関係が続いている以上、何か咎める気持ちは全くないのは本当だろう。単純に興味というか、自らの反省として聞きたいのか。

 

束さん本人から言わないでと忠告されたわけでもないので、別にいいけど。それにこの人なら墓まで持っていくだろう。

 

「誠意ある謝罪と、今後の贖罪。プライドのあるあの人が、人の目がある前で膝をついて指を四つ揃えて額をつけたんだ。武家の長女らしく風格ある美しい様だったさ。自分が原因で取り返しのつかない酷い目に合わせてしまったこと、自ら取り込んだ組織を私的に利用してまで助け出そうとしたこと。そして、責任としてマドカ共々身体のメンテナンスを一身に受け負うことを約束してもらった」

「……あの束が、か。他には何かあったのか?」

「特には。変に取り繕ったりせずにシンプルに謝られただけだ」

「本当に、それだけなのか? 言い方は悪いかもしれんが、にわかには信じがたい。束は誰よりお前を邪険に扱っていた様に見えたし、お前も好いていたわけじゃないだろう?」

 

まぁ、確かに。あの人は人類の九十九%がどうでもいいって思ってる人間だから、他人に頭を下げてる場面なんて想像付かないし、俺は特別嫌われていたから尚更だ。そんな相手に狂わされたってのに、謝罪一つで許せるのか? まっとうな疑問だし、彼女らしい疑問だと言える。

 

「取り繕うこともなく、ふざけることもなく、開口一番に真面目に彼女は謝ったんだ。特に何か言ってやりたい気持ちがあるわけじゃ無かったってこともあるが、何より誠実さを見た。それにその後の話もしっかり自分から持ちかけてきたんだ、真剣に考えてもらってるのが分かったし、それで手打ちにした」

「……そうか、ありがとう」

 

それだけを言うと、織斑千冬は目を伏せて黙りこんだ。もう引き留めることはしない、と。

 

視線を隣にずらす。

 

「アンタはいいのか?」

「私は特に。聞きたいことは千冬が聞いてくれたし。それに覚えていないでしょう? あなたの物心がつく前に出て行ったから」

「まぁ」

「だからいいの。それより、聞きたいことがあったんじゃなくて?」

「ん? あぁ、そうだった」

 

もう一度だけ視線をずらす。ゆっくりと瞼を開いた織斑千冬と目が合う。

 

「アンタ、俺達のことをどう思ってたんだ。なんであんなに無関心だったんだ」

 

霞んだ記憶の中で、姉だった人はいつも無表情で、ときおり複雑な表情で俺を見ていた。自分で手一杯ですってかんじでもない、疲れた様な様子もなくて、何を考えているのか最後まで分からないままだった。

 

「……色々と分からなくなっていた。親代わりなんて言われても、両親がどうやって私を育てたのかなんて覚えてなかった、教わる相手もいなくて手づまりだったんだ。そう言う意味では追い詰められていたのかもしれないな。自分で考えて動いてくれるから、手もかからなくて、だがそれ故にコミュニケーションを怠っていた。もし不器用なりにも何かできていたら、変わっていたのかもしれないといつも考えていた」

 

不器用なりに、ね。

 

そうだな。もしアンタがガチガチの笑顔で俺に笑いかけてくれていたら、きっとこうはなって無かった。

 

愛情の裏返しは無関心。

 

俺はアンタの無関心が一番つらかった。

 

「帰る」

「そうか」

 

もういいだろう。一言残して席を立つ。すると織斑千冬も席を立ち俺達をじっと見つめてきた。まだ悩み中の織斑も思考を切り替えて姉と並ぶ、だが目が合うことはなく視線は泳いでいる。どうすればいいのかと落ち付かない様子だ。織斑千春は終始眺めるだけで不干渉を貫いていた。

 

「………」

 

何か声をかけるべきか一瞬だけ迷ったが、結局何も言わずに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

《良かったのですか?》

「何が?」

《最後に何も言わなくて》

「何も言う必要無かっただろ」

《いやま確かにそうですけどね》

「いいんだよ、あれで」

 

仲が良いとは言えない他人程度の繋がりだ、あんなもんだろう。

 

《しかし意外でしたよ、私は》

「何が?」

《私はてっきりあの人達を許すんじゃないかと》

「?」

《あくまで森宮を張り続けるにしても、なんだかんだで家族であり続けるのかなーって》

「ははは、ないない」

 

自室のベッドに背中からダイブしてからからと笑う。マドカはシャワータイムなので気にかける必要はない。声を出して夜叉との会話を楽しむ。

 

「感謝はしてるぜ? 森宮一夏であることは誇りさ。だから許しただろ」

《ん?》

「昔なら殴りかかってた自信がある」

《あー》

 

そういう許すだったんですかね? と心の声が聞こえてくるが無視。

 

「でもまぁ人間変わるもんだ。昔は憎さが募るばっかだったのに、これだもんな」

《どんな心境の変化ですか》

「わからん」

《ありゃ》

 

白状すると、縁を切るなんて啖呵切ってたが、俺もこの問題をどうしたいのか分からないまま挑んでいたところはある。だから整理するように話し合うのには賛成だったし、じっくりと相手の言葉に耳を傾けていたわけで。

 

縁を切るのはまず間違いなかった。確定事項。でも、過ぎた後でも気持ちもやもやしているのを感じてるんだよな。

 

これは多分、あれだ。どう答えても同じもやもやを抱えていたに違いない。正解なんてわからないから、自分の選択がどんなものか分からなくてなっているだけの奴だ。

 

ただのセンチメンタル。

 

……なんだよ、俺もアイツらと大して変わらないじゃないか。

 

「案外、無能と天才は紙一重なのかもな」

《どうでしょうねぇ》

「それは正しい」

「なんで姉さんは音もなく部屋に入ってきては当然のように背後をとるの?」

「?」

「いやいや、なんでって顔されても」

 

前言撤回。紙一重なんてもんじゃないわ、これ。

 

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