ロサイスに続くトリステイン・ゲルマニア連合軍の次なる戦略目標がシティ・オブ・サウスゴータと推定されたことによって行われた軍議。
いくら話し合えど確実な勝算がある作戦が出てこず、集まる貴族達の疲労と焦りはピークに達していた。
タルブでは閃光により艦隊を撃滅され、幻影の艦隊で注目を引き付けられロサイスへの上陸を許し、魔法学院の子女を人質とする作戦も失敗に終わった。
そんな後の無い状況下で発せられた王たるクロムウェルの鶴の一声。
シティ・オブ・サウスゴータを敢えて取らせればいい。
同時に街にある食料を全て取り上げることで食糧を分けざるを得ない状況にし食糧不足という形で連合軍の足を止める。
その後始祖の降臨祭がおわる頃まで停戦協定を結び更に時間を稼ぐことで、「虚無」の力を持って戦況をひっくり返す。
大都市一つを敵に回しかねないという諫言は亜人に罪を被せればいいと却下された。
時間さえ稼げればガリアの艦隊が到着する。
クロムウェルのその発言に先ほどまでの事はすっかり忘れ熱狂が広がっていく。
そんな中ただ1人。
自身が煽った群衆の姿にクロムウェルは虚しさを覚えていた。
オリヴァー・クロムウェルという男は元はアルビオンの一介の司教でしかなかった。
ロマリアでの権謀術数渦巻く悍ましき権力闘争に嫌気がさしていた所に降ってわいたアルビオンでの司教就任。
喜び勇んでこの地に降りたったのはかれこれ十数年前の話。
ロマリアから離れ司教としてではあるが自由に活動できたことに彼は感動すら覚えていた。
これぞ、始祖の思し召しだ、と。
のんびりと日々の幸せを噛み締めながらの暮らしにも終わりが訪れた。
今から4年ほど前。
王弟にして財務監督官であったモード大公が反逆を企てたとされ彼を含め少なくない貴族が処罰された事件。
実際にはモード大公が忌まわしきエルフを妾として囲っていたことに端を発した事件にクロムウェルは巻き込まれた。
運が悪いことに彼が司教として就任した土地こそモード大公の領地であり、それゆえに関与を疑われた。
何を馬鹿な、始祖の仇敵たるエルフを司教であるこの私がモード大公と結託して匿っただと、冗談にしても悪質である。
自身のこれまでの信仰を否定されるかの様な言葉の数々に憤るもどうにもなる物では無かった。
結局クロムウェルは多額の金銭と教会の規模の縮小などと言った条件のもと牢から出ることが出来た。
エルフを匿ったモード大公、自身を疑った王。
牢の中でクロムウェルは彼らの事を胸中で罵り、また彼らだけでなくアルビオン王家、いやこのアルビオンという国その者への恨みを募らせた。
しかし魔法すら使えない自身には何もすることなど出来ないと鬱屈した心のまま、過ごし辛くなってしまった日常へ戻った。
彼にとって忌まわしき事件の直後。
クロムウェルがガリアへと届け物をした時の事であった。
物乞いらしき老人に酒を奢った時の事。
『司教殿。酒のお礼に何か一つ、望むものを差し上げましょう。ささ、遠慮せずに言って御覧なさい』
物乞いに何が与えられるというのか。
戯れと判断したクロムウェルの脳裏に一つだけ浮かんだ。
憎きアルビオン王家への復讐。
ならば…。
ほろ酔いで気分の良かったクロムウェルは老人の戯れに乗ってやろうと口を開いた。
『そうだな。私は、王になってみたい』
クロムウェルはこう発言してしまったことを後に後悔することとなる。
『どうした?そう恐れることは無い。俺はただ、王になりたいというお前を手助けしてやりたいだけだと言っているだろう?』
青髪の偉丈夫。
服の上からでもわかる、分厚い筋肉に覆われた肉体。
愉しそうに口元を歪めてはいるものの、その眼には何の感情も映してはいない。
また男の声も抑揚自体はあるもののどこか空虚な印象を受ける。
『王になりたいのだろう?王になってお前にあらぬ疑いをかけさせ、潔白を信じてはくれなかった王家を見返してやりたいのだろう?』
いきなり連れてこられて天上の存在たる男との謁見。
展開についてこれなかったクロムウェルは男からの言葉で恐慌し始める。
知られて、いる?
何故、とただその言葉だけが脳裏を駆け巡るクロムウェルに男から甘い言葉がかけられる。
『さあ、遠慮することは無い。お前が、お前自身の口で一言、王になりたいと言えばいいのだ』
栄光を欲したのか。それとも目の前の存在に恐怖したのか。
クロムウェルには、抗うことが出来なかった。
有無を言わさぬシェフィールド、クロムウェルの秘書とされている女からの言葉。
罵倒され、嘲笑われ、靴を舐めさせるという恥辱。
何度経験したことだろうか。
クロムウェルは思考する。
数えることが出来なくなるほどに同じことをされている事だけは確かだった。
クロムウェルの秘書とされるシェフィールドはその実例の男から遣わされた自身に命令を与え、影からこの国を操っている存在である。
折檻が終わり、シェフィールドは自身が「虚無」を騙る為の力の源、アンドバリの指輪を手に部屋から出ていく。
あの指輪を使い連合軍の人間を操る準備をすると言っていた。
自身は一度に1人づつしか操り人形に出来なかったが怖ろしい程マジックアイテムの扱いに長ける彼女であれば一度に複数操ることなど造作も無いのだろう。
アンドバリの指輪のことを考えているとクロムウェルの頭に1人の部下の事が浮かんだ。
自身がこうも屈辱的な扱いを受けることとなった失敗をクロムウェルは思い出す。
クロムウェルが折檻を受けているのには理由があった。
アンドヴァリの指輪の力で亜人を操り、果ては死体すら蘇らせ使役する。
何度も何度も繰り返しているうちにふと気が付いた。
亜人と、死体を操れるなら生身の人間はどうなのだろう、と。
この頃のクロムウェルは勢いで男の誘いに乗ったことを後悔し始めていた。
底知れぬ何かを感じさせる男と腹心の部下たる女。
もし、何か失敗を犯してしまえば自身は容易く切り捨てられてしまうという確信がクロムウェルにはあった。
だからこそ、もしもの時の為にクロムウェルは自身に忠実な人間を探していた。
そんな折に生身の人間を操るという思い付き。
軽い気持ちから試してみると、あっさりと成功させてしまい逆に戸惑ってしまった。
しかし、これで。
クロムウェルは今思えば自身には分不相応な、あの男への反逆を企ててしまった。
かといって大々的に味方を増やすわけにもいかなく、取り敢えず今は少数精鋭で、と考えたクロムウェル。
恐るべきあの男たちに対抗できそうな非常に優秀な人物がそういる筈も無く難航していた。
ある戦場。
頭上にてアルビオン空中騎行隊という各地を転戦する新設された遊撃部隊とレコン・キスタ側の竜騎士隊との戦いが行われているその時。
無双と名高いアルビオンの竜騎士の中で1人際立って活躍している竜騎士が居た。
ある時は単騎でこちら側の竜騎士の陣の中に突っ込み討ち取りながら陣を乱し。
またある時は追い立てられていた味方を助ける為に割って入り連携して困難な状況を凌ぎ切る。
剣の心得も無く魔法も使えない、戦闘とは無縁なクロムウェルですら見惚れる程の動き。
まるで空中でダンスでも踊っているかのようなその竜捌きにクロムウェルは思った。
見つけた、と。
その後地上での戦いにレコン・キスタが勝利し、王軍が撤退していく際に自軍の竜騎士に聞いてみた。
『あの一際目立っていた竜騎士は何という名前かね』
『はっ!恐らくはウルドという竜騎士であります!』
ウルド。
何度も何度も反芻する。
クロムウェルは次に取る行動を決めた。
アルビオン空中騎行隊宿舎。
クロムウェルは内通者の手引きで通された隊長室にて人を待つ。
隊長の椅子に座りながら、今か、今かと待ち続ける。
本来のその席の主である空中騎行隊の隊長は文句一つ言わずただ虚ろな表情のままに傍で突っ立っている
既に心を奪われ操られているためである。
コンコン、と扉がノックされると隊長は虚ろな表情のまま入れ、と言う。
『失礼します、隊長』
入ってくるのは顔に年相応の少年らしさを残しながらもとても鋭い目つきをしている鍛え上げられた肉体を持ったくすんだ赤毛の男。
『やあ、君が、ウルドだね?』
『っ!!…貴様は…!』
『私の顔も効く様になったものだ…。そう、私はレコン・キスタ総司令官、オリヴァー・クロムウェルだ』
入ってくるなりただでさえ鋭かった目を更に吊り上げ敵対心をぶつけてくるウルド。
内心穏やかではないがクロムウェルはそれを表面には出さない。
演じることは、この男の特技だ。
『さて、私は今日君にお願いがあって此処に来たのだ。単刀直入に言おう。私の、同志になってはくれないかね?』
『面白い冗談だ、クロムウェル。楽しませてくれたお礼に…死ねやぁー!』
腰に差した剣を抜き、距離を一瞬にして詰めるウルド。
しかし。
ギィィン!!
『…隊長…何故、邪魔をするんです!』
『……』
無言のままに間に割って入った隊長がレイピア型の杖を抜き放ちウルドの一閃を受け止める。
驚愕しながらも力を緩めないウルドと鍔迫り合いになりながらも押さえ続ける。
『ご苦労、隊長』
手を翳しアンドバリの指輪の力を開放する。
次第に表情が無くなり体の力を抜いていくウルド。
満足げな表情でクロムウェルはウルドに話しかける。
『もう一度聞こう。私の同志になってくれないかね、ウルド』
『わかり、ました』
これでウルドは操り人形となった。
笑みを湛えながらクロムウェルは言葉を続ける。
『君と仲良くなれて嬉しいよ。仲良くなったのだからもう一度挨拶をしよう』
『私はオリヴァー・クロムウェル。これからよろしく頼む』
『私はウルダールと申します。よろしくお願いします、総指令』
はて、とクロムウェルは頭をかしげる。
この男はウルドという名前ではなかったか。
『君はウルドという名前ではなかったかね、なぜウルダールという名を名乗っていないのだ?』
『私は貴族の父と平民の母の間に生まれました。父からウルダールという名前を頂きましたが、貴族的な響きであることと素性を隠すためにウルドと名乗っていました』
なんということか。
この男は平民の血が混じっていながらもあんなに自由に竜を操ってみせるのか。
いや、生まれは関係ない、か。
クロムウェルは余計な思考を振り払う。
『そうか、ならばこれからはウルダールと名乗りなさい。武功を挙げれば貴族として取り立てよう。励みなさい』
『はっ。了解しました』
ウルダールはクロムウェルの期待通り数々の武勲を上げ続け遂には貴族の位階を手にする。
これを機に吸収した空中騎行隊を母体としウルドを隊長に据えた自身の親衛隊を設立しようとクロムウェルは考えた。
しかし、此処で遂にシェフィールドに企みが露見した。
『お前の反逆にもあの方はお喜びになられるだろうけど…私は出来る限りあのお方の害になるものは排除しようと思っているの』
淡々と静かな口調で語られる言葉に凍り付き身じろぎすら出来なくなる。
爛々と輝く目と、額に浮かび上がる紋章。
クロムウェルは次に起きた時それ以外は何も覚えていなかった。
いや、思い出したく無かったのかもしれない。
親衛隊構想は立ち消えになり、ウルダールはタルブ戦に参加。
タルブ戦の結果は知っての通り予想もしなかった敗北で終わる。
タルブ戦に参加したウルダールは行方不明。
恐らくは戦死したと伝えられた。
企みが露見したことと、何より怪物とすら言えるあの2人に対抗出来得ると思われる人材の1人の中で、特に目をかけていたウルダールが、恐らくは死んだということ。
この2つの理由からクロムウェルはただの傀儡となった。
シェフィールドが出て行った自室で1人ぼんやりと思考に耽る。
自分に残された時間も後僅かであろう。
破滅的で飽きっぽいあの男がアルビオンから他へと関心を移すのも時間の問題だ。
先ほどはガリアからの応援が来ると煽ったがどこまで本当の事だろうか。
飽きたあの男が神聖アルビオン共和国を破壊するために送り込んだと聞かされても納得できる。
国と自身の終わりの光景を幻視しながら、しかし何もする気にはならない。
願わくは少しでも楽な最期を送りたいと思い、しかし大罪人である自分にはそんなものは訪れないだろうと自嘲する。
クロムウェルもまた、今まで操ってきた者達と同じ、飽きたら捨てられるただの操り人形だった。
原作ではアルビオン王家に恥をかかされたと書かれていただけだった気がしたので捏造。
それに伴い性格もちょっと改変。
この話が誰得なのか私にもわかりません。