それでも見てくださる寛大な方々へ、この最新話を捧げます。
しとしと、水滴が降り始めた。
一つ二つが、十や二十に増えて。
曇天から、滝のように。
「・・・・危機一髪、かしら」
取り込んだ洗濯物を畳みながら、外を眺めていた。
畳んだ傍から、各人ごとに取り分けていく。
盛り上がるテレビの音声に顔を上げると、セレナが海外で頑張っている姿が映し出されていた。
『がんばれ』という意味を込めて、薄く笑みを浮かべる。
と、ここで玄関のチャイム。
「はーい!」
来客か宅配か。
どちらなのかを考えながら、ドアを開けると。
「――――あ」
濡れ鼠になっている来客。
今まさにスカートを絞っていた彼女。
「悪い、雨宿りさせてくれ」
雪音クリスが、バツの悪そうな顔で立っていた。
――――マリアがクリスと出会ったのは、つい昨年の話だ。
その頃から恩人の下を離れ、訳あって二課に世話になり始めた頃だった。
朝起きて、ゴミ出しに出たところ。
路地裏で行き倒れているクリスを見つけたのが始まり。
当時も今日のように雨が降っていたこともあり、何よりマリアの性分が『放置』の選択をとれなかったため。
しばらくの間、家に匿っていた。
始めこそ疑い、警戒を示していたクリスだったが。
何かと世話を焼いてくれる態度に次第に絆されてしまい(ついでに胃袋も掴まれて)。
懐いてしまった次第である。
「クリス、着替え置いておくわね」
「あ、ああ」
風呂にいるクリスに声を掛けて、用意した下着と服を脱衣所に。
濡れた服を入れて荒ぶっている洗濯機の残り時間も確認しながら、リビングに戻る。
外は未だ雨模様、当分は止みそうになかった。
そんな中、ふと。
すぶ濡れで震えているクリスの姿が、頭を過ぎって。
(――――そうだ)
思いついたマリアは、早速行動に移すべくキッチンへ。
冷蔵庫と戸棚をあさり、必要な材料を取り出す。
(まずは)
洗った椎茸を切り、柄の部分を気持ち厚めの小口切りに。
バジルもみじん切りにする。
(『笠』の部分は、晩ご飯に出しましょ)
椎茸の笠は、ひだのある裏側にマヨネーズをたっぷりつけて、トースターへ。
お好みで七味をかければ、『椎茸のマヨネーズ焼き』の完成だ。
食事の小鉢に良し、晩酌のおつまみにも良し。
マヨネーズが椎茸独特の臭みを中和してくれるので、苦手な人でも食べられる。
(と、今はこっち)
晩ご飯の思考から戻って。
フライパンに少し多めのオリーブオイルを引き、椎茸を炒める。
途中でバジルも投入。
椎茸がややしんなりしてくるまで火を通し、とっておく。
(次にトマト缶)
取り出して実を潰したトマト缶を鍋へ。
そこに、缶を濯ぎつつ水を投入。
(感覚としては缶1.5杯くらい、トマトが濃いなと感じたら二杯でも良し)
くつくつ煮えてきたら、ミックスベジタブルと、さっき炒めた椎茸を投入。
更に煮込む。
と、間もなく風呂の戸が開く音。
クリスが上がってきたようだ。
振り向けば案の定、タオルを片手にリビングに入ってくる。
「その、ありがと。助かった」
「気にしないで、それと、もう出来るから」
一口味見。
火がしっかり通ったことを確認して、コップに注ぐ。
「はい、あったまるわよ」
「お、おう」
クリスが飲み始めてから、マリア自身も飲んでみる。
まずくるのは強いトマトの味、そこに椎茸から出た旨みが加わってくる。
椎茸の臭みは、狙い通りバジルとオリーブオイルが中和してくれていた。
そこにミックスベジタブルの甘さと、バジルにオリーブの香りがアクセントを加える。
今日はどちらかというと家にいた方だったが、温もりが五臓六腑に染み渡っていった。
「――――何だか懐かしいわ、前まではこうやって、二人で食べていたわね」
「・・・・別に、焦がれるほど昔ってワケじゃないだろ。それに、今もちょくちょく来てるし」
「それでもよ」
マリアが元の家族と再会したことをきっかけに、今は別居している二人。
昔を懐かしむマリアの言葉に、そっけない反応を見せるクリスだが。
赤くなった頬が、本心を雄弁に語っていた。
「晩御飯、食べてく?」
「・・・・ん」
ここでからかったら拗ねてしまうので、それ以上は突っ込まない。
マリアの提案に、クリスはスープを飲みながら頷いたのだった。
「ただいま・・・・!」
「不意打ちとは卑怯デース!」
玄関が騒がしくなる。
調と切歌が戻ってきたようだ。
二人も急な雨にやられてしまったらしい。
マリアがタオルを手に出迎えれば、案の定雫を滴らせていた。
「おかえり、お風呂沸いてるから入っちゃいなさい」
「はーい・・・・」
「誰か来てるの?」
拭いてやる傍ら、髪を解きながら調が首をかしげる。
どうやら靴に気づいたらしい。
「ええ、クリスが来てるの。ごはんも食べてくって」
「そっか」
「お手伝いするデス!」
「お願いね」
一通り雫をぬぐって、それぞれリビングに行けば。
くつろいでいるクリスと鉢合わせるのは、当たり前のことで。
「あーっ!クリスさん、おいしそーなの食べてるデス!」
「うっわ、バカ!お前まだ濡れてんじゃねーか!こっちくんな!」
「切ちゃん、風邪ひいちゃうよ・・・・」
先ほどまでの静けさが嘘のように、一気に騒がしくなるリビング。
不快感はなく、むしろ心地の良い賑やかさだ。
「ほーら、調と切歌はお風呂に入る。風邪でもひいたら、セレナも心配するわよ?」
「分かったデス!」
「はーい」
今日もまた、温かい時間が過ぎていく。
そして、明日も。
今度はどんな笑顔を見られるのか。
楽しみにしながら、マリアはまた鍋を振るうのだ。
『椎茸のマヨネーズ焼き』は、ビールにも合いそうですね。
作者は飲まない人間なので、想像するしかできませんけども←