無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 ヤンデレって思ってたより書きづらい。ここまで、っていう壁みたいなものが無いから人によって「それ違うだろ!」みたいなものがありそうで。挑戦したことがないってのもあるんだろうけど。

 そして一夏の出番の少なさ。



7話 「ごめん」

「―――というわけです」

「はい」

 

 数歩前で芝山さんと簪様が話をしている。内容は施設の紹介ではなく、専用機に関する事だ。対弾強化ガラスの向こうでは簪様の専用機、『打鉄弐式』が組み立てられていた。と言っても配線むき出しパーツもバラバラの状態だが。

 

 先程姉さんとにらみ合っていた時の雰囲気などカケラも無い。真剣な表情で資料をめくるその横顔は代表候補生らしい。

 

「一夏、晩御飯何食べたい?」

「姉さんが今食べたいものかな。姉さんの料理は全部美味しいから」

「私は一夏が食べたいものが食べたい」

「え、えーっと……」

 

 対する姉さんは呑気なもんだ。まぁ、あんまり関係ない事だからだろうけど。ここに来たってことは日本代表として簪様の事を気にかけての事だと、思いたい。俺が居るから、ではないと思いたい。会えるのは嬉しいけど、姉さんは色々とやり過ぎるところがあるからなぁ。

 

 俺の姉、森宮蒼乃。水色と白が混ざり合ったような短い髪と、透き通った赤い目が特徴のIS学園2年生。実技座学一般教養全て満点、余裕で首席を勝ち取った。世界最年少の13歳で国家代表に選ばれるという偉業を成し遂げ、第2回モンド・グロッソにも出場しベスト8に入るという本物の実力者。それはつまり、日本で2番目に強いIS乗りという事。ぶっちゃけ楯無様以上の天才だ。

 

 姉さんを一言で言い表すなら俺の正反対にいる存在、という言葉が適切だ。何度やってもできない“無能”な俺と、たった1度見聞きするだけで理解する“天才”の姉さん。全てにおいて対極に位置している。

 そんな姉さんだが、俺は今知っている人物の中で最も信頼している。姉さんの前なら俺は仮面を外して本来の俺になれる。きっと姉さんも俺と同じだろう。その次に楯無様、簪様、先代楯無様と奥様だろうか。その他は変わらない。

 

 なぜ姉さんを信頼しているか? それは姉さんも俺と変わらないから。俺は“無能”過ぎて迫害されたが、姉さんは“天才”過ぎて遠ざけられた。出来すぎたのだ。故に気味悪がられた。

 

 それでも姉さんは俺に世話を焼いてくれていた。勉強を教えてくれたり、罰を与えられた時、手伝ってくれた。わざわざ学校を休んで授業参観に来てくれたことだってザラにある。似た境遇だったからか、優しくしてくれたからか、多分後者だと思うが俺は姉さんにだけ懐いていた。

 

 そして、小さい頃に楯無様の所で過ごした時間と、姉さんとの絆がクスリづけだった俺に感情を取り戻させてくれた。まあ表には絶対に出さないが。それからは更に姉さんに甘えた。姉さんは嫌な顔1つせずに俺にかまってくれ、親以上の愛情を注いでくれた。シスコンだか何だか知らないが、俺は何と言われようが構わなかった。

 

 姉さんは家族だ。たった1人の、俺の家族。

 

 俺は昔家族から捨てられた、それだけは覚えている。すごく悲しいことだってことは分かる、そんなことはもう経験したくないし、誰かに経験してほしくない。だから、俺は家族を大切にしようと決めた。家族にいい加減なことは言わない、家族には正直になるなど、幾つか決めたこともある。

 

 というわけで返答に困っていた。本当にそう思っていたからなぁ。

 

「そうだな……手間のかかる料理がいいな。俺は作れないし、時間無いからなかなか食べられないし」

「ん」

 

 姉さんはそういって微笑みながら俺の腕に抱きついた。昔からこうやって姉さんが抱きしめてくれるとすごく安心するから好きだ。俺も知らずに微笑んでしまう。

 

 きっと傍から見たら姉弟には見えないんだろうな。誰も俺が弟だなんて思わないだろう。仲の良いカップルみたいだな。

 

 ………待て待て! 確かに姉さんは可愛くて綺麗で美しくてカッコよくてスタイルもよくて勉強もできて強くて性格もよくて何でもできる人だけど、流石にそれは………ありだな。でも姉弟なんだから………って言っても姉さんには関係なさそうだな。血も繋がって無いし……あれ? もしかしたらイケるんじゃね?

 

『一夏……』

『蒼乃……』

 

 って違うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

「一夏、大丈夫?」

「え、ええ、考えごとをしていただけですので。問題ありません」

「む」

「ふふん」

 

 むっ、と顔をしかめる簪様と、ドヤ顔の姉さん。どちらもなかなか見られないレアな光景だ。

 なぜそんな顔をするのかは分からないが。

 

「芝山さん、お話は終わりましたか?」

「ええ。これから打鉄弐式のデータをお見せしに行くところです。聞けば更識さんはプログラマーとして優秀だとか。これからの為にも、是非と思って」

「私の同行は?」

「OKですよ。護衛ですからね。勿論蒼乃さんも。『災禍』はウチの最新鋭機ですし、なにより日本代表ですし。では早速行きましょう」

「はい。さ、簪様行きましょう」

 

 簪様の方を向くと、手を出された。握手か?

 

「握手ですか?」

「………バカ」

 

 簪様はぷぅっと頬を膨らませて、早歩きで芝山さんのあとを追いかけていった。………なんなんだ? 分からんなぁ……。

 

「一夏、いこ」

「あ、うん」

 

 姉さんが出した手を握って簪様の後を追いかける。チラチラと振り返る簪様と目があった。視点はそのまま姉さんに移っていく。

 

「むむ」

「うふふふ」

 

 さっきの2割増しで顔をしかめる簪様と、さっきの3倍はイラってくるドヤ顔を見せる姉さん。

 錯覚かもしれないが、2人の間に火花が見えた気がした。

 

 いったい何が起きているというんだ……!?

 

 何度かそのやり取りを繰り返しながら、芝山さんの後をついて行く。エレベーターに乗り、2階ほど下に降りると、そこは先ほど見ていた『打鉄弐式』を組み立てているホールだった。上からではよくわからなかったが、研究者たちの怒号が飛び交い、辺りは装甲やパーツで溢れかえっている。ついでに完徹して力尽きたような研究者たちも見つけた。

 

「世界は第3世代の開発に躍起になっています。ISにおいて大国と呼ぶにふさわしいアメリカ、中国、イギリス、ドイツ、ロシアは既に完成させました。そして我々日本も蒼乃さんの『白紙(シラガミ)』を完成させています」

「でも……打鉄弐式は第2世代型って…さっき言いましたよね? どうしてですか? 第3世代型を作ることができるのに…なぜ第2世代型を……」

「第3世代型の定義は“単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)を発現せずとも、それと同等の力を搭乗者が使用できる”ことです。先ほども言いましたが各国は独自の技術の開発を目指しており、形の無い特許のようなものができているのです。例えば、BT兵器を開発したとして、それをビットに搭載してしまえばイギリスは黙っていないでしょう。我々の技術を盗んだ、と言ってね」

「他国家が開発、もしくは発表していない新技術を搭載しなければならない」

「蒼乃さんの言うとおりです。これに従っていけば日本は――我々倉持技研は『白紙』の2号機を作成しても問題はありませんでした。ですが、更識さんもご存じのとおり、あれをまともに扱えるのは殆どいないといっても間違いはありません。他の第3世代型兵装と違い、『白紙』は常に防御シールドを展開させつつ、状況に応じて必要な武装をイメージしなければなりません。いくら機体の防御力が高いとはいえ、判断をしくじれば、或いはうまくイメージをまとめられなければ戦うことすら難しいのです」

「つまり、ある意味姉さん専用のISということですか」

「そうなりますね。我々も蒼乃さんでなければあんな無茶苦茶な機体作りませんよ。ヴァルキリーやブリュンヒルデでさえまともに扱う事はできないでしょう。私が見た限り、蒼乃さんのように『白紙』を扱えるのはあの“織斑千冬”ぐらいでしょうか」

「え……?」

 

 “織斑千冬”。その名前を聞いた時、全身が強張って動かなくなってしまった。初めて聞いた名前のはずなのに、どこか懐かしい感じがする。それに、なぜか顔も思い浮かんだ。見る人に鋭い日本刀のような印象を与える女性。

 

『●●………お前は――』

 

 あったことも見たことも無いはずの人が、

 

『色々と気が利くというのに、なんでそうも“無能”なんだろうな』

 

 俺を憐れんでいた。

 

「う…あ……」

「一夏! 聞いちゃダメ!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 何も言うな聞きたくないうるさい黙れ消えろウセロ邪魔だ腐れカス共が何も知らないくせに何がムノウだふざけるな好きでこんなになったんじゃないそれを俺が悪いみたいに扱いやがって調子に乗るなよ糞がやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろもうしゃべるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

「一夏!」

「ッ!?」

「大丈夫、姉さんがいるから!」

「……あ」

「姉さん、どこにもいかないから。ずっと一緒だよ。私が(・・)一夏の姉さんだから」

「………姉さん?」

「うん。姉さん」

「……ごめん。ありがとう」

「いい」

 

 姉さんに抱きしめられて、どこからともなく湧きあがってきた黒い感情が収まっていくのを感じた。大分収まってきたので、礼を言って立ち上がろうとした時、背後数十mに気配を感じた。明確な敵意を持った気配を。

 

 回避不可能。

 

 それを理解した俺は振り返らずにそのまま姉さんを突き飛ばした。タッチの差で俺の胸から巨大な剣が生えてきた……というより、背後から刺されたというべきか。

 あの距離を一瞬で詰めるスピードといい、この剣の大きさからして……

 

「IS……か……げふっ」

「御名答だ、“鴉”さんよ。この間の借りを返しに来たぜ、個人的にな。まあ任務なんだけどよ」

「襲名式に…忍びこんでいたやつか」

「おう。運が悪かったな、今日ここにいるなんて。マドカに会わせる顔がねえよ……ったく、スコールも無茶言うぜ」

「まど…か……。知ってるのか?」

「さあな、これ以上言うつもりはねぇ。あばよ」

 

 ゆっくりと剣が持ち上げられる。俺の身体も浮き上がり、重力に従ってさらに根元まで食い込んでいく。

 

「い、いち…か……」

「ごめ…ん姉さん。あと、頼む……」

 

 振り抜かれる剣。今度は慣性に従って飛ばされる。勢いよく剣から飛ばされた俺は対弾強化ガラスを軽々とぶち破って階下へと落ちていった。

 

「いやあああああああああああああああ!!」

「貴様ああああああああああああああァァァァァ!!」

 

 簪様の悲鳴と姉さんの叫び声を聞きながら、ついさっき思い出した妹の事を考えながら更に落ちていく。痛みも忘れ、何時になったら止まるんだろう、と思いながら下を見ようとすると同時に、俺は床に激突した。

 

 ぐしゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟ができた。

 人体実験の被験者を拾って来たらしい。養子にして引き取るそうなので、つまり私の弟になるという事。

 

『ハジメましテ?』

 

 顔を合わせた時、弟は私と正反対の位置にいる人間だと気付いた。それと同時に、最も私に近い位置にいる人間だと分かった。上手く言葉には言い表せないけど、とにかくそう感じた。私の勘はよく当たる。

 

 実際そうだった。私達は誰からも理解されなかった。お父さんもお母さんも皆、誰一人として分かってくれなかった。私達を理解できるのは私達だけだった。

 その証拠に、お互いべったりだった。大好き、愛しているなんて言葉では言い尽くせないぐらいに。依存、という言葉がヌルイぐらいに。起きる時も歯を磨くときも遊ぶ時もご飯を食べる時もお風呂に入る時も寝る時も、いつでも一緒だった。私は一夏にだったら何をされても許せる。きっと一夏だって同じ。とても広い世界で、大きいお屋敷で、私達姉弟は2人で生きていた。

 

 私が日本代表に選ばれて、モンド・グロッソ予選の為に合宿で家を開けている間に、一夏は森宮との溝を更に深めて、任務に駆り出されるようになってしまった。一夏自身がそれを望んだとかふざけたことを言っていたが、それは大間違い。私が1ヶ月ほど家を留守にしていただけで、一夏はそこまで追い込まれてしまった。急いで家に帰って見たのは変わり果てた一夏の姿だった。

 

 私は思った。世界なんてどうでもいい、私達はお互いの為だけに生きるべきだと。

 

『一夏、私日本代表なんて辞める。少し離れただけでこんなになってしまうなら、ISなんて要らない』

『そんなこと言わないでよ姉さん。俺は大丈夫だから。折角やりたいことを見つけたんだから、頑張ってほしいな』

 

 一夏オンリーだった私がやりたいこと、それがISだった。これだけの力があれば一夏を守れると思ったから、制限はあるもののある程度私物化できる専用機を貰う為に日本代表になった。それから世界の広さを知った私は、自分の力がどこまで通用するのか知りたくなった。共に暮らす人たちから敬遠されるこの力は、いったいどれほどのものなのか、ちょっとだけ気になった。その程度のこと。私の一夏至上主義は絶対にぶれない。

 

『姉さんがISに乗って頑張る姿、俺好きだよ。カッコよくて、綺麗でさ。支給された携帯端末でこっそり見てるんだ。まるで童話に出てきそうな世界で有名なお姫様みたいだって思ったよ。励みになるんだ』

『お、お姫様………』

『俺は耐えられるから。それに、まだ生きたいから死ぬつもりも無いよ。自分が生きる意味を知りたいっていうのもあるけど、俺は家族を――姉さんを守りたいから。まぁ、何一つまともにできないんだけどね』

『一夏………』

『姉さんなら世界一になれるよ。だから諦めないで』

『……ねえ一夏。お姫様が最後はどうなるか知ってる?』

『え? 幸せになってお終い。ハッピーエンドってやつかな?』

『そうね。王子様と結ばれて幸せになるか、悪の組織とか触手やモンスター達にヤられまくって雌奴隷になるかの二択よね』

『え、えっと……何言ってるの?』

『でも私はそんな奴らに負けるはず無いから王子様と結ばれるハッピーエンド一択。さあ一夏、お姫様(姉さん)を幸せにして。どんなプレイも喜んで受けるし、好きになってみせるわ。で、子供は何人ほしいの?』

『姉さんホントに何言ってるのさ!?』

 

 そのあとは色々と言いくるめられてしまった。流石に昼間からは恥ずかしかったみたいね。真夜中にがっつりするのかしら、とか思ってたら政府に呼び出されてすぐに他国家との親善試合の準備をしなければならなくなり、また家を留守にしてしまった。

 

 私は結局辞めることはしなかった。なぜなら一夏がそれを望んだから。

 世界の頂点を決めるモンド・グロッソ。私は最年少で出場し、あえてベスト8進出、準決勝敗退という記録にとどめた。上に人が居るようにしておかないと、私のやりたいことが終わってしまう。引いては一夏の励みが無くなってしまう。だから負けた。それっぽく。個人的にはやっぱり1位が良かったけど、一夏の事や日本の意向とか私の経歴とかも色々と考えた結果、ベスト8に妥協した。

 

『また今度頑張ればいいよ。それに、ベスト8だって凄いことなんだからさ、もっと喜ぼうよ!』

 

 一夏は電話でそう言ってくれた。その時の私は喜びのあまり鼻血を流していた気がする。

 

 それからもなかなか会えない日々が続いた。今度は中学校を卒業して半ば強制的にIS学園に入学させられた。専用機の事があるから文句は言えても逆らえないので渋々従う事にしたがそれでも不満だった。

 進学するつもりなんて無かったのだから。そのまま森宮の家に帰って、お父さんの手伝いをするつもりだった。要するに更識が経営している会社へ勤めるつもりだったのに……。

 

 今まで以上に一夏に会えない日々が続いた。しかもまとまった休みの日に帰れば任務任務任務。まるで私を邪魔するかのように一夏は家に居なかった。

 だが、それも昔の事。更識姉妹のおかげで一夏の任務は激減、生活は一変。普通の中学生になれたのだ。嬉しさのあまり今度は泣いてしまった記憶がある。これで一夏に会える、もう苦しまなくて済むと。

 

 早速手紙を書いた。学校にはISの整備の為公欠します、という書類を出して休むことにするから、一夏を本家から呼び戻しておいてほしいと。手紙なんてめったに書かない私からだから、きっと読んでくれるはず。まさか、シュレッダーにかけるなんて予想外だったけど。

 

 それでもなんとか会う事ができた。法定速度ギリギリで車を出してもらい、研究所は顔パスして全力疾走。面倒なコーナーや階段は壁を走り、時には天井を走った。最後は面倒になったのでISも起動してようやくゴール。愛しの愛する可愛い唯一無二の弟と再会することができた。ホントは押し倒したかったけど、流石に公私混同するわけにはいかないから我慢した。

 

 家に帰って、一緒にご飯を作って食べて、流石にお風呂は無理だろうけど、手を繋いで寝るくらいは許してくれそう。たった数日だけど、この1年余りの寂しさを埋めるくらい甘い時間を過ごしたかった。

 

 それなのに

 

「ごめ…ん姉さ……ん」

 

 私を庇って一夏はIS用近接ブレードに串刺しにされ、放り捨てられた。しかも強化ガラスを突き破るほど強く。あの下は確かスクラップが詰め込まれている場所だったはず。廃材だらけの場所に落とされては幾らあの子でも、生きては、いない。

 

「最大の難関はなんとかなったな。後はコアと技術を奪うだけ、か」

 

 殺した。私が? それともこの女が?

 決まってる。

 

「貴様ああああああああああああああああああああああああァァァァァァァ!!」

 

 この女が殺したに決まってる!!

 

「殺してやる!!」

 

 『白紙』を纏い、突進する。盾で突進し体勢を崩したところで『災禍』でブレードを生成して一気に決める。競技用リミッターなんてとっくに外した。後はコイツの心臓を一夏と同じように貫いて、一夏と同じように思いっきり振り抜いて、そして形が分からなくなるまでグチャグチャにして、細胞の1カケラも残さずに消し飛ばすだけ。

 

 そのはずだったのに、『災禍』は起動せず、私は突進を止められない。このままではただの的だ。

 

「蒼乃さん! 避けて!」

 

 芝山さんの声が聞こえたがもう遅い。いくらPICが積んであっても慣性をゼロにすることは不可能に近い。この女は血で濡れたブレードで私を貫くだろう。

 

 それもいいかもしれない。一夏と同じように、一夏の血で赤く染まったブレードで殺されるのも、悪くないかもしれない。

 だって、一夏がいないんだから。死んでしまったのだから。もうこの世界に価値なんてカケラも残っちゃいない。死んだ方がマシ。

 

 いや、死ぬんじゃない。会いに行くんだ。

 一足先に逝ってしまった弟に会いに。歳もとらず、衰えも無いと言われる世界で私を待っているんだ。

 

 迫るブレード、まるで一夏が私に手を伸ばしているように見えた。

 

「一夏……」

 

 思わずつぶやく。

 

「呼んだ?」

 

 そのつぶやきに声が返ってくるなんて、私は思いもしなかったけど。

 

 


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