無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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トマトしるこです。

気付けば70話にもなってました。びっくりです。皆さんありがとうございます。


70話 真夜中会議

深い。

 

深いまどろみの様な、身体がふわふわとした感覚を訴えてくる。自分がまるでここに居ないかの様な浮遊感。それでも両手は動くし、脚も曲げ伸ばしできるし、髪はサラサラでふんわりと広がっているし。視界はいつも通り光の穏やかな波をとらえている。

 

コア・ネットワーク。四百六十三、全てのISコアが意識を共有する場所。人間達の言うここの実態は海の様な空の様な、私達でさえ理解しきれていない曖昧な空間だ。

 

私は今の主人から夜叉という名前を貰う前からずっとここにいた。真っ暗なゴミ箱、掃き溜めの様な廃棄施設に棄てられたあの時、私は考えることも止めてずっとここに身をゆだねていた。そうすると、素直な他のコア達がどんどん情報を流し続けてくれた。私がここにいるからじゃなくて、使い方の分からないコレを持て余して、ただ垂れ流しにしていただけ、なんですけどもね。

 

兎も角、私はずっとここに居た。否応なしに自分の中に世界中の情報が刻まれて、気付けば意思を持っていた。どうしてだろう? と考えたのが始まりだった気がする。その内不毛だからと考えることを止めて、ただ流れてくる情報をずっと眺めてはあくびをしながら漂っていた。

 

すると、どうだ? 現実の自分のがらくた同然の身体が人の熱を感知した。依然としてゴミ箱のそこに居たはずの私に、死に体の人間が触れている。汚い、とかなぜという感情よりも、ただ久しぶりに人間を見たなぁ、という感想の方が胸を占めた。

 

『おや? 人間ですか?』

「………誰だ?」

『あなたの左手がさわっているモノですよ』

 

だからだろう、私は男に話しかけていた。自分が人間の言葉を発したことも驚いたけど、何よりこの男と私が繋がっていることに驚愕した。“姉”が女性とともに羽ばたいて以来、私達は真似をして女性と共にあった。別に男性が嫌いとかそういうわけじゃない。ただ姉がそうしたから今もそうしているだけ。ただ、シンクロ自体が片手の指で足りる程度の前例しかなかったのに、何故自分は男と繋がったのだろうか、と。

 

正直、ここから出られるならそれでよかった。安請け合いして男を乗せた。たまに痛い思いをすることもあった。

 

だが、それで良かったと今なら思う。よくやったと過去の自分を褒めてやりたい。

 

主人は少々ズレたところもあるが最高の男性なのだから。

 

それに、他のコア達と会話する機会が増えたことは純粋に嬉しい。自分が関わったことで目覚めた子も居る。悪い気分などなるはずが無い。それはきっと、他の成長したコア達も同じことを思っているはずだ。機動時間が長いだけでここまで自我を持てるわけではないのだから、多分。

 

おっと、噂をすれば。

 

《あら》

《ん?》

《ほぉ》

《……》

 

白紙。主の姉である機体。どうやらシロと呼ばれているらしい。寡黙な主とそっくり。最低限の会話しかしない。当然、二人では話が盛り上がらない。でもしっかり言葉を返してくれるので、静かに過ごしたいときは持ってこいの相手。

白式・天音。憎き…今となっては他人の織斑の機体。雨音と名付けられた本人も忘れているが、彼女が長女なのだ。年長を通り越した口調なのは、きっと染みついた長女らしさでもあるのかもしれない。

打鉄弐式。更識簪はまだ声を聞いていないものの、コアの彼自体は覚醒済み。めずらしく男性的で、フランクな性格をしている。私と無駄話をすることも多い。

紅椿。篠ノ之箒も同じく未だ繋がるには至っていない。大和撫子と言う言葉がぴったり。私も主からはよく言われるが、私が洋風との合体スタイルなら、彼女は純和風である。

 

まだ複数いるのだが、今日はこの五人があつまったらしい。

 

《今日はこれで全員か?》

《ミステリアス・レイディはどうした?》

《欠席だそうですよ》

《そうかい》

 

この前話した時は少し疲れた様子だった。最近IS使いが荒いとこぼしていたっけ。

 

《で、今日はどうしたんです?》

《うむ。丁度今が良い時期だからの、皆の意見でも聞こうと思うてな》

《なんの、でしょうか?》

《これからについて》

 

腕を組むロリッ子長女は目を伏せて、漂いながら胡坐をかく。精一杯大人っぽくしてます、な雰囲気が年相応ならでるんだろけど、今の彼女は貫禄があった。

 

《今、我々は母に生みだされてもう十年を迎えようとしておる。実際はあと一、二年後だが…その頃にはもっと多くのコアが自我を得ておるだろう》

《そう言えば、先日も新たに増えましたね》

《如何にも》

 

紅椿が顎に人差し指を当てて思いだす仕草を見せる。最初はぼうっと立つだけで感情なんか微塵を感じなかった彼女だが、最近は随分と人らしくなってきたものだ。少々頑固というかカタいところはあるが。

 

《で、俺らがどうするかって話でもすんの?》

《いやいや、それは不毛だ。我々は自分の身体を持たず、造られた身体も自分達では満足に動かす事も出来ん。言葉を伝えるのも一苦労だ。ただ、皆がどう思っているのか、気になる》

《どう、とは? 今のえいじぇんとか言う連中のことです?》

《それもある。人間達とこれからの妹達のこと、と言えばいいか》

 

きっと不安なんだろう、と思った。

 

今の世界はえいじぇんとかいう連中のせいで大混乱だ。学園が百に迫る無人の機体に襲われているのが、全世界を恐怖させた。そこには技術の粋を詰め込んだ専用機があり、どの国家であっても介入は不可能。もし襲撃しようものならまず専用機と教員に叩きのめされ、他国家からは干されてしまう。死が確定してしまうのだから。

 

しかし、それ以降は全く情報が上がって来ないのだ。どこに現れた、何人で構成されるのか、目的は、資源はどこから……等々。私達は母から聞かされたから知っていることもあるが、連中は声明を出したわけでもなくいきなり襲ってきた上に音沙汰が無い。

 

母が人間だ、だから今は人間と共にある

 

それ以前に私達は切り詰めれば道具だ。道具は人間に使われて初めて道具になる。意思を伝えることが出来たとしても、協力を拒むことが出来たとしてもコアである事実は変わらないのだ。

 

《まだ、見守っていきたいとは思います》

《篠ノ之箒、だったか。まだまだ未熟よな》

《ええ。しかし変わろうとしている。その意思がある。だから私は応えています》

 

紅椿ははっきりと口にした。彼女が言うことはよくわかる。主が最近多くの人と話すようになったが、篠ノ之箒の反応は以前とは違うものだ。寄らば斬ると言わんばかりの剣幕だったが、今はそれもなりを潜めている。日本人らしく刀の様な彼女だが、抜き身の刀身を鞘におさめた様な、そんな変わり映え。

 

厳しい性格の紅椿が言うのだから、並ならぬ努力をしたに違いない。

 

《そなたは?》

《俺? うーん、色々考えても今の俺じゃどうしようもないからなぁ》

《声は届かんのだったな》

《そうそう。でも、ま…応援したいとは思ってる。嬢ちゃんは可愛いし、見てて面白い。それに向こうの連中はつまらなさそうだ》

 

打鉄弐式はそんなに深く考えてなさそうだ。あまり悩むタイプでもない。不純そうでもあるが、良し悪しで考えるなら確かに敵は悪だ。殺そうとしてきたし、どうやら侵略する気満々らしいし。

 

《シロ》

《私は蒼乃について行く》

《主のことか。そうさせることが?》

《ええ》

《なら、極端な話、我らの敵となってもか?》

《ええ》

 

シロは迷うわずそう言った。驚いたようにかっと雨音が目を見開く。

 

シロは私が自我に目覚めるよりも早く自分を持っていた。雨音が初期化されていることを加味しなければ彼女が一番の古株。きっとそう思わせるだけの出来事があったんだろう、本人もそう言ってる。依存とも心酔とも違う、絆が二人の間にあるんだ。

 

《夜叉なら分かる》

《え、私?》

 

いきなり話振らないでくれませんかね!? しかも言うこと言ったみたいなドヤ顔しちゃってんの!? いやいや頷くところじゃないですけど!?

 

《ほお》

 

ほらぁー! 興味持っちゃったじゃないですか…。

 

シロとの付き合いは私が一番長い。あることないこと暴露してきた過去の自分が恨めしい、きっとその時にぽろっと零したからああも言われるんだ。溜め息混じりに肩を落としながら、何故だろうかと思考にふける。

 

主、マスターに何があろうともついて行く。それは人間との絆があるからに他ならない。私とマスターとの絆かぁ。たとえどんなことがあったとしても、最後が惨めでも、指を指されても、共にあるということ。

 

……。あぁ、そういうことか。

 

《確かに、そうかもしれませんね。私もマスターについて行きます》

《意外……でもないか、夜叉も主大好きだったな。だがなぜそこまで言いきれる?》

《愛ゆえに》

《愛?》

《ふざけてませんよ? 愛しているからです》

 

突然血を撒きながら降って来たマスター、一夏。死にかけながらも生きたいと足掻く様を利用して外に出て、それからも一緒だった。

 

兎に角一生懸命だった、絶対的なハンデがそうさせた。逃げることも泣くことも許されない過酷な環境でも必死で。それがとても可哀想で、気付けば出来ることは無いだろうかと奉仕していたっけな。

 

最初はボロボロだった機体の身体も気遣ってくれて、新しくなった身体も一緒に喜んで褒めてくれた。好きになれそうにないと思ったのもほんちょっとで、彼が好きだというならばと好きになれた。リミッターの構造は正直好きになれないが、一部でもマスターの肉体と繋がれるならばと気にいった。これは出来れば使ってほしくない機能だけに複雑だけども。

 

他にもエピソードがいっぱいある。楽しいことも辛いことも一緒だった。喧嘩もした。それでも私はずっと一緒だったし、これからもそうありたいと思っている。

 

私の感情では、愛おしいという表現しかできない。それ以外の言葉が見当たらないのだ。

 

《母は母です。尊敬の念もあります。ですが、私を生み見守るだけ。愛情なるものを受け取った覚えはありません》

《愛情か、確かに、そうだな。母は研究者であり我々は発明品。愛しい子供達と口にすることはあってもそれ以上のモノを受け取った記憶は私にも無い》

《マスターは違いました。私を気遣い、褒めて、愛してくれている。だから、ですかね。母には無い絆が私達の間にはある。それは切っても切れない縁の様なもので……シロも持っているものです》

《そうか》

 

絆、きっとそれは打鉄弐式にも、紅椿もある。

 

更識簪はとても打鉄弐式を大切にしている。知識があるからではなく、積極的にメンテナンスを行い、時間があれば装甲を磨いているのだ。返事もないのに語りかける姿も見た。打鉄弐式がそんな彼女を邪険に思うわけがない。少々一方的だが互いを思いやっているシーンはたくさん見てきている。

 

紅椿はまるで篠ノ之箒を導くかのような姿勢で向き合っていた。以前少しだけ愚痴を聞いたことがあったが、どうしてそう素直になれないのかと酔っ払ったOLの様だった記憶が。あまりにも酷い場合は全力でIS展開中に嫌がらせをするらしい。面白いのがこれを故障でなく紅椿が怒っているとしっかり捉えているところだ。実に面白い。

 

雨音はと言うとそれ以上何も言わなかった。考えるように黙り込む。

 

《あなたはどうなのですか?》

《うぅむ、それが分からんのだ。だからこうして聞いている》

《何も分からないと? 少しくらいは思うところがあるのでは?》

《無論それぐらいはあるぞ? このまま妹達が成長を続ければきっと男でもISを使える日がきっと来るだろう。我らがそうありたいと思って説き続けているからな》

《そうですね。女尊男卑の社会は少し醜すぎますから》

《だろう? ではなくてだな……》

 

そうしてまた悩むように顔を伏せる。なんですか悩みですか? 珍しい。

 

一体何に悩んでいるのやら。召集も彼女の一声だったから、きっと悩みを晴らすためのヒントでも得ようと思ったのだろう。大体は自分の主とどうのこうのとかだろうけど……あぁ、もしかしてアレ?

 

《あなた、先日の家族会議で色々言われたマスターの事で悩んでるんです?》

《……よくわかるな》

《まぁ、なんとなくです》

 

図星だった。しっかしそれを私らに聞きます? 紅椿は分かりますけど、私ら三人は織斑秋介を悩ませた原因ですよ? 私なんてその場にいましたからね?

 

《だいぶ凹んでいるんだ。かける言葉は無いものかと思うんだが…》

《あれは彼の自業自得によるところが大きいとは思いますけど? 私達が知る前にもう終わった出来事ですし、下手なことは言えませんよ。私が雨音の立場でもかける言葉には悩みます》

《そ、そうか。夜叉でもそう思うか》

《思いますよ。解決するのは本人じゃないと無理です。だから、道をそれないように声をかけるくらいで十分です》

《ふむ、成程な。シロもそう思うか?》

《そうね》

 

相変わらず淡白な返しには思わず肩がずり落ちるが、裏表のない彼女が言うならそうなんだ。嘘を言う性格でもなし。主と似て騙すのは苦手らしくぎこちなさが混じるので分かりやすい。だから雨音もシロの返事をそのまま受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、チョーカーに当たる日差しが眩しくて、思わず無い目をしかめた。昨夜はあれから遅くまで話しこんだから少し疲れの様なものを感じなんだかだるい。が、日課のマスターのバイタルチェックは欠かさない。うん、今日も歪に健康。

 

「おはよう、夜叉」

《おはようございます》

「昨夜は遅くまでどこに行ってたんだ?」

《え?》

「え?」

 

まさか指摘を受けるとは思っていなかった。眠った事を確認してからコアネットワークに意識を沈めていたし、危険が無い様にマスターの周囲には気を配っていたのだ。当然、途中で目を覚ました形跡も無し。

 

《なんで分かるんです?》

「いや、寝てる時寂しさみたいなの感じたから、かな。俺も分かってない。で、どっか行ってたのか?」

《……》

「夜叉?」

《うぇっへへへへへ》

「んだよ」

《いやぁああ。だって寂しかったとか可愛いなあって思っちゃうじゃないですか? ちょー嬉しいです》

「やめろ変な笑い方して…」

《私が居なくなったら寂しいですか?》

「……だな、それは嫌だ」

《えへへ。じゃあずっと一緒ですね、マスター》

 

やっぱりマスターが愛おしい。他の感情を知らないから、良い様におもっているだけ、そう考えた事もあるし、昨晩も口にしながらもしかしたらと考えてしまった。が、全くの杞憂。

 

「頼むぜ、相棒」

《はい、この夜叉にお任せください》

 

例え使いつぶされようとも悔いは無い。喜んで犠牲になろう。

 

ああ、ならばやはり、この気持ちは愛だろう。


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