その夜。
シェリルは充てがわれたスイートルームで泡風呂に浸かっていた。テレビからは数刻前のアイランド1を見舞わった襲撃事件の様子が映し出されている。
キャスター「一連の襲撃事件を引き起こした謎の宇宙生物について、政府は『バジュラ』という命名を発表し、緊急対策組織を設立すると共に--」
シェリルは片足を上げ、アザになった場所を物憂げに見つめる。
ノックの音に我に返り足をおろす。扉に目をやると、マネージャーのグレイスが湿布やらを持って部屋にやってきた。
グレイス「シェリル、具合はどうかしら」
シェリル「どうもこうも…最悪よ。ライブはめちゃくちゃにされるわ、身体中アザまみれになるわ…」
湯船から上がり、バスローブを身に付ける。今日一日の不満が爆発し、その愚痴は止まらない。
シェリル「あのボディガードどうにかならないの?あたしの体をスキャンした挙句、下水道なんかに私を通らせたのよ⁉︎」
ボディガードとはブレラのことである。以前にも彼はサイボーグアイでシェリルをスキャンし、憤慨させたことがあった。
グレイス「ごめんなさいね。彼、仕事はきちんとやり遂げるのだけど、ちょっと強引なとこがあるから。私の方からもよく注意しておくわ」
シェリル「それはそうとグレイス…次のライブの日、押さえられたの?」
呆れたとシェリルを見つめるグレイス。
グレイス「…シェリル、あなたツアーで働き詰めだったんだから少しは休んだ方がいいわ。それに怪我だって…」
シェリル「何言ってるの。私の大切なライブを踏み躙られて、黙ってられるわけないじゃない!それに平気よ、これくらい。あたしを誰だと思って……っ」
シェリルの体がグラリと傾く。
慌ててグレイスが側へ駆け寄る。
グレイス「ほら、言わんこっちゃない。体調管理も仕事のうちよ」
グレイスの手を振り解く。
シェリル「わかってる!でも今は少しでも時間が惜しいの」
グレイス「シェリル…」
髪をかきあげるシェリルはふと違和感を感じて左耳を確かめる。
シェリル「ない…ない!イヤリングがない!」
シェリル「(まさか、あの時…)」
シェリルの脳裏に青い髪を束ねたパイロットの姿が浮かび上がる。
シェリル「…グレイス!ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけど…」
翌日。
ランカはナナセやアルトたちと共にカフェ''シルバームーン''に集まっていた。ひとりだけ学校の違うランカのために、放課後こうして集まって談笑するのが日課となっている。
ナナセ「ランカさん、昨日は本当に災難でしたね。うぅ…ランカさんが無事で本当にどれだけ安心したか…」
ナナセはランカに抱きついた。
ランカ「ありがとうナナちゃん。心配かけちゃったね」
ランカ「それでね…あの時助けてくれたブレラさんって男の人にやっぱりちゃんとお礼したくて、どこの部隊の人かお兄ちゃんとかにも聞いてみたんだけど知らないって言われちゃった」
ナナセ「そうだったんですか…でも、ランカさんのピンチに颯爽と現れるなんて、まるで王子様みたいな方ですね!」
ランカ「王子様か…」
ナナセの一言にランカの胸が高鳴り、頬が赤く染まる。
ナナセ「きゃーー!ランカさんったらリンゴみたいに真っ赤で可愛らしいです‼︎」
ランカ「も、もう‼︎ナナちゃんったら‼︎」
男子組は二人の様子を少し離れた席で見守っていた。
ルカ「ああ…興奮してるナナセさんもとても素敵です…」
ミハエル「おいアルト、お前グズグズしてられないぞ?」
アルト「は?何が?」
我関せずと、レシートで紙ヒコーキを折っていたアルトは訝しげな眼差しを向けた。
ミハエル「お前なぁ…話聞いてなかったのか?このままじゃランカちゃんが、突然現れた王子様みたいな男に取られちゃうかもって話だよ」
アルト「はあ?何だよそれ。第一、俺とランカは別に何とも…」
ミハエル「…ははーん。さてはお前、シェリルに鞍替えしたな?この間男め!」
ルカ「先輩、サイテー…」
アルト「なっ…!違う!なんでそうなるんだよ!」
ミハエルはアルトに胸ぐらを掴まれる。すると胸ポケットの端末に通信が入った。
『俺だ。オズマだ。悪いが今からSMSに出向いてくれないか』
ーーSMS
オズマ「急に呼び出して悪かったな」
ミハエル「いえ」
オズマ「実は昨日のバジュラとの交戦中、未確認のバルキリーがいたとの報告を受けてな。これなんだが…」
3人はオズマが用意した映像に目を向ける。
アルト「この機体は…!」
反応が早かったのはアルトだった。
オズマ「何か知ってるのか?」
アルト「いや。ランカがバジュラに襲われかけていた時、急に現れてランカを救出した機体だ」
ルカ「それって、ランカさん達が話してた例の…むぐっ!」
ミハエルがルカの口を手で塞ぐ。
オズマ「ん?何か言ったか?」
ミハエル「いえ、なんでも!」
オズマ「どうやら、ランカを…民間人の救出をしたという点から考えて、敵ではないようだが…まだ断定は出来ん。また何かあればすぐ報告をしてくれ」
アルト、ミハエル、ルカ「は!」
夕方。
ランカ「ミシェル君たち、戻って来なかったね」
ナナセ「そうですね。きっと昨日の事件の後処理とか大変なんでしょう。もしかしたらそのまま宿舎に直帰したのかもしれませんよ」
ランカ「そっか。…あ、もうこんな時間!ナナちゃんごめん、私そろそろお兄ちゃん迎えに行かなくちゃ!」
ナナセ「ええ。ではまた!」
ランカ「♪〜」
鼻歌交じりにSMSへ続く道を歩くランカ。ふいに後ろから呼び止められる。
「そこのあなた。ちょっといいかしら?」
振り返ると、帽子にサングラスという変装をしたシェリルが仁王立ちをしていた。
ランカ「(わぁ、きれいな人…)」
シェリルの変装が上手いのか、単にランカが鈍感なだけか、シェリルであるということは気付いていない様子であった。
シェリル「ちょっと教えてほしいことがあるんだけど…」
シェリルがランカを呼び止めたのは、SMSへの道を尋ねるためであった。ランカも丁度そちらへ向かう所であったため、同行するという形になった。
ランカ「私、お兄ちゃんを迎えにSMSへ行く所だったんで丁度良かったです。もしかして、そちらも誰かお知り合いがSMSにいらっしゃるんですか?」
シェリル「まあ…そんなとこね」
チラリと隣に並ぶシェリルに目線を向ける。
ランカ「(やっぱシェリルさんに似てるなぁ…でもまさか、シェリルさんがこんな所で私なんかに話しかけるわけないか)」
そんなことを考えていると、パチリと目があった。
シェリル「あなた…シェリル・ノームが好きなの?」
ランカ「え?」
シェリル「さっき…口ずさんでたでしょ?」
ランカ「(き、聞かれてた〜‼︎)」
ランカは気恥ずかしさで穴に入りたい気分だった。
ランカ「す、すみません…私ったらつい…」
シェリル「あら?恥ずかしがることないじゃない。結構いい声だったわよ。ねえ、シェリルのどんなとこが好きなの?」
悪戯っぽい笑みを口元に浮かべ、シェリルが問う。もじもじしながらランカがそれに答える。
ランカ「えっと、歌もダンスも凄いしいつも自信に満ち溢れてて、キラキラしてるところとか…」
シェリル「それから、それから?」
ランカ「あと、時々インタビューで言い過ぎちゃうとことか!」
ガックシとシェリルがつんのめる。
ランカ「私、シェリルさんに憧れてて、いつかあんな風に歌えたらなって思ってて…でも、才能なんか全然無いですし、無理なのわかってるですけど…」
シェリル「そうね。あなたには無理だと思うわ」
背を向け、きっぱりと言い放つ。ランカは大してショックを受けた様子もなく、やはりという表情で続ける。
ランカ「やっぱり…そうですよね。私なんかが、シェリルさんみたいになんて…」
シェリル「そうやって、私なんかがとか言っている内は絶対に無理だわ」
振り返り、サングラスと帽子の変装を解いてみせた。
ランカ「うそ…シェリルさん…?ほ、本物⁈」
驚きでランカは言葉を詰まらせる。
シェリル「ふふ。こんなサービス、滅多にしないんだから」