とある竜騎士のお話   作:魚の目

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ちょっと書き方変えてみました。



ちょいと書き足しました。


13話 戦いの果てには

 ルイズ嬢とサイトが「魅惑の妖精」亭に割り振られた天幕から妖精亭の面々と逃げ出そうとするところを発見しそのまま一緒にロサイスへ向かう。

 サウスゴータの司令部は既にもぬけの殻だから勝手にロサイスに撤退しても別に良いだろう。

 時折後方から追ってくる部隊に地獄を見せたりもしたがなんとかロサイスには着いた。

 其処からが問題だったわけで。

 規模の割に桟橋が少ないロサイスの港湾施設には押しかけた連合の軍人や傭兵、街を覆う異様な空気に逃げてきたサウスゴータからの難民で溢れ返って一向に撤収作業は進まない。

 そんな中俺はロサイスのそこいらの物資集積所に集められた種々の物品を漁っていた。

 

『本当にこんなことをしていいのか、ウルド?』

 

『バレなきゃ良いんだよ。どうせあの人数じゃ荷物なんぞ置いて行かざるを得ないから敵に奪われるだけだ。なら俺が使っても良いだろう?』

 

 暴論も良い所ではあるが有無は言わせない。

 態々自分から殿を買って出てやろうというのだ。細かいことは気にしない。

 アホにも程があるかもしれないが、これを機に手薄になったロンディニウムに単身で特攻しクロムウェルを狙うのが俺の目的。

 ここでやらなきゃ俺は一生縛られたままだろう。

 結構自由にやってきたと思うがそれでも俺は「ウルド」である自分自身を取り戻したいのだ。

 偽りの自分のままなんてまっぴらなのだ。

 だから無茶だろうとアホだろうと何だろうとやってみせる。

 

「けっ、ロクな物がありゃしねえ。火薬とか秘薬って何処の集積所にあるんだっけ?まあいいや。レッド、次行くぞ」

 

『むう。いささか気乗りはしないが、無茶をやって生き残るためには致し方無いか』

 

『今更だがレッド、お前まで巻き込んで済まない』

 

『良いさ、私はウルドの使い魔だからな。生きるも死ぬも一緒だ』

 

 本当に俺には勿体無いくらいの最高の使い魔だよ、お前って奴は。

 必ず生き残って胸を張って学院に戻ってやるさ、レッドと一緒に。

 俺が前世と今世で生きてきた中で前代未聞の、無茶で無謀な大博打に気持ちが昂っていくの感じる。

 コソ泥みたいに物漁りに精を出しながらだから格好つかないけどさ。

 

 

 

 

 

 何か所か探してようやく見つけた火薬を樽に満載して即席の爆弾を2個ほど作る。

 レッドなら後4個くらいぶら下げて飛べるが孤立無援であるから速度も考えないと行けないので2個で我慢。

 他にも色々と必要となる物を見つけたのでポッケナイナイした。

 今の所精神力も、情けなく操られた自分を見せられるかのような、そんなクソ腹が立つ光景を見せられたからか絶好調なので後はメシを食って元気を補給するだけ。

 上級士官用の食糧庫だと思われる氷室から肉や野菜などの生ものをパクり、人気の無い所で焼いて食べようと煉瓦に鉄板、薪とついでに調味料の塩も拝借しレッドに乗って見つけたのは町はずれの寺院。

 適当に煉瓦を組み上げて魔法で薪に火をつけて鉄板を上に乗っける。

 油を持ってくるのを忘れていたので寺院の反対側の空き地に積み上がっている物資の中から引っ張り出す。

 

 ジューーッ!

 

 薄く油を引いた鉄板の上で見るからに霜降りである良いお肉が香ばしい匂いを周辺に撒き散らしている。

 肉の油が溶け出てとてもいい感じ。一緒に焼いてるニンニクの香りと共に鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てる。

 レッドも涎を垂らしながら見ている。

 

「なんだ、お前も食いたいのか?」

 

『ああ、生も好きだが、焼いたのもまた違った味わいがあって良いものだ…』

 

 レッドの分もそこそこ良さそうな塊を見繕ってきたのだが、我慢が出来なさそうだ。凄い勢いで尻尾を振ってる。

 

「もうちょっと待てよ、裏返してっと」

 

 少しレア目に焼いたものをレッドにやると一口で丸のみにする。

 やっぱレッドにしてみれば少し小さ目か。

 

『ふーっ…なあ、もう少し食べても良いか?』

 

「遠慮すんなよ、って俺の分まで全部食い切るなよ?」

 

 わかっているわかっているとあまりあてになりそうにない思念を飛ばしてくる。

 肉から溶け出た油で野菜も焼きつつ、分厚いサーロインステーキみたいなのを貪る。

 溶け出る油の甘み、前世のそれと比べ粗いながらも良い味をしている塩気、香ばしいニンニクの香りが口の中に広がる。

 はあ、と溜め息が出る。

 何故こんな大雑把な鉄板焼きなのにこうまで美味いのか。

 一口で半分程食ってしまい余程腹が減っていたのかと今更ながらに実感する。

 朝以来まともに食ってなかったからな。

 野菜なども同じように貪り食べていると寺院の扉が開く音。

 何ぞやと鉄板の上に残っていたものを皿に移し手掴みで食べながら接近する。

 そろりと、角から顔を出すと飛び込んでくるのは見知った顔で。

 第3中隊の中隊長、ジュリオ・チェザーレとサイト、サイトに抱えられたままに眠るルイズ嬢。

 不意に人身売買の4文字が頭の中に浮かぶが、あのサイトがいくらギスギスしてるからと言ってルイズ嬢を売る訳ないか。

 相手は神官だし。

 面倒なのでえっちらおっちら近づくことにする。

 

「よお、サイトに中隊長。眠ったルイズ嬢に悪戯するのはかわいそうだから止めなよ」

 

「なっ、ロナル!なんでこんな所に、ってか悪戯なんかするわけないだろ!」

 

「おや、いささか心外な物言いだが君も何か用なのかい?」

 

 なんだよ。悪戯じゃないのかよ。

 でもなサイト、俺の耳にはお前が最後にボソッと出来るならしたいけどさって呟いたの聞こえているからな。

 肉を一つまみ食べて飲み込んでから答える。

 

「いやあ、メシ食べてたら扉が開く音したから気になって来たんだよ」

 

「メシ?」

 

「うん。この後やることあるからさ、それで一仕事前に腹ごしらえしようと鉄板焼きでもやろうって…」

 

「お前の所為かよ!中に居た時途中から良い匂いしてきたからなんだろうと思ったよ!お蔭で結婚式の間中お腹なるの我慢してたんだぞ!?」

 

「サイト、お前、ルイズ嬢と結婚したのか…」

 

 一足お先に墓場入りしたサイトに合掌する。

 皿はレビテーションで浮かせた。

 沸騰するかのように顔を真っ赤に染めたサイトはしどろもどろになりながら弁解をする。

 

「いや、その、あれだ…ごっこというか、でも俺としてはむしろどんと来いって気持ちだったけど…」

 

「まあ墓場入りしたのはどうでも良いけどさ、食べる?冷めるよ」

 

「……………食べる…」

 

「僕もご一緒しても良いかね?」

 

「良いよ」

 

 2人メンバーが加わったことで凄いスピードで消えていく肉と野菜。

 眠り続けているルイズ嬢のお腹からグーグー音がなるのを俺は聞いてはいない。

 聞いてないったら聞いてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう日付が変わっているのだろうか。

 双子の月は空の真上にから位置を落とし始めている。

 食べ終わったあと、サイトもどうやら共和国軍に用事があるらしいので「乗ってくかい?」と途中まで一緒に行くことを決める。

 奴らにばれないように慎重に、低空飛行で飛んでいくレッドの背の上。

 どちらともなく話し始めた。

 ほんの少しは何とも思っていなかったようなどうでも良い内容の雑談。

 今は、得難いものなんだなと感じられる。

 

「相棒と同じく単騎で突っ込もうなんざ、お前さんも物好きな男だあね」

 

「ウソォ?!剣が喋った!」

 

 カチカチと鍔を鳴らしながら声を響かせてくる剣。

 結構一緒に居たりしたのに全然知らなかった。

 いきなり増えた話し相手に名前を訊ねる。

 

「俺はロナル。お前なんて名前なんだ?」

 

「俺はデルフリンガーだ。まあ短い付き合いになるかもしれねえがよろしくな」

 

「コイツはご丁寧にありがとう。よーし折角だ。レッド、お前も挨拶しな」

 

 サイトは不思議そうな顔。

 デルフリンガーはカチカチと鍔を鳴らすのをやめている。

 

「うむ。ウ…ロナルが良いのならそうしよう。ロナルの使い魔のレッドだ」

 

「…え、今の声。レッドなの?」

 

「うん」

 

「ほぉ。火韻竜を使い魔にするなんて大した奴だぜ。こいつはおでれーた!」

 

「内緒だぜ?」

 

 急に賑やかになった愚連隊ご一行。

 すっげーすっげー言いまくるサイトとおでれーたおでれーたと連呼するデルフリンガー。

 ペットは飼い主によく似るとは言うが、剣も使い手に似るものなのだろうか。

 比較対象が無いのでなんとも言えない。

 もうそろそろ敵さんの大軍勢が目に入るかなと言う所でサイトが切り出してきた。

 

「ロナルは、どうして戦うんだ?」

 

「ちょいと取り戻したいものがあってね。理由があって何とは言えないけど。そういうサイトこそどうして戦う気になったんだ。名誉だなんだで死ぬのなんてアホらしいんじゃなかったか?」

 

「そんなんじゃねえよ」

 

「ルイズ嬢か?」

 

「いや…多分、自分の為のような気がする」

 

 自分、か。

 理由や方向性は違うけど、自分の為に戦うってのは同じだな。

 

「…その心は?」

 

「ルイズに好きだって言った、その言葉を嘘にはしたくないからな」

 

 そいつは確かに身勝手だ。

 残される側にしてみればこれだけ無責任なことは無い。

 でも。

 

「ふっ、ふふふっ。そいつは分かり易くって良いや」

 

「なんだよ。こっちは真剣なんだぞ?」

 

「悪い悪い。サイト、お前さん俺なんかよりよっぽど貴族らしいよ」

 

「…それ、ジュリオも似たようなこと言ってたぞ」

 

「そうなのか?なら、いけ好かない野郎だが案外アイツとは良い友人になれるかもな」

 

 冗談めかせて俺が言う言葉に少し呆れ顔のサイト。

 まあ友達になるもならないも生き残らにゃいかんのだがね。

 敵陣の一番前が見えてきたな…。

 時間が遅いからか進軍はしていない。

 所々天幕が張ってあり人の営みの証である明かりらしきものが見える。

 丁度その時に森の中に朽ち果てたボロ家を見つける。

 ボロ家に向かって降下し始める。

 

「ようし、終わったら明後日の昼までに此処に集合だ。そんなに森が深くない場所だし目印に丁度いい」

 

「どうしてだ?」

 

「帰るにも足は居るだろ?俺はレッドが居るからどうにでもなるがお前さんには居ないだろう。フネ使うにもロサイス抑えられちゃ無理だしな」

「俺は終わったら此処に戻ってくるからさ。お前さんの方が速かったら待っててくれ。俺が戻って来なかったら、まあなんとか帰ってくれや」

 

「無責任だなぁ」

 

「そう言うなって」

 

 それきりお互い黙り込んでしまう。

 そのまま荷物の最終チェックを済ませレッドに跨る。

 ベルトを軽鎧の腹回り辺りに付いている金具に通し、丁度いいキツさに調整。

 結構高い所を飛ぶため厚めの布で鼻まで隠れる様に顔を覆う。

 飾り気の少ない愛用の兜を被り直し準備は完了。

 

「本当は奴らに見つからないように迂回してロンディニウムまで飛んで行こうかと思ったんだが、行き掛けの駄賃だ。少しは支援させてもらうよ」

 

「そうだったのか。…ありがとな、ロナル」

 

「礼なんぞいらんさ。俺はお前が奴らを引っ掻き回すのを利用して中央突破するだけだ」

 

「それでも、ありがとう」

 

 サイトからのお礼にむず痒くなる。

 レッドが羽ばたきフワリ、と浮遊感に襲われる。

 飛び立って声が聞こえなくなる前に大声で叫んだ。

 

「サイト、デルフ!絶対に、生きて帰るぞ、約束だ!!」

 

「おう!ロナルもレッドも、死ぬんじゃねえぞー!!」

 

 サイトに手を振り返しながら行くは天空。

 高く高く舞い上がる。

 天上から位置を落とした月に照らされ冷気に身を凍えさせながら。

 求める勝利の為にただ精神を研ぎ澄ませて。

 

 

 

 

 

 

 風を切る音と自身の呼吸音以外は聞こえない。

 月の光で敵軍に影を捕捉されないように月の位置を確認しながら飛ぶ。

 先ほどからそこまで時間は経ってない。

 サイトの突撃に合わせて即席爆弾を投下するため『遠見』の魔法で確認している。

 

「ッ!?来た、行くぞレッド!」

 

「応ともさ!」

 

 羽を畳みがちに頭を下に降下を開始する。

 風圧を前傾姿勢で耐えつつじっとタイミングを窺う。

 集中が極限まで高まっているのか、それまでカチャカチャと耳障りだった装備の金具がぶつかる音はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 豆粒のような点にしか見えなかった敵軍の上空を飛ぶ竜騎士のシルエットが大きくなってくる。

 夜間哨戒とはまた運の無い奴らだ。

 疾風の如き速度で呆けたままの竜騎士を追い越して徐々に体勢を水平に戻し始めるレッド。

 視界の真ん前には第一目標である竜騎士の天幕。

 

「今だ!左ィ、落とせぇいッ!!」

 

 レッドが左手で抱えていた樽がゆっくりと放物線を描きながら目標に向かって落ちていく。

 合わせてスペルを詠唱。『フレイム・ボール』。

 弱いながらもホーミング性能があるそれを全力で発射。合わせてレッドの体を90度傾かせて右方向に大きく旋回。

 丁度樽が天幕の布を突き破りそのまま落ちようとするところで間に合った「フレイム・ボール」を炸裂させる。

 直後。

 炎が急速に膨れ上がり爆発。

 真夜中を真っ赤に染め上げる閃光と遅れて聞こえてくる爆音。

 突然の爆発に驚いたかぞろぞろと天幕から出てくる共和国軍兵士。

 眠ってたところ悪いねえ。

 まだ、これで終わりって訳じゃあないんだ。

 たっぷり味わってくれ。

 

『レッド、これから俺は詠唱に集中する。高度を取りつつ好きに飛べ』

 

『このやり取り随分と久しぶりだな。了解した』

 

 旋回中に地に繋がれた竜を休息中の主たちもろとも撃滅するべく次なる呪文を唱える。

 奥の手である詠唱中のこれと合わせてこの次に使うのは随分と久しぶりだが俺が最も得意としているスペルなのだ。

 失敗することなど有り得ない。

 爆発で撒き散らされた炎が不自然に勢いを失って消えていき、雪が所々に積もっている辺りには更なる冷気が立ち込める。

 魔法行使の反動でじわりと汗をかき始めるがレッドの荒っぽい機動によって滴は夜の闇に消えていく。

 野性的な動きで敵竜騎士の攻撃を避けつつ高度を取ったレッド。

 眼下には竜騎士と地に繋がれ傷ついているものの未だ元気いっぱいの竜たちの姿が一直線上に見えるのだが。

 ほんの一部分だけ、炎の形こそ成していないが確かに存在する"熱"で蜃気楼のように揺らめいている。

 俺のしたいことを理解しているからこその完璧な位置取り。

 流石、レッド。

 唱えていたスペルを解除し少しの時間だけ効果が持続している間に淀みなく詠唱されるスペル。

 謡う様に、朗々と。

 言葉が意味を為し力を発揮すれば不可視の何かが空の竜騎士と地に繋がれた竜に向かって吹き抜けていく。

 瞬間、燃え上がる竜騎士と竜。

 皮膚も鎧も、鱗も甲殻も何もかも、沸騰・破裂し溶け落ちながら発火炎上する様は地獄の亡者の再現。

 一瞬にして声帯すら焼き尽くされ無言のままただ溶け落ち、残った肉塊のようなナニカが炎に焼かれ死に絶えていく。

 竜の繋がれていた大地は一部白っぽくなっていた。

 

「これ、で竜騎士はあらかた片付いたはずだ。ハア、もう一度、サイトが敵陣中央に突入したから左翼、にやるぞ」

 

『了解だ、ウルド。しっかり掴まっていろよ』

 

 一度に大量の精神力を失い汗が吹き出し息が荒くなるがもう一度、左翼に進路を取り一番大きな天幕を目指す。

 突然の奇襲と竜騎士団の無力化により混乱する敵陣の中央を風が吹き抜けるかのようにするするとすれ違いざまに切りつけながら駆け抜けていくサイト。

 剣一本で叩き伏せ、浴びせられる魔法を閃光が奔ったかのようなあまりにも鋭すぎる一閃で切り払い無効化していくその姿に母に読み聞かされた「イーヴァルディの勇者」の姿が想起される。

 しかもアイツは見たところ誰一人として殺しちゃいない。恐るべき技量。

 あそこまで強かったのかとサイトの印象を改める。

 しかし。

 

(あの野郎、なんで殺さないんだよ!!)

 

 殺さないのはどうかと思う。

 敵を残しておけば後ろから撃たれる可能性だってあるのに。

 とことんアマちゃんだ。

 生き残るって約束だってしたじゃねえか。

 でも、何となくサイトならそうするかと納得できる節もある。

 俺は"道具"なんだもんな、とルイズ嬢に言っていたサイト。

 なるほど、もし予想通り地球で現代を生きていたのなら自分も他人も"道具"扱いするのはお気に召さないか。

 1人の個人として、相手を自分が生き残る為の"道具"にはしたくないと、いった所か?

 本当に笑っちゃいそうなくらいアホな奴だ。そんなんでこのハルケギニアを生き残れるかよ。

 でも。

 

(悔しいなあ…)

 

 殺さずに相手を無力化するサイトと、殺すことでしか相手を無力化出来ない俺。

 本当にお伽噺のヒーローみたいじゃあないか。

 悔しいがアイツの方が何枚も上手だ。あんな真似は俺には出来ない。

 俺には出来なかった生き方。自身の生存のみを考えて、人殺しに対する罪悪感も忌避感も倫理観もも、前世で培ったものを全てひっくるめて投げ捨てることでしか俺は生きてこられ無かった。

 悔しいけど、しかし俺は俺の方法でやるしかないのだ。

 今の俺にはバカなアイツがどうか生き残ってくれるようにと祈る事しかできない。

 疲れからか良くない方向に逸れかけた思考を振り払い、ハルバードを強く握りしめる。

 

「レッド!右ィ、落とせぇぇッ!」

 

「グゥウォォォオッ!!」

 

 返答は咆哮。

 投下されクルクルと回転しながら落ちていく樽。

 追いすがる『フレイム・ボール』。

 二度目は許すまいと迎撃の『エア・ハンマー』で明後日の方向に飛んでいくが問題は無い。

 焦っていたのか高度の問題か、『水球』を使わなかったのが仇となったな。

 頑張り過ぎたな。もう少し落ち着いて引き付けていれば良かったものを。

 そのまま『フレイム・ボール』を追尾させ起爆。

 夜空に物騒な花火が上がる。

 逃がすまいと、即詠唱に移る。

 

「カーン・バージ・ウル・カーノ…」

 

 精神統一が甘かったからか先ほどよりも精神力の消費が激しい。

 それでも、まだ、大丈夫だ。

 綺麗に花開いた爆発によって発生した熱量が在る一点に集まっていく。

 唯でさえ寒風吹きすさび凍えるような冷気に包まれている陣地周辺の気温が更に下がっていく。

 周囲の空間に存在する熱を奪いながらただ一点のみ、異常なまでに熱量が上昇し陽炎のように揺らめく。

 『収束』。

 火の4乗のスクエア・スペルにして俺の奥の手。

 たった一つだけ、俺が編み出した、俺だけにしか使えない奥義。

 これだけでは特に意味がない魔法ではあるが。

 伝わってくる感覚から熱量の収束が完了したことを悟る。

 同時に詠唱を終了し未だ収束した状態が保たれている僅かな時間で次の詠唱に移る。

 

「ラグーズ・ウィンデ・エスタ・ドル・カーノ…!」

 

 力ある言葉に自分の意思を乗せて声を発すれば。

 自分の中の何かが吸い取られその何かを燃料に自身の思い描いた現象を発生させる事が出来る。

 それが、メイジと言う人種。

 不可視の熱量。

 『収束』で集められた熱量を吸い取り巨大な物に成長していく実態の無い塊。

 俺の最も得意とするスペル、『熱風』。

 火の2乗に風1つ。

 通常はトライアングル・スペルであるそれにもう1つ火を加えることで不可視の熱の塊は更に熱量を上げる。

 そこに、『収束』で集めた熱量も加えれば正に一撃必殺。

 目には見えぬ地獄の顕現。

 膨れ上がったそれに指向性を与えてやると俺の前方に「風」が発生しそのまま吹き抜けていく。

 人を吹き飛ばすような荒々しいものでは無い。

 しかし、一度その「風」をを浴びたならば。

 

 ボウッ!

 

 ただ聞こえるのは炎が上がる音のみ。

 呼吸をただ一度するだけで自らの肉体を内部から焼き尽くすこととなる。

 声帯を焼き尽くされ悲鳴すら上げることすら許されずに死に絶える無音の地獄。

 火傷によるショックで一瞬にして死ねた奴は幸運だろう。

 ある者は息を吸い過ぎたのか内部から急速に沸騰し沸き立つ血を撒き散らしながらはじけ飛び。

 またある者は身に纏う鎧ごと体液を沸騰させながら溶け落ちていき発火する。

 風竜も、火炎を吐き出す火竜すらも例外でなく鱗も何もかも溶かされ場合によっては火竜の体内に存在する油袋に引火して爆発四散することも珍しくは無い。

 熱量で眼下の大地を所々白くガラスにしながら漸く風が吹き止めば、風が通り過ぎたところには生き残っている者など存在しない。

 天幕も燃え尽き溶け落ちた鎧や剣だったであろう金属の残骸が残っているのみ。

 味方に損害を与えかねない為この戦争中は一度も使ってこなかった必勝必殺の術。

 アルビオン空中騎行隊で、レコン・キスタで使用して大戦果を収めたがゆえに付けられた俺の二つ名は。

 

 人呼んで、「熱風」のウルド。

 

 

 

 

 

 精神力の使い過ぎで今にも気絶しかねないがこれで義理は果たしたと、この空域を離脱する。

 有りっ丈の憎しみを込めて放たれる魔法の回避をレッドに任せて思い浮かぶのはサイトのこと。

 陣の中央から聞こえていた戦闘音は既に無い。

 疲労で回らない頭で信じても居ない始祖に祈る。

 自身に圧倒的な不利な状況でも尚人殺しはしない、大バカ野郎なサイトが無事に生き残っていますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはクロムウェルにとって突然の事であった。

 

 理由は未だ情報が錯綜し定かではないが敵の妨害によってロサイスに到達した時点で既に連合軍は撤退した後だったという知らせ。

 真相を確かめるべくロサイスに向かう直前にようやく耳にした情報。

 曰く、敵は一人の剣士と1騎の竜騎士であると。

 最初に聞いたときは何の間違いだ、冗談にしてももっとましな冗談があると情報を持ち込んだ連絡将校を詰りかけたが話をよく聞いて納得した。

 

 剣士の方は、恐るべき剣技で誰一人として殺さずにまっすぐ中央を突破し指揮系統を引っ掻き回したがホーキンス将軍に襲い掛かろうという正にそのときに力尽きたらしい。

 しかしその直後いきなり息を吹き返し死にかけの人間とは思えぬ身のこなしで反転し撤退したそうだ。

 まるで絵物語のような話に馬鹿馬鹿しいと一笑に付そうとしたが次の、竜騎士の話を聞いてその考えは改めようと考えた。

 

 竜騎士の方は、見事な急降下爆撃で竜騎士隊の天幕を急襲しこれを爆破、直後なんらかのルーンを唱えるといきなり人体が溶け落ち発火するという謎の呪文で竜騎士は天幕ごとほぼ全滅。

 その後、同じように左翼本陣を爆撃しようというのを防ぎはしたものの同じものと思われる呪文にて左翼本陣を壊滅させ悠々と飛び去ったという情報が寄せられた。

 

 クロムウェルは理解した。

 自身の忠実なる臣下であったウルダールがこの地に帰ってきたということを。

 それもどうやったのかは知らないが、どうやら洗脳は既に解けている様だ。

 

「く、ふふっ。そうかそうか、ウルダールめ、生きていたのか。ふっふっふっ。くっ、くはぁ。あは、アッハッハッ!!」

 

 クロムウェルは高笑いを上げる。

 そうかそうか。なるほど、『収束』と『熱風』を使ったのか。

 主君であった自身にのみ打ち明けられた、辺り一帯を全て焼き尽くす恐るべき術法。

 ウルダールが所属していた部隊の人間は既にほとんど残ってはいない。

 皆戦死したり逃亡しているから謎の呪文と思われても仕方ない。

 同時に戦闘に入った剣士もあの化け物のような強さを誇っていたあの男の戦友だというのであれば納得できる。

 

「そうか、ウルダールめ。私を狙っているのか」

 

 洗脳が解けているのであれば、このアルビオンに戻ってきた理由は自分以外に他ないとクロムウェルは確信した。

 ならば、待っていればいずれ私の元に来るか。

 そう考えた正にその時、求めた瞬間が訪れた。

 窓ガラスから入ってくる光を遮る巨大な何か。

 瞬間、壁が粉砕されると同時に砕け散る窓ガラスがクロムウェルを傷つける。

 しかしクロムウェルは狼狽えなかった。

 頭から滴り落ちる血が目に入ろうとも気にさえならなかった。

 朱に染まる視界の中、期待通りの人物を捉え笑顔で迎える。

 

「やあ、ウルダール!元気そうで何よりだ、会えて嬉しいよ!」

 

「オォリヴァー・クロォムウェルゥッ!!覚悟ォッ!!」

 

 スクエア・スペルを連発したからか生気の無い顔色だが発せられる殺気は以前剣を向けられた時と変わりない。

 問答無用と言わんばかりに剣を抜き放ち距離を詰めるウルド。

 以前とは違いウルドとクロムウェルの間に割って入る者は居ない。

 

 果たしてウルドの剣はクロムウェルに届いた。

 正確に、指輪を嵌めていた右手を切り落とし、そのまま突進してクロムウェルを壁まで弾き飛ばす。

 右手を切り落とされた痛みと壁にぶつかった衝撃で一瞬息が出来なくなりそのまま壁にもたれかかる形となったクロムウェル。

 悶絶しているクロムウェルに対し切り落とした右手と無傷の左手を見てウルドが高圧的な口調で詰問する。

 

「指輪はどうした?」

 

「やはり指輪に気付いていたのか。流石は私の見込んだウルダールだ!…しかし、残念ながらここには無いのだよ。私にも今どこにあるのかは分からない」

 

 クロムウェルは激痛に耐えながらも決して笑みを崩そうとはしない。

 初めに首では無く右手を狙ったのが何よりの証拠だと、クロムウェルは自身の予想が当たったことを素直に喜んでいた。

 そんな姿にイラついたのか乱暴にクロムウェルの首に剣を当てながら僧服を調べる。

 数瞬の後にクロムウェルが言っていたことを信じたのかウルドがクロムウェルに剣を突きつけながら立ち上がる。

 その姿にクロムウェルはこんなにも早くこの時が来たかと喜び、ウルドに語りかけた。

 

「私の最期はあの男に玩具の様に飽きられ捨てられる結果のによるものだとばかり思っていたが…」

 

「…?」

 

「ウルダール、死んだとばかり思っていた君にこの首を落とされるという最期だとは予想できなかったよ」

 

「…」

 

 無言のままに剣を振ろうと構えるウルド。

 その顔は心底理解できない者を見たかのような形容しがたい表情である。

 クロムウェルはそんなウルドを見てニッコリと笑いかける。

 ただいずれ訪れるであろう避けられぬものとなってしまった自身の明確な死に脅え続け精神の均衡を崩したクロムウェル。

 真綿で首を絞めつけられるようにじりじりと、迫りくる死の予感に苦しめられ続けている現状でウルドの存在というものは、クロムウェルにとっては自身を楽にしてくれる、天使の様にも見えていた。

 ウルドの筋肉が蠢き蓄えられた力が解放される。

 走馬灯なのかゆっくりと流れる時間の中。

 自身に向かって迫る刃にクロムウェルの目からは漸く解放されるという喜びからか一筋の涙が流れる。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロムウェルの意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 




 オリ主、メイジとしての本領発揮。
 2話連続で長くて疲れた。

オリジナル(?)スペル紹介。

『収束』

 火火火火のスクエア・スペル。周囲の熱を奪い一時的に術者の望む位置に留める。
 次の魔法への布石として用いる。
 オリ主が思いついてテキトーにつくったオリ主のみのスペル。
 スペルは「カーン・バージ・ウル・カーノ」。
 スペルはそれっぽく捏造。

『熱風』

 火火風のトライアングル・スペル。炎を纏わないが風と共に運ばれる熱量で相手を焼く。イメージとしては最終幻想の6番目に出てきた黒魔法、メ〇トン。
 他の作者さんの奴でもあったような気がしないでも無いが気にしない。
 オリ主の得意技。残酷魔法。
 スペルは「ラグーズ・ウィンデ・エスタ・ドル・カーノ」
 勿論それっぽく捏造。

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