無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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トマトしるこです

なんてことない日常回をちょいちょい挟みたい


68話 束の間の給食

先日、最初で最後の家族会議を離別で締めくくった俺は少しだけ気持ちが軽くなった。悩む必要もないし、面倒事が一つ片付いたのだから。奴らは織斑で、俺達は森宮。赤の他人、それでいい。一ミリも考えていないが、もしもその選択を後悔する日が来たとしたら、その時はその時ってことで。

 

しかしまぁ。

 

腹減ったな。

 

シャワーを上がったばかりのぼんやりとした頭でそんなワードが浮かび上がる。

 

只今の時刻は正午ピッタリ。朝はしっかり食べた。トレーニングがてらに走り込みしたからかもしれない。そりゃ腹も減るわ、なんせ島を三周はしたからな。

 

タオルでしっかりと水気を切って、ドライヤーで髪を乾かす。途端にやることも無くなってしまい、いよいよ空腹が気になって仕方ない。

 

「うぇ…しまった、卵切らしてた」

 

そう、貴重なたんぱく源のそれは小腹を満たすには丁度いいと俺の中でブームに。おもにゆで卵で。しかし冷蔵庫は卵どころか緑茶しか入っておらず食べ物は空っぽだった。冷凍庫も同じく空。常備していた食品類は昨日の夜にマドカが全部食べてしまったのだ。

 

かくいう肝心の本人は街に外出。追加も含めて足りなくなっていた物を買ってくるとか何とか。咎めることじゃないので行かせたが裏目に出てしまった。

 

猛烈に、動きたくない。疲れたとかそう言うんじゃなくて、なんかこう、あれだ、めんどくせぇ。

 

《めずらしいこともあるものですねぇ》

「だなぁ」

 

自分でもそう思う。あまりだらけたりしないように気を配ってるつもりなんだが……こんなのは初めてだ。

 

うぅむ、どうしたものか…。

 

すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「一夏様」

「桜花。どうした?」

 

部屋を訪ねて来たのは桜花だった。

 

「いえ。折角のお休みですから、何より未来の旦那様に尽くすのは妻として当然のこと」

「まーだ言ってるのか。五回勝負して全部負けてるだろ」

「あら? 負ければ諦めるとでも思われていたのですか? 心外、心外ですわ。ですが嬉しくもあります。一夏様がまだまだ私のことを知ってくださる余地があるとなれば」

 

相変わらずだなぁ、こいつ。いや、好意百パーセントはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、ちょっとどころじゃ無く重い。結婚なんて俺に権限ないし。

 

しかしまぁ折角の休みに会いに来てくれたのだ、帰すのも忍びないし部屋に上げた。相変わらずの礼儀正しさと整った身だしなみには見習うところも多い。

 

ぐぅ。

 

「まぁ」

「……」

 

タイミング悪過ぎだろ。空気を読め空気を! よりにもよって一番知られてはいけない奴に!

 

皇桜花はかなりのパーフェクト人間だ。才能もあるが、どちらかと言うなら努力の才能だろう。地道にコツコツと積み上げたからこそ、彼女は何でもできる優秀な人材として、皇と更識から重宝されている。当主の信頼も古参並に熱い。

 

だが、誰しも欠点があるものだ。例えば裁縫が苦手だったり、ブラコン過ぎて倫理が欠けていたり、スタイルに悩み過ぎるあまり過敏に反応して狂乱したり。

 

ここまで言えばおわかりだろうか?

 

メシマズなのだ。

 

「まぁ、まぁ。お腹が空いているのでしたらそうだと仰ってくだされば良いものを。妻として存分にこの腕を振るう様が見たい、そう仰ってくだされば良いものを」

「待て。お前の飯は食わん」

「あら?」

「あら? じゃない! 三回だ! 三回お前の料理を試食して気絶した回数だ! この、耐毒耐性がマックスな俺が!」

「何のことでしょう。確かに、三回ほど一夏様は私の手料理を食べて泡を噴くほどおいしいと言って失神なさったことはありましたが……」

「アホ! 食器用洗剤を入れれば誰だって泡を噴くし失神するに決まってるだろ! というか俺だから失神で済んでるだけで常人ならとっくに死んでるからな!」

「あれは私のせいではありませんわ。せっかく食器用洗剤の詰め替えにこっそりと調味料を入れておいたというのに、家の者がすり変えたのです」

「すり替えたんじゃなくて皿を洗おうとして調味料が出てきたらビックリするだろ捨てるだろ!? すり替えたのはどっちかと言うとお前だからな!? というかなんで食器用洗剤に調味料を準備してるんだよ!」

「だって……私が台所に立とうとすると何も準備されていないのです。食材はおろか機具や食器まで。ですので仕方なく……」

「そういうとこだよ!」

「あ、ちゃんと容器は食器用洗剤に似せた全くの別物だったので問題ありませんでしたわ」

「そういうことじゃねえよ!」

 

こんな具合で家の人もかなり苦労している。本当に何が起きるか分からないので、食品も何もかもを別の場所に撤去させるそうだ。本人はやる気満々で何とか料理をしたいと思っているから性質が悪い。きっと実家に帰省した時は全面戦争が起きているのだろう。

 

ぐうぅぅ。

 

くそ、何でなるんだよ! いやホント頼むよマジで!

 

「いけませんわ一夏様。私が来た時の為に食材を用意していただかないと」

「勝手に冷蔵庫を開けるな」

「ですがまぁ、コレでは何も作れませんし……調理室に行きましょうか」

「話を聞け」

「調理室に、いきましょうか」

「話を聞け…」

「調理室に、い、き、ま、しょ、う、か」

「……はい」

 

大体いつものことだが、選択権は無いに等しいのである。これ以上拒否すると限定待機形態の刻帝を使って催眠をかけられる。あれはもう嫌だ。

 

だが桜花の飯も同じくらい嫌だ。

 

仕方が無い、かくなる上は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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先日、最初の家族会議は離別という形で締めくくられた。

 

正直傷ついた。というかアイツと話したら毎回何かしら心に怪我をしてる記憶しかない。今回もそんな感じだった。でも正論なんだよな、だから何も言い返せなくなるし、心当たりのある自分がやっぱり嫌いだ。

 

気を付けよう、直さないと、そう思って実践するたびにまた醜さと向かい合う。それがまた悔しかった。

 

自分本位、自己中心。

 

何度も指摘されて、何度も向きあって来たそれが、どうやら俺の本質らしい。

 

だからあの後初めて姉さんに相談した。千冬姉さんと、千春さん……姉さんに。

 

「それがどうした?」

「どうした、って」

「人間誰でも自分本位に生きている。他人の為に頑張ることは確かに美しいが、それも対価を得られるからでしかない。他人に優しくできる自分に酔うこと、自分の頑張りの物差しにする、見返りや金、大体はこんなものだろうな。無償で他人に尽くせる人間はどこにもいない、居たとしてもそいつは異常者だ」

「でも褒められるものじゃないんだろ? 周りは人の為にって動いていて、自分だけがそんな考え方じゃ世間から浮くし、辛い」

「お前の言うとおりだ。だから、自分の生活の為に周囲に合わせるし尽くす。これも立派な自分本位だ。世の中そんなものだよ。だから、お前の悩みはもっと別の所にある」

「別の?」

「悩んだことが無いからだ。幸か不幸か、奴に会うまでが順風満帆過ぎた。壁にぶち当たって、悩んで、自分が嫌いになって、周りの誰かも嫌いになって、それを乗り越える。それを成長と言うが、お前は成熟が早すぎた」

「それだけでこんなにも苦しくなるのかな」

「なるとも。素直に話を聞く時期じゃないだろう? 幼いならではの葛藤や悩みは成長しながら呑み込んでいけるが、成長しきってからでは苦しいのさ。プライドがあって、世間体があると知ってしまうとな。自分に対する指摘や注意は自意識が邪魔して受け入れられなくなる」

「あぁ……うん」

「深く考える必要はない。迷いながらでもしっかり進むことが出来れば答えはある」

 

実に大人らしい、先生らしい言葉だった。忘れずに自分に刻み込む事にしよう。

 

それにしても。

 

「腹減ったなあ」

 

天気が良いからと寮の近くを散歩しながらこの間のことを考えていたんだが、時間もいい頃だし、身体は正直だった。朝食べるの忘れてたし。

 

ぐだっとベンチに腰掛けると、ふと日陰に覆われた。

 

「秋介さん、御機嫌よう」

「よ、セシリア」

 

にこりと笑いかけた日陰はセシリアだった。

 

「秋介さん、少し耳にしたのですけれど、今お腹が空いた、と」

「あ、ああ。朝何も食べてなくてさ。ぺこぺこ」

「まぁ、でしたら今からご一緒なさいません?」

「いいぜ」

 

どうせなら一人よりも二人の方が楽しいし美味しいからな。快諾した俺は食堂がある方へ足を向けた。

 

が、セシリアは反対方向に進もうとしている。

 

「おーい、食堂はこっちの方が近いぞ?」

「?」

 

こてん、と人差し指を口に当てながら頭を傾けるセシリア。どうやら意図が伝わっていない様子。聞こえてないって事はないと思うんだが……。

 

「いえ、秋介さんこそそちらではありませんが…」

「え?」

「調理室はこちらの方が近いですわよ」

「ちょ、ちょうり、しつ?」

「今日は折角のお休みなのですから、私の手料理を御馳走して差し上げませんと」

 

さぁっ、と全身の血が冷えていく感覚。きっと俺の目からは光が消えて、からくり人形のようになっているに違いない。次第にガタガタと指先から身体が震え始めて、胃がキリキリと痛みを訴え始める。

 

やばい。セシリアのメシマズが発動してしまった。なぜか料理を重ねるごとにダークマタ―に近づいて行くという謎のスキルが!

 

「い、いやぁ、俺凄い腹減ってるからさ、直ぐに食べられる方がいいかなーって。セシリアの料理は手間暇かけて作ってくれてるから、今日はちょっと待てそうにないかなーって」

「ふふ、そう仰られると思っていましたわ! ですから私、時短、というものを勉強しましたの」

「時短!?」

「今の世界では悲しいことに共働きが多いと聞いていますわ、特に日本。女性が働きながらでも、男性に尽くすためにも、時短料理は欠かせない。そうチェルシーが教えてくださいましたの」

「そ、そうか! 先のことも考えてるんだな、セシリアはチェルシーさんがいるのに自分で料理を覚えようとしてて偉いな!」

 

おのれ余計なマネを……! 逃げきるための口実を絶妙なタイミングで潰してくるチェルシーさん、あんた美人だけど絶対ゆるさねぇ。

 

「さぁ、行きましょう秋介さん!」

「そ、そだねー……」

 

これからを考えると脚が進まない。進むわけがない。だがここで断ろうものなら泣き落とし若しくはビットでハチの巣にされてしまう。何度髪と服を焦がされたか、数えるのもおぞましい。

 

結局引きずられるように俺は連行されてしまった。

 

くそ、諦めるものか…。こうなったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……」

「……」

 

なぜだ、なぜこうなった。斜め上を行く展開に頭がついて行かないんだが。

 

桜花につれてこられたまでは良い。せめてもの足掻きにと料理上手な楯無様、簪様、姉さん、リーチェの四人にこっそりメールを送って偶然を装い合流して皆でお昼、ってとこまでは順調だった。

 

なぜ。

 

お前まで全く同じ状況になっている織斑秋介。よりによって今日のこの時間に。

 

「……おい」

「……なんだよ」

「セシリア・オルコットは、アレ(・・)か?」

「ってことは、皇さんもアレ(・・)なんだな」

「俺は食器洗剤で泡吹いて失神した」

「こっちは赤みが足りないからってブート・ジョロキアをすりつぶした奴大量に入れられて一週間味覚を失ってた」

 

なんで昨日の今日で意気投合せにゃならんのだ……! くそ、桜花め! オルコットめ! 頼むからマトモな飯を今度こそ作ってくれ! リアクションまで一緒とかもう首吊って死ぬ勢いだからな!

 

当の本人達は久しぶりの料理にキャッキャと楽しそうにしている。なお、手元は見えないので恐怖しか感じない。時折絶対に聞こえるはずのないゴリゴリという音がしたり、ライフルの発射音がしたりするのは絶対に気のせい。

 

そして救済措置として召喚した面々はそれぞれで料理を作ってくれている。織斑が声をかけた篠ノ之、凰、デュノア含めた七人は慣れた手つきで鼻歌交じりに楽しんでいた。勿論、怪しい音は一切聞こえない。

 

しかし悲しいかな。

 

「あっ」

「姉さん、手を切ったらちゃんと消毒と絆創膏して! 頼むから!」

「わぁ、てがすべったー」

「シャルー! その怪しい小瓶は絶対調味料じゃないだろ!」

 

油断も隙もない、一癖も二癖もある人間の集まりだったので結局びくびくしながら待つのであった。

 

時計が一時を指そうというところで、全員が完成した料理を持ってテーブルにつく。

 

テーブルには出来たてのおいしそうな料理がズラリと並んでいる。見た目の良さ、レパートリー、何よりシェフの面々が代表候補生や良家のお嬢様、専用機を持つなどある意味で満漢全席と言えた。

 

そして誰が作ったのかはっきりと分かるように立て懸けるタイプのプレートまで丁寧に用意されている。

 

更識楯無 《鮭のホイル焼き》

更識簪 《肉じゃが》

篠ノ之箒 《若鳥の唐揚げ》

皇桜花 《味噌汁》

ベアトリーチェ・カリーナ 《ミネストローネ》

森宮蒼乃 《野菜炒め》《自家製漬物》

セシリア・オルコット 《ローストビーフ》

シャルロット・デュノア 《ミートポワレ》

凰鈴音 《酢豚》

 

なにやら一人だけ品目が多いが俺が大喜びだったので許された。ありがとう。白米とサラダについては全員で用意しているので足りない事はないはず。

 

日本人が多いのでやはりというかメニューには和食が多い。最近は和食文化が海外にも浸透してきているので問題はないだろう。食堂でも海外出身者がよく注文するらしいし。大皿にのったそれらはどれも美味しそうだ。

 

改めて、二人の作った料理を見る。見た目は問題なし、というか盛り付けまで考えられていて文句などない。いい香りもする。出汁からこだわった桜花の味噌汁も、時短といいつつ工夫しようとしていたオルコットのローストビーフも。見る分には……見る分には。

 

一先ず腹が減った。もう限界だ。

 

「頂きます」

 

合掌し、真っ先に手を伸ばした。

 

姉さんの野菜炒めと漬物に。大皿ごと。

 

「ちょ……流石に取り過ぎじゃない!?」

「私も、欲しい」

「久しぶりにご相伴にあずかりたいのですが?」

 

そう、分かっているのだ。更識一派は。姉さんの料理を。しかしそれでも渡さない。このメニューがあるから今まで生きてこられたのだ、比喩じゃ無くマジで。クズ野菜しか残されていなかったあの頃、姉さんがささっと作ってくれたコレが本当に美味しくて大好きだった。

 

「一夏」

「……一切れずつなら」

 

本人にこう言われては仕方が無い。渋々大皿を差し出し、流石にこれだけで腹を満たすのも勿体ないからと色々な料理に箸を伸ばした。

 

さて。

 

では。

 

本日の。

 

メーンイベント。

 

「「ささ、どうぞ」」

 

俺の前には味噌汁が、織斑の前にはローストビーフが。わざわざ席を立った淑女二人が、左から皿をそっと差し出して、音も無くテーブルに並べる。

 

美味い料理を堪能していただけに、未知数なそれを手に取ることを躊躇ってしまう。いや、練習してるのは知ってるんだよ。努力家でプライドもあるから。でも一向に上手にならないし不気味な音がするとなればやっぱり不安なんだわ、桜花さんよ。

 

かといって食べないわけにはいかない。だらだらしていた自分にわざわざ作ってくれると言ってくれたのだ。一緒に食べるだけなら食堂で済むのに。

 

であれば食べるしかない。

 

たとえ泡を噴いて失神するとしても?

 

勿論だ。

 

意を決してお椀を手に取り、ずずっと啜った。

 

「………」

「い、いかかでしょう?」

「……」

「一夏様?」

「……美味い」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、美味い。良い味だ」

 

ビックリするほど、普通に美味しい味噌汁だった。とうとう俺の味覚も狂ってしまったのかと錯覚したが、間違いない。美味いわ。

 

そう、皇桜花は努力家なのだ。言い訳をしようが自分の料理で気絶されるなど彼女のプライドが絶対に許さない。相当練習したことぐらい想像つくさ。ただ、今までが衝撃的過ぎて進まなかったけど。

 

二口目、三口目、と啜っては具材も味わう。以前の様な洗剤の味もしないし、たわしが混じったりもしてない。

 

美味い。

 

「良かったです」

「疑って悪かったよ」

「いいえ。その一言で十分ですわ。たんと、味わってください」

「ああ。そうするよ」

「因みにこれで五勝一敗ですので」

「……そうだな、これは負けた」

「ふふ」

 

これからは認識を改める必要があるな。機会があったらまた桜花にお願いしてみるのも悪くない。

 

夕食前に帰って来たマドカにはどやされたが、いい一日だった。

 

 

 

因みに、織斑は爆死した。時短もクソも無かった。

 




酢豚。

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