無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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いつも誤字報告ありがとうございます。


79話 最後の大仕事

シャルから受け取ったショットガンを真正面に構えて十字路へと躍り出る。向かって右側が俺の持ち場、背中を預けるように左側を警戒する。射撃武器が雪羅の荷電粒子砲しかない俺と違って、斬撃が飛ばせる紅椿は刀を引き絞った姿勢でぴったり俺についてくるのだ。

 

束さんから受け取ったマップデータにサーモセンサーとソナーが四機分(白式はからっきしな代わりに、紅椿とラファールが頑張っているので四機分)フル稼働させているので不意を突かれることはないだろうが、そこは人間なので目視確認が欠かせない。というより指揮官殿がうるさい。左手を上げて合図を出し、右に曲がれと指示が来るので箒と並んで曲る。

 

「今どれくらい?」

「うーん、中間ぐらい」

 

ツィタデルに無事侵入することが出来た俺達は突如音もなく湧いてくるドローンに警戒をしながら、俺・箒・ラウラ・シャルの縦列陣形で最深部へ向かっていた。

 

IEXAで取りついて侵入したそこは格納庫らしき場所で、機体関係の全てがここに集約されているらしく、あり得ない広さだった。まるでドームだ、それぐらいだだっぴろくて、機材があちこちに散らばっている。破損したパーツや予備パーツがそこら中を漂って、身じろぎするだけでガンガンとぶつかるぐらいだ。

 

予め貰っていたデータによれば、下部は全てBR関係の施設で統一されており相違はない事がわかる。流石にここまで広いとは思っていなかったけど。そしてお約束の様に上層に中心部があり、中層の中央に機関部がある。

 

通路幅が狭くIEXAではこれ以上先に進めないので更識さんに預け、一部の武装を拝借して機関部を目指している。中心部に用はない、月に攻め入ったチームとは違ってこちらはデカブツを壊せればそれでいいのだし。今頃俺達が乗ってきたIEXAは更識さんの遠隔操縦で奮闘している頃だろう。帰りに必要は無いので有効利用しないとね。しかし凄いよな、自分の機体の管制を務めながら二機分を自動操縦しているんだから。やっぱ束さんの弟子だ。

 

というわけで、爆破に重要なブツ抱えたラウラを守りつつ、指示を貰いながら順調に奥へ潜り込んでいる。乗り込んだ時点でBRの迎撃は無く、ガンガン進んでいるにもかかわらず一機も出てこない。稀にドローンが数機曲がり角から飛び出してくる程度。外は上手くやっているらしく戻ってきたBRと挟撃されることも無い。

 

しかし悠長にしている時間はない。

 

「びっくりするほど何もないが……本当に大丈夫か?」

「なんだ、道なら間違ってないぞ」

「ラウラは疑ってない。迎撃が無い事を言っている」

「全部外に出し尽くして空っぽなんだろ」

「流石に楽観視すぎるよ。でも、少なすぎるとは僕も思うな」

 

シャルまでそう言うならそうなんだろう。次の十字路も難なくクリア。無重力にもすっかり慣れたもので、壁を蹴った慣性に身を任せて次の角を警戒する。

 

ドローンは居ない。その先へ進んでも、途中見つけた一室にも、広い踊り場にも、ネジ一本転がっちゃいない。

 

マップに記される機関部はもう目と鼻の先だ。中に入ってすぐの小競り合いからかれこれ三十分、借り物のショットガンの引き金を引くことなくたどり着いてしまいそう。敵地のど真ん中だというのに、突入までの嵐の様な戦場と正反対の静寂が狂わせる。すっかり気が抜けてあくびが出てしまいそうだ、当然噛み殺したけど。

 

結局何もなく、機関部入口までたどり着いた。

 

くい、と両手が塞がっているラウラが顎で俺に合図を出す。普通なら喧嘩になりそうなものだが、出会いを考えるとよくここまで話せるだけの関係を築けたものだと思う。どちらかというと、ラウラの歩み寄りが凄いんだが。

 

白式には射撃に関する一切のセンサーが搭載されていない上に、俺自身が訓練をしていないので映画やアニメの様に構えたって一発も当たらない。なので、目標に対してまっすぐ腰だめに構えて、撃つ。教わった通りにハンドガード部分を引いて弾丸を装填し、また引き金を引く。数発も打ち込めば、頑丈そうなドアもぐしゃぐしゃだ。最後に蹴り飛ばして盾になるよう中に入った。

 

「うっ…」

「ひっ……」

「……!」

 

目に飛び込んだそれ……衣服に袖を通した萎びた何か、の正体を同時に察した俺は耐えられずえづく。シャルも、悲鳴を上げなかった箒も、血の気が引いたように白い。ただ、ラウラだけはそれらを手で払いのけて奥へと進んでいく。慣れているのか、それとも…。

 

「行くぞ」

「でも……」

「こうしている間にも、仲間が危険に晒されている。我々のやるべき事はなんだ? それに、もうどうしようもない」

「……ああ、ああわかったよ」

 

行こう、と二人を促してラウラの後を追う。漂うソレは払いのけることもせず避けて進んだ。遺体がどうのこうのではなく、ただ単純に触れたくない。

 

米粒の様に小さかった銀髪を探してきょろきょろと見渡す。パイプが蛇の様に空間全体を這いずっては絡み合い、ガコンガコンと忙しない音が鳴り響く。辛うじて設置された歩道代わりの鉄板のお陰で道を違えることはないけど、どこにいるのかさっぱり分からない。最初こそ物珍しさを感じたものだが、それも数分で飽きてしまった。

 

ぱっと浮かんだのはあの汚部屋……いや、止めておこう。あとで何をされるか堪ったものじゃない。

 

どうやら奥に進んでいる事だけはわかる。その証拠に、雑多に絡まっていたパイプは整列して一方向へと収束しているからだ。それに、萎びた遺体も見つからない。

 

追いついたラウラの表情は変わらない。マップを睨んでは、ぶつからない程度に周囲に気を配っている。さっきのは気にも留めていないようだ。思い切ったシャルは「知ってたの?」と問い掛ける。

 

「いいや」

 

いつもの調子でそう返す。

 

「我が部隊はISを用いる特殊部隊。主な相手はISを奪ったテロリストだ。死体には慣れている。流石に表面だけ干乾びたような死体は初めてだが……マシな方だろう」

「マシな方……」

「なんだ気になるのか?」

「遠慮しやす、隊長殿」

「それがいい。どうしても気になるなら月にいったチームに聞いてみるんだな」

 

はっはっは、と笑うラウラ。特別取り繕う様子もなし、平常運転だ。改めて住む世界が違う事を教えられた気分になる。そうだよな、軍隊なんて特殊な環境で部隊長を任されるってことは、それだけ実績を残してきたってこと。それってつまり戦争や救助活動なわけで……色々と考えるのをやめた。

 

「あっちはどうなんだ?」

 

いやーな気分に浸かっていた俺を引き上げたのは箒。どう表現すべきか、機関部なんて知らないが重要そうな場所は検討はつく。箒がマップで示した場所は現在位置のすぐ近くにある密室で、このツィタデルと呼ばれる要塞の中心の中心部。横にも縦にも機関部的にもど真ん中。拡大すれば見える距離にあるそこにパイプが繋がれて……というより、そこからパイプが生えている様に見えた。

 

無言でゴーサインを出したラウラに従って、俺と箒が前に出る。こんな場所で戦ってもむしろ敵の方が大ダメージを受けそうな上に今更だとは思うが、警戒に越したことはない。

 

予想通り、無事に取りついた。ラウラは大事そうに抱えていた……いや、くっついていたの方が似合っているか? とにかく、IEXAから拝借してきた武装の設置に取り掛かる。16m程もあるIEXAの外部に取り付けられた六連装ミサイルポッド。そっと壁に接するように置かれ、何やら難しそうな操作を始めた。

 

「それ、ずっと聞きたかったんだけどどうすんの?」

「自爆させる」

「わーお……」

 

今やってるのはタイマー設定ってことか。

 

「一番良いのは設定時間後に自爆。あと失敗した時の為に、機雷を一定間隔で撒きながら帰って脱出後に爆発。の二本立てだって。機雷は僕が用意してきたから、それをみんなにばら撒いてもらう感じかな」

「とんでもないヘンゼルとグレーテルだ……あ、何でもないです」

 

俺の突っ込みに腹を立てたシャルは無言でシールドを掲げて見せた。知ってる、あれの内側にはパイルバンカーが仕込まれてるんだ。というわけで早々に降参して謝罪。お陰で箒のため息だけで済んだ。

 

因みに帰りは来た道の逆走…ではなく、隣接している運搬用の大型シャフトがある。そこを上昇して天辺から脱出という手筈だ。今のフロアを例えると一番硬い岩盤で、そう簡単に貫通は出来ないから比較的やわらかい上から出る、と。

 

二人はああでもないこうでもないと相談しながら慎重にタイマーと睨めっこしている。距離と速度、影響の及ばない距離まで対比する時間、それらを加味して設定しておかないと俺達が爆発に巻き込まれるし、遅すぎても解除の恐れが出てくる。

 

難しいところだが、あっさりと二人は仕事を終えた。

 

「リミットは30分。3分ほど余裕をもって脱出できる程度はある」

「というより、そこがギリギリの妥協点なんだ。さ、行こう」

「え、スタート押さなくていいのか?」

「もう押してる」

「「早く言え!!」」

 

そろって突っ込みを入れ、大急ぎでスラスターを起動。お得意の爆発的な加速で一気に爆弾を置き去りにして、大型シャフトに躍り出た。速度維持に優れた紅椿は俺よりも先に上昇を始めており、ちょっと遅れてラウラとシャルが続く。

 

「大丈夫だって。今までの様子だと妨害は殆ど無い筈だし、この面子なら足に困ることは無いでしょ」

「そういう問題じゃない」

 

シャルが言うように、重武装のシュヴァルツェア・レーゲンを除いた三機は速度回りが特に優れている。展開装甲の紅椿、近接命で速さを欠かせない白式、名前が既に速いラファール。特に新しくなったラファールは部品と設計図さえあれば現地で組み立てできるトンデモない機能持ちなので、少々お荷物なレーゲンを引っ張るエンジンだって組めちゃうんだろう。

 

現にラウラはシャルに引っ張られるだけで、スラスターに火が入ってない。俺達のやり取りに加わることなく淡々と誰かへ報告している最中だ。

 

先を行く箒がこちらに足並みを合わせて、さっきの俺同様に小言を漏らす。苦笑を浮かべたシャルがラウラと目が合いようやく口を開いた。

 

「向こうも用を済ませたらしい」

「朗報だな」

「おう。やっと帰れる……」

「だね」

「しかし、何もなかったな」

「いいんだよそれで。何も分からなくても、結局何もないのが一番良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISが特別優れている点は何だと聞かれればどう答えるか悩むと思う。難しい事を考えずに凄いという言葉しか出てこないぐらい凄いからだ。それでも敢えて……というより、今現在直面している危機的状況で例を挙げるなら、何と言っても空を飛べる事じゃなかろうか。

 

「これはどうだ? あぁ、効果があって何より」

 

不意打ちに次ぐ次の一手は重力制御だった。縦長の空間の底、その四隅に打ち込まれた杭が自衛のバリアと重力を生み出しており、単純ながらこれが非常に厄介で決定打を与えられていない。杭を壊そうにもバリアが張られて通常兵器では壊せない……というより、アルド・シャウラ本体の苛烈な砲撃に揺らぎを見せない時点で、こちらの手持ちではどうしようもないだろう。

 

PICでは滞空するだけの出力が足りず、スラスターを使えば飛べなくはないが負荷が地球よりも強くて消耗が激しい。短期決戦を挑んで即撤退が実現できるならそれでも良かったが、飛べないという制限の中で速攻を決めたとしても、ガス欠で帰れなくなる。それはダメだ。

 

いつかの自分の飽和攻撃なんてとてもじゃないが比べようもない、まるで大災害の様にこれでもかと弾が降り注いで一時も止まない。ただでさえ満足に身動きが取れない中、遮二無二こじ開けた反撃の糸口すら容易く潰されてしまう。吐き出したドローンは一切攻撃せず、捨て駒の盾にされてかすり傷一つすら与えられていないのだ。

 

加えて位置取りが絶妙。常に角を陣取り俺達四機を視界にとらえ背後に回るスペースを作らない、側面の火砲もぞろりと雁首揃えて火を噴き、真下に潜り込もうものなら倍以上の機関砲からの集中砲火で、紙装甲の夜叉などあっという間に溶けてしまう。

 

《苦戦は必至と覚悟していましたが、まさか手が出ないとは……》

 

相棒のぼやきはごもっとも。綺麗そっくり俺の気持ちを代弁してくれている。

 

大雨の中、一つの大きな傘をさして引きこもってる。マドカが偏光射撃を上手に使って内側に居ながらドローンの数を減らしているが焼け石に水、減った分だけ補充され意味をなさない。

 

悔しいが開幕宣言どおり、すり潰されていた。

 

「やっぱり俺が突撃――」

「「「却下」」です」

 

言い切る前に切り伏せられるどころか座り込んだ桜花から銃床で脛をどつかれる始末。

 

「しかし突破口を作らないとジリ貧だ」

「それは分かってるから、自分が無茶するやり方を提案するなって言ってるの!」

「そういう事です。別の方法で私を運んでくださいな」

 

無言で必死に傘を維持する姉さんの額には雫。如何に姉さんがぶっちぎりの無敵超人でも、体力は無限じゃないしナノマシンにも限界は来る。そしてリミットは近い。何度考え直したか分からないが、もう一度おさらいする。

 

四隅の杭が邪魔をして身動きが取れていないが、言い換えればそれさえ何とか出来れば勝負にはなる。そして、自由に飛び回れるようになれれば数で勝るこちらが有利、ドローンなんざものの数じゃない。つまり、杭を破壊ないし停止させられれば勝ちだ。それを分かっているから敵もジリ貧を強いてくるし自分が動くことはしていないのだ。

 

破壊は現状不可能なので停止で考えたところ、アレがどうやって動いているかに思考がシフトする。つまりガソリンは何処から注がれているのか。

 

有線ではない。そしてバッテリーが内蔵されていたらとっくに切れている筈。なにせ、学園アリーナの電磁シールドでさえ大きな発電所を必須としているのに、こんなに小型で耐久性のあるバッテリーがあるものか。壁そのものがバッテリー替わりとも考えたが、アルド・シャウラの形状からして地上侵攻が目的の兵器にそんな無駄機能は詰まれてないだろうと考えて却下。

 

結果、無線で供給を受けていると仮定した。マイクロウェーブ送電のような機能があるという予想のが一番しっくりくる。

 

エネルギーと来れば、桜花の刻帝が適役だ。敵味方の識別関係なくエネルギーを喰らう無差別っぷりだが、球状であれば効果範囲は伸縮自在と言う。背後に回り込んでもらい本体を巻き込んで刻帝たる機能…時食みだったか、発動させれば送電は止まって大勢は決する。

 

なので、俺達が考えなくちゃいけないのは桜花をどう運ぶか。飛べない以上は走るか滑空の二択。どちらにせよ回り込むか下をくぐるかしなければならず、まとまっては同じ。砲台を潰すにせよ囮になるにせよ、誰かが砲火にさらされながらもこなすしかないのだ。となると、適任は俺しかいないだろ?

 

「多少の無茶は必須だ。そして、マドカのフルパッケージ装備じゃ切り抜けるのは難しいし、成功後に一発で沈めてもらう為にも温存しないとな。だから、俺がやる」

「だぁから! 囮はダメだって!」

「ああ、囮はしない。だから直接運んでやる。シールドを全部正面に回して飛び越えるんだ、夜叉のフル稼働なら反対側ぐらいどうってことない」

 

アルド・シャウラを基点に半円を描いて飛び越える。直上から爆撃して可能な範囲で無力化。あとは時食みで送電を喰らって杭を壊し、マドカの一撃でも総攻撃でもかませば沈む。

 

「でも――」

「それでいい」

「姉さん!」

「早くしないと、私も、桜花も持たない」

「…わかった」

 

そう、考える時間だって有限。マドカはそこで食い下がるのを止めてライフルを構えて見せる。杭は任せろって。頼もしいね。姉さんはそれきりにしてこちらに割いた意識を正面へ向けなおし、少しでも負担を減らそうと座り込んでいた桜花は立ち上がる。

 

重力がかなり負担を強いているようだ。天性の強い身体を持った姉さん、薬物強化を施された俺達と違って桜花はごく普通……体力体格はごく普通の高校生。ISを縛り付けるほどの負荷にそうそう耐えられるものじゃない。

 

「あぁ、こんな状況でなければ…」

 

余計な一言が多い息を荒くした桜花が寄りかかる。腰に手を回してしっかり抱きしめて固定し、シールドを配置しなおす。内蔵発射管には全てミサイルを積み、アームにはありったけの連射武器をセット。PICは全て桜花の負担軽減に割り振り、加速と重力の負荷は気合で耐えて見せる。

 

準備完了だ。

 

「行くぞ」

「優しくお願いしますわぁ」

「そりゃ無茶な相談だ、なっ!」

 

真っ白のつぎはぎだらけの傘が一瞬だけ穴を空ける。完璧なタイミングに舌を巻きつつ、台風の中へ躍り出た。比較しようのない騒音と衝撃の中、普段では考えられない遅さで上昇し、弧を描く。

 

幾分か楽になったはずの桜花はそれでも苦痛に喘ぐが、今しばらく耐えてもらうしかない。一秒でも早く杭を破壊しなければ。

 

シールドが耐え兼ねて一枚、二枚と少しずつその数を減らしていく。元々こんな銃弾の中を耐え続けるなんて想定してないのだ、無茶が過ぎた。数が減れば減るほど守りを薄くしなければならず、とうとう本体のかすり傷が増え始める。当然、足も遅くなり被弾は増える。

 

既に夜叉の痛覚は無い、全神経をシールドに注がせている。だから肩パーツが吹き飛んで少々肉が抉れても、機体の左ひざから下が吹き飛んでも悲鳴一つ上げない。俺自身も必死に耐えた。

 

「くれてやる、いくらでも……!」

 

骨まで見えてしまいそうな肩を一瞥して、気付けと紛らわしに吠える。どうせすぐに塞がる傷だ、放っておけばいい。それよりも絶対防御を抜く砲撃と分かったなら全力で守らなければ。より一層強く桜花を抱きしめて、踏ん張りどころと堪えた。

 

顔の様なパーツの前を過ぎ、中にいるであろう首魁と視線を交わした気がした。それも一瞬で、更に飛ぶ。

 

そして報われた。

 

ある一点を過ぎると、まるで嘘の様におもりが取れた。重力の負荷を感じなくなり……久しぶりに感じる浮遊感に反射で逆噴射で速度を調節し、ミサイルをあてずっぽで降り注いで、アームに挟んだ武器でドローンと漏れた砲台を狙い、桜花を無力化した箇所へ放り投げる。

 

顔に当たる部分が内側から吹き飛び、首魁の黒金のBRが姿を見せる。既に対空砲が潰えドローンを殲滅する俺を見上げて何かを叫んでいた。

 

「あの砲撃と負荷を振り切っただと……」

 

そう聞こえた気がした。

 

重力の負荷は平等らしい。影響が及ばないように奴が構える高度が境目なのだとしたら、羽の様に軽くなった身体にも、意に介さない首魁にも、動かなかったアルド・シャウラにも合点がいく。

 

とはいえ、最早どうでもいい。

 

「きひっ、いただきまあぁぁぁぁぁあああああああす!!!!」

 

着弾と爆発の中でもはっきりとわかる、まっていたと言わんばかりの桜花の叫び。目と鼻の先を境に空間が歪み、起死回生の一手が炸裂する。それの正体は分らずとも、何かを察した首魁はアルド・シャウラを捨てて急上昇し俺の更に頭上へ。

 

読みは間違っていなかった。未だ砲撃を続けるアルド・シャウラ、杭はその攻撃に耐えきれるだけの力は最早無く、マドカが狙撃するよりも早く自滅。

 

「やっとコイツの出番か」

 

呪縛は解けた。にやりと不敵な笑みがよく浮かぶ。今までの各特長を伸ばしたパッケージを齟齬なくガン積みしたサイレントゼフィルス・フルパッケージは全身にエネルギーを迸らせ、躊躇いなく解き放つ。

 

その火力はIS単体でIEXAと同等。明らかにやり過ぎなステータスも今だけは頼もしく、真正面から叩きこみ、貫いた。だけでは飽き足らないのか、放出を続けたまま振り上げ、振り下ろす。四つ足の蜘蛛は紫電に両断され光を失う。

 

「っ……ゃああああああ!」

 

明らかにオーバーキルだが、姉さんがとどめを刺す。上から見るそれは巨大な鋏で、自慢の握力とISのパワーアシストに物を言わせて切り裂こうと鋭利な口を閉じるべく力を込める。鋏と言っても、そのものとアルド・シャウラの巨大さゆえに切り裂くよりはニッパーよろしくねじ切るが的確か。

 

一瞬のうちに四等分された蜘蛛は、切断面をぶつけ合いながら足を延ばし贅沢にも大往生するように広がって、爆散した。

 

役目を終えていた桜花は巻き込まれまいと離れており、ふらふらと過剰気味のエネルギーを放出しつつ二人と合流。なんとか全員が無事で、ほっと胸をなで下ろした。

 

後は。

 

「………」

 

虎の子が崩れ去る様を呆然と眺めている、奴だけだ。だが、それが苦しい…。

 

姉さんと桜花はもう無理だろう。膝から崩れ落ちて肩で息をしている。本人も、機体も限界だ。俺はまだ戦えるが、損傷がひどい。シールドも随分減らされ機動力はがた落ち、左足も無い。唯一万全なのはマドカだけ。

 

それをきちんと理解しているのか、残骸と化したアルド・シャウラからライフルの銃口を頭上で浮かぶ首魁へ向ける。

 

「ダメだ」

 

それを手で制した。

 

「聞けない。どうせ先に二人を連れていけって言うんでしょ? 絶対聞かないから」

「マドカ」

「四度目なんてもう、嫌だ……信じるのも、待つのも、疲れるんだよ?」

 

その言葉は、胸が痛い。どんな事情があったにせよ銃を向け合うまでしてしまった身としては、ぐうの音も出ない。

 

それでも…。

 

「それでも、だ。帰る場所が無くちゃ頑張る意味がない。だから、守ってくれないか」

 

二人を置いたまま戦うのは危険だ、流れ弾を避けることも防ぐことももうできないし、利用されるとも限らない。仕留めないという選択肢が無い以上、一対一がベストだ。残るのは俺か、マドカか。

 

なら、俺がやる。戦ってほしくないとかではなくて、自然とそう思っている。それは戦って更識の脅威を払う事が俺の使命で、守ることがマドカの役目だからだ。

 

「ずるいよソレ……兄さんは仕方がないなぁ」

 

この子が執着しているのは突き詰めると俺と姉さんであって、そんなところで物事を考えてはいないだろうが、俺がそう考えていることを分かってはいる。それをアテにして言ってる自分がひどい兄貴だと思う。それすら許してくれるだろうと考えるのは、流石に我儘が過ぎるけど。

 

泣きそうな表情も一瞬だけ。直ぐに呆れかえったマドカは二人を抱えてふわりと浮いて横を通り、首魁を一瞥して入ってきた場所から外へ向かって加速した。俺に対して何もないのは信頼の証と受け取っておこう。

 

「美しい兄弟愛だな」

「羨ましいのか?」

「そんなものはもう感じない。なぜ妹を行かせて残った? なぜそのボロボロの様で前に立つ?」

「妹残して兄が逃げられるか、と言いたいが、そうじゃないな」

 

すっかりと慣れた規格外の武器をチョイスする。身の丈もある無骨な大剣、ティアダウナー。正反対の技巧を詰めた刀剣のジリオス。いびつな二刀流だが、これが良い。

 

ティアダウナーを肩に担ぎ、ジリオスの切っ先を突きつける。相変わらず俺を見下す首魁の表情は一切読めないが、これもまたそれで良い。

 

「使命だからだ。それしか能が無い、俺の」

 




次で最後ですので、もうしばらくお付き合いくださいな。

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